魔法少女リリカルなのは ~悲しみを断ち切る者~ 作:ひなたぼっこ
太陽が顔を出し始めた頃、一人の少年が目を覚ます。
「……ん」
目を開けると見知った天井が視界に広がる。
時刻を見ると針は朝の5時30分を指していた。
子供が起きる時刻にしては些か早過ぎる時間帯ではあるが、最早身体が慣れてしまった少年にとって、この時間に起きるのは既に当たり前と化していた。
ベッドから起き上がり僅かに開いているカーテンを両手で開ける。
窓から見える空の色は、太陽によって多少明るくはなっているもののまだ暗さの方が勝っていた。
窓の前で大きな伸びをした後、寝巻きからジャージに着替え、最後に肩口まで伸ばした漆黒の髪を後ろで一つに纏めると少年――神谷刹那は自身の部屋を出てリビングに向かった。
〜刹那side〜
あの日…クロード・レインハートが死に、神谷刹那として生を受けた日から4年の月日が経つ。
こうして振り返ってみると本当にあっという間な日々だったとしみじみ思う。
4年前が懐かしい。あの時は正直驚きの連続だった。
何しろ気が付いたら自分が赤ん坊になっていたのだから。
"輪廻転生"なんて言葉があるが、まさか自分が体験するなんて思いもよらなかった。しかもそれが自分が生きていた世界とは別の世界ともなると、その衝撃はかなりのものであった。
そのことに気づいたのは、この世界の地図を見たときだった。
まず大陸の地形からして俺の世界と明らかに違っていた。地図に書かれている国の名前の中に俺が知っているものは一つもなく、日本という国など聞いたこともなかった。
そこで初めて俺はここが自分がいた世界とは違う世界だということが分かった。
あの時の自分の驚き様は忘れもしないだろう。
だがそんな驚き続きだったこの4年間が全て悪いものだったかというとそうでもない。寧ろその逆だ。
その事についての詳しいことは、また追々話していくことにするとしよう。
何しろ目的の場所が、もう目の前まで迫っているのだから。
廊下と部屋を隔てる一枚のドア。この先がリビングへと繋がっている。
ドアを開け、室内に入るとまだ日の光が入らない為か人工的な光に照らされたソファーやテーブル等といった家具が目に映る。
どうやら先に起きた者が部屋の電気を点けたようだ。
誰が点けたのかは想像できる。
部屋に入った俺は真っ先にキッチンへと向かい、既にリビングにいた者に一日の始まりでもある挨拶を言葉にする。
「おはよう。母さん」
「あら刹那、おはよう。」
返ってきたのは優しい笑みと穏やかな母の声。
この人の名は神谷優衣。俺の母親だ。
物腰が柔らかく、いつも笑顔を絶やさない我が家の紅一点。
とても子持ちの母とは思えないくらい若く見える容姿をしており、俺が歳の離れた弟と見間違えられることもしばしば。
だがその容姿とは裏腹に、その顔が怒りに染まったときは相当ヤバイらしい。
らしい、と言うのは単に俺が母さんが本気で怒ったところを見たことが無いからであって、何度か経験している父さん曰く「生きた心地がしない」とのことだ。
ちなみに俺のこの黒髪は母さん譲りだ。
「父さんは?」
「もう先に行ってるわよ」
「やっぱりか…」
この場にいない父の存在を確かめるが、どうやら先に行ってしまっていたようだ。
相変わらずあの人の朝は早い。
そうと分かれば、俺が取る行動はただ一つ。
「それじゃあ、俺も行ってくるよ」
「いってらっしゃい。ケガの無いようにね」
最早お馴染みとも呼べる様な母さんの言葉を背に玄関を出て裏手に回る。
一般より広めの敷地を持つ神谷家には母屋の西側に小さくではあるがちゃんとした道場を備えている。
何でも今は亡き父方の祖父が建てたものらしく、父さんを始め俺も使用している為か手入れは行き届いている。
素足で道場に上がり軽く一礼。
そしてその傍ら、道場の中央で正座している男性の姿を見つけた。
この人が我が家の大黒柱、父の神谷修一だ。
性格は情に熱く、それでいて豪胆。大抵のことは笑って水に流すというなかなかの器の持ち主ではあるものの、曲がったことだけは許さない頑固親父な面がある。家族思いで俗にいう「良い父親」なんだが少々イタズラ好きな一面があり、からかうことは勿論、軽い悪戯をすることがある。主に俺に対して。
俺が産まれる前は母さんを標的にしていたらしいのだが、ある日を境に止めたらしい。
曰く、「触れてはならない神に触れてしまった」とのことだ。何となく理解したからそれ以上聞くのは止めた。とりあえず、今は俺という絶好の相手が見つかったから遠慮なくやれるのだそうだ。
普段は家の近くにある診療所で医者をしていて、訪れてくる患者の診察をしている。
色々と含むところはあるが、一応俺が尊敬している優しくて正義感の強い父親だ。
そんな父さんも今は恐らく瞑想しているのだろう。
この人はいつも俺より先に起きて、俺が来るまでこうして瞑想をして待っている。
心を引き締める為の日課だそうだ。
「父さん」
俺が呼びかけると今までまったく動かないでいた父さんがピクリと反応し、ゆっくりとこちらに振り返る。
「おお刹那、おはよう。今日はいつもより早いな」
俺を視界に入れるや穏やかな笑みを浮かべる父の表情はもうすっかり見慣れた光景だった。
「今日こそは父さんより早く起きようと思ってたんだけどね」
「息子に先を越されては父親の威厳も無くなってしまうからな。まだまだお前には負けんよ」
壁に立て掛けてある自分用のーー普通より一回り小さいーー木刀を取りながら返すと、父さんは口を開けて笑った。
俺が座るまで笑うもんだから少々笑いすぎではないかと不満はあったが、どこか大らかにも思えるその声を聞くと何故だかどうでも良くなってしまうのだから不思議なものだ。
「さて、じゃあそろそろ始めるとするか。今日は少しハードに行くから、ちゃんと付いて来いよ?」
雑談も程ほどにして区切り、自らの膝を片手で軽く叩いて気持ちを切り替えた父さんは、ここに来た本来の目的を実行すべく、挑戦的な笑みをこっちに向けてきた。
「望むところ」
向こうの態度にこちらも不敵な笑みで返すと、姿勢を正し、互いに向かい合って、礼。
そこから俺の1日は始まった。
◇
この国の剣術は既に大昔の頃に衰退してしまい、今は剣道という呼び名が主流となっているらしい。
人を斬ることに主眼を置いた剣術と違い、剣道は礼節や鍛練を通して心身を磨き人間形成を目指すことに焦点を置いているそうだ。
俺がこうして父さんと一緒に鍛練をするようになったのは1年前、つまり俺が3歳の時だった。
実はこれを始めたのには理由がある。
身体が動かないのだ。
正確に言えば、俺の思考に身体がついていけないのだ。
3歳の時点で前世の自分の動きを望んでいること自体が間違っているのは分かっている。
だが右利きの人間が急に左手でペンを書くと非常にストレスを感じるように、自分の思い通りに身体が動かないというのは、どうにも気持ち悪く、そして落ち着かないのだ。
抱えている問題を少しでも解消すべく、せめてもう少しマシな動きが出来るように朝早く起きて一人でトレーニングを始めようと決心した。が、3歳の子供にそんな危ないーー親の視点でーーことを二人が許すはずもなく、敢えなく却下を下された。
何か良い考えはないかと頭を捻らせていた時だった。
朝早く道場で鍛練している父さんの姿を見たのは。
父さんは幼少の頃から剣道を習っていたらしく、市内でも指折りの実力者だったらしい。
当時そのことを知らなかった俺から見ても父さんの実力はなかなかの物だった。
そこで閃いた。一人が駄目なら誰かと一緒なら良いのではないか、と。
そうと決まれば俺は父さんの鍛練に参加させてもらえるように頼んだ。誠心誠意、心を込めて。
当時、本で覚えた日本の懇願のポーズ。『土下座』で。
最初は渋っていた父さんだったが、このポーズを見て慌てて了承してくれた。
鍛練を始めて1年。
最初はすぐに息切れを起こしたり腕が上がらなくなったりしていたが、最近では息が切れることも少なくなったし、長時間素振りをしていても大丈夫なくらいにはなってきた。
それでも前世の頃の自分の動きと比べると…。
まぁ今は少しでも動けるようになったことを喜ぼう。俺の人生はまだまだこれからなんだから。
「刹那、休憩終わりだ!! 続き始めるぞ」
「はい!!」
そして今日も俺は朝の鍛練をこなしていった。
ちなみに余談だが、土下座のことは後で父さんと母さんに正しい意味を教えられた。
何処か父さんの顔が疲れきっていたように見えたのが妙に印象的だった。
◇
朝の鍛練を終え、汗まみれだった身体をシャワーで洗い流してからリビングに戻ると、食卓には既に3人分の朝食が並べられていた。
「「「いただきます」」」
3人揃っての朝食。
我が家の朝食は父さんと母さんの好みから基本的に和食が多い。
今日も炊き立ての白いご飯と味噌汁、主菜に焼き魚と抜かりは無い。
俺がまだ箸の扱いに慣れてなかった頃は、あらかじめ母さんが骨と身を綺麗に分けてくれていて、俺の為だと分かってはいたが何処か自分が情けなく思えた。
だが今ではこの通り。きちんと自分の箸で骨と身を分けて食べるところまで上達した。
骨を取って切り身を箸で掴んで食べるという工程を初めて自分一人で行ったその日の魚は、味は変わっていない筈なのに何故だか何時もより美味しく感じた。
今では俺も2人と同じ和食好きだ。
3人で朝食を食べ終え、仕事に行く父さんを見送った後、俺はその日の午前中を読みかけだった小説を読もうと自室で過ごすことにした。
この国の文字の読み書きに関しては母さんや父さんに教えてもらったり、自分で調べたり、本を読んだりしていく内に自然に覚えたので難しい漢字が並べられていない本なら問題は無い。
今では俺の趣味のひとつとなっている。一人の作者によって描かれた物語はページを捲るごとに俺の想像を掻き立ててくれる。まったく本というのは素晴らしいものだ。
「ふぅ…」
羅列された文字の最後の一行を読み、深く息を吐いてパタンと本を閉じる。
長い時間ずっと同じ姿勢をしていたからか僅かに疲労を感じ、椅子に座ったまま伸びをして身体を解す。
「刹那ー、お昼ご飯よー」
一階からまるでタイミングを見計らったかの様に母さんの声が聞こえたので時計を見てみると既に12時を回っていた。
どうやら随分と読書に没頭していたみたいだ。
すぐ行くと伝え、読み終えた本を本棚に仕舞ってから部屋を出る。
午後はどうしようか。
思いのほか早く本を読み終えてしまったから予定が無くなってしまった。
だからといって、このまま何もしないで家でゴロゴロするのは勿体ない気がしてならない。
「町にでも散歩に行くか…」
この世界は俺の知らないことばかりだ。もしかしたら何か新しい発見があるかもしれない。ついでに新しい本も買いに行こう。
午後の予定が決定し、まだ見ぬ発見に期待しながら階段を下りるとリビングからスパイスの効いた良い匂いが鼻孔を刺激した。
それによって急激に空腹感が加速し、今日の昼はカレーかと予想して更なる期待を胸に俺はリビングの扉を開けた。
side out
〜???side〜
私、高町なのは。年は…えっと…4歳!!
今日は大好きなお母さんと一緒に晩御飯のお買い物に来ました。
お母さんの作るご飯はとっても美味しいから今から凄く楽しみ♪
お店の中に入ると、お母さんはもう買う物を決めていたのか籠の中に商品を入れていった。
お買い物も終わり、お母さんに買ってもらったお菓子の袋を持ってお店から出て少し歩くと、手を繋いで一緒に歩いていたお母さんが急に立ち止まった。
どうしたんだろう?
「いけない!! お醤油買うのを忘れてたわ。」
どうやら買い忘れていた物があったみたい。
「ごめんね、なのは。お母さん、お醤油買いにもう一回お店に行くんだけど、なのはも来る?」
「う〜ん。ここで待ってる」
本当は付いて行きたかったけど、ちょっとはしゃぎすぎて疲れてしまったのでここで待つことにした。
「ごめんね、すぐに戻るからね」
そう言ってお母さんはもう一度お店の方へ急いで戻って行った。
でも待ってるとは言ったものの暇を潰せる様な物を何一つ持ってなかった私は近くの壁に寄り掛かりながらただぼんやりと町を歩いている人達を眺めていることしか出来なかった。
すると一人の男の子に目が止まった。
黒い髪を後ろで一つに纏めていて、顔は見えなかったけど、たぶん私と同じくらいの男の子。
ただそれだけの筈なのに、私はその男の子から目が離せられなかった。
背は私よりちょっと高いくらい。袖が紺色の白いTシャツに黒の半ズボンと服もおかしなところは無く、見た感じ普通の男の子にしか見えない。
でも何処か他の人と雰囲気が違うような…そんな感じがした。
そんな不思議な気持ちになりながなら、私はその男の子をずっと見つめていた。
その時だった。
「キャアーーーー!!」
私のすぐ近くで突然悲鳴が上がった。
何が起こったんだろう?
野次馬のように気になった私は声のした方に視線を向ける。
私の目に映ったのは――
倒れている女性と
私の方に向かって走って来ているナイフを持った男の人の姿だった。
――逃げなきゃ……
そう思ったけど、怖くて体が動かない。
そうしている間にも男の人が、どんどん私に近づいてくる。
「なのは!!」
お母さんの声が聞こえたような気がした。
「どけーーーー!!」
怖い…
誰か…助けて!!
そう願った時だった。
さっきの男の子が私の目の前に現れたのは。
「ふっ!!」
体を捻り、男の人の脇腹目掛けて彼は右腕を勢いよく突き出す。
ドンッと鈍い音がした。
「ぐはっ!!」
すると男の人は身体をくの字にして殴られたお腹を押さえながら倒れちゃったの。
シーンと私の周りが静かになる。まるでそこに誰もいないかのように。
「…ふぇ?」
たぶんこの時の私は自分でも間抜けだと思うような声を出していたと思う。
でも、あまりにも突然過ぎる出来事に頭が付いて行けなかった私を誰が責めることが出来るだろうか。
「大丈夫か?」
周りが静かになっていたことから彼の凛とした声がより一層私の耳に届く。穏やかで優しい、そんな印象を受けた。
すると目の前にいた男の子が私の方へ振り向く。
トクンと心臓が高鳴る音が聞こえた。
顔が熱い。手を当てた胸が凄くドキドキしてる。
烏の濡れ羽色と言っても良いような程の漆黒の髪。
整った鼻筋、柔らかそうな小さな唇。
そして水晶のように綺麗で見つめていると吸い込まれそうな紫色の瞳。
さっき見たときは顔がよく見えなかったから分からなかったけど、改めて目の前の男の子の顔を見てみると…
すごく…かっこよくて、目が離せなかった。
side end
「(危ないところだった)」
後ろにいるなのはを庇うように腹を抱えて蹲っている男を見下ろす刹那。
それは宛ら悪者から姫を守る騎士のようであった。
「大丈夫か?」
刹那は振り返りながら後ろにいるなのはに確認をとる。そこで始めて彼は彼女の全貌を見た。
くりッとした大きな瞳に綺麗な栗色の髪をツインテールにして結んでいる可愛らしい女の子。歳は自分と同じくらいだろうかと推測をつける。
「………」
そのなのははと言うと、心ここに有らずといった様子で、じっと刹那の顔を見つめていた。心なしか頬が朱い。
「……顔が朱いみたいだけど、どこか体調でも悪いのか?」
「にゃ!? だ、大丈夫なの!!」
頓狂な声を上げ、両手をこれでもかと言うほど左右に動かして自分の無事を伝えるなのは。
落ち着いて対応出来れば良かったものを…。我ながら酷い表現の仕方だ、と顔には出さないが心の中で己の愚行を恥じる。
「そうか。良かった」
そんな彼女の心境など本人でない刹那に分かる筈もなく、彼女の無事を確認すると口元を緩めて穏やかな表情を浮かべた。
「コラ!! 大人しくしろ!!」
「は、離せよ!?」
すると後ろで何やら騒がしい声が聞こえ、刹那の視線が自然とさっきまで男が倒れていた場所に注がれる。
「じっくりと話を聞かせてもらうからな」
「くそっ!!」
引ったくりの男は事情を聞き付けた警官達によって拘束されていた。
その内の一人。中年くらいだろうか、人の良さそうな男性が、刹那の頭を撫でながら二、三言礼を言うと、引ったくりの男を若い警官と一緒に連れて行った。
鞄を取られた女性はと言うと、幸い突き飛ばされただけであったため怪我はなく、警官と同様に「ありがとね」と刹那に感謝の言葉を述べていた。
それによって周りからも拍手や称賛の声が刹那の下へと飛んで来る。
しかし刹那には、そうされるほどの技を見せたという実感が無かった。彼はこの世界での一般的な技量がどのくらいのレベルなのかをまだ知らない。
だからあの程度のーー前世で戦った者たちより数段以上も劣るーー相手をあしらったことがどの程度のものなのか分からなかった。
「………」
周りは喝采で賑わいを見せる中、刹那の様子をずっと背後から眺めているなのは。
彼が自分から視線を外したことによって自身の心を落ち着かせる時間が生まれる。
「(まだ…治まらない)」
鼓動が聞こえる自身の胸にソッと手を当てる。
脳裏に浮かぶのは振り返る前に見せた刹那の表情。
笑顔とまではいかなかっものの、その優しげな表情が彼女の頭から離れなかった。
一体どうしてしまったのだろう。
そんな一抹の疑問を抱くなのは。しかし、いくら自分自身に問い掛けてみても、その答えに辿り着くことはなかった。
「……あ」
ポツリと誰にも聞こえない程の小さな声が彼女の口から漏れる。
気がつけば、さっきまで取り巻いていた野次馬達が次々といなくなっていく。
そして目の前の彼もまた、この場から離れようとしている。
「あ、あの!!」
気がつけば彼女は刹那の服の袖を摘むように掴んでいた。
彼女自身も理由は分からない。
ただ、彼がこのまま自分の前からいなくなるのが嫌だった。
これを最後に二度と彼に会えなくなるかもしれないのが嫌だった。
もっと彼と話がしたい。
もっと彼のことが知りたい。
そんな思いが彼女を突き動かした。
「ん、どうした?」
声を掛けられた刹那は再度なのはと向き合う形で振り返る。
紫の瞳と目が合うと、なのはは掴んでいた刹那の裾を慌てて放した。
「え、えっと…」
オロオロと狼狽えるなのは。
彼女自身、不意に出た行動であった為に声を掛けるまでは良かったものの、そこから先のことを全く考えておらず何から話したら良いか分からないという状態に陥ってしまったのだ。
そんな彼女の様子に刹那は疑問符を浮かべながら彼女が話すのを待ち続ける。
「た、助けてくれてありがとうございました!!」
ペコッと控えめに頭を下げてお辞儀をする。
迷いに迷った揚げ句、彼女が取ったのは助けてもらったことに対する感謝だった。
「気にしなくて良いよ。君にケガが無くて良かった」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべる刹那。
本人としては、どこかぎこちなさを見せる彼女の緊張を少しでも和らげようという考えなのだが、その行為が目の前の少女の心拍数を更に上昇させているということには気付いていない。
「わ、私、高町なのは。君の名前は?」
一瞬惚けた顔を見せた後、僅かに頬を紅潮させているのをそのままになのはは話を切り出す。
「刹那。神谷刹那だ」
「神谷…刹那くん」
互いに自分の名前を教え合う。
なのはは刹那の名前を聞くと噛み締めるように小さく呟いた。
「良い名前だね。"刹那"って」
はにかみながら率直な感想を言葉にする。
彼女からしてみれば、ただ思ったことを口にしただけ。そこに深い意味は無い。
だが…。
「(良い名前…か)」
刹那にとって今の自分の名前には少なからず思い入れがあった。
どこか遠い目をしながら感慨にふける。
脳裏に浮かぶのは両親の笑顔。そして自分が生まれたときに聞いた母、優衣の言葉。
ーー刹那。 1分、1秒を大切に…その瞬間を強く、一生懸命に生きてほしいという願いをこめて…刹那ーー
刹那の前世、つまりクロードであった頃の両親は彼が幼いうちにこの世を去ってしまった。
親の愛をあまり知らない彼にとって優衣や修一といったこの世界の両親に愛された時間というのは、まだ4年という短い時間ではあるものの、彼らの温もりを感じるには十分であった。
そんな二人から初めて貰った"名前"という贈り物。
そこに込められた想いを理解しているだけに、それが褒められるのは自分だけではなく、名前をくれた両親も褒められている様で恥ずかしいくもあったが、それ以上に嬉しくもあった。
「どうしたの? 刹那くん」
首を傾げながら刹那を見上げているなのは。
どうやら随分と長く物思いにふけっていたようだな、と我に返り、ほったらかしにしていた彼女に謝罪する。
「ゴメン、何でもない……って刹那くん?」
そこでふと違和感に気づく。いつの間にか、なのはに名前で呼ばれているではないか。
思わず刹那は彼女に聞き返す。
「ゴ、ゴメン。私ったらつい……」
シュンと項垂れるなのは。
彼女のトレードマークとも言えるツインテールが感情に反応して僅かに下がっているのは、気のせいだろうか。
こんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけどな、と彼女の表情を見てついポロッと言葉に出てしまったことを後悔する。
「いや、気にしなくて良いよ。寧ろ名前で呼んでくれると嬉しい」
「え?」
なのはの目が思わず丸くなる。
「気に入ってるんだ。自分の名前」
口元を緩め、薄く笑みを浮かべる刹那。
そんな彼の言葉をキョトンとした表情で聞いていたなのはは、その表情を見て漸く名前で呼んで良いのだと理解すると、彼にも分かるように、分かったの、と首を縦に振ることで了承の意を伝える。
そして、ありがとう、と刹那の口から聞こえたところでなのははある提案を持ち掛けた。
「じ、じゃあ私のことも"なのは"って呼んでほしい…かな」
モジモジと指先同士を突きながら上目遣いで見つめるなのは。
そんな彼女を見て刹那は、何だそんなことか、と若干肩透かしをくらう。
「分かったよ」
「本当?」
期待を見え隠れさせる様な目で刹那を見つめる。
そんな彼女の期待に応えるように刹那は彼女の名前を呼ぶ。
「ああ、よろしくな。なのは」
「……っ!! うん!! よろしくね。刹那くん♪」
ニコッと満面の笑みを見せるなのは。
恐らくこれが本来の彼女の表情なんだろうと刹那は思う。
純粋で花が咲いたような可愛らしい彼女の笑顔は、今日見たどの表情よりも輝いて見えた。
そんな彼女の表情に刹那も自然と笑みを浮かべる。
これが後にエースオブエースと称される少女との初めての邂逅だった。