白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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29.歩くことに慣れたなら

その後の彼女の活躍は、凄まじいの一言に尽きた。

ライブだけでなく、握手会やトークイベントなどの開催要望が数多く寄せられ、彼女はその全てに応えた。

その結果、依田芳乃が落下した一度目のデビューライブにおける損失は瞬く間に回収され、既にその倍以上の利益を上げている、と、千手観音のモノマネがすっかり板についたプロデューサーが嬉しそうに悲鳴を上げていた。

 

彼女がここまで積極的に活動できたのは、彼女のファンの努力の賜物でもある。

彼女の二度目のファーストライブに参加した者が中心となって結成されたファンクラブ。

その会員達は、彼女のアイドル活動を可能な限りバックアップした。

サイトを立ち上げ、彼女の不幸体質とその対処法、加えて彼女が如何に可愛いかを詳細に解説し。

ライブでは観客に口頭での注意と共に要点を簡潔に纏めたビラを配り。

また、会場後方にて怪我人や体調不良者のために医療従事者が順番で待機。

万全の体制をもって、白菊ほたるのライブを楽しんだ。

 

そしてそれは、そのまま彼女の不幸体質の抑制に繋がった。

ファンの人達があんなにも対策をしてくれているという安心感。

それが彼女の不安の大部分を拭い去った。

例え不幸が起きたとしても、彼等がきっと助けてくれる。

実際に不幸が起きても、迅速に対処してくれている姿が見える。

その信頼が、事前に発生を抑制するに至った。

彼等が彼女の舞台を用意し、そこで彼女は歌う。

その姿を見ることで彼等は笑顔になり、笑う彼等を見て彼女は幸せになる。

ファンとアイドルが相互関係で結ばれた、幸せが恒久に循環するシステム。

白菊ほたるのアイドル像は、そのような形で完成された。

 

 

 

「……幸福では、ありませんでした。」

 

「今、あなたは幸福ですか?」

記者の問いに、彼女は次のように答えた。

 

「やることが全部裏目に出て。

周りが皆不幸になって。

私は……謝ることしかできなくて。」

 

過去を思い出しているのだろう、その表情は暗い。

 

「でも、一日だけ、待ってくれと言われたんです。」

 

少しだけ下を向いたまま、彼女は続ける。

 

「待ってみて、それでも簡単にはいきませんでした。

沢山悩みました。沢山泣きました。沢山、傷付けてしまいました。」

 

彼女がどれだけ苦しんだか。彼女の不幸がどれほどのものか。

我々が想像する、その更に上なのだろう。

彼女の表情が、言葉も無くそう物語る。

 

「それでも、その人は諦めませんでした。

私を幸せにすることを、諦めませんでした。

私が諦めてからも、ずっと。

それどころか、味方を何人も、数え切れないくらい増やして。」

 

顔を上げた彼女の瞳には、憧れと感謝。

 

「そのおかげで、私はここに居ます。

私を助けてくれた皆のおかげで、私は今ここに居ます。

叶っちゃったんです。私の夢。

笑ってくれるんです。笑顔で居てくれるんです。」

 

そう言って、こちらを見る彼女は。

 

「だから。私は今、幸せです。

幸福にはなれないけれど。まだ不幸なままだけど。

それでも、私は幸せです。」

 

どこまでも、幸せそうに笑っていた。

 

 

 

____________________

 

 

 

「幸せそうな顔しちゃって、まあ。」

 

画面の中、スタッフロールに見え隠れする彼女の笑顔を、私は待合エリアの席に座りながら見上げていた。

 

あの後彼女がどうなったのかと言われれば、この番組の通りだ。

他人を幸せにしたいという彼女の願いは叶い、そして彼女は幸せになった。

ファン達の活動のおかげもあり、最近では茄子が同伴しなくともライブで大きな事故は起こらない。

白菊ほたるは、すっかり今をときめく人気アイドルだ。

彼女の姿に勇気付けられる、元気をもらえると専らの評判で、特に何かしらの悩みを抱える者達からの人気があるという。

 

「……そろそろ、か。」

 

テレビに表示される時間を見て、私は席を立つ。

ほたるを取り巻く一連の事件で、私にも得たものがある。

それをこれから見せに行こう。

諸星きらりに、会いに行こう。

 

きらりのためでもなく。

飴のためでもなく。

 

ただ、私がそうしたいから。

 

 

 

「はぁ……。」

 

今日何度目かも分からない溜息が、周囲の空気に混ざって消えた。

 

仕事は、何とかなった。

ドラマの撮影でも、元気活発というよりは、憂いを帯びた少女の役だったし。

その他の仕事も、いつものように「ハピハピ」でいることはあまり求められなかった。

ひょっとしたら、Pちゃんがそのように取り計らってくれたのかもしれない。

 

ずっと、杏ちゃんの心配ばかりして過ごしていたように思う。

Pちゃんに指摘された時は、あまり納得できなかったけれど。

実際に離れて生活してみると、なるほど、これは、確かに。

私は杏ちゃんに依存していた。

いや、依存「している」。

電話等の直接連絡は勿論禁止。ネットや雑誌で情報を集めることも禁止。

その中で私は、杏ちゃんのことばかりを考えて自分を保っていた。

 

でも、そんな日々も今日で終わり。

明日からは、また杏ちゃんに会える。

そう思うと、少しだけ気が軽くなる。

 

「……この辺り、かな?」

 

迎えを向かわせるから空港で待っていてくれと、先程Pちゃんからメールがあった。

記された待ち合わせ場所が、この辺り。

彼が直接来るわけではないようだが、誰が来るのだろう。

新しく事務所に加わった人、だろうか。

いずれにせよ、向こうから私を見付けてくれるだろう。

高過ぎる私の身長も、こういう時だけは役に立つ。

私はここで待っていればいい。

 

することが無くなると、また私は杏ちゃんの事を考える。

飴の数は大丈夫だろうか。だいぶ多目に作ったと思うけれど、無くなっていたら大変だ。

食事はちゃんと取っているだろうか。自分で作れないことは無いようだけど、彼女はあまり進んで作ろうとはしない。それはきっと、単に怠けているわけじゃ、ない。

 

あれはどうだろう。これはどうだろう。

積もり始めると、心配はキリがない。

帰ったら、まずは杏ちゃんの家に行こう。

それで、姿を見て、元気かどうかを確かめて、それから──

 

「──お〜い!」

 

彼女の声が、聞こえた気がした。

 

でもそれは、あまりにも久しくて。

本当に彼女のものなのか。ただの気のせいではないのか。

すぐに判断がつかなかった。

 

「お〜い、きらり!」

 

もう一度、声。

聞き間違いなんかじゃない。気のせいなんかじゃない。

これは、間違いなく、彼女の。

 

ああ、良かった。

ここに彼女が居るということは。

迎えに来てくれたということは。

飴はどうやら足りていたみたいだ。

飴がなければ、彼女はここには来られないのだから。

 

急いで辺りを見回す。

私とは違って、小さくて可愛らしい彼女の姿は、群衆に埋もれてうまく見付けられない。

 

「……こっち!」

 

不意に、後ろから手を引かれる。

その力のままに、くるりと振り返る。

そこには、満面の笑みの彼女が居た。

 

「杏ちゃ──」

 

歓喜に震える私の声は、しかし途中で驚愕に詰まる。

何故なら、彼女は。

どうだ、と。やったぞ、と。

胸を張って。得意気に。

 

「──きらり!」

 

私の名を呼んだのだ。──大きく口を開けて。

 

そうか。

彼女はまた、何歩目かを踏み出したのだ。

歩けるようになったのだ。

私の元へと、来てくれるまでに。

 

嬉しさに口元が緩むのを抑えられない。

やっぱり、杏ちゃんはすごい。

そうだ、今日はお祝いをしよう。

杏ちゃんの好きなものを沢山作って、それから、それから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちくり。

 

 

 

 

              ──あれ?

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「白菊ほたるの幸福論」、これにて完結とさせていただきます。

茄子とほたるが一緒にいて、尚不幸が発生するとしたらどうなるのか、ということを考えて書いてみました。
杏に依存してしまっているままなので、きらりメインの話もいつか書きたいと思っています。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ご縁がありましたら、またどこかで。

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