〇全ての始まり〇
何もないと言っても過言ではない空間に青年は佇んでいた。
光もなく、音もなく、生者の気配すらない暗闇の空間にたった一人で……
何時間、いや何日経過したのだろう? 青年は時間の感覚すら失いつつあった。
『答えは出ましたか?』
ふと、青年の頭の中に不思議な声が響いた。
その声の正体を知る青年は、臆することなく不思議な声に応える。
『答えは変わらない。俺は転生する』
『……アナタには他の道があるのですよ?』
『いいんだ……』
不思議な声に対して静かに首を横に振る青年。
『こんな機会を逃したら、俺は後悔するよ』
青年の口元がニヤつく。
これから自分が貰える特別な力のことを思うと笑いが止まらない。
あの〝ドラゴンボール〟のサイヤ人の能力を手に入れられるのだから。
『分かりました。では、特典の内容を教えてください』
『あの! 戦闘民族の能力をください!!』
青年は興奮を抑えきれずに大声で希望を叫ぶ。
『せ、戦闘民族……?』
青年の希望がピン!と来ず、戸惑う不思議な声の主。
『嫌だなぁ…… 本当は分かってるクセに♪』
『えぇっと……』(どうしよう……全然分からない……)
内心では困ってる不思議な声の主。
自分が焦らされていると勝手に思い込んでる青年。
この微妙な擦れ違いが青年の運命を決定付けることになろうとは……
『え? まさか本当に分かんない?』
『そ、そんなことはないですよ!』
『よかった~。じゃ、お願いします!!』
自分の長年の夢が叶う瞬間を待つ青年。
そんな青年に対して見栄を張ってしまった自分を呪う不思議な声の主。
不思議な声の主は、戦闘民族というヒントを頼りにするしかなかった。
(戦闘民族…戦闘民族…戦闘民族……はっ!)
戦闘民族という唯一のヒントで、不思議な声の主が出した答えは……
『あの戦闘民族(夜兎)ですね! 了解しました!』
〝銀魂〟の夜兎だった。
〇1ヶ月後〇
朝の海鳴市の住宅街に朝陽が照らし始める。
忙しく新聞配達に勤しむ人、ランニングする人、朝早く通勤する人。
いつもの海鳴市の朝の光景がそこにはある。
「んぅ……?」
時刻は朝の5時52分。
とある家の寝室に二人の子供の姿があった。
「お兄ちゃん、朝だよ~♪」
と、先に起きた金髪のロングの可愛らしい少女が優しく少年の耳元で囁く。
しかし、少女の優しい目覚ましコールは少年には一切届かず、少年は熟睡していた。
「…………お兄ちゃーん!!」
「ぶへっ!?」
いつまでも起きてくれない少年に痺れを切らした少女。
布団に隠れている少年の胴辺りに狙いを定め、少女はイタズラ顔で思いきりダイブする。
少女のダイブを胴に思いきり喰らった少年は、肺から息を全て吐き出し、気持ちの良い?朝を無事に迎える事が出来たのだ。
「そ、その起こし方はやめてくれって言ったじゃねぇか……」
「起きてくれないお兄ちゃんが悪いんだもん!」
ジト目で頬をぷぅ…と膨らませる少女を軽く叱る少年。
そんな少年のパジャマの袖を掴み、少女は少年を立たせようと頑張る。
「早く朝御飯作ってよ~……」
「分かった……だから、朝のテレビの占いでも見ながら待っててくれ」
「分かったー!」
年相応の元気な笑顔で少年の部屋から出ていく少女
少年はその後ろ姿を軽く閉じてる目蓋を右手で軽く擦りながら見送った。
「今日もふりかけご飯でいっか……」
少年と少女が出会ったのは、ほんの1週間前の雨の降る夜のこと。
少年「東雲 秀樹」と少女「アリシア」の運命は、あの夜から始まったのだ。
〇1週間前・昼〇
「ハァ………」
とても小学生が放つとは思えない溜め息を秀樹は吐いていた。
太陽がサンサンと輝く海鳴市の歩道をフード付きの青いパーカーを着て歩く。
自分の体質上、秀樹は直に太陽の陽射しを浴びる訳にはいかず、まだ春先とはいえ、クソ暑い日中を我慢して厚着している。
(もう少しだ。もう少しでスーパーの涼しい風に当たれる)
そんなことを思いながら歩く。
パーカーのポケットにある特売のチラシと財布を握りながら……
端から見れば、親におつかいを頼まれた良い子に見られるだろう。
しかし、当の本人には生活がかかっているのだ。
「ありゃ?」
ふと、秀樹は気になってしまう光景を目にした。
たまたま通りかかった公園に数人の子供達が遊んでいる。
それだけだと微笑ましい平和な日常で片付けてしまうことが出来るのだが………
(あの子、イジメらてんのか?)
秀樹が気になったのは、一人の金髪の少女だった。
公園のベンチにポツンと座り、遊んでる他の子達を眺めているだけ。
端から見れば、ハブられているのは明らかだった。
(ま、俺には関係ねぇけどな……)
自分に出来ることはないと素通りしようとした。
実際、知らない無関係な奴がシャシャリ出て何になるというんだ?
あと数歩歩いてしまえば、金髪の少女は完全に秀樹の視界から外れてしまう。
そんなときだ。金髪の少女と不意に目が合った気がしたのは。
「卵が……貴重なタンパク源が……」
数分後、秀樹は人目を気にせずにチラシを握り絞め、スーパーの床に蹲っていた。
自分がほんの少し早くスーパーに辿りつけていれば卵は売り切れなかったのに……と。
わざわざ太陽が照り輝く道を我慢して歩いてきたというのに………
「なぁ、この卵の特売は昨日やで?」
「………………」
車椅子に乗った茶髪の女の子の指摘で、秀樹はさらに嘆いたのは言うまでもない。
〇1週間前・夜〇
「何もあそこまで笑うことはねぇだろうが……」
秀樹は昼間にスーパーであったことを思い出していた。
『自分、寝癖が兎ちゃんみたいやなぁ♪ ぷぷっ♪』
今朝、寝癖の手入れをしなかったのが仇になった。
フードで隠せば問題ないと思い、寝癖の手入れを怠ったのが敗因だ。
太陽の陽射しがスーパーの中にまで届かないからフードを外してしまった。
身嗜みに気を使わなかった自分が悪いのだが、車椅子の女の子に釣られるように、周りにいたオバハン達にまで笑われたのが歯痒かったのだ。
「当分、あそこには顔を出せねぇな……」
と、呟いて時計を見る。
時刻は夜の9時を少し過ぎていた。
「腹減ったな。でも……」
秀樹は見たくもない現実を直視した。
冷蔵庫の中身は空、炊飯器に米は無し、ついでに調味料もない。
完全に追い詰められている状態に陥っていた。
「ハァ……今日もコンビニ弁当か……」
背に腹は変えられない。
財布の中身を確認し、秀樹は外に出掛ける準備を整えた。
いつの間にか雨が降っていたため、傘を忘れずに外に出る。
夜兎の傘は目立つため、普通の市販の傘を右手に持って。
「今日で転生して23日か」
雨の降る歩道を歩きながら、転生してからのことを軽く振り返ってみる。
転生した初日、自分がサイヤ人になったと思い込んでいたのは黒歴史というヤツだ。
延々とかめはめ波と魔貫光殺砲の練習してたのが恥ずかしい。
「ん?」
はやく黒歴史のことは忘れようと誓っていたとき、秀樹の目に信じられない光景が飛び込んできた。昼間に通りかかった公園に金髪の少女が寒さに震えながらベンチに座っていたからだ。
「ちっ!」
何してんだバカ野郎!と叫ぶのを堪え、秀樹は上着を脱ぐ。
雨が止む気配もないというのに、ただただ公園のベンチの上で雨に当たる金髪の少女の気が知れなかった。
「これを羽織ってろ!」
「誰?」
「誰でもいい! こんな雨の夜に一人で何してんだ!?」
優しく声をかけてやればいいのだろうが、秀樹にそんな余裕なんてなかった。
寧ろ、沸々と怒りが込み上げてきているである。この子の親は一体何をしている?
それを考えると、口調が少々強くなってしまったのだ。そのせいか……
「うぅ………」
金髪の少女は目尻にいっぱいの涙を溜め込んだのである。
「な、泣くなって。お兄ちゃんが悪かったよ。怒鳴ってごめんな?」
「ひっく うぅ……」
やってしまった……と、秀樹は絶賛後悔している。
この子に何があったかは知らないが、この子が全て悪いということないだろうに。
「嬢ちゃん、名前は?」
「名前?」
「そうだ。俺は秀樹、東雲秀樹って名前だ」
とりあえず自分から先に自己紹介する。
その後、近くの交番に預けてしまえば万事解決だと軽く考えていた。
「アリシア」
「アリシアちゃんか、お父さんかお母さんは?」
「分かんない」
「? 何処にいるか分からんってこと?」
「分かんないの。お父さんとお母さん……」
「え?」
「私は……」
秀樹は、自分の嫌な予感が的中しませんようにと全力で天に祈る。
〝記憶喪失〟とか滅多なことなんて起こり得るはずなんかないんだ。
「私、何をしてたんだっけ?」
「じ、自分の家の場所とか分かるよね?」
「分かんない。私の家は何処?」
よし。あとは交番の人にバトンタッチしてしまおう。
秀樹は自分の手に負えない案件だと察し、交番に行くことを決意する。
しかし、自分の今の状況を考えるとそうもいかなかった。
(こんな夜中に子供二人で交番に出向いたら厄介なことになるわ)
そう、今の自分の姿が大人なら話は別だった。
青年が少女を交番に送り届け、事情聴取を受けるだけで済む。
しかし、今の自分の姿が子供なら話はややこしいことになるのだ。
警察に頼れないことを悟った秀樹は、アリシアと向き合う。
「とりあえず俺の家に来い。お風呂準備してやるから」
道はひとつだけだった。
こんな寒い雨の中に女の子一人で震えさせる訳にはいかない。
不本意だが、秀樹は自宅にアリシアを招くことにするのだった。