昼も食べ終わり、次に何をするべきなのか? それについて俺の意見を皆に話した。
職員室方面の全てを安全圏にすることをだ。
「このまま屋上で寝泊まりしているよりも、屋内で布団とか寝具を使って寝た方が疲れがとれる。体力がないとこれから先が大変だ」
そう……救助は絶望的だ。ライフラインの維持が出来てない地域がある以上、助けてくれるような存在がいない可能性の方が高い。
かれらに支配された地域奪還が行われるとすれば、ライフラインを維持する為の場所が優先されるはずだ。
かれらと違い、普通の人は水や電気、ガスを生活を送っていく上で必ず必要としている。
「そうよね。屋上は安全だけど……休める場所とは言えないし」
「……でも、そう急ぐ必要はあるのかしら? 今日は購買部まで食糧を取りに行ってきたし、そんなに急ぐ必要はないと思うの。特に斎条さんとくるみは体力的にも精神的にも1番大変なことをやっていたし」
先生に続き若狹が言う。
俺と胡桃のことを配慮しての意見。
ありがたいことだ。
物事を急ぎ進めようとして、失敗したら目も当てられない。
体力的にも精神的にも俺と胡桃は自覚してないところで無理をしている可能性を否定しきれない。何故なら……俺自身に関して言うなら、かれらの違いを完全に認識出来ていないからだ。
正確に言えば……かれらの顔を見ているはずなのに顔が分からない。全体像は把握出来てる制服も分かる。
なのに……かれらの顔……目、鼻、口、が付いているのは分かるが……。
元が人だったのだから、色々と違う部分があるのにその違いが分からないのだ。
こうなったのは長箒でかれらを転ばせて、初めてその頭を踏み潰した時からだと思う。
かれら以外の顔は分かる。だが、そのうちここにいる皆の顔も分からなくなるんじゃないかと不安になってくる。
そして、かれらの顔が分からない理由は自分で思いつくもので1番大きいのは……排除したかれらが自分の知り合いだったことに気がつきたくないからではないのかと。
顔が分からなければ知り合いだと気がつけない。気がつけないのならばまだ、生きているんじゃないかと思える。
「りーさん……心配してくれるのはありがたいけどさ、やっぱり動けるときに動いといた方がいいと思うんだ。ゆきはどうなんだ?」
胡桃が丈槍に話しを振る。それを機に先程までの思考を頭の隅に追いやる。
「そうだね……私はりーさんと同じかな。くるみちゃんも先輩さんもあんな気持ち悪い光景を見てたんだよ。休まないと駄目だよ」
丈槍にも心配をかけていたようだ。
だけれども、案外心配されるのが嬉しく感じる。
「でもなあ……寝心地はすごい悪いぞ」
胡桃の言うとおり寝心地は悪い。慣れない場所なのと座って寝ていたのが原因だろうが。
「布団がある生活に慣れてるからな」
布団無しで生活している人の方が稀だ。
「そこは……我慢するしかないわね。何よりも皆の安全が大切だからね。だから、花壇の手入れをしましょ。せっかく購買部から野菜の種を取ってきたんだしね」
先生が野菜の種の入った袋を手に持つ。
先生が手に持っている袋にプリントされているのはネギ、ほうれん草、ピーマン、三つ葉の4種。
どれも1ヶ月半から2ヶ月ほどで収穫出来るらしい。
先のことを見据えると自給自足出来る部分はしていかないとならないのは目に見えている。
俺は購買部に行って何でもいいから食糧を確保することを考えていて自給自足のことを全く考えていなかった。
頼りになるな、先生は。
大学受験の時に1番お世話になったのも佐倉先生だし。
それに……かれらのことを考える必要のない作業はきっと精神的に安らげると思う。
★
屋上にある花壇の手入れをすることになり、先ずやることになったのが野菜以外のものを鉢植えに移す作業だ。
まだ、花の咲いていないものからすでに咲いているものまで全部を鉢植えに移していく。
これは丈槍と先生がやっている。
胡桃はシャベルを使い、花壇の土を袋から出した新しい土と混ぜ合わせており、若狹は野菜の種の蒔く。
そして、俺は雑用だ。
唯一の男手であることもあって、それなりの重量を誇る土の入った袋を運んだり、花を移す為の鉢植えを運んだりしている。
「…………ふう」
これが意外と疲れる。
普段やらないことだからしょうがないし、文句を言うつもりもない。
必要な分は運び終わったので、バケツに水を汲んでおく。
この水は花壇に植えた、野菜や鉢植えに移した花などに水をかけるために使う予定だ。
蛇口にホースを付けて水を撒いた方が手っ取り早く済むのだが、そこは気分の問題で止めた。
空を見上げれば1面は雲1つない青空。
照りつける太陽の光が暖かい。
このまま昼寝をしてもいいくらいだ。
そんなことをしたら……サボるな! って怒られそうだ。
まあ、そんな肩身の狭くなるようなことはしないが。
もう1人ぐらい男がいれば少しは楽になるんだけどな。
「先輩さん? どうしたの?」
そうやってぼうっとしていると声をかけられた。
「ん? ああ……昼寝をしたら気持ち良さそうだなって」
「ん~…確かにそうだね」
んー! と伸びをしながら同意する丈槍。
「だろ? でさ、陽当たりの良い場所の壁に寄りかかってると気持ちよく寝れそうだ」
「だね~」
おお! 分かってくれるか。
「……でも、寝ると夜寝られなくなりそうだけどな」
中途半端に寝ると眠気が中々来なかったりして、夜寝られなくなることが多いのだ。
「そう? 私は寝られるよ」
「それは……人それぞれじゃないか」
丈槍が子どもっぽいからだとは言わない。きっと本人は否定するが他の皆は肯定するはずだ。丈槍が子どもっぽいと……。
「おいっ!」
そのかけ声と同時に俺と丈槍の間に鋭くシャベルが突き出された。
「うわっ!」
ビクッと丈槍が驚き、身を竦める。
俺自身もビクッとなり、身体が震えた。
「もう……びっくりさせないでよ」
振り返りながら丈槍が抗議の声を上げる。
「先輩とゆきがサボってるのが悪い!」
ああ、うん……だよな。
手を動かさずに丈槍と昼寝について話してたんだから反論出来ることがない。
「悪い悪い。でも、昼寝をしたら気持ち良さそうな天気だろ?」
「まあ……確かに先輩の言う通りだけど」
「だろ?」
胡桃も分かってくれたか。
「だけど……サボりは駄目だからな」
「……はい」
ですよね。
★
花壇での作業が終わる頃には日が傾き始めていた。
思っていたよりもずっと時間が経っていたようだ。
スマートフォンを取り出して、ネットを開く。
「……………………」
更新が減っていた。
それだけでなく、開けないサイトが多くなった。
もうそろそろネットが使えなくなるのかもしれない。
サーバーに電力を送っているであろう非常用の発電機器がどれくらい持つのか不明だが、もう持たない時が迫っているのだろう。
ネットを閉じて、スマートフォンをズボンの右ポケットに入れる。
助けを求めているところは多数あるのだ。そこへ助けを求める書き込みをしても助けを求めているところが1つ増えたぐらいの認識しかされないだろう。
「先輩、親睦会やろうってめぐねえが呼んでる」
屋上のフェンスにもたれかかって至らやって来た胡桃にそう告げられる。
「親睦会か……まあ、簡単な自己紹介しかやってなかったし。協力して生活していくんだし必要だよな」
食糧も手に入れて、少しは余裕が出来たからこその親睦会なんだろうな。
「まあ、りーさんとゆきは先輩のことほとんど知らないからな」
「逆に知ってたら怖いな」
会ってまだ2日も経ってないのに知られてたら本当に怖い。
「だろ? だから、皆で親睦を深めようぜ」
「……そうだな」
胡桃の後に続きながら、思考を巡らせる。
何を話すか……。ちょっとした将来の目標的なのが良いかもしれない。
こんな事態になったのだから、もう叶わない可能性の方が断然高いが……。
話す内容を決めている間に設備機器ゾーンの前に到着した。
そこにはブルーシートが広げられ、その上に佐倉先生、丈槍、若狹が座っていた。
各々紙コップを持ち、3人の手の届く場所にポテトチップスの袋を広げている。
もう、座る場所が決まっているようで円を描くように先生、丈槍、若狹、胡桃、俺の形で座った。
「胡桃から親睦会をやるって聞いたんだが……」
俺がお茶の入った紙コップに口をつけながら言うと先生が答えた。
「ええ……少し余裕が出来たから。それに、皆の気分転換になれば良いかなって思って」
「まあ、話す内容もここに来るまでの間に決めておいたのですぐに話せるけど……」
さて、どうするか。
丈槍や若狹が自分が話すと言うならすぐに変わるつもりでいたがそんな様子はない。
「ここは……年長者から話すか。その方が話しやすいだろうし」
「で、話す内容は決めてたって言ったけど先輩は何を話すんだ?」
尋ねてくる胡桃に小さく口角を上げる。
「将来の夢だな」
まさしく……夢になってしまったが。
「夢かぁ~……」
丈槍は何を想像しているのかポケ~としている。
「まあ、話すぞ………25歳になったら結婚するんだ。子どもは3人ぐらい欲しいな」
1人っ子は寂しかったからな。両親が共働きで家に帰っても自分以外誰もいない。そんな寂しい生活だった。
「なっ!?」
何故か隣から動揺したような声が上がる。そんなに変なことを言っただろうか?
「月1くらいで家族で遊びに出かけて思い出作り、年に1回は旅行にも行きたいな」
夢が広がる。……もう、本当の意味で夢になってしまったが……。
「へぇ~、先輩さんはそこまで考えてたんだ」
「ま、まあ……良いお父さんになろうとしてるのは伝わったわ」
丈槍は完全に将来のことをそこまで考えてたんだ的な感じで、先生は……何と言うか、ちょっと引いてる感じがする。
「ところでその結婚相手の候補とかはあるのかしら? と言うよりもどんな人が理想なのか気になるのだけれど」
若狹がそんなことを聞いてきた。
「そうだなぁ……まあ、外せないのが。運動がそこそこ出来る事だな。これだけは外せない」
旅行となれば観光とか行くし、なるべく体力はあった方がいい。
「……そっか」
「まあな……色々と行きたいところがあるし体力がないとな」
ハワイとかオーストラリアとか海外に旅行行きたいんだよなぁ……。
「斎条君は意外と先の事まで考えていたのね。私、知らなかったわ」
「まあ、初公開ですし。それで、先生は未だにフリーなんですか?」
そんなことを聞くとズーンと哀愁を漂わせ始めた。
これは聞いてはいけなかった類いの話だったか?
「……出会いがなくてね」
「あ~……何と言うか、まあいつか出会えますよ……多分」
こんなご時世に出会いがあるかは分からないが、生きていれば確率は0ではない。
「じゃあ、この話題は置いといて……」
そして、月が空に登り夜空になるまで親睦会は続いた。
■
…………深夜。
皆が寝静まった頃を見計らい俺は屋上にブルーシートを被せられただけのかれらの仲間入りをした男子生徒の死体がある場所に行った。
「…………」
その死体を引きずるようにしながら屋上の転落防止のためのフェンスの前まで運ぶ。
「…………悪いな」
そして、運んだ男子生徒の死体を屋上から投げ捨てた。
その結果を見届けること無く、俺はその場から離れる。
罪悪感を心の奥底に閉じ込めて、設備機器ゾーンまで戻りシャベルを手に取ると屋上の入口に向かう。
なるべく音を立てないように扉を開けて、校舎の中へと入る。音を立てないように慎重に歩きながら月明かりしか明かりの無い校舎の階段を降りる。
暗くてほとんど何も見えないが、目が慣れてくると少しだけ見えてきた。
深夜帯に校舎の中に入った理由は簡単だ……単にかれらが一時的に安全圏として確保した場所に来ていないかの確認のためだ。
「…………」
目を凝らしながら念入りに階段付近にかれらの姿がないかを探す。
2階と3階を繋ぐ階段にかれらの死体を放置しているから上がってくることは少ないと思うが、絶対に上がってこないとは言えない。
「…………ふぅ」
しばらく階段で警戒して待っているも全く音も聞こえて来ないのでいないと判断する。
戻るか……明日こそは職員室方面を完全に安全圏にするのだから、疲れをなるべく残しておかないようにしなければならない。
明日以降を生き残るために……。