Fate/stay night-Unlimited World   作:轟th

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今更ですが、補則の説明を行います。
時代は西暦2004年の二月、冬木市が舞台となります。
冬木は周囲を山と海に囲まれた自然豊かな地方都市であり、中央に流れる未遠川を境界線として東西に分かれています。東側に位置するのが近代的に発展した「新都」、西側が古くからの町並みを残す「深山町」です。

先日、とある伝で小学校の入学名簿を見る機会があったのですが……一目見て言葉を失った。何しろ読めないのだ! アニメやゲームの影響なのだろうが、酷いとしか云いようがない。子供たちが大人になったとき、自分の名前で苦労するんだろうなとしみじみ思ってしまった。

では、本編をどうぞ。


第二夜:戦う者

 人気のない公園のベンチで、少女は目を覚ました。

 周囲を見渡してから何故自分が見覚えのない場所にいるのかと首を傾げたが、やがて自分が誰かに助けられたことを思い出した。しかしそれらしき人影は見当たらず、何か事情があって何処かに行ってしまったのだろうと判断する。何はともあれ、少女は自分が置かれた状況とこれから成すべきことを改めて確認した。

 

「私はルーラー。この冬木で行われる第五時聖杯戦争を管理する為に聖杯により召喚された」

 

  聖杯戦争――それは無限の願望機『聖杯』を奪い合う争い。

 己が願いを持つ七人の参加者(マスター)と、彼らと契約を交わした七騎の使い魔(サーヴァント)。サーヴァントは聖杯を通して英霊の座より召喚され、成したい望みを果たさんが為に主人であるマスターと一緒に覇権を競うことに協力する。聖杯は最後まで生き残った一組にのみ与えられるので、自分が勝ち残るためなら平然と無関係な人間を巻き込む者も少なからずいる。公平を期すために形式上の監視役が設けられているが、マスターには監督役に従う義務はないので問題行動をしても注意は出来ても止めることは出来ない。そこで聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く絶対的な管理者――それこそが彼女だ。

 

「先ほど感じた感覚……最後のサーヴァントも揃いましたか」

 

 本来ならもっと早くに到着している予定だった。

 ところが止むに止まれぬ事情により、日本に来るのが大分時間がかかってしまった。

 

「私も急ぎませんと……」

「こんな時間に一人で出歩くのは感心しないぜ、嬢ちゃん」

 

 背後からの突然の人の気配。

 少女は反射的にベンチから飛び跳ねて降りると、距離を取って振り返った。そこにはベンチの背凭れに器用にしゃがみ込む青い装束の男がいた。夜に溶け込む深い群青、釣り上がった口元は粗暴で何処か獣じみた臭いが風に乗って伝わってくる。明らかに平成の世に相応しくない闘争の中で生きた人間だ。

 

「聞きてぇんだけどよ、嬢ちゃんから感じるのはサーヴァントの気配だ。だが、サーヴァントは七騎全部が現界しているのは確認済みだ。残っていた最後の枠も、さっき埋まったことはこの目で見てたしな。なら八騎目になるアンタは何者だ?」

「……私はルーラー、この聖杯戦争の裁定者です」

「ルーラー?」

 

 聞きなれない言葉に、槍使いは眉を潜める。

 通常の聖杯戦争であれば裁定者は必要ないが、特定の条件が満たされると聖杯が非常事態と判断して彼女たちを召喚する。通常のサーヴァントと大きく異なる点は、マスターを必要とせず自らの意思で判断・行動を可能としている。更には魔術に関わりのない一般人を平然と巻き込むマスターを戒めるため、場合によってはサーヴァントにペナルティを課すことも可能である。そうした点からも他とは一線を博す存在である。

 

「へぇ、そんな役割が存在するとわな」

「本来であれば呼び出されることなど有りませんので」

 

 少女の説明に、男は神妙そうに頷く。

 

「それで、私に何の用ですか。ランサーのサーヴァント」

「用件は単純でな――アンタと戦いに来た」

「私と戦ったところで意味がありません。私は誰かと組むことはありません」

「そうだとしても、ウチのマスターからの命令なんだ」

 

 諦めてくれ、そうランサーはうんざりとした様子で返す。

 彼はマスターより聖杯戦争に参戦する全てのサーヴァントと交戦するよう命ぜられ、ここに来るまでに自分以外の六騎と手合わせを済ませていた。本来であればルーラーである彼女と戦う必要性はないのだが、サーヴァントである事実に変わりはない。現にこの様子を伺っているマスターからも交戦の指示が出ている。

 

「……解りました」

 

 停戦を諦め、ルーラーも戦いに備える。

 学生のような私服から着慣れた戦闘装束へと換装し、腰から吊るした剣を抜き放つ。彼女が構えているのは通常の剣よりも細く、されどレイピアとまではいかずとも斬撃より刺突に重きを置いた生前愛用した武器だ。対してランサーが持っているのは長槍、ハッキリ言って剣と槍では間合いの違いから相性が悪い。だが彼女とて長物を相手にしたことは幾度となくあるので、槍兵との戦い方も承知している。

 それでも、相手が悪かった。

 

「どうした? 随分と動きがトロいじゃねぇか!」

「ぐっ!」

 

 繰り出される猛攻に、彼女は苦戦を強いられていた。

 刺突かと思えば薙ぎ払い、薙ぎ払いかと思えば打ち下ろしが襲い掛かってくる。フェイントも含んだ変幻自在の攻撃を前に防戦一方となり、ルーラーは舌を巻いていた。槍兵のサーヴァントには最速の英霊が選ばれると云うが、これ程の実力者ともなれば世界に三人といない選りすぐりの槍手と云っても過言ではない。

 

「(流石は音に聞こえしクー・フーリンですね)」

 

 それが槍兵の真名だった。

 クー・フーリン――アイルランドの神話に登場する大英雄。幼い頃に豪商クランの番犬を誤って殺してしまったことで、自分が代わりにその犬の子を育て忠実な番犬にし、それまでは自分がクランの家を守ることを誓った。これが彼が「クランの犬(クー・フーリン)」と呼ばれる所以だ。「赤枝の騎士団」の騎士となると冥府でもある影の国の女王スカサハの下で数々の魔術と体術を会得し、そして師より魔槍ゲイ・ボルグを授けられる。これを手に彼は幾つもの功績を立てたが、最期にはその槍で自らの命を奪うこととなった。

 ルーラーのサーヴァントには、固有スキルとして「真名看破」が与えられている。聖杯戦争において最も秘匿性が求められるサーヴァントの真名を、直接遭遇するだけで名前のみならずスキルや宝具などの全情報を即座に把握出来るのだ。英雄の大半が後世に伝説や逸話が残しており、その中には弱点に繋がる情報も含まれている場合がある。例えば大英雄のアキレスであれば「踵」が弱点であるのは誰もが知っている有名な話だ。マスターがサーヴァントを名前ではなく属するクラス名で呼び合っているのはそういった理由があるからだ。それをルーラーだけが最初から手の内を識ることが許される。

 だからとて、勝てる訳ではない。

 彼女とて一廉の英雄として活躍した実績があるが、そもそもランサーとルーラーとでは戦い方が根本的に異なっている。片や槍を片手に先陣を駆け抜け多くの敵を打倒した兵士、片や軍勢を率いて戦略により味方を勝利へと導く将。どちらが個としての武技に秀でているかといえば、論ぜすとも自明の理である。

 

「何処の英霊か知らないが、この程度か!」

「こちらにも事情があるのです!」

 

 拙い、ルーラーはそう思った。

 確かに彼女はマスターを必要とせず活動できるが、それはつまり言い換えればマスターからの魔力供給を受けられないということになる。加えて彼女はこの世界に現界するに際し、エーテルで出来た仮初の肉体ではなく生者である少女の肉体に憑依したのだ。また宿主に負荷が掛からないようにするにも多くのエネルギーを必要とし、「サーヴァント」として活動している間ややたらとカロリーを消費しているので、つまりは物凄くお腹が減るのだ。彼女が不覚にも路上で行き倒れていたのはそれが理由だ。

 しかし、例え全快状態で戦ったとしてもこの槍兵には敵わないとルーラーは悟っていた。おそらく負けることはないだろうが、決して勝つことは出来ないであろう相手。こちらに残された奥の手を使わざるを得ないに違いない。

 

「―――あ? 何事?」

 

 状況を打開しようと模索していた時だった。

 戦いに集中していた両者は同時に声のした方を向けば、そこには紙袋を抱えた黒髪が小首を傾げながらこちらを見ていた。彼が自分を助けてくれた声の主だと気付いたルーラーは、考えてしまったが故に出遅れてしまった。意識を向けた時には既にランサーは少年の前へと移動し、その心臓を貫かんと穂先を向けていた。目撃者を消すのが暗黙の了解であり、そういう意味でランサーの行動は至極当然であった。

 今からではルーラーは間に合わない。

 次の瞬間には真っ赤な柘榴の花を咲かせ、絶命するはずだった。

 

「ほいっと」

 

 だが、少年は半身を開いて避けると右の手刀を伸ばす。

 適当に槍を突き出しただけとは云え平然と躱し、更には反撃してきた少年に驚きランサーは大きく後方へと跳んだ。泰平の弛緩しきったぬるま湯の世界で生きている子供が、まさか避けると思っていなかっただけに衝撃は大きい。

 二騎のサーヴァントが呆然としている中、少年はスタスタとルーラーの方へと近付くと彼女が持っていた剣を拝借し、代わりに紙袋を押し付ける。そのまま剣の重さや長さを測るかのように何度か素振りしたが、その独特の風切り音を耳にしながらルーラーは軽く目を見張った。実力者ともなれば直接剣を交えずとも、相手の実力がどれくらいなのか見当がつく。真剣に触れる機会など殆どない時代に少年は身体の動かし方や呼吸、間合いなど明らかに実践的な剣術を知っている者の独特の動きだった。

 

「さて、始めようか?」

「……おいおい本気か? この俺が誰か判ってんのか?」

「知らん。俺に解るのは、お前が危険人物であることだけだ」

「逃げようとは考えなかったのか? 普通なら一目散に逃げ出してる所だろう」

「アンタは目撃者ってだけで俺を殺そうとした。例えこの場から逃げられたとしても、必ず追いかけてきて命を狙ってくる。何より、襲われている女性を見捨てて逃げるなど――それは男が廃るとは思わないか?」

 

 そう言って笑う少年に、ランサーは口を閉ざした。

 これ以上相手の戦意を問うのは、少年に対して侮辱だと判断したからだ。

 

「なら相手してやる。死んで後悔すんじゃねぇぞ!」

「その素っ首、叩き落とす!」

 

 これより先は言葉は無用の世界となった。

 

 

 

「はぁっ!」

「っ―――!」

 

 高速で突き出される槍の一撃を、カグヤはすんでのところで剣で受け流す。既に相手の腕力が自分を遥かに上回っており、まともに受け止めれば腕が痺れてしまうことは理解していた。いや純粋なパワーだけでなく、走力や体術といったありとあらゆる点においてランサーはカグヤが足元にも及ばない程に高みにいた。それでも何とか食らいついているのは、これまでに培ってきた技量と経験則からくる直感。それとランサーが手を抜いているからだ。

 カグヤは知らないことだが、ランサーは今回の偵察任務において全力を出しての戦闘を禁止されていた。あくまで様子見のみ、ある程度実力を測ったら撤退するように指示されていた。そういった意味では、現状出せる全力を持ってランサーはカグヤの相手をしていた。それでもなお二人の間には埋めきれぬ程の差が存在している。

 

「チィ―――ッ!」

 

 カグヤは攻め倦ねていた。

 自分の持つ剣が必殺と成りうる間合いへと踏み込まなければならないのに、敵はそれを決して許してはくれなかったのだ。相手は目と鼻の先に居ると云うのに、たった二メートルの距離が果てしなく遠く感じられた。二メートル近い武器を持つランサーは、ただ自らの間合いに踏み込んでくる相手を迎撃するだけでいい。自らの射程範囲に入ってきた外敵を貫く方が、自ら打って出ることよりも容易なのだ。これは謂わば槍の結界だ。

 カグヤは必死に、頭の中から“格上の槍使いの記憶”を呼び起こしながら打開策を考える。このランサー相手には定石で挑んだところで容易く打ち砕かれ、生半可な策では攻撃に転じた瞬間に急所を穿たれて絶命する。

 

「―――――」

 

 その光景を、ルーラーは固唾を呑んで見ていた。

 そのサーヴァントとは、伝説や神話に登場する『英雄』そのものだ。伝承の中にて活躍し確固たる存在となった彼らは“超人”であり、成し遂げた功績が信仰を集めることで人間から精霊の領域にまで押し上げられる。人の想念であるが故にその真偽は関係なく、確かな知名度と信仰心さえあれば物語に登場する架空の存在であろうと構わない。そこに善悪の区別はなく、清廉潔白な騎士や悪逆非道な悪鬼も名を連ねている。

 英雄である彼らは武技あるいは魔術において最高峰に位置し、凡そ人の身では並び立つことの出来ない高みにいる。されど決して敵わない相手ではなく、人間であっても魔術的な補助等を受ければ同等以上の戦いをすることも可能である。

 

「――っ、いけない」

 

 思わず呆然としていたルーラーが正気を取り戻す。自らの使命を思い出し、何とか少年を助ける方法を模索する。しかし今の自分では飛び出したところで盾になることさえ叶わず、そのまま貫かれてしまうだろう。

 ならば――。

 

「令呪を持って命ずる――ランサー、今すぐ戦闘行為を停止せよ!」

「な――っ!」

 

 発動した令呪により、ランサーの動きが止まる。

 折角の戦いを楽しんでいたのを無粋な横槍で止められたことよりも、今のが令呪による強制であったことにランサーは驚きを隠せなかった。

 令呪とは、聖杯から各マスターに与えられる戦争の要である自らのサーヴァントを律するための三つある絶対命令権だ。単純に“行動を制止させる”ことも可能だが、逆に“行動を強化する”ことも出来るので使い方次第では戦況を左右する。ただし“絶対”と云っても内容が曖昧なものや長期間に渡る命令であれば弱くなる。

 

「令呪だと、馬鹿な!」

「ルーラーには全てのサーヴァントに対する命令権が与えられています。もしこれ以上、そこにいる彼を攻撃するのであれば更なる令呪を行使することになります。聖杯戦争も始まったばかりだと云うのに、ペナルティは負いたくはないでしょう」

 

 無論、無制限という訳ではない。

 ルーラーの持つ固有スキル『神明裁決』は、確かに聖杯戦争に参加する全てのサーヴァントに使用可能な絶対命令を下せる特殊な令呪が与えられる。ただし各サーヴァントに対して二画までしか使えないので、つまりランサーには後一度しか命令できない。もし彼が凶行に走ったとしても三回目は止める事が出来ないので、無用な情報漏洩を防ぐためにも彼女もここで全ての情報を開示することはしない。

 

「……っち、解ったよ。マスターからも撤退の指示が出ている」

「そうですか。ならばこちらも手を引きます」

「ああ……坊主、名前はなんて言うんだ?」

「カグヤ。藤堂カグヤだ」

「覚えておくぜ」

 

 実体を解き、霊体となり姿を消す。

 ランサーが確実に撤退したことを確認すると同時に、ルーラーの武装も強制解除される。鎧を維持するだけの魔力も尽きたのだ。

 

「――っ」

「大丈夫か!?」

 

 限界が近かったルーラーが膝をつく。

 彼女の場へと駆け寄ったカグヤは、ルーラーが空腹だったことを思い出して渡しておいた紙袋から某有名なファーストフードチェーン店のロゴが入った包み紙を取り出す。中にはよくあるハンバーガーが入っており、その香りに俯いていたルーラーはハッとして顔を上げた。その目は爛々と輝いており、よく見れば口の端から涎が一雫タラーっと垂れている。何となく手にした食べ物を右へと動かせば、それに合わせて彼女の視線も動く。暫らくそうして遊んでいたが、これ以上は流石に可哀想と思って手渡す。

 

「か、神に感謝致します!」

 

 お祈り(?)を捧げ、ルーラーは手にしたハンバーガーを食べる。どうやら相当空腹だったらしく瞬く間に食べ尽くしてしまい、ジーッとカグヤの方を見つめてきた。何だか犬みたいだなぁと思いながら次の分を渡せば同じように完食し、気付けば十個はあったバーガーが数分足らずでなくなってしまった。最後に一緒に買っておいたLサイズのお茶を飲み干すと、ルーラーも腹が満たされたのか一息ついた。

 

「腹は膨れたか?」

「はい! おかげで助かりました! まさか、このような異国の地で見ず知らずの方が食べ物を恵んで下さるなんて……これも神の御導き!」

 

 神様なら行き倒れる前に助けろよ、と心の中で突っ込んでおく。

 改めて彼女を見れば、編み込まれた金色の綺麗な長い髪に青紫色の瞳をした美少女だ。何をどう話が転んだら行き倒れるのか理解できず、もしかしたら質の悪い男に財布を騙し取られてしまったのではないだろうか。

 

「それで? 何であんな所で倒れてたんだ?」

「じ、実はその……路銀が尽きてしまって。もう三日もろくに食事を取ってなかったんです」

「三日って……なら寝床はどうしてたんだ?」

「あっ! それは大丈夫です。私、野宿とか慣れてますから!」

「チェスト!」

 

 自信満々に云う少女の頭部に手刀を叩き込む。

 涙目になりながら困惑した様子で頭を抑える少女に、カグヤはため息をこぼした。

 

「あのな? お前みたいな能天気美少女が公園で野宿してみろ。どうぞ召し上がってくださいって言ってるように、公園で屯している阿呆どもの餌食になるわ。それとも寝てても無意識に迎撃する訓練でも受けたのか?」

 

 彼の言葉に、ルーラーは反論出来なかった。

 英霊は不死身ではないが、大体が強大な力を有している。例え至近距離から銃で撃たれたとしても銃弾が着弾する前に弾くか防ぐの芸当は当たり前に出来るが、人間の肉体ではろくに反応もできずに撃たれるだろう。英霊としての力を制御している今では、確かに彼の言うとおり寝ている隙に暴漢に襲われては一堪りもない。

 

「ところで家は何処だ?」

「フランスです」

「――あー、解った。家に来い。寝床ぐらい提供してやる」

「宜しいのですか?」

「幸い、部屋はあるからな。というか警戒しないのか? 俺が寝込みを襲うとか」

「はい、貴方を信じていますから」

 

 屈託のない笑顔で彼女はそう言う。

 それに毒気を抜かれてしまい、カグヤは言葉を失った。

 

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は藤堂カグヤだ」

「私はジャンヌ・ダルク。この度は助けて頂き、ありがとうございます」

 

 聞かされた名前に、思わずカグヤは首を傾げた。

 ジャンヌ・ダルク――その名はかつてヨーロッパのイングランド王とフランス王の間で凡そ一世紀以上に渡って続いた百年戦争にて、フランスの国民的英雄として人々から崇められた「オルレアンの乙女」だ。

 

「あっ! すみません、これはお借りしている名前でした」

「……えーと、本名じゃないと?」

「はい。レティシア、あるいはルーラーと呼んでください」

 

 これにはカグヤも困った。

 現在提示された名前は三つあり、どれで呼ぶべきなのか。最初のジャンヌは本名ではないということなので除外し、残った二つの内の一つであるルーラーも人の名前ではない。となれば残されたのは最も名前らしい名前だ。

 

「解った。レティシアと呼ばせてもらう」

「はい、カグヤさん!」

 

 差し出した手を、少女は掴んだ。

 この出会いが、カグヤの人生を大きく変えたことを――彼はまだ知らない。

 

 

 

 -Side Change-

 

 教会からの帰り道、衛宮士郎はこれからについて考えていた。

 何の因果からか、彼はこの魔術を競う聖杯戦争という命を賭けた殺し合いにプレイヤーの一人として参戦することとなった。傍らには自分の使い魔――サーヴァントとして召喚され契約を交わした謎の美少女、セイバーが頭から雨合羽を羽織った状態で付いてくる。本来エーテルにより出来た仮初の肉体を持つサーヴァントは、任意で不可視で物理的な縛りを受けない「霊体」の状態に変わることが出来る。しかしどういう訳か、セイバーは「実体」を解くことが出来なかった。おそらくは士郎の腕が未熟ゆえか。

 ふと士郎は、少し距離を置いた所を歩く同じマスターである遠坂凛に問うた。

 

「なぁ、遠坂の望みって何なんだ?」

「何よ急に?」

「いや、聖杯戦争に参加しているなら、お前にだって叶えたい願いがあるんだろう?」

「ああ、そういうこと。わたしにはないわ」

 

 あっけらかんにそういう彼女に、士郎は驚いた。

 何故ならつい先ほど教会の監視役である得せ臭い神父から聞かされた話では、マスターは己が望みを叶える為に命懸けで聖杯戦争に望んでいる筈だからだ。士郎は巻き込まれてしまった人間なので特にこれといった願いはなく、聖杯を悪用させない為に参加している。

 だが、遠坂凛は違う。

 彼女は自らの意思で、望んでマスターの一人のなった魔術師だからだ。

 

「全くないのか? これっぽっちも?」

「ええ。でも強いて言うなら、それが『遠坂の悲願』だからかな。わたしの父さんも、その為に前回の聖杯戦争に参加したんだから。わたしが聖杯を手にした暁には……そうね、家の工房で丁重に保管しておこうかしら」

 

 まるで何でもないかのように答える。

 そこでふと凛は足を止めたので、士郎は振り返って彼女を見た。

 

「衛宮くん、悪いけどここからは一人で帰って。折角新都まで足を運んだんだし、色々と探ってみようと思うから。もう義理も果たしたし、これで気兼ねなく明日からは敵同士として戦うことが出来るわ」

「……遠坂って、いい奴なんだな」

「何よ突然。煽てたって手は抜かないわよ」

「解ってる。でも出来ることなら、遠坂とは敵対したくないな」

「甘い考えは捨てなさい。でないと死ぬわよ」

 

 それは先輩としての最後の忠告だった。

 命を奪うことになっても全力で戦う凛と違い、誰かを犠牲にすることを是としない士郎では些細なことで命を落としかねない。互いに聖杯戦争に参加するマスターとは云え、出来ることなら知り合いに死んで欲しくないと凛は思っていた。

 

「兎に角、サーヴァントがやられたら迷わず教会に逃げ込みなさい。そうすれば命だけは助けて貰うことができるから。変な欲を出したりしないで自分が生き残ることだけ考えるの。マスターが一番危ないんだからね」

「忠告、痛み入るよ」

「それじゃあね―――」

 

 くるりと向きを変え歩き出した彼女の足は、直ぐに止まった。

 まるで幽霊でも見たかのような様子の凛を不審に思った士郎の腕に痛みが走る。

 

「―――ねぇ、話は終わり?」

 

 幼い声が夜の闇に響く。

 歌うようなそれに導かれ顔を上げれば、いつの間にか顔を出していた満月を背にして一人の少女が坂の上に立っているのが見える。その少女はいつだったか帰路に着いていた士郎がすれ違ったことのある、あの時の少女だった。

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

「きみは……」

「そうね、挨拶がまだだったわね。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば解るかしら?」

 

 行儀よくスカートの裾を持ち上げ、礼儀正しくお辞儀する。

 彼女のフルネームを聞かされた瞬間、確かに傍らの凛が震えたのを士郎は感じた。

 

「アインツベルンって、まさか――」

 

 何か知っているのか、目を大きく見開く。

 そんな凛の反応が気に入ったのか、少女は妖精のように微笑み――。

 

「じゃあ、殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 歌うように残酷な命令を下した。

 直後、少女の背後から何かが具現化すると同時にこちらへと突っ込んできた。

 

「シロウ、下がって――!」

 

 雨合羽を脱ぎ捨て、セイバーが前へと飛び出す。

 そしてバーサーカーの持つ美しい銀色の剣を、セイバーの視えない剣が受け止める。

 

「っ――」

 

 口元を歪めるセイバー。

 ざざざと音を立て、セイバーは受け止めた剣ごと押し戻される。どうやら腕力においてはセイバーよりもあのバーサーカーの方が優っているようだ。衝撃を殺しきれず体勢を崩しすと、バーサーカーは追撃する。

 

「A――urrrrrrッ!!」

 

 声にならない叫び声を上げる。

 そこへ流星のような何条もの弾丸が闇を切り裂き、バーサーカーへと降り注ぐ。どれだけ遠方から放たれているのか定かではないが、アーチャーからの八連の矢は正確無比にバーサーカーに命中していった。城壁すら砕く勢いの攻撃だったが、彼の騎士はそれを受けてなお平然とした様子で突き進んでいく。

 

「嘘っ、効いてない!?」

 

 爆心地にいたバーサーカーは無傷だった。

 改めてその風采を確認してみれば、バーサーカーは凛よりも小柄な体躯をしている。銀色に輝くフルプレートアーマーを身に纏っていても、セイバーとそれ程背丈は変わらない。その体の何処にそれだけの力を有しているというのか。

 

「どういうこと……ステータスが視えない!?」

 

 凛が驚愕に満ちた叫びを上げる。

 マスターにはサーヴァントのステータスを視る能力が与えられており、それを参考にすることで戦いを優位に運ぶことが出来る。しかし、凛の目をもってしても、あのバーサーカーの詳しい能力値を視ることは叶わなかった。おそらくは何らかの宝具により情報を隠蔽しているとしか考えられないが……。

 その間にもセイバーとバーサーカーは剣を交えていた。おそらくステータス上ではバーサーカーの方がセイバーよりも上手だろうが、圧されていてもセイバーは一歩も譲ることはなく最良の名に相応しく応戦していた。

 

「アーチャー、援護……!」

 

 咄嗟に凛が叫ぶ。

 それに応じ、何処からか銀の光が再び放たれる。空間を引き千切る勢いで飛ぶ矢は精密にバーサーカーの足元を居抜き、それによりバランスを崩す。間髪入れず、首を刎ねんとしてセイバーの不可視の剣が薙ぎ払われる。如何に優れていようと倒れかけている状態では、あの必殺の一撃を受け止めることはできない。

 しかし。

 

「なっ――!?」

 

 次の瞬間、セイバーは咄嗟に眼前に迫る剣を弾いた。

 バーサーカーはあの状況で、何の躊躇もなくセイバーへと剣を投擲したのだ。本来は騎士にとって命である筈の剣を投げるという蛮行に、誰もが度肝を抜かれた。次にセイバーが体勢を立て直した時にはバーサーカーの姿は目の前にはなかった。

 

「何処に――っ!」

 

 直後、セイバーは顔をハッとして上げた。

 見れば上空へと弾かれた自分の剣を掴んだバーサーカーが、頭上よりセイバーへと“空中を蹴って”突撃しようとしていた。まるで砲弾のように勢いよく落下し、その勢いをそのままに放たれた斬撃をセイバーは受け止めることなく跳んで回避した。

 それは正解だったと云える。

 繰り出された斬撃は空を切り裂き、足元のアスファルトを粉砕していた。セイバーの持つ不可視の剣が如何な業物か定かではないが、あんな攻撃をまともに受ければ剣ごと肉体をバターのように断ち切られてしまう。

 

「A――urrrrrrッ!!」

 

 咆哮と共に、セイバーへと肉薄する。

 だが、放たれる斬撃を彼女は避けることなく真正面から受け――大きく弾き飛ばされた。坂の上まで一気に何十メートルと飛ばされ、そのまま姿が見えなくなる。バーサーカーは残された無防備な士郎に見向きもせず、後を追って荒れ地へと突進する。いつの間にかイリヤと凛の姿も坂道からいなくなっていた。

 

「俺は――っ!」

 

 残された士郎は、意を決して走り出した。

 

 

 

 -Side Change-

 

「聖杯戦争、ねぇ……」

 

 リビングにて茶を啜りながら、カグヤはため息をこぼした。

 あれからマンションの十二階にある自分の家へと戻って来たカグヤは、そこでレティシアから先ほどの槍兵やレティシア本人のこと、そして冬木市で今まさに起ころうとしている戦いのことを説明された。普通であれば信じられないが、実際に英霊と呼ばれる存在と手合わせをしたカグヤは信じざるを得なかった。

 因みに説明を終えたレティシアは風呂に入っている。考えてみれば当たり前だが、三日間もろくに食事にありつけなかった人間が銭湯等に入れる訳が無いのだ。だからと云ってこんな真冬に冷水で身体を拭けば風邪をひいてしまう。

 つまるところ、臭っていたのだ。

 悪臭と呼ぶほど酷いものではなかったが、一度気になったらそこまでで。

 カグヤは風呂の使い方を説明し、レティシアを風呂場へと放り込んだ。

 

「あー……明日からどうしよう」

 

 はぁ、とため息をこぼす。

 普通なら彼女に関われば命を落とす危険性があると聞かされれば、余程のお人好しでもない限りは死への恐怖心から直ぐに部屋から追い出しただろう。カグヤは善意からレティシアに今晩の宿を提供したが、明日からについてどうすべきか考えていた。彼女の状況を聞いてしまった以上は放置するわけにもいかず、だからと言って年頃の男女が一つ屋根の下で一夜を過ごすのは色々と問題が発生しかねない。

 具体的に云うと、襲ってしまいそうで不安なのだ。

 カグヤとて年頃の少年らしく性欲を有しており、もし欲望のままにレティシアに襲いかかれば一日中は軽く抱いていられる自信があった。それだけの体力と精力の餌食となれば、如何にサーヴァントと云えど精神が崩壊しかねない。

 

「俺の理性に期待しよう……」

 

 現実逃避していると、バンっと風呂場へと続く戸が勢いよく開かれた。

 上がったのかと視線を向けた瞬間、カグヤは思わず口に含んでいた茶を吹き出した。

 

「カグヤさん! 聞いてください!」

 

 飛び出してきたレティシアは――何も身につけていなかった。

 後輩の桜に勝るとも劣らぬ豊満な体躯が惜しげもなく全開にされ、彼女の動きに合わせてぶるんと揺れる乳房はまるででっかいプリンのようだ。先端についたサクランボが弧を描き、まるで男を誘っているようにさえ感じられる。思わず視線を下へと向ければ、綺麗に揃えられた美しい小さな逆三角形が飛び込んでくる。

 

「あっ、やべ……」

 

 反射的に鼻を押さえる。

 何だかそうしないと鼻血が出そうな気がしたのだ。

 

「今、向こうの方から魔力の衝突を感知しました! どうやらサーヴァント同士が戦っているようなんです。これは監督役として見届けなければなりません」

 

 自分の状態に気付いてないのか、興奮した様子でまくし立てる。

 彼女が何を言っているのか解らないが、それ以前に会話の内容が頭に入ってこない。

 

「お、落ち着け! 解ったから。いや、理解らんけど!」

「では、私は観戦に………?」

 

 そこで、ようやく異変に気が付いたようだ。

 レティシアは自分の身体を見下ろし、全裸なのを確認してもう一度カグヤを視る。そして徐々に彼女の顔が赤くなってゆき、それに伴い瞳は涙で潤んでいく。この後の展開が容易に想像できたカグヤは甘んじて受けるべく目を閉じた。

 そして――。

 

「いやああああああああああああああっ!!」

 

 バチンッ、と振り抜かれた手に頬を打ち抜かれる。

 衝撃に耐え切れず床に倒れ、レティシアは急ぎ風呂場へと戻っていった。

 

「……大きかったな」

 

 目に焼き付いた光景に独りごちる。

 その後、カグヤが頬に綺麗な紅葉を咲かせながら天井を眺めている間に、着替えを済ませたレティシアが洗面所から戻ってきた。冷静さを装っているが、まだ頬は赤らんだままだし顔もそっぽ向いている。

 

「あー、それで出掛けるんだったか?」

「………はい、誰かが戦っているようなので」

「解った。俺もついていく」

「えっ!? 危険です! ここは私一人で」

「お前、帰ってきてもマンションに入れないだろう」

「それは、そうですが……」

「はい、決定。とっとと行くぞ」

 

 納得いかない、という様子の彼女を尻目に支度をする。

 

「………判りました。けど、危ないことはしないでくださいね?」

「ああ、善処する」

 

 今一信用ならない言葉である。

 




次回あたりでオリキャラの謎が明かされます。
魔術師でもないのにサーヴァントと戦える戦闘力を持った人間。
彼の正体とは如何に!?

なんか、カグヤくんがラッキースケベになってる気がする。
あれ? どうしてこうなっているんだ?

クリック? クラック! また来週!
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