「ん……」
秀樹は、顎に鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと目を開ける。
辺りをなんとなく見渡してみると、そこは見知らぬ病室の中だった。
窓から射し込む夕日を軽く不快に思いながらも、秀樹はベッドから上半身を起こす。
「俺は……」
記憶が曖昧だった。
何故、自分が見知らぬ病室の中で眠っているのか?
何故、顎に鈍い痛みを感じているのか?
何故、毎日死ぬ気で練習してるのに、かめはめ波を撃てないのか?
額を右手で押さえながら考えるが、納得のいく答えは出せない。
とりあえず、自分が眠る直前のことをひとつずつ思い出してみるしかなかった。
(確か……アリシアが迷子になって……)
〇墓地周辺〇
「兎ちゃん! アリシアちゃんが居らんようなってもうたぁ!!」
「ふーん。…………え゙!?」
はやてからの【アリシア行方不明】という報せを受け、秀樹は慌てた。
「ど、どうしよう……アリシアちゃんにもしものことが……」
「あ、ああああああ安心しろ!
と、ととととりあえずタイムマシン探して、アリシアがいなくなる前の時間に……」
「どういうことや!? 私よりも挙動不審ってどういうことや!?」
今頃、アリシアが悪い奴(変態)に捕まり、あーんなことやそーんなことを……
そんな被害妄想が、秀樹から冷静さを一瞬で奪ってしまったのだ。
「しっかりしなさい! お兄ちゃんやろ!!』
「ぶへらっ!?」
はやては、秀樹を正気にさせるために本気のビンタを放った。
「あ、ありがとう。おかげで頭の中身が最高にCOOLになったわ」
「鼻血垂れ流しながら正気に戻らんでよ……」
鼻血を垂れ流し、はやてに大丈夫とアピールする秀樹。
はやては呆れながら、ポケットティッシュを秀樹に渡した。
「アリシアが戻ってくるかもしれねぇから、ここで待っててくれ」
「大丈夫なん? 兎ちゃんまで迷子にならん?」
「すぐにアリシアを見つけるさ。そんな心配すんな」
秀樹は、ついはやての頭を撫でてしまった。
「き、急に撫でるなや!」(は、恥ずかしいやん……このアホ!)
「わ、悪かったって?」(なんで急に顔を赤くしてんだ、この子狸?)
それを最後にはやてと一旦別れた秀樹。
とりあえず一時間経過すれば、はやての所に一旦戻るつもりだった。
(はやてが言うには、アリシアは此方の方向に行ったと思うんだが……)
はやてがアリシアを見失う前の状況を詳しく聞いてある。
その話をまとめると、アリシアは茂みの奥に消えていったかもしれなかった。
秀樹も茂みへと踏み入り、アリシアの名前を大声で呼びながら探す。
(これは……足跡か?)
粗末な道に生い茂る雑草を払いながら、やっと見つけた有力な手掛かりだった。
湿っているためか、地面が少しぬかるみ、アリシアの物と思われる足跡を見つけた。
やはり探す方向は間違っていなかったと安心したが、秀樹の表情が曇る。
「猫の足跡と……犬……か? こっちはかなりデカイんじゃねぇか?」
嫌なものを発見してしまったと我ながら思った。
大きさをハッキリとは想像できないが、明らかに小型犬の足跡ではない。
もし、アリシアが狂犬に襲われてるとしたら……
(アリシア……!)
秀樹は、嫌なイメージを頭から追い出す一心で駆け出した。
妹みたいな可愛い女の子が狂犬に襲われて大怪我とか洒落にはならない。
そのときは、まだ幼い夜兎の拳を動物相手に叩き込むことになってしまうだろう。
「一体何処に……」
「君、こんな場所に一人で何してるの?」
「あひゅう!?」
突然、後ろから誰かに声をかけられた。
「あひゅう!?……だって。くくっ♪」
「ッ!?」
一言文句を言ってやろうと思い、秀樹はバッと振り返る。
そこには帽子を被ったスーツの男が笑いを堪える姿があった。
「え、えっと……?」
「笑っちゃってゴメンね? でも……くははは♪」
「思い出し笑いすんなーーーーー!!」
素顔をハッキリと見ることはできなかった。
男の立つ場所と被ってる帽子のせいもあるのだろうが、上手く素顔を確認出来ない。
しかも、笑いを堪えるために口を抑えてるため、まともに見れなかった。
「ごめんね? 君みたいな面白い子は久し振りだから」
「あ、謝ってくれるなら別にいいっス……」
秀樹は、はやく男の前から立ち去りたかった。
恥ずかしい声を聞かれたのもあるが、なんというか……傍にいたくなかったのだ。
この男は優しそうな声を出してはいるが、そこがさらに怪しいというか……
自分の足が無意識に後ずさっていることに、秀樹は気付なかった。
「…………ごめんね。怖がらせちゃった……かな?」
「え? 気を悪くしたのなら謝ります!」
「いいんだよ。他人と話すのは久し振りだからね。舞い上がっちゃったのさ」
ハハハ♪と能天気に笑う男。
それに合わせるように、困った表情で秀樹も笑う。
秀樹の笑いは、所謂〝愛想笑い〟というヤツだった。
「クゥン……」
この男と出会って何分過ぎたのだろう?
10分? いや、あるいは1分も経っていないのかもしれない。
時間の感覚が狂い始めていたとき、秀樹の傍に一匹の犬が近寄ってきた。
「ちょっ……どうしたんだ、お前?」
犬は秀樹にすり寄り、男から逃れるように秀樹の後ろに隠れた。
「君に懐いたのかな? ソレはボクの犬なんだけど……」
「え? ほら! 御主人様だろ?」
秀樹は男の前に犬を移動させようとする。
しかし、犬は中々男の前に動こうとはしなかった。
「困ったね……」
「俺、時間がないのに……」
「ん? 君は急いでいたのかな?」
「えぇ。その……妹が迷子になりまして……」
秀樹は顔を俯かせながら、そう答えた。
「もしかして、さっきの金髪の女の子かな……?」
「!? 見たんですか!?」
「この先へ走っていったよ。この先は墓地だから、きっと心細いんじゃないかな」
「ありがとうございます! 俺、行ってきます!!」
「行っておいで。こんなボクのために時間を取らせ………もう行っちゃったか」
はやくアリシアと合流したい一心で、ダッシュで墓地に向かう秀樹。
そんな秀樹の背中を、男は眩しい光を見るような目で………眺めていた。
〇墓地〇
「見つけた!」
男の言う通り、アリシアは自分達より一足早く墓地に来ていた。
「アリシア!」
「! お兄ちゃん!」
秀樹がアリシアの名を呼ぶと、アリシアが秀樹に気付く。
秀樹はアリシアの傍に行くと、両肩を掴んで揺すった。
「アリシアーーー!! 何処に行ってたの!?」
「ご、ごめんなさい……」
怒られる!と思ったアリシアは、固く両目を瞑る。
それを見た途端、秀樹は説教の言葉を失ってしまった。
「はやてお姉ちゃんを一緒に迎えに行こう?」
「怒らないの?」
「無事ならそれでいい。はやてお姉ちゃんの方は知らねぇけどな?」
きっとお母さんポジションからアリシアを怒るんだろう。
きっとお母さんポジションからアリシアを優しく抱き締めるんだろう。
そういう温かな近い将来を秀樹は軽く想像した。
「さぁ行くぞ?」
「待って! あそこのお兄さんが助けてくれたんだよ」
「……お兄さん?」
アリシアの見る先には学ランを着た少年?が歩いていた。
「あのお兄さんが助けてくれたのか?」
「うん、猫ちゃんをあっという間に治してくれたんだよ」
「ね、猫ちゃんをあっという間に治した?」
「うん!」
アリシアの言った言葉に半信半疑になる。
そもそも「どういう状況だったんだよ!」と、追求するべきか?
でも、アリシアの満面の笑みを壊したくないのが正直なところ。
ハッピーエンドならハッピーエンドでえぇじゃないか。
「ん? この墓……八神家?」
「どうしたの?」
ほんの数秒、男子中学生の背中を眺めていると、気になる名字を見かけた。
目の前の墓石には、間違いなく『八神家』としっかりと彫られていた。
「そっか……ここがアイツの……」
黙ったまま、秀樹は八神家の墓を眺める。
そして、墓に眠るはやての両親に対して両手を合わせて冥福を祈った。
「お兄ちゃん?」
「アリシア、日本じゃこうやってやるんだ。やってみ?」
「うん」
アリシアにも、はやての両親に対して冥福を祈ってもらう。
今、はやてにお世話になりっぱなしだから、その感謝も勿論籠めて……
(よし、後でまた………あれって……)
はやてと合流し、また墓前に来ようと思ったときだった。
誰かが八神家の墓に綺麗な花と饅頭を供えてあるのを、秀樹は発見してしまった。
このとき、秀樹の脳裏にしょうもない考えが浮かんだ。
(これって、銀さんの真似が出来るんじゃね?)
秀樹が思い浮かべたしょうもないこと。
それは銀魂の主人公〝銀さん〟が初めて〝お登勢〟と出逢った話。
お登勢が死んだ旦那のために供えた饅頭を、銀さんが食べちゃった名シーン。
死んだ旦那さんに代わり、自分がお登勢を護ると誓った名シーン。
「アリシア、はやてには秘密な?」
「え? えっ!? 何してるの、お兄ちゃん!?」
アリシアの戸惑う声を無視し、秀樹は饅頭を口に入れようとした。
「え?」
「え?……じゃないよ! いいの!?」
「悪いに決まってるだろ?」
「分かってて、なんでやるの!?」
そりゃ悪ーいことだと承知した上での行動だった。
アリシアの言うことが胸に突き刺さるものの、饅頭を掴んでしまったら引き返せない。
「アリシア、俺は〝男の約束〟ってヤツをしたいんだよ」
「男の……約束?」
真剣な顔を見せる秀樹に、アリシアは言葉を失った。
「あーん!…………あ、美味しい♪」
「食べちゃった!?」
アリシアは何か良いエピソードがあるものと思い、黙ったのだが、その隙に秀樹は饅頭を一口で食べてしまった。しかも、味が好みだったのか、饅頭に対して感想を述べたのである。
「ありひあもたべう?」(アリシアも食べる?)
「食べないよ! お兄ちゃんのバカバカバカァ!!」
特に反省せず、2個目の饅頭まで食べる気満々の秀樹。
アリシアにもお裾分けしたかったのか、満面の笑みで饅頭を勧めてきた。
共犯になりたくないアリシアは、その勧めを一刀両断し、秀樹の背中をポカポカ叩く。
「これでいいんだよ」
「何が!? お兄ちゃん泥棒したんだよ!?」
「あぁ。世間を基準に判断したらな。でも、饅頭食べたから約束破れなくなったよ」
「え?」
アリシアは、秀樹の言った言葉の意味が分からず、首を傾げた。
「な、何を約束したの?」
「……………………………秘密♪」
秀樹のやったことは自己満足でしかない。
でも、どうしてもやっておきたかった。少しでも強く誓っておきたかったから。
〝アナタ達夫婦の代わりにはやての傍に出来る限り居る。楽しくさせてみせる〟と。
1度、はやては見せるときがあったのだ。
秀樹とアリシアがはやての家から帰るとき、寂しそうな顔を一瞬だけ見せたことがある。
普段はエラく明るい顔を見せるのに、そのときだけ一瞬顔に出してしまっていた。
それがどうしても忘れられなかった。
「はやてには黙ってろよ!」
「絶対に言うもん!」
秀樹の隣で、はやてに言いつけると誓うアリシア。
(また怒られるわ……まぁ俺らしいよな……)
はやてと合流したときのことを考える秀樹。
アリシアが報告し、はやての頭に二本角が生え、自分を叱るパターン。
でも、それでいいと思った。そんな感じでいいんだ、と。
そんな呑気なことを秀樹は思っていた。
「こんのクソガキがァアアアア!!」
「へ?」
饅頭を呑気に頬張っていた秀樹の顔がキョトンとなる。
不意を突かれたのだ。さっきのお兄さんとやらが、鬼の形相で走ってきていた。
「俺が供えた饅頭を勝手に喰ってんじゃねぇぞォ!!」
その怒号が終わるのと同時に、お兄さんの背後から奇妙な巨人が顕れた。
歯を食い縛り、眼を鋭く光らせ、お兄さんの怒りに呼応し、絶賛ブチキレた状態で。
秀樹は、これは間違いであってほしいと直感で思った。
「え? スタン………」
『ドラァア!!』
事態を把握するのもままならず、秀樹は顎に強烈な一撃を貰っていたのだ。
〇病室〇
「思い出せるのは、ここまで……だな……」
静寂が支配する病室で、秀樹は思い出すんじゃなかったと思った。
殴られたもの。とてつもないクレイジーなヤツに強烈なアッパーもらったもの。
前世でもあんな体格差がデカイ化物に殴られた経験なんてないもの。
秀樹の額からタラリと冷や汗が垂れる。
(俺……俺……よく生きてるよな)
常人の小学3年生なら即死モンだ。
どういうことになれば、クレイジー・ダイヤモンドからアッパーを貰えるのか。
それはピッコロモドキの魔貫光殺砲に貫かれて死ぬ確率以上にあり得ないはず。
(俺、もしかして死んで……)
「お兄ちゃん?」
「わひゃう!?」
逆転の発想で、自分はまた死んだと考えそうになった秀樹。
そのタイミングで、アリシアが心配そうな顔で秀樹の病室に入ってきた。
「大丈夫?」
「だ、だだだ大丈夫ダゼ!」(わひゃう!?って言っちゃったよ……)
「げ、元気そうだね……?」(ウソ? 今、わひゃう!?って言った?)
自分が秀樹のわひゃう!?に対してツッコむのは優しさじゃないと察した。
さっきまで気絶していた秀樹に対し、黙ってスルーするのが優しさだと悟った。
「兎ちゃん、わひゃう!?ってなんや?」
「くそぅ! 一番聞かれちゃいけないヤツに聞かれてた!!」
1歩遅れてやってきたはやてには、そんな優しさは微塵もなかった。
「言うてみぃ? ほれほれ? わひゃう!?って言うてみぃ?」
「悪代官かお前は!?」
秀樹の弱味を握ることに成功したはやて。
はやてに弱味を握りしめられた哀れな秀樹。
この差を覆す力は、哀れな秀樹にあるはずはなかった。
「よかったわ~。兎ちゃん元気そうで何よりや」
「人を弄り倒して吐く台詞じゃねぇ……」
「まぁこんな可愛い乙女を一人で待機させた罰やと思いなさい」
はやてには口で勝つことは困難。
ずっとはやてのターン状態のため、打開策を見出ださねば、もっと弄られる。
とりあえず真面目な会話へと路線変更し、ターンエンドに持ち込む必要がある。
「あ、あのさ……?」
「すまない。少し邪魔させてもらうぜ」
秀樹が真面目な会話へと路線変更しようとした矢先、何者かに出鼻を挫かれた。
「すみません。ちょっと遠慮してほしいんで………す………が………」
自分の話の邪魔をした何者かに不満を抱き、少し機嫌を悪くした秀樹。
しかし、いざ病室の扉の方向に視線を移すと、とんでもない客が訪れてきていた。
〝クレイジー・ダイヤモンド〟を顕現させたお兄さんとやらが。
このとき秀樹は直感的に覚悟した。〝きっと今度こそ殺される〟と……