IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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仙人の異様な日々

 ラウラ・ボーデヴィッヒは、ある目的のために軍上層部からのIS学園への入学命令を承諾した。

 軍の思惑はともかく、ラウラの目的は織斑千冬を再びドイツ軍の教官となるよう説得することだ。

 実際、IS学園の一日を振り返れば、ラウラはあきれ果て、その思いをより一層強めた。

 教師達は有能だろう。副担任は性格面で問題があるが、技量ならばラウラも素直に称賛できる。しかしそんな教師陣の教えを受ける生徒達は無能で、向上心がなく、愚図ばかり。さらには兵器であるISをファッションか何かのように振る舞っている。

 ひとたび戦争が起きたら、ISを動かせる者が戦闘を行う現実を分かっていない。甘い認識のせいで命を捨てる覚悟がない。

 あれでは軍の新兵の方がいくらかマシだ。彼らは皆、ISの有無を問わず、祖国を守ることを誇りとして胸に秘め、自らが死ぬかもしれない恐怖を克服している。

 だというのに尤も覚悟が必要なIS学園の生徒は無能の掃きだめだ。汚泥のような汚らわしい空間に千冬がいること自体、ラウラには許せなかった。

 だからラウラは不敬であると分かっていながらも、千冬を校舎裏に呼び出した。一刻も早く、このぬるま湯のようなくだらない世界を捨ててもらい、栄光の世界を歩んでいただくために。

 しかし、しかしとうの千冬はラウラの話にうんともすんとも言わない。ただただラウラを困った者を見るように、ため息をつくだけだ。

 そんな千冬の態度に、ラウラはズボンを握り締める。身体の震えが止まりそうにない。必死に思いを綴る。IS学園に、千冬がいるだけの価値がないことを。

 

「どうして、どうしてですか! 教官! ここは貴方を殺す沼です! 貴方の足を引っ張り、沈めようとする敵がそこかしこに潜む! 貴方の輝きは沼を照らすためにあるわけじゃありません! 羽ばたく者を照らすためにあるのです!」

 

 千冬が目を細めた。

 ラウラは口を噤む。脳裏に千冬が軍で指導をしていたときが蘇る。千冬が目を細めるのは、ラウラ達が大きな失敗を犯したときだ。ラウラも幾度か細まった目で射貫かれたことがある。その後重い罰を下された。

 何か失敗してしまったのだろうか。先程とは違う震えが身体を襲う。

 自らの発言を脳内で何度も精査する。失敗はないはずだ。

 

「小娘、私の人生に口出しするだけの何かが貴様にはあるのか」

 

 冷え冷えとした声に、ラウラは熱いものを触ってしまったように、肩をはねあげた。それでも千冬の視線から逃れることだけはしない。何か失態を犯したというならば、罰を受けるのが当然だ。直立不動で千冬の言葉を、罰を命じられるのを待つ。

 しかし千冬は頭に手を当てると、首を振るだけだった。

 

「もう、いい」

 

 落胆で染まったその言葉に、ラウラは顔を青ざめた。心臓が早鐘を打つ。

 見捨てられてしまう。心がその一言で一杯になる。それだけは嫌だ。

 

「貴様は一度、その濁りきった目を洗え」

 

 千冬はラウラに背を向け、去って行った。

 取り残されたラウラは、顔をうつむかせていた。足下の地面が濡れる。

 何故分かってくれないのか。ラウラは下唇を食む。塩気のある生暖かい味が口に広がった。

 

「相手に理由を求めている限り何も変わらんぞ」

 

 声に反応し、ラウラは素速くその場で反転し、ホルスターからナイフを取り出し構える。よく手入れされた刃が、光を反射する。その光を受け、鬱陶しそうに腕で目を覆う人影があった。

 先程までなんの気配もなかったというのに、いつの間にか藤原紅輝が立っていた。紅輝はつまらなそうに、ラウラを見詰めていた。それが無性に疳に障り、ナイフを降ろさず、突きつけたままにする。

 

「どういう意味だ」

「言葉通りサ」

 

 口元に加えている煙草を鬱陶しくゆらゆら揺らし、紅輝はラウラを見ることなく吐き捨てた。

 煙草の煙で、眼帯の下の左目がしくしく痛む。痛みを堪え、ラウラは睨む。紅輝は何を思ったのか、ラウラの視線に気がつくと、今更ながら煙草を右手で掴み、左の掌でもみ消した。

 

「何かを変えたいなら、相手じゃなくまず自分が変わらないと何も始まらない。相手はつまるところ他人だ。思った通りに動くわけがない」

 

 紅輝はポケットに手を突っ込み、ナイフを前に表情一つ変えない。死を前にひょうひょうとした態度でいるのが気に入らず、ラウラは素速く踏み出し紅輝の首元を掴むと、自らの手元に引きずり込み、ナイフを首筋の頸動脈へと当てた。

 冷たい鋼の感触に、紅輝が命乞いするだろうと、仄暗い愉悦がラウラを満たす。「助けてくれ」という言葉を舌なめずりして待つ。

 

「ちっ、餓鬼が」

「なに?」

 

 だが、だが紅輝は表情を歪めると、いきなりナイフを右手で握り締めた。狂人のごとき行いに、さしものラウラも握り締められたナイフを茫然と眺めるしかできない。赤い液体がナイフの刃を伝い、ラウラの手へしたたりかかる。血を浴びた手が火に突っ込んだように熱い。

 

「な、にを、貴様……」

「甘えるな、餓鬼が」

 

 ナイフがへし折られた。そして殴り飛ばされた。

 地面に倒れ、後頭部を打った。下が柔らかな湿った土のおかげで、痛みはない。しかし身体を動かすことはできない。上下逆さまになった紅輝の顔が目に入ってきた。

 

「こんなもの振り回すな、餓鬼が」

 

 紅輝はナイフの刃先をそこらに投げ捨てると、ラウラに背を向け、去って行く。顔だけがその後を追う。まだ、まだ戦えると叫ぼうとした。しかし言葉は喉でつまり、外に出ることはなかった。紅輝が角を曲がり、背中も追えなくなった。

 折れたナイフを片手に、倒れたまま一人取り残されたラウラは、ただ泣きたくなった。

 頬が熱い。青空を眺めながら、頬をそっと抑えた。滑り気のある液体が、頬にもつく。

 どうすれば良いのか分からず、泣くことすらできなかった。

 

 

 

 

 

 シャルル・デュノアは、IS学園の1年生用の寮の廊下を歩いていた。すでに授業は終わり、放課後だ。自室へ帰る途中なのか、幾人かの生徒もいる。

 清掃の行き届いた廊下を歩きながらシャルルは思う。右手に持つ鍵が重い。

 曲がり角の手前で立ち止まり、掌を開く。銀色の鍵を見詰める。メッキを施された鍵は、電灯の光に照らされきらきら輝いている。それがどうにもまぶしすぎるのは、自身が後ろめたい存在だからだろうか。シャルルは、鍵を胸元に押しつけた。普段とは違う硬い感触。胸に巻いたサポーターの感触に、胸の奥がちくりと痛む。

 全て嘘だと叫びたい衝動に駆られる。出自も、名前も、性別すらも嘘なのだと。

 周りの生徒達が騒ぐ声もどこか遠く感じる。それでも目的のために悪目立ちをしないよう、礼儀正しく振る舞う。どうやら根っからの役者らしい。心ここにあらずとも、演技を行うことだけはできる。

 うつむかせた顔の口元が歪む。嘲りが顔を化粧する。

 

「ここか」

 

 どうやら考え込んでいた間に部屋にたどり着いたらしい。鍵に刻印された番号と、扉につけられたプレートのナンバーが符合しているか確かめ、ノックする。

 部屋から「どうぞ」と声がした。高くもなく低くもない声だ。ベルのように澄んだ声。暖かくもなく、冷たくもないその声が、シャルルを落ち着かせてくれた。

 扉をそっと開ける。薄暗い。明かりをつけていないのか。扉の隙間から身を滑り込ませ、シャルルは鼻を押さえた。

 埃臭い。足下を見れば、うっすらと埃が積もり、床が白っぽく見える。

 白い床は、一部だけ埃がない。足跡だ。足跡が一つ、続いている。そこにだけ、埃がない。その足跡を辿っていくと、壁に背中を預けている藤原紅輝がいた。ポケットに手を突っ込み、壁に身を預けている様は、格好をつけている子供のように愛らしい。

 しかし、しかしだ。

 シャルルは黙ったまま、足を持ち上げる。ソックスには埃がこれでもかとくっつている。おろしたての新品のソックスだった。お気に入りというわけではないが、新品が誰かのせいで台無しになったら、心がささくれ立つのも仕方がないだろう。

 ずかずかと部屋を横切り、紅輝の前に立つ。身長差のために紅輝を見下ろす形となる。端から見れば、親子のように見えるかもしれない。

 

「ねえ、紅輝さん。掃除はいつしたのかな?」

「……面倒だから一度もしていない」

 

 紅輝はシャルルの顔を見なかった。

 さすがにこれはない。シャルルはあらん限りの力を腹に込め、できうる限り低い声をだす。

 

「掃除、しますよね」

 

 紅輝は面倒くさげに頭を掻いた。そしてのそのそと動き出した。

 掃除は一時間かけても終わらない。ゴミや汚れはないが、埃がとにかく多い。

 シャルルの額を汗が伝う。しかしその汗は冷や汗だった。恐る恐る紅輝の居場所を探る。どうやら煙草を吸いに行っているようであり、部屋にはシャルルだけだった。

 シャルルは部屋の中を掃除している間、不審ばかりが募った。この部屋に、本当に人が住んでいるのだろうかと。冷蔵庫には何もなく、コップが使われた形跡もない。シンクは水垢一つない。しまいにはゴミ箱に何一つ捨てられていない。

 食堂で食事をしていたとしても、冷蔵庫に水やお茶の一つもないのはおかしい。水道水を飲んでいるから冷蔵庫になにもないとしても、水を注ぐのにコップを使うはずだ。しかしコップ全てに埃が積もっていた。それともたまたまペットボトルを飲みきったところだったのだろうか。しかしそれはゴミ箱が空だから否定される。

 それになにより紅輝の私物が一つもない。服が二着ハンガーに掛けられていただけだ。

 生活感が欠けているどころではない。紅輝がこの部屋にすんでいたとは到底思えない。

 ふと思い出す。フランスにいた頃、近所のイギリス人が良く幽霊の話をしてくれたことを。幽霊は家に住み着くことがあるそうだ。そんなわけないと独りごちる。

 

「何がだ」

「えっ!? いや、何でもない。何でもないです!」

 

 突然話しかけられ、シャルルは文字通り飛び跳ねた。振り返れば首を傾げた紅輝がシャルルを見詰めている。赤い瞳からシャルルは視線をそらす。

 随分と考え込んでしまったようだ。紅輝は煙草の脂の臭いを纏わせている。一本や二本ではないだろう。この臭いのきつさから五本程度は吸っているはずだ。

 紅輝は綺麗になったばかりの部屋を、闊歩している。

 慣れた動作で壁に背中を預けた。シャルルは先程の馬鹿な考え振り払う。どこに煙草の臭いをこれでもかとさせる幽霊がいる。煙草商の幽霊だって、もっと澄んだ臭いをしているだろう。

 安堵を覚え、近くの椅子に座る。

 

「ん? 紅輝さん、袖口、汚れていますよ?」

 

 ふと目に入った紅輝の袖口が染みで汚れていた。最初は煙草の汚れかと思ったが、よくよく見れば、それは血が染みこんだような痕だった。

 

「怪我したんですか。絆創膏ありますよ」

 

 トランクから新品の絆創膏を取り出す。箱を開けようとすると、紅輝は笑いをこぼし「いらないサ」とだけ答えた。そして右手の掌をシャルルに突き出し、小刻みに振る。

 掌は真っ白で傷なんてなかった。一つの傷もなかった。 

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