IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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幕間 忘れられた者の集う地

 日本にある、深く険しい山脈の、誰も足を踏み入れない奥地に、神社が一社ある。

 崩れた階段を上りきると見えるのは、小さな鳥居と社殿だけだ。鳥居の丹塗りははげ落ち、太い柱はひび割れてしまっている。かけられた神額は、凹凸しか残っておらず、それでもなんとか博麗神社という社名を今に伝え残していた。

 その博麗神社の社殿は崩れ落ち、半壊している。社殿の中には崩れ落ちた天井の穴から積もったのであろう土が堆積しており、植物たちが芽を生やしている。その奥には薄汚れているが、鏡面だけは清らかに光を放つ鏡だけが残されていた。

 その鏡の側面には、古い文字で何かの伝承が書かれていた。

 それは、この地に伝わる伝説を書かれたものだ。

 その伝説とは秘境の伝説だ。鳥居をくぐると、人々に隠された楽園にたどり着けるという伝承だ。その地は妖怪の賢者が導き拓かれた人と妖の楽園で、笑い声の絶えぬ地だと伝説は伝える。

 所謂民間伝承の類いだ。しかし過去の記録を読めば、確かにこの地の神隠しは非常に多いのだ。ならば楽園は実在するかもしれない。その信じる気持ちこそが、幻想なのだろう。

 しかしいつからか、人々はそんな幻想を忘れた。科学の光が夜闇を振り払ったように、そのような伝承は虚構だと人々は否定し、すっかり忘れ果ててしまった。

 今もなお、入り口はそこに開いているというのに。

 鏡の側面は、最後をこう紡ぐ。

 もし、もしも全てに絶望したというならば、彼の地を求め鳥居をくぐれ。資格ある者ならば、楽園が待っている。

 不思議な光が社を満たし……。

 

 

 

 晴れ晴れとした春日に照らされ、博麗神社は穏やかに眠っている。

 そんな神社の境内に、ざっ、ざっ、と箒の掃く音が染み渡る。敷き詰められた玉砂利の上には、淡い桜色の花びらと、幾ばくかの空になった酒瓶が転がっていた。酒瓶は拾い上げ、花びらを竹箒で軽やかに舞わせ、操っているのは、未だ幼さの残る顔立ちの少女、博麗霊夢だ。紅白色の巫女装束が特徴的な、博麗神社の巫女である。

 ふと風が吹いた。桜吹雪を纏った風は、ふうわりと花の香を運び、霊夢の鼻腔をくすぐり悪戯心を満足させ去って行く。

 霊夢はだいぶ綺麗になった境内を見ると、箒を掃く手を止め、うんと背伸びをした。

 

「春は良いわ。指先が悴まないから」

 

 手を太陽にかざす。ぽかぽかとした春の陽気に当てられる。汗をかくまではいかないまでも、身体が温まり心地よい。

 再び掃除を再開しようとした霊夢だが、唐突に動きをぴたりと止める。そして素速く振り向きざま、懐から取り出した札を投げつける。ダーツの矢のように勢いよく一直線に凄まじい速度で飛ぶ札は、境内にある社務伝の開けっ放しのふすまをくぐり、ちゃぶ台の煎餅にのばされた手に貼り付いた。

 突如飛んできた札に驚いたのか、煎餅がからりと落ちた。煎餅を落とした手は、パントマイムのように驚きを表している。そうなるのも仕方がないだろう。何せその手は、空中に浮かぶ黒い穴から手首から先が飛び出しているのだから。

 

「出てきなさい、紫」

 

 超常現象を前に、霊夢は毅然と呼びかける。霊夢の呼びかけに応じるように、黒い穴がさらに広がっていき、人の背丈ほどになると、そこから一人の少女が歩み出てきた。

 その少女は、薄紫色を基調としたドレスに身を包み、金糸のような髪を豊かになびかせ、整った顔立ちを霊夢に向けている。僅かに幼さの残る顔立ちに反し、その所作は妖艶を極めていた。

 その少女こそ、忘れ去られた伝承に語られる妖怪の賢者、八雲紫である。

 

「酷いわ、霊夢。ただお相伴預かろうとしただけじゃない」

「誰もアンタを招いていないわ。勝手に食べたらただの泥棒でしょう」

「あら、妖怪だもん」

 

 もういけず何だからと茶目っ気たっぷりに笑う紫の顔に、霊夢の札がもう一枚飛んできて貼り付いた。

 ペリペリと札を剥がしながら、紫は眦を拭う。

 

「うう、酷いわ、霊夢。目が覚めたばかりでお腹が空いているのに……」

「妖怪の賢者からいつの間に熊になったのよ。それにいつもなら真っ先に白玉楼に行くでしょう。どうして博麗神社(ここ)に来たのよ」

 

 霊夢の言葉に、紫は扇子で口元を隠した笑みを浮かべ、言葉にふざけた調子をたっぷりと上乗せしながら、いくつかの新聞を黒い穴から取り出した。霊夢はその中から適当に一つ選び、引き抜いた。

 障子越しのほどよい光に照らされた新聞の文字は、霊夢が思ったよりも随分と刷りが良い。少なくとも霊夢の手元に毎度勝手に配達される新聞よりかは。おそらく紙やインクの質が違うのだろう。僅かなかすれもなく手触りも良い新聞に、霊夢は火種にちょうど良いわねと考えながら紙面を見やる。

 

「読みやすいわ、天狗のやつより随分」

「天狗たちは結局道楽ですもの。自己満足に終始しているわ。けれどこれは外の人間が食べていくためにしていること。少しでも顧客にこびなければならないものよ。まあ、詰まるところプロとアマの違い。中にはアマだからこそ高尚さを保っている記者もいるでしょうけれど」

 

 ふうんと気のない返事をしつつ、霊夢は一目見たときから誤魔化していた、一面にでかでかと、これでもかと目立つように配置されたカラー写真に嫌々ながら視線をようやく向けた。

 

「どこかで見た顔ね」

「そうね。竹林で見た顔ね」

 

 霊夢の脳裏に、竹林に住む女性の顔が浮かぶ。白銀の髪を足首まで伸ばし、赤色の瞳をした、厭世家の女性を。同じように竹林に住む月の姫を殺すことを願う女性を。

 そして新聞に載せられた写真には、その女性と瓜二つの顔がある。

 

「死なないのよね」

「死なないわね」

 

 霊夢が頬を抑える。

 

()でバラバラになった?」

「可能性は高いわ」

 

 なんとも頭の痛い問題だった。死なない人物とそっくりの人物。何か関係があると考えるのが自然だ。霊夢の未来予知とまで謳われる直感が告げるとおりであるならば、おそらくは死なないのだろう。刺そうが斬ろうが燃やそうが、死ぬことなく生き続けるだろう。

 となると、問題が出る。

 霊夢が博麗神社を見渡す。手入れの行き届いた社であるが、表の世界では博麗神社は朽ち果てた社だ。霊夢たちのいる博麗神社は、とある結界を元に世界の裏側に潜むように存在している幻想郷と呼ばれる秘境に存在する。そしてその表と裏を別つ結界は、人が妖怪や怪異を忘却すればするほど効力を増すという仕組みである。だからこそ表の世界で妖怪や怪異を思い出したり認識されるとその効力が弱まってしまう。効力が弱まっていけば、結界の瓦解が起きてしまい、この博麗神社も表の世界に見られてしまうようになるだろう。

 そうなってしまえば、遅かれ早かれ幻想郷は崩壊する。

 

「どうするの? いくら私でも外の世界でどうこう出来るわけじゃないのよ」

 

 霊夢は博麗神社の巫女であるが、同時に幻想郷を守っている結界の管理者の一人でもあり、さらにいえば人と妖怪のいざこざを解決する役割もある。外の世界に出るなどできないのだ。

 だからこそ、この地を覆う結界を創り上げ、表と裏の世界を分断し秘境を創り上げた賢者に問う。人を、妖怪を愛した賢者に。お前はどうするのかと。

 言外に含まれた言葉を理解できない程、霊夢の前にいる賢者は愚鈍ではない。齢千年はくだらないその身には、人の叡智など遙かに越えた力と知性が存在する。

 しかし、その存在を持ってしても。

 

「かといって今接触するのは一寸まずいのよね」

 

 世間の耳目を集めている人物とそう安々接触できる方法がなかった。せめて相手が抵抗しないのであれば、神隠しという形で表の世界から連れてくるということもできるのだが、力ある人間が抵抗すれば、それがどれほどの目を集めるか分からない。そうなってしまえば本末転倒だ。だからこそ慎重に手を打たねばならないのだ。

 唇に人差し指を当てていた紫は、三十秒ほど固まった後に、何かを決心したように頷いた。

 

「夏頃ね。その頃ならば監視の目がない時に接触できるわ」

 

 じゃあねと手を振りつつ、素速く煎餅を一枚掴み、紫は黒い穴に消えていった。霊夢は、それを見送った後、縁側に座り込んだ。その手には、煎餅と湯飲みがある。

 

「それもそうだけれど、竹林の方はどうするのよ」

 

 ばりんと小気味の良い音が、静かな青空に吸い込まれていった。




ようやく幻想郷の話です。
といってもこの後臨海学校に話が移るんですが。ここら辺から話を加速させたいなぁと考えたりしております。
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