IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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前回投稿からいきなりお気に入りが379名増えて、びっくりしているkoth3です。
また平均評価が7.32にとなり、一体何があったのか、作者なのに分かりません。
とりあえず言えるのは、ご愛読ありがとうございます。
今回文字数が一万を越えたので、ちょっと長いのでお気をつけください。


只人達の芽生え

 息も絶え絶えに、一夏は昼休みの廊下を走っていた。

 見返れば、欲望で瞳をぎらつかせた女生徒の群れが、猛然と追ってくる。男子顔負けの速さで、少しでも脚を緩めれば、捕まるだろう。ゾンビに追われるパニック映画の主人公になった気分だ。疲労を訴える脚を叱咤し、走り続ける。

 追いかけてくる彼女たちは、皆同じ書類を手にしている。それは数日後に開催されるタッグマッチ戦のペア登録用紙だ。

 もし、あの中の誰かとペアになれば、なぜかは分からないが、一夏だけに理不尽な目が降りかかるだろう。それは火を見るより明らかだ。なんとかして逃げ切らなければならない。

 必死に亡者染みた集団から逃げていると、気がつけば屋上にいた。追っ手は撒いたのか、後ろからは足音ひとつせず、階段が寝静まっているだけだ。

 重い扉を閉めて、寄りかかるようにへたへたと座り込む。春の陽気で温められたコンクリートの熱が、一夏の尻を服越しに焼いて不快だが、それよりも今は身体中が休憩を求めていた。

 おとがいをそらし、深呼吸する。海風が吹いてきて、火照った身体を冷やす。潮の香りが肺一杯に広がり、活力が少し戻った。

 

「一夏?」

 

 一夏は肩をはねあげ、立ち上がった。追っ手がいたのかと声のした方角へ目をやれば、数メートル先に人影がいた。しかし太陽の光が逆光となり、相手が誰かよく分からない。目が光りに慣れるにつれ、相手の顔が影から浮かび上がってくる。

 そこにいたのはシャルルだった。

 

「シャルルか。ちょうどいい、助けてくれ!」

 

 女生徒ではないことに、一夏はひとまずの安堵を覚えた。そしてシャルルへと駆け寄り、その手を掴み取る。柔らかで華奢な手にちょっと不安になりもしたが、それでも今の一夏を助けてくれるのは、シャルルしかいない。

 いきなり手を握られたからか、シャルルは眉根を寄せていた。

 

「え、ちょ、一夏? 急にどうしたの? 放してくれないかな?」

「頼む、俺と一緒にタッグマッチに出てくれ!」

 

 一夏は頭を下げた。それこそ土下座せんばかりに。いや、しても構わなかった。額を焼く痛みの方が、女生徒に追われるより何倍もマシだった。

 困惑しているシャルルには悪いと思いつつも、一夏は己の身を守るためにも、あくどく言葉をたたみかける。

 

「昨日パートナーについて説明されてすぐ紅輝さんに頼んだら、シャルルと組んだ方が良いって言われて。俺を助けると思って、どうかタッグマッチのパートナーになってくれ」

 

 手を合わせ懇願する。

 ちらりと目をやれば、シャルルは一夏のことをじっと見詰めていた。

 

「紅輝さんが、そう言ったんだね? 間違いなく」

 

 シャルルの声音は冷え冷えとして、重たい。急変した態度に、一夏は気圧され、後退った。

 

「う、うん、そうだけど」

 

 シャルルの表情がぱあっと明るくなる。なにが嬉しいのか、鼻歌まで歌い出す始末だ。突然の変化に一夏はついていくことができなかった。ただシャルルの様子に違和感を覚えるだけだ。

 シャルルは放心している一夏の手を力強く掴むと、肩が外れそうになるほど振り回す。

 

「じゃあ、一夏、よろしくね」

 

 そしてスキップをしそうな足取りで、屋上から去っていた。残された一夏は、ただ茫然とその後ろ姿を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 シャルルとパートナーになった放課後、一夏はアリーナにいた。近くにはシャルルもおり、一緒に訓練を励んでいた。

 大会期間中の短い間とはいえ、お互いパートナーになったのだ。足を引っ張りあうことがないよう、試合前に実力を確認し合い、息を合わせる必要がある。そう考え、一夏がシャルルを誘いだした。シャルルは、御機嫌な様子で承諾してくれた。

 自分から誘った一夏だが、シャルルの実力は分からなかった。しかしアリーナで見せつけてくれたシャルルの実力は素晴らしかった。シャルルの操るオレンジ色に塗装されたラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは、第二世代の機体だが、動きに無駄がなく小鳥のように空を舞う。さらには潤沢な拡張領域に仕込んだ多彩な銃器を、高速切り替え(ラピッド・スイッチ)で手品師の如く切り替え、それぞれの銃の最大限の効率を発揮する。

 接近戦しかできない一夏にとって、様々な武器を適宜使い分けられるシャルルとの相性は、抜群だった。一夏が接近戦で相手に貼り付き引っかき回し、シャルルが援護をする。これだけで一般生徒ならば打ち勝つことができるだろうことは、想像に難くない。

 訓練にも段々と熱が入る。丹念にお互いの動きを確認し合う。攻撃のタイミング、咄嗟の事態にはどういう躱し方をするのか。知れば知るほど、二人のコンビネーションは磨かれていく。

 一夏はシャルルとの訓練において、今までにない上達を感じていた。

 これまでの練習では、箒やセシリア、それに鈴が協力してくれていた。しかし擬音や専門用語の嵐か、感性的な説明をされるばかりで、一夏にとってそれらの助言は全く役に立たなかった。それにくらべ、シャルルのアドバイスは的確で、なによりわかりやすい。分かるから助言を動きに取り入れられ、自らのものへと昇華できる。

 

「一旦、休憩にしよう」

「まだまだいけるぜ」

「駄目。これ以上は間違いなくオーバーワークだよ」

 

 渋々と地上に降りる。休憩を取ると、身体にこもった剣気が汗となり、一夏から離れていく。確かにちょっと興奮しすぎていたようだと苦笑をこぼす。すると余計な力が抜けたからか、先程までは見えなかったことが、見えてくるようになった。

 シャルルの様子だ。集中しているようだが、それは目の前のことに力を注いでいるのとは違うようで、どちらかといえば楽しくて楽しくて仕方がなく、溢れ出す活力で百パーセント以上の力を発揮しているようだった。

 何か良いことでもあったのか。身体が冷え切らないよう、一夏は軽くストレッチをしながら、そんなことを考えていた。

 

「ほう、こんなところにいたか。どうやら、蛆も恥くらいは知っているようだな」

 

 そろそろ訓練を再開しようかとしたとき、鋭い敵意が一夏の背中を刺した。振り返れば、ラウラが嘲りを含んだ赤い瞳を一夏へと向けていた。

 一夏は眉をひそめるも、シャルルに呼びかけ空へ飛ぶ。ラウラを相手にすることなく。

 敵意を向けられたからといって、敵意を返すことに何の意味もない。それに一夏自身、ラウラの罵倒を多少は正当なものとして受け止めていたのもある。

 ラウラが口にした、一夏は千冬に迷惑をかけ、それが原因で千冬の栄光を汚したという言葉は、あながち間違いではない。だからラウラが一夏を罵倒することで気が休まるならばと、大人しく罵倒を受けている。

 

「逃げるな。私と戦え」

 

 しかしそんな一夏の後を、ラウラが追いかけてきた。黒い無骨なISを纏い、腕を組んで踏ん反り返りながら、一夏へ命令してくる。

 

「断る。戦う理由なんてない」

 

 一夏はラウラの方へ振り向くことなく、吐き捨てた。罵倒なら受け入れよう。しかし、シャルルまで巻き込むようなことをするつもりはない。

 シャルルへ再び合図を送り、ラウラから離れようとする。

 しかし。

 

「ならば、こちらからいくだけだ」

「一夏!」

 

 衝撃で息が詰まる。素速く反転すれば、ラウラはISのクローをなぎ払っていた。

 

「て、めえ!」

 

 頭がかっとなる。攻撃されたことよりも、無防備な人間を躊躇いなく攻撃するラウラの精神が、一夏の疳に障った。

 

「ふん」

 

 にたにたと笑みを浮かべ、ラウラは武装を展開する。一夏もラウラへ雪片弍型を構える。戦闘状態と判断した白式が、ハイパーセンサーを起動する。

 先程よりも鮮明にラウラの表情が見える。人を傷つけることに愉悦を覚えているのかラウラはほくそ笑む。その様子に、もはや言葉は通じないだろうと一夏は覚悟を決めた。柄を握り締める。雪片弍型がギチギチと音をならす。

 お互いの隙を見計らう中、鋭い声がアリーナ中に響いた。

 

「そこでなにをしている」

 

 アリーナの観客席に、千冬が立っており、一夏達を睨んでいた。

 ラウラは後退りし、下唇を食むと、一夏へと背中を向けた。

 

「覚えていろ、貴様は私が必ずたたきつぶす」

 

 最後まで敵意を消すことなく、ラウラはアリーナから立ち去った。

 

 

 

 タッグマッチ当日、一夏はアリーナの中央でラウラとにらみ合っていた。

 試合抽選の結果、一夏・シャルルペア対ラウラ・箒ペアの試合が第一試合となった。一夏とラウラは、お互いアリーナに整列するよりも早く、敵意をぶつけ合っていた。

 試合開始の合図が待ち遠しい。一夏は逸る気持ちを誤魔化すように、全身に力を蓄える。

 待ちわびていた笛の音が鋭く響いた。

 一夏はため込んでいた力を爆発させるように前進する。瞬時加速(イグニッション・ブースト)までを使って。

 しかしその動きが突然止まる。何かに捕まったように身体が動かない。必死になって前に進もうとするが、やはり身体は動いてくれない。

 

「ハッ、馬鹿が! 貴様の行動など、手に取るように分かる。私とこのシュヴァルツェア・レーゲンにとって、貴様なぞ木偶の坊にすぎん!」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの武装が火を噴く。大口径レールカノンが一夏に直撃する。凄まじい衝撃が全身を襲い、吹き飛ばされる。じんじんと全身が痛む中、機体のチェックを素速くすませる。シールドエネルギーが大きく削れていた。

 

「一夏、気をつけて。いまのはアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)だ! とにかく動いて逃げ続けて!」

 

 隙を晒した一夏を守るため箒を相手にしながら、シャルルが警告を飛ばす。

 すり足で一気に間合いを詰める箒に対し、シャルルは小刻みな足運びを絶えず行い、狙いを絞らせない。

 

「くっ、ちょこまかと!」

「そんな馬鹿正直なソードに当たるもんか!」

 

 大上段の斬撃を、シャルルは巧みにナイフでいなす。閃光が飛び散るなか、両者は目も眩む舞踏を踊る。 

 一夏はシャルルの様子からしばらく援護が期待できないと悟り、助言通りとにかく立ち止まるべきではないと、白式の飛行能力を活用し、ラウラの周りを旋回する。

 

「はっ! 蠅のように飛び交うしかできないか! やはり貴様は教官の弟に相応しくない」

 

 ラウラはアリーナ中央で王のようにどっしりと構え、時折一夏めがけてレールカノンを放つ。それは一夏をかすめるような弾道をしており、明らかにいたぶることが目的だった。

 砲撃に苛まれながら、一夏の心は徐々に静まっていった。怒りが消え去ったわけではない。不思議なことに、怒りはあるが、苛立ちだけが綺麗さっぱり消え去り、ただラウラ・ボーデヴィッヒが悲しい存在に思えてきた。

 ラウラが悲しいと思えば思うほど、紅輝の言葉が鮮明に蘇る。

 何故刀を持つのか。その答えに指の端が引っかかった気がした。

 一夏は旋回を止め、ラウラめがけて突っ込む。

 

「破れかぶれのカミカゼか!」

 

 ラウラの口元が歪む。嘲りが顔一杯に広がる。

 見縊りたくば見縊ればいい。一夏の集中力が増していき、時間を置き去りにする。ゆっくりと世界が進む中、一夏はラウラの瞳の輝きから、AICの起動を察知した。

 瞬時加速。身体が軋む中、横ずれする世界で見た。ラウラが驚愕に顔を歪めていくのを。

 クールタイムなしに再度、瞬時加速。連続で身体が揺さぶられ、一夏の視界が暗くなる。意識が遠のきそうになるのを、精神力でねじ伏せる。

 強張っているラウラの懐に潜り込み、雪片弍型を胴へ振るう。白い光はラウラのISの絶対防御を切り裂いた。

 甲高い金属音が鳴り、ラウラが地表へ吹き飛ぶ。

 

「防がれたか」

 

 残心をとる。一夏の手にある雪片弍型の刃は欠けていた。

 一夏の雪片弍型には零落白夜という、エネルギーを消滅させる能力がある。しかしあくまでエネルギーを消滅させるだけで、刀の切れ味が鋭くなるといったようなことは起きない。詰まるところ、ダメージのみが倍増する、ただの刀に過ぎない。

 そのただの刀で勝負を決めにかかった横薙ぎの一撃は、ラウラが咄嗟に装甲の厚い腕部を盾代わりにしたため致命傷を防がれ、さらには多大な負荷がかかり刃が欠けてしまった。一夏の剣術が、ラウラの戦闘技術に負けた証左だ。

 苦いものがわき上がるが、一夏はそれを振り払う。

 

「貴様!」

 

 ラウラが憤怒の声を上げ、立ち上がる。怒髪天を衝き、一夏を睨む。凄まじい殺気に、一夏の心肝までが凍り付きそうになる。しかし刀を静かに構えなおし、凍てつく鎖を切り裂く。

 削られたとはいえ、シールドエネルギーはまだ余裕がある。冷静さを欠いたラウラ相手ならば、十分対処できるだろう。

 それに。

 

「一夏だけ見ていて良いの?」

 

 一夏は一人ではない。

 箒を下したシャルルが、影から飛び出しラウラの懐へ潜り込んでいた。

 

「なっ!?」

「えい」

 

 可愛らしい声と裏腹に轟音が響く。シャルルのISの右手に取り付けられていた小型のシールドから、一本の太い杭が飛び出している。巨大な薬莢がゆっくりと地面に落ち、カランと小気味いい音を響かせた。

 

盾殺し(シールドピアス)。いい威力でしょう?」

 

 シャルルは妖艶な笑みを浮かべ、アリーナの壁に縫い付けられ苦悶の表情を浮かべるラウラの腹に盾殺しをそえる。

――ガシャン、ガシャン、ガシャン。 

 腹に響くほどの大音量が幾度もアリーナを満たす。観客席が静まりかえり、一夏自身シャルルの容赦のなさに怯えつつ、そっと様子を窺う。

 シャルルの影であまり様子は窺えない。分かったのは、アリーナの壁にラウラが埋め込まれ、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲全体に罅が入り、もはや戦える状態ではないことだ。刀を鞘に収め、一夏は息をゆっくりと吐き出した。

 

 

 

 ラウラは、盾殺しを腹に押しつけられたまま、現状を信じられず茫然としていた。倒れ伏すのはあの男のはずなのに、なぜか自分がやられている。何故、何故、何故。思考が疑問で埋め尽くされていく。

 杭が腹にねじりこまれる。苦悶の余り呻き声が漏れてしまう。

 

「あのさぁ、君、邪魔なんだよね。あの人の後をつけ回して。何様のつもり?」

 

 目の前にいるシャルル・デュノアが耳元でぼそりとラウラにだけ呟く。見下した瞳がラウラに向けられる。

 

「あ、ああ……」

 

 その瞳は、かつて幾度も向けられたものだった。捨て去ったはずの、千冬のおかげで捨て去れたはずの過去。過去の手に背中を捕まれ、ラウラは身体の震えを隠せなかった。

 

「馬鹿な、ありえない。私が、教官を汚すなど」

 

 同じ言葉をぶつぶつと繰り返す。しかし状況は変わらない。

 何故、勝てない。自分はまだ弱いのか? 

 ラウラのアイデンティティーが崩壊していく。そんな崩れていくラウラに、誰かがそっと囁いた。

 

――力が欲しいか?

「……せ、よこせ! 私に比類なき力を! あの瞳を恐怖に歪められる力を!」

 

 ラウラは手を伸ばした。強くあるために。誰よりも強くあるために。それが何をもたらすか、そしてその契約が悪魔の契約だと知らずに。

 シュヴァルツェア・レーゲンが溶け出す。液体金属となったレーゲンが、ラウラの身体を包み込む。冷たい感触に、ラウラは我を取り戻す。必死になって逃げようとする。

 しかし、レーゲンはそれを許さずラウラを取り込んでいく。伸ばした手の指先にまで、液体金属が纏わり付く。

 

「助け、て。教官」

 

――とぷん。

 ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンに取り込まれた。

 

 

 

 動きのない二人の様子に、一夏は訝しくなり、プライベート・チャンネルでシャルルに呼びかけようとした。

 しかしチャンネルを合わせるよりも早く、シャルルが突然後方へ吹き飛んだ。いきなりの事態に、一夏は直ぐ様動くことができなかった。

 

「シャルル!! 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫。シールドで防ぐことがなんとかできたから」

 

 アリーナの中央で蹲るシャルルの下へ駆けつけてみれば、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIに取り付けられていた小型シールドが粉砕していた。

 何が起きたのかとラウラの方を見やる。そして目を見開いた。

 ラウラの姿が大きく変わっている。纏うISが、変形していた。無骨な印象を与えていた武装はすべてなくなり、その代わりとでもいうのか、一振りの刀を携えていた。また装甲はどろどろに溶け、流動しており、表面が波打っている。マネキンのような人型が真ん中に鎮座しており、それは明らかにラウラよりも背の高い人物の姿を模していた。

 異常なISの姿に、一夏は背筋が凍り付いた。それは見るからにおぞましいものだ。

 

「ラウラ、おい、ラウラ!」

 

 一夏がラウラへ駆け寄ろうとした。するとシュヴァルツェア・レーゲンらしきISは、目にもとまらぬ速さで詰め寄り、一夏へ斬りかかってくる。

 咄嗟に雪片弍型で受け止めることに成功したが、一夏は凄まじい膂力に耐えきれず、はじき飛ばされてしまう。

 

「今の、は……。ふざけんな! それは千冬ねえのだろうが!」

 

 刀をあわせた一夏だから分かる。今の一撃は千冬の刀を模したものだと。人並み外れた力を、人並み外れた身体能力で増大させる剛の剣。途方もない重さを叩きつける、一夏にはとても真似できない一撃だ。

 しかし、しかしそれを許されたのは織斑千冬だけだ。間違っても、訳の分からないISが繰り出していいものではない。

 視界が赤く染まる。怒りで身体が震える。目の前で佇む敵をばらばらにしてやりたいという衝動が、暴れ狂う龍みたく一夏の内側を破こうと暴れ回る。雪片の柄を握る手の力が増す。今すぐにでも斬りかかりたい。

 しかし、一夏は自らの頬を叩いた。じんじんとした痛みが、一夏に冷静さを取り戻させ、怒りを霧散させた。

 

「シャルル、箒を頼む。それとできるだけ早く先生達を」

 

 刀を構え、がらくたを牽制をする。

 目の前のがらくたが無防備な姿の箒や、アリーナのバリアを破り、観客に襲いかかるかもしれない。それを防ぐためにも、誰かが囮になる必要がある。己が囮になるなど、我が儘だと分かっている。シャルルの方が、一夏より実力がある。しかし眼前のがらくたと戦うのは自分でなければならない。そうでなければ、一夏は己を見失うだろう。

 

「分かった。気をつけて」

「応」

 

 シャルルが行動を開始すると、花の蜜に誘われた蝶のように、がらくたが反応した。僅かな初動に対応し、すぐさま一夏が半歩近づき、注意を集める。がらくたは、その不気味な顔らしき箇所で、一夏をねめつけた。

 喉がからからに渇く。がらくたの一太刀でも浴びれば、一夏はおそらく死ぬだろう。

 一夏の考えがあっていれば、がらくたの持つ刀は雪片だ。千冬がISの選手時代に使っていた、零落白夜を扱える刀。それのデッドコピーだろうが、全くのこけおどしな可能性は楽観に過ぎる。エネルギーを切り裂けると考えた方が良い。だとすれば、白式の絶対防御は意味をなさないだろう。

 危険性は否が応でも増す。白式は防御力に優れた機体ではない。むしろ他のISと比べて劣る機体だ。死ぬ可能性もあるだろう。

 それでも、それでも一夏は決意を胸にがらくたへと対峙する。

 

「ああ、怖いな。でも、なんでだろう。ラウラ、今のお前を見ていると、無性に許せないって思うんだ。こんなことが許せない。お前が憎いんじゃないだぜ。むしろ悲しいなって思うくらいだ。何だろうな、これ(、、)。……ああ、そうか。これが勇気か」

 

 だとしたら、なんて悲しいのだろう、勇気とは。

 一夏は目元に溢れた涙を指ですくい取る。弾いた水滴が、空中できらきら輝いて消えていった。

 

「行くぞ」

 

 踏み出す。深々と轍を残し、一夏は走る。がらくたが一夏へ刀を振り下ろす。風を纏う剛剣を、雪片弍型でいなす。受け止めるのも弾くのも、一夏の力では不可能だ。雪片弍型ごと両断されるだろう。故に、いなす。力のベクトルをそらす。たとえそれが今までの一夏にとって無理なことでも。

 不思議なことに、一夏は振り下ろされる刀の軌道が予め分かった。だからこそ、力を込める必要なく、いなしきれた。

 がらくたは、両断されなかった一夏に苛ついたとでもいうのか、その真っ黒な刀を振り回す。滅茶苦茶に振るわれる一撃一撃が、一夏にとっては死を告げる呼ぶ子だ。それでも後退はない。ただ前進を続ける。時にいなし、時に足運びで斬撃から身をひるがえす。幾度も襲いかかる死に神の鎌を前に、一夏の心は凪いだ湖面のように静寂に満ちていた。

 呼吸は乱れず、身体から余計な力が抜け落ちる。五感が鋭くなる。常より鮮明に映る太刀筋。風が肌をなでる感覚。鉄火場の鉄臭。口腔内を刺す辛味。鼓動を伝える脈動。

 自分の肉体が、いや、細胞一つ一つすら手に取るように分かる。どうすれば、神の鞭を振り払えるか。余計なものは頭から徐々に消え去り、それだけに思考が費やされる。

 次第に一夏の周りが静かになっていく。極限までに高まった五感は、むしろ自ら消え去ることを望んだ。相手さえ見られればいい。刀を握っているかが分かればいい。危険を嗅ぎ取れるだけでいい。血の味さえ分かればいい。相手の心さえ聞ければいい。今や、ここにいるのは一夏とがらくたのみ。黒い世界で両者は波紋を生み、対峙している。

 荒々しい波を、目をこらさなければ分からないような小さい波がかき消す。

 一歩、二歩、両者の間合いが縮んでいく。

 がらくたが今までよりもなお力を込めた一撃を繰り出した。稲妻のような唐竹割りを前に、一夏はただラウラがいた辺りへ目を向けた。

 

「なあ、ラウラ。それでいいのかよ、お前。そんなのがお前のいう千冬ねえの強さなのか?」

 

 ぴたりとがらくたの動きが止まる。切っ先が一夏の額ぎりぎりで止められる。刀はぶるぶると震えており、二つの力ががらくたの中で拮抗していた。

 それを見届け、一夏は安堵した。刀を降ろす。刃はぼろぼろで、あと一振りでもしようものならば、砕け散っただろう。

 これ以降は、もう一夏のすべきことではない。

 

「良くやった、一夏。そして、ありがとう」

「別に良いさ、千冬ねえ。それよりも」

 

 全てが蘇る。一夏の目の前には、打鉄を纏う千冬の姿があった。感じたことのない覇気が、千冬の身体から発せられている。

 

「自分がしでかしたことだ。自分でぬぐうさ」

 

 その答えに満足し、一夏は刀を収めると、二人に背を向けた。

 背後で鋼のかち合う音が響き、そして、幼子のような慟哭がいつまでも木霊した。

 

 

 

 ピットについた瞬間、一夏はアリーナから保健室へ、教師陣の手で文字通り担ぎ込まれた。抵抗一つ許されず。保健室へ着いたら、すぐに様々な精密検査が実施された。

 検査が終わった後も、しばらくは保健室からでないよう告げられ、渋々従っている。

 とはいえ、消毒薬の臭いがこもった部屋に一人じっとしているのはつらい。部屋の端から端を意味もなくグルグルと歩く。身体を動かしていた方が、気が楽だった。

 そうしていると、扉がノックされた。

 

「入るぞ」

 

 保健室に入ってきたのは千冬だった。その顔は普段と変わらない仏頂面を装っているが、弟の一夏からしてみれば、わかりやすいほどに晴れ晴れとしている。

 

「お疲れさま、千冬ねえ」

「う、む。そうだな、少し疲れたな」

 

 どうやらもう教師モードではないらしい。

 一夏は保健室の、背もたれのない生徒が使う椅子に座った。千冬も養護教員の椅子に座り込む。

 二人の間に沈黙が訪れる。それに堪えられなかったのか、千冬はぼそりと呟いた。

 

「訊かないのか?」

「別に。そりゃあ最初は全部話して欲しかったさ。でも、何でか知らないけど、そんなこともういいやって思うんだ」

 

 一夏にだって譲れない事情があった。ならば千冬やラウラにだっていろいろな事情があるだろう。それらは無理に訊くようなものではない。

 

「変わったな、いや、成長したのか」

「そうかな?」

「ああ、間違いない」

 

 後頭部をひっかき、にへらと照れ笑いが浮かぶ。褒められたのはいつ以来だろうか。嬉しくて、にやけ顔を戻せない。

 調子に乗るなと千冬に軽くはたかれる。

 

「それに、お前は私を越えたよ」

 

 一夏が千冬の顔へ目をやる。千冬は、柔らかな微笑みを一夏へ向けていた。

 

「剣術の極みは抜かぬことだという。それは人を傷つけるのではなく、守るためにだ。お前はあのとき刀を収めた。それは私にはできないことだ」

 

「これからも精進しつけろ」と言い残し、千冬は保健室を立ち去った。

 一夏はよろよろと立ち上がり、保健室のベッドへ身を投げた。そしてそのまま瞼を閉じた。

 

 

 

 目を覚ましたラウラが起き上がろうとしたとき、身体がベッドに拘束されているのに気がついた。それは厳重な拘束で、縄抜けの訓練を受けたラウラですら、脱出できそうにない。妙な気怠さに襲われつつも、首を倒す。首を傾けた方には、カーテンが閉められ、ベッドの近くには何かの機械が、ラウラには分からない値を画面に映しているのが目に入った。その機械から伸びるコードは、ラウラに繋がっている。

 病室だろうか。それにしてはラウラが抜け出せないほどの拘束具があるなど、余りに物騒な病床だ。おそらくは、特別な保健室(、、、、、、)だろう。

 

「起きたか」

 

 聞き覚えのある声に、唯一自由に動く首だけを逆側に巡らせると、千冬がラウラを拘束するベッドのそばにいた。

 

「教官、……私は」

 

 ラウラの様子を窺っている千冬の姿に、何が起きたのかを思い出した。シュヴァルツェア・レーゲンに取り込まれたこと。そして織斑一夏と千冬により助けられたこと。

 苦いものが口の中に広がる。後悔のあまり臍を嚙む。どうしてああなったのか、それはラウラ自身良く理解できた。暴走した状態で一夏と戦い、そして千冬に一刀のもとに斬り捨てられ。

 詰まるところ、ラウラは弱かった。心が。どうしようもないほどに小さく、脆く。

 それに反し、二人には確固とした信念があった。だから強かった。信念のない、ペラペラなラウラがぶつかったところで、どうして傷をつけられよう。蟻を気にする象などいない。だというのにそれすら分からず良い気になっていたのが、ラウラだ。

――なんて、なんて自分は愚かでちっぽけだったのだろう。

 再び口を開こうとしたラウラだが、千冬はそれを指で制した。

 

「構わん。何も言うな。お前はすでに学んだ。ならば、私から何も言うことはない」

「教官」

 

 千冬はラウラの拘束具を取り外し始めた。戒めが取り外されてなお、ラウラはしばらく起き上がる気力がわかなかった。

 

「お前のレーゲンにはValkyrieTraceSystemが組み込まれていた。お前もそれがどういうものか知っているだろう?」

 

 ラウラが知る限り、VTSはISに関する条約で禁止されている。そのシステムは、ISの国際大会の部門別優勝者、通称Valkyrieのデータを再現するというものだ。しかしそれは操縦者の肉体・精神両方に大きな負荷がかかると禁じられている。

 そんな代物に、ラウラは全てを投げ渡そうとした。

 結局、何も変わらなかった。千冬が指導してくれる前の、落ちこぼれの時から。

 布団を握り締める。人生の中でここまで惨めな思いを味わったことはない。

 

「おい」

 

 声に反応し、顔を上げると、額に千冬のチョップを食らった。

 食らった箇所を両手で押さえ、涙を堪えていると、千冬は腰に手を当ていつものように力強く断言した。

 

「反省はいい。だが自虐はよせ。知らなかったなら、知っていけばいい。そうやって人は成長するんだ。なあに、お前はまだ若い。いろんなことをこれから学んでいけばいいさ」

 

 千冬が笑う。ラウラは千冬の顔を茫然と眺めていたが、弱々しくも笑顔を形作った。

 

「はい」




書いてて思ったのですが、キャラクターが動く、動く。シャルロットはなんか凄い怖くなっちゃったし、一夏は一夏でなんか一人時代劇を繰り広げているし。
まあ、これがうちの一夏君、シャルロットなんだろう。
ではまた次回、お目にかかりましょう。さようなら。

あんまりにもタグの東方を消せという話が多く、一々感想で返答するのが面倒なので、ここで一括に返答させていただきます。
まず、前提条件としてこの作品は東方projectとISのクロス作品です。東方のオリキャラを書きたかったのではありません。元々は藤原妹紅を主人公にするのを計画しましたが、それだとIS学園に入る理由が全くありませんので、断念しました。むしろ苦肉の策として、藤原紅輝というキャラクターが生まれました。
次に、東方が全くでないということですが、ISの量子化や人類の宇宙進出に対し、月関連が動かないわけがありません。さらには不老不死という存在が表にいれば、幻想郷自体存在が発露する危険性もあるでしょう(幻想郷を覆う結界は、幻想が忘れられているからこそ効力を発しております。もし不老不死という幻想がばれれば、結界が失われ、幻想郷の崩壊が訪れかねません)。
このように東方をクロスさせることで、世界観に複雑な対立構造が生まれるので、それを書いてみたかったのです。特にその中で成長していくティーンなどを。
ですので、東方のタグを消す予定は一切ありません。
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