次の日、少女は新しく用意された部屋のベッドの上で目が覚める。一瞬。ここがどこなのか分からなくなるもすぐ昨日の革新的な出来事のお陰で自分がどうしてここに居るか即座に理解する。
自分は今日からこの、紅魔館で働くのだ。
時は日の赤い寂光が山の向こうに見える。深夜から早朝になるかならないか辺りの時刻だと言える。
少しの眠気を覚ます為に頬をバシッと力いっぱいに叩く。
「……い、痛い。力を入れ過ぎたかも」
だが、痛烈な痛みを感じた反面、鬱蒼とした意識も眠気も先程までとは違い。なんでもできてしまううぬぼれ染みた気分になり。伝達神経、感覚神経、それら神経系がハッキリと覚醒する。
意識を覚醒出来れば次の行動を即座に移さなければいけない。
部屋の隅にあるクローゼットからメイド服を一着手に取る。形としては咲夜が来ていた服と類似するも、袖の色などの細部を除いて大きな違いがある。それが個性を出す為なのかただ単なる差別化を図っているのか短剣符を模様した銀の装飾品が胸元に付けられていた。
クローゼットの扉に付属している鏡を見ながら体裁を整える。
「服装よし、裾と袖共によし」
順を追って確認するが首にレミリアの小さな手の痕があった。
「殺そうとした人の元で働くって私はどれほど弱い人間なのよ」
皮肉を鏡に映る自分に吐く。そうすれば自分ではない誰かを弱い人間にできたからだ。
「先代様、私頑張って今日も生きてみます」
クローゼットの扉を閉め、自分の部屋の戸を開け、廊下に出る。
「さて、咲夜さんの部屋――いや、厨房はどこだろう」
だが、少女に壁が早速立ちはだかった。
廊下が恐ろしい程に長いのだ。廊下の突き当りはハッキリとは見えず。部屋の扉が幾つもある。
一度、紅魔館の外装を見たことがあるがこれほど広くは無かった筈だ。
――誰かの力だろうか。
「せ、先代様。私はまだ山の方が迷わない気がします」
取りあえず、歩きだしてはみる。見るだけ。
そこが少女を迷いに導く一丁目と知らずの一歩。
踏み出した一歩が地面に着くと目の前は途方もない廊下ではなく単純な壁、待っていましたと言わんばかりに塞がっている壁。
そんな壁にとことなく少女は苛立ちを覚えるも、今はそれどこれではない。早く咲夜のところに行かなければいけない。折角、レミリアのご好意で雇ってくれているのに大事なメイドの仕事初日に遅刻するなど好意を無碍にしていると同義。
ただ、一歩踏み出すだけでここまで視界に変化を見せる
迂闊には動けない。しかし、動かなければ目的地にはたどり着けるはずもない。
手詰まりなこの状況。
――こうなればやけだ!
心の中でそう思った。叫ぶのは――朝方によくないと思う。
一歩踏み出すことにグルグルとまるで万華鏡の中のように視界が変わる。
数分経って、朝日が少し顔を出したときだろうか。聞こえてくる包丁がまな板を心地よく叩く音が目の前にある扉の向こうから聞こえたのは。
戸を開けるとそこは厨房、そして、エプロン姿の咲夜と緑色のサイドテールと黄色いリボンが目立つ背の小さな妖精と出会ったのは。
「さ、咲夜さん。やっと見つけました…」
少女は安堵の溜息が出そうだったが喉の奥底へと閉じ込め、咲夜を見る。
咲夜は厨房で朝食の用意をしていた。微かに漂うニオイから察するに納豆を主体とした料理。卵の殻が後ろに見えること、包丁の音も考慮すれば刻み納豆スクランブルだろうと推測ができた。
そんな少女が深読みをしている中。咲夜はまな板と包丁を洗い終えて、タオルで手を付きながら少女の前まで行くと首をかしげて「どうして、息を切らしているのですか?」と尋ねた。
「館が迷宮に変貌していたのだから当然だ」などと返答はしない。かと言って適当に誤魔化すのも駄目だと心にいるもう一人の自分が言う。
「張り切りすぎてしまって…」
それが最大の選択だと自分に言い聞かす。
「ふふっ、そんな嘘は紅魔館では通じませんよ。照さん」
咲夜のおくにいる妖精が笑いながら言う。
どうやら、嘘と見透かされていたらしい。
「…あの~、貴方は?」
「あ、申し送れました。私は大妖精と申します。チルノと共に以後お見知りおきください」
妖精の象徴たる羽根を少しバタバタさせながら自己紹介をした。
「チ、チル…、いえいえ。こちらこそ、待宵照と申します」
何気ない会話を終了すると咲夜は指示を下した。
「さて、二人共が面識を持てたということで、大妖精。照を美鈴のところに連れて行ってください」
「「は、はい」」
「いい返事ね」そう言って咲夜は照に少し大きな丸皿を手渡す。皿の上には豚肉を上げたカツをパンで挟んだサンドフイッチが三つと納豆スクランブルが乗っていた。
「照。それとこの手紙を美鈴に渡してくださいね。門番をしているか、花の手入れをしていると思いますので」
少女はふと、先ほどの迷宮廊下を思い出した。
「あの…でも、道が迷宮なんですが…」
「あぁ、もう大丈夫ですよ。普通に戻しましたので」
笑う咲夜を見てようやく気づいた。自分は試されていたのだと。どういった意図でわざと廊下を迷宮にしたのか判らないが。なんとなく、咲夜には逆らわないと思った照だった。
「は、はい」
隣で大妖精がクスクスと御しとやかに笑っていた。
(先代様。できるならこの人たちを見返せるまでお力を貸してください)
「では、いきましょうか、照さん」
「はい」
二人は咲夜がいる厨房を後にした。
最後まで読んで下さり。感謝の極みです。
次回にチルノ(⑨)が登場します……よ?