本来であれば登校時間には早過ぎる早朝。
その時間に静希草十郎の姿があった。無論、彼の通う学校までの通学路の道中での話だ。
彼にとって早起き自体はさほど苦ではないため、特に気にしてはいない。まあ、普段通りの時間かと言われれば違うのだが。
というのも、元々都会に慣れていない彼にとっては、朝における通勤通学ラッシュは少しばかり面倒なものであった。そのため、普段から時間をずらすことで、ある程度早く登校するようにはしていたが、今日はその中でも特別早いのだ。
他ならぬその理由というのは、昨日のダンスを見せてもらった後の話にまでさかのぼる。
◆◆◆
「なるほど、ダンスというのはこういうものなのか」
ふむふむとばかりに頷く草十郎。それに対して、穂乃果が期待に満ちた眼差しで草十郎に目を向ける。
「どうだった!?」
「うん、すごく一生懸命に感じた。キミたちの思い、いや、『想い』かな。その真剣さがこっちにも伝わってきたような気がしたよ」
草十郎は思ったままにそう口にする。実際、彼女たちのひたむきさが伝わってくるようでもあった。恐らく、彼女たちがそれにかける『想い』というのはとても尊いものなのだろう。少なくとも遊びではないことは確かだと確信できた。
「ホント!?えへへ、ちょっと、嬉しいな」
草十郎の言葉に照れたように笑む穂乃果だが、海未は気付いた。草十郎が技術的なことを言っていないことに。
「その、静希さん、そうやって褒めていただくのはうれしいんですが、技術的なところで見ると、その、どうだか分かりますか?」
照れつつも、わずかに緊張した面持ちで紡がれたその問いかけに、草十郎はどう答えるべきかと少し逡巡した。彼は天然ではあるが、それ以上に思いやりにあふれた少年でもある。自分の言葉が彼女たちにあまりよくない影響を及ぼしてしまう可能性くらいは理解できた。
「ええんやない?正直に言っても」
そんな草十郎を後押ししたのは希。箒を手に持ち、いつの間にか消えたと思ったら、いつの間にかまたもや草十郎の後ろに現れる。
彼女はどこかで信じているのだ。きっと、彼女たちは批難されたとしても、こんなところで諦めるような人間ではないことを。
そんな希の言葉を受け、ちらりと穂乃果たちの方に目を向ければ、彼女たちの誰もが真剣な眼差しで草十郎を見ていた。
そのような目を向けられては、その想いにこたえなければ失礼だろう。草十郎はそう考え、言葉を紡ぐ。
「ううむ、はっきり言って、あまり動きが揃ってなかった。皆が同じ動きのところは多分揃えるものなんだろう?そういったところが拙いし、合わせようと意識しすぎて、逆に動きがぎこちなくなってるとこもあったと思う」
それから、とさらに草十郎は続けて一人一人に言及していく。
「高坂さんは元気が良いし、動く時もはきはきしてるけど、もう少し落ち着いて周りを見ることも意識した方がいいと思う。少し動きが速いね」
「園田さんは何かやっているのか、姿勢もいいし、安定感もある。でも、動きが硬いし、リズムに合わせようと慎重にしすぎて、少し遅れてる」
「南さんは、一番リズムに乗ってるし、動きも柔らかいけど、他の二人に合わせようとして、動きが少し小さくなってる。あと、左膝を少しかばってる気がしたんだけど…」
そこまで言ったところで、三人のみならず、希までも驚いた顔をしていたことに気が付く草十郎。はて、どうしたのかと思い、少し言い過ぎたのかと草十郎が不安に思っていると、
「その、静希くん、なんでことりが左膝かばってるって分かったの?」
「うん?動きを見れば大体わかるだろう?」
「いや、普通は分かりませんよ!?私が何かしらやっていることも含めて!?」
恐る恐るといった様子で紡がれたことりの言葉に至極当たり前のように返せば、すかさず海未が突っ込む。
「そうか?いや、ううむ…そうなのか?」
海未の言葉にいまいち納得できないような顔をする草十郎。それに対して、穂乃果が興奮したようにさらに問いかける。
「すごいね!じゃあ、海未ちゃんが何やってるかわかる!?」
「うん?ううむ…剣、いや、弓かな?」
「すごいすごい!草十郎くんってばエスパー!?」
「えすぱあ?すぴりちゅあるみたいなものか?」
などと見当違いと言い切れなくとも、微妙にずれた答えを返す草十郎。その言葉に海未は脱力しながらも、草十郎の想像以上の意見に対し、深い納得をしていた。
「何ていうか、静希くんには意外な特技があったんやね」
「そうですか?」
言葉に驚きの感情をのせる希に対し、首を傾げる草十郎。いまいち自分のやったことがどれほど異常なことか理解できていないようであった。
「そうだ!」
すると、穂乃果が何かを思いついたように顔を明るくさせた。そして言い放った言葉は、
「草十郎くん、私たちのコーチになってよ!」
ちょっとした爆弾だった。
◆◆◆
とまあ、そんなこんなで、コーチを引き受けることと相成った草十郎はいつもよりもずっと早い時間に姿を見せているのだ。
当初は流石にお人好しの草十郎であっても、ダンスのこと自体あまり知らないこともあり、断ろうとしたのだが、他ならぬ、世話になっている希からの頼みと穂乃果の交渉により、結局は草十郎が折れる形となったのだ。
(とは言っても、どうすれば…ううむ…)
彼がやれるのは彼女たちの動きの拙さを指摘するだけだ。それに対してどこをどうすればいいのではという改善策を明確に提示できるわけでも、ダンスにおける必要なトレーニング方法を知っているわけでもないのだ。いずれ自分がアドバイスできる範囲は限界が来ると思えた。
そのことを希に話せば、彼女はいつものように意味ありげに微笑んで、「大丈夫や、心配せんでもええよ」とのこと。まあ、希が言うのならあまり問題もないのかもしれない、とそこで草十郎は深く考えないことにした。
向かう先は昨日と同じく希の勤める神社。彼女たちは毎日、朝、昼休み、放課後と練習しているらしい。そして、草十郎が付き合うのはその内、朝だ。放課後にはほとんどの場合において、彼はバイトという名の予定が詰まりに詰まっており、ならば朝に、ということとなった。
しばらくして、草十郎は神社の前に到着。石段を登れば、そこにはすでに穂乃果たちの姿があった。
「あ!おはよう、草十郎くん!」
「ああ、おはよう高坂さん。南さんに、園田さんも。すまない、遅れたか?」
「あ、おはよう~」
「おはようございます」
「大丈夫!私たちも今来たとこだよ」
と言いつつ、柔軟により体をほぐしている穂乃果たち。一度決めたことであればやり遂げるという責任感の強い草十郎は、遅れていないことにホッとしつつも、これは自分もやった方がよいのだろうか、とふと考える。そうこうしている内に、彼女たちの準備は終わったようで、
「よし!まずは筋トレからだね!」
その言葉にその時間自分は必要なのか?と思ってしまったのは仕方のないことだろう。
「はい、そこまで」
その言葉で地面に倒れこむ穂乃果たち。存外やることはあったようで、草十郎は計測係として活動していた。
ちなみに、先程までやっていたのは、笑顔を浮かべたままに腕立て伏せという、草十郎からしてみれば、いまいち意味の分からない特訓だ。そこでふと気づく。彼女たちは何を目指してやっているのだろう、と。
「そういえば聞いていなかったが、高坂さんたちは何を目指しているんだ?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「あ、そういえば」
「確かに言ってませんね…なんかすみません」
草十郎の言葉に三人とも今気付いたといった様子で口々にそう言う。別に気にしなくてもいいとばかりに草十郎は手を軽く振りつつ、続きを促す。それに対して答えるのは、やはりというか、穂乃果であった。
「私たちはね!スクールアイドルをやって、それで廃校を何とかしたいの!」
「すくーるあいどる?」
その後、海未やことりの補足を受けつつも、穂乃果の話をまとめると、彼女たちの在籍する音ノ木坂学院は、生徒数の減少により、廃校の危機にさらされているらしい。その状況を打破するために、彼女たちはスクールアイドルというものを始めることと相成ったとのこと。
「ううむ、大変なんだな。そして、すごいんだな高坂さんたちは」
きっと、草十郎が今通う学校が廃校の危機になったとして、それをどうにかしようと自分はするだろうかと考えると、答えは否、である。そこまで草十郎自身思い入れがあるわけでもない。勿論、寂しいとは思うだろうが、きっとそれだけだ。草十郎は抗おうとせず、きっと受け入れてしまうだろう。
まあ、草十郎の学校に
「えへへ、そうかな?うん、でも、何もしないままじゃいられなかったから」
きっと草十郎が最初にダンスを見たときに感じた『想い』はこれだったのだろう。何とかできないかもしれない。でも、諦めたくない。そんな彼女の想いが乗せられたものだったからこそ、草十郎も最終的に協力を了承したのかもしれない。
そこまで言ったところで、穂乃果はそういえば、と思いついたように、
「草十郎くん、高坂さんじゃなくて、穂乃果、でいいよ?何ていうか、ちょっとむず痒いし」
「そうか?じゃあ、穂乃果と呼ばせてもらおうかな」
と、大して緊張するでもなく、ごく自然に口にする草十郎。彼にとって呼び名にそう大した違いはないらしい。
「あ、私もことりでいいよ。静希くんも草十郎くんって呼んでいい?」
「ああ、構わないぞ。なんなら別に呼び捨てでも構わないが」
「ふふふ、草十郎くんの方がことりは呼びやすいからいいよ~」
「ふむ、そうか」
そんな幼馴染二人に驚く海未。
「ええ!?ちょっ、穂乃果にことりまで!?そ、そんな簡単に名前呼びを殿方に許していいんですか!?」
「え?私は気にしないよ?」
「ことりも特には気にならないかな?」
「呼んで良いと言うなら、呼ばせてもらうものじゃないのか?」
ことりの場合はコミュ力あっての話だろうが、他二人に関してはただ単に男女の機微に疎いだけだろう。海未は思わず、「私が、私がおかしいのでしょうか…」と頭を抱えて呟いていた。
「ふむ、園田さんが気になるなら、別に今のままでもいいんじゃないか?」
「うう、すみません、静希さん…流石に私にはまだハードルが高いので…」
まあ、そういうものは人それぞれだろうと、草十郎もあっさり納得しているので、呼び名に関しての話題はそれで終了。その後、草十郎が手拍子と声によって、リズムをとりつつ、ダンスの練習を行い、草十郎が軽く指摘することで、早朝練習は終わりを迎えた。
「じゃあ、また明日!」
「お疲れ様でした」
「またね~」
「ああ、またな」
と、三者三様の挨拶に軽く手を挙げることで答え、草十郎は途中まで一緒であった彼女たちに別れを告げる。
そうして彼は自らの通う学校へと足を進めた。
◆◆◆
それからは、授業を受けたのち、友人と昼食をとり、再び授業を受け、バイト先へと足早に向かう。
そして、帰宅すれば、隣人との軽い雑談をして、風呂や夕食ののち就寝。
いつもよりも少しだけ変化した彼の一日であった。
草十郎くんがいろいろと穂乃果たちに指摘していますが、まあ、彼ならばそれくらいやってのけそうだなという妄想です。
体幹の見切り?筋肉の凝固弛緩その隙間?一般人ができるわけねえだろ!!
あと、どうでもいいですけど、異性の名前呼び(呼び捨て)ってハードル高くないですか?
作者が照れずに言えるようになったのは、一年くらい前です。一回慣れると、そうでもないんですけどね。