「今、タオル持ってくるから待ってな」
「うん」
アリシアを自宅に連れてきた秀樹は、アリシアの濡れた身体を拭くためにタオルを用意した。帰り道にパトロールの警官に見つからなかったことに安堵しながら、白いタオルでアリシアの髪を丁寧に拭いていく。
「歳いくつ?」
「5歳」
「へぇ、お兄ちゃんは9歳な」(精神年齢は22だけどな……)
そう秀樹は思いながら、タンスから黒ジャージを取り出した。
「少しデカイと思うけど、それで我慢してくれ」
アリシアの着ていた服がずぶ濡れになっているため、自分の黒いジャージを貸し出す。
「大きい……」
黒ジャージを受け取ったアリシアは、秀樹の身体のサイズと自分の身体のサイズを見比べながら戸惑っていた。
「さっさと着替えてくれ。それじゃ風邪引くぞ」
そうアリシアに背を向けながら毛布の準備をする。
アリシアは、言われた通りに服を脱いで黒ジャージを着てみる。
しかし、下のジャージがブカブカ過ぎて、穿いてもズレていってしまう。
「脱げちゃう」
「あちゃー、まぁ上だけで下も隠れてるから大丈夫か」
「……寒い」
「この毛布にくるまってろ。あと数分で風呂が………」
秀樹は、何故かモジモジしてるアリシアに不審を抱いた。
「どした?」
「なんか下がスゥスゥするの……」
「………………」(そりゃあ……ノーパンだもの………)
と、秀樹は無言のまま心の中で呟いた。
「海鳴デラックスピザ MサイズとLLサイズよろしくお願いします」【ダミ声】
『はい。住所はどちらになりますか?』
「はい、海鳴市の………」【ダミ声】
風呂が沸いたあと、秀樹はピザを出前で注文することにした。
予定外な出費になってしまったけれど、コンビニの弁当よりかは数倍マシ。
親(空想)が頼んだように演出するため、十分怪しいがダミ声で乗り切った。
「さて……ん?」
あとはアリシアが風呂から上がった後に自分も入ろうかと思っていた。
でも、肝心のアリシアは風呂に入ってはおらず、ずっと秀樹の方を見ていた。
「風呂の場所教えたろ?」
「一緒に入って」
「そうか、そうか。一緒に………ん?」
つい自然な流れで納得しかけてしまった秀樹。
今、アリシアがなんと言ったのかを脳内でリピートした。
聞き間違えではなければ、間違いなく「一緒に入って」と確かに言った。
「お兄ちゃんも一緒に入って」
「一人じゃ無理か?」
「うん……」
「仕方ねぇなぁ……」
もうどうにでもなれという心境に秀樹は陥る。
コンビニ弁当を買いに家を出たはずなのに、人生というのは分からない。
たった数分で殆ど互いのことを知らない少女と風呂に入ることになろうとは……
(俺はロリコンじゃない。今回だけフェミニストだ)
と、秀樹は自分に言い聞かせる。
目の前でちょこんと椅子に座るアリシアのために、右手にシャンプーを垂らす。
そして、両手に馴染ませるようにシャンプーを伸ばしていく。
「んじゃ、頭洗うからな。目を瞑れよ? 目に入っても知らねぇからな」
「分かった」
この機会に自分の名前以外に何か覚えてないか聞いてみることにした。
「お母さんの名前とか覚えてないか?」
「んー…… 分かんない」
「じゃあ、アリシアはアメリカの人?」
「アメリカって何?」
「……マジ?」
アメリカを知らないアリシアに秀樹は戸惑いを隠せなかった。
気を取り直し、アリシアの好きなものか嫌いなものを聞くことにする。
「それじゃあ、アリシアは何が好きなんだ?」
「好き?」
「えっと、例えば好きな食べ物とか」
「オムライス!」
「そっか。好きな動物は?」
「猫だよ」
(好きなもんとかは覚えてるんだな)
こうして他愛もないことを聞いている間、秀樹は考えていた。
これからどうすればいいのだろうか?と。アリシアは複雑な事情を抱えているだろう。
5歳の女の子が記憶喪失で夜中の公園で雨に射たれる状況はあり得ない。
本当は警察に任せてしまえばいいのだが、自分の身の上が邪魔して素直に頼れなかった。
せめて、自分の姿が大人であれば手段も増えるのだが子供では行動に制限がどうしてもある。
そんなことを難しい顔をして悩んでいると、アリシアが秀樹の顔を覗き込んでいた。
「お兄ちゃんは?」
「え?」
このとき、秀樹はやっと我に返る。
「お兄ちゃんは何が好きなの?」
「そうだな……俺もオムライス好きだな」
「じゃ、私と一緒だね♪」
「明日の昼にでも食べに行こうか?」
「本当!?」
「うげっ!?」
秀樹の提案にアリシアは嬉しくなり、バッ!と椅子から立ち上がる。
その際、秀樹はアリシアの頭を洗うためにアリシアの旋毛を覗き込む体勢だったため、思いきり頭突きを喰らう羽目になってしまった。
「ごめんなさい」
「ふぇいき、ふぇいき。だいひょうふ」【平気、平気。大丈夫】
もう少しアリシアの頭突きが強ければ、鼻血が確定していたのは明らかだった。
じーん…とくる鼻の痛みに耐えながら、秀樹はアリシアの身体を洗い終えていく。
「さて、次は俺か」
「じゃ、私がお兄ちゃんを洗ってあげる♪」
秀樹の一言を聞いたアリシアが秀樹の背へと移動を始める。
「いいよ。湯に浸かってな」
「嫌だ。今度はアリシアが洗う番だもん」
アリシアの手にはシャンプーとリンスが握られている。
もう秀樹が何を言おうとも、アリシアは秀樹を洗う気満々なのだ。
それを悟った秀樹は、素直に背中を預けることにした。
「よろしくお願いしまーす」
「じゃ、洗うよ~♪」
なんでこんなことになってるんだっけ?と秀樹は思う。
アリシアには警戒心というヤツが存在しないのでは?と少し心配になった。
泣かれるよりも親しくしてくれるのはありがたいが、もう少し相手を疑ってというか……
(なんで娘を持った父親みたいなことを考えてるんだろ?)
と、つい自分に心の中でツッコミを入れてしまった。
「お兄ちゃんの肌って、白くていいなー♪」
「そうか?」
「うん、女の子みたいだよ」
「複雑だなぁ…」{小声}
自分の髪を洗うアリシアからの素直な感想に複雑な思いになる。
本来なら秀樹は夜兎の能力じゃなくサイヤ人の能力を特典として貰うはずだった。
しかし、神様との会話の擦れ違いで夜兎の能力になってしまい、日常生活で苦労を強いられている。日々の太陽対策を万全にしなければ、秀樹は昼間に歩くことなんて出来ないのだ。
春の陽射しで頭がクラクラするくらいなのに、夏になるとどうなるか……
いずれくる地獄の季節のことを考えると盛大に億劫になってしまうのだ。
「ハァ………」
「どうしたの?」
「なんでもない。アリシアは洗うのが上手だな」
「エヘヘ♪」
このとき、秀樹はアリシアの無邪気な笑顔に救われたような気がしたという。
〇1時間後〇
「すぅすぅ……」
「たくっ、布団を先に用意しとけばよかった」
秀樹はそう呟き、ソファーで眠るアリシアのために敷布団をせっせと用意していた。
これから来るピザを待つために秀樹と二人でソファーに座っていたのだが、眠気が限界に達したらしく、隣に座っていた秀樹の肩にもたれ掛かるように眠ってしまったのだ。
「さて、これからどうするかね……」
アリシアをソファーから自分が敷いた布団へと移動させた後、秀樹はソファーに座り、天井を見上げながら、これからのことを真剣に考えていた。アリシアを家で保護したのには全然後悔なんてしていないが、アリシアの両親または保護者が懸命にアリシアのことを今頃捜しているのかもしれない。でも、子供一人いなくなっているのだ。なにかしら近所で騒ぎになっているはず。窓から外の様子を見てみるが、そのような様子は一切見られない。自分の考え過ぎかもしれないが、アリシアが虐待を受けていた可能性だってある。グルグル頭の中であらゆる可能性が浮かぶが、どれも決定打に欠けている…… 今の状況は、所謂八方塞がりというヤツだった。
「まぁ明日は街で買い物だよな」
秀樹は、答えの出ない考えを一旦止め、眠るアリシアの顔を見る。
今の家には女の子が着れる服なんて皆無だ。アリシアが最初着ていた服は洗濯機で回っているが、それ以外アリシアの衣服なんてない。明日街に出向き、アリシアの衣服を調達する予定だ。勿論、アリシアの両親または保護者も捜してみる。もし見つかれば万事解決だけど、見つかなければ、アリシアを暫く家に泊める必要がある。幸い、アリシアを保護したのは近所の公園だ。聞き込みをすれば、すぐにアリシアの家を見つけられるかもしれない。
「この辺で美味しいオムライスがある店なんてあるのか?」
いつの間にか、秀樹はアリシアとの約束について考えていた。
〝明日の昼に美味しいオムライスを一緒に食べよう〟という約束。
その約束を果たすため、秀樹はノートパソコンを開き、インターネットで調べる。
海鳴市のグルメで調べていると、有名な喫茶店の名前がヒットした。
「〝翠屋〟か…… 人気の喫茶店みたいだし、近いからここでいいだろ……」
口コミの様子から女子に人気の喫茶店だと嫌でも分かる。
きっとここならアリシアも満足するだろうと思い、一安心する。
明日の昼食の憂いがなくなり、秀樹はノートパソコンの電源を落とした。
そして、ここ数分間で目を背けていた現実に向き合う
「……ピザ……遅くね?」
このとき、秀樹は気付いていなかった。
自分がダミ声で伝えた住所が間違っているということに。
そのことに気付いたのは、深夜の1時頃だったという……