【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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七四話:総力戦 ③

「さあ、行きますわよ!」

 

 

 UAVを抜き去りながら、ビルの中へと侵入すると──そこは既に地獄絵図と化していた。

 ビルとは名ばかりの犯罪者収容施設だけあり、内部は一見すると監獄と見分けがつかないくらいに武骨な作りになっていたが、その一角が完全に破砕していたのだ。

 内部に学園都市製の機械が侵入した後なのか、そこかしこに単なる衝撃以外の破壊の痕が見受けられる。

 そして、当然機械の照準はレイシアという乱入者にも向けられた。

 

 銃口のようなモノを向けた機械群を見て構えるレイシアだったが──しかし、次の瞬間襲ってきた攻撃は、レイシアのあらゆる予想から外れたものだった。

 

 ゾザン!! と。

 

 水飛沫のようなものを上げて、室内の床に『亀裂』が走ったのだ。

 

 

《なあるほど。わたくしの能力の機械再現ということでしょうか? 見た感じ……アレはウォーターカッターの類かしら?》

 

《流石に分子間力の直接操作は難しかったみたいだね》

 

 

 悪趣味ではあるが──しかし、この程度の『亀裂』などレイシアにとっては釈迦に説法もいいところ。

 すいと振るった右手の動きによって生まれた『亀裂』で、まがい物の『亀裂』は一瞬にして止められた。

 

 そして。

 

 

「邪魔ですわ」

 

 

 ドガガガガ!! と。

 しかし、UAV達はレイシアに何か攻撃を繰り出す前に、白黒の『亀裂』の檻に収容されていく。

 

 

「破壊しないのか?」

 

「……これ、お高いんでしょう? 人命優先とはいえ、余裕がある状況で無暗に壊すのは気が引けて……」

 

「あー、シレンかこっちは。なんか見分け方が分かって来たぞ」

 

 

 適当な話をしつつ、レイシアはさらにビルを進んでいく。

 塗替の居場所など知らない二人だったが、しかしその足取りに迷いはない。既に気流による探査は、障害物の大きさや呼気の情報から性別や体格まで判別できるようにすらなっていた。密閉空間でなければ、塗替がどこにいるか判別するのは容易い。

 

 そして──進んでいくにつれて、異常性に気付く。

 

 

 声がなさすぎるのだ。

 

 

 襲撃によって人が死に絶えたというわけでもない。それにしては破壊や血がなさすぎるし、もしも人死にが出ているならば、流石に外に出ている人間の一人や二人はいるはずだろう。

 牢獄の守りが堅牢すぎて、機械が手を出しあぐねているというわけでもないようだ。既にいくつかの扉は何等かの攻撃によって破断され、破砕され、破壊されていた。

 

 

「…………なるほどな」

 

 

 状況を見て、まず馬場が呟いた。続いて、レイシアがその意味するところに対して頷く。

 

 

「ええ。どうやら我々は、誘われたようですわね」

 

 

 そもそも、政治犯という罪状自体に違和感がなかったと言えば嘘になる。

 確かに学園都市の生徒のプライバシーを流出させたのは問題だろうが、別に塗替は産業スパイでもなんでもない。その彼がこうして収監されていること自体が不自然といえば不自然だったが、その理由はどうやら『これ』らしい。

 

 

「おそらく、幻生は最初からわたくしがジョーカーとなることを予見していたのでしょう」

 

 

 レイシアの干渉によって幻生に異変が起きた直後、幻生は直接的な原因となった木原那由他や一方通行(アクセラレータ)ではなくレイシアの干渉を──アレイスター=クロウリーの『プラン』を呪っていた。

 だが、これはよく考えたらおかしな話である。この土壇場でその結論に至るというのは、事前にそれを考慮していなければ不可能だろう。

 そして彼は、こうした状況のためのカードを用意していた。

 

 それが、『政治犯』なんていう、塗替斧令以外には使われそうもない珍妙な罪状だった。

 おそらく、そういう罪状になったのも彼だけを都合よくこの場所に隔離する為だったのだろう。レイシアが介入してくるのを最初から読んで、もしも自らの計画を狂わせられそうになったらレイシアをそこに引き付けて時間を稼ぐ算段だったのだ。

 

 

「だが、分かっていても戻る気はないんだろう? 理解しかねるね」

 

「時間内に塗替を救出し終えれば問題ないのですわ」

 

 

 適当に答えて、レイシアはそこで足を止めた。

 そして今度は鹵獲の為ではなく──明確な破壊の為に、『亀裂』を振るう。

 今まさに『何か』を害そうとしていた機体を両断したレイシアは、キッと前を見据えて叫ぶ。

 

 

「塗替!!」

 

 

 重厚な鉄扉だった──()()()()

 扉の厚さは軽く五センチはあるだろうか。並大抵の銃器であれば傷をつけることすら覚束ないであろうその堅牢な扉は──ゼリーのように綺麗に切断されていた。

 まるで、レイシアの白黒鋸刃(ジャギドエッジ)のように。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 帰ってきたのは、悲鳴だった。

 そこで、レイシアはようやく独房の内部を確認できた。といっても、内部の調度品のなさだとか、そういったものを確認できたわけではない。

 ──端的に言って、崩壊寸前だった。

 今しがた破壊した機体がやったのだろう。独房内部は半ばまで切り裂かれており、殆ど崩壊寸前だった。

 このまま放置していれば、間違いなく崩れるだろう。

 

 

『やはり来たねー』

 

 

 そこで、ビル内のスピーカーから幻生の声がしてくる。

 『ドラゴン』の状態で音声機器を取り付けることはできない。おそらく、これはあらかじめセッティングされていた音声だ。

 正史においても、幻生は食蜂操祈の行動を読んで、まるで語り掛けるかのような伝言を残していた。彼の先読みを以てすれば、こういった芸当も可能ということだろう。

 

 

「な……!? こんなところにも!?」

 

『さて。ここまでくればブラックガード君も僕の思惑が読めているだろう。君の能力再現を目指した機械は楽しんでくれたかな? アレは僕の部下が作ったんだけど、イマイチ失敗作でねー。いい機会だし、このタイミングで使わせてもらったよー』

 

「この……!」

 

 

 レイシアは、『亀裂』を振るってスピーカーを破壊するが、それでも根本的な解決にはならなさそうだった。

 どうせスピーカーなんてビル内にいくらでもある。神経をいらだたせるだけの嫌がらせにそれ以上拘泥するのをやめ、レイシアは塗替に語り掛ける。

 

 

「わたくしですわ! レイシア=ブラックガードです! 塗替斧令……アナタを助けに来ました!!」

 

「う、嘘だっ!!!!」

 

 

 叫ぶレイシアの言葉に、塗替は間髪入れずに答えた。

 

 

「このタイミング……どう考えても俺のことを殺しにきているだろう!? お前……超能力者(レベル5)になって、外部の人間くらい消せる権力が手に入ったからって、俺のことを殺そうとしているんだ!! そうに決まっている!! く、来るな……来るな! バケモノ!!」

 

「よくもまあこんな救う気がなくなる台詞を即座に並べ立てられるなコイツ……」

 

「そう思われても、しょうがない関係なのですわ。わたくし達は」

 

 

 諦めるように言って、レイシアはもう一度語り掛ける。

 

 

「アナタも分かっているはずですわ! わたくしがアナタを殺すつもりなら、何故わざわざ機体を両断したのです? そのまま放っておけばアナタは死んでいたでしょう!」

 

「な……なら懐柔策だ! こうやって命を救って恩を売ろうとしているんだ!!」

 

「アナタ、自分に恩を売られるほどの……」「レイシアちゃん。ちょっと静かに!」

 

 

 軽く制止して、シレンは言う。

 

 

「信じてください! わたくしは、アナタを助けたいんです!!」

 

 

 言って、手を差し伸べる。

 目の前の男を救うために。

 

 

《──差し伸べ続ける、と思う。たとえレイシアちゃんが本当の意味で最悪な人間だったとしても、それは一度伸ばした手を戻す理由にはならないだろ》

 

 

 かつて言ったシレンの言葉に、嘘はなかった。

 たとえそれがどれほど救いようのない悪人でも、手を差し伸べる。それは間違いなく、シレンの善性だ。

 

 

「…………ふざけるな」

 

 

 だが。

 

 

「ふざけるな! お前が! 俺を()()()お前が、今更俺を救うだと!? ()()()()()()()()()()()()()()()!! お前なんかの……お前なんかの手を掴んで生きながらえるくらいなら、死んだ方がマシだ!!」

 

 

 だが、それでは救えない、救いようのない人間というのは、間違いなく存在する。

 

 

「ハハハっ、ざまあ見ろ! お前がもし、もう少し俺に対して殊勝な態度をとっていたら、結果は違ったかもな? いやいや、もしもお前が和解を目指そうとしていれば。決定的に二人の関係を拗らせていなければ。手を取り合うことだってできたかもしれない。だが、婚約破棄をしてその未来を切り捨てたのはお前だ! お前が! 此処で俺を殺すんだ!」

 

 

 ただの自暴自棄。全てを諦めて、レイシアに、そしてシレンに少しでも精神的苦痛を味わわせるために吐き出された言葉からは、手を差し伸べるだけでは絶対に埋まらない溝を感じさせた。

 自殺。

 それは、レイシアとシレンの精神を巻き込んだ自殺だった。

 

 

 もしも、あの時レイシアがシレンの手を掴み取らなかったら。

 待っていたって絶対に手を取らない相手に、どうするべきか。

 

 

「……もう時間だ! 行くぞレイシア=ブラックガード! くだらないプライドで助けを拒絶するような哀れな馬鹿は、自家生産の牢獄に閉じこもって破滅すればいいんだよ!!」

 

 

 それでも諦めずに手を差し伸べ続ける?

 それとも。

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

七四話:総力戦 ③ Repaint_Himself.

 

 

 


 

 

 

「言ったでしょう、馬場。アテはあると」

 

 

 レイシアは、かつて自暴自棄の末に自らの命を断つ選択をした少女は、そう言って一歩前へと進んだ。

 

 

「な……まだその馬鹿に拘泥するつもりか? さっきは吹っ飛ばしたが、まだこのへんに木原幻生の『ドラゴン』だっているんだぞ! これ以上は本当に……!」

 

 

 馬場の制止を聞かず、レイシアは明確に破壊された鉄扉を踏み越える。

 そして。

 

 

「この……クソ野郎っ!」

 

 

 塗替斧令をぶん殴った。

 

 

「ごっばぐぇ!?」

 

 

 塗替は口から血を吐きながら尻餅を突く。

 唐突な攻撃に目を白黒させながら、茫然とする塗替に対し、レイシアは非常にスッキリした面持ちでこう言う。

 

 

「ふぅー……いっぺんこうしてやりたかったのですわ。法の裁きがどうとか以前に、わたくしにはコイツをぶん殴る権利があると思いますの。そうは思わなくて? 馬場」

 

「こ……コイツこわ……」

 

 

 馬場のぼやきは完全に無視して、レイシアはそのまま塗替の胸倉を掴む。

 

 

「アナタみたいな人を、わたくしは知っています。ああ、性格はまっっっっったく似ていませんわよ? アナタとは天と地の差。月とスッポン。対極に位置していると言っても良いでしょう」

 

 

 レイシアはそこで言葉を区切り、

 

 

「ですが……色々と理由をつけて救いを拒んでいた点は、同じです。そしてわたくし、学びましたの。そういった手合いの話は、聞くだけ無駄だと! だから、わたくしはアナタの意見なんて聞かず、自分勝手にアナタを助けますわ。その上で言わせてもらいますわよ」

 

 

 グイ、とその胸倉を、一気に持ち上げた。

 少女の力だというのにそれだけで引き上げられてしまうくらい、塗替はレイシアに気おされていた。

 

 

「──甘ったれてるんじゃありませんわ、このおバカ!」

 

「っ、」

 

「なぁーにが『お前が! 此処で俺を殺すんだ!』ですか! いいですか。そんな生半可な覚悟で死のうとしたら、絶対に後悔しますわ!! 死ぬ間際、苦しい思いをしながら、極限状態の中で『なんでこんなことになっちゃったんだろう』って……そんな、今更でクソったれな後悔をする羽目になるんですのよっっっ!!」

 

 

 その言葉には、異様な迫力が宿っていた。

 ──それも当然だろう。何故ならその言葉は、彼女が一度なぞった言葉だからだ。そして今、同じ言葉をなぞろうとする馬鹿に対する本気の優しさからくる怒りだったからだ。

 

 レイシアは、塗替の怒りを否定しない。憎しみを、逆恨みを、悪性を否定しない。

 もちろん向かってくれば叩き潰すが、それはそれ。そもそも性悪なのはお互い様なのだから、いちいち理非善悪について細かく注文をつけるような精神性を、レイシア=ブラックガードは持っていない。

 

 だからなのだろう。シレンの言葉では揺れなかった塗替が、レイシアの言葉で明らかな動揺を見せたのは。

 

 

「悔しかったら、わたくしを見返してみなさい! 何を利用してでも『再起』して、そしてわたくしを踏みつけにして『ザマア』と嘲笑えばいいでしょう! 言っておきますけど、わたくし、アナタが死んだところで毛ほども心なんか痛めないですわよ!!」

 

 

 ──この場合、必要なのは善意ではない。

 善意では、救えない人間だって存在する。

 反対に、どうしようもないわがままが──何故か心に火を点けてくれることだってある。

 

 

「…………僕は一生お前を憎み続けるぞ。僕から全てを奪ったお前を。いつか絶対、お前を叩き潰してやるからな」

 

「逆恨みもいいところですわね。まぁ、一人称を取り繕う余裕くらいは取り戻したようで、大変結構ですわ」

 

 

 それだけ言うと、レイシアはさっさと塗替も馬場と同じように『亀裂』で保護し、そのまま壁をぶち破った。

 ひび割れだらけの壁は細切れにされて、そして遠くまで広がる大空が、眼前に広がった。

 

 シレンのやり方は、優しい。

 

 相手が手を差し伸べるだけの材料を努力して準備し、そして相手が自分の意志で手を掴むのを待つ。それはどこまでも優しいやり方だ。実際に、そのやり方によってレイシアは再起することができたのだから、彼の考えが間違っていたわけではない。

 

 だが、優しさだけでは救えない馬鹿も、中にはいる。

 

 何も悪人に限った話ではない。

 手を差し伸べるだけではなく、その手を掴み、地獄の底から引きずり上げてやらなければ、救えない人間だっているのだ。たとえば、あの純白のシスターのように。あのツンツン頭の少年のように。──そして、あの日のシレンのように。

 レイシアは、それを知っている。そして、そういう馬鹿であることが、見捨てられる理由にはならないことも、よく分かっている。

 

 

《さて、こうなったら頑張らないといけないことが増えちゃったね》

 

《何がですの?》

 

《塗替さんのことだよ》

 

 

 心の中でそう語るシレンの声色は、何か気合が満ちていた。

 

 

《結局、政治犯としての罪状は木原幻生によって仕組まれたものだった。なら、俺達が黙っている理由なんかない。謂れのない罪を押し付けられて破滅しそうになっている人を助けるだけなんだから》

 

《……えぇ~、シレン、マジで言っていますの? ホントにやりますの? 世論は塗替憎しで団結していますわよ? 下手に動けば、わたくし達までパブリックエネミー扱いされるんですのよ?》

 

《冗談。レイシアちゃんだって分かってるくせに》

 

 

 その言葉で、レイシアの表情に笑みが漏れる。

 まるで世界全てに対して宣戦布告するような、そんな不敵な笑みが。

 

 

《俺達は、我儘で傲慢な悪役令嬢(ヴィレイネス)。そうだろ?》

 

《……あーあ。シレンが悪い子になっちゃいましたわ》

 

 

 答えは出た。

 

 まずはその未来を掴み取る為に、元凶である幻生を倒さねばならない。

 『亀裂』の翼をはためかせ、レイシアは戦場へと急行する。

 だが──そもそもの問題は、まだ解決していない。

 

 

『──目的は果たさせてもらったよ。ブラックガード君。リミットの一二〇秒を三〇秒もオーバーしてしまったねー』

 

 

 そこに、『ドラゴン』の分裂体が現れる。

 『歪み』を均される危険を無視してレイシアの前に顔を出してきたのは、勝利宣言の為か。確かに、幻生の言う通りであれば、戦況はもはや致命的といってもよかった。

 

 今回はそもそもが幻生による『時間稼ぎ』。

 レイシアを戦場から隔離することによって『歪み』への影響を低め、その間に盤面を制御しようという幻生の策略である。

 

 

『要は二者択一。戦場を守るか愚かな弱者を守るか。優しい優しい聖女様は、愚かな弱者を守らずにはいられなかったわけだ。愚かにもねー』

 

 

 そしてレイシアは、それに対しては有効な解決策を提示することができなかった。ゆえに、今頃盤面は幻生の思い通りに塗り替えられているに違いない。

 その代償は、あまりにも大きい。

 

 

「二者択一ですって?」

 

 

 ──しかし、レイシアは不敵に笑う。

 そんな懸念は、もう周回遅れだと言わんばかりに。

 

 

 その直後だった。

 

 

 ──天から降り注いだ光の剣が、『ドラゴン』の頭蓋に突き立ったのは。

 

 

 剣は、とある少女に握られていた。

 翼というよりは巨大な掌のような──そんな巨大な光を一対背負ったその少女は、ごくごく平凡な学生服を身に纏っていた。

 紺色のブレザーに、膝丈のスカート。腰ほどまである長髪に、人のよさそうな眼差し。

 

 

 ──その全てが、彼女が風斬氷華であると表していた。

 

 

 ただし、今の彼女はもはや、凌辱される被害者ではない。

 

 長髪はそれ自体が光り輝くように明るい色となり、頭上に浮かぶ光の環は歯車のような形状から虹色の輪へと。

 トレードマークだった眼鏡や結び髪は消え、全体的に活動的な印象が増していた。

 

 総じて、今の彼女の印象を表現するならば、天使。

 

 ヒューズ=カザキリは今や、風斬氷華として、黄金色の輝きを携えて、確かな意思の光を備えていた。

 

 

『な……に……? ヒューズ=カザキリが、自立稼働を……?』

 

「毛ほども想定していなかったのだとしたら、随分と視野が狭いんですのね」

 

 

 レイシアは、さらに畳みかけるように言う。

 

 

「美琴の制御を失い、AIM拡散力場という『場』に占めるアナタの影響力は確実に弱まっている。状況は、アナタが上から目線で駒を抑える状態ではなくなっているのですわ。……わたくしには『視える』。もう、この状況は綱引きです。そして、風斬さんはアナタとの綱引きに勝った。そして己の意思で盤面へと舞い戻ったのですわ」

 

 

 そして。

 

 全く同時刻、遠くの空から爆撃音を何重にも重ねたような衝撃が伝わってきた。

 

 

「もはや、この戦場はアナタが訳知り顔で管理していた時代とは異なるものになっています。────アナタの策謀は、もう通じませんわよ」

 

 

 レイシアは最初から、こうなることを予期していた。

 ──いや、より正確に言い直そう。

 

 レイシアは、風斬のことを信じていた。

 

 幻生のことを弱らせ、盤面の支配を緩めれば、きっと制御を取り戻して力になってくれる。風斬氷華という少女はそれができるくらいに強い女の子だと、そう信じていた。

 

 

「……私は、応えただけですよ」

 

 

 光の翼を煌かせ、悪竜の一体を地に縫い留めた天使は言う。

 

 

「私のことを信じてくれた、友達の願いに」

 

『…………コ……れは……想定外…………』

 

 

 楽しそうに笑う『ドラゴン』に、レイシアは右手をかざしながら、宣言した。

 

 

「──二者択一なんて選ばない。聖女様? 笑わせますわね! わたくし達はそんなお行儀のいい存在じゃない。アナタごときが用意したくだらない選択肢など、最初から素通りしていたに決まっているではありませんの!」

 

 

 そして、亀裂一閃。

 

 まるでおとぎ話の一幕のように、悪竜は一刀のもとに両断された。


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