湿っぽい洞窟のような空間。
周囲の岩壁には機械的な装置が設置されている。
星の使徒によって攫われたイヴは手足を鋼鉄の錠で拘束されてこの牢獄に囚われていた。シキの創り出した蟲の麻痺毒は体内から消えているが、イヴは拘束も破れずにいた。本来のイヴであればこの程度の拘束を外すのは容易い。しかし体内のナノマシンのトランスを試みようとするも、周囲の機械が特殊な電磁波を流しているらしく、ナノマシンの使用を阻害されていた。
だが幸いにも星の使徒は近くにおらず、見張りの怪人が牢の前に立っているだけだ。ナノマシンさえ使用可能になればこの牢から抜け出すのは容易い。
「……」
イヴは周囲を見渡す。
何か使えるものはないか、思考を巡らせていると見張りの怪人が振り向いた。そして小さな声で話しかけてきた。
「……お嬢ちゃん、今は大人しくしていて欲しい。隙見て自分が逃してあげるよ」
何と、怪人からそんな優しい言葉が出てきたのだ。イヴは一瞬戸惑ったが、罠の可能性もある。警戒を怠らないまま真意を探る。
「…何が狙いなの? 私を油断させるための口実?」
「…驚いた…まだ小さいのにしっかりしてるんだな。信用して欲しいと言っても難しいと思う…自分はお嬢ちゃんを助けたい」
「どうして? 私はあなたたちの敵のはずです」
「……人間は海を汚す。そのせいで海で暮らす生物はどんどん減っている。そんな人間、許す事はできない。だけど、優しい人間がいるの、自分は知ってる」
目の前の怪人はイヴが抱いていたゴルゴムの怪人のイメージとはだいぶかけ離れていた。ゴルゴムの怪人はその身体能力の高さから、脆弱な人間を卑下する者が多い。しかしこの怪人は人間の『優しさ』を口にした。他の怪人とはまるで違うのだ。
「お嬢ちゃんが…ライダーの仲間というのは聞いてる…ライダーなら…絶対助けにきてくれる」
「あなた…光太郎の事、知ってるの?」
怪人の穏やかな雰囲気に、イヴも気付けば警戒心を解いていた。イヴの問いに怪人はコクリと頷くと、頭上を見上げた。怪人は口を動かして人の耳には聴き取れない音波を放つ。
直後、洞窟内に激しい揺れが生じた。
「…来た…お嬢ちゃんを助けに…ライダーがやって来た」
数分前、アクロバッターから信号を受信した光太郎は倉庫に辿り着いていた。
「アクロバッター、イヴはここか!?」
『小さき者は先程までここにいた。しかし連れ去られてしまったようだ』
「なんて事だ! …恐らくエキドナの能力で逃げたはずだ。もう近くにはいないだろう。…イヴ…直ぐに助けにいくぞ!」
どこにいても必ず助け出す。光太郎は直ぐに行動を移そうしたが、光太郎の優れた聴覚が何者かの声を捉えた。しかし声というには超音波に近く、並みの人間には何も聞こえないだろう。
光太郎は声が聴こえてくる場所を探した。
倉庫内の何も無い空間、そこから僅かに音が漏れていた。そこで光太郎は空間に浮かぶ一本の金髪を見つけた。
「…これはイヴの? これがあったからゲートが完全に閉じられなかったのか。アクロバッター、この先の空間を破るぞ!」
光太郎はアクロバッターに跨り、エンジンを吹かして目の前の空間に飛び込んだ。
◆◇◆◇
怪人は牢を開錠し、イヴの手足に付けられていた鋼鉄の錠を外した。
「このアジトにいる他の怪人、侵入したライダーに向かってる。逃げ出すのは、今しかない」
「…ここにはクリード達、星の使徒もいるはずです。私も光太郎と一緒に戦います」
拘束から解放されたイヴは立ち上がって戦意を示した。しかし怪人は首を振る。
「…クリード達、もうここにはいない。クリードの目的はお嬢ちゃんを攫ってライダーを誘き寄せ、『アレ』の戦闘力を測ること」
「…『アレ』?」
イヴと怪人がそんな会話をしていると近くの岸壁が破られ、その奥からRXが飛び込んできた。
「イヴ! 良かった、怪我はないか?」
「光太郎…心配かけてごめんなさい」
イヴはRXに駆け寄って再び怪人に向き合い「あの怪人さんが助けてくれた」と伝えた。その怪人の姿を見て、RXは驚いた。かつて別の世界での命の恩人。ゴルゴムの怪人に殺されてしまった心優しき怪人、『クジラ怪人』。その怪人とこうして再び出会えたのだ。
「…クジラ怪人…」
「姿は変わってしまったが分かる…ライダー、元気そうだな」
「俺をここに呼んでいたのは、クジラ怪人、お前だったのか」
RXは人には聴き取れない声を辿ってこの場にやって来ていた。クジラ怪人はずっと叫んでいたのだ。『探し人はここにいる』と。
しかし呑気に再会を喜んでいる状況ではない。
先程よりも大きな爆発が起こったのだ。亀裂が入った岸壁から海水が浸水する。
「…このアジトは間もなく崩壊する…ライダー、地上へ脱出するぞ」
「分かった。イヴ、泳げるか?」
「大丈夫だよ、足手まといにはならない」
3人は崩壊に巻き込まれる前にその場を脱し、海中を移動する。クジラ怪人が先頭を行き、マーメイドにトランスしたイヴがRXの手を引いて泳いでいく。地上の光が見えてきたところでクジラ怪人が超音波で注意を促してきた。
『この先に自分たちとは別次元の怪人が待ち構えている。気を付けろ、ライダー』
「ありがとう、クジラ怪人。その怪人は俺に任せてくれ!」
RXとイヴは海中から飛び出して海岸に着地する。直後、2人を目掛けてミサイルが撃ち込まれていた。
「RXパンチッ‼︎」
即座に放ったRXのパンチの拳圧でミサイルの信管が潰れ、2人に届く前に空中で大爆発を起こした。爆炎の向こうに佇む怪人、その姿にRXは覚えがあった。今まで戦っていたゴルゴムの怪人ではない。ついにあの帝国が地球侵略に乗り出したのだ。クライシス帝国怪魔ロボット大隊最強の戦士の一体『ガンガディン』。脚部が4輪という特徴的な姿だが、高火力のミサイルやビームを放ち、当時の自分すらも敵わない怪力の持ち主だ。
その周囲をクライシス帝国の雑兵であるチャップ達がマシンガンやバズーカを手にしてこちらに狙いを定めていた。
「…イヴ、俺はあの怪魔ロボットと戦う。他の相手は任せる!」
「…うん!」
イヴはRXに戦場を任された。
天使の羽を生やし、高速で飛翔するイヴ。チャップ達は慌てて空中に狙いを移すが、縦横無尽に飛翔するイヴを捉えることはできなかった。
「遅いっ!」
遠距離では
イヴは本当に強くなった。ゴルゴムの怪人よりも上の次元の強さをもつ大怪人にすら勝利を収めたイヴにとって、チャップ達のような雑兵では相手にならないだろう。RXは安心してその戦場をイヴに託す事ができた。
「俺は太陽の子…仮面ライダーBLACK RX! クライシス帝国、お前達が何度地球を狙おうと、この俺がいる限り思い通りにはさせない!」
RXは跳躍してガンガディンに飛び込む。
しかし高火力のミサイルの雨が撃ち込まれ、直撃は避けても爆風によって接近出来ずにいた。ミサイルの威力で地形が変わっていく。
「くっ、やはり直撃すればタダでは済まない! ならば!」
腰のサンライザーが輝き、その身を炎の王子へと変化させる。ガンガディンにとっては初めて見るRXのフォームチェンジだ。
「ボルティックシューター!」
ロボライダーの左手に銃が顕現し、百発百中の腕で全てのミサイルを撃ち落とす。同時に爆発の際に生じ爆炎をその身に吸収し、己の力へとプラスしていく。ガンガディンは怯まずにミサイルやビームを撃ち込むが、ボルティックシューターの光子によって無効化される。ロボライダーは一歩、また一歩と確実に距離を詰めていき、遂に拳の届く距離まで肉薄した。
「忘れたか! お前の力では俺に敵わないのを!」
ガンガディンは右手のアームを振り上げ、ロボライダーに叩きつける。以前のRXであれば衝撃で大地に叩きつけられていただろう。しかしロボライダーは左手一本でガンガディンの怪力を受け止めていた。衝撃で足元にクレーターが形成されたが、ロボライダーの体勢を崩すには至らない。懐のロボライダーの右手が輝き、ガンガディンに向けて放たれる。
「ロボパンチッ!」
ロボパンチの衝撃でガンガディンの腹部は抉れ、その身はその場に留まることを許さず吹き飛ばされた。岩壁に叩きつけられて身動きができなくなったその瞬間、ロボライダーはRXへと姿を変え、跳躍しながらサンライザーに手を添えていた。
「リボルケイン…!」
最強の光の杖がRXの手に収まる。
そして着地と同時にRXはリボルケインをガンガディンの体に突き刺した。
「ぐ、ぐあああああっ!」
無限のエネルギーを注入されて体内から崩壊が始まる。
RXはリボルケインを引き抜いてガンガディンに背を向けた。
直後の爆発。
ガンガディンは体を爆散させてこの世から消滅した。
◆◇◆◇
RXとガンガディンとの戦い。
モニターに映し出されていたその戦いを、彼らは見上げていた。
「…これが今のRXの実力か。以前よりも性能値は増しているが、想像の域を出ぬな」
諜報参謀マリバロン。
「侮るな、マリバロン。奴は強大な力を誇るクライシス皇帝すらも破った戦士なのだ」
クライシス帝国の四幹部の奥より金の仮面と鎧を纏った男が現れ、モニター前で足を止めた。
『ジャーク将軍』
この男こそ、クライシス帝国の最高司令官である。
ジャーク将軍の脳裏にはRXとの最後の戦いの記憶が蘇る。クライシス皇帝の強さは自分よりも遥か高みにある。次元そのものが違うと言っても良いだろう。そのクライシス皇帝を運良くにしても倒した過去をもつRXを侮る訳にはいかない。
「RXを倒すためには万策をもって当たらねばならぬ。その策のうちの一つがお主らよ」
ジャーク将軍は身を翻し、そこに立っていた者達に手を翳す。
「巨大な戦力を誇るクライシス帝国、そしてその組織の最高司令官であるジャーク将軍に認められるなんて光栄だよ」
そこに立っていたのは星の使徒たち。
先頭に立つクリードはそう言いながらも値踏みしながら四幹部達を眺めていた。それが気に障ったのか、怪魔獣人大隊を率いる海兵隊長『ボスガン』が彼らを威圧する。
「調子に乗るなよ、地球人。貴様らはクライシス皇帝の慈悲によって戦列に加わったに過ぎん。立場をわきまえろ」
「おやおや…こちらの世界では『弱い犬程よく吠える』という言葉がある。誰が、とは言わないが、覚えておいた方がいい」
「なんだと…貴様っ!」
「やめよ、ボスガン」
飛びかかりそうであったボスガンを制し、ジャーク将軍は改めてクリードと向き合う。
「…RXに近い力を宿しておるな。その力をクライシス帝国の為に使え。RX打倒の暁には、クライシス皇帝の命により地球の支配権を与えよう」
「…ふふふ、期待しているよ」
クリードは口角を上げて笑みを浮かべる。
互いに理解している。本当に信頼している訳ではない。RXを打倒した後には敵対する事になるであろうことは薄々感じ取っていた。
◆◇◆◇
「本当に一緒に来ないのか?」
「この姿では人間達怯える。自分はこれからも海を守っていく」
変身を解いた光太郎は海辺でクジラ怪人を仲間へと誘っていた。しかしクジラ怪人は自分の姿が人間社会で溶け込むのは難しいと誘いを断った。光太郎達の迷惑にもなると思ったのだろう。
一緒に戦えないのは残念だが、かつての世界と違い、クジラ怪人は生きている。会おうと思えばいつでも会える。
「元気でな、クジラ怪人!」
「ライダーも、な」
クジラ怪人は再び海へと潜ってその身を消した。
日が傾き始めた空からは雪が滔々と降り始めていた。
海中から上がってきたアクロバッターと共に、光太郎とイヴは雪の降る中、仲間たちが待っている街へとテールランプを光らせて走ってく。
「…光太郎、心配かけてごめんなさい」
「ああ、本当に心配した。エーテスのコピー能力は厄介だな。今度みんなと対策を練らないといけないな」
遠くの街からクリスマスソングが聴こえる。
しかし光太郎には新たなる戦いの序曲のように聴こえていた。