【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八一話:銀幕を隔てて

 事情聴取が終わった後、フレンダさんと佐天さんはそれぞれ帰しておいた。

 

 警備員(アンチスキル)が関与した場にフレンダさんが居合わせたことで、『アイテム』の構成員が今回の騒動に絡んだという事実はもはや誰にも消せない公的な情報となった。

 レイシアちゃんの作戦も、これで一応実を結んだ形だ。……まぁ、実際に『スクール』の戦力に攻撃を仕掛けたのはフレンダさんで、俺達はその報復の巻き添えを食っただけだし、『スクール』側としてもたぶん優先的に狙うのは『アイテム』の方になると思う。報復戦、って意味ならね。

 また佐天さんを狙うようならまたちょっと話は変わってくるが……白井さんと初春さんが『絶対に守る』と断言していたので、彼女に関しては大丈夫だろう。

 

 あとの問題は俺達だが──あの騒動から数日後、『スクール』や『アイテム』よりも喫緊の課題が生まれてしまった。

 

 

「──さて、ブリーフィングを始めますわ」

 

 

 俺達は、『メンバー』の正規構成員を集めて作戦会議を開いていた。

 ホワイトボードに描いた図をマジックペンで指し示しながら、レイシアちゃんは言う。

 

 

「先日の騒動。佐天や、彼女の持っている『夢情報』を狙う『スクール』、それと彼女を救った別口の暗部の人間──は、一旦脇に置きます」

 

「ほう? 学園都市第二位やさらなる暗部組織に関しては然程問題ではないと? なかなか豪胆だな」

 

「というより、わたくし的にはこちらの方が看過できないといった方がいいですわね」

 

 

 レイシアちゃんはマジックペンでひとつひとつ丸にバツをつけながら、さらに大きな丸を一つ描いた。

 

 

「……人格励起(メイクアップ)計画。わたくしの自殺未遂と人格分裂、そして能力の成長を人為的に再現し、新たな超能力者(レベル5)を作ろうとした計画です。この計画自体は既に破綻し、研究自体もわたくしの友人が潰しましたが……」

 

 

「その研究知識が、『インディアンポーカー』という形で出回っている、と」

 

 

 博士の言葉に、レイシアちゃんは黙って頷いた。

 そのやりとりを横で見ていた馬場さんは嘲るように笑い、

 

 

「だが、結局その人格励起(メイクアップ)とやらは根本的に失敗だったんだろう? お前の独占している能力開発技術が流出するわけでもなし、そこまで不安がることかね」

 

人格励起(メイクアップ)は人の心を計算し尽くした上で砕き、砕いた破片で全く別の心を組み立てるような技術ですわよ? 『夢』なんて半端な情報で再現すれば、どんな悲劇が発生するか分かったものじゃありませんわ」

 

「…………、」

 

「……上澄みだけを再現して『喜びが倍増』程度で済めばまだよし。多重人格の発生や廃人化が学園都市全土で群発すれば、それだけで悲劇だな」

 

 

 押し黙った馬場さんに代わって、徒花さんが最悪の絵図を説明してくれる。

 そう。それも怖いのだ。しかも白井さんに聞いたが、これと同様のヒヤリハット案件は学園都市中ですでにぽつぽつと発生しているらしい。

 詳しい話は捜査情報の漏洩になるので話せないと言われてしまったが、俺達が関わっている案件だけでもこれ。これが最低でもあと二、三はあると考えると……風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)も頭が痛いだろう。

 

 

「それですが、おそらく杞憂かと思いますね」

 

 

 そこで、『メンバー』最後の正規構成員が口を開いた。

 ダウンジャケットを身にまとった、前髪の長い少年だ。年の頃はおそらく高校生ぐらい。名前は『査楽』と言うらしい。この人はなんとなく覚えてる。確か、相手の後ろに回る『死角移動(キルポイント)』という能力の持ち主だったと思う。一方通行(アクセラレータ)さんに倒されてたから覚えてる。(倒し方は忘れたが……)

 

 

 ……んで、杞憂だって?

 

 

「どういうことですの?」

 

「まず第一に、インディアンポーカーの技術では『狙った夢を見る』ことは相当に難しいんですね」

 

 

 査楽さんは人差し指を立てながら、そう注釈する。へー、そうなんだ……。寝ながら念じたら見ようと思った夢を記録できるのかな? くらいに考えていたので、これは意外だった。

 そういえば、夢を安定供給できる人? がいたりするんだっけ。安定供給できる人が特別扱いされるってことは、逆説的に『夢は安定供給できないのが普通』ってことだもんな……。

 それに、言われてみれば、狙った夢を他人に見せることができるならこれは凄いことだ。おそらく混乱は今の比ではないだろう。まぁ、この技術の開発者なら狙った夢を見せられてもおかしくはないが……。

 

 

「そんな芸当が可能なのは、それこそBLAU──もとい限られた天賦夢路(ドリームランカー)くらいでしょうね。それが可能だからこそ、彼らは天賦夢路(ドリームランカー)として名声を手にしているのですからね」

 

 

 どこか陶酔した様子で言う査楽さん。

 ……そうか、そういう存在もいるのか。いやいや、いわゆる明晰夢を見るコツを知ってる人、みたいな感じなのかな? ちょっと羨ましい気もするが……。

 

 

「……BLAU。確か、お前が持っていた『レイシア=ブラックガードの夢』もそいつの夢だったらしいな。査楽、お前天賦夢路(ドリームランカー)とコンタクトをとれるのか?」

 

「……うっ、いやアレはたまたま貸しのあるトレーダーが『高額で売れる夢だ』と言って渡してきたから受け取っただけで、」

 

「分かった分かった」

 

 

 言いづらそうに説明する査楽さんに、徒花さんは心底どうでもよさそうに話を打ち切る。

 ……うーん、やっぱりそう上手く情報源には繋がらないか。インディアンポーカーで利益を得ている天賦夢路(ドリームランカー)──明晰夢のコツの持ち主は、ブームの火付け役となる為にインディアンポーカーの開発者から直接協力を依頼されている可能性が高い。そういう人たちと接触をとれたら一番よかったのだが……。

 

 そして徒花さんの査楽さんに対する目線がとても軽蔑的な気がする。やはり魔術サイドの人間としては、夢とかそういうスピリチュアルなものを科学の道具にするのはいい気分じゃないんだろうか……。

 ……そしてレイシアちゃんまでなんで査楽さんに軽蔑的な視線を投げかけているのさ?

 

 

《シレンはお気になさらず。そのままのシレンがよいと思いますわ》

 

 

 ……査楽さんがなんか乙女的にダメなことをしたのは分かった。まぁ、俺は乙女心とかよく分かんないので、そこは気にせずやっていくけどね。

 

 

「ともあれ。インディアンポーカーが直ちに学園都市全土に重篤な危機を撒き散らすわけではないということは分かりました。ですが、天賦夢路(ドリームランカー)の誰かが夢で得た知識を『再生産』することでスキル系の夢を大量生産し始めれば──あるいは夢情報の複製そのものができるようになれば、話は別です。どちらにせよ、我々は事態の収拾をはかる必要があります」

 

 

 マジックペンで以て、大きく描いた丸をさらに強調する。まぁ、ここまでは『レイシア=ブラックガードの夢』が発覚した時点で決めていた行動方針だ。問題は、ここから。

 さらにその丸をマジックペンでつつきながら、

 

 

「すでに同時進行でこのムーブメントの火付け役について調査はしてもらっていたかと思いますが、身元については判明していまして?」

 

「ああ、おそらく間違いないという確度までは、ご令嬢方の調査によって、既にこの騒動の発端の研究には目星がついているよ」

 

 

 博士は業務報告をするように淡々と、レイシアちゃんの質問に答えた。

 まぁ、『メンバー』の情報収集力は地味にスゴイからねえ。博士が作ったロボットたちの得た情報を集積すれば、街中の噂が一挙に掌握できる。あとはその情報を下部組織のメンバーに精査させれば、あっという間に情報が獲得できるってわけだ。

 本来この手の情報精査は馬場さんの得意分野で、なんと馬場さんは下部組織の人が十数人集まってやるような情報の精査を一人で行えるらしい。流石馬場さん。

 

 

「結論から言おう」

 

 

 博士は楽しそうに笑って、

 

 

「我々が最初に得た懸念は────限りなく『正答』に近かった」

 

 

 ()()()()()()()()を、語り始めた。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八一話:銀幕を隔てて Pass_by_"A-B".

 

 

 


 

 

 

 ──それは、第五位にまつわる闇の研究だった。

 

 『夢』とは──シレンが考えたように、眠っている当人が己の知識や経験、即ち記憶を反芻する作業。インディアンポーカーの本質は、その際の脳内の化学反応を保存する記録媒体である。

 『精神』とは科学的には脳内の水分の移動や化学反応の集合体だ。心理掌握(メンタルアウト)とは脳内の水分を精密操作することによる精神の操作であり、インディアンポーカーが可能とする『夢の追体験』とは、つまり提供者の睡眠中の脳内の挙動を再現することに他ならない。

 

 さらに──インディアンポーカー自体にも『効果』が存在している。

 実はインディアンポーカーは、夢の『提供者』にカードの作成中浸食催眠をかける効能を持っている。そしてカードの『使用者』はこの浸食催眠を含めた『脳内の化学反応』をすべて追体験することになる。

 結果、生まれるのは────最悪の『洗脳の連鎖』である。

 

 仕掛け人の名は蜜蟻(みつあり)愛愉(あゆ)

 この技術を生み出した研究組織──『才人工房(クローンドリー)』第三研究室『内部進化(アイデアル)』に参加していた被験者の生き残りの一人であり──今は理想の能力(アイデアル)計画を推し進める黒幕である。

 

 

 


 

 

 

「…………これ、大丈夫ですの」

 

 

 開幕一番、俺はそう言わざるを得なかった。

 なんていうかこれって……モロ暗部の領分じゃない? 超能力者(レベル5)の俺達はともかく、派閥の子達に踏み込ませていい領分だったか……?

 

 

「情報封鎖のことを気にしているなら問題ない。私達もプロだぞ? 『闇』の情報を表のお嬢様の眼前に晒すような度し難いヘマは犯さない。彼女達が調べたのは、精々インディアンポーカーの本質までか」

 

 

 ううっ……! それはそれで随分ギリな気がする……。

 

 しかし、内部進化(アイデアル)、か。

 ……………………。

 

 蜜蟻さん、ここで出てくんの!?!?!? いやいやいや、確かに食蜂さん回(あそこ)で唐突に出てくるだけの人ではないと思っていたけど、こんなところでこんな騒動を起こしているとは……。

 っていうかこれ、最悪学園都市中がめちゃくちゃになるレベルの陰謀だったよね。この報告書を見た感じ、常盤台が発端になっているようだけど……まさか俺たちのご近所でこんな陰謀が渦巻いていたとはね。資料見たら食蜂さん、一回攫われてるらしいじゃん。

 

 

「事態の全貌は見えたね。さあどうするブラックガード。この程度の陰謀なら『闇』の力を使えば簡単にケリがつくと思うが」

 

「闇の力とやらは使いませんが……」

 

 

 あくまで常識的な組織の力の範疇ね。使うのは。

 

 

「何にせよ、敵が発覚した以上、あとは動くだけでしょう。徒花さん、査楽さんにはご協力をお願いいたしますわ」

 

「おや? 私はいいのかね」

 

「…………アナタどこからどう見ても現場タイプじゃないでしょう? なんで前線に出ようとしてるんですの?」

 

「……クク、見た目で人を判断するのは如何なものかと思うがな。木原幻生にはそれで痛い目を見せられたのではないかね?」

 

 

 ……あーはいはい。この人もこの人でトンデモ科学人間なのね。小説ではオジギソウが潰されたらそのまま終わってた気がするけど、まぁアレは垣根さんだから押し切れただけで本来なら二の矢三の矢があったんだろうなあ。

 

 

「そのうえで、構いませんわ。敵の本丸は確かに才人工房(クローンドリー)研究所で間違いないでしょうが、ほかに戦力がないとも限りません。馬場さんと博士にはその『備え』を」

 

「仕方がないな……。手柄を譲るのは癪だが確かにサポートも必要だからね。ここは任せるとしよう」

 

「馬場さん、実はほっとしてますよね? 大覇星祭の件では散々な目に遇ったと聞きましたからね」

 

「うるさい黙れムッツリスケベ」

 

「ムッ…………!?!?!?」

 

「……底辺同士のマウント合戦はさておき、ブラックガード嬢。突撃に際して策はあるのか? 敵の主力は洗脳のようだが、この街の闇とやらに位置するモノがこの程度で終わるとも思えんが」

 

 

 徒花さんは荷物をまとめながら、俺達にそう問いかけてきた。

 確かに、インディアンポーカーの効能を考えるとこれだけで終わるとも思えない。洗脳によって手配した手駒を用意しているとか、あるいは『多数の学生を洗脳することによりAIM拡散力場に干渉する』……みたいなことはやってのけるかもしれないな。

 ただまあ──

 

 

「策? そんなものが必要でして? 『ドラゴン』でもなければこの街に潜んでいるモノ程度ならわたくしの敵ではありませんわよ」

 

 

 というレイシアちゃんの言葉は自信過剰だが、正直多才能力者(マルチスキル)程度なら余裕をもって鎮圧できちゃうからなあ、今の俺達……。

 

 

「相手が超能力(レベル5)の戦力を持ち合わせているならいざ知らず──三下能力をいくら集めても、わたくしの敵ではありませんわ」

 

「……なるほど、つまり無策というわけだな……」

 

 

 呆れながら言う徒花さんと少し気まずそう(なぜ?)な査楽さんを伴いつつ、俺達は事件の解決へと動き出したのだった。

 

 

 


 

 

 

 ……のちに、俺はこの時の自分の動きについて深く反省することとなる。

 

 なぜって?

 

 

「よーお、裏第四位(アナザーフォー)。こんなところで奇遇ねえ? ちょおーっと私と遊んでくれないかしらァ? この────『暫定・第五位』とさあ!!」

 

 

 過剰な慢心とか、『超能力者(レベル5)が出なければ』とか……そんなあからさまなフラグをレイシアちゃんが立ててたのに、スルーしちゃってたからだよ!!!!




内部進化(アイデアル)については『アストラルバディ』(全4巻)をチェケラ!



画:かわウソさん(@kawauso_skin
{
【挿絵表示】

画:ヒチさん(@hichipedia
インテークが性癖という話から「レイシアのキャラデザに入れてもよかったなあ」と話したら、速攻でイラストを頂いてビビりました。

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