【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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七八話:天賦夢路

「ぜぜぜっぜっ、絶対に許せねーですよ!!!!!!!!」

 

 

 ──怒髪天を衝くとは、まさしくこんな感じだろうか。

 その日、派閥のたまり場の一つである研究室にて、夢月さんの怒声が響き渡った。

 その横でまぁまぁと宥める燐火さん、同じくピリピリしている数名のメンバー、それを宥めに動く千度さん、好凪さんはじめ微妙によく分かっていない様子のその他メンバー、それを遠目に静観している徒花さん、そして腕を組み瞑目している俺……。

 

 なぜ、こんなカオスな状況が展開されてしまったのか。

 

 その説明をするには、時間を一〇分ほど巻き戻さねばなるまい。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

七八話:天賦夢路 Dream_Ranker.

 

 

 


 

 

 

「と、いうわけで」

 

 

 大覇星祭後の振替休日も空けて、久しぶりな感のある通常登校日。

 その放課後に、俺はメイド姿の徒花さんを引き連れて、派閥メンバーの待つ研究室にやってきていた。徒花さんはメイドとは思えないほど不遜な雰囲気を出しているが、先日話していた通り、やはり所作には文句の付け所もない。

 意外と礼儀とか形式とかには厳しいレイシアちゃんが内心で俺に文句を言ったりもしていないので、本当にちゃんとしているのだろう。

 

 

「これからしばらくの間、わたくし達GMDWの身辺警護として学園都市の公式治安維持組織の方のお力を借りることになりました。彼女はわたくし達側の窓口として派遣された、徒花さんという方です」

 

「……徒花だ。今回の任務では主に本隊とお前達の連絡役と、非常時における現場での作戦指示を担当する」

 

「こ、こりゃまた随分本格的でいやがりますね……」

 

「しかしこう……唐突ですねっ。行動が早いというか……」

 

 

 徒花さんのつっけんどんな自己紹介のせいもあると思うが、派閥の人達は大分困惑気味のようだった。まぁ……無理もないか。一応グループメッセージで護衛の人を雇うよって話はしておいて、みんなからの承認はもらってあるけど、細かい段取りはこっちで全部やっちゃったからなあ。

 

 

「急な話で皆さんも困惑していることと思います。ただ、仕方のないことだったとはいえ、想定よりも超能力者(レベル5)公表が早まった関係で、一刻も早く外部からの攻撃対策を練る必要があったのですわ。それで、折よくお父様の伝手を使えましたので」

 

「──その選択は正しい。超能力者(レベル5)というのは学園都市においては研究者なら誰もが手を伸ばしたがるステイタスだ。そして単体戦力として強大な彼らではなく、大抵の人間はその周囲の人間を狙う。だから超能力者(レベル5)は単独行動を好むし、例外は多人数を洗脳して環境を整えることができる第五位くらいのものだな」

 

 

 事の経緯を話す俺に補足するように、徒花さんが付け加える。

 流石に傭兵さんだけあって、超能力者(レベル5)の裏事情とかにも詳しいんかね。そして食蜂さんが大派閥の長をやっていられる理由がそこにあったとは……。

 

 

「だから──お、お嬢様方も、危機感を持て。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)を狙う者がいるとしたら、真っ先に危険に晒されるのは……お、お嬢様方だ」

 

 

 少し照れながら、徒花さんはそう言い切った。

 これは俺達からのリクエストである。一応徒花さんはメイドという扱いなので、俺達に対して横柄な態度をとってたら浮いちゃうのだ。それだとわざわざメイドとして潜入してもらった意味がないので、基本的に俺達のことは『~嬢』、二人称は『お嬢様』でやってもらっているのである。

 これには実際、徒花さんもめちゃくちゃ難色を示していた。何なら徒花さん、メイド服着るのも不服っぽいからね。服だけに。ただ、お父様の執り成しもあったらしいのでなんとか受け入れてもらっている。

 まぁ、それでも細かい口調的な部分はこう……アレなんだけどね。

 

 

「へぇ……危機感、ですか」

 

 

 徒花さんの言葉に、夢月さんが反応した。

 眉を持ち上げて、夢月さんは値踏みするように徒花さんを見る。

 

 

「そー言うアナタはどれほど『出来る』んでいやがりますか? 私達、これでも学園都市じゃー高位能力者として名を連ねてるんですが」

 

 

 突然の挑発的な口調に俺は思わず目を丸くした。

 ……驚いた、夢月さんがそんな風に人のことを値踏みするとは思わなかった。力量なんて、あの佇まいを見れば分かりそうなもんだけど……。

 様子を伺ってみると、なんか苦笑している燐火さんと目が合った。

 

 

《……夢月のヤツ。わざと焚きつけてますわね》

 

《あー……やっぱそういうアレなのか、あの発言》

 

《といっても、信用していないわけではなさそうでしてよ。多分……アレでしょう、あえて最初はぶつかってみて仲良くなる的な。夢月の好きそうなヤツですわ》

 

《あの子大概熱血系だよねぇ……》

 

 

 レイシアちゃんのことを当初潰そうとしてたみたいな話があったけど、あれも今となってはどーだかって感じだ。案外、見込みがありそうだったから喧嘩売って仲良くなろうとしたのかもしれないね。

 

 

「ふむ……」

 

 

 対して、徒花さんの反応はクールだった。

 スッと半身になって夢月さんから己の身体の左半分を隠すと、

 

 

「──ッ!!!!」

 

 

 直後。

 

 どこからともなく巨大な剣のようなものを取り出して、軽々と構えて夢月さんに突きつけていた。

 剣、といっても、細かい形状は剣とは大きく異なる。白い木製の棒に、小さな石の刃を大量に並べたような──言うなれば石器の鋸のような形状である。

 

 

《ねえちょっとシレン》

 

《ああ……うん……》

 

 

 当然ながら、あんなもんは()()()()()で使うような代物ではない。

 古代の武装を換骨奪胎するアンティーク好き発明家というわけでもない限りあれは……魔術サイドの代物だ。

 

 いやいやいやいや……せっかく依頼して連れてきた人が、魔術サイドのスパイ? 何その殺人的偶然……。いや偶然じゃないのか? もしかして獅子身中の虫を潜ませる学園都市上層部の嫌がらせとか? いやまぁ、仮に徒花さんが魔術サイドだったとしたら、別に学園都市上層部の命令に従う必要とかないからそれはそれでいい……のか?

 

 

「──こんなもので問題ないか? 咄嗟にお嬢様方……を守るくらいなら、十分に可能だと自負している」

 

「え、えー。正直、思った以上でした。その、侮るようなこと言って悪かったですね」

 

「本気で言っていたわけではないことくらいは分かるさ」

 

 

 あっ。うんうん考えているうちに文字通り徒花さんは矛を収めてしまった……。まぁまぁ、徒花さんの素性についてはまた後で詳しく聞くことにしよう。幸い、俺達と真っ向から敵対しているという感じではなさそうだしね。(もし敵対関係ならわざわざ『魔術を知っている』俺の前で自分の霊装を出したりしない)

 

 

「それと……早速、GMDWの防衛上の懸念が情報網に引っかかったので、提供しようと思う」

 

 

 と、徒花さんはそう言って、一枚のカードを取り出した。なんぞそれ?

 

 

「あっ、インディアンポーカーなのではありませんかぁ~?」

 

 

 反応したのは、二年生の意近さんだった。

 彼女は派閥の中でもノリが軽いというか、けっこう学外の知り合いの多い子で、それゆえに俗っぽい話題にも詳しいのだが……、

 

 

「インディアンポーカー?」

 

「ええ。色んな市販の玩具を組み合わせることで作れる玩具で、『自分の見た夢をカードの中に封入できる』らしいですよぉ」

 

 

 夢ぇ……?

 それって科学的に可能なの? なんかこう……実は魔術師が暗躍してたとかそういう話じゃないよね?

 

 

《原理的には可能だと思いますわよ。アロマを焚くことで夢見をよくするみたいな話は普通にありますし、たとえばそのカードが脳の電気信号に干渉する仕組みを持ってるなら、夢を操ることは容易に可能ですわ》

 

《…………それはそれで》

 

《ええ。単なる『夢を記録できる装置』以上の、どす黒い何かが裏にある可能性は否定できませんわね。そもそも非正規品が流行っているってところからしてアヤシイですし》

 

 

「説明の手間が省けたな。恒見嬢が察している通り、これはインディアンポーカー。平たく言えば『他人の夢を見ることができるカード』だ。今のところは基本的に仲間内の間でしか広まっていないが、最近になって『面白い夢』や『為になる夢』が出回り始めている」

 

 

 面白い夢や、為になる夢……?

 ……あっ、そっか。

 夢っていうのは、その人の経験や記憶の反芻だ。だから専門家が専門知識にまつわる夢を見たら、それは部外者からすれば『専門知識を学習できる夢』になるってわけだ。そう考えると、ある種の学習装置(テスタメント)じみてるよな……。

 

 

「んで、それはいったいどういう内容の夢でいやがるんです?」

 

 

 徒花さんの持つカードを指差しながら、夢月さんが胡乱げな眼差しで問いかける。

 ただ適当に現物を持ち出してきただけっていうなら別だが、『GMDWの防衛上の懸念』とまで言い切ったんだ。多分、アレ自体が何らかの危険を示唆しているのだと思う。

 なんだろう……? 常盤台中学に対するテロ計画の夢とか? ……いや、あるいは『夢』という形で学舎の園の機密情報が外部に漏洩している、とかかもしれないな。

 だとすると確かに由々しき事態だ。食蜂さんとも連携して対策会議とかやらないといけないかもしれな、

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 …………んん?

 俺の……っていうか、レイシアちゃんの夢? それがどうGMDWの防衛上の懸念になるっていうんだ? 別に俺のことを夢に見られたところでどうでもよくない? 白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の能力研究とかされてるならまた話は別だけど……。あ、そういう感じか? もしかして。

 

 

「その……なんというか、だな。……このカードの出元は男性の天賦夢路(ドリームランカー) ──良質な夢を安定供給できる者で、そこから転売されたものを押収したのだが」

 

 

 徒花さんは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら、

 

 

「…………ええと、バイヤーの説明曰く、牛柄…………ビキニを着て……ご奉仕……する……ブラックガード嬢の夢らしい」

 

 

 え゛っ。

 

 

「しかもブラックガード嬢の二重人格まで配慮されてるとかで……二面性がどうたらこうたら……そこまで詳しくは聞いていないのだが……」

 

 

 ……お、おおう……。そ、そっか……。そっかそっか……。

 い……淫夢……というヤツね……?

 

 

「い、いや! いやいやいやいや、そ、それはなんというか……まぁ……コメントに困りますが……ですがそんなに目くじら立てるようなことではないのでは? 別に……わたくしを害そうとしているとか、そういう話ではなさそうですし……」

 

「いいや。こうしたアングラの雰囲気というのは馬鹿にできない。一番の問題はこのカードが一〇万円という超高額で売買されていたことだ。レイシア=ブラックガードという『アイコン』に対して劣情を催すことが、裏で商売として肯定されて当然の雰囲気が醸成される。これは長い目で見ればブラックガード嬢やその基盤であるGMDWに無視できない風評被害を与えかねない。──というのが、ウチの本部の見解だ」

 

 

 ……た、確かに、言われてみればそういう向きはあるかもしれない。

 なんというかこう、ネットミームみたいな感じなのかな。えっちなネタに使っても良いミームとして俺が認識されちゃったら、当然俺の周りにいる人達にもその余波が行きかねないわけで……直接害をなそうとする人がいなければいいとか、そういう次元じゃないんだ、こういうのって。

 

 

「…………まずい、ですわね」

 

 

 俺は認識を改めて、真面目に呟く。

 とはいえ、そういう雰囲気が作られていっちゃうのは困るけど、やってる人一人ひとりは別に悪意があってやってるわけじゃないし、そもそも狙ってやってるわけでもないから、どうこうするっていうのも難しいんだよね。さてどうしたもんか……、

 

 

「ぜぜぜっぜっ、絶対に許せねーですよ!!!!!!!!」

 

 

 ──そして、そこで夢月さんがキレた。

 

 突然の怒声に振り返ると、そこには顔を真っ赤にして髪を逆立てんばかりにして怒りを露わにしている夢月さんがいた。

 

 

「そそそっ、そんなっ、ごほっ……我らの女王にそんな劣情をぶつけやがる不逞の輩!! 汚らわしーったらありゃしねーです!! これだから男は!!!! すぐさま夢の出どころになっているクソ野郎を見つけ出してリンチにして、そんな夢を売りやがったら痛い目を見るという噂を対抗で流してやるべきです!!!!」

 

「落ち着け刺鹿嬢。普通に犯罪だ」

 

「しかしっ……」

 

「そうですわ、夢月」

 

 

 なおも憤懣やるかたないという様子の夢月さんを宥めるように、レイシアちゃんが口を挟んだ。

 

 

「わたくしもまぁ……無料(タダ)で何の敬意もなくわたくしの魅力を消費しようとする輩には憤りを感じますが」

 

 

 それはそれで怒りどころがズレているような気がしないでもないけども……。

 

 

「ある程度の劣情や下卑た感情は有名税と捉えていますわ。……ただ、この調子でインディアンポーカーが実在人物に対するポルノ商売の温床となるのは少しばかり厄介な気がしますわね」

 

 

 レイシアちゃんはそう言って、腕を組んで黙った。

 俺達、これから学園都市の広告塔としての仕事もどんどん出てくるわけだしね。そう考えると、夢っていう形で肖像権だのでは制御できない『実在人物の消費コンテンツ』が出来上がっちゃうのは、無視できない危機ではある。

 

 

「その上で。……『夢を見る人間』を直接叩いても、根本的な解決にはならないと思いますわ。これだけカオスな状況なんですもの。遅かれ早かれ警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)も動くと思いますが……我々も独自に、このはた迷惑なオモチャを作った『原因』にアタックを仕掛けてみる必要がありますわね」

 

 

 レイシアちゃんの話す方針は、徒花さんとしても既定路線だったらしい。

 我が意を得たりとばかりに頷くと、徒花さんはインディアンポーカーのカードを机の上に置いて続ける。

 

 

「そう言うと思って、既に調査を開始している。おそらく我々の情報網を使えば数日中には犯人の特定は可能だろうが──この場で懸念事項を話したのは、お……お嬢様方にその調査の指揮を担当してもらいたいと考えているからだ」

 

 

 ……指揮?

 ああ、なるほど。徒花さんを始めとした傭兵さん達を雇ったのは、あくまでもGMDWの防衛力が強化されるまでの繋ぎ。いくら徒花さん達が有能だからといって、全部お任せにしていたら俺達だって成長できないからね。

 その為にGMDWに経験を積ませてくれるって感じか。

 

 

「ブラックガード嬢については、本部の方に来てもらいたい。いい機会だからな、本部の『メンバー』と顔合わせした方がいいだろう」

 

「ええ、問題ありませんわ」

 

 

 徒花さんの提案に頷くと、ふとレイシアちゃんがひょいと机の上のカードを拾い上げた。

 

 

「……? それはこちらの方で処分しようと思っていたんだが、いいのか?」

 

「御冗談を。わたくしのあられもない姿が記録されているのでしょう? この手で処分したいのですわ」

 

 

 そう言って肩を竦めると、レイシアちゃんは胸ポケットの中にカードをしまった。

 なるほどもっともらしい言い分だ。だが一心同体の俺には分かるぞ、レイシアちゃん。レイシアちゃんはこんなカードの中に記録されてる痴態の一つや二つ、気にするようなタマじゃないってことはな。

 

 

《…………レイシアちゃん、それ何に使うつもりなのさ?》

 

 

 半分聞きたくないなあ……と思いつつも問いかけると、レイシアちゃんはけろっとした調子でこう言うのだった。

 

 

《何って、隙を見て当麻の頭の上に乗せてわたくし達の淫夢を見せるために決まっているではありませんの》

 

 

 ……………………。

 

 

 ……こ、コイツ…………正気か…………!?!?!?




※なお、シレンの強硬な反対によって件のカードはバラバラに切り刻まれました。



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とある夢の中の超能力者(レベル5)
画:かわウソさん(@kawauso_skin


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