IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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只人達の解決と、暗雲

 タッグマッチ戦から日曜日を挟んだ月曜日、一夏はあくびをかみ殺しながら、教室へ向かった。

 教室内は、普段より騒がしかった。タッグマッチの事件の熱が完全には消えていないのだろう。自分の席へ向かう途中、別々の子に、何度も似たような質問をされた。当事者の一人である一夏ならば、誰よりも詳しいと考えてのことだろう。

 質問はうまいこと誤魔化しながら、挨拶を交わすのにとどめる。一夏は言い広める気はなかった。

 席に着けば、身体のだるさに負けて机に突っ伏す。肉体的な疲労はないものの、精神的な疲れが全然とれていない。

 というのも、休日であるはずの昨日は、またしても事情聴取などで潰れてしまい、全く休めなかったからだ。ようやく様々な雑事から解放されたのは、すでに日をまたいでいた。慌ててベッドに飛びこみ、眠りについたが、一日中話し続けた疲れはしつこく残っている。

 初夏の陽気が混じりだした日差しを浴び、身体がぽかぽか温まると、一夏は船をこぎ始めた。

 うつらうつらとしていると、鈴の音のように澄んだ高い声が聞こえた。眠気に負けそうになりながらも、気合いで瞼を開ければ、ちょうど紅輝が目の前で席に着いたところだった。

 

「おはようございます、紅輝さん」

 

 鞄から教科書を取り出していた紅輝だったが、取り出した教科書を一旦脇に置き、いつもと変わらぬ仏頂面を一夏へと向けた。

 

「ああ、おはよう。土曜日は大変だったらしいな」

「ええ。でも紅輝さんこそ、風邪は大丈夫ですか? 夏風邪は長引くと言いますし、気をつけてくださいね」

 

 紅輝は罰が悪そうに頬に手を当て、より一層むっつりと黙り込んでしまう。

 タッグマッチ当日、シャルルから紅輝が風邪を引いたと知らされていたが、今の今までお見舞いも出来ず、一夏の中でしこりとなっていた。放課後にでも、バナナか何かを持って行こうか。病み上がりの時は消化の良く栄養をつけるものが一番だろう。

 つらつらとそんなことを考えつつ、一夏は紅輝に頭を下げた。

 

「紅輝さん、ありがとうございました」

 

 顔を上げれば、紅輝が目を丸くして呆けた表情を晒していた。

 ここまで感情豊かな紅輝の姿を、一夏は初めて見た。幼い顔つきに似合わない、冷静沈着という言葉を体現したような、落ち着き払った紅輝の表情しか見たことがなかった。しかしいつも見る顔よりも、今の紅輝が浮かべている顔の方が、色が出ていて良いと一夏は思う。

 

「いきなり何だ?」

「以前、紅輝さんに教えてもらったこと、なんとなくですが分かった気がします。もしあのとき教えていただけなかったら、俺、きっと勘違いして暴走していたと思うんです」

 

 ようやく得心がいったのか、紅輝の顔に納得の色が広まる。

 そしてそっぽを向いた。

 

「それはお前さんが勝手に見つけたことだろう。俺は全く関係ないサ」

 

 素っ気なく言い放つと、紅輝は再び教科書を取り出し始める。そんなことはないと一夏が食い下がろうとした。

 

「オイ」

 

 しかしいつの間にかとなりに立っていたラウラ・ボーデヴィッヒに声をかけられたことで、渋々諦めざるをえなかった。

 苛立ちを隠しながら、一夏がラウラの方へ向き直る。ラウラはその赤い瞳を一夏と紅輝とに向けると、勢いよく深々と腰を折った。

 

「すまなかった。今までの行いを謝罪させてくれ」

 

 頭を下げ続けるラウラの姿に、最初は戸惑っていた一夏だが、すぐに笑顔を浮かべた。

 

「おう、分かった」

 

 ラウラが顔を上げる。しかしその表情はどこか納得がいっていないようだった。ラウラが紅輝へ顔を向けると、紅輝も鬱陶しそうに頷いた。表情が戸惑いに変化した。一夏が小首をかしげそのことを訊ねれば、ラウラは言いにくそうに答えた。

 

「私が言うのもアレだが、これまでの行いは酷く身勝手なものだった。今から思えば、馬鹿馬鹿しい小娘の戯言だ。それで二人に迷惑をかけたのだ。そう簡単に謝罪を受け入れてもらえるとは思わなかった」

「ああ、なるほど。でも、ラウラは反省したんだろう?」

 

 こくりとラウラが頷く。

 

「なら、さ。大切なのは間違いを繰り返さないことじゃないか? 偉そうかもしれないけど、俺はそう思うよ。誰だって間違える。譲れないものならなおさらな」

 

 屈託ない笑顔を一夏がすると、ラウラは「そうか、そうだな」と呟いた。

 そしてなにやらもじもじとしだした。人差し指を絡め、くるくると回す。そして一夏と紅輝の顔をちらちらと仰ぎ見る。何をしたいのだろうかと一夏が訝しんでいると、ラウラは顔を真っ赤にし、開いた両手を伸ばす。

 

「その、だ。と、友達に、なってくれないか?」

「……おう!」

 

 一夏は満面の笑みを浮かべ、その手を力強く握った。紅輝は一瞬戸惑ったようだが、一夏が見守る中、頬をほんのりとリンゴ色に染め上げ、ラウラの手を握り返した。ラウラの表情がぱあっと明るくなる。それは幼子が初めての友達を得たときのような、微笑ましい笑顔だ。思わず一夏の顔も緩んでしまう。

 そうしていると、ホームルームの予鈴が鳴る。ラウラは名残惜しげに二人の手を放し、席へ戻っていった。

 

「はい、皆さん。おはようございます。もう、席に座っていますね」

 

 予鈴が鳴り終わると真耶が入ってきた。なぜだかは分からないが、その顔は疲れた顔をしている。一夏が寝ぼけ眼をこすりよくよく見直すが、やはり真耶の表情からは疲労の色がありありと覗いており、何かあったのだろうかと小首をかしげた。

 

「て、転入生が今日は来ます。お願いします、シャルロット(、、、、、、)さん」

 

 吃る真耶に促され教室に入ったのは、シャルルだった。しかしその服装はズボンではなく、スカートだ。それに何かの花を思わせる香水の香りを漂わせている。

 辺りがわっとざわめく。そんな中、シャルルは声を張り上げた。

 

「シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノアです。日本政府が亡命を受け入れてくれましたので、こうして本当の自分になれました。今まで皆さんを騙して申し訳ありません」

 

 シャルロットの言葉に、誰もが言葉を失った。只管にシャルロットのつむじを見詰めていた。

 シャルロットが不安そうな瞳で、皆を見回す。小動物のような弱々しさに、一夏は怒りを覚えることなく、自然と慈悲に似た心がわき上がってきた。

 

「気にしないさ。なにか事情があるんだろう? それに亡命したってことは、シャルル……シャルロットも危ない橋を渡らざるを得なかったんだろう? 危ない目に遭った奴を、それでどうして責められるんだ。反省している奴に鞭を打つなんて出来やしないさ。なあ、皆」

 

 一夏が訊ねれば、クラスメイトは皆一様に頷く。

 シャルロットは目尻に涙をいっぱい溜め、「ありがとう、ありがとう……」と呟いた。なかには涙もろいのか、目を真っ赤にしている生徒もいる。

 真耶に至っては、鼻をすんすん鳴らし、ハンカチを目に当てている始末だ。

 

「それではホームルームを終わります。うぅ……。皆さんが優しい生徒で私は嬉しいです」

 

 一夏は一時間目までの僅かな間でシャルロットに話しかけた。いまだ涙目のシャルロットだが、多少は落ち着いたのか、目こそ厚ぼったいが、晴れ晴れとした笑顔をしている。一夏も知らず知らずのうちに笑顔が浮かんだ。

 

「シャルル……シャルロット。また今度、練習につきあってくれよ」

 

 常と変わらないように、シャルロットへ話しかける。なんだかんだ言って、シャルロットの話は怪しい出来事に違いない。おそらく噂が広まるだろう。根も葉もない話が広がるかもしれない。だからこそ、一夏はシャルロットの味方でありたかった。

 

「……うん、ありがとう、一夏。それとシャルで良いよ? 言いにくいでしょ?」

「お、そうか? じゃあ、シャル、今度よろしくな」

 

 まだシャルロットに向けられる視線は、好奇と疑惑に満ち満ちている。しかしこうして和気藹々と話していけば、いつしか周りの目も変わるだろう。一夏は多少のださんを抱きながらも、シャルロットとの会話を続けた。

 いくつか話題を振り続けていると、シャルロットの笑顔も増えてきた。そのことが嬉しく、ついつい話に力がこもる。そうしていたら、ふと一夏とシャルロットに影が差した。

 一夏が見上げると、そこには箒がいた。仏頂面で一夏を睨んでいる。

 

「どうした、箒? そんな顔をして」

「どうした、ではない。何をしているのだ、お前は。そいつは何をするか分からないのだぞ?」

「おい、箒!」

 

 一夏が立ち上がり、箒を睨む。しかし箒は机を叩き、一夏に食い下がる。

 

「お前は自分の価値が分かっていない! 一寸したことでも気をつけなければならないんだぞ! それなのに怪しげな輩に自分から話しかけて!」

 

 一夏は首を振る。確かにシャルロットは怪しいかもしれない、しかしシャルロットが何かをしたのかと。意図が伝わったのか、箒の目が鋭さを増す。

 二人がにらみ合うさなか、シャルロットが一夏をとめた。それでも怒りを抑えきれず、一夏は箒に対し、赫怒に染まった目を向け続けた。

 

「ふん。謝れば全てが許されるわけではないだろう」

 

 そう言い残すと、箒は教室から出て行った。

 後を追いかけようとした一夏だが、シャルロットに手を掴まれ引き留められた。

 

「ゴメン、シャルロット。箒の奴があんなこといって。でも、普段はああじゃないんだ。ただ、真面目な奴だから、時折行き過ぎちまうんだ」

「ううん、別に気にしていないよ。篠ノ之さんのいうことも一理あるもの。僕は皆を騙してきた。その分、疑われるのは仕方ないよ。だからもう一度信頼されるように、僕は一所懸命に頑張らないと」

 

 その言葉が一夏はありがたかった。

 きまじめな箒だが、その分敵を作りやすい。だが悪い奴ではない。さっきだって一夏を心配しているからこそ言い過ぎたのだろう。

 一夏は箒が去っていた方角をぼんやりと眺め続けていた。

 

 

 

 篠ノ之箒は、人気のない階段で脚を抱えて蹲っていた。

 

「どうして、どうしてだ……! 私はあんなことを言いたかったわけじゃないのに……!」

 

 頭を抱える。本当はシャルロットにあんな厳しい言葉を言うつもりはなかった。むしろ、励まそうとしたくらいだ。シャルロットが亡命を選択した事情は知らない。しかしよほどのことくらい、馬鹿でも分かる。だから励ましたかった。名前を変え、居住地を転々と変えるのは辛い。

 かつて政府の重要人物保護プログラムを受けさせられた経験から、全てが新しい生活の苦しさを知っている箒は、これからそんな生活をすることを余儀なくされたシャルロットを応援したかった。

 だというのに、だというのに箒の口から出たのは、憎まれ口だった。一夏がシャルロットと楽しそうに会話をしていたのを見たときから、自分をとめられなかった。ただ全てを傷つけるだけと理性が分かっていても、それでもとめることは出来なかった。

 そのあげく一夏に睨まれ、それが嫌で逃げ出して頭を抱えている。

 ちっぽけな自分のことが箒はきらいだ。

 

「もう、やだ……」

 

 暗いこぢんまりした隅の影で、箒は肩を震わす。このまま消えてしまいたい。そもそもこの学園に箒がいること自体、間違いでしかないのだから。

 鬱屈した感情に囚われる中、ふと箒のポケットの中で携帯が震えた。取り出すと、液晶には『篠ノ之束』の文字がしみ出したかのように浮かんでいた。

 一瞬で、箒の心に強い怒りが燃え上がる。今こうして箒が惨めな思いをするのも、全ては束に原因があると。

 箒の姉である束は変わった人であり、ものすごい天才でもある。ISを造ったのは束だ。世界中の科学者が日夜研究しても、全てを解明できていないISを、たった一人で造りあげたのだ。その知能は、箒には想像も出来ない。しかしその知能が原因なのか、束は周りを拒絶した。周りを有象無象の虫けらのように考え、話をすることすら拒んだほどだ。

 そんな束だからこそ、ISを造り発表したのだろう。家族がどうなるかも考えずに。

 ISが発表されてから、篠ノ之家はバラバラになった。政府の手で安全を守るためにと、誇りである名前を変えられ、住み慣れた家すらも変えることを余儀なくされた。そしてその原因を作った束は、一人さっさと逃げした始末。

 だから箒は束がきらいだ。子供の頃にはあった大切な全てを奪った姉のことが。

 それでも通話ボタンをおした。例え着信拒否したところで、何らかの方法で連絡をしてくる。ならば最初に受けた方がまだ気が楽だ。

 

『ハロハロー、箒ちゃん』

 

 受話器から聞こえてきたのは、脳天気な声だった。それが気に障る。

 

「切りますよ」

 

 だから返答する箒の声が冷たくなるのも仕方がないだろう。

 

『ストップ! ストップ! 待って待って! 今日は箒ちゃんに用があるの。そろそろ箒ちゃんの誕生日だからね、束さん、奮発したんだよ? 箒ちゃんのためだけに、プレゼントを用意したの。臨海学校の時に渡すから、楽しみにしていてね。バイバイ』

 

 それだけを言い残し、電話が切れた。

 箒は身体をぶるぶると震わし、握り締めて軋む携帯をゆっくり頭上にあげ、持てる力を振り絞り床にたたきつけた。

 粉々に砕けた携帯を見ても、箒の心に燻る火は消えることはなかった。




作中で三回頭を下げるシーンがあるのですが、やっぱり多いですかね? 一応は、三人の状況や内心は全く別にしようと努力はしましたが。
あと、今回書いていて分かりました。シーンとシーンとの間が飛びすぎですね。そこら辺きちんと描写しないと……。
それと東方に関してですが、今のところ予定といたしましては、一話挟んでから東方の世界観に移ります。
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