【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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七話:涙の理由を変える者?

 それから、瞬く間に三日が経った。

 

 俺としてはすぐにでも話を進めたかったのだが、この計画にはインデックスの助力が要る。そのインデックスがこの三日間発熱で寝通しだったので、計画を進めることもできなかったのだ。

 なお、三日間のうちに身体を拭いたりするのは俺の仕事だったが、特にインデックスの身体を見て興奮するというようなことはなかった。幼児体型だったというのもあるが、初日にとんでもないものを見てしまったので多分女体について耐性がついてるんだと思う。

 

 …………耐性というより、PTSDとか言った方が良い感じかもしれないけど。

 

***

 

第一章 予定調和なんて知らない Theory_is_broken.

 

七話:涙の理由を変える者? Flere?

 

***

 

「おっふろー、おっふろー、おっふっろー♪」

 

 夜。

 インデックスを先頭に、俺と上条は洗面器を片手に銭湯に向かっていた。

 三日間の病人生活を終えたインデックスの最初の望みが、それだったからだ。そんな彼女の後姿を眺めながら、俺達は話をしていく。

 

「……大丈夫なのか? ここまで魔術師達の動きはねーけど」

「いつ来てもおかしくありませんわ。いずれ必ず仕掛けて来るでしょう」

「そうだな…………レイシアの策の為には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 上条のその言葉に、俺は黙って頷いた。

 

「とうまーとうまー! 早く早くー!」

 

 と、二人で話していると、インデックスはどんどん先に行ってしまう。上条が『はいはいすぐ行くぞー』なんて適当に返した、ちょうどその時。

 俺と上条は、ほぼ同時に違和感に気付いた。

 ()()()()()

 このあたりは第七学区の中心街に近く、最終下校時刻を過ぎたとはいえ人通りはそれなりにあるはずだ。にも拘らず、人っ子一人いない。そういえば、インデックスと一緒に歩いていた時から誰ともすれ違った覚えがない。

 そして次に、俺達は同じことを思う。

 

「来たか」

「ですわね」

 

「どうやら、お待ちいただいていたようで」

 

 カツン、というブーツの靴音が、俺達の背後で響く。

 弾かれたように振り向くと、そこには俺の髪より長い黒髪をポニーテールにした、東洋人の女がいた。

 Tシャツの裾を結んでへそ出しにし、タイトなジーンズは片方を太腿のあたりでバッサリと切っている。ウエスタンな印象のブーツとベルトと、そのベルトについたホルスターに、拳銃のように差した二メートルの日本刀――明らかに『異常』な姿だった。

 

「新手の魔術師か……」

「ご安心を。新手は私だけです」

 

 その女――神裂火織は、無感情にそう返した。

 もちろん、俺はコイツのことを知っているし、コイツの素の性格も、使う魔術も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()知っている。

 

「神浄の討魔、ですか。…………良い真名です」

 

 神裂は、舌の上で転がすようにそんなことを呟いた。……そういえば、神浄の討魔ってどういう意味なんだろね。のちのち出て来てたけども。……上条的には、自分の名字が使われてるみたいで恥ずかしくないのかな?

 

「…………テメェは」

「神裂火織、と申します」

 

 神裂は腰に差した刀に手をかけながら、

 

「できれば、もう一つの名は名乗りたくないのですが」

「…………もう一つの名、ね」

「ええ、魔法名、とも言うのですが」

 

 上条は、その言葉を聞いて、拳を強く握りしめたようだった。

 退いたりはしない。俺達の目的は、ここで退いては得られないものだから。

 

「率直に言って。――――魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

「その前に、お話がしたいのですわ。……神裂さん」

 

 そこで、俺は一歩前に出た。

 

「…………なんです? 彼女を引き渡す意思がある、と?」

「場合によっては」

 

 そう答えた瞬間、神裂の肩から若干の力が抜けたのが分かった。

 神裂の視点から見れば、俺達が魔術師の攻撃を恐れてインデックスを売ったようにも見えたかもしれないが――それでも、神裂は俺達を軽蔑する様子を見せなかった。

 まぁ、そこまで『期待』していないというのもあるんだろうが。

 

「それで、『場合』というのは?」

「条件、と言い換えても良いかもしれませんが」

 

 そこで、俺は続けて爆弾を叩き込む。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが条件ですわ」

 

 神裂の呼吸が、()()()

 

『最終日よりも早いタイミングで、ステイル達と協力関係を結ぶ』。

 

 俺の策は、何のことはない、ただのそれだけだった。

 

『考えてもみてください』

 

 あの日、俺は上条に人差し指を立てながらそんなことを言った。

 

『今日、インデックスさんは背中を斬られて倒れていた。…………それは間違いない事実ですが、敵の目的が「回収」だけだったなら、何故斬られた時点で回収されなかったのですか?』

 

 俺は答えが分かっている。

 それは、神裂がインデックスを傷つける気などさらさらなかったからだ。それなのに傷つけてしまったから、神裂はこれ以上ないほどに動揺し…………そして、その間にインデックスを見失ってしまった。

 精神的に憔悴した神裂に代わって、ステイルが回収に出向いた――。

 そんな答えが分かっているから、答えありきの『名推理』をすることができる。

 

『おそらく……彼らは、インデックスさんを傷つけることを望んでいないのですわ。回収を目的にしているから、ではありません。心情的に、彼女を傷つけたくないと望んでいる。だから、「歩く教会」とやらに()()()()()()()()の彼女を誤って傷つけてしまったとき、これ以上ないほど動揺した』

『なるほど……アイツがイギリス清教の人間だったら、その推理で説明がつく』

『そんな彼らが、インデックスさんを傷つけているということは、止むに止まれぬ事情があるはずですわ。であれば、インデックスさんも巻き込んで、わたくし達全員で問題解決に協力する、という話の流れにしてしまえば』

『………………昨日の敵は、今日の友になるかもしれない、って訳だな……!』

 

 俺達がただ協力を求めているだけでは、二人の心は動かないだろう。

 その程度の覚悟で動いているなら、最初からステイルと神裂はインデックスの敵になったりしない。

 だが、自分達が『インデックスの為を想って』敵に回っていると、他でもないインデックスに看破されたら?

 その上で、『私を助けて』と助けを求められたら?

 ……………………そんなの、拒めるはずがない。

 良心に訴えかけるような、悪趣味な作戦だって自覚はある。

 でも。

 最後の最後まで敵視されて、それでも助けるって、そりゃ確かにヒロイックだけど、やっぱり『無責任な外野』からしたら、そんな結末より、全部のわだかまりを()()()()()うえでハッピーエンドを迎えてもらった方が、幸せだと思うんだ。

 まぁ、この程度で全てのわだかまりが解けるとは思っちゃいないが。

 それでも、乗り越える為のチケットくらいには、なってくれるはずじゃないか。

 

「な、にを…………」

「その様子だと、レイシアの推理は当たってたみたいだな」

 

 上条は不敵に笑いながら、そう言った。

 もう、こうなった上条の舌はちょっとやそっとじゃ止まらない(と思う)。

 

「テメェらは、インデックスを狙う魔術結社(マジックキャバル)の人間なんかじゃねえ。イギリス清教の人間だ。インデックスがそう勘違いしただけで」

「…………、」

「本当はインデックスを救いたくて救いたくて仕方ねーんだろ? でも、それができないから、アイツの為を想って『次善』の手段としてこんなことをやってる」

「……………………、」

「でも、分かってんだろ!? こんなこと間違ってるって! どんな理由があったとしても、アイツが悲しんで、苦しんで、独りで涙をこらえながら逃げ惑うような選択間違ってるって――、」

 

「…………それが、彼女の命を救う為でも、ですか」

 

 神裂は、吐血するように苦しみながら上条の言葉を遮った。

 …………うん、止まったね、上条の舌。

 

「ええ、そうです。貴方達の予測は寸分たがわず正解していますよ。我々は、彼女の同僚で――――そして、親友、でした」

「ならどうして!」

 

 

「もう、耐えられなかったんです」

 

 自嘲するように俯きながら、神裂は話し始める。

 

「あの子の頭の中には、一〇万三〇〇〇冊の魔道書が記憶されている。それは知っていますね? …………彼女の脳の八五%は、それで容量を食いつぶされてしまっているんですよ」

「………………!!」

 

 俺と上条は、ほぼ同時にその言葉に反応した。

 上条は、予想外の、また最悪の事実への驚愕として。

 俺は、想定していたチャンスの到来への歓喜として。

 

「つまり、彼女の脳の残り容量は一五%しかない。その一五%で、彼女は私達と同じスペックを発揮しているのですから、本物の天才と言って良いかもしれませんが」

「でも、だからってなんでこんな風に追い掛け回してるんだよ!?」

「追い掛け回す、というのも事実とはまた異なりますね。私達の目的はそこにはありません。私達の目的は――――彼女の記憶を消すこと、にあります」

 

 そこで、上条の舌はまた止まった。

 上条はおそらく、思い出しているのだろう。インデックスの記憶が一年前から全て残っていないということを。

 その証拠に、上条の顔が一気に怒りに染まる。

 

「ですが、そうしないと彼女は死んでしまう」

 

 それを制するように、神裂は言う。

 

「彼女の脳は、ただでさえ一五%しか容量が残されていない。にも拘らず、完全記憶能力のせいで木の葉の枚数や道端の空き缶のようなゴミ記憶まで完全に保存してしまうのです。そして、そのせいで一年周期で記憶を消さないと、インデックスは死んでしまう」

「…………、」

「私達は、何度も彼女の傍に居続けました。彼女が記憶を失うとしても、それでも幸せな一年が送れるようにと努力もしました。……ですが、結局最後にあるのは地獄のような別れだけ。私達は、悟ったんです。…………私達が彼女を幸せにしようとする努力が、別離(おわり)の苦痛をより深いものにしているんだと」

「………………だから、インデックスの一年間を苦しいものにして、最後の瞬間の苦痛を和らげようとしてる、ってのかよ…………?」

「………………そう、です」

「ふざっけんなよ!! そんなもん、テメェらの勝手な思い込みだろうが!! アイツを見て、その生き方を見て、『幸せがあるから最後が辛くなる』なんて本気で言えんなら、テメェらはとんだ大馬鹿だ!! アイツが、インデックスが、そんなつまんねぇこと言うヤツじゃねぇってことくらい、テメェらが一番分かってんだろうがッッ!!!!」

「…………っ!!」

「上条さん、これ以上は言わせるものではありませんわよ」

 

 いい頃合いだと判断して、俺はそこで話を遮った。

 これは、『失敗した』神裂達にしか分からない話だし、『まだ失敗していない』上条とは平行線にしかならないだろう。

 それより、もう『ショートカット』に必要な情報は聞いた。

 俺が遮ると、神裂は心を落ち着けられたのか、冷静な表情に戻った上で言う。

 

「事情は、分かっていただけましたか。救うというなら、私は彼女を救う為だけに行動しています。協力する意思があるのでしたら、彼女をこちらに引き渡してください」

「それはできませんわ」

 

 俺は涼しい顔でそれを否定し、

 

「では――」

「何故なら、一五%の残り容量では一年しかもたない、なんて話は嘘っぱちだからですわ」

 

 今度は、上条と神裂、両方の呼吸が死んだ。

 

「な、……私が科学に疎いからと言って、適当なことを言って丸め込もうとしたって、」

「そうではありません。…………そもそも考えてみてくださいな。こんなのは簡単な算数の問題です。仮に一〇万三〇〇〇冊がインデックスさんの脳の八五%を占めているとして――」

 

 この結論に至れたのは、俺が事前に物語としてこの事件の顛末を知っているからだ。

 多分、レイシアちゃんの知識を持っていたとして、前世の俺の記憶がなければ、こんなに早くこの事実に気付くことはできなかった。

 魔術なんてものがあるから何があるか分からない。そういう認識があるから、俺達が普段身を任せている『科学』の知識と、現実を結び付けられなくなる。

 だから、これは全部上条のお蔭だ。

 俺が隣にいない世界のアイツが、最後の最後まで必死で考え抜いて、それで見つけることができた正解。それが今、俺の口を通じて、よりよい未来の礎になってくれている。

 

「――――一年で一五%なら、何もしなくたって五、六歳で死ぬ計算になるではありませんか」

 

 あ、という呟きを漏らしたのは、果たしてどちらだったか。

 そんな特徴があるのであれば、それは不治の病としてもっと注目されて良いはずだ。有名になっているはずだ。それがないということは、つまり。

 

「そもそも、人間の脳はもともと、一四〇年くらい軽く記録するほどの容量を持っています。いくら完全記憶能力でも、脳が圧迫されて死ぬなんてことはありえません」

「……で、ですがっ! 彼女の頭の中には魔道書が……常識ではかれるはずがっ」

「ではその魔道書の記憶は、何か特別な方法で行われたものですか?」

「………………っ!!!!」

 

 当然、そうではない。

 あくまで魔道書を読むのは魔術でも科学でもない当たり前な行動の範疇。宗教防壁で防御したりするかもしれないが、その程度で脳の容量が異常に食いつぶされるわけではないということは、プロである神裂自身が()()()()()()()

 

「そして、記憶というのは全部一緒くたに保存されているわけではありませんわ。言葉や知識を司る『意味記憶』、習慣や手癖を司る『手続記憶』、そして思い出を司る『エピソード記憶』というように、色々な記憶が別の場所に保管されているのです」

「な、そ、それ、では……」

「ええ。いくら一〇万三〇〇〇冊があったとしても、それは単なる『意味記憶』。それで生命活動が脅かされることもなければ、『エピソード記憶(おもいで)』が圧迫されることも、()()()()()()()()()()()()のですわ」

 

 神裂は、しばし俺の伝えた事実を咀嚼しているようだった。

 咀嚼しなければ、とうてい呑み込めるような情報ではなかった、ともいえるが。

 

「そんな、……いや、でも! 実際に彼女は、インデックスは今まで何度も苦しんで来ました! いくら理屈の上では、科学(あなた)から見ればそうだとしても、実際に苦しんでいるということは――――」

「そんなの、テメェらの上司が何かしら細工を加えてたからじゃねえのかよ?」

 

 今度こそ。

 神裂の言葉が、完全に停止する。

 

「考えてみれば分かることだろ。あんな小さな女の子に魔道書の毒を全部押し付けて、それを良しとするような組織だぞ? 正しく使えば世界の全部を好きに作り替えられる『魔神』だって生み出せるんだぞ? …………そんなヤツらが、インデックスに何の首輪もかけねぇって、本気で信じてんのかよ?」

「……………………ぁ、」

 

 神裂の手が、腰に差した日本刀から離れた。

 それから、全ての力が抜けたかのように、地面に膝を突く。

 轟! と遠くの空で炎が燃え盛ったが、彼女はそんなことに意を介する余裕もなかった。

 

「そんな…………そんなの……それじゃ、私は、私達は、今まで、何のために……っ」

 

 それは、今まで俺達の前に立ちはだかっていた怜悧な魔術師の言葉ではなかった。

 これまでずっと、一人の親友のことを想ってきた少女の、深い悲しみの発露だった。

 ぽろぽろと、無表情だった神裂の目から、絶望の涙が零れ落ちていく。

 自分達がしたのは、インデックスを救うことなんかではなかった。仕組まれたレールの上に乗せられて、勝手に努力して、勝手に絶望して――勝手に親友を傷つけて。

 結局、独り相撲をしている哀れな道化(ピエロ)だったのだ――――なんて思っているのかも、しれない。思わせているのは、他でもない俺だけど。

 

「なに勝手に終わった気でいるんだよ」

 

 上条は、いつの間にかそんな神裂の目の前に立っていた。

 そして、地面についた手を、右手で引っ張り上げ、乱暴に彼女を立ち上がらせる。

 顔と顔がくっつきそうなくらいまで近づいた上条は、そのままこう言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 …………やれやれ。

 結局は、上条が持って行くことになるわけだ。

 まぁ、そもそも俺の発案だって、元を正せば上条の発想のお蔭でできたようなものだし、そうしてくれた方が俺としてはおさまりがいいんだけどな。

 

「悪党の上司に騙されて、最愛の親友を追いかけ回していた滑稽な馬鹿で終わって良いのかって、そう言ってんだよ」

「…………でも、ですが、原因が分かったところでどうしようもないじゃないですか!! 私達だってインデックスのことを救う術を探した『回』はありました! 一年間ずっと探し続けました! ステイルなんかは、新たなルーン文字すら開発してみせて! それでも見つからなかったんですよ! 教会がインデックスにかけた首輪は、それだけ強力なんです!! 私達ではどうにもできなかったんですよ!? まして科学側(あなたたち)にどうにかできるわけないじゃないですか! そういう風に、()()()()()んです! この世界は! 結局本当に望んだものは手に入らないようなシステムが、組み上がって――」

 

 言葉の途中で、上条は神裂の額を人差し指で突く。

 神裂は驚いて言葉を止め、気付く。

 

「もう忘れたのかよ? 俺の右手が、何を殺すのか」

 

 神裂の目から、再び涙が零れ落ちる。

 だがそれは、もう悲しみの涙ではないだろう。

 

 涙の理由は、もう変わった。

 

 …………どこぞの傭兵の専売特許だけど、使わせてもらおう。

 

「本当に望んだものは手に入らないようなシステムが組み上がってる? ――――そんなふざけた幻想、欠片も残らずぶち殺してやる」




絶賛悪役令嬢成分消滅中ですが、もう少々お待ちください……。
現状は『上条当麻の物語』を『脇役A・レイシア』から見ているようなものとお考えいただければ。

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