【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
ドッゴォォオオオオン!!!! という爆音が、曇り空に轟いた。
旧・
そこに到着した俺達だったが、そこは既に戦場となっていた。
「ど……どうなっていますの!?」
『フム……どうやら先刻、第七位がそこに突貫したようだ』
「削板さんが!? あの人、また首を突っ込んでるんですの!?」
よくよく常盤台の面々と縁がある人だな、あの人も!!
っつか、削板さんがあんなドッタンバッタンするような戦力があそこにいるってことなのか!? いったいどこのバトル漫画の住人だよ!
「……どうしますかね? ブラックガード嬢。このまま行けば、第七位との戦闘現場の至近距離を通過することになりますがね」
「『亀裂』で外側から上階に向かえばいいだろう。こういうのはだいたい上に重要施設があるのがお約束だ」
「それもいいですが、一つわたくしに案がありますわ」
レイシアちゃんはそう言ってビルに手を翳し、
「ビル、この場でぶっ壊しちゃえばよくありませんこと?」「おばか!!」
レイシアちゃんの言葉に、俺は即座にツッコミを入れる。
何考えてんだレイシアちゃん! いやレイシアちゃんが言いそうなことではあるけど! ダンジョンに入らず中に火を撒いて障害を一網打尽とかレイシアちゃんが第一に考えそうなことだけど!
「確かに外から攻撃すれば危険はありませんけど! 学園都市ですのよここは!? 敵の持つ『重要施設』が罪のない女の子を眠らせて能力だけむしり取ってるとか普通に可能性高いですわよね!?」「………………ちょ、ちょっと言ってみただけですわ」
まったく……。……いやマジで、その危険大だからね。
あと、常盤台がこの件でちょっと揉めてたって話もあったし、ひょっとしたらあの中にもう誰かしらの『ヒーロー』がいるかもしれないんだよ。その子まで巻き込まれたらほんとにしゃれにならないからね。
「……ほぼ確実に倒壊に巻き込まれるであろう第七位の心配はしないんですね?」
「? ビルの下敷きになるだけですわよね?」
いやだなぁ、『亀裂』を直撃させるわけないじゃないか。流石に俺達だって削板さんがそこまで何でもありとは思ってないよ。
いや、なんだかんだ『亀裂』を生身で防御しそうな人ではあるけどさ。
「(………………やっぱ
「(……クズだなこの男は)」
さて、そうなるとやはり二人を抱えてビルの屋上までひとっ飛びした方がいいな。
こないだみたいに移動の隙を突かれて攻撃されても敵わないし……、
と。
そんなことを考えて『亀裂』を展開しようとしていると、懐に潜ませていた無線機がジジジ!! と耳障りな音声を発した。
……嫌な予感。
そう、特大の嫌な予感が、俺の背筋を駆け巡る。
続く通信を待たずに、俺達は互いに何も言わず能力の発動の方向性を変えていく。そして答え合わせをするように、通信機から馬場さんの悲鳴じみた声が飛び出してきた。
『──
──そのあとは、もはや思考はなかった。
さっさと
ドッジャアアアアアア!!!! と。
大瀑布を思わせるような盛大な爆音が轟いたのは、その直後だ。
見ると大量の光線が今まで俺達がいた場所に浴びせられていた。そしてその出元には──一人の少女。
栗毛色の長髪をかき上げた少女は、大人びた美貌を獰猛な笑みの形に歪めて言う。
「よーお、
麦野沈利。
序列は────
「この────『暫定・第五位』とさあ!!」
確殺の憎悪を秘め、怪物が今、襲い掛かってきた。
──実際のところ、
ゆえに高速機動が可能である
強いが、ピーキー。
端的に言って『羨ましくない』
──尤も。
「ビュンビュン飛び回りゃあこの私の狙いも散らせるってェ……?」
当の本人は、そんなことは全く思っていないようだが。
「
直後、麦野沈利から放たれた破滅の極光が無数に枝分かれする。
針の筵と化した死の檻から辛くも逃れたレイシアだったが──しかし、その白黒の翼には幾つかの穴が空いていた。
「……!? わたくしの『亀裂』を貫いた……!?」
「あァ? ったり前ェだろうが。私の能力をなんだと思ってんだ。テメェの
ぼうっと、麦野が腕を振るうと同時にその周辺に幾つかの淡い光の玉が生じる。
まるで人魂のように不気味に揺らめく死の光は空中を舞うレイシアに照準を合わせると、まるで矢のように正確にまっすぐ飛んでいく。──その直前。
麦野が、一枚のカードを投げた。
過たずそのカードを撃ち抜いた光芒は、そこでまるで砕け散るように無数の光の雨となって横殴りにレイシアを狙う。
「『
「──バカにするのも大概にしなさい」
だが、レイシアもただ狙われるだけでは終わらない。
そして。
轟!! と、『亀裂』による暴風が発生する。
「……ンだ、この風は……? この風向き、ヤツの現在地から延びる『亀裂』だけじゃ到底生み出せないはず……?」
もちろん、レイシアの翼となっている白黒の『亀裂』はこうしている今も絶えず解除と再発現を繰り返し、レイシアに空力的な力を与え続けている。
だが──そもそもレイシアは別に白黒の『亀裂』しか出せないわけではない。
「透明の『亀裂』。既に張り巡らせていますわよ。向こう一〇分はこのあたりに強風を生めるだけ展開しましたので、アナタの──何でしたっけ? 浅知恵すぎて名前は忘れてしまいましたけど、
「…………上等だ、クソガキがァ……!!」
こめかみに青筋を立てながら、麦野は憤怒の形相のままに言う。
「
「ひいいい……
麦野の宣言の直後、空中を舞うレイシアの周辺で、大爆発が巻き起こった。
「──っぶな、ぜ、全然気づかなかったですわ……なんですのアレ……!!」
──その数秒後。
間一髪で爆風から身を守っていた俺達は、そのまま爆風の勢いに乗って研究所から少し離れたところに飛ばされていた。
廃ビルの中に逃げ込んだ俺達は、そこでようやく一息つく。
しかし……フレンダさんが来たのは気流で見えてたけど、どういう理屈で爆風を食らったんだろ……? ミサイルとかではなかったし……。
はぁ、
《たぶん、気体爆薬でしょうね》
《気体爆薬……? ああ、そんなのもあったっけ……?》
確か、フレンダさんが研究所で美琴さんとバトルしてたときに使ってた、気体爆薬イグニスとかいう…………
《いや、アレブラフだったじゃん!!》
《でも、学園都市の科学力なら気体爆薬くらい余裕で作れそうではなくて? まぁ起爆には相当シビアな取り扱いが必要になりそうですけど》
《そのへんはフレンダさんだもんなぁ……》
起爆条件がシビアすぎて実用化に至らなかった欠陥兵器を当たり前のような顔して実用化するとか、フレンダさんならやりかねない。
……しかしそうするとちょっと厄介だな。
っていうか、査楽さんと徒花さんは何してるんだろ? 結構戦ってたけど全然援護とかなかったような。
「もしもし。馬場ですか? ほかの二人は今どうしてますの?
『そうも言ってられないんだ! 今別の能力者と交戦中なんだよ! クソ……情報じゃ
……どうやら、けっこう俺達ヤバい状況らしい。他……っていうと、滝壺さんと絹旗さん? いや、滝壺さんは現場にいてもたぶん戦えないし絹旗さん単体かな。……確かに、絹旗さん一人でも徒花さんと査楽さんだけでは厳しいかもしれない。
あ、そうだ。一応これも聞いとかないとな。
「それで。先ほど『アイテム』と仰ってましたが、いったい何なんですの? それ。彼女達のことだということは分かりますが……」
一応、俺は馬場さんにそう問いかける。まだ俺達は『アイテム』の存在を知らないことになってるしね。
それに……そういう事情は抜きにしても、この局面で『アイテム』が出てきた理由については気になる。
『「アイテム」っていうのは、僕たち「メンバー」と同じ学園都市の闇に属する組織だ。核となるのは学園都市「第四位」……
「……けっこう詳しいんですのね」
仮にも同レベルの暗部組織なんだよな? そこまで敵対戦力が筒抜けになるもんなのか?
『実は夏ごろに彼女たちを調べてる組織があったみたいでね。まあ壊滅してるんだが、そこのデータベースを漁っている時に見つけたんだ。……「スタディ」と言えば分かるか?』
「あっ……!」
そっか! そういえばあの件では『アイテム』も出てたんだっけ! あの時はホント消えかけだったもんだからそれどころじゃなくて、すっかり忘れてた!
そうだよな、あの事件って俺も介入してるから、『メンバー』なら俺を調べる過程で『スタディ』経由で『アイテム』に行き着いても不思議じゃない。
っていうか『スタディ』、今思うとあいつらよく『アイテム』のこと調べたりできたよな……。まぁ、フェブリとかジャーニーとかの能力って大分有用っぽかったし、それを利用する為に裏のお偉方が誘導とかしてたのかな……。
『ともあれ、その二人……いや、殆ど
『フム……そうだな、T:GDだけでは少々心もとない。T:MTを動員するか……あるいは、私が自ら出るか』
えっ……! そんなマズい状況なの!? っていうか絹旗さん一人で抑えられそうって、どこまで戦力差があるんだ……っていうかどこまで強いんだ
「……わたくしの方は今ようやく攻撃から逃れられたところですの。ここは合流した方がよい気がするのですが」
『……それもそうだな。ではブラックガード嬢、これから指示する場所へ移動してくれ。いったん三人で集まってから方針を練り直そう。敵戦力に
『博士』の無線連絡に頷いて、俺達は座標位置を聞いて移動を開始しようとする。
その直前で、俺はふと思った。
……絹旗さん一人で二人を完封してるんなら、滝壺さんは今何をやってるんだ?
そういえば、滝壺さんは『
「ッッ、あァァああああああああああッッッ!!!!」
間一髪だった。
建物を『亀裂』で破壊しながらの、全速力移動。
そうでもしなければ、俺達はきっと四方八方から叩き込まれた
そうだよそうだ。『アイテム』っていうのは、滝壺さんの能力で座標を特定してから
つまり──『アイテム』に対して、逃げ隠れても意味がない!
《シレン、『残骸物質』なら
《……正直分かんない。確か、
一瞬の判断が命取りになるわけだし、過信は禁物だ。相手は
「あァ~? んだよ、ようやく叩き潰せたと思ったのによォ。ピュンピュン飛び回りやがってウザったさはコバエ並みだなァ
「……聞くに堪えませんわね! チンピラの言語は高貴なわたくしには理解できませんわ!」
「…………クソアマ、たっぷり苦しませてから殺してやる」
レイシアちゃんの煽りに乗って麦野さんが光線を乱射するが、ただのレーザーなら躱すのは容易だ。これで幻生戦のときみたいな能力の前兆の『歪み』が見えればさらに盤石なのだが……アレはどうやら調子がいいときしか出せないらしく、あれから一度も見えたことはない。
何が条件で発動するのかさえ分かれば、まだ──
と、そこまで思考しながら地上の麦野さんを見た瞬間、ふと違和感を覚えた。
なんというか……あの麦野さん、何かちょっと、
「オラァ! 何見下してやがんだ小娘ェ!! 今すぐ撃ち落としてその高慢なツラ丸焼きにしてやっからよォ!!」
「ぐっ……!」
っぶな……! 考え事してる場合じゃない!
くっそ、というか怖いんだよこの人! おなかにパンチされたりしたら俺もうそれだけで気絶しそうなんだけど! 絶対に近づけさせたくない!!
……、
……いや、待てよ?
今まで、『小説』や『アニメ』の印象で、麦野さんに対して恐怖を感じてたけど……ちょっと待て。そういうの全部抜きにして、先入観を排除して考えたら……今の状況って、実はとてもすごく簡単にひっくり返せるんじゃないか?
絹旗さんによる味方の足止め。
気体爆薬による気流操作の封殺。
これらの材料によって、『アイテム』は遠距離からこっちを一方的に磨り潰す作戦をとっている。
だがよくよく考えれば、ここには一つの『前提』が存在していて──その『前提』が覆れば、この盤面はあっさりとひっくり返るんだ。
そう。
「──そろそろ、終わらせましょうか」
キュガッッッ!!!! と、俺達は高速で麦野さんの眼前に移動する。
《レイシアちゃん! 気流操作は任せろ! 肉体の方お願い!》
《承知、しましたわ!!》
レイシアちゃんに肉体の操作を預けて、俺は『亀裂』を展開して周辺の空気を操っていく。まずは気流を用いた超音波によるアーマーを肉体に展開。これで麦野さんのパンチを食らっても痛くない。
次に、気流感知でどこかに潜んでいるフレンダさんの居場所を察知──、
「近づけばこっちの手札は潰れるとでも思ったかァ!?」
と、そこで俺達のお腹に麦野さんの蹴りが入る。
……ぐう……! 微かに響くんですけど! これ超音波のアーマー展開してなかったらどうなってたんだ……!?
「……読めてるんですのよ、このゴリラ女! そのぶっとい脚を見れば肉弾戦がお得意なことくらいすぐ分かりますわ!」
「なッ!? テメ……」
あっ、隙できた! レイシアちゃんナイス!
レイシアちゃんの悪口攻撃で一瞬冷静さを失った麦野さんに、俺は即座に横殴りに空気の塊をぶつける。
ゴッ!! と塊のような圧力を叩きつけられた麦野さんは、そのまま横薙ぎに吹っ飛んで地面を転がった。
「──まだですわシレン!! このまま畳みかけなさい!!」「いえ違いましてよ! 回避です!!」
叫ぶレイシアちゃんに言い切って、俺は『亀裂』の翼を展開してジグザグに移動しながら麦野さんを追う。
すると、今まで俺達がいたところめがけて連続して
なんとか距離を詰めることはできたが、麦野さんは頭から血を流しつつも俄然その表情に戦意をみなぎらせてこちらを睨みつけている。
転がりながら起き上がった麦野さんは、目に入りそうな血を片手で拭いながら、
「…………テメェ、なんだその『眼』は」
「……眼?」
「まあいいわ。忌々しいけどたった今、アンタのお陰で良~い方法思いついたしね……♪」
ギュオッッ!! と、麦野さんの肩口から光線が放たれる。
もちろんそれ自体は問題なく回避できるが、光線はいつまでたっても消えない。それどころか──光線はぐるりと麦野さんの肩口まで戻ってきて、そしてループを始めていた。
……それはもう、ただの光線ではなかった。
光り輝く、『滅び』の雷によって形作られた──巨腕。
「
麦野さんは引き裂くような笑みを浮かべながら、まるで自慢をする子供みたいに言う。
「能力の持続時間が短いのは、撃てばすぐに射程外に飛んで行ってしまうから。なら、能力の終着点と始発点を同一座標に置けば? 粒子でも波形でもない曖昧な状態の電子は、無限に私の制御下に置くことができる」
それは──『小説』において、浜面さんとの戦いで腕を失ったからこそ編み出した新たなる
遠距離戦にしか能力を活用できなかった麦野沈利という能力者が、近・中距離戦でもその確殺の威力を運用できるようになった一手。
「──さあ、第二ラウンドと行きましょうか、
それでも、やるしかない……!
……右目が、疼いた気がした。