【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八〇話:一寸先は闇

 ともかく、フレンダさんと佐天さんとともに一時的に行動することになった俺達は、そのまま本拠地に戻ることにした。

 佐天さんを襲った連中が誰なのかは不明だけど、誰であろうと暗部組織の本拠地に行けばこちらの方が圧倒的に有利だもんね。そういうわけで、俺達は馬場さんが手配してくれた車に乗って移動していた。

 ほんとは行きと同様飛んで戻ろうと思ってたんだけど、そろそろ時間的に人通りも増えてきたからそれだと目立つだろうという馬場さんの提案である。まぁ、目立つと逆に襲われる危険性も上がるからね。

 

 

「で。アナタは何者なのです? わたくしのことを知ってたようですが」

 

「べ、別にぃ~……フツーの女子高生って訳よ」

 

 

 問いかける俺に、フレンダさんは適当なことを言って窓の外へ視線を逃がした。いやいや……そもそもフレンダさん、学校行ってないでしょうに。たぶん。

 でもまぁ、危険がない限りフレンダさんは身内のこと吐かないっぽいなぁ。なんか仲間の秘密をバラして粛清されたイメージが強いから、けっこう簡単に情報を出してくれると思ってたけど。

 

 

「……まぁ、佐天さんのことを助けていたみたいですし、悪い人ではないようですが」

 

「…………、」

 

 

 あ、今微妙そうな顔した。

 暗部の人っぽいリアクションだなぁ。馬場さんもそうだった。疑われるのは嫌うけど、『善人』のレッテルを貼られるのはもっと嫌がるよね、暗部の人。

 レイシアちゃんはそういうのを『悪ぶってる』って表現するけど……たぶん彼らって、『善人』という概念に対する謎のハードルの高さを持ってる気がするんだよなぁ。垣根さんもそうだったけど、俺の素朴な一言に『調子が狂う』って言ったりとかするし。

 

 

「……うげ」

 

 

 と、そこで機器を操縦していた馬場さんが変な声を上げる。

 ちなみに、この車に運転手はいない。というか、馬場さんが運転している。運転といっても実際にハンドルを握っているわけではなく、ロボットを操縦するようなノリで、携帯端末を使ってコントロールをしているようだが。まぁ、自動運転ってやつだな。

 

 

「どうかしたんですの? ……ああ」

 

 

 問いかけながら前方を確認して、俺もその意図を理解した。

 というのも、前方には車の渋滞が広がっていたのだ。一応、高速道路も降りてこのへんは車の少ない学区ということで油断していたのだが……運が悪い。というか、敵がいつ襲ってくるか分からない以上、けっこうヤバい状態のような。

 

 

「仕方がありませんわね……」

 

 

 このまま足止めされている間に車ごと攻撃を食らったらそれこそ最悪だ。ここは、俺達の能力で全員を運んだ方がいいだろう。

 

 

「馬場さん。やはり車を降りてわたくしの能力を使いましょう。このまま渋滞に巻き込まれるのは危険な気がします」

 

「いや、さっきも言ったようにそれだと衆目を集めて危険だ。それに襲撃がなくても、超能力者(レベル5)が能力を使って空を飛んでいるというのは世間体的にどうなんだ?」

 

「……ううむ。そういうものでしょうか」

 

 

 確かに……。でも、今はもうそんなこと言っていられない状態のような気もする。

 流石の俺も、車に乗っているときに攻撃を食らってしまったらみんなのことを守れないわけだし。ここは少々のリスクはとるべき場面のような気もするけど……でも、馬場さんの意見はプロの意見だしな。ここは素直に従っておくべきか。

 徒花さんは…………ああ、特に意見を出すつもりはなさそうだ。まぁ作戦立案でいえば馬場さんの方が本職だろうしね。

 

 

「え~? 結局、私も白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の意見に賛成な訳よ。狭い車内じゃ私のトラップも使えないし~。ね、佐天。このまま車の中にいたら何の防御もできずにボン! って訳よ」

 

「ひ、ひ~! あ、あたしもレイシアさんの能力で運んでもらう方がいいかな…………」

 

 

「…………うっ」

 

 

 佐天さんの言葉に、馬場さんは気まずそうに呻いてしまった。

 佐天さんの記憶は操作されているので、馬場さんの悪行の記憶は残っていないのだが……馬場さんの記憶は消えていないので、彼は佐天さんに謎の負い目があるのだ。アレをきちんと負い目として認識できている時点で、馬場さんって根はいい人だよね。

 

 

「わ、分かった。それじゃあ(アナ)……もといブラックガード嬢の能力で移動することにしよう。車自体は自動運転で動かせるから問題ない。むしろ、囮にできるかもしれないしな……」

 

 

 結局、馬場さんは折れてくれたみたいだった。俺としては馬場さんのプロの意見に従うでもよかったんだけどね。

 

 

「とはいえ、周りは渋滞ですしね……馬場さん、サンルーフを開けてくださいますか? そこから出ますわ。ちょっと目立ってしまいますがこの際仕方がありませんわね」

 

「ああ、了解した。ちょっと待ってくれ」

 

 

 馬場さんが端末を操作すると、車の天井が音を立てて開き、人ひとり分が抜け出せそうなサイズの入り口ができる。こういう機能をサンルーフって言うらしいね。俺は知らなかったけど。

 シートベルトを外してサンルーフから手を伸ばして車の屋根に手をかけ、一息に腕の力を使って上へと躍り出る。なんというか、インスタントにハリウッド気分を味わえる感じだ。流石に後ろの人の視線は感じるが、みんなあんまり周りのことなんて気にしていないのか、そこまで目立っている感じもしない。

 

 さて、あとはみんなを引っ張り上げてから『亀裂』で包み込んで空を飛べば──

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八〇話:一寸先は闇 Sudden_Death.

 

 

 


 

 

 

 それは突然の出来事だった。

 

 ドゴォッ!!!! という轟音と同時に、今まさに屋根の上に登ったばかりのレイシア=ブラックガードの身体が突如横薙ぎに吹っ飛ばされた。

 むろん、常人から見れば回避も防御もできるタイミングではなかった。実際にレイシアはノーバウンドで数十メートルも吹っ飛び、ビルの中へと突っ込んでいく。──あの様で命があるかどうかなど、明白だった。

 

 

「う、そだろ……!? あの野郎、真っ先に死にやがった!!」

 

 

 馬場が絶叫するのも無理はない。レイシア=ブラックガードは彼らの護衛対象であると同時に、最大戦力でもあったのだ。それがいの一番に潰されたとなれば、それは絶望でしかない。

 もっとも、彼の場合はあえてレイシアの安否を気遣わない言動をすることで()()()()()()()()()()()()()()()()()節もあるのだが……しかし、その叫びによって車内は恐慌状態となった。

 

 

「……ッ! 敵襲!? 後ろからか!? 今すぐ車を降りろ! 此処では逃げ場がない!」

 

「レイシアさん、ど、どうなっちゃったんですか!? し、死……って、冗談ですよね!?」

 

「チィ……! もう追手が来たっての!? 結局手が早すぎるのよ!」

 

 

 一番動きが早かったのはフレンダ。レイシアが車から見て後方からの衝撃で吹っ飛ばされたのを見ていたフレンダは、最も安全と思われるフロントガラスを叩き割って、そこから転がるように車外へと飛び出た。

 馬場がそれに続こうとしたのを抑え、ショチトルが佐天の首根っこを掴みながら車外へ飛び出る。馬場が慌てて車外に這いずり出て車から距離をとると同時に、上方から瓦礫の塊が降り注ぎ、車をペシャンコに叩き潰した。

 

 当然、あとはパニックである。

 

 

「っば……これ、さっさと動かないと恐慌状態のドライバーが出てきて人混みに飲まれるわよ!? さっさと逃げなくちゃ……!」

 

「どうやって!? 向こうは遠距離攻撃でこっちを叩き潰せる──それどころか、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)を瞬殺できるような能力者がいるんだぞ!?」

 

「デパートに逃げ込むぞ」

 

 

 ショチトルはそれだけ言うと、速やかに佐天を抱え込んで近くにあるデパートへと駆け込んで行った。

 実際──暗部の人間とはいえ、民間人に被害を出せば組織ごと粛清は免れない。『裏の力でカバーできる範囲』には限界があるのだ。だから、こちらから民間人の多いところに移動すれば、『防衛』という意味では相手の行動を制限できるのだ。

 敵の行動が『レイシア=ブラックガードを吹っ飛ばして殺害する』『瓦礫を使って車ごと叩き潰す』などの大味な行動だったことからも、観衆の隙間を縫う精密攻撃は不得手であることが察せられる。その意味で、ショチトルの判断はその時点では最適解だった。

 

 ──そう、その時点では。

 

 

 パシュッ、と。

 

 一番最後にデパートへと駆けたフレンダの肩が『何か』で撃ち抜かれるその瞬間までは。

 

 

「…………がァッ……!?」

 

「なっ!? 金髪、いつの間に撃たれ……ッ、ちくしょうッ!!!!」

 

 

 肩を抑えてよろめくフレンダを見て目を丸くした馬場は、とりあえず咄嗟にフレンダの腕を掴んでデパートの中に転がり込んだ。

 そのまま商品棚の陰に座り込んだ馬場は、一心不乱に端末を操作しながら呻く。

 

 

「くそ……くそくそくそくそくそっ! なんで死んでんだよあの馬鹿……! あんな簡単に死ぬようなタマじゃなかっただろうが……! 調子のいいことばかり言っていたくせに、アレは結局口からでまかせだったってのかよ……!」

 

「何してんの!?」

 

「別の場所に待機させていたロボットを呼び出している! 保険の為に車内に仕込んでおいたT:KR(タイプ:カンガルー)はあのザマじゃ期待できない。レイシア=ブラックガードを瞬殺するようなヤツを相手にするなら、最低でもT:MTは必須……! その上で派手な戦力を囮の噛ませ犬に使っている間にT:MQで無力化するしかない……!!」

 

「……そ。結局、兵隊を集めてる最中って訳ね。でも……」

 

 

 ビスッ!!!! と。

 

 馬場の操作していた端末に、丸い穴が開く。

 

 

「ひッ、ひィィィいいいいいいいいいいッ!?!?」

 

 

 情けない悲鳴を上げながら、馬場は壊れた端末を投げ捨てて尻餅をつく。

 その横でポケットに手を突っ込みながら、フレンダは油断なく周辺の様子をうかがう。

 

 

「やっぱりね! でもこれで確信した。敵は二人いるわ! アンタ、そのロボット以外に戦力は?」

 

「な……ない!」

 

使()っかえないわね……。ハァ、しょうがない。アンタこれ持っときなさい」

 

 

 フレンダが手渡したのは、修正テープのようなアイテムと火花を散らすペンのような器具である。

 これは正史において美琴相手の研究所防衛戦の際に使用していたもので、修正テープのようなアイテムで引いたラインに火花を当てることでラインの部分を焼き切ることができるという武器だ。

 これ自体が攻撃にもなり、かつ爆弾への導火線にもなるというフレンダの罠の基礎となるものであった。

 

 そんなものを馬場に押し付けながら、

 

 

「肉盾にしてやってもいいけど、スナイパーと能力者を相手取るのにあのメイドと私と肉盾だけじゃ分が悪すぎるって訳よ。アンタも精々死ぬまでちょっとは働いてもらうわよ」

 

「くそったれが……!!」

 

 

 吐き捨てるように返して、二人は商品棚を盾にしながらデパートの中へと進んでいく。

 先にデパートに転がり込んできたショチトル及び佐天との合流はすぐだった。

 

 

「フレンダさん!? よかった、無事だったんだ……。それに……えーとレイシアさんのお友達の人も」

 

「…………馬場だ。まぁすぐ忘れてくれて構わないが」

 

 

 後ろをちらちらと確認しながら、馬場は言う。

 幸いにも、今はまだ追撃はない。ここが狙える角度ではないのか、あるいはもっと決定的な隙を狙っているのかは不明だが──

 

 

 ビス!! と、今度はショチトルの右太腿がど真ん中を撃ち抜かれた。

 

 

「がァッ!?!?」

 

 

 それでも、とっさにマクアフティルで地面を抉って射撃方向に反撃を仕掛けたのは流石の戦闘本能か。

 しかし反撃の瓦礫は空中で止められ、今度はさらにショチトルの脇腹に狙撃が撃ち込まれる。

 

 

「チィッ!!」

 

 

 そのままトドメを刺されそうなショチトルを救ったのは、フレンダの爆撃だった。

 ショチトルの被弾にワンテンポ遅れて放った爆弾がショチトルと瓦礫の中間地点で起爆すると同時、大量の煙が撒き散らされて四人の姿をかき消したのだ。

 これでは、たとえどんな方向で隠れていようが四人のことを狙うことはできない。──完璧な逃走だった。

 

 それを認め、二人の襲撃者は虚空から姿()()()()()

 

 

「……ったく。どうして一撃で仕留めなかった。俺がフォローに入ってなかったら反撃の瓦礫を完全に食らっていただろ」

 

「わたくしだって想定外だったんですよぉ。まさか右足のど真ん中に銃撃された直後に相打ち狙いで攻撃するほど覚悟が決まってる人がいるなんて……」

 

 

 ヘッドギアの少年──誉望万化。

 ツーサイドアップの少女──弓箭猟虎。

 

 

 それぞれが、暗部組織『スクール』の正規構成員である。

 

 彼らが、下手人の正体だ。

 障害物を盾にしていたにも関わらずショチトルの足に銃弾が直撃したのも理屈は簡単で、誉望の能力により弓箭が光を捻じ曲げて透明になっていたからそこまで気づかれず移動できていただけである。そして弓箭は服の下に装着したガス圧の狙撃銃で以て正面から堂々と『狙撃』したというわけだ。

 ショチトルの捨て身の反撃を防御したのも、誉望の能力──念動能力(テレキネシス)によるもの。

 

 もちろん──弓箭がその気ならば、今頃フレンダも馬場もショチトルも脳天に風穴をあけられて死んでいただろう。

 

 

「任務を忘れるなよ。俺達の目的はあの中学生の回収。それさえ全うすればいいんだ」

 

「えー。……しょうがないですねぇ。なーんか誉望さんに命令されるとやる気出ないんですけどー……」

 

「お前は俺のことを何だと思ってるんだよ!?」

 

 

 刺客──というにはあまりにも緊張感のない様子で、二人の襲撃者はゆっくりと獲物を追い詰めていく。

 

 

(緊張感には欠けるが……それも無理はないか)

 

 

 歩きながら、誉望は考える。

 なにせ、敵の最高戦力であるレイシア=ブラックガードは墜ちたのだ。

 超能力者(レベル5)であろうと、慢心すれば一寸先は闇。やはり第四位程度ならば自分でも容易く殺せる。できることなら正面からの真っ向勝負で打ち勝ちたいところだったが──と誉望はほくそ笑む。

 そして、煙幕をエアロゾルとして認識し操作することで、逆に敵の居場所を感知しようと動かして────

 

 

 ズドン!!!! と。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

 ──油断してた。

 

 

 二人の襲撃者とショチトルさんたちを遮るように『亀裂』を展開してから、俺は静かに反省していた。

 

 まさか……まさかこんなにも殺意に満ちた方法でこっちを襲ってくるとは思わなかった。一応、アレイスターから守られているってことで、暗部の人たちもそこまで俺達に対して過激な攻撃はしかけてこないだろうって高をくくってたけど……とんでもない。

 アレイスターの威光なんか、そもそもこの街の闇ではないも同然なんだ。だって彼らは、そもそも隙あらばアレイスターに反逆しようと考えているような連中なんだから。……そんな状況ゆえに、あの暗部の大抗争は発生したんだろうし。

 

 

「…………馬鹿な」

 

 

 ヘッドギアをつけた少年が、まるで死人でも見たように唖然としながら呻く。……何が馬鹿な、なんだ? ここまで早く戻ってこれたことがか?

 

 

「確実に当てたはずだ!! 『亀裂』で防御できるタイミングじゃあなかった! 現にお前は攻撃を防ぎきれずに、移動の慣性だけで死にかねない勢いでビルに突っ込んでいったはずだ!!」

 

「……………………本気で言っていますの?」

 

 

 ……冷静さを欠いているな。

 ちょうどいい。時間稼ぎがてらレイシアちゃんに種明かしをしてもらおう。俺はそのうちに……準備をしておかないとね。

 

 

「防御できるタイミングじゃない? それは結局アナタの基準でしょう? 超能力者(レベル5)をナメないでくださいまし。完全なる不意打ちだろうと、とっさに『亀裂』の盾を展開するくらい造作もありませんわ」

 

「だ、だが……! それなら何故吹っ飛んで……!」

 

「そんなもの、座標を固定していなかっただけですわよ。わたくしの『亀裂』は空間に座標を固定するタイプとわたくしを中心に座標を固定するタイプの二種類がありますわ。前者の場合、たいていの攻撃を受け止めることができますがその余波は周りに撒き散らされます。それではほかの方に被害が及びますので、後者のタイプを選んであえて吹っ飛ぶことで周囲への余波を最低限に抑えたまでですわ」

 

 

 レイシアちゃんはそこまで一息に言ってから、にんまりと性格の悪い笑みを浮かべ、

 

 

「なんですの? ひょっとして()()()()でわたくしに勝てちゃったとか、思い上がっていまして?」

 

「…………上等だ」

 

 

 あ、釣れた。

 

 ツーサイドアップの少女が何発か撃ってくると同時、こっちの方へ踏み出してきたヘッドギアの少年を見て、俺は思う。

 そして、準備していた能力を発動する。

 

 

 ゴッッッッッッ!!!! と。

 

 

 特大の暴風により、商品棚が吹っ飛ばされて二人を挟み撃ちにする。当然ながら、本当に挟まれたら一たまりもない威力だ。

 おそらく念動能力(テレキネシス)を持つであろう少年はそれを力場で防ぐが──正真正銘、超能力者(レベル5)の一撃。当然ながら片手間で防ぐことなんかできず、全力で防ぐことになる。そして──

 

 

「で。ほかに何か言いたいことはありまして?」

 

 

 ──その隙は致命的だ。

 

 瞬時に伸ばした『亀裂』を二人の喉元に突きつけると、襲撃者二人は黙って両手を挙げて降参の意思を示した。

 うむ。

 

 頷いた俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を粉々に切り刻んで無力化する。

 

 

「……………………ッッ!!!!」

 

 

 此処に至って、ようやくヘッドギアの少年の顔色が変わった。

 ツーサイドアップの少女の方はなんか俯いていて表情は伺えないが、あっちは戦闘スタイルからしてたぶん無能力者(レベル0)だ。観念していることだろう。

 

 そして──この状況からなら、たとえ彼らがどんな攻撃をしてこようとすべて防ぎ、俺達が返す刃で確実にトドメを刺せる。ここから戦況を覆せるほど、超能力者(レベル5)は甘くない。

 

 ヘッドギアの少年が周囲に防壁を展開しようとしたのを察知した俺は、その直後、

 

 

「チェックメイトですわ」

 

 

 隠して展開しておいた『亀裂』を解除し、全方位から暴風を叩きつけて二人の襲撃者を昏倒させた。

 大気による衝突と突然の気圧変化のダブルパンチである。まぁ、死なない程度に調整はしたけどね。

 

 

「あれ!? 白黒鋸刃(ジャギドエッジ)!? 死んでなかったの!?」

 

「はあ!? 生きてたのか!? あの馬鹿ども!?」

 

 

 と。

 そこで、騒ぎを聞きつけてきたのか、フレンダさんや馬場さん、徒花さんに佐天さんも顔を出してきた。

 フレンダさんも徒花さんも怪我をしているようだが、手当は済んでいるようだ。無事でよかった……。

 

 

「あの程度でわたくしがやられるわけがないでしょう。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)をナメるんじゃありませんわよ」

 

「よ、よかったあ~……。あんな風に吹っ飛ばされちゃったから、あたしもう…………本当によかった…………」

 

 

 見ると佐天はその場にへたり込んで安堵しているようだった。……佐天さんには怖い思いをさせちゃったなあ。

 

 

「佐天さん、大丈夫でしたか? もう襲撃者は退治しましたから、あとはこの二人を警備員(アンチスキル)に引き渡せば一件落着でしてよ」

 

「ああ、はい、ありがとうございます……。フレンダさんと、徒花さんに守ってもらったので……大丈夫でした」

 

 

 ……ほう。二人が。

 既になんだかんだツンデレの気配がしている徒花さんはともかく、フレンダさんなんか他人を守りそうなタイプじゃないと思ってたけど……そういえばこの人、最初に会った時も何やら佐天さんを守るような動きをしていたようだし。実はフレンダさんって、意外といい人の一面もあったりするんだろうか?

 ……まぁ、かわいい妹とかいたりするくらいだしなぁ。妹と似てる一面とか見出したら守りスイッチが入ったりはしそうだ。

 

 

「別に守ってやったつもりはないんだけど……」

 

 

 フレンダさんはそう言いながら、俺の近くまで来て耳打ちする。

 

 

「(つか、ソイツら警備員(アンチスキル)に引き渡すって正気? どーせ裏取引ですぐ逃げられるわよ。ここできちんとやっとかないと)」

 

「(…………殺すつもりはありませんわ。もし仮にまた襲ってきたとしても、その時はさらに圧倒的な力を見せつけるまでです。相手の心が折れるくらいに)」

 

 

 たとえば。

 

 

「こんな風に」

 

 

 ゾンザンバンガンザンゾン!!!!!! と。

 

 世間話をするような調子でヘッドギアの少年を指さした次の瞬間、その周囲に白黒の『亀裂』が牢獄のように突き立った。

 といっても、それは単なる示威行為じゃない。──意識を取り戻していた少年が展開していた力場を細切れに断ち切るように、計算して発現した『亀裂』である。

 

 

「………………()()?」

 

「ぅ、ぐ」

 

 

 それきり、ヘッドギアの少年は完全に沈黙。

 呼んでおいた警備員(アンチスキル)は表の渋滞が嘘みたいに迅速にやってきて、二人を留置所へと運んでくれた。

 ……これで襲撃に関してはひとまず小休止、だろう。流石に大能力者(レベル4)もの戦力となれば、相手の組織としてもけっこうなもの──幹部級くらいではあるはず。そう何人もポンポン出せるはずはない。

 

 

「……さて、少しお話をしましょうか」

 

 

 俺たちはというと、通報した俺と佐天さんは風紀委員(ジャッジメント)の事情聴取を受けなくてはいけないため、フレンダさんと徒花さんを携えて待機しているのであった。

 フレンダさんは残って一緒に事情聴取を受けることに相当ゴネていたが、俺がお願いしたことと、本人がまだそんなに暴れていないためシラを切る余地があったことから、渋々同行に納得してくれた。

 いやまぁ……別にフレンダさんはいなくても手続き上問題ないんだけどね。でもさ……いないと困るんだよね、安全上。

 

 だってさ。

 

 今回襲ってきた人たち…………()()()()()()()()()()()()()()

 

 ツーサイドアップの女の子は知らないけど、ヘッドギアの少年と言えば俺もピンと来るものがある。あのモサッとした死んだ目もどこか見覚えがある。アレは『スクール』にちょこっとだけ出てきてた人だ。

 女の子の方は……なんだろうね? 下部組織の人なのか……いや、確か『スクール』の砂皿緻密さんは新入りだったっけ。じゃあ、前任のスナイパーとかそんな感じの人なのかもしれない。『スクール』に前任とかいたのかなんて全然覚えてないけど。

 

 ともかく。

 

 今回俺たちは、期せずして『スクール』の正規構成員の人たちと喧嘩しちゃったわけだよ。怪我とかさせずに帰したし、垣根さんとは一度一緒に戦った仲だから本気で敵認定されることはない(と思いたい)けど……やっぱこう、『表立って単独で「スクール」と敵対しました』って感じにはしたくないわけだよ。

 で、どうすればいいか考えたわけなんですけども。

 

 

《どうです? わたくしの『「アイテム」の構成員も巻き込んでなし崩し的に向こうに責任を擦り付けよう大作戦』は》

 

《麦野さんから恨まれないか心配》

 

《第二位から本気で敵対認定されることはないはずなんて希望的観測に縋ってるシレンよりはマシですわ》

 

《うぐ……》

 

 

 か、返す言葉もねぇ……。

 

 

「でもさー、アンタどうしてあんな連中に襲われたのよ? 結局、なんか心当たりとかない訳?」

 

「それが、全然……最近なんてインディアンポーカーにハマってるだけでしたし。フレンダさんも知ってますよね?」

 

 

 ……ん? インディアンポーカー?

 フレンダさんみたいな暗部の人間でもやるもんなんだ。こりゃけっこう街の闇のとこまで満遍なく浸透してるっぽいな……。だが……だとすると、ふむ。

 

 

「んー……まぁ、」

 

「佐天さん。最近、なにか『変わった夢』を手に入れませんでしたか?」

 

 

 インディアンポーカーが出てきた当初に思った危惧がある。

 ……『夢による情報漏洩』。当人にとって当たり前の情報だったとしても、第三者にとってはそれが垂涎の情報になり得たりする。その情報漏洩を期待して、暗部の人間が情報網を張り巡らせていたとしたら。

 『夢』の出どころは、もはや暗部の人間ですら対象になるのだ。それなら研究者がインディアンポーカーで『夢』を漏洩させてもおかしくないし、佐天さんが運悪くその夢を手に入れてしまった可能性も十分に有り得る。

 

 問いかけられた佐天さんは、むしろ俺の問いの真意が分からないとばかりにぽかんとした表情を浮かべて、

 

「変わった夢ですか? そうだなぁー……」

 

 

 ぱっと閃いたように顔色を明るくした。

 まるで世間話のような調子で、佐天さんはあっさりと重大な事実を口にする。

 

 

「……あ! そうだ! そういえばこの間手に入れたカードなんですけど、『楽しい気持ちを倍増する方法』が学習できるっていうカードを手に入れたんですよ」

 

 

 …………楽しい気持ちを倍増する方法?

 

 ………………()()()()()()()()()()

 

 

 ……………………人格励起(メイクアップ)…………?




シレン「こりゃけっこう街の闇のとこまで満遍なく浸透してるぽいな……」
査●「…………」

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