私の父は、立派な魔術師だった。
私にとっての憧れとは父であり、この世で誰よりも尊敬していたのも父である。
その父は、10年前に行われた万能の願望器を求めて、サーヴァントを召喚して戦う聖杯戦争に参戦し、帰らぬ人となった。
そして前回の聖杯戦争から10年経った今、私は父が遺した屋敷のある一室にいた。
「魔法陣よし、時間も確認済み、聖遺物もちゃんと用意してある。ばっちりね」
彼女は、地下室のような空間で確認のように独り言を呟く。
何をしているのか、と問われて普通の人が答えられるかと言われれば否である。
だが、それは普通の人ならばの話だ。
床に敷かれた魔法陣と、その中心に設置されている神々しい神秘を放つ日本刀。そして、魔法陣の前に立っている少女の手に刻まれた莫大な魔力を持っている3画の紋章。
この紋章こそが聖杯戦争に参加する資格であり、サーヴァントを従える為の絶対命令権……令呪だ。
私の手には聖杯戦争に参加する資格たる令呪が宿っている。
この日の為に、血の滲む努力を怠らず続けて来た。
父が敗北した聖杯戦争に勝利する為に、父に誇れる立派な魔術師になる為に修行を重ねて来た。
そして10年の月日が流れた現在、私は全てを賭けた聖杯戦争に臨もうとしている。
チャンスは一度きり、失敗は許されない。
サーヴァントの召喚には、目的のサーヴァントを狙って召喚する為に聖遺物が必要だ。
これが無ければ、自分と似たサーヴァントが召喚されるものの、強さは保障できない。
全くの無名なサーヴァントが召喚される事もあるし、戦闘の逸話が一切ない戦えないサーヴァントなんてものを引いてしまった暁には、もう目も当てられない事になる。
しかし、狙った英霊と強い結びつきを持つ物……聖遺物を用意した上で召喚を行えば、聖遺物に関連した英霊を呼び寄せやすくなる。
だからこそ、最強のサーヴァント……強い英霊を狙って召喚する為に聖遺物が必要なのだ。
少女が用意した聖遺物は、雷を纏う神話の剣。その名も、雷神刀。
かつて、白夜王国と暗夜王国の戦争があった時代、その男は雷神刀を手に戦場を駆けて一騎当千の伝承を残したとされている。
その男は、白夜王国最強の侍だ。暗夜最強の騎士と並ぶ神話最強の戦士。
神話の存在であればある程、神秘の格は増大する。
神話で語り継がれるこの英霊をサーヴァントとして召喚出来れば、聖杯戦争での勝利は確実といってもいいだろう。
10年前に父が用意しようとして、間に合わなかった聖遺物を使い、少女は聖杯戦争に臨もうとしていた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
少女が、サーヴァントを召喚する為の詠唱を始める。
時計もずれていないか確認済み、今この瞬間こそが己の魔力が最も高まる時。
最高のコンディションで挑む召喚、失敗は出来ない。うっかりなミスを肝心な所でしないように、
少女は何重にも確認をしている。失敗するはずがない。
「
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「
詠唱を進めていく毎に、魔法陣が輝き出す。それと同時に、少女の全身に魔力の奔流が発生する。
ここで中断しようものなら、今での努力は水泡に帰してしまう。それでは、意味が無い。
だからこそ、魔法陣を中心に荒れ狂う魔力の風にもひるまず、少女は詠唱を続ける。
「告げる」
「告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
魔力の風が雷を纏い始める。既に目をまともに開けている事すら困難な状態、それでも尚少女は詠唱を完遂する。
全ては、この為に……この為に月日を重ねて来たのだから。
立ち止まるという選択肢は、少女には存在しない。全ては、目の前の目的の為に……
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
詠唱を完了すると共に、魔法陣の輝きが一気に増大した。
身体の魔力を根こそぎ持っていかれる感覚、そして目の前から感じる圧倒的な気配。
召喚の成功を確信した少女は、ゆっくりと目を開ける。そこには……
「問おう、お前が俺のマスターか?」
そこには、何も無い……なんて事もなく、一人の侍……
少女が求めていた、最優の英霊……白夜最強と呼ばれているセイバーのサーヴァントが立っていた。
「えぇ、そうよ。私が貴方を召喚したマスター、遠坂凛よ」
「いいだろう、契約はここに成立した。サーヴァントセイバー、真名は白夜王国第一王子リョウマ。この身は凛の剣となり、盾となり、その手に勝利を掴ませよう」
こうして、少女は最優のサーヴァントを引き当てた。
白夜王国最強の侍を無事引き当てた少女は、こうして聖杯戦争に参戦する。