マスターライラスの元にドルマゲスが弟子入りして一年。
日々修業、という名の家事手伝いを行っていたドルマゲスは、弟子入り前に比べて大きく成長した家事スキルを手に入れていた。
「ふむ。原作の自分がグレた理由が分かる気がするな」
魔法使い見習いとして弟子入りしたのに、この一年ランニングと筋トレと家事手伝いしかやっていないのだ。
戦士みならいがやるような修業と、介護職的なお爺ちゃんの手伝いしかしていない。
独学で覚えたレミーラの制御訓練は続けているが、ドルマゲスの日常にそれ以外の魔法要素は皆無だった。
……とはいえレミーラ以外の魔法に適性が無いのではな。
どうしようもない。という事はドルマゲス本人にも分かっている。
何せこっそり他の大人に頼み込むことで、各種の攻撃魔法を一通り習い、自分にもできるか試してみたのだ。
その結果はどの呪文も発動の兆候さえ見せない。という散々なもので、その辺りの事には渋々ながら諦めがついていた。
「まあ、おかげでレミーラの制御だけは異常に上手くなった。……良しとするしかあるまい」
どうしようもなくなり、現実逃避をするかのようにひたむきに取り組んだチャチな光の制御訓練。無詠唱で放たれるドルマゲスのレミーラは試行錯誤の末、様々な色に変える事が出来る様改良が加えられていた。
前世の花火をイメージしたそれは遠隔操作による光量調整で本当の花火の様に鮮やかな色どりを放つことができる。
といっても遠隔操作に苦戦中のため、娯楽として使用するにはどうにも不安定。
ドルマゲスはその辺りの欠点を克服すべく、日々遠隔操作のトレーニング。そして光の形状変化の修業にいそしんでいた。
「魔貫光殺砲……!」
修業に……いそしんでいた。
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「ほお、なかなかのものだな」
トラペッタの元凄腕占い師、ルイネロは酒場に向かう道すがら、街の片隅で魔法の修業をするドルマゲスを見つけ、その技量に感嘆の声を漏らしていた。
『まかんこーさっぽー』とやらの掛け声と共にドルマゲスの指先から放たれた二つのレミーラ。その一つは円を描いて突き進み、その中心をもう一つのレミーラが直線軌道で突き抜けていた。二つのレミーラの速度を完璧にコントロールする事によって織りなされるその技は、明かり魔法とは思えないほど攻撃的で見た目の完成度も高い。
実際の威力は皆無だが、実戦で使ってもハッタリくらいにはなるだろう。
「たしか名前はドルマゲスだったか……?」
時々酒場で一緒になる賢者の末裔。ライラスの弟子だったはずだ。
使える魔法は明かり魔法であるレミーラ一つだけ。ちまたでは両親の才を全く継いでいない、ライラスに弟子入りしても成長の見られない落ちこぼれという噂を聞く事もある少年だった。
しかしこうして必死に努力するドルマゲスの姿を見たルイネロは、噂をする人々の様に見下そうという気持ちにはなれなかった。
一つの魔法の行使にあれほど真剣になれる者を他に見た事が無い。
少なくとも何の才能も無いというのは間違いではないだろうか。
そんな事を考えたルイネロの視線の先には『気円斬……!』と声を上げ、頭上に巨大なレミーラを生み出すドルマゲスの姿が映っていた。
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一方街の片隅で延々とドラゴンボールネタを繰り広げていたドルマゲスは、
「……ひらめいた!」
と声を上げていた。
ドラゴンボールの太陽拳がいわゆる『まぶしい光』である事に気付き、同時に『これならば自分にもできる!』と確信したのだ。
ようは全身で、最大光量のレミーラを放てばいい。そう考えたドルマゲスはポーズを取って、全身でレミーラを、しかも無詠唱で発動する。
その時だった。
「これドルマゲス! 貴様わしが頼んだ買い物はどうした!」
「……あ」
何処にいたのか。いつのまにかライラスがドルマゲスの前に現れ、説教をしようと声を上げる。
師匠であるご老体に向けて、ドルマゲスのまぶしい光が炸裂した。
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「……で、何しとったんじゃ」
それから数分後。強烈な光に目を焼かれたライラスは未だにシバシバする目を擦りながらドルマゲスに問いかけていた。
イラついた口調で問われ居心地の悪いドルマゲスはポツリ、ポツリとレミーラ無詠唱ドカンの内容を話し出す。
その内容を聞いたライラスはドルマゲスが魔法の制御にずば抜けた才を持つ事に気付き、同時にその才能がいわゆる死にスキルである事を理解して頭を抱え込んだ。
……なんと歪な原石か。
いくら魔法の制御が上手くとも使える魔法が明かり魔法オンリーではただの明かり男でしかない。
その才能の片寄り具合にもったいなさを感じるライラスの目の前で、ドルマゲスは器用にもレミーラの色を変え、形を変えて簡単な劇を披露してみせた。
……旅芸人に向いとる。
魔法の師であるライラスでさえ、そう思わされる光景だった。
と、そこまで考えたライラスはドルマゲスのスペックに疑問を覚える。
才能が無い。という事は分かってたが、それがどういった形で才能が無いのか、一体何が問題なのかは不理解なのだ。
今のレミーラを見る限り全くの才能が無いわけでもないだろう。何かしらの手は打てるのかもしれない。
……うーむ。弟子状態をやめさせようと、雑用をフリまくっておった弊害がこんな所で表れるとは。
そもそも弟子を持たない主義。しかも入門時に町ぐるみでハメられたライラスは、ドルマゲスにあまり良い感情を持ってはいなかった。
しかし最初はともかくこの一年、ドルマゲスは真摯に雑用をこなしていた。
その事実を踏まえ、そろそろ弟子として認めてやるか。と心を入れ替えたライラスは、ドルマゲスにこっそりと『つよさ』の確認呪文を行使する。
この呪文は相応の適性が無いと使えない、いわば神官の使う経験値チェックのようなものだ。
だが神官のそれよりもより深く相手の情報を読み取るソレを使ったライラスは、ドルマゲスの持つスキルカテゴリ、つまり精霊の祝福を受けた才能の内容を見て驚愕した。
人が持つスキルカテゴリは普通は5つ。ドルマゲスのスキルもその例に漏れず5つのスキルを所持している。
その内容は『格闘』、『杖』、『短剣』、『旅芸人』、そして『魔法知識』だった。
……どういう事じゃ?
ドルマゲスのスキルを見たライラスは首をかしげる。
『格闘』は分かる。種族が人間なら大抵の者が加護を受けているからだ。しかし残りのスキル内容が問題だった。
内容を見る限りロクに呪文を覚えない。あえていうならMPを増やすことがメインの『杖』。
どちらかというと盗賊や暗殺者寄りの技能である『短剣』
おまけに、納得はできるが魔法使いの弟子としてはどうなんだ?と言いたくなる『旅芸人』がドルマゲスのスキルだった。
……そして何より、問題なのは最後の一つじゃ。
そこには『魔法知識』という、ライラスですら知らないスキル名が表示されていたのだ。
「これはまた、妙な事になっておるのぉ」
この魔法知識だが、どうやら今は加護が封印状態にあるらしい。キッカケが無ければ死ぬまで解放されずに終わる。そういう類のものに見える。
……精霊の加護がなぜこのような事になっているかは分からんが。これは一度詳しく調べる必要があるのう。
そう結論付けたライラスは、窺うようにこちらを見るドルマゲスを見てある事を告げる。
「ドルマゲスよ。今更ながら教えておこう。貴様には『格闘』と『短剣』と『杖』。そして『旅芸人』の適正加護があるな。うむ、どれも魔法を覚えることは無さそうじゃ」
「ぅえ!?」
賢者の子孫にして高齢の知恵者、弟子の希望を打ち砕きに行く男、ライラス。
彼は先程食らったまぶしい光の事を地味に根に持っていた。
●
その後涙目になったドルマゲスを見て『しもうた、言い過ぎたか!』と焦ったライラスは、ドルマゲスに『魔法知識』という不思議なスキルがある事を説明し、どうにかフォローに成功していた。
「それでは、そのスキルが解放されれば私にも魔法が使えるのですね!」
と、キラキラした瞳で言うドルマゲスに、ライラスはその適正加護が封印状態である事を告げて釘を刺す。
しかしそれを聞いたドルマゲスは何の問題も無いとばかりにフッとニヒルに笑っていた。
「師よ。そういうものはレベルを上げる事で解放されるのがお約束ですよ」
ドルマゲスはゲーム脳だった。
「……なにをいっておるんじゃ。まるで意味が分からんぞ!?」
混乱するライラスをよそにドルマゲスは勢いよく走り出す。
「ま、待てドルマゲス。貴様、どこに行くつもりじゃ!」
色々な意味を込めて聞いたその質問にドルマゲスはとてもいい笑顔で言い切った。
「外です!」
我が道を行く男、ドルマゲス13歳。
彼はレベルを上げるため、街の外へと駆けていく。
あっという間に街を飛び出したドルマゲスを見送る事になったライラスは、静かになった路地で一言、ポツリと呟きを作る。
「胃薬買ってこよう」
ドルマゲスを弟子と認めたライラス。その苦悩の日々はまだ始まったばかりだった。
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一方、自分のスキルを知ったドルマゲスはその日を境にトラペッタの外へと出て、スライムと戦う日々を繰り返すようになっていた。
「太陽拳!」
と言いつつまぶしい光を放ち、スライムの視界を潰したドルマゲスは、今日も勢いに任せてスライムに殴りかかる。
繰り出した拳が運よく急所に当たったらしい。スライムは倒れ、後には少数のゴールドが残されていた。
「ようやく、レベルアップか」
家事手伝いとレミーラの操作制御の修業。その合間を縫って、トラぺッタの周りに出るスライムを倒し続けていたドルマゲスの脳内で、レベルが上がった証であるファンファーレが鳴り響く。
今のドルマゲスのレベルは3。
この世界のレベルアップの概念は倒した敵の魔力や生命力を取り込み、己の器を満たすと言うモノだ。その考え方で行けば、ドルマゲスの生命力は以前よりも上がっていると言える。
レベルアップ後に身体を動かしたドルマゲスは、自身の動きが以前より良くなっていることを実感し、ニンマリと笑みを作っていた。
精霊の加護であるスキルを解放するスキルポイントも7まで溜まっている。
本来なら『魔法知識』にポイントを振りたい所だが、封印されてるとなるとそうもいかないだろう。
もちろんこのスキルポイントを貯めておくと言うのも一つの手だ。
しかしこのスキルポイントをここで活用すれば今後のレベルアップは楽になる。
そう考えたドルマゲスはこのスキルポイントを使う事に決め、『格闘』、『短剣』、『杖』、『旅芸人』のどれにスキルを割り振るべきか頭を悩ませていた。
とりあえず武器が無いので『短剣』は除外。
原作ドルマゲスが道化師の格好をしていた事を考えると『旅芸人』が。後々魔法を使えるようになる……はずであることを考えれば『杖』が。今現在素手で戦っている事を考えると『格闘』が魅力的だ。
「とはいえ魔法を使えない今のままでは『杖』のスキルは意義が薄いな」
余談ではあるがライラスの魔法で自分のスキルを見る事が出来るようになったドルマゲスは基本杖を使った物理攻撃であると知り、不貞腐れていた。
今現在、装備できる物がない事を考えれば、『杖』スキルも『短剣』と同様無い物ねだりだと言える。
残ったのは『旅芸人』と『格闘』の二つ。
しばらく悩んだドルマゲスは一つ頷いて結論を出す。
「ならばいっそ両方を取る!」
こうしてトラペッタの街に、『素手で戦う旅芸人』ドルマゲスが爆誕した。
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「見て下さい師匠! 先程スキルポイントの割り振りによって『火ふき芸』と『石つぶて』を覚えましたよ! この火を吹く際の爽快感が素晴らしい! そう思いませんか!」
トラペッタにあるライラスの自宅。そこで嬉々としてそう報告するドルマゲスを見たライラスは自分の弟子がまるで魔法使いの弟子をしていない事に頭を痛めつつ、『家の中で火を吹くんじゃない』とたしなめていた。
……ワシ、一応賢者の子孫として魔法の研究に打ち込んでいるんじゃがなあ。
しかしこの弟子、どう見ても色物である。
どうしてこうなった。と嘆くライラスの前でドルマゲスは狂喜乱舞し火を吹いていた。
……将来『おれは人間をやめるぞ!師匠ョーッ!』とか言わんじゃろうな。
無いとは言い切れないのがこの弟子のとんでもない、もとい恐ろしい所だった。
しかし頭の痛いライラスとは対照的に、ドルマゲスは『火ふき芸』を使えるようになった事が相当嬉しいらしい。
魔法というよりもブレスに近い技だが今まで明かり魔法しか使えなかったドルマゲスにとっては大躍進。曲芸とはいえ『火を出す』という事が出来たのは相当にうれしかったのだろう。
注意したにもかかわらず家の中でチロチロと小さな火を吹くドルマゲス。その姿にライラスはこっそりと微笑みをつくる。
そしてドルマゲスを家から叩きだした。
「何をするのですか師匠! 人が気持ちよく火を吹いていたというのに!」
問題発言しかしないドルマゲスにライラスは額に青筋を浮かべる。
「放火魔みたいな事を抜かすな! それと火を吹きながら話すんじゃないわい!」
とりあえずこのバカを家に入れたくない。
ポーズを取って文句を言うドルマゲスを怒鳴りつけたライラスは、その後延々と説教を敢行。
騒ぎ始めた師弟をトラペッタの住民たちは『またか……』と手慣れた様子でスルーするのだった。
・独自設定について。
ドルマゲスのスキル設定は『魔法知識』を転生特典に近い個人専用スキルとし、後のスキルをドラクエ9を参考に設定してあります。
スキルという概念については、万人に与えられる精霊の加護。と考え『加護の開放による技能の刷り込み』がスキルポイントの割り振りである。という事にしました。
またレベルアップの概念を生命力の器を満たす。という解釈にし、レベル99、いわゆるカンストになった状態を『生命力の器が満たされた状態』という設定にしています。
ちなみに生命力は体力(HP)と精神(MP)の両方をひとまとめにしたものという設定です。
また各種の種は器そのものに干渉する、後付パーツのようなものとして捉えていこうと思います。
一応ドルマゲスがレベルアップで覚える特技、各種スキルで覚える技などはまとめてあるので、霧の良い所まで書いたらそのあたりの設定を『幕間 育成の攻略情報』として投稿する予定です。