……そこは、豊かな自然に囲まれた湖だった。
見た事のない光景、一人で湖の傍に座っていた自分に近づいて来たのは、一人の人物。
その光景が夢だと気付くのに、然程時間はかからなかった。
この光景は、誰か……恐らく、ランサーの記憶だ。
その人物は、カムイと名乗った。
白夜で生まれ、暗夜で育ったという事実を突然突きつけられて、未だに信じられないと告げたカムイに対して、ランサーは優しく告げた。
「私は暗夜で生まれて、白夜で育ったわ」
目の前のカムイとは対称的な生い立ちのランサーは、カムイと様々な話をする。
本当はカムイが受け取るはずだった白夜での幸せを、ランサーが奪ってしまった事、
それに対してカムイは暗夜で育った事を後悔していないと、そう告げた。
しかし、カムイは本当の家族がいる白夜にいるべきなのか共に育った兄弟がいる暗夜に帰るべきなのか悩んでいた。
それを見かねたランサーは、カムイに伝える。
悩む事自体はいい、だけど決断の時が訪れた時に、後悔だけはしてはいけないと。
それは、俺と同じだった。いくらでも悩んでいい、だけど選択した後で後悔してはいけない。
その事実に気付いてから、カムイと俺がどことなく似ている……そんな錯覚を覚えた。
…………
「目が覚めたのね、士郎」
「ぁ……おはよう、ランサー」
「おはよう、今日は学校に行くのでしょう? 私も霊体化して着いていくわ」
目が覚めると、ランサーが傍に座っていた。
どうやら、起こしに来た所で俺の寝顔を眺めていたらしい。
今日は学校でアーチャーとそのマスターの手がかりを探さなければいけない。
寝ぼけた頭を整理して、顔を洗って着替えて朝食を用意する。
すると、朝に弱いのかセイバーにおんぶされた状態で食堂にやってきた遠坂がやってきた。
「遠坂、朝弱いんだな」
「うるはい……」
「凛、今日はアーチャーに関する手がかりを調べるのだろう? そんな状態では、うっかり重要な所を見落としてしまうかもしれんぞ」
「いいのほふぁへ……」
何を言っているのかも分からない。これは重症だ。
しかも目のやり場がこまる事に、現在の遠坂はパジャマだ。
パジャマ姿で眠そうに目を擦る仕草を見せ付けられては、さすがに男としては無反応ではいられない。
「大丈夫か、遠坂? 肩貸してやるから、洗面所で顔洗ってすっきりしたほうがいいぞ」
「ん……お願い」
寝ぼけた状態だからか、ふらふらとしながらもこちらにやってくる。
そんな遠坂に一瞬ドキッとしながらも、肩を貸して洗面所まで連れて行った。
そこで顔を洗った遠坂が、パジャマ姿のままだった事に気付いて顔を真っ赤にしながら黒い弾丸のようなものを打ち出して来て、洗面所付近が悲惨なことになったがそこは割愛する。
朝食を摂り終えた後は、学校に登校する。
今日は学校中のマスター候補を調べて、誰がマスターなのか。そして本当に、学校にマスターがいるのかを徹底的に調べなければ。
そうして、はりきって学校のマスター候補を調べ上げることにしたのだが……
「手を見せてくれというから見せたが、どうしたんだ衛宮?」
「手、ですか……いいですけど、いきなりどうしたんですか、先輩?」
「手? 私の手はすべっすべのぴっちぴちよー? それにしてもいきなり手を見せてくれなんて、どうしたの士郎?」
「手を見せてほしいというから見せたが、手に何かあるのか?」
「手を見せてくれ? いいけど……私の手なんか見ても何もないぞ?」
はっきりと言おう、数が多すぎる上にこれっぽっちもかすりもしない。
手を見せてほしいと頼んだ後に関しては、決まっておかしな事を聞くなといわんばかりの表情を向けられる。
当然ながら、藤ねぇや桜は勿論、一成や美綴先輩等、俺の周りにいた人物の手に令呪はなかった。
まだ、慎二の元こそ尋ねていないが……この様子では空振りに終わるだろう。
それでも、俺の周りで聖杯戦争に関わっている人がいない事を確認する為にも、念を入れて慎二の手にも令呪がないかどうか、見ておかなければ。
「そういえば、最近弓道部にお客さんが来ているのよね。白っぽい髪の人なんだけど、弓道の腕前がすごいのなんの。慎二の親戚らしいけど、アンタはもう会った?」
「いや……そんな話は初耳だぞ」
と、そこに美綴の口から突然出てきたのは弓道部に来ているお客さんの話。
話によると、最近慎二が紹介して来た、慎二の親戚らしいが……その人物も弓道に心得があるらしく、試しに射ってもらった所恐ろしい程正確に的を射っていたとの事。
先日遠坂を襲撃した人物は、暫定アーチャー。その残滓が学校の屋上で確認された事。
突然弓道部に現れた慎二の親戚。情報の断片をつなぎ合わせていくと……ぴたりと一致する。
もしかして、アーチャーのマスターは……
嫌な予感が重なる。急いで慎二がマスターなのか否かを確認しなければいけない。
「ちょっと、慎二を探してくる。ありがとう、美綴先輩!」
「慎二に会ったら、ガツンと言っておいてくれよー!」
美綴先輩に別れを告げ、慎二を探す。
慎二が行きそうな場所は色々とあるが、この時間に慎二がいそうな場所といえば……
一心にある場所を目指して走り、そして……
「よぉ衛宮、僕の弓道部に何か用でもあるのかな?」
たどり着いた弓道部の部室には、慎二が一人余裕の笑みを浮かべながら立っていた。