「はぁ、貴方の事だろうからそういうとは思ったけど……聖杯戦争に参加する意味、解っているの?」
遠坂の警告。それは、この先聖杯戦争に挑むのであれば何時死んでもおかしくない。
だからこそ、死ぬ覚悟はあるのかと。そう問いたいのだろう。
「分かっている。聖杯戦争なんてのに挑む以上命だって賭ける」
「つまり、衛宮君もこれからは晴れて私の敵……争い合う敵同士って事ね」
「どうしてそうなる? 遠坂は別に聖杯を悪用したりはしないだろ?」
「……はい?」
こちらの返答に対して、遠坂は予想斜め上の返答を渡されたかのような顔になる。
「あのね、それとこれとは話が違うでしょう? 大体、何で私の願いがそこで出てくるのよ?」
「俺が聖杯戦争に挑むのは、聖杯を悪用させない為だ。けど、遠坂なら聖杯を悪用する心配も無いし、安心して託せる。だから俺が遠坂と争う理由はどこにもない」
「……アンタ、よくそこまで会って間もない人の事を信用出来るわね」
確かに、こうしてまともに話し合った事は滅多にない。けど、その少ないやりとりの中だけでも、俺には遠坂がいいやつだって事位分かる。
聖杯を悪用しようなんて考えているなら、右も左も分からない内に。それもあの初対面の時に倒してしまえばよかったのだ。
それをせず、ここまで親身になってくれる遠坂が悪い奴な訳がない。
「ふっ、言われてしまったな? 確かに、凛は聖杯を悪用したりはしないだろう。なんせ勝利を掴む為に聖杯戦争に挑み、肝心の聖杯は二の次と言ってのけたのだからな」
「う、うるさいわよセイバー! 別にいいじゃないその位!」
「それに、勝つ為だけならば他のマスターにそこまでしてやる必要もない。魔術師としてあろうとしても、心の贅肉はそう簡単にはとれないという事だ」
「うぅ……あぁもう! 何も知らない状態で一方的に倒したら後味悪いからってここまでしてやるんじゃなかった」
「凛、人間には心の贅肉も必要だぞ。でなければ、冷酷なだけの魔女に成り果てて悲惨な末路を辿るのみだからな」
「……何よ、セイバーの癖に」
セイバーと凛が、痴話喧嘩のようなやりとりを行っている。
お互い仲が良さそうで何よりだし、学校でのイメージとは全然違うけど
これはこれで遠坂の新しい一面を見る事が出来たと捕える事が出来る。
「っと、そろそろ分かれ道ね。言っておくけどね衛宮君、中途半端な覚悟だと死ぬだけだから……挑むなら、覚悟はきっちり決めなさい」
「分かっている。今日は本当にありがとう」
「はぁ……本当に大丈夫かしら?」
……ズル
「っ!」
付近で聞こえた何かを引きずるような不気味な音。
先程までの和やかな雰囲気とはうって変わって、
遠坂やセイバー、そして傍にいたランサーも臨戦態勢を取る。
「気を付けろ、凛。この気配……サーヴァントだ」
「分かってる。それも、気配からしてかなり強力な英霊よ」
サーヴァントの襲来。基本聖杯戦争は夜に行われるが、それがこうも
場所を選ばず戦場になるのか。
念のためにと持ち出していた夜刀神を握り、どこから襲われても対処
出来るように警戒する。
ズルズルとひきずるかのような音は次第に大きくなり、対象が近づいているのが分かる。
「……行くわよ、セイバー。準備はいい?」
「あぁ、当然だ」
セイバーと遠坂がタイミングを見計らう。奇襲を仕掛けるつもりなのだろう。
足音の正体が曲がり角から現れたその瞬間、二人は同時に動き出す。
「
「いくぞ、雷神刀!!」
セイバーの剣先からは白い稲妻が走り、、遠坂は相当な代物であろう宝石を投げて、詠唱を行う。
完全なる先制攻撃、これには敵も咄嗟に対応するのは難しいだろう。
「……っ!!」
瞬時、起きたのは爆発。遠坂が投げつけた宝石が大爆発を起こしたのだ。
その規模から、周囲の壁も破壊されて敵も木端微塵に砕け散っているだろう。
「やったか!?」
「いえ、まだよ」
思わず叫んでしまったが、ランサー達は警戒を一切緩めない。
爆発によって起きた煙でどうなっているかは視認できないが、一体……
ブォンッ!
「がぁっ!?」
瞬間、あり得ない方向から斧が振られてセイバーが弾き飛ばされた。
「セイバー!?」
今のは一体なんだ? 敵は正面の煙の中、しかし斧が飛んできたのは真横から。
一瞬の出来事だっただけに、斧が飛んできた事位しか認識出来なかった。
あれは一体なんだ? どうしてあんな角度から……
ブォンッ!
「危ない!!」
次に正面から、斧が飛んで……、いや、腕が伸ばされて斧が襲ってくると言った方が正しい。
大きな腕が変幻自在に斧を振り回していたのだ。
それによって、斧が真横から飛んで来たりしたように見えたのだ。
「きゃああああああ!!」
「ランサー!?」
斧を咄嗟にランサーが薙刀で防ごうとするが、あっけなく弾かれる。
アレは一体なんだ? 何があそこにいるんだ?
やがて煙が晴れて、その姿が明らかになる。
そして、それを見た瞬間その場にいた全員が息を呑んだ。
「■■■■■……」
ドロドロに溶けている身体、辛うじて人型を保っているその異形は、明らかにマトモではなかった。
腕と思わしき部位で巨大な斧を握っており、呪いを振りまかんとする瞳は不気味にこちらを睨みつけている。
「バーサーカー……!!」
バーサーカー。理性を失う代わりに、戦闘力が強化されるクラス。
あれが、あの異形がバーサーカー。あれが、過去に偉業を成し遂げた英霊?
その見た目からとてもそうとは思えない。
あれは一体、何だ?
「■■■■……!!」
「気を付けて、来るわよ!」
遠坂の警告と共に、再び変幻自在の腕による攻撃が襲って来る。
あんなのを人が防ごうとすれば、確実にミンチになる。
だとすれば、取れる手段は唯一つだけ。
「っ!」
振り回される斧を辛うじて避ける。
振り回された斧が地面に当たればコンクリートが砕け、壁に当たればそのまま貫通する。
あんなでたらめな存在を放っておけば被害は拡大するばかりだ。
あれはなんとしても、ここで倒さなければいけない。だが、無茶苦茶な力を前にして一体どうすれば……
振り回される斧を必死に避けていた時、瓦礫の中からセイバーが飛び出す。
「参る!!」
持ち前の敏捷性で素早くバーサーカーに接近したセイバーは、バーサーカーの腕を斬りおとす。
「■■■■!!」
バーサーカーが叫び声を上げ、ちぎれた腕と斧が地面に落下する。
上手い、あれなら危険な斧を気にする必要もなくなる。
そして今、バーサーカーは無防備だ。最大のチャンスを逃さんとばかりに、
セイバーが決めにかかる。
「受けるがいいバーサーカー、我が奥義を!!」
セイバーの流星のような連続攻撃が、バーサーカーの肉体を切り刻む。
その勢いは神速の如く、瞬きをする間にバーサーカーの身体はばらばらになっていた。
「■■■……」
ドサッ
バーサーカーが倒れる。謎の液体を撒き散らす気味の悪い異形だったが、ここまで切り刻まれて生きているはずがない。
「今度こそ……やったか?」
「だめ、離れて!!」
突然聞こえるランサーの警告。しかし、その警告も虚しく突然動き出した異形にセイバーが捕まってしまう。
「何っ!? こいつ、まだ動け……!」
ばらばらになったはずの異形の肉体は水細工のように繋がり、再生していく。
切り落とされた腕も、何事もなかったかのようにバーサーカーに癒着していた。
「嘘だろ……再生した!?」
元通りになったバーサーカーは、セイバーを思い切り地面にたたきつける。
狂戦士となって強化された力の前にはなす術もなく、セイバーはその場で吐血した。
「がはっ……!」
「セイバー!!」
遠坂が悲痛な叫びをあげる。それも当然だ、頼りにしていた相棒が突然再生したバーサーカーに叩きつけられたのだから。
かなりのダメージを負ったのか、セイバーは動けずにいる。
このままでは、セイバーはバーサーカーに1分と待たずに殺される。
それだけは……それだけは、だめだ。
それだけは、認める訳にはいかない。見捨てるなんて、とんでもない。
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
気付けば、夜刀神を持って駆けだしていた。
人がサーヴァントに勝てる訳がない。
戦闘力が、次元が違いすぎる。それなのに何故、俺は駆けだしたのか?
そんなのは簡単だ、誰かの悲しむ顔を見たくないから。
俺の行動原理は、それだけだ。救われた分だけ、救わなければいけない。
衛宮士郎は、そういう宿命を背負っているのだから。
バーサーカーがこちらに気付く。
あれは、5秒と待たずにこちらに死の鉄槌を振り下ろすだろう。
直撃すれば即死。そもそも、セイバーの剣が通用しなかったのに
俺の剣が通用なんてする訳がない。この場でそれを理解しているのは、
他でもない俺自身だ。それでも、あの異形相手にほんの少しでも隙を作れれば……
「ユーラリユールレリー♪」
唐突に辺りに響きだしたのは、聞き覚えのある声が放つランサーの歌声。
心を落ち着かせるような、そんな穏やかな歌声がこの場に響き渡る。
「■■■!?」
バーサーカーの動きが鈍る。その隙を俺は見逃さない。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
駆け上がり、突き穿つ。
バーサーカーの懐に潜り込んだ俺は、夜刀神を奴の身体めがけて突き刺した。
「■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
バーサーカーがこれまで以上の叫び声をあげる。
どうやら、全く効いていない訳ではないようだ。
歌声が続くと共に、バーサーカーはどんどん動きを鈍くしていく。
この歌が、バーサーカーを弱体化させているのだろうか?
「■■■…………■■■■■!!」
バーサーカーが吠える。それは、怨念に満ちたおぞましい叫び。
その叫び声と同時に、周囲の様子が一変した。
「この気配……まさか!?」
「知っているの、ランサー?」
「えぇ……どうやら私達は、まずい状況下にあるみたいね」
実戦をそこまで積んだ訳でもない俺でも分かる。
俺達の周囲には、あの見えない謎の敵が……殺気を放って包囲している。
「ぐっ……来るぞ、凛!!」
セイバーが動き出す。姿こそ見えなくても、セイバーは殺気を的確に読み取って見えない敵達を次々切り捨てていく。
同じ様に、ランサーもセイバー程ではないが敵を的確に突き、倒す。
二人ともサーヴァントというだけあって、その戦闘力は圧倒的だった。
俺と遠坂はお互いの身を守るように戦い、立ち回る。
そして見えない敵のほとんどを片付け終えたその時には、バーサーカーの姿がこつぜんと消失していた。
「なんとか乗り切ったわね」
「あぁ。危うく全滅する所だった。だがランサーの歌声のおかげで窮地を乗り切れた。礼を言う」
「けど、敵には逃げられてしまったわね」
遠坂やセイバーが乗り切った、窮地がどうのと言っている中、意識が遠のいていく。
大きな怪我を負った訳でもないのに、一体どうして……
「…や君? …かり……!」
「しろ……」
何を言っているかも途中から聞き取れなくなり、俺の意識はそこで突然途絶えた。