翌日の10時20分頃、歩道をトボトボと歩く秀樹とアリシアの姿があった。
「アリシア、期待させてごめんな?」
「うぅん。大丈夫だよ」
落ち込むアリシアに秀樹は謝罪することしか出来ない。
何故なら、昨日の晩に約束したばかりなのに、その約束が守れなくなったからだ。
「まさか貸し切りになってるとはね……」
人気の喫茶店「翠屋」が少年サッカーチームに貸し切りにされていた。
どういうことか店の美人な人に話を聞くと、店長がそのサッカーチームの監督をしているらしく、祝勝会という名目で子供達に料理を振る舞いたいとのこと。
日が悪かったと諦めるしかなく、別の日に翠屋を訪れることにした。
「ハァ……食べたかったな……」
「まぁ仕方ないさ」
残念がるアリシアを納得させる料理が何かないかと考える秀樹。
コンビニ弁当が真っ先に浮かぶのだが、それはそれとしてどうかと思うのだ。
しかし、料理が全く出来ない秀樹に料理をしろとは酷な話である。
(金がドンドン減るな。食費で……)
転生した際、秀樹の手元には30万円の金があった。
しかし、夜兎の体質による空腹がマイナスに働き、現在5万円前後しかない。
青年の姿ならバイトする手があるのだが、今の秀樹は小学生の姿。
何処も雇ってくれるはずもなく、来月の振り込み(神から)まで待たなくてはならない。
ちなみに振り込みは秀樹が大人になるまでである。
「あーーー、ストレス発散でもするか」
「ストレス発散?」
「あぁ、帰ったら一緒にやるか?」
気分を変えるため、秀樹は自己流のストレス発散法をやる決意をした。
〇八神家〇
海鳴市のとある一軒家に一人暮らしをしている車椅子の少女「八神はやて」
はやては、原因不明の病で足が自由には動かず、車椅子の生活を強いられていた。
両親は既に他界しており、とある親戚の〝おじさん〟と名乗るが財産管理と資金援助を行い、はやての生活面を全面的サポートしている。その他にもはやてを支える人は少なからずおり、寂しくないと言えば嘘になるが、酷く寂しいと思うことはあまりなかった。
「なんか面白いことないんかな……」
空の天気が曇りの日、二階の自室を軽く掃除していた。
小学校に通えない現状で、変わり映えのない生活を淡々と過ごす日々が続いている。
はやく足が治り、自分の足で歩けるようになれば状況が一変するんだろう。
しかし、そう上手くいく話が現実にあるはずもなく、手慣れた掃除はすぐに終わる。
次は今日の昼食にでも食べようと考えていたオムライスの下準備のために一階に下りようと自室から出ると、外から妙な声が聞こえてきた。
「か、……波!」
「? なんや?」
やたら気合いが入った少年の声が、はやての耳に届いた。
外から聞こえてくるのは確かであり、はやては近くの二階の窓を開いて声の出所を探る。
そして、その声の主は案外はやく見つけられた。
「かぁ、めぇ、はぁ、めぇ………波ーーーーーーー!!」
隣の家の庭に、真剣な顔で何かを叫んでる昨日の兎ちゃん(はやて命名)がいた。
「なにしとんのや……」
はやては、面白半分呆れ半分で、お隣の庭にいる兎ちゃんを観察する。
曇り空の下で兎ちゃんは深呼吸し、何かを両の掌から放つ動作を真剣に本気で繰り返す。
新手の体操なのかもしれないが、兎ちゃんの様子からして体操などというチャチなもんじゃないだろう。
「! あの子、お人形さんみたいで可愛いわ♪」
はやては、兎ちゃんから少し離れた所に金髪の可愛い女の子を発見した。
女の子は、兎ちゃんの動作をやる気いっぱいの顔で見ている。
そして、
「かめかめはーー!」
と、可愛く兎ちゃんの真似をした。
(な、なんやの! メッチャ可愛いやん!!)
元気いっぱいに兎ちゃんの真似をした女の子。
その様子に、はやては一発で心をK.O.されたのである。
しかし……
「違うって! このときの手の位置はここだって!!
あと……かめ〝か〟め波じゃなくて、かめ〝は〟め波だから!!」
女の子の可愛い一面を堪能していた矢先に、兎ちゃんが無粋なこだわりを見せたため、はやては割りと本気で兎ちゃんに殺意を覚えた。
だから!
「そんなんどうでもええやろ!!」
自分がこっそり見ていたことを忘れ、はやてはツッコミを入れてしまった。
「「ア」」
兎ちゃんとはやての声が重なる。
ここ一連の恥ずかしい様子を見られていたと悟った兎ちゃんは、顔を赤くした。
人にはそれぞれ秘密というものがある。そのことを分かっているつもりだったはやては、このことは自分の胸の内に仕舞っておこうと考えていたが気付かれてしまったため、苦笑いで赤面している兎ちゃんに手を振った。
「き、昨日ぶりやね……」
静まり返る場の雰囲気に頑張って声を出したはやて。
こんな気まずい雰囲気になるとは夢にも思っていなかったのだ。
兎ちゃん「秀樹」は、ギギギと油を注してない機械のような動きで両手で顔を隠し、その場に伏せる。
「お姉ちゃん、こんにちは!!」
女の子「アリシア」は、そんなこと御構い無しにはやてに元気よく挨拶した。
「こんにちは。そや! 1時間前にクッキー焼いたんやけど食べる?」
「食べる!」
「待って!? そっちに行ったらダメだ、アリシアーーーーー!!」
アリシアがクッキーという言葉に誘われたため、秀樹は八神宅にお邪魔することになった。
〇数分後〇
「どうかさっきのことは忘れてくださいませ」
「無理や。堪忍してや」
自分の恥ずかしい様子を見られた秀樹は、はやての目の前で土下座をして頼んでいた。
さっきの一連の羞恥は忘れてほしいと願って。しかし、はやても記憶なんてすぐに消すことは出来ないから〝無理〟と一蹴した。
「まさかお隣さんやったとはねぇ……」
「このおかし美味しいね♪」
「アリシアちゃん、いくらでも食べてえぇで!!」
「はやてお姉ちゃん、ありがとう♪」
はやては、アリシアのために焼いておいたクッキーを振る舞っている。
土下座している少年とクッキーを頬張る金髪の少女と金髪の少女に向けてビシッとサムズアップする車椅子の少女という奇妙な画が八神家のリビングにあった。
「兎ちゃ………自分も頭をええ加減上げてくれる?」
「兎ちゃんって言おうとした? 兎ちゃんって可愛い渾名付けてたの?」
はやてがつい秀樹のことを兎ちゃんと呼びそうになる。
その直後、秀樹はやっと重い頭を上げ、はやてをジト目で見た。
「しょうがないやん。昨日の寝癖が忘れられんくて……」
「お前が兎ちゃんみたいって言うからオバハン達に笑われたんだぞ!」
「メッチャ笑ってたなぁ。可愛いもん見る目しとったよ」
「納得出来ねぇ……」
昨日の一件で言及した秀樹だったが、はやては特に反省はしてない。
すると、クッキーを堪能していたアリシアが疑問をはやてにぶつける。
「兎ちゃん?」
「気にしなくていいぞ。あとで買い物に行こうな?」
「…………そや!」
秀樹がアリシアに気にしなくていいと言う最中、はやては動いた。
未だに床に手を着けている秀樹の体勢が車椅子に座るはやてにとっては丁度よかった。
「アリシアちゃん、こうすると兎ちゃんみたいやろ?」
「本当だー♪」
はやては、昨日の寝癖を再現するために秀樹の髪の毛を掴む。
はやてによって再現された兎ヘアーは、アリシアの納得するクオリティーだった。
「何してんだよ」
「兎ちゃんの髪の毛ってサラサラしとるんやな」
「誰も感想求めてないんですが!?」
「でも、髪の毛が伸びすぎとちゃう? お母さんは心配やで?」
「誰がお母さん!?」
はやての軽いボケにちゃんとツッコむ秀樹。
そんな中、アリシアは顔を伏せながら何かを考え込んでいた。
『アリシアも髪の毛が伸びてきたわね』
『お母さんみたいに長く伸ばすの』
『そう。なら将来はお揃いね?』
『うん!』
顔は思い出せないが、笑っている女の人が浮かんだ。
自分がその人の膝枕で眠り、その人が優しく自分の頭を撫でてくれる。
そんな幸せな時間をアリシアは少し思い出していた。
「アリシア?」
アリシアは、秀樹の心配そうな声に我に返った。
心配するのは秀樹だけではなく、はやても同様にアリシアを心配する。
「どうしたんや?」
「な、なんでもないよ!」
と、アリシア自身も戸惑いながらも誤魔化した。
誤魔化すアリシアを案じるはやては、全てを知ってるであろう兎の右耳を強く掴む。
「イタタタタ!!?」
「アリシアちゃん、お姉ちゃんはちょーっと兎ちゃんと話があるから!」
「う、うん……」
痛がる秀樹を無視し、はやてはリビングから廊下へと移動する。
目的地に到着したはやては、アリシアが突然落ち込んだ原因を秀樹から聞こうとする。
勿論、リビングにいるアリシアに聞こえないように小声で。
{アリシアちゃんの今の様子はなんやねん}
{分かるワケねぇだろ! 俺だって……アリシアとは昨日の夜に会ったばっかだぞ}
{どういうことや?}
{あっ}
{あっ……じゃないで! 一から全部説明せんかい!}
はやて(8歳)の剣幕に圧される秀樹(精神年齢22歳)
秀樹は、昨日の……アリシアとの出会いから今までを包み隠さずに話した。
{そうなんか。アリシアちゃん、記憶喪失なんやね}
{お手上げ状態だよ。午前中に近所に聞き込みしてみたけど、有力な情報はなかった}
秀樹がかめはめ波の練習を行う前、秀樹はアリシアを連れて聞き込みをしていた。
昨日の公園で遊んでいたガキ共や交番の警官にそれとなく聞いてみたり………
しかし、アリシアのことを知る人間は何処にもいなかった。
{で?}
{は?}
{は?じゃないやん! これからどうするんや?}
{………アリシアの両親を見つけ出すさ。必ずな}
{口では何とでも言えるで}
そう口では何とでも言える。
口から言ったことを実行し、成功させることに意味があるのだ。
はやてに痛いところを突かれた秀樹は後頭部を右手で少し掻く。
{ハァ……じゃ、買い物行く準備しよか?}
{え?}
{え?じゃないやん。さっき買い物に行こうって言ったやんか}
{言ったけどよ……}
{有言実行や。一緒に買い物しよ?}
{だから、なんでお前も一緒に行く感じになってんだよ!?}
{ええやん、別に}
{軽っ!?}
{自分、アリシアちゃんの服とかちゃんと選べる?}
{うっ……}
またまた痛いところを突かれた秀樹は、困り果てる。
確かに自分には女の子が着る服のセンスがイマイチ分からない。
そもそもファッションの流行には疎い部分があるから困るのだ。
「アリシアちゃーん! 今から買い物に行くでーー!」
「お姉ちゃんも行くの?」
「せやで。私がアリシアちゃんの服をチョイスしてみるわ」
「本当?」
「ごっつ可愛い服を一緒に選ぼうな?」
「うん!」
と、女子二人が盛り上がる一方、男一人の秀樹は……
(食費にあんな金をかけるんじゃなかった)
現在の食生活による食費の圧迫を絶賛嘆いていた。