巡ヶ丘学院高校を卒業してからも度々顔を出している。その理由は簡単だ……ただ単に後輩たちに約束したから。
度々顔を出しに来るって。まあ、顔を出すのもの俺の後輩が卒業するまでだ。
俺が知ってる後輩がいないのにいつまでもここに来続けるわけにもいかない。
「せ、先輩!」
放課後の校庭で陸上部の活動がそろそろ始まるであろう時間になると、駆け足の音が聞こえ、若干上擦ったような声で話かけられた。
話かけられた方へと向くと、体操着の上にジャージを羽織った恵飛須沢の姿が見えた。軽く右腕を上げて、手を振る。
「お! 恵飛須沢。いつも早いな」
俺が陸上部で新入部員の勧誘活動をして、一番最初に声をかけたのが恵飛須沢だったりする。
「い、いえ……そんなことないです。たまたまですって」
ばつの悪そうに視線をあちらこちらに向けてると何か後ろ暗いことでもあるのかと思ってしまう。
なので、ちょっとした悪戯心が出てしまうのは仕方がない。
「本当にそうか?」
グイっと顔を近づけて、ニヤニヤと笑いながら問い詰める。
「…………っ、ほ、本当です。そ、それよりも先輩! 頼んでいた物は持ってきてくれましたか?」
明らかな話題変更であるが、あんまり追い詰めるのは良くない。なので、肩に掛けるようにして担いでいたバックの中から恵飛須沢に頼まれていた物を取り出す。
「ほら、大学のパンフ。先生から聞いたけど志望校決めるの早かったんだってな」
「……元々、先輩の通ってる大学を志望してたから」
「そりゃそうか。なら、ちゃんと合格して入れば高校に引き続き大学でも後輩だな」
そうなると以外と長いつき合いになりそうだ。大学に入っても陸上は続けるのだろうか気になるが……まあ、そこは本人次第だな。
「ところで先輩……今日、部活終わった後……時間ありますか?」
「ん? ああ、あるぞ」
何か相談事か? 今日は教習所もバイトも予定に入ってないから時間だけならあるので長丁場になっても大丈夫だ。
恵飛須沢の様子は深刻そうなものではなく、どちらかと言うと緊張している。その事から何か言いずらい類いのものなのだと予想できる。何なのかは不明だが……。
「とりあえず、部活が終わったら正門の所で待ち合わせな」
「はい!」
元気のいい返事が返ってくる。
いつも通りの日常。そこに入るちょっとした出来事。それが……突然終わりを迎えるとは思いもしなかった。
★
陸上部の活動が終わり、俺は一足早く正面入口の右側に立って待っていた。
夕暮れ時であり、茜色に染まる空が段々と夜に近づいていくのを教えてくれる。
ヴゥゥゥゥゥッ! と右ポケットに入れていたスマートフォンが震える。メールが届いたのだろう。内容は何かと思い、メールを開く。
「……は?」
メールは同じ大学に通っている友人からのものだった。そのメールの内容は人が人を襲って食べているという、何とも信じがたいものだったのだ。
何の冗談だよ。全く……そんなホラー映画やゾンビもののゲームみたいなことが現実で起こるわけないだろ。
馬鹿らしい、と思いこんなメールを送ってきた本人に抗議のメールを送ろうとメール作成の画面を開いた時……突如、悲鳴が聞こえた。
ビクッと体が驚き、心臓が早鐘を打つ。そして……悲鳴の上がった方へと視線を向けると……そこには
襲われたのか制服に血がベッタリと付いてる男子生徒が走ってくる。俺の前を走り過ぎてそのまま校舎の方へと駆けていった。その後ろからぞろぞろと人が向かってきているのが見えた。そして、俺は状況がほとんど理解できないまま、校舎に向かって走り出す。
混乱する思考とは裏腹に体は勝手に動く。
先ほどの男子生徒を追い抜かし、校舎にどんどん近づく。そうすると丁度、恵飛須沢が校舎から出てくる所だった。
「先輩? どう……」
「恵飛須沢! 事件だ!」
俺は恵飛須沢の言葉を遮り、そう言うと彼女の手を掴み引っ張りつつ、校内へと駆け出す。
「えっ!? ち、ちょっと先輩! 事件って……」
部活動で残っている以外の生徒がほとんど帰っているので校舎内は閑散としている。そのお陰で校内を走ることが出来た。
「傷害事件だ……それも大規模な」
人が人を喰らっているなんて直接見ないと絶対に信じてもらえない。だから、傷害事件と言うしかない。
職員室に1番近い場所の階段を駆け上がる。職員室があるのは3階。
今、この時ほど職員室が3階にあることに苛立ったことはないと思う。
3階に着くとすぐに職員室の扉を開く。
勢いが強すぎて思いっきり開けてしまったのでガタン! と大きな音が鳴る。
「……一体どうしたんだ? そんなに風に乱暴に開けて」
中にいたのは教頭先生を含めて3人だけだった。皆、音に驚いたのかこっちを見ている。
荒くなった呼吸を何とか整えながら話す。
「が、学校の近くで傷害事件があって、被害にあった生徒が逃げてきたんです」
「何!? すぐに警察に連絡を! そして、その生徒は?」
「多分、下の階に」
「分かった。君たちはここで待っていなさい」
教頭先生はそう言うと中にいた先生たちに指示を出して、下の階に降りていった。
「……先輩」
「ん? どうした」
「……手」
「手?」
恵飛須沢に言われて手を見ると……未だに惠飛須沢の手を掴んだままだった。
「ああ、すまん」
すぐさま手を離すと掴んでいた恵飛須沢の手にはくっきりと俺の手形が着いていた。
「あ……すまん。思いっきり握ってた……その、手は大丈夫か?」
「……ああ、うん。平気……痛かったけど」
「すまん。余裕がなかった」
あの時は本当に余裕がなかった。
落ちいてきた今は精神的に余裕が出来てきたのか恵飛須沢の顔が赤くなっていることに気がついた。
「部活後で疲れてんのに無理矢理走らせて悪かったな」
無理矢理引っ張るようにして走らせたんだ、もしかしたら途中で転んでいたかもしれない。
「い、いえ、そんな……それに先輩は私のこと心配してくれて引っ張ってくれたわけだし」
誤魔化すように右手人差し指で頬を軽く掻くようにしながら言う恵飛須沢の言葉に心が軽くなる。
「……繋がらない? 何だってこんな時に!」
男性教諭が苛立ったような声を出しながら電話の受話器を置いた。
そして、もう一度かけようと受話器を手に取った時……悲鳴が聞こえた。
急いで職員室から出て階段の縁から身を乗り出して下の階を覗くと……そこは地獄としか言えないような凄惨な有り様だった。
「……なんだよ、これ……」
硝子の破片が散らばり、辺りには血が飛び散り、人が人を喰らっている光景が広がっていた。
俺はすぐに踵を返す。
どうすればいい? どうしたらいい? それしか頭に浮かばない。
具体的な解決案が浮かばず、焦りだけが増していく。
「先輩、一体何が……」
恵飛須沢が階段の近くに来ていた。
不安そうに表情を曇らせているその姿に俺は次第に落ち着いていくのが分かった。こんな時こそ先輩としてしっかりしなくてどうする!
下は危険だ……なら、屋上しかない。幸いと言えるのか屋上への入口は1つだ。彼処なら逃げ場こそないが、立てこもるには都合がいい。
「屋上に逃げるぞ!」
そう言って恵飛須沢に声をかけて、走り出す。
―――ギャアァァァァァァっ!
―――止めろ! 止めてくれ! 誰か助け……。
硝子の割れる音や悲鳴が次々と聞こえては消えていく。
そして、屋上に上がる階段の前まで来ると、目の前に右肩を噛まれたのか左手で血に染まった右肩を押さえながら逃げる男子生徒を1人見かける。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
咄嗟に声をかけて、その男子生徒を支える。
「う……あ、ありがとう」
「先輩、私も」
「いや、恵飛須沢は先に屋上に行って怪我人を連れていくことを伝えておいてくれ」
手伝いを申し出てくれた恵飛須沢に先い行って怪我人がいることを伝えておいてくれと頼んでおく。上に誰かいるなら手当ての用意をしてくれるだろうと思ってだ。
コクリと頷くと恵飛須沢は階段を駆け上がっていく。
俺は支えている男子生徒と一緒に階段を上る。後ろからはまだ誰も来ていないが、油断できない。
彼がここにいるということは、すぐにでも誰か来てもおかしくはないということだからだ。
★
「ふぅ……」
屋上に着き、支えてきた男子生徒を屋上のフェンスに寄りかからせる。
恵飛須沢が名も知らぬ男子生徒の様子を見ているので俺は屋上にいた先生へと声をかけた。
「お久しぶりです。佐倉先生」
「そうね。斎条君」
ここ屋上には佐倉先生を含めて3人しかいなかった。そこに俺と恵飛須沢と男子生徒を加えて今は6人である。
「……それで何が起こってるの?」
「俺も完全に理解してる訳ではないので……ただ、とても恐ろしい事が起きているのは確実です」
屋上にフェンス越しに校庭を見ている2人の女子生徒は当然、見ているだろう人が人を喰らっているのを。
――ダン!
屋上の扉が突然叩かれる。扉にガラスには血がべっとりと付着しており、中の方が見えない。
――ダン! ダン!
悲鳴も何も聞こえずに、ただ扉が叩かれる。
開けるべきなのだろうか? だが、開けるなと本能が警告するのか開けてはならないと心の何処かが訴えてくるのだ。
そして、扉がちょっとばかり開かれそうになると体が動いた。
扉に肩からタックルして無理矢理開かないように閉じる。鈍い痛みが体全体に走るが無視だ。
「っ……誰か手伝ってくれ!」
必死に抑えるも俺だけでは力負けする。
さっきから物凄い勢いで扉が叩かれているのだ。佐倉先生に手伝ってもらうも、それで何とか開けられないようにするのが限界だ。
恵飛須沢も手伝おうとこっちへ来ようとした時、フェンスに寄っ掛かっていた男子生徒がおもむろに立ち上がった。
「くるみ!」
「恵飛須沢さん!」
女子生徒の1人と佐倉先生が恵飛須沢の名を叫ぶ。
おかしい……あの男子生徒は何故、恵飛須沢の方に向いて動かない?
嫌な予感がする……。
その予感は当たり、男子生徒が突然、恵飛須沢に襲いかかった。
「逃げろ! 胡桃!」
咄嗟に声を出す。
胡桃は尻餅を着き、ずるずると男子生徒から離れていくもすぐに屋上にある菜園にぶつかる。
助けに行きたいが……今、俺がここを離れると扉が開かれてしまう。
「ぁ……ぁ……」
男子生徒が今にでも胡桃に襲いかかろうとしているのを俺は見ていることしか出来ない。
「うわあああああっ!」
胡桃がたまたま近くに落ちていたシャベルで男子生徒の首を切りつけた。
反り血が胡桃を濡らす。そして、男子生徒が倒れる。
胡桃は立ち上がると止めと言わんばかりに何度も何度も男子生徒をシャベルで突いた。
胡桃は助かった……けど、結局俺は見ていることしか出来なかった。大事な後輩なのに肝心な時に助けに行けないかった自分に悔しさを感じた。
★
あの後、園芸部で使う煉瓦や土の入った袋を使って屋上の入口を開かないようにするためのバリケードにした。
そして、あの男子生徒の遺体はブルーシートを被せて屋上の端の方へと運んだ。
そして、俺は今……抑える必要の無くなった扉から離れて、1人黄昏ている胡桃の所に向かった。
「あ~……肝心な時に助けに行けなくてごめんな」
「ううん。先輩は扉を開けられないように押さえてたから仕方がないって」
日がほとんど沈み、これから夜がやってくる。
今日ほど夜を怖く感じた日は他にないだろう。
「……」
「……」
胡桃の隣に立つ。距離は大体1歩分ほど。だが、とても遠くに感じた。
「……名前で呼んでくれましたね、胡桃って」
「咄嗟にな……恵飛須沢って呼んだ方が良かったか?」
名前で呼ぶよりも名字で呼んだ方が良いのならそうするつもりだったので訊ねると胡桃は首を左右に振った。
「ううん。胡桃って呼んでください……先輩が嫌じゃなければ」
「分かったよ……今日から胡桃って呼ばせてもらうよ」
日常が終わりを告げで非日常が当たり前の日々が始まろうとしていた。
それでも、俺は生きている。
「佐倉先生たちの所に行こうか。心配してたぞ」
「……先輩は私のこと怖くないですか?」
「……怖くないぞ」
「本当に?」
確かに目の前でさっきまでただの怪我人だった相手を殺したら恐がられると思うのも当たり前だろう。
俺も逆の立場であれば絶対にそう考える。だからこそ行動で示す必要がある。
「これが証拠じゃ駄目か?」
俺は胡桃の両手をしっかりと力強く握る。決して恐れていないと伝えられるように……。
そして、片手を離し、もう片手は繋いだままにする。
「佐倉先生たちが待ってるから行こうか」
「はい!」
この手を離すものかと言わんばかりに強く握り返される事に安心すると胡桃と一緒に佐倉先生たちの所へと歩いていくのだった。
活動報告を見ていた方は私が「がっこうぐらし!」の二次創作を書くとは予想出来ていただろうか? 地味に気になってます。
息抜きで書き始めたので更新速度はお察しください。