GODEATER2☩両義から生まれる太極☩   作:クライン

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新しき神話の担い手

 豪華絢爛の移動要塞フライア。明るい彩色に美しい装飾がどこか別の世界に迷い込ませたかのような実体のない違和感を突きつけて来る。その廊下を歩きながら黒い髪の女性はため息をついていた。女性にしてはかなりの長身に入り、そこらの男性よりは体格はいいだろう。目測で170代後半と言ったところか。やや垂れ目な優しい雰囲気の瞳は握りしめられた資料に落とされる。

 

 「特殊部隊ブラッド、ですか……」

 

 つい先日まで日本の支部で第一線のゴッドイーターとして活動していたが急に本部から招集が掛かったのだ。呼び出しに応じで出てみれば自分は転属になるらしい。どうにも新しく開発された偏食因子に適合したらしい。自分の意志とは関係なくその因子の投与を命令されたのだ。

 またあの痛みを味わうのか、という不安が彼女の背を丸めさせた。

 

 「仕方ありません。運命だと思って諦めましょう」

 

 曲がった背中を正して気分を入れ替え因子を投与する部屋の待合室に腰を落ち着ける。扉の奥から聞こえる少女の悲鳴に耳を傾けつつ、その次は我が身か、と諦観の域に達するのだった……。

 

 

 

 

  ☩

 

 

 

 「気を楽になさい。貴女は既に選ばれてここに居るのです」

 

 手術に使う様な台に寝かされながら彼女は深呼吸をした。右隣に展開されたのは腕輪の装置。そして自分の神機。

 

 「貴女には今回、P66偏食因子の投与をさせて頂きます。今まで第一世代の神機でよく頑張ってきました。そして今日からは、第三世代のゴッドイーターとして他のゴッドイーター達の道標であり導き手として新しい世界に踏み出すのです」

 

 スピーカーから聞こえる声は滑らかで聞く者を落ち着かせる。最初の感想は抑揚のない声、だからこそこちらの不安を変に波風絶たせないのだと納得した。既に決まった心は迷いなく己が神機に手を伸ばす。

 

 「二回目の適合試験ですが不安に思う事はありません。貴女は再び荒ぶる神に選ばれたのですから」

 

 天井の機械が蓋を開く。それはまるで花の開花のようであった。

 回転するドリルのような偏食因子投与機会が腕輪に突き刺さった時、自分は絶叫を上げ、そして妙にスピーカーの声が耳に残る。

 

 「貴女に神々の祝福があらんことを」

 

 この祈る神などいない世界。いったいどの神が祝福を授けてくれるというのか。

 その皮肉は迸る悲鳴の波に飲まれていったのだった。

 

 

 

 

 ☩

 

 

 

 「痛かったぁ」

 

 右腕を食いちぎられてたんじゃないかという激痛から解放され彼女はしばらく偏食因子が馴染むまで時間を潰すことにした。まずはロビーに行くことにした。任務の受注などお世話になるオペレーターがどんな人物かを見に行こうと思う。

 

 緩やかな曲線を描く階段を上がると、カウンター席で書類とディスプレイに目を通す金髪碧眼、ボブカットの少女を見つける。自分とは対照的で怜悧な瞳と知的な雰囲気はいかにも、仕事のできる人だった。丁度仕事が一区切りついたのか視線の先の少女は顔を上げ、目と目が合う。二人は軽く会釈をするとどちらともなく会話を始めた。

 

 「初めまして、今度からお世話になります。神代(かみしろ)ユエです」

 「新しいブラッドの候補生ですね。伺っております。私はフラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュです」

 「ふ、ふら? ん? フランソワさん? え、何処が御名前なんですか?」

 

 ユエが鳶色の目を瞬かせながら困惑していると少女、フランは鈴が転がる様な綺麗な音で笑う。

 

 「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。フランでお願いします」

 「フランさん、ですね。はい、よろしくお願い致します」

 「私の方が年下なのですからそこまで畏まらなくても、気軽に名前を呼んでいただいて結構ですよ?」

 「そうなんですか? それじゃ、改めましてよろしくね」

 

 フランの垣間見せる仕事以外の澄んだ笑顔にユエも柔らかい笑みで応える。

 そしてフランが仕事の表情に戻ると書類を読み上げるかのような淀みのない声でこのフライアの施設について述べる。

 

 「では、ゴッドイーター並びにブラッドの適合試験お疲れ様でした。試験をクリアしたことによってユエさんはデータベースへの使用制限が解除され、上層階へ行くことが可能です。まだ偏食因子が体に馴染んでおられませんので任務の受注は不可能です。よろしければこのフライアを見て回るのはどうでしょうか?」

 「折角見て回れるのだったら、神機兵の開発をしてる所とかも見れたりしますか?」

 

 何気なくフランにそう尋ねると彼女は不思議そうに首を傾げつつ、そして否定の意を表した。

 

 「いいえ、神機兵の開発などはブラッドでも見ることはできません。ラケル博士かレア博士でしたら詳しいことを知っているでしょうから、お二人の時間が取れる時にでも聞いてみると宜しいですよ」

 

 話していくにつれユエが目に見えてしょんぼりしていくのを見て、フランを慌ててフォローを入れる。見れないけど知ってる人に聞いてみるのがいい、と。ユエはそれを聞いて視線が素早くターミナルの機器に向かっていた。

 

 「なるほど。その御二人が知っているんですね。神機兵についてのその博士たちについてちょっと後で調べてみようかと思います」

 「お役に立てたならば幸いです。ですがなぜ神機兵を?」

 「折角フライヤに居るのだから、ここでしか見れないモノを見てみたいと思ったんです。極致化技術開発局が今推し進めているプロジェクトは日本でも話題が聞こえたほどです」

 

 フェンリル、引いてはフライアが打ち出した理念。極致化。それは人類が再び弱肉強食のトップに返り咲く事を目指すということ。今この世界では、アラガミという存在に食い荒らされ、その食べ残しである人類はとてもじゃないが弱肉強食の上に君臨しているとは言い難い。人類が肩で風を切って世界を制圧していたのはもうざっと20年近く前か。

 アラガミが突如出現してたったの20年と捉えるべきか、それとも人類だけが抗う事に成功してもう20年も経っている考えるべきか。どちらにしろ、旧時代の秩序は崩れ国家は崩壊し今では大企業がその国家の役割を担っている。

 どちらにしろ、この絶望で荒廃した世界。フェンリルの提供する技術は唯一アラガミを遠ざけることが出来た。その彼らが人類がまた再び怯えることのない平穏を取り戻す計画を打ち出せば、例え東の果ての日本でも耳に入る。そして偏に神機兵は希望でもあった。戦えない人たちも戦えるようになれば、遺伝子によって潜在的に決められるゴッドイーターの資質を持つ者だけが保護されるというこの瀬戸際の世界に革命がもたらされるのでは、と。

 そんな希望を出来れば間近で見てみたかったのだ。もし許可が出れば乗りたいくらいである。そんな事を思い返しているとフランから声を掛けられた。

 

 「ここでしか見られないモノでしたら、庭園などは如何でしょう? 綺麗な花たちが迎えてくれますよ」

 「花、ですか。珍しいですね。そんなものまであるんですか」

 「そうでしょう。手入れもしっかりされてて憩いの場です」

 

 無機有機に関わらずアラガミに捕食され今では灰色の大地が多い。この世界、植物ですらもう滅多にお目にかかれないのだ。そんなものを育てて庭にして見せているなんて、心が広いというか純粋に驚く。研究室に閉じ込められるか金持ちの間で取引されるかだと思っていたのだから。

 

 「フライアは植物の保護活動にも尽力しています。庭園はその成果でしょう。ぜひ堪能していってください」

 

 フランから花が見れると聞いてユエは手を振ってエレベーターに急いで向かう。そんな綺麗なモノまでお目にかかれるなんて是非見たいに決まっている。脚は軽やかに動いていた。

 そして誰から見ても上機嫌な後姿を見送ってフランは書類に再び目を通す。

 

 そこに書かれていたのは「神代 ユエ」についてのデータだった。

 日本の支部で第一世代のゴッドイーターとして14歳から戦い、第一線で常に隊を纏めて来たたたき上げ。色んな意味で有名な極東支部とは別の所に居たらしい。現在は20歳でその戦歴は6年で場数を踏んでいる。

 戦場での評価は「破壊者(デストロイヤー)」やら「捕食者(プレデター)」もっと過剰な評価は「人の形をしたアラガミ」という物だった。曰く付きの神機使いであるというのは書面の通り。だが戦闘力はかなりのものらしいが、先ほど話してみた感じではそう言った危ない雰囲気を感じなかった。フランとしては書面との内容を比べて首をかしげたくなる。

 そしてその書面をデータベースに打ち込みながらフランは思うのだった。彼女は一体どんな戦い方をするのだろうか、と。

 

 そんな事を思われているとは露知らず、ユエは言われた通り庭園に来ていた。ガラス張りの壁の向こうに青空が見える。陽光を浴びて緑が艶のある葉を輝かせ、花が心なしか生き生きとしているように見えた。花園に足を踏み入れて、奥の木に誰かが腰かけていたのにユエは気づく。中性よりの顔立ちは男性に対する評価としていささか相応しくないだろうがまるで美の彫刻のように美しく、意志の力を感じられる瞳は威圧ではなく花を愛でる為に柔らかく細められていた。黄金の髪はさらりと揺れ、彼が足音に気付き視線を上げる。彼の瞳も髪と同様に黄金である。まるで少女が夢見る王子様、という理想像からそのまま誕生したのではないかと疑うくらいの美青年がユエを見た。

 

 「あぁ、適合試験お疲れ様。大変だっただろう」

 

 ユエの席を開ける青年は右に移動する。促されるまま隣に腰を落ち着けると二人は庭園を眺めた。

 

 「あの、貴方の御名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 「ん、名乗って無かったな。俺はジュリウス・ヴィスコンティ。これからお前が所属する極致化技術開発局ブラッド隊の隊長だ」

 「隊長でしたか。よろしくお願い致します。神代ユエです。……あの、隊長はどうしてこちらに?」

 「ここはフライアの中で一番落ち着くんだ。暇な時は一日ここでぼーっとしてる」

 

 ジュリウスの言葉を聞いてユエもその気持ちが分かる気がした。ここは地球が忘れかけた自然が残っており花や草木を見て癒される。ここで本でも持ち込んで一日のんびり読書に費やすのも魅力的だろう。

 快晴の日ならば、こうしてぽかぽかと暖かい日差しに微睡みたくもなる。そうして二人は何をするわけでもなくこうして時間が過ぎ去るのを感じた。ユエは何となく感じたがこの人に気の利いた話をしなければいけないという雰囲気は無い。ジュリウスの視線から感じられるのは取り繕った人物像ではなく、自然体のユエを見てみたいというものだった。なので彼女も極力自然体で居ることを心がける。

 

 「お前には畏まらなくていい、と言わなくて済みそうだな。俺たちブラッドはいわば血を分けた家族だ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

 「はい、困ったことがあれば是非お世話になります」

 「それじゃ、ゆっくりするといい」

 

 彼は立ち上がると軽く手を振ってこの楽園から出て行った。ユエは、木に背を預けゆっくりと眠ることにした。初めて来た場所に意外と緊張していたのだろう。気を抜いたら瞼が降りていた。

 草木のざわめきが子守唄となり、優しい日差しが暖かい毛布だった。自分を包むこの世界全てが優しく微睡んで、深い眠りへと囚われる。どちらにしろ最低今日一日は任務も出来ないのだ。久しぶりの休みとしてぐっすり昼寝をしてしまおう。

 

 

 

 ☩

 

 

 

 夢を見る。

 

 朧げでもう殆ど覚えていないほど幼い頃記憶だ。思い出したくないそれを、ユエは見ていた。

 それを見ながらユエは漠然と、「あぁ、夢か」と他人事のように納得した。もうこの世に無い光景が今だに脳裏に粗悪なビデオの映像のように焼き付いている。

 母の顔は、どんなだっただろう。父の声は、高かったか低かったかも覚えていない。あの頃は純粋に、生きることに精いっぱいだった。自分たちはフェンリルの作る壁の外で生きていた。いや、当時はそんなアラガミから遠ざけられた場所があったなんて知らなかった。

 毎日今日の糧を探して泥水をすすり、旅するように彷徨っていた。枯渇した食料。潰えた街。荒ぶる神からずっと隠れる様に逃げていた。

 そして、こんなこれ以上ないほどの地獄から奈落へと落とされる事件。

 これだけはやたらと覚えていた。いや、それでも穴が開いて全く覚えてない所もある。

 

 一面真っ赤の隠れ家の床。大きな刃物で貫かれたのだろう、右の胸に穴の開いた父。

 そしてその父に寄り添って名前を叫びながら震える母。

 何者かが振り降ろす刃が月明かりに照らされて、白く輝いたのを最後に、自分の記憶は一度穴に差し掛かる。

 そしてその穴から抜け出した先の記憶は、ふらふらと物陰から這い出す自分。引裂かれて原形をとどめていない母を欠落した感情で見ていた。目の前の肉塊を母と認めたくなかったから。その時、自分の喉から迸る張り裂けんばかりの叫びをまた聞いた気がした。

 

 「ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 目を見開き飛び起きる。

 流れるのはべたつく脂汗。震える自分の体。

 あぁ、あの夢を見てしまったのか、と荒れ狂う吐息を整えながら思う。

 心中で何度も落ち着けと呪文のように呪詛のように願いを込めて唱えた。両手で顔を覆い皮膚に爪を立てる。忘れたかった。思い出したくなかった。自分にとってかけがえのない物が、人が、殺された時の記憶なんて。

 深く顔に爪を立てる。その痛みで、フラッシュバックした映像を彼方へと押し流そうとして。

 

 血が出るんじゃないかというくらい力を込めようとして、草をかき分けるような音を聞いてユエは腰に武器でもあればそれを引き抜いて構える様な動きで飛び起き警戒する。

 そんな人間離れした素早い動きに驚いたのか、知らない間に近くまで来ていた人物は一瞬呆気に取られた表情をした。

 

 「まぁ、どうしたのです? まるで悪魔にでも出会ったかのような顔をして」

 「……あ、いえすみません」

 

 そして目の前に居た人物の姿にユエの体が止まる。

 

 黒いヴェールで覆われた顔は心配そうで、腰まで流れる金色の髪は彼女の首の動きに追随していた。車椅子に腰を掛け、喪服のような黒を基調とした色と装いの服。この華やかな世界に、彼女のいで立ちは決して馴染まない。ユエは、吸い込まれるかのようにその人物の瞳を見ていた。そこのない青の瞳はただ、じぃっと自分を見つめている。

 

 「落ち着きましたか?」

 「は、はい……」

 

 彼女に魅入っていたら、気が付いたらあの夢の残滓は消えていた。あれだけ出て行けと願っていたのにいざこうもあっさり出ていかれると拍子抜けしてしまう。落ち着きなく、服の胸元を握ると女性は車椅子でユエの前に移動した。

 

 「日本の支部から有難う御座います。貴女を招集したラケル・クラウディウスです。特殊部隊ブラッドの創設者になりますね」

 

 強い夕暮れの光に照らされた彼女の微笑みは、良く見えなかった。

 

 「私は、神代ユエと申します。つまり、アナタが私の、いいえ私たちブラッドの」

 「はい、ブラッド皆の母親になります」

 

 にこやかにそう言われてユエは返答に困った。

 部隊の創設者はいわば、その舞台の運用法を決める上官であるジュリウスよりも上位の存在。間違っても”母”ではないのだ。もっともな疑問を感じてもラケルは表情を崩さない。

 

 「えぇ貴女の疑問も最もでしょう。でも、私は願うのです。貴方達とは上司と部下ではなく、もっと心の近い存在でありたいのだと」

 「…………心の近い存在」

 「そうです。これから苦楽を共にして、ゴッドイーター全てを導く存在となる貴方達ブラッドを、ただの部下と私は思いたくないのです。ではどの関係が近くて傍にあれるかと考えた結果、私はブラッドの母であるという結論に行きつきました」

 

 どこか飛躍し過ぎているような気もするが、目の前の女性の言葉には真剣さが漂っていた。パッと見てユエはこのラケルという人物の年齢が推し量れなかった。20歳の自分よりもどこか幼く見えるようで、その隠された顔から覗く表情は長く生きた老女にも思える。彼女を見ていると自分の認識がぼんやりと歪められ、隠れた笑みが黒の霧に包まれる。

 その黒に包まれる瞬間から霧が晴れた瞬間の移り変わりに、自分が引きつけられるような魅入っていた感覚が遠のく。はっと我に返り姿勢を正すとラケルはそれを片手で止めた。

 

 「ほらさっき言ったでしょう? 私はアナタのお母さんなのです。そんな身を固くしなくてもよろしいんです」

 「わ、分かりました。その、敬語の方は……」

 「ふふ、今はまだ慣れないでしょうけど、私に敬語は不要ですよ。ですがこのフライアの局長や開発室長には必要になるでしょう。その様な方々には余り失礼の無いように」

 

 こくん、と小さく頷くユエにラケルも満足そうに頷いた。

 

 「では私はこれにて。アナタがあんまり酷く魘されていたので気になって起こしに来ただけなのです」

 

 彼女は電動の車椅子を動かしながらこの夕暮れも終わりかけの楽園から出て行った。

 その背中を見送って、ようやく現実に戻って来たユエは

 

 「ああああーーーーー!!! 思い出した! ラケルって、フランさんが言ってたラケル博士だッ!」

 

 いっぱい聞きたい事があったのにそのチャンスをうっかり見送ってしまった自分の失態に、ユエは花畑の中で両手を付いた。

 自分のバカバカッ! とそんな彼女の悔し気な声が木霊していくのだった。

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