彼岸花の茎から出る苦汁が口に入る。口の中にある血と混じり不快感だけとなる。真朱の華が舌につぶれているのにも関わらず、関われず映姫はうつ伏せになっている。動けと電気信号を脳から出そうとも応答する部位はなく代わりに鈍痛と悲鳴が帰ってくる。いつからそうなったのか、自身にも理解できていないままそうなっていた。ご自慢の棒は原形を留めず眼前で哀れな破砕の姿をさらしている。
これが敗北ならば映姫は認めない。わけもわからず負けるなど許されない。
実力でねじ伏せられた覚えもない。されど不意を突かれた覚えもない。
額から垂れる体液が右目に侵入することさえ防ぎきれない。赤色の視界と敗色の視界とが入り混じる。不思議と目に血が入ろうともいたくはない。いたくなくなっている。体の構造は人間となんら変わりはない。強いだけだ。
戦闘音が鳴り止む、惰性の戦闘に白黒がついた。やっとだ。
「そろそろ、遊びは終わりにしましょう。ね。閻魔さん」
虫を潰す前の目を今の靈夢はしていた。自分がその立場でなくてよったと蹂躙を楽しむ子供より哀れに向けている。
つい先ほどまで戦いに身を投じていた鬼を除く地下の者達が再起不能にさせられている。異常事態。
さとりが心を読んで次の攻撃を読み尚且つ、空の遠距離支援に幽香の近距離戦闘をもろともせず、閻魔である映姫の攻撃にも武力差を見せつけた。
即席ではあったが申し分ない連携を見せた。今後このような連携はないと思うほどだ。
「くっ、靈夢。貴方の野望が掴む先に何があるのです! 答えなさい靈夢! 博霊靈夢!」
呪符の強化を解除し、映姫が倒れている前まで歩く。
彼女のために言っておくが霊夢は誰一人として殺してもいない。あくまで再起不能。
「幻想と呼ばれる妖怪隔離システムの改編と時代のリセット。八雲紫になり替わることよ」
「靈夢。それだけはやってはいけません! 貴方はなにも知らない。リセットありませんし改編しても根底の部分は――そうか、その根底を変えに行くために時代のリセットをするつもりですか!」
この道の終わりがどこにあるのか、そんなことはわからない。ならばこそ、やらなければわからない。
靈夢は確かになりそこないの意思で動いている。しかしながら彼女にも明確な行動理由があったということ。
「映姫。一ついいことを教えてあげる。この幻想卿はもう、七回同じ時を流れているわよ」
「なっ、馬鹿な! 現に貴方の存在がある。リセットすれば貴方の存在意義の消失につながることになる。しかも改編されたのであればここは存在しない!」
「次に貴方は『まさか、照と呼ばれていた少女は――』というのよ。もう何度もそのセリフを聞いたわよ」
悲しい。悲しいと靈夢の心が喚く。子供の地団駄と同じ。心底靈夢はその心がきらい。
哀れ。哀れ。迷い子はいつまで迷う。
「まさか! 照と呼ばれていた少女は――」
事件の中心にいたのは靈夢でもない。始まったのは彼女が紅魔館に逃げ込んだから、月に照らされない。月は照らさない。
「貴方の考えている通りよ。だから貴方は私達に勝てなかった」
靈夢の後ろから激しい地面を抉るほどの砂利と土が上品にあつらえた黒の皮靴の底とで摩擦を起こす。砂煙は彼岸花の花弁ともに舞う。一枚の絵にだってなりえる光景だと言える。
「フゥ……、ほんと、今日はよく人に会うわね。サインでも上げようか?」
砂煙が段々と薄れていくなか白黒のメイド服。漆のような肩ほどまである黒髪。
「靈夢さん。貴方がこの事件を起こした犯人?」
彼女は其の場所に辿りついた。答えに近づいたと判断してもよい。答えにちかいものを持っている者が眼前にいる。目の前で笑いながらこちらを見ている。
「――犯人? 違うわよ。貴方がこの事件を起こした犯人なのよ」
愚かしく震える指針の指。
「……それは何かの冗談ですか? 第一私は人。ここまで大きなことはできませんし、やったとしてもお嬢様に気づかれます」
「そうね。じゃ、前提条件を変えよう。なぜ、人の身でありながら聖白蓮に勝てた? 命蓮の関係性もおかしいでしょ?」
「仮定としてですが、私は何らかの力を持っているのですか? たとえば蓬莱人とか?」
靈夢は首を振り仮定を否定した。
「ちがうわよ。もっと高位の存在でどの枠組みにも当てはまらず一個単位でも存在し得なかった者。さて、情報一番目、源符『弾幕』の所持者は二人、一人は照、貴方の師匠こと『なりそこない』と呼ばれる。幻想卿を作り上げた者こと博霊の初代巫女。情報二番目、はさっき言ったわよね。貴方は兵器であり『誰』がなんの『目的』を持ってもう答えは出た――」
一息をつく。行動一つ一つに靈夢の顔が悪意に歪んだように照には見えた。どうしたらそこまで歪みきった笑顔を見せられるのか、恐怖した。
「待宵照なんて少女は存在しない。『なりそこない』が作った対妖魔専用の兵器『冴月麟』、それが本当の貴方名前。中身も心も無い兵器、妖魔を打ち滅ぼす先になにがいる? この幻想卿の創造神――龍神を貴方はいままで七回殺して力を得た物よ。不思議にもかんじなかったの? 心臓を壊されても次には治り、聖人と戦えども数秒で傷は回復いや、ただの人間が生きて勝てたことを」
「嘘だ! 私はそんな道具じゃない。名前も待宵照ってれっきとした名前を付けてもらった! そうか、靈夢さんは私をだまそうとしているんだ。きっとそうだ」
「そういって前回の貴方はレミリアや咲夜を問答無用に笑って殺していたのを忘れたとは言わさないわよ? なんなら今からその映像を見せてもいいのよ?」
「やめろ! 私はそんなことはしない。やっぱり貴方は私の敵だ。いつも博霊は私の敵だ。師匠が死んだ時も貴方達は……」
「師匠を殺したのは貴方。その時には私はもう決めたの。全てを犠牲にしてでも霊夢は、私の子供は守る! だから、照……命をあきらめてくれない?」
言葉を置き去り、靈夢は刹那にして間合いを詰め、照の心臓めがけて右手が繰り出された。照はその攻撃を認識こそすれども反応はできなかった。のめりこむ右手は皮膚を破り骨も進行を止められず砕け壊れ握りこぶしほどの大きさの『心の蔵』を鷲掴み、来た道を心臓と大きな血管と共に戻っていく。
照は力が抜けていく脱力感を覚えたがもはやなされるがままに動くこともままならず、ピクリと体が動くのを最後に視界が揺らぐ。
心臓は乱暴に血管との関係を引きちぎられる。取り出された心臓はなんとも赤く作りものであろうか。黒く汚い部分も無く完全な朱色の人工物。仮初の動力源。
心臓は照の体から離れてなおも脈動を止めなかった。しかし、照の体は多穴が開けられ心臓もない。支えるものがなくなった体は重力に耐えられることは叶わず棒のように地面に倒れた。
消える思考と視界のなか照は思う。あるべき日常。
(あぁ、私は生きることすらできなかった。月も太陽も私を照らしてなんかくれなかった。道具として死ぬ。どうせ、死ぬのだったらレミリア様達の見守る中で……、レミリア様。咲夜さん……パチュリー様、美鈴さん)
声が聞こえる。よく聞きなれた澄んだ声。
(……る……て……もう、照。なにをしているの、ほら、今日はお嬢様やフラン様、パチュリー様のピクニックの日ですよ。いつまでも寝ていないで起きてお嬢様がお呼びよ)
(あぁ、咲夜さん。すいません。どうも朝は苦手で……、はい。いますぐいきます)
(やっと来たわね。照。今日はピクニックの日よ。フランの身の周りは任せたわよ。あの子なんでも壊したがるから特に気をつけて)
(レミィ、心配しすぎよ。ま、いいけど。照、急であの本を取って――)
(これですよね。ご用意してありますよ)
一冊の本を取り出しパチュリーに手渡す。最近になってやっと本の傾向がわかるようになってきたが慣れるまでにはずいぶんと苦汁をなめてきた。
(あら、さすがね。ありがと)
パチュリーの感謝をありがたく受け止めていると忙しなく足音がこちらに近づいてきた。
(ほら、フラン様まだお口にプリンがついていらっしゃいますよ)
美鈴はハンカチでフランの口周りについたプリンを丁寧に拭き取り後はまかせたと言わんばかりに照にハンドサインを送った。
(んんっ! ありがとメーリン。照ぅ~、フランのお人形さんは直った?)
(えぇ、もちろん。お嬢様からもらった大切なゴーレム人形ですものね。丹精を籠めて直させていただきました)
(ありがとー。それとピクニックまで時間あるから休んでね)
(これはありがとうございます。ではお言葉に甘えてここで失礼させていただきます。皆様方、今日はピクニックですのでご用意は万全に)
(心配せずとも万全よ)
(レミィに同じく)
(私もお姉さまと一緒ぉ!)
(愚問でしたね。そではお先に失礼させていただきます)
照は扉から出てて、閉める前に一礼をする。紅魔館のみんなは笑っていた。
これは夢。これから起こるであったはずの幻想。手を伸ばせば届いてくれたのかもしれない温かい存在。戻れるならば。戻れるのであるならば
――あぁ、そうかそれで私は時間を戻したのか。
(ごめんさない。皆様、私、待宵照はどうやら皆様と今生の別れのようです。ごめんなさい。もっとできるのであれば一緒に、過ごしたかった。私は……私は……)
脳髄に響く聞こえのいい指を鳴らす福音。
「もし、照がその運命を受け入れるなら私は変えないわよ。でもどうしても掴みたい未来があるのなら、変えてあげるわ。その運命!」
もう一度、音が響いた。とても大きくその音は揺らぎ、不可能を壊し可能を産む。
其の者は鬼、其の者は妖魔の王と現世では語られる。比類なきカリスマと非なき血の産物。
人は彼女をこう言った。スカーレットデビル(紅い悪魔)と。