Fate/if 運命の選択   作:導く眼鏡

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第5章:遺されし者(後)

「突然だけれど、お邪魔してもいいかしら?」

 

イリヤと名乗った少女は、その見た目からは想像も付かない妖絶な瞳で俺を見つめる。

その瞳に吸い込まれるように、俺の意識は流れる。

 

「あ、あぁ」

「ふふ、ありがとう」

 

気付けば、二つ返事で承諾していた。

何故こうもあっさりと会って間もない少女を迎え入れる事を承諾したのかは分からない。

ただ、そうするのが当たり前だと言う風に、自然と返答が出ていたのだ。

 

「士郎、一体誰が……っ!?」

 

駆けつけたランサーが驚愕に身を固める。

突然サーヴァントとそのマスターらしき人物が現れて、挙句の果てに自らのマスターが敵マスターと思わしき人物を家に迎え入れているのだ。驚くなという方が無理がある。

 

「士郎!」

 

ランサーが少女に向かって槍を突き出そうとする。

しかしその槍は、金髪の騎士によってあっさりと弾かれた。

 

「待て、私達は戦いに来た訳ではない」

「その言葉を、信じると思っているのかしら?」

「直接の証明をする手段はない。だが、まずは話の場を設けてもらいたい」

「……なら、先に私のマスターにかけた暗示を解いてもらえるかしら?」

「えぇ、それ位おやすい御用よ」

 

その言葉と同時に、意識がはっきりと覚醒する。

気付けば、ランサーと金髪の騎士が玄関で睨み合っている光景が見える。

 

「ランサー!」

「士郎、大丈夫?」

「あぁ、俺はなんとか。それより、アンタ……マスターだったのか」

「イリヤよ」

「え?」

「だから、イリヤ。私はアンタなんて名前じゃないわ」

「あ、その……ごめん、イリヤ」

「よろしい。それにしても、軽い暗示もレジスト出来ないのは少し予想外だったわ」

「暗示?」

「なんでもないわ。話を戻すけれど、ライダーが言う通り私達は戦いに来た訳じゃないわ」

「え?」

 

イリヤは、戦いに来た訳ではないと言う。

では、何のためにサーヴァントを連れて訪ねてきたのか。

そもそも、どうして俺がこの家に住んでるのが分かったのだろうか?

 

「まずはお話しましょう? シロウ、ランサーに武器を納めるように言ってくれる?」

「あ、あぁ。ランサー、向こうが戦う意思を見せない以上一度武器を下げてくれ」

「…………」

 

ランサーは渋々ながらも、武器を下げてくれる。

向こうも本当に戦う意思はないらしく、剣を鞘に納めてくれた。

 

「ありがとう、シロウ。早速だけれど、お部屋に案内してくれるよね?」

「確かに、玄関で話をするのも辛いだろうし今部屋を案内する。着いてきてくれ」

「はーい!」

 

俺について来ながらも、イリヤは無邪気に部屋を見て回る。

初めて訪れる家としても、この武家屋敷は一人で暮らすには広すぎる程に大きい。

やはり、そういう家に訪れると子供ながらも探求心が芽生えてくるのだろう。

そんな彼女を食卓に案内し、サーヴァント含めた3人を座らせてお茶を出した。

イリヤは何かを探すかのように、家の中をきょろきょろと見回す。

 

「何か探しているのか?」

 

思えば、家を訪ねた辺りからずっと何かを探しているようにも見えた。

この家に用があるのだろうか? 夕方に一度会った俺に会いに来る為だけに

わざわざその日の内に訪ねて来るとは思えない。

 

「ねぇ、シロウはこの家に住んでるのよね?」

「そうだけど」

「キリツグやお母様が何処にいるか、知らない?」

 

キリツグ、と少女は言った。この少女は切嗣(親父)を訪ねてこの家を訪れたのか?

何の為に? 切嗣(親父)に用があるのか? そもそも、切嗣(親父)は既に……

 

「イリヤ、一つ聞いていいか? イリヤが言うキリツグっていうのは、衛宮切嗣の事でいいんだよな?」

「そうよ?私はキリツグとお母様に会いに来たの」

「……それなんだけどな、爺さんは……切嗣は5年前に、死んでしまったんだ」

 

 

 

 

 

「……………………え?」

 

 

 

イリヤの表情が凍り、この世の終わりを迎えたかのように固まる。

 

「…………嘘……だって…………ツグは…………来るって……約束して……」

「イリヤ?」

「…………ねぇ……キリツグが死んだって……本当、なの?」

「あぁ、7・8年前位は旅に出たりもしていたけど、だんだんやつれていって動けなくなって5年前に、爺さんはそのまま死んでしまった」

「…………なん……で…………どう……し……て…………嘘つき……!!」

 

イリヤの目元から涙が零れ落ちる。

彼女は切嗣に会う為にここまで来たのだろう。そして、当の本人が既に死んでしまっていたとなればその悲しみは計り知れない。

彼女は必死に涙をこらえているようだが、抑えきれないのか次々と涙があふれ出ている。

 

「い、イリヤ……? 大丈夫か?」

 

さすがに見ていられず、フェイスタオルを取り出して差し出す。

意外にも素直に受け取ったイリヤは、フェイスタオルを顔に押し付けて涙を拭きとる。

 

「ねぇ、シロウ……キリツグのお墓ってどこにあるの?」

「家に簡易の仏壇ならある。行くなら案内するぞ」

「うん……」

 

切嗣の墓の元にイリヤを案内する。その間、ライダーとランサーは席をうごかぬまま、無言でこちらを見つめていた。

 

 

 

「これが、爺さんの仏壇だ」

 

切嗣の遺影が飾られている仏壇の前に、イリヤを連れてくる。

イリヤは、静かに仏壇の前に立って遺影を見つめる。

 

「……シロウ、少し一人にして」

「…………わかった」

 

イリヤが、一人にしてくれと言うのでその場を後にする。

彼女から目を離しても別に悪さをする訳ではないだろう。

先程の様子から、それは見て分かる。

しばらく、部屋の外、縁側でイリヤが出てくるのを待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

「…………キリツグ」

「私、待っていたんだよ?」

「キリツグがお母様と共に旅立ってから10年間、迎えに来てくれるのをずっと待ってたよ」

「何時か、必ず迎えに来るからって……それを信じて、ずっと待ってたんだよ?」

「なのに、何でいつまでも迎えに来てくれなかったの?」

「何で、10年間もイリヤの事を放置してたの……?」

「何で…………約束、守ってくれなかったの?」

「なん……で……約束を果たす前に……死んじゃ……った……の?」

「…………ばか!!」

「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかキリツグ!!!!」

「ばかよ……キリツグはとってもばか! なんでよ!! なんで死んじゃったのよ!!」

「私は、キリツグとお母様がいれば他は何もいらなかった!! 二人がいてくれればそれでよかった!!」

「なのになんで、どうして……! 私を置いて……いなくなっちゃったのよぉ!!」

「うぅ……ぐすっ、うわぁああああああああああああ!!」

 

イリヤは、泣いた。今まで溜まってきた思いを全て吐き出すかのように、泣き続けた。

それは、10年間孤独だった彼女の怨みであり、寂しさであり、愛情であり、彼女の気持ちを全て吐き出していった。

 

 

 

 

 

 

 

泣き叫び、思いを全て吐き出したイリヤが部屋から出てくる。

部屋のすぐ傍、庭の縁側にいた俺はそれに気付くなり、イリヤの元に歩み寄った。

 

「大丈夫か? 目元がすごく腫れてるぞ」

「ううん、大丈夫」

「そ、そうか……一応ほら、タオル。これで顔を拭いておけ」

「……ありがと」

 

イリヤは、渡されたタオルで目元を拭う。

イリヤが切嗣を訪ねてきたのは明白だが、当の本人は死んでしまっている。

彼女はこの後、どうするつもりなのだろうか?

そして、彼女は一体……

 

「随分遅いと思ったら、何やらいい雰囲気みたいね」

 

と、不意打ちのように声が聞こえて振り返ると、ランサーとライダーが廊下に立っていた。

 

「ら、ランサー!? 何か誤解していないか!?」

「あら、何を誤解しているのかしら? 私はただ、いい雰囲気ねって言っただけよ?」

「お前な……」

「それより、聞かなくていいのかしら? 彼女が、何者なのかを」

 

そうだ、イリヤが……彼女が何者なのかをまだ聞いていない。

切嗣に用があったのであろう彼女が切嗣の知り合いなのは間違いない。

問題は、彼女が切嗣とどんな接点があるのか。

彼女の口から告げられたのは……

 

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。キリツグの実の娘よ」

「爺さんの……え!?」

 

つまり、イリヤは切嗣の娘で、俺の義妹という事になる。

俺は10年前、切嗣に拾われた養子で、イリヤは10年前、切嗣に置いていかれた実娘。

切嗣(爺さん)がアインツベルンという家とどんな関係があったのかは分からない。

そういえば、爺さんは昔言っていた……

 

 

 

「遠く離れた土地にそびえ立つお城には、お姫様が囚われていてね。僕の帰りをずっと待ってくれているんだ」

「囚われのお姫様? 爺さんはその人の所にいかないの?」

「何度も迎えに行こうとしているんだけどね、お城の守りは頑丈だし悪い人に追い返されて中々会えないんだ」

 

 

 

それが、イリヤだったのか……彼女は今までずっと、切嗣(爺さん)の帰りを待ち続けていた。

寂しい思いをしながら、ずっと……

 

「それで、シロウ……貴方は、キリツグと同じエミヤの苗字を持ってるけれど……貴方は、キリツグの親戚?」

「俺は、10年前に切嗣……爺さんに助けられて、養子になっただけだ。だから実際に爺さんと血の繋がりはある訳じゃない」

「養子……じゃあ、私ときょうだいなの!?」

 

イリヤの表情が明るくなる。

自分にきょうだいがいたと分かったのが嬉しかったのか、先程までの暗い雰囲気が嘘のように元気に抱き着いてきた。

 

「い、イリヤ!?」

「えへへー、シロウはこれから、ずーっと私と一緒だよ!」

 

イリヤは、ランサーとライダーが見ている事等おかまいなしに密着する。

はっきり言うと今日出会ったばかりなのに、ここまで懐かれるのは予想外だ。

それだけ、イリヤが今までずっと家族を求めてきた気持ちが表れているからなのかは、分からない。

少なくとも、イリヤの気持ちを無碍にしよう等という気持ちは一切起きなかった。

 

「そうだ、シロウも私のお城に行きましょう! 皆で私のお城で、ゆっくり暮らすの!」

「え?」

「ライダー、出るわよ!」

「全く、唐突だな。出でよ我が愛馬!」

 

ライダーが黒馬を召喚し、騎乗する。

突然の出来事に固まっていると、こちらに接近してきたライダーが俺とイリヤを持ち上げ、馬に載せる。

 

「さぁ行くぞ、しっかり掴まっていろ!」

「ちょっと、待ちなさい!!」

「すまない、ランサー。4人も載せるのはさすがに馬が持たんのだ。では、いざアインツベルン城へゆかん! ランサーも着いて来るがいい!!」

 

唐突にライダーが馬を走らせ、物凄い速度で道を駆ける。

イリヤが訪ねて来たと思ったら、突然アインツベルン城に向かう事になった……一体、この後どうなるのだろうか?


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