依然として赤い雨は降り続く。
聖との戦闘は見た目からは想像できないほどの喚呼が命蓮寺に響いてから始まった。
聖は魔人経巻を出現させ、幾重にも魔法陣を自身の体を中心として展開させた。
恐怖を身に纏ったように照の目には映った。幾重に重なった陣はやがて中心部にいた聖の体まで行くと術が発動した。
全く異質な超人『聖白蓮』。照は聖のスペカを目にしている訳ではないが『異変』には気が付いた。
スペルカードは規律があるからこそ遊んでこられた。それは『命名決闘法案』の規律があるからだ。規律が無くなればスペルカードは殺し合いでしかない。所詮は殺し合いを遊びに変えた『ごっこ』でしかない。方向性を変えてしまえば殺し合いに早変わりだ。聖はそれを行ったのだ。いやされたのだ。ルール壊変できるなにかをされた。そうだ。違いない。照は確信した。
聖を変えた要因――赤い雨。雨に打たれたから自我がなくなった?
否、照自身も傘をさすまでは少しだが雨に打たれた。なら、どれだけ雨に打たれた。そこが問題なのか。
照は考え込んでしまっていた。
――殺し合いがすでに始まっているのに。
「……照さ……ん!」
聖の声で我に帰り、繰り出されようとする聖の拳を即座に両手でガードする。
「いっッ!」
衝撃と受けるダメージを予測して聖の攻撃を照は防いだハズだった。しかし、受け止めた拳は防いだ腕ごと照の胸に叩きこまれ衝撃は突き抜けることはなく腕の中で掻き混ぜられたように骨を折り砕きヒビが入った所に肩の方にまで走り、ついには右関節が外れた。
外れたことは激痛によって知らされる。知った後はもう右は動かせない。だからといって気を緩められるわけもなく追撃にもう一撃が迫りくる。
「――ッ!」
動かせる腕もう一本で追撃を防ごうとする。今度は全ての神経を注ぎ拳を逸らすことに専念しなんとか逸らせたが逸らそうとしたときに時に当たった左手の小指があらぬ方向に曲がり耐えられなくなった骨は一番脆い部分から折れ、尖りを成し手の皮膚を突きぬけ外にその姿を現した。
痛みはない。ただじんわりと熱くなっていく手の感触に目をそらしたくなった。だからと言って聖以外に視線をそらせる場所もなくただ聖を見た。
骨が露見する手でスペルカードを二枚持ち念じて発動させる。
警戒の念を抱いた聖は後退し距離を照との間に設けた。
《源符「弾幕」》
続けざまにもう一つ。源符によって得られる相手のスペルカードを発動させる。
《超人「待宵照」》
聖と同じように魔人経巻はないが身体強化魔法を体にかけ能力差を埋める。
満身で片手が使えない状態で聖と対等に戦闘するなどは思っていない。
されとて、このまま無残に死ぬ訳にもいかない。逃げる選択が浮かびあがるが違うだろうと一蹴する。このままではこれからの聖やお寺に被害が出る。大切にしていた命蓮寺を壊した自分を見て聖はどう思うだろうか。
助ける。そんな使命感が沸々と底から湧きあがってきた。
助けるためには下準備がいる。
新たに照は複数のスペルカードを出現させる。
「聖さん。今、助けます! ほんのちょっとでいいんです我慢していて下さいね」
やればできるのだと自分に言い聞かせスペルカードを発動させると地面から数センチだけ浮かび魔理沙よろしく超低空で突進を行う。
《吉兆「極楽の紫の雲路」》
突進を追うようにして数多の光弾が聖を目印とし向かっていく。聖は最小限の動きで光弾を避けていくが照はもう一枚のカードを発動させる。
《魔法「魔界蝶の妖香」》
スペルカードによる攻撃に意味などはない。カードもただの宣言する用紙である。
このことは『命名決闘法案』と呼ばれる紙に記しあり、幻想郷の住民なれば周知。
無意味でないが、死ぬほどのダメージが入るわけではない。せいぜい再起不能、目隠し程度だ。
そんなことは照も十充承知だ。
だからこそ彼女はスペルカードを使う。全力で使っていられる。
「これで最後!」
多重の発動による負荷が体にかかると飛行の速度が落ち、地面に堕ちそうになるが彼女は置く場を噛み締め刹那的な我慢の先に聖が救えるならと光弾の如く速度域に到達せしめた。
しかしながら、真似る行為は決して楽でもない。命名決闘のスペルカードが真似る行為を助長しようとも、技自体は使用者自身の考えと力が生み出したもの。それをその分野に特化していない者が使うことなど立つことを知らない赤ん坊を無理やり立たせるのと同じ。負荷がかかりその負荷がいつかは自分を強くするが、無理をし過ぎれば二度と立ち上がってはこられない。地べたを這いずる虫に同じ。
四重のスペルカードを使用するなどの芸当など空前絶後荒技だ。
聖の眼前まで迫ると手にしていたカードを発動させる。
――その一瞬、赤い雨の雨粒が聖の目に狙ったかのうように直撃し、彼女は両まぶたを閉じた。
見えない何かに守られた気がした。千載一遇の聖を救うチャンスを逃すまいと力まず、力を逃がさない様に聖に技をぶつけた。
その技は、聖の大技。
《アーンギラサヴェーダ》
発動のタイムラグはなく。聖自身もその技には対応できなかった。両手でガードを行うも蝶、或いは蛾の羽を連想させる金色の紋様が照の背に出現すると左右上下にある目のような文様から四本の光線が一点に集まりガード体勢をしていたうえで体に多大なる痛みを走らせた。
光線の威力は衰えないまま聖の体は持ちきれなくなった威力に負けお寺の白壁に身を衝突させた。
パラパラと崩れる壁と共に聖は地面に倒れようとしたところをすかさず駆け寄り脱臼していない方の手を伸ばし照が支えた。
こうして聖の暴走は彼女が気を失いによってひとつの終わりを迎えた。
聖を背負って助けを求める声を命連寺中に響かせると、反響したように同じ言葉が返ってきたことに不思議がりながらも、すぐさま雲居一輪が雲山と共にすっ飛んできた。
聖が気絶していることでまた戦闘が起こりそうになったが、それ以上に照の体がぼろぼろであることに戦闘は回避された。
反響するように言葉が返ってきたのは山彦の妖怪のせいらしいが照が知るのはずっと先の事だろう。
照は命蓮寺である程度の治療と砕かれた腕を動かさないようにする為三角巾で腕を固定した。
照を治療して数時間程たった頃だろうか、聖は目を覚ましたが、照は命蓮寺に居らず紅魔館へと帰っていた。
看病していた一輪から一枚の置き手紙が聖に渡さ、封を開けてみると照からだった。
幾つかの非礼を詫びる言葉と負傷した経緯に暴走した原因を照自身で考察したもの。
大規模の戦闘だった筈なのに誰も助けにきてくれなかったことへの疑問。
門前であったハズの雲居一輪も騒ぎを知らなかったらしい。
一概に赤い雨のせいだとは考えてはいなかったが何らかの要因があると考えた。
最後に、前にも『こんなことがあったのではなかったのではないだろうか』と聖に問うものだった。
命蓮寺が出来るずっと前。スペルカードがまだなかった頃の幻想郷で起こった筈であろう事変。
――『吸血鬼異変』に今回の異変は類似している。そんなことが書かれていた。