Fate/stay night-Unlimited World 作:轟th
内容としましてはFate/stay nightを主軸としてオリジナル要素を突っ込んでいく予定ですが、外史として見たほうがいいかもしれません。
一応は週一の更新速度を目指したいと思いますが、どうなるか解りません。
またFateシリーズということで何十番煎じとなっておりますので、「似たような話知っている」や「流れが別の作品と同じだ」と感じることがあると思いますが、そこはご理解ください。
では、本編をどうぞ。
子供の頃、『正義の味方』に誰もが憧れたことがあっただろう。
弱きを助け強きを挫くの言葉通り、漫画やアニメに登場するスーパーヒーロー。
けれど、何時からか誰もがそれが空想の存在だと思うようになる。
それは常識――現実を直視したことで『正義の味方』は幻想だと知ってしまったから。
ならば、それらを度外視してヒーローになる為にはどうしたら良いのか考えてみよう。
手っ取り早く、戦争で活躍して功績を上げれば良いのだろうか?
確かに、それなら英雄として崇められるだろうが、大量虐殺の狂人となる危険性がある。
ではもし、目の前に如何なる願いも叶える聖遺物が現れたのならどうする?
貴方は迷うことなくそれに触れ、英雄への片道切符を手にするのだろうか?
それを望むも望むまいも、その選択は貴方の自由だ。
だが、決して忘れてはならない。
何かを護りたいと云う願いは、何かを犯そうとする存在を欲することだと。
正義の味方には、打倒すべき悪が必要である。
所詮、この世界は――犠牲なくして対価は得られないのだ。
「ほい、チェックメイト」
黒のナイトが、白のキングの退路を断つ。
赤髪の少年は何とか駒を動かそうとするが、既に逃げ場を絶たれてしまっている。そもそも彼にはキング以外に残されている駒がおらず、対戦相手には黒の駒が多く残されている圧倒的に不利な戦況を覆すなど少年には至難だった。
「俺の勝ち」
「だあああっ! 負けた~」
大きくため息をこぼし、赤髪の少年は背もたれに身体を預ける。
対戦相手の少年はチェスの駒を片付けると、脇に置いてあった賭け金――パンの入った紙袋に手を突っ込み適当に三つ選んで抜き取る。残り物のパンが入った紙袋は赤髪の少年が受け取り、中身をテーブルに出して確認してみる。
「えーと、“麻婆豆腐パン”に“煮干ベーグル”……それと“食パン”」
「何とも言えないな。俺のは“抹茶サンド”に“おはぎパン”、後は“フルーツサンドイッチ”」
微妙なチョイスである。
別にこれは彼らが好き好んで買った物ではなく、学校の購買部にて売られている「運任せのパンセット」というものだ。中には毎日中身が変わる六種類のパンが入っており、これでワンコインというお得感を売りにしたセットなのだ。ここだけの話、人気がなくて売れ残ったパンが入っているだけなのだが。
「くそっ、今度こそ勝ってやる」
「そういって何度負けてるんだ、士郎」
悔しがる赤髪の少年に、黒髪の少年は笑う。
赤髪の少年こと衛宮士郎がチェスをしたことは今回が初めてではなく、そして黒髪の少年こと藤堂カグヤに通算二十五戦中、0勝二十敗五引き分けと負け越している。引き分けたと云ってもステイルメイトになった訳ではなく諸事情によりゲームが続行不能になったからだ。つまり士郎はカグヤに惨敗を喫しているのだ。
「どうして勝てないんだ」
「士郎は戦術云々の前に、チェスに向いていない」
パンに齧り付きながらダメ出しをする。
一度は退かしたチェスの駒を幾つか取り出すと、テーブルの上に並べる。
「こういう配置になった時、次にどんな手を取る?」
「ん?」
見れば白のポーンを犠牲にすれば、黒のクイーンを取れる。六種あるチェスの駒の内、キングを除いた中で最も価値のある最強の駒だ。これを取れればゲームの進行を優位にでき、更にプロモーションしていないポーン一つだけで済むなら安いものだ。普通なら誰もがクイーンを取る選択をするものだが。
「これだとポーンが取られるから、こうだな」
あろうことか、士郎はポーンを逃がした。
これにより追い込まれていたクイーンは包囲網から脱出してしまう。
「あのな? なんでそこで歩兵を助けてんだよ。おかげで女王が逃げたぞ」
「けど、あのままだったらポーンは殺られてたんだ」
「だから士郎はチェスに向かないんだよ。普段なら駒を生かすのは良いが、戦術の中には駒の犠牲を払って優位な形やチェックメイトを狙うものもあるんだ。さっきの状況ならポーンを犠牲にしてでもクイーンを取るものなんだ」
「……別に犠牲を出さずとも勝てるだろう」
「お前もブレないな?」
衛宮士郎は、『正義の味方』を本気で志している。
十年前に起こった冬木大災害で天涯孤独となった士郎は、自分を救ってくれた男・衛宮切嗣の養子となった。その男の影響を受け、その理想を実現しようと本気で目指している。それも「小の虫を殺して大の虫を助ける」の諺のような英雄ではなく、
「すまん、遅れた」
そこへ眼鏡を掛けた少年が入ってくる。
彼は柳洞一成、ここ穂群原学園の生徒会長であり二人の友人だ。
「遅いぞ、柳洞」
「先生からの用事、そんなに大変だったのか?」
「いや、思ったより手間取っただけだ。して、二人は食べ始めたばかりか?」
「ああ。だが、流石は売れ残りだけあって微妙なラインナップだ」
煮干ベーグルに齧り付きながら返答する。
どうやら生地に煮干の粉末が練り込まれているらしく、確かに煮干の風味を感じる。
「そう言えば、先生方が仰っていたが近々部活動を禁止する予定らしい」
「あんなことがあれば当然か」
「何かあったのか?」
「知らないのか、士郎。学校の直ぐ傍で殺人事件があったんだよ。一家四人中、助かったのは一番下の子供だけ。何でも全員が刺殺らしくてな、凶器が長物らしい……おかげで俺は警察から事情聴取を受ける羽目になって大変だったんだぞ」
「確かに藤堂は全国大会で優勝したこともある猛者だからな。それに常にアレを学校まで持ち込んでいるのだから仕方あるまい。使用目的は明快であり、登録証も常備しているのだから誤認逮捕される心配はあるまい」
「自粛しろ、とは言われたけどな」
「まぁ、カグヤがそんなことする訳ないって知ってるけどな」
「ありがとうよ、親友………ぶほぁっ!」
次のパンを口にした瞬間、カグヤは悶絶した。
どうやらこの“泰山特製”と銘打たれた麻婆豆腐パンは凄まじく辛く、それを食べてしまったカグヤは午後を保健室のベッドで過ごす羽目になってしまった。復活した彼曰く、「あれは人間の食べ物じゃない」とのこと。
「はぁ、思ったより時間掛かったな……」
綺麗になった弓道場を見渡し、士郎は一息ついた。
放課後から始めた作業だが、掃除が行き届いていない為に思ったより手間が掛かったのだ。本来であれば部員が掃除するものであり、既に退部した士郎には関係がない。ならば何故に掃除をしていたのかと云えば、『頼まれた』からだ。
衛宮士郎は幼少期に正義の味方になると決めて以来、「人助けが生きがい」として自己を犠牲にしてでも誰かの為になることをしてきた。高校に入学してからもそれは変わらず、学園内で様々な要望に応じて各所に赴いては機械の修理や頼まれごとを引き受けている。そうした生活を送っていたら気が付けば、「穂群原のブラウニー」「偽用務員」「ばかスパナ」といった二つ名を付けられてしまった。
今回の掃除も、友人である間桐慎二に頼まれたものだ。断る理由もなかったので引き受けて掃除を始めた訳だが、夢中になるあまり気が付けば十九時を回ってしまった。今更慌てたところで校門も閉められていたので、無理に早く帰る必要性がなくなったので満足するまで徹底的に掃除することにしたのだ。
「さてと、帰るか……ん?」
校門に向かおうと一歩を踏み出した時だった。
物音一つしない静寂を破る音が、校庭の方から聞こえてくるのに気が付いた。この時、士郎は純粋に興味本位からそちらへと足を向けてしまった。もしここで家に帰っていれば、彼の運命は狂わなかったのかもしれない。
「………人?」
月明かりがないので、最初に目にしたのは人影だった。
近付くに連れて徐々に鉄と鉄がぶつかり合う音――剣戟音がハッキリと聞こえてきた。まさか誰かが斬り結んでいるのかと思いながら恐る恐る接近し、物陰からソっと顔だけを覗かせて校庭の様子を伺った。
そこにあったのは――信じられない光景だった。
校庭のど真ん中では二振りの双剣を手にした紅衣の外套を身に纏った人と、禍々しい紅い槍を手にした青い装束の人が本気で
「人間、じゃない……!」
前に一度、カグヤの試合を目にしたことがあった。中学の時点で大人顔負けの実力者であった彼は“平成の剣聖”の通り名を与えられていたが、まさにその通りだと思った。カグヤの剣は他の追随を許さないほど抜きん出ており、同年代では既に相手にならない程だ。事実、大会中全ての試合を一太刀で終わらせている。
だが、そんな親友すら霞んでしまう程に彼らは逸脱していた。
もはや目で追えないほどに全てが速く、互いに凶器を弾き合うが互いに殺し合っていることを知らせていた。あんな攻撃の前に置かれてしまったら人間など抵抗することな出来ず、呼吸する間に軽く十回は死んでいるだろう。
―――逃げなければ。
こんな所に長居は無用。さっさと逃げ出さなければ死んでしまう。
頭の中ではそう思っているのに、身体が全く云うことを聞いてくれなかった。いや、直感的に衛宮士郎は理解していた。ここで下手に音を出せば確実に殺されると。彼らとの距離は軽く四十メートルは離れていたが、逃げ出した瞬間に背中から心臓を貫かれる予感があった。だから決して物音一つ立ててはいけない。
「――――――」
呼吸音すら察知されるのではと云う恐怖にかられながら耐える。
不意に音が止んだ。
見れば“人型をしたナニカ”は距離をとり、向かい合ったまま立ち止まっていた。
殺し合いが終わったのかと、気を緩めた瞬間。
「ひ――っ!」
口から悲鳴が漏れる。
先ほどとは比べ物にならない程に強烈な殺気が槍使いから放たれ、直接向けられている訳でもないのに心臓が握られたように萎縮する。ガチガチと音を立てる歯を食いしばり、震える身体を必死に押さえつける。
「何だよ……あの魔力!」
魔力とは、魔術を行使する上で必要不可欠なエネルギー。
人為的な奇跡や神秘を再現する技術である魔術はその大きさにより、必要となってくる魔力の総量も変化する。そして自然界に満ちる星の息吹たる
あれだけの魔力を使って放たれる一撃を防げる筈もなく、双剣使いは確実に殺される。
「誰だ―――!」
無意識に後退った音に反応し、槍使いがこちらを向く。
気付かれたと理解した時には既に、士郎の身体は逃げる為に向きを変えていた。あんな動きをする相手から逃げ切れるなんて思い上がっていなかったが、士郎の本能はその場から逃げ出さずにはいられなかった。振り返らなかったが、背後から迫る圧力に槍使いが追い掛けて来ていることが嫌でも解った。
「くっそ……失敗、だ」
気が付けば、士郎は校舎の中にいた。逃げるのであれば人目のある街中に行くべきだが、恐怖心から必死に走っていたとは云え隠れるのなら別の場所に向かうべきだ。よりにもよって逃げ場がない廊下など、自分から袋小路に飛び込んだも同然だ。今更悔やんでも仕方がないが、兎も角逃げなければならない。
「はぁはぁ……い、いない?」
恐る恐る振り返れば、背後に追跡者の影はない。
聞こえてくるのも床を蹴る自分の足音と荒い呼吸音のみ、他には何も聞こえない。いや、もしかしたら追いかけて来ると思ったのは錯覚で、実は誰も来ていなかったのかもしれない。兎も角今は足を止めて深呼吸を。
「はぁ、はぁ………これで」
「――追いかけっこは終わり、だろ」
声は、目の前からした。
いつ先回りしたのか、士郎の目の前にはあの槍使いが立っていた。
「なん、で……」
「逃げられないってのは、お前自身誰よりも解っていた筈だ。ああ、別に逃げたからって責めたり見下したりなんかしねぇよ。人間ってのは頭じゃ判っていても、死を前にすると得てして逃げ出してしまう生き物なんだ」
まるで挨拶でもするように、親しげに話す。
無造作に槍が持ち上げられてたのに、士郎は動けなかった。
「運がなかったな坊主。ま、悪いが死んでくれや」
そのまま心臓を貫かれた。
容赦も情緒もなく、無慈悲なまでに衛宮士郎は―――殺された。
「あ、あ―――」
指先から、力が抜けていく。
胸に突き刺さっていた槍が引き抜かれると、立っていることも出来ず倒れる。どういう訳か出血はそれほど激しいものではなく、緩やかに流れ出て床を濡らす。士郎は自分が静かに死んでいっていることを実感した。
不思議と痛みはなく、まるで深い海の底へと沈んでいくような感じがする。
先程まで感じていた恐怖は薄れ、今は音すら遠くなっていく。
「死人に口なしってな。仕方ねぇと言えばそうだが――これで英雄とは笑わせる」
はぁ、とため息をつく声が聞こえる。
「ああ、大人しく退いてやる。サーヴァントの方も確認したからな……ちっ」
声が聞こえなくなる。
多分、窓から飛び降りて行ったのだろう。
「――――――」
誰かがやってきた音がしたが、もう耳もろくに聞こえなくなってきた。
薄れゆく意識の中、士郎が最後に思ったのは養父と交わした約束のことだ。家族同然の付き合いのある人や数少ない交友関係者たちのことも考えたが、それでも頭の中を大きく占めたのは約束を守れなかったことだ。薄情と思われてしまうかもしれないが、それだけ士郎にとって大切なことだったのだから。
と、死に体だった手に熱が篭る。
凍り付いていた血流が、まるで沸騰したと思える程に流れる。
止まっていた心臓が、ドクンドクンと力強く脈打つのを感じる。
「あ―――」
呆然と目が覚めた。
寝起きの状態としては最悪としか云いようがなかったが、沈んでいた意識が浮上する。指を動かすことさえ億劫に感じながらも、持ち上げた手を左胸――心臓の上に置く。刺し貫かれて止まった筈の心臓は、確かに鼓動しているのが伝わってくる。
普通なら殺されたのは質の悪い夢だと考えるかもしれないが、士郎は確かに自分が殺されたのだと理解していた。胸の部分が裂けた制服やべったりと廊下に染み付いた血の跡が、自分の考えが正しいことを肯定している。
本当に死んだのなら、何故蘇ったのか?
士郎は何もしていない。最初から、彼にはそんな能力はない。
ならば、後からやって来た誰かが助けてくれたことになる。
「礼も、言えてないな……」
ふらつく足で何とか立ち上がり、廊下を見渡すも人影は既にない。
流れ出た血液が凝固していることから、おそらく死んでから十分ぐらいだろうか。
足元に転がっていたペンダントを無造作にポケットに押し込み、ゾンビのような足取りで学校を後にする。外は肌寒いはずなのに、自分の身体が燃えているかのように熱かった。それでも何とか家にたどり着いたのは、日付が変わった後だった。
誰もいないリビングに寝転がり、ようやく一息つく。
「……あれは一体、何だったんだ?」
気分が落ち着いたところで、冷静に思い返してみる。
しかしどれだけ考えたところで解ったのは、自分の手に負えないことだけ。普通の殺人事件ならば警察にでも通報するところなのだが、あれはもはや人間では対処しきれない問題だ。完全武装していても一分と持たないだろう。
―――カランカランッ
頭上から鐘の音が響いたのは、その直後だった。
衛宮家は腐っても魔術師の家系なのだから、結界の一つぐらい付けてある。相手を迎撃するような高等なものではなく、単に侵入を知らせるだけの鳴子のようなものだ。敷地内に主に認められていない者が侵いると発動するタイプの魔術。
「泥棒……な訳がないか」
昨日の今日なのだ。
侵入者は十中八九、士郎を殺したあの槍使いだろう。何しろ『死人に口なし』と言ったのはあの男なのだから、おそらく何らかの経緯で士郎が蘇ったことを知り、そして再び命を奪いに来たに違いなかった。
身を起こし考えるは、攻めるか退くかの二択。
逃げられないのは先ほど身を以て味わったので、残すはアレと戦うことだ。
「なら武器が必要か……何かないか」
薄暗いリビングを見渡す。
ここが道場なら竹刀や木刀があるのだが、生憎とここにはそういった物はない。あるのは精々台所の包丁やナイフぐらいなもので、そんなチャチな武器ではあの長物の相手にはならない。出来れば丈夫で細長い物がいいが―。
「って、あるのはこれだけかよ」
見付けたのは、テーブルの上のポスターだけ。
ないよりはマシだが、こんな物でアレの相手をするのかと考えただけで笑えてくる。
「上等だ」
だが、逆に腹が据わっていた。
手にしたポスターに魔力を流し込み、あの槍に抵抗できる程度に強度を上げる。これは未熟ながらも衛宮士郎が出来る数少ない魔術の一つ、魔力を通して対象の存在を高めて文字通りの効果を発揮する『強化』の魔術。
「良し、一先ずはこれで――」
部屋の中央を陣取り、敵が来るのを待つ。
作戦としては敵が居間に突入してきたら、それと入れ替わりに外へと飛び出す。そのまま一直線に土蔵へと飛び込んでより強い武器を作る。その後のことは考えていないが、倒せないながらも追い払うことぐらいは出来るはずだ。
「ふぅ……―――っ!」
息を整えた直後、士郎は反射的に前に転がった。
たん、と背後からの軽い着地音を耳にしてすぐに体勢を整えて急拵えの剣を構えた。槍使いは退屈そうな素振りで、ゆっくりと士郎の方を振り返った。
「余計な手間を。見えていたら苦しいだろうと、オレなりの配慮だったんだがな」
気怠そうに畳に突き刺さっていた槍を引き抜き構える。
後少しでも反応が遅れていたら、あの槍で脳天から串刺しにされていたことだろう。咄嗟に反応できたのは訓練の賜物であり、その点に関しては自分を立ち上がれない程にボコボコにしてくれる親友に感謝していた。
「全く、一日に同じ人間を二度も殺すハメになるとは……人の世は相変わらず血生臭い」
眼中にない、といった素振りで悪態をつく。
普通なら見下されていることに腹を立てるところだが、こと今回に関しては行幸だった。校庭で見たときのような覇気も感じられず、これなら何とか切り抜けて土蔵へと駆け込むことができると一縷の望みに士郎は託す。
「じゃあな、坊主。今度こそ迷うなよ」
ため息をつくように槍使いは言った。
直後――無造作に繰り出された一突きが心臓へと向かい、急造の剣に弾かれた。
「づぁ――っ!」
「……あ?」
右腕に走った痛みに士郎は呻き、槍使いは眉を顰めた。
本来であれば今の一撃で確実に士郎は二度目の死を迎えていた筈だった。彼からすれば士郎が持っているのは単なるポスターでしかなく、そんなものでまさか自分の槍が防がれるとは微塵も思っていなかったからだ。
それ故に――。
「おい、変わった芸風だな」
槍使いから表情が消えた。
先程まであった油断や慢心が掻き消え、獣のような鋭い眼光で士郎の動きを観察する。
状況が一変してしまったことに、しまった、と士郎は悪態をついた。本来なら槍使いのやる気がない内に外へと飛び出さなければならなかったのに、何とかなると云う思い上がりがそれを失敗させてしまった。男は完全にこちらを警戒している。
「ただの坊主だと思ったが、なるほど……微弱だが魔力を感じる。確かにこの手で殺したつもりだったんだがな、心臓を穿たれても生きているってのはそういう事か。なら今度こそ蘇らないように送り届けてやるよ」
槍の穂先が向けられる。
拙い、今度繰り出されるであろう一撃は自分では防げない。あの男の持つ武器が槍でなく剣や斧であるのなら、予備動作から回避も可能であっただろう。だがアレは槍――軌道が見切ることが困難な点である槍だ。
「いいぜ……気張れよ坊主」
刹那、横薙ぎに槍が振るわれる。
士郎はこれを咄嗟に剣で受け止めると踏ん張ることなく、寧ろ槍の軌道に合わせて同じ方向へと床を蹴って飛んだ。それにより士郎の身体は勢いよく弾き飛ばされ、その先にあった窓を突き破って庭へと転がり出る。そのまま数度転がり、立ち上がると同時に駆け出し――。
「ふんっ」
いつの間に迫っていたのか、男の蹴りが士郎の腹にめり込む。
ただの回し蹴りにも関わらず、まるでダンプカーに撥ねられたように士郎の身体は宙を舞って背中から地面へと落ちた。深呼吸しようとしたが、口から吐かれたのは鮮血だった。信じられないことだが、士郎は蹴られたことで二十メートルは離れていた土蔵までとばされたのだ。だが不幸中な幸いなことに、そこは目的地だった。
おまけに土蔵の扉は開けっ放しとなっており、士郎は扉に手をついて滑り込むように中へと転がり込んだ。背後から槍使いが迫っていたのは確認していたので、士郎は生き延びる為に丸めていたポスターを勢いよく広げて目の前にかざした。即席の盾であったが、ポスターは確りと迸る槍の穂先を防いでくれた。
「がっ……!」
だが、そこが限界だった。
耐久限界を超えてしまったポスターは四散してしまい、唯一の得物を失ってしまった士郎は朦朧としながらも別の武器を探そうとして……目の前に突きつけられた槍の穂先により身動きがとれなくなってしまう。
「詰めだ。今のは割と驚かされたぜ、坊主」
男が腕を伸ばせば、それだけで槍が士郎の心臓を貫く。
覆しようのない事実を前に、士郎の意識は男から外れて槍にだけ集中する。
「じゃあな、坊主」
繰り出される槍が、スローモーションになって見える。
これが俗に言うタキサイキア現象なのかと、士郎はぼんやりと考えていた。体感的には後数秒後には穂先が心臓を貫き、血が噴き出すことだろう。自分の死を目前にして衛宮士郎が感じたのは恐怖ではなく、訳も解らないまま殺される理不尽への怒りだった。
ふざけるなよ、と。
そんなの認められる訳が無い。どんな理由を並べられようと、納得できるハズがない。
助けてもらったのだ――であるならば、簡単に死んでいい訳がない。
生かされたからには、義務を果たさなければならない。でなければ生きている意味がない。
ならば殺されていい訳がない。
こんな―――
「簡単に人を殺せる奴に――っ!」
瞬間――世界が白く染まった。
否、突如と背後から眩い光が溢れ出したのだ。
「え……?」
何が起こっているのか。
解ったのは何処からか出現した少女らしき人影が、今まさに士郎の心臓を穿たんとした槍を弾くと男の間合いへと更に踏み込んだことだった。
「馬鹿な! 本当に七人目の“サーヴァント”だと!?」
自らの槍を、“視えない武器”で弾いた少女に男は驚愕した。
少女は構わず更なる攻撃を繰り出し、その見た目に反して重い剛剣に男はたたらを踏む。そして土蔵の中では不利と悟ってか、獣の如き敏捷さで跳躍して外へと飛び出した。少女は敵を警戒しつつ士郎の方へと振り返った。
「―――――」
言葉が出なかった。
突然過ぎる出来事に脳が付いていかないのもあるが、それ以上に見惚れていた。
差し込む僅かな銀色の月光を背に受けながら立つ騎士姿の少女は、何処か浮世離れし幻想的な光景はまさに完成した一枚の絵だった。自分よりも幼く見える可憐さを持ちながら、男顔負けの力強さを兼ね備えた騎士姫。
その宝石のように美しい青い瞳で士郎を真っ直ぐに見据え。
「――――問おう。貴方が、私のマスターか」
凛とした声で、金髪碧眼の美少女はそう言った。
-Side Change-
正に、衛宮士郎が運命の出会いを果たしていた頃。
同時刻新都某所にて、藤堂カグヤもまたある意味で運命の邂逅を遂げていた。
「……………」
ただし、それはロマンティックとは到底呼べる物ではなかった。
別に空から女の子が降ってくるとか、白馬の王子サマを望んでいた訳ではない。
しかし、これは――。
「あー、うん……どうしよう」
思わずため息が出てしまうのは仕方ない。
視線を前方へと向ければ、人気のない小道のど真ん中に一人の少女が倒れている。最初は先日話していた件の辻斬りの被害者かと思ったが、それにしては出血している様子も独特な血の匂いもしないので違うことは直ぐに解った。ならば何故にこんな道を遮るようにして、年頃の娘が倒れてしまっているのか。女性の浮浪者がいないとは言わないが、それにしては服装などまともなものを着ているので除外する。
どうかこれが白昼夢であったのなら、どれだけ良かったか。いや、これが空想だった場合はそれを見てしまう自分の頭が女に飢えていると捉えられるので、それはそれで困りものだが。今はそんなことは重要ではないか。
「見捨てる、訳にはいかないんだよな……」
はぁ、とため息をこぼす。
どう見ても怪しいが、カグヤは見捨てられずに少女を助けることにした。もしこの場に何処ぞの正義バカが居たのなら考える間でもなく助けるのだろうと考えたからだ。警戒しつつ傍まで歩み寄ると、先ずは少女を仰向けにする。
少女は、紛うことなき美少女だった。カグヤが出会った中で確実に五指に入り、おそらく街中を長い金髪を優雅に揺らしながら歩けば誰もが振り返ってしまいそうな程の美少女だ。それだけに倒れている理由が皆目見当がつかない。パッと見た限り暴行を受けた様子もなく、何処か制服じみた服装にも乱れた感じもしない。
「おーい、生きてるー?」
「う、ぅん……」
痴漢扱いされぬよう、肩に手を置き揺する。
どうやら死んではないようで、反応が返ってくる。
「一先ず生きているか……大丈夫か?」
「―な――ぁ」
何やらボソボソと呟いている。
今度はよく聞き取ろうと口元に耳を寄せると。
「おなかぁ……すき、ましたぁ」
クギュゥッ、と可愛らしくも間抜けな音が響く。
何だか警戒していた自分がバカらしく思え、カグヤは深く深く――深ぁぁぁく溜息をついた。
一先ず介抱しようと思ったが、流石に見ず知らずの女性を自宅に連れ込めない。かと言って殆ど意識のない人をおんぶしてファミレスに行ける筈もなく、暫らく考えた末にカグヤは女性を近くに有る冬木中央公園に連れて行くことにした。
「よいしょっと………!?」
移動すべく女性を背負った瞬間、背中にムニュンと柔らかくて大きな張りのある――メロンのような何かが押し付けられる感触が伝わってきた。服越しだと云うのに伝わってくる熱に思わず顔を赤らめ、カグヤは深く考えないように移動する。
次回から「前書き」にて補足を行おうと思います。
ただ何について説明するか考えておりませんので、必要に応じてになります。
クリック? クラック! また来週!