【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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七ニ話:総力戦 ①

 幻生の哄笑が、空いっぱいに響き渡る。

 

 悪竜であった。

 

 空をも覆いかねない巨大な翼をはためかせ、青ざめた輝きのプラチナめいた光を帯びた『ドラゴン』は、静かに世界を睥睨する。

 大勢は決していた。

 第一位と第二位の能力を手中に収め、配下には雷神と化した乙女。

 対するは、たった六人の少年少女。

 大人たちは早々に倒れ伏し、この街の闇ももはや彼を止めるには能わない。

 

 

『さて……目下の障害を排除したら、あとはじっくりとこの街を──アレイスター=クロウリーの成果物とやらを舐め回し、』

 

「何を、終わった気でいますの?」

 

 

 ──ただし、間髪はなかった。

 

 悪竜の哄笑が終わらないうちに、白黒の刃が閃く。稲妻のように走ったそれは、当然ながら不可視の『よくわからない力』によって相殺されるが──、

 

 

『………………、』

 

 

 幻生の笑いが、止まった。

 

 

「見えていますわよ」

 

 

 レイシア=ブラックガードは。

 金髪碧眼の令嬢は、エメラルドグリーンに染まった右眼で目の前の老人の所業を冷静に見ていた。

 

 

「アナタがどこまで力をつけようと、行った所業は変わりません。アナタは、逃げた。わたくしとの直接戦闘を避けて、持久戦でわたくし達をすり潰そうとした。それはいったい何故ですか?」

 

 

 レイシア=ブラックガードは、善人ではない。

 というと、語弊があるが──彼女の性根は、あくまで悪役令嬢(ヴィレイネス)。現在の彼女があるのは、シレンとの出会いがあり、彼の歩んできた道筋を見てきた経験があるからだ。

 本来の彼女の発想は、実はかなり悪人寄りである。これはシレンとの普段のやりとりでも遺憾なく発揮されているが──彼女が正しい道を歩めているのは、あくまで彼女が成長して己を律する術を手に入れ、正しい道へと己を進める信念を獲得したからにすぎない。

 

 そんな彼女だからこそ、解せなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 この場に集っているのは──多少の差こそあれど、いわゆる『ヒーロー』と呼ばれる人種だ。

 上条当麻や削板軍覇は言うまでもなく、闇の人間である垣根帝督ですら、『誰かを守る為』に木原幻生の企みに立ち向かっている。

 そんな連中を倒すときに、もっとも合理的な選択は何か? 決まっている──『その誰かを狙うこと』だ。

 

 身も蓋もない。

 そんなことをすればお話がそもそも成り立たなくなる──そんな悪辣な発想だが、確かに木原幻生が合理的に彼らを潰したければ、まずはそうするはずなのだ。

 

 

「ですが、アナタはそうしなかった。いや──そうできなかった、というのが正しいかしら?」

 

 

 言葉の終わりまで待たず、幻生は標的を変更する。

 目の前の少女──彼女の推論に、確信を与えないために。

 

 

「だって、そうですものねえ。下手に歪みを拡大すれば──わたくしの手が届いてしまいますものねえ」

 

 

 レイシア=ブラックガードの目には、三次元の概念とは全く別種のレイヤーが見えていた。

 血まみれの窓の向こう側の景色が、どれほど絶景でも血にまみれたものになるように。

 世界というのは、ある種のフィルターを重ねるだけで、簡単に変貌する。

 

 これも、それと同じだ。

 だが──完全ではない。木原幻生は確かに世界にある種のフィルターを重ねているようだが、それは世界全体ではなかった。彼はそれを逆に利用し、レイシアや上条からは干渉できない範囲に展開して、盤面を制御しようとしている。

 レイシアは、そこに能力を伸ばして少し触れただけだ。

 

 

 ピシリ、と。

 

 悪竜の身体に、亀裂が走る。

 

 『亀裂』を完全に防いだはずだというのに、まるで攻撃を食らったダメージが遅れて反映されたみたいに、ボロボロと体の端から『力』が剥離していく。

 幻生はそこに慌てて力を注ぎ直して、崩壊を食い止めるが──これは異常事態だった。

 

 なぜなら、幻生の計画は完璧だったのだから。

 

 第一位に第二位の能力を使い、『ドラゴン』を制御する。その目論見は文句のつけどころなく達成され、もはや彼が制御を失敗することなど万に一つもあり得ないはずだったのに──

 俄かに混乱する幻生をよそに、白濁の最強はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

 

「……よォやくか。遅せェンだっつの。だから言っただろォが。街を守るのは、オマエの仕事だって」

 

 

 ────一方通行(アクセラレータ)は、実は最初から『あるもの』を守りながら戦っていた。

 それは、瓦礫の中に埋もれていた。

 それは、とある少女を形作る一部だった。

 

 それは──木原那由他が戦闘の中で残していた、機体パーツだった。

 

 

「誰の研究だったっけなァ……サイボーグってのは、分離しても能力者の一部としてみなされて、『能力の噴出点』として機能するンだったか? ()()()()()()()()()()()

 

 

 ──AIM拡散力場を見て、触れる能力。

 その極致としての──『暴走の誘発』。

 

 もしもそれを、『ドラゴン』を制御している第一位と第二位の能力に適用させたら、どうなる?

 

 

 


 

 

 

能力開錠(AIMバイオレータ)、起動確認。……ったく、無茶苦茶言いやがるわねアンタ。戦闘で切り離した機体を能力の噴出点にしたい、なんて」

 

「…………あはは。慣れないことさせてごめんね、テレサお姉さん」

 

「ナメてんのかテメェ。このくらいなんでもないわよ」

 

「でも、私にもさ……意地があるんだよ」

 

 

 病室。

 誰が用意したのか、まるで特殊作戦部隊の本部のような物々しい機材に囲まれながら、金髪の少女は静かに笑った。

 彼女は、握った拳に視線を落としながら、さらに続ける。

 受け取った宝物の価値を反芻するかのように。

 

 

「この街を守るのは、私の仕事。……ううん、()()()()なんだ。たとえ今は、目指す頂に届かなくても」

 

「…………、……けっ。前言撤回。慣れないことはするもんじゃないわね」

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

七ニ話:総力戦 ① Side:Inherit_And_5th.

 

 

 


 

 

 

『馬鹿な……!? 今まで、「それ」を守って戦っていたというのかい……!?』

 

「確かによォ」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、気怠そうに首を動かす。

 電極を貼り付け、外部演算によってようやく言語機能を取り戻したその姿は、率直に言って痛々しい。それでも彼は二本の足で立ち、悪竜と対峙する。

 

 

「俺はもォこのザマだ。オマエの策略で二万人のクローンどものバックアップもなくて、『木原』の申し訳程度の演算補助しかねェ。本調子の五〇%ってトコか? ホント、我ながら笑えてくるくらい見るも無残だな」

 

 

 くつくつと笑いながら、それでも一方通行(アクセラレータ)の目は死んでいない。

 

 

「だが……オマエ相手に『誰かを守りながら戦う』なンざ、ヒーローじゃねェ俺でもそォ難しくはなかったぜ」

 

 

 これは、当然の帰結。

 

 一方通行(アクセラレータ)は最初から木原那由他の介入を見越し、そうなるように盤面を制御しながら戦っていただけ。

 そこにイレギュラーや未知の技術の介在などはなく──どこまでも『当たり前の流れ』で説明できた。

 

 

『…………アレイ、スター』

 

 

 だからこそ──余計に、木原幻生の心に深い屈辱を与えた。

 

 レイシア=ブラックガードに触れられた直後。

 そこから、急速に流れが変わった。まるで、物語の筋書きが書き換えられたかのように──偶然とか事故とか、そんな曖昧なものではない。もっと大きな──『世界の流れ』そのものが、()()()()

 本来あるべき姿に──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『これもお前の掌の上か……アレイスター=クロウリーィィいいいいいいいッッ!!!!』

 

「テメェ、吼える相手を間違ってるぜ」

 

 

 ふと。

 その声でようやく、その場の全員が気付いた。

 

 巨大な悪竜の頭の上に──男が一人いる。

 

 そいつは、金髪を逆立てた、刺青の男だった。

 黒いシャツの上に白衣を身に纏ったその容貌は、どう控えめに言ってもチンピラ──最大限に譲歩しても、悪の科学者といったところが精々だろう。

 

 なのに。

 

 にも拘わらず。

 

 

「ひでェよなぁ。親戚のガキどもが頑張って頑張って街を守ろうとしてるってのに、じいさんの方がそれを台無しにしようってんだからよぉ」

 

 

 悪竜にたった一人で立ち向かうその姿は、どこか勇者のようですらあった。

 

 

「さて問題です。木原数多は──超能力者(レベル5)が束になってようやく相手になってるレベルのバケモノ相手に、何を勝算にして殴り込みをかけたのでしょーォうかァ!? 制限時間は三秒!! ──さんにーいちはい終了!」

 

 

 ゾザン!! と。

 悪竜の頭部が、何かの一撃を受けて大きくぶれる。

 

 

『──なる、ほど……ねー。AIMジャマー……相似が残した科学を、病理の科学で利用し……那由他の科学を再現した……というわけ、だ』

 

 

 木原数多の戦闘能力の中で特に際立っているのは、その精密性だと思われがちである。

 木原円周などは彼の科学の本質を『金槌レベルの破壊力を電子顕微鏡レベルで制御したもの』と称していた。確かに、彼は一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作をホイッスルの一吹きで無力化し、難攻不落の反射をただ一人だけ『人の力』のみで突破している。

 その精密性が彼の強みという推測は、分析としては正しいだろう。

 

 だが──それが本質と考えるのは、間違いだ。

 

 科学者としての彼の最大のトロフィー。それは──一方通行(アクセラレータ)の攻略ではない。

 ()()()()()()()()()──言い換えれば、教育。木原数多最大の功績といえば、まず間違いなくそれだろう。

 そもそも、彼の扱っていた反射の突破法も、もとはと言えば木原唯一が使っていた戦闘法のデッドコピーでしかない。

 

 ──これは意外かもしれないが、木原数多は一族の中でも特に同族との関わりが多い。

 

 木原相似は言うに及ばず。

 木原那由他は彼の薫陶を受けて戦闘技術を磨いた経歴があり。

 木原乱数も、露骨に彼の影響を受けた出で立ちをしている。

 木原円周もまた、彼の思考パターンを最も頻繁に利用していた。

 

 それは、彼が己の技術を他者に伝えることを厭わなかった結果と考えられる。

 といっても、別に彼が実は心優しい人間で、慈善の為に誰かと関わっていたというわけではないはずだ。であれば──それこそが、彼の『木原』の本質だったと考えるのが自然であろう。

 

 木原唯一の技術を模倣し。

 

 一方通行(アクセラレータ)の能力を開発し。

 

 木原一族に知識を広める。

 

 そんな彼の本質。

 

 それは────、

 

 

「相似。病理。…………きちんと『継承』しといてやったぜ」

 

 

 『継承』を司る『木原』。

 

 それが、木原数多の本質である。

 

 

『ただし……AIMジャマーがいまさら僕に効くと思っているのかねー? 先ほどは那由他の能力によって乱されたけど、対策はもう終わっている。この程度では、精々能力一つを妨害する程度が限界だろう。到底、「ドラゴン」を崩すことなんて、』

 

「誰が悪竜退治をしようとしているなんて言った?」

 

 

 さっさと『ドラゴン』から飛び降りた木原数多は、仕事が終わったとばかりに一息つく。

 コンコンと頭を叩く木原数多の右眼に、一瞬だけ十字のきらめきが浮かび上がり──そして掻き消えた。

 

 

「この期に及んで何も分かってねぇなロートル。俺が狙っていたのは多才能力(マルチスキル)によるネットワーク全体じゃねぇ。…………テメェが使っていた心理掌握(メンタルアウト)の制御だよ」

 

 

 


 

 

 

「よくできましたぁ☆ ……正直木原の頭なんて怖くて覗きたくもないから、誘導力に乗ってくれるかは賭けだったけどぉ……なんとか上手くいったみたいねぇ」

 

 

 


 

 

 

『ば、かな……!? 食蜂君!? 彼女は僕と激突して、あっさりと脱落したはず──』

 

「そう思わせるところまでが、彼女の渾身の策だったというだけでしょう? あの女が考えそうなことですわ」

 

 

 吐き捨てるように、レイシアが言った。

 

 この場の誰も、知る由もないことだが──正史において、食蜂操祈は己の敗北すらも織り込んだ策を練っている実績がある。

 確かに、彼女は思考の読み合いを能力に頼り続けていたため、戦闘における手腕については他の超能力者(レベル5)に比べて一段劣ると言わざるを得ない。

 だが、それが彼女の力量を決定づけるわけではない。

 彼女は、己の弱さを知っている。

 だからこそ、勝つことしか考えていない者の足をすくうことだってできる。

 

 

「アナタから心理掌握(メンタルアウト)の制御が外れたとなれば──美琴の制御は、どこかにいるアナタの協力者頼み、ということになりますわね? まあもっとも──」

 

 

 ガグン!! と。

 

 そこで、美琴の動きが停止する。

 まるで、糸を断ち切られた操り人形のように。

 

 

「その点については、美琴には腹立たしくなるくらい優秀な相棒がいることですし、心配は要りませんわね」

 

 

 


 

 

 

 ──泥沼の中にいるようだった。

 

 ふと気づいた美琴の感覚を説明するなら、そう表現するのが最も適切だろう。

 何かの支配が解けたらしく、美琴は正常な思考ができるようになったが……しかしそれでも、彼女を覆う『何か』は消えない。おそらく、力の元栓のようなものを締めない限りはなくならないのだろう。

 しかも、一番大きな支配については消えたようだが、それでもまだこびりつくように残っているサブの支配自体は動き続けていた。

 

 

『ねぇねぇ、この街。壊しちゃおうよ。辛いこと、腹立たしいこと、いっぱい見てきたんでショ?』

 

 

 声がした。

 毒々しい色合いのナースのコスプレをした少女だ。年の頃は高校生くらいだろうか。美琴よりも少し年上の彼女の瞳は、まるでこの街の闇をそのまま映したみたいにどす黒い淀みを帯びていた。

 不思議と、その声に従ってもいいような、そんな気持ちになっていく。取り戻した自意識が、だんだんと流されていくその刹那──、

 

 

『はぁん? 随分と流されやすいのねぇ? 御坂さんはぁ』

 

 

 意識が。

 引き戻された。

 

 

 振り返ると、そこには蜂蜜色の髪の少女が、イヤミったらしい笑みを浮かべていた。

 その瞳に、十字の輝きが煌く。

 

 

「……何よ。私今、それどころじゃないんだけど」

 

『それどころじゃないから、何ぃ? 冷静に考えれば穴だらけの誘導に見て見ぬふりで乗っかって、癇癪力を正当化でもするつもりぃ? はぁ。御坂さんってばちょーっと見ないうちに頑固力弱くなりすぎなんだゾ。そんなんじゃあ──』

 

 

 ピシリ、と。

 そこで、真っ暗闇の空間に亀裂が走る。

 亀裂の向こう側の外の景色では──ツンツン頭の少年に寄り添うように、白黒の刃を振るう少女が佇んでいた。

 

 

『あの雌狐に、大切な「あの人」を取られちゃうゾ?』

 

「なっ、ばっ──!! 私は別に! アイツのことなんて……!!」

 

『ちょ、ちょ……? そんなことよりもさ、この街への憎しみを……、』

 

「ちょっと黙ってろ今それどころじゃねぇんだよ!!」

 

 

 なおも汚泥を帯びながら美琴を引きずり込もうとするナース服の少女を電撃で蹴散らし、美琴はふうと一息入れる。

 何故だかいつの間にか、心を覆っていた闇は殆ど払われていた。

 

 

『(……ふん。幻想御手(レベルアッパー)だかなんだか知らないけどぉ、あの妖怪力満載のジジイさえいなければ、能力の扱いで私が劣るわけがないのよねぇ)』

 

「でも、どうすんのよ。支配の方は振り払えたけど、根本の原因が解除されない限り私はこのままよ。っていうか、下手に動けば暴走しそうな気配もするし……」

 

『そこについては、心配要らないわぁ』

 

 

 真顔になって、真っ当な懸念を提示する美琴に、食蜂は不敵に笑いながら答えた。

 ドレスグローブに覆われた細く白い人差し指を立てながら、彼女は信じられない言葉を続ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 木原幻生。

 狂った科学者の計画による、本来得てはならない力。

 肉体の制御を取り戻したなら、真っ先に捨て去るべき力を──彼女は、逆に利用すると言った。

 

 

「乗った」

 

 

 対する美琴は、一瞬の逡巡もなかった。

 元より彼女は力の獲得に貪欲な性質である。亀裂の向こう側に君臨している悪竜を退治する為に使えるのならば──それに何より、この状況を築き上げた黒幕に対する意趣返しになるのなら。

 

 

「アンタは気に入らないけれど──ぶっちゃけ、やられっぱなしは私の性分じゃないのよね」

 

『知ってるわぁ☆』

 

 

 精神世界にて、二人の超能力者(レベル5)が並び立つ。

 

 

『さあ、雌狐。アナタの独壇場は、ここで終わり。この先は────』

 

「『私達』も、()()するわよ!!」


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