【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八三話:第四位 ②

 麦野さんが原子崩しの『循環』を使ってきた以上、もう迂闊に接近戦を挑むことはできない。

 

 これまで俺達が麦野さんに接近戦を挑めたのは、『原子崩しは照準から発射までラグがあるから照準を合わせる時間を与えなければ攻撃が来ない』という前提があったからで、原子崩しを循環させるという形で常に展開できるようになった以上、その前提は通用しない。

 

 それを理解した上で、俺達は────()()()()()()()

 

 

「……あァ? なんだコイツら……近寄ろうが私の原子崩しは死なねェ。循環って形で運用している以上、数センチ単位の軌道の調整だってできるんだよォ!!」

 

 

 『亀裂』の翼を大きく動かし、風を背負って突貫する俺達に向かって、麦野さんは光の巨腕を振り回すようにして俺達に攻撃する。

 タイミング的に、俺達の接近は間に合わない。麦野さんの一メートルくらいにまでは近づけるだろうが、それだけだ。俺達の望む『接近戦』などできようものじゃない。

 

 ──尤も、

 

 

「……飛行なんて、そこまで難しいものでもありませんのよ」

 

 

 それは俺達が()()()()()()()()()()()()()()()の話だ!

 

 

「……んなッ!? 風で、照準が狂って……!?」

 

 

 透明な『亀裂』を使ってため込んでおいた空隙を解除。それによって、麦野さんは横合いから突然の暴風を浴びせられることになる。

 そして能力がいかに強力でも、能力者本人はただの人間。聖人みたいな圧倒的な膂力の持ち主ではない。

 だから当然、突然風を浴びればよろめくし──能力者がよろめけば、能力の照準だって狂わざるを得ない。俺達を狙った攻撃が、外れてしまうくらいには。

 

 ……ただ、相手も馬鹿じゃない。

 このくらいの小手先の技は、向こうだって対応してくることは承知している。

 

 とはいえ、ここで突撃をやめるわけにはいかない。

 ここで攻撃の手を緩めれば、今もどこかに潜んでいるだろうフレンダさんの準備が整ってしまう。そうすれば、せっかくできるようになった気流操作を封じられた上で戦わなくちゃいけなくなる。今の状態でそんなことになったら、どう考えても詰みだ。

 決着は、ここでつける必要がある。

 

 

「──とでも言うと思ったかにゃーん!? 馬鹿が! テメェの暴風対策はできている! 原子崩しの盾をう~っすら展開しておいてあんだよ!」

 

 

 俺達を嘲笑いながら、麦野さんは言う。

 暴風の手ごたえで分かる。確かに、原子崩しの盾は展開されていた。俺達が暴風を浴びせた個所だけでなく、それも全方位に。ごく微量ゆえうっすら光っている程度にしか見えないけど、おそらくはアレも循環しているんだろう。

 原子崩しは粒子でも波形でもない曖昧な状態の電子を扱う能力。その状態の電子の運動には途轍もない抵抗力が生まれる──というのがあのバカげた攻撃力の理屈だったはずだから、当然ながら『うっすら』であっても風くらいは防げるのだろう。

 考えてみれば当然の話で、たとえば『アニメ』ではフレンダさんの爆弾を逆用した美琴さんの攻撃を麦野さんが原子崩しの盾で防ぐっていう一幕があったりしたし。

 

 

「第四位をナメんじゃねェぞ、裏第四位(アナザーフォー)ォ!!!!」

 

 

 ──それはつまり、俺達にとって『想定内』ってことなんだけどね。

 

 

「アナタこそ。裏第四位(アナザーフォー)をあまりナメるんじゃありませんわよ、第四位」

 

 

 直後。

 俺は仕込んでおいた『仕掛け』を発動する。

 

 仕掛けというのは単純で、風による気圧操作である。

 ただしこのあたり一帯の気圧を操作するのではあまりにも時間がかかりすぎる。この一瞬でしっかりと気圧を下げるため、対象範囲は限定した。そう、たとえば──

 

 

 ──麦野さんを覆う原子崩しの壁。その呼吸口、とか。

 

 

「ごあ……ッ!?」

 

 

 一瞬。

 原子崩しの巨腕の動きが止まり、麦野さんの周囲から盾の反応が消えたのを感知し、俺達は即座に横殴りの暴風を叩き込んだ。

 巨腕の動きはすぐさま再開されたが、もう遅い。光の巨人の腕が振り下ろされた頃には、麦野さんの身体は大きく傾いでいた。

 

 

「チィッ……!!」

 

 

 かくして巨腕を潜り抜けた俺達は、そのまま麦野さんに肉薄し──

 

 

「チェックメイト、ですわッ!!」

 

 

 そのまま、超音波アーマーを纏いながらお腹にタックルを叩き込んだ。

 

 

「がごっ……」

 

 

 麦野さんの口から、美少女ならざる呻きが漏れる。すべての運動量をお腹にぶつけた一撃だ。麦野さんはそのまま、ノーバウンドで数メートルも吹っ飛ぶ。

 流石に、車に轢かれたレベルの一撃を食らえば、数分くらいはダウンしたままだろう。……多分。

 …………なんで常人なら骨折&病院送りのダメージを与えてるのに数分で起き上がってくるのは前提、気絶させられたかどうかすら危ういみたいな気持ちにならなきゃいけないんだろうね、ほんと。

 

 ……うん、動き出す様子はない。

 まだちょっと、麦野さんの姿はブレて見えるけど……ほんとこれなんなんだ。ちょっと眼科行った方がいいのかなぁ……。

 

 

《うまくやれましたわね》

 

 

 急いでその場を離れて研究所へ向かっていると、不意にレイシアちゃんがそんなことを言った。

 まぁ、さっきの攻防は俺達の方が一枚上手ではあった。

 

 

《原子崩しは空気に干渉しうる。その前提さえ最初から共有できていれば、狙える方策も定まってくるからね》

 

 

 小走りになりながら、俺はそう答えた。

 

 今回麦野さんは、原子崩しを使って俺達の暴風を防ぐ作戦に出た。さらに万全を期すため、全方位に向かって盾を展開する徹底っぷりだ。それを見れば、暴風による攻撃は意味を成さなくなるようにも思える。

 ただ──ここで一つ疑問が生まれるのだ。

 空気に干渉する盾を全方位に展開しているなら──麦野さんはどうして窒息しなかったのか?

 『循環』によって発射のラグが消えたというのは、あくまで『循環』が成立した後の話。全身にうっすらと盾を展開するなんて所業、原子崩しの照準能力では大分時間をかけないと──それこそ三秒くらい準備が必要だったはずだ。

 それを俺達が突撃を開始したあの一瞬で展開するのは流石に無理だし、おそらくあの盾は巨腕の作成と同じ段階で行われていたはず。大声で会話していたのもあるし、そのくらい時間が経てば呼吸が苦しくなるはずだ。それに、俺達が距離を取れば確実に窒息してしまうし、そんな脆い策を使ってくるとも思えない。

 

 だから一度目の暴風で、麦野さんの周囲を感知した。

 生きるために最低限必要な『呼吸口』が、その盾のどこかにあると思ったからだ。

 

 そして思った通り、麦野さんが展開した盾は、胸元のみ穴が空いていた。

 だから俺達は麦野さんの胸元だけを狙って、瞬間的に低気圧を発生させたのだ。

 胸元に空いた穴から空気が抜けて、瞬間的に窒息しかけた麦野さんは、慌てて盾を解除し──そこに俺達が暴風を叩き込んだ、というのが先ほどの攻防の真相である。いやいや、我ながらかなり一瞬の頭脳戦だった。

 

《でも、こうして『アイテム』が出張ってくるということは……》

 

 

 内心でレイシアちゃんに呼び掛け、俺達はそこで足を止める。

 俺達の目の前にいたのは──

 

 

「…………!!」

 

 

 物陰にしゃがみこんで、両手で口を押えて息をひそめているフレンダさんの姿だった。

 

 

《捕虜を手に入れれば、向こうの情報を思う存分搾り取れるということですわね、シレン?》

 

 

 ……流石に大っぴらにやりすぎるとフレンダさんが粛清されちゃうから、そこはほどほどにね。

 

 

「……そうやって呼吸を手で隠していれば気流感知を逃れられるとでも? 甘いですわよ。たとえ呼吸が止まっていても人間大の物体が物陰に転がっていれば普通に分かります」

 

「た、たしゅけて……」

 

 

 見下ろしながらそんなことを話していると、フレンダさんは開口一番命乞いを始めてきた。この人ほんと情けないな……。

 

 

「む、麦野に言われて、しょうがなかったのよ……。この間の一件で『スクール』の連中とやり合って無用な敵を作っちゃったから麦野怒ってたし、しかもアンタに助けられたって聞いて余計怒ってて……だから……そのう」

 

「情報」

 

 

 話すと長くなりそうなので、俺は端的にフレンダさんにそう告げる。

 

 

「わたくし達はこの先にインディアンポーカーの『レシピ』を作っている輩がいると聞いて来たのですが……何故アナタ達がかち合うのです?」

 

「え、いや、私達はただ時間稼ぎを依頼されてただけで……」

 

 

 …………時間稼ぎ?

 

 

 その言葉に嫌な予感をおぼえて、俺達は弾かれるように研究所の方を見遣る。

 すると──研究所の上空には、いつの間にか真っ黒なもやが沈殿するように漂っていた。

 

 

「な……んですの、アレ!?」

 

「私に聞いても分かんないわよ!! 結局私達はただアンタが来たら時間稼ぎしろって言われただけで……」

 

 

 真っ黒い靄は、今も収束するように集まっている。アレ……ひょっとして、あのままだと暴走しだすんじゃないか? それこそ、人格励起(メイクアップ)の後の俺達みたいに……!

 そうか、『アイテム』はその為の要員だったんだ! 俺達がアレを止めない為の、時間稼ぎに!! ……クソ、これから突撃して間に合うか? いや無理だ。多分『アイテム』は仕事を終えた。今から俺達が行っても、カタストロフには間に合わない!!

 

 

『──レイシアか!?』

 

「っ、馬場さん! 研究所が!」

 

『ああこっちでも情報は掴んでいる! 徒花と査楽なら心配いらない。査楽はダウンしたようだが、どうも「アイテム」の方はお前が第四位を倒した時点で撤退を決めたらしい。お前らも今すぐ撤退しろ!』

 

「でも……、」

 

 

 それじゃあ、このあたりにどれくらいの被害が発生するか分かったものじゃない。

 このまま暴走させるくらいなら、俺達の最大出力であの歪みを押しつぶしてしまうべきじゃあ──

 

 

『それも問題ないんだ。第五位が介入を開始した!』

 

 

 第五位……食蜂さんが!?

 そっか……この件って常盤台の学生が絡んでるんだったっけ。食蜂さんの派閥の人が『ヒーロー』をやってるんなら、食蜂さんの性格上絶対に見逃さないよね、そこは。

 よかった……食蜂さんが介入してるんなら、多分大丈夫だろう。あの良く分からない現象だって、多分根っこのところは科学だ。多分、実験体になっている学生とかが核なんだろうけど……心理掌握(メンタルアウト)なら上手いこと助けられそうだしね。

 

 ……あれ、でもそれならどうして逃げるんだ?

 

 

『それで、事態が収束に向かい始めたことで「裏」の封鎖が解かれたんだ。つまり、警備員(アンチスキル)がやってくる。……そのまま現場にいるところを見つかると、厄介だぞ』

 

「…………、」

 

 

 馬場さん、忠告大変ありがとうございました。

 いやまぁ元々移動するつもりではあったんだけどさ。

 

 

「……そういうわけですので。フレンダ、第四位さんによろしくと伝えておいてくださいな」

 

 

 レイシアちゃんは最後にフレンダさんにそう言い残し、『亀裂』の翼を展開する。

 そして俺は一瞬、研究所の方を見遣った。

 

 ……内部進化(アイデアル)

 正直なところ、その根幹については何も分からずじまいではあったけど……とりあえず、これで一件落着ってことなんだろうか。

 

 まぁ、俺達としては……インディアンポーカーがこれで落ち着いてくれるなら、それに越したことはないかな。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八三話:第四位 ② "Jagged-Edge"_in_MEMBER.

 

 

 


 

 

 

 その翌日。

 そうして『アイテム』との闘いを無事に切り抜けた俺達だったのだが、早くも頭を抱える事態に直面することとなったのだった。

 それは────。

 

 

「……おい、査楽。これはどういうことだ」

 

「い、いやね? 私に言われても分からないというか、今回は! 本当に! 暗部の人間として、撃ち漏らしがないか確認しようという義務感で動いていたというか……ね……!!」

 

 

 ……まるで前回は暗部の人間として以外の動機で動いていたと言っているような口ぶりだが、それはさておき。

 俺達の目の前には……破棄したはずの『レイシア=ブラックガードの夢』のカードがあるのだった。

 

 実はあれから、インディアンポーカー関連には動きがあった。

 警備員(アンチスキル)の働きかけでインディアンポーカーに使う玩具は自主回収措置がなされ、これにより『レシピ』についても意味を成さなくなった。

 首謀者は食蜂さんと帆風さん(なんと、今回の一件で『ヒーロー』をやっていたのは帆風さんだったらしい)によってとっちめられたので、これで問題解決……かと思いきや。

 

 今度はその日の夜のうちに、また新たな『レシピ』がネット上に出回り、今もこうして新たなカードが出回っているのだった。

 

 

「……首謀者は捕まったんじゃなかったのか?」

 

「ふむ、どうやらその目論見は間違っていたらしい。おそらく──昨日対処されたのはインディアンポーカーの首謀者ではなかったのだろう」

 

 

 怪訝そうな表情を浮かべる徒花さんに、博士は訳知り顔で頷きながら言う。

 

 …………どういうことだ?

 

 

「インディアンポーカーというのは、もともとは第五位の古巣である研究所で生み出された技術なのだろう? おそらく真の首謀者はそこから技術を転用した。だが、それ自体に特段の悪意はなかったのだろう」

 

 

 …………つまり、ただそれだけなら何の問題もなく、ただ夢を共有できるという楽しい文化の定着で済んだ。

 だが、そこに第三者の悪意が混入した……?

 

 

「昨日の首謀者は、情報によると才人工房(クローンドリー)所属の研究者だったようだ。自分の古巣の技術が使われているのを見て、これ幸いと相乗りした。……それが昨日の事件の真相で、なまじ元が闇の研究だったから、我々は真の首謀者ではなく相乗りしようとした内部進化(アイデアル)の黒幕を標的に認定してしまった──ということらしいな」

 

 

 ってことは……あの場にいた『アイテム』、あれってもしかして……内部進化(アイデアル)を中途半端に止められたくなかった学園都市の上層部が、俺達に勘違いで乗り込まれたら困るから用意してた『時間稼ぎ』だったってこと? ……何それ……それなら俺達にちゃんと事情とかを説明してくれれば、無用に麦野さんと敵対することなかったのになぁ……。

 

 

《シレン、別にあそこでぶつかってなくても、いずれ麦野沈利とは戦うハメになってましたわよ?》

 

 

 と、そこでレイシアちゃんがけろっとした調子で言う。

 

 

《ええ? ならないよ、だって仮に俺達が『メンバー』に肩入れするとして、『アイテム』は学園都市に反旗を翻すタイプじゃないでしょ? まず敵対しないと思うんだけど》

 

《いや…………そもそもわたくし達、裏第四位(アナザーフォー)ですわよ? 元・第四位としては、そんな輩は見つけ次第すぐにでも消し飛ばしたいでしょう》

 

 

 ………………ひ、否定できない。単純な利害計算を無視してでも潰しに来る可能性が、とても高い気がする……。

 

 

《じゃ、じゃあ何? 俺達はこれから、隙あらば麦野さんに命を狙われかねないってこと?》

 

《少なくとも、戦場で出会えば特に理由がない限り攻撃はしてくるでしょうね……》

 

 

 ……こ、怖いよぉ……。麦野さん、怖すぎるよぉ……。浜面さん、早く麦野さんの憑き物を落としてくれ……。

 

 

「ともあれ。真の首謀者に悪辣な思惑がないと分かった以上、その正体は相当に限定される。かつて才人工房(クローンドリー)に出入りしていた研究者で、なおかつ今も『表』の領域にいる者を探せばいいのだからな。安心したまえ、もうじき身元も判明することだろう」

 

 

 自信満々に言う博士。

 そういうこと言うとなんかフラグっぽいよなぁ……と思っていたところで、レイシアちゃんの携帯に通話が入る。着信の名前を確認すると……『刺鹿夢月』の文字。

 あら、夢月さんか。今は下部組織の人たちと絶賛首謀者の調査中とのことだけど……。

 

 

「もしもし? レイシアですわ。どうかしましたの?」

 

『ああ、よかった。実はインディアンポーカーをしかけやがったヤツの正体が、今分かったんです!』

 

「それは本当ですの!?」

 

 

 本当に噂をすればだな……。でもよかった。これで正体が分かれば、その人のことを止めれば全部終わりだ。これまでの話から言って相手は表の住人らしいし、俺達がわざわざ出張らなくても、場合によっては白井さんに報告するだけで終わりでもいいかも、

 

 

『首謀者の名は……ええと、操歯(くりば)涼子(りょうこ)。……あれ、この人って確か、大覇星祭の二人三脚で一緒になりやがった……レイシアさんのお知り合いじゃありませんでしたっけ?』

 

 

 …………え。

 

 

 操歯、涼子さん!?!?!?


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