【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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七六話:閉会、その前に

「なあ……本当に行くのか……?」

 

 

 その後。

 俺と馬場さんは、連れ立って第七学区の病院──婚后さんが入院している病室へと向かっていた。しかし、馬場さんの方はというとやはりというべきか、全然乗り気ではない。まぁ、それも仕方がない。

 

 

「……大体だな。元はと言えばあの女が『暗部』の問題に首を突っ込んだのが悪いんだ。殺されなかっただけ御の字。任務の邪魔をされた僕が謝るなんて筋違いだろう?」

 

「嫌ならわたくしは別に構いませんのよ? 第三位と第五位の学友に手を上げたという特大の厄ネタを、裏第四位(アナザーフォー)の口添えで和解できるという超大チャンスを棒に振っても」

 

「うっ……」

 

 

 レイシアちゃんの言葉に、馬場さんは思わず言葉を詰まらせる。

 うん、そうだね。此処で俺達の口添えで婚后さんと和解しておけば、馬場くんは今後常盤台と関係を悪化させたままでなくても済む。今や三人の超能力者(レベル5)を擁する常盤台中学は、下手をしなくても学園都市で一、二を争う能力者戦力。正常な危機回避スキルの持ち主なら、事を荒立てたくはない。

 …………んだけど、違うよなあ。そういうんじゃないんだよなあ。

 

 

「……すみません。本音は、違いますわ。……わたくしは、アナタとわたくしの学友がいがみ合うようになってはほしくないのです」

 

「……、」

 

 

 流石にもう、馬場さんも茶々は入れなくなった。今回の共闘で、俺達の性格もだいぶ分かってもらえたと思うし。

 

 

「最初は、逃げたくて逃げたくて仕方がなかったと思いますわ。暗部の知恵を借りたくて、アナタのことを強引に戦いに巻き込みました。……改めて、お詫びします。でも、アナタはそれでも最後までわたくし達に付き合ってくれた。勇気ある、決断だったと思います。わたくし達なんかよりも、ある意味では遥かに」

 

「……やめろやめろ! 僕はそんなんじゃない。善人に絆されてころっと改心するようなお花畑頭と一緒にするな。あんなの口から出まかせに決まってるだろ! お前らの思い込みが強すぎるから逃げる機会を失ってただけだ! 自分が死にたくないから必死に考え抜いていただけだ! たまたま使える手駒が優秀だったから十全以上の働きができただけだ!! そんなの……俺の善性にはならない」

 

 

 馬場さんはそう言って、そっぽを向いてしまった。

 でも、俺達と一緒に歩くことはやめたりしない。

 

 あー、まぁ、色々と極限状態だったからねえ。そういう行き違いはあったのかもしれない。でも……。

 

 

「今もこうして、わたくしについてきてくれています」

 

 

 それは、馬場さんの中に何かしらの『変化』があったってことなんじゃないだろうか。

 少なくとも、戦いが終わったらすぐに俺達から逃げ出したりしない程度に、まだ付き合いを続けてくれる程度に……俺達との絆を感じてくれてるんじゃないだろうか。

 

 そう思いながら言った言葉に、馬場さんは憎たらしいほどの蔑みを混ぜた笑みを浮かべる。

 

 

「はっ、相変わらず救いがたいほど能天気だね。そんなの決まっているだろう? ここまで命を懸けたんだ。それ相応の報酬はもらわなくちゃ割に合わない。金銭で済むと思っているのか? 今後も裏第四位(アナザーフォー)という戦力として、僕のカードになってもらわないと、到底釣り合いがとれないんだよ。これはただそれだけのことさ。…………まぁ、そうだな。その為の必要経費だというのなら、何も知らない『表』のメスガキに頭を下げるのも、不本意ではあるが許容してもいいかな」

 

「はい、はい。そうですわねぇ」

 

 

 うん。今はまだご覧の有様だけど、でも馬場さんも前に進んではくれてるよね。

 人はすぐには変われない。俺達は、馬場さんを変えるだけの積み重ねを持ってない。だから、これからも積み重ねていけばいいよね。俺達の縁は、まだここで終わるわけじゃないんだから。

 

 

《シレン、そろそろいい加減このデブ引っ叩いていいですわよね?》

 

《レイシアちゃん、もうちょっと我慢しようねぇ》

 

 

 今手を出したら色々と台無しだからねぇ。

 

 

「………………」

 

 

 と、そこで馬場さんが足を止める。

 婚后さんの病室に着いたのだ。ちょっと不安そうな視線を見せる馬場さんににこりと微笑みかけつつ、病室の扉をノックする。ほどなくして、中から「あっ……はい」という声が返ってきた。

 許しをもらったので扉横のボタンを押すと、ヴィィン……と扉が自動で開く。

 室内には、美琴さんと婚后さんの二人がいた。ありゃ、先客がいたか。

 

 

「あ、レイシア……って、アンタは!?」

 

「お休み中のところすみません。話すと長くなるのですが……婚后さんとの()()の後で、彼と個人的に親交を深めまして。それでその……」

 

 

 そこで、馬場さんは俺の言葉の途中で頭を下げた。

 

 

「訂正する」

 

 

 頭を下げたまま、馬場さんはさらに続ける。

 

 

「誰かのために行動するのを、他人への精神依存と言ったが、それは訂正する」

 

 

 それだけ言うと、馬場さんは顔を上げて。むすっとした表情のまま踵を返してしまった。

 あまりにも言葉少なな和解の申し出に俺も少しだけぽかんとしてしまったが、美琴さんのリアクションの方は大きかった。

 

 

「はッ? それで終わり!? ちょっと待ちなさいよ! アンタ婚后さんを散々痛めつけて、言うことがそれ!? ふざけてんの!? 今この場でボコボコにしてやってもいいのよ!?」

 

 

 気持ちは分かるけども。

 でも馬場さんとしては最大限の譲歩というか、謝罪の言葉というかね……。

 

 

「いいんです、御坂さん」

 

 

 いきり立つ美琴さんに待ったをかけたのは、意外というか案の定というか、婚后さん本人だった。

 婚后さんは、そのまま馬場さんの背中に声をかける。

 

 

「正直、わたくし自身はまだ納得できていない部分もあります。ですが、他人を信じるということにアナタが少しでも理解を示してくれたなら……それならそれで」

 

「………………ほんっっとうに、度し難い馬鹿どもだね。お嬢様って人種は」

 

 

 背を向けながら、馬場さんは吐き捨てるように言った。

 

 

「恵まれているから、そんなことが言えるのさ。生まれたときから恵まれているから、何かを許容できるだけの心の財産(よゆう)があるんだ」

 

「あんたねえ……そんな憎まれ口を叩くために、」

 

「有難く思えよ。その財産のお陰で、僕という優秀すぎる頭脳を買うことができるんだからな」

 

 

 それだけ言って、馬場さんは病室から出てしまった。

 

 

「…………あの方は、今なんと?」

 

「借り一つ、だそうですわ」

 

 

 レイシアちゃんは心底くだらなさそうに、婚后さんの問いに答えた。

 うーん、馬場さんも素直じゃないよねぇ。

 

 

「……馬場さんは、生きてきた環境もあって、信じられる人がいないのですわ。わたくしは、行きがかり上強引に彼の世界に割って入ったようなもの。できれば彼も……わたくしと同じ世界に生きてほしいと思っているのです。今回は、そんなわたくしのわがままに付き合ってもらったようなもので」

 

「……シレンさんの方もわりと強引っていうか、やっぱり『レイシア=ブラックガード』よねぇ……」

 

「それでも、先程の彼の言葉に嘘はないように感じましたわ」

 

 

 そう言って、婚后さんはパッと扇子を開く。

 

 

「水随方円という言葉がございます。『水は方円の器に随う』……わたくしもまだまだ勉強中の身ではありますが」

 

 

 婚后さんは微笑みながら、

 

 

「あの方が環境のために他人を信じられないというのであれば。レイシアさんがあの方に寄り添って差し上げていれば、いずれはきっと、他人を信じられるようになるのでしょうね」

 

「それは……責任重大、ですわね」

 

 

 ……何せ、このままいけば馬場さんは暗部の抗争に巻き込まれて、確か生死不明になるんだ。

 小説ではそこで終わってたけど、暗部の人間が馬場さんを放置するとは思えない。新約の時代では学園都市全体が停電したりもしてたし、本当の本当に、このままだとどうなってしまうか分からないんだよな。

 でも俺が、馬場さんの何かを変えることができたなら。……きっと、違う未来を迎えられるかもしれない。

 

 

「わたくしも微力ながら協力しますわ。そして御坂さんも」

 

「ええ!? 私も!? ……まぁ、私もああいう手合いには慣れてきたところあるけど……」

 

「ふふ、ありがとうございます。婚后さん、美琴さん」

 

 

 ──ああ。なんというか……いいなあ。こういう友人関係って、本当に得難いものだと思う。そしてこれも、俺達が今までちゃんと歩んできた積み重ねがあってこそなんだよね。

 その積み重ねと信頼に恥じないように、これからも頑張らないとね。

 

 

《そういう殊勝なヤツはシレンにお任せしますわね》

 

《レイシアちゃんはすぐそうやって~……》

 

 

 レイシアちゃんも大概素直じゃないからね。

 と、そんなことを内心で言い合っていると、婚后さんがもじもじしながら美琴さんの方を見ていることに気付いた。なんだその恋する乙女みたいな顔。

 

 

《……ははーん?》

 

《? レイシアちゃん、何か思い当たる節でもあるの?》

 

《多少は。まぁ見ていてくださいな》

 

 

 そう言って、レイシアちゃんは黙ってにんまりと笑みを浮かべる。ただ、助け舟を出すつもりはなさそうだ。黙って事の成り行きを見て楽しむ腹積もりらしい。

 俺は助け舟を出したいんだけど、生憎何がなんだかさっぱり分かってないからなあ……。こういうときは自分の鈍感力を呪う。

 

 

「その……御坂さん、とブラックガードさんは、なんというか……随分親しげですのね?」

 

 

 そこまで言って、婚后さんはハッとしたように付け加える。

 

 

「いえ! それが悪いというつもりはありませんのよ!? ただ、その。聞いた話では、お二人はかつて敵対していたと聞いていたものですから……それにしては、お互いに含むところがないといいますか、真っ直ぐに接しておられると……」

 

「……ああ」

 

 

 美琴さんの方は、その言葉を聞いてへっと苦笑したように息を吐いた。

 そして俺の方も、納得した気持ちだった。確かに、ねえ。俺達、元々は敵同士だったんだもんねえ。いや、学友だっただけで敵同士ではなかったんだけども、最初の方はいがみ合ってたんだもんね。そう考えると、こうして同年代の友達として仲良くやっているのは傍から見たら不思議なもんだよねえ。

 

 

「ま、色々あったんだけどね。ひとえに……シレンさんが頑張ったお陰って感じかしら」

 

「そんなことはありませんわよ」

 

 

 まぁ、確かに最初は俺が動いたっていうのもあるけどね。

 

 

「わたくしが最初に動いたときに、美琴さんは嫌な顔一つせず、真剣にわたくしの言葉を受け止めてくださいました。だからその後も、頑張れたのだと思います。…………だから、婚后さんが馬場さんの言葉を真剣に受け止めてくださったのも、感謝していますわ。あの言葉があるのとないのとでは、安心感が全然違いますもの」

 

「え、ええ。……あの方の今後の為に繋がっていれば、わたくしも嬉しいですわ」

 

 

 いやあ、婚后さんは本当に人間ができているなあ。

 ……アニメだとなんかポンコツお嬢様って感じだったんだけど、全然そんなんじゃないよね? どっちかというとそういうのってレイシアちゃんがやってるような気がするよ。

 

 

《シレン、ダメですわねぇ》

 

《……えっ何が?》

 

《今の話の流れですわよ。わざわざ婚后光子が名前呼びに触れた真意を考えませんと》

 

 

 ……? 名前呼び……? どういうこと……?

 

 

《アレ、婚后光子は多分、わたくし達が美琴のことを名前で呼んでるのを見て羨ましく思っていたんですのよ。だからそれとなく話題に出して、自分も名前呼びをする流れに持っていきたかったのですわ》

 

《え、ええ!?》

 

 

 ま、マジで……!? それじゃあ馬場さんの話に持って行った俺、最悪じゃん!! いや感謝したかったのは事実なんだけど……今話すことじゃなかったじゃん! 完全にそういう総括の流れだと思ってたんですけど!?

 

 

《……シレン、やっぱり童貞ですわねぇ》

 

 

 …………ひょっとして、俺もポンコツお嬢様成分をけっこう担っちゃっているのか……!?

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

七六話:閉会、その前に How_to_Call.

 

 

 


 

 

 その後。

 

 馬場さんと別れた俺達は、何故かお父様・お母様と一緒に、上条家と会食をしていた。

 ……これには深い事情がある。実はこの後、上条さんも巻き込んで今回の一件のお疲れ様会をしようと(レイシアちゃんが)提案し、食蜂さんと美琴さんがそれに乗っかったのだが、そのお誘いをする為に上条さんに声をかけようとしていたときに、お父様に捕まってしまったのだった。

 どこからかお疲れ様会の情報を察知していたお父様は『パーティに野郎を呼ぶなら僕も顔を見ておきたい』『僕の情報網にレイシアがツンツン頭の少年と腕を組んでいたという目撃情報が引っかかったんだけどそれはいったいどういうこと?』などと宣っており、絶対についていくと言って聞かなかったのだ(なお、レイシアちゃんに本気でキモがられ、許してあげる代わりに情報網の全共有を約束されていた。バカすぎる……)。

 

 

「いや~、すまないね刀夜! とんだ誤解だったみたいだ!」

 

「ワッハッハッハ! 気にするなギルバート! ウチの当麻はなぁ、こう見えてなかなか奥手でだなぁ……」

 

「やめろ馬鹿親父!」

 

 

 刀夜さんとお父様はお互いに肩を組みながら笑い合っているし、上条さんはそんな刀夜さんに対して少し照れくさそうな居心地悪そうな感じである。

 かくいう俺も、なんというか気まずい感じがすごいある。友人の前で家族に出て来られると、なんか困るよね。一緒にいるインデックスはきょとんとしちゃってるし。

 

 ちなみに、今俺達がいるのは比較的お高めなファミレスである。チェーン店だがメニューが高めなので、此処に来るときはごちそうだーってなりがちな感じのところである。

 多分、うちのお父様が誘導したから上条家も多少無理をしつつご一緒してくれたんだろうなあ……。申し訳ない。こういうときに気を遣えないのはホントダメだよ思うよ、お父様。

 

 

「あの……上条さ、」「……家族の前で名字呼びだと、なんだかややこしいし他人行儀な感がありますわね?」

 

 

 ……! れ、レイシアちゃん……! おま、それ婚后さんが名前呼び出来なかった後のタイミングで言い出すか!?

 

 

「ん、言われてみればそうだな……」

 

「じゃ、当麻と呼びますわ。ね、シレンも」「え、えぇ……。……まぁ……そうですわね。では、当麻さんと……」

 

「あらあら、当麻さんってばなんだか淡い青春を楽しんでいるみたいねえ」

 

 

 うぐ、なんかとんでもなく恥ずかしい……。

 

 

「……シレンちょっと。顔が熱いですわよ。顔に出るほど照れるんだったら事前に言ってくれませんか? これちょっと……顔が熱いですわ!」

 

「わー、レイシア、顔真っ赤かも。熱とかあるの?」

 

「お静かに! 照れてませんわなんでもありませんわ! 知恵熱、そう知恵熱なのです。いっぱい能力を使ったから知恵熱が出ているだけなのですわ! それと! そう、祝賀会のお誘いですわ。今回の一件のお疲れ様会をやるので、と、当麻さんとインデックスもいかがかしら!?」

 

「お、おう……」

 

「祝賀会!? おいしいものいっぱいある!?」

 

 

 ……ふう、よし。話題は切り替わった。

 あとは向こうの馬鹿親父チームに感づかれる前に気持ちを落ち着けて……。

 

 

「あらあら、当麻さんってばお昼も女の子と親し気にしていたのに、またこんな。ちょっとお話を聞かせてもらえるかしら? 場合によってはお母さん、『先達』の被害者としてちょっと教育してあげないといけないわね?」

 

「ハァ……。その話、わたくしにも詳しく聞かせていただけるかしら……? 愛娘が置かれている状況は、きちんと把握しておきたいので……。……それとレイシアも、話を聞かせてもらうわね……?」

 

「…………う」

 

 

 ────そのあとのことは、あまり語りたくない。

 

 ただ、一言だけ言うならば──地獄だった。


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