チャチな光の道化師   作:ぱち太郎

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誤字脱字のご指摘、ありがとうございます。

リアルが忙しく感想への返信ができない作者ですが、どうかご容赦ください。




第四幕 決闘者となる少年②

決闘。

 

ガラの悪い戦士にそう宣言して喧嘩を売ったドルマゲス。

そんなドルマゲスの背中を、戦士にカス呼ばわりされた酒場のスライムは驚きと疑問を持って見つめていた。

思い出すのは先程の『スライムはカス』という戦士の発言を否定したドルマゲスの言葉だ。

 

……あれはうれしかったなぁ。でも、この人間の子、どうしてかばってくれたんだろう。

 

同族に対する戦闘。スライム狩りに誘われた時は、『ああ、この人間はボクを利用しようとしているんだな』と思い。ついでに言うと『メダパニでも受けたのかな? え……違うの!?』といった形で、スライムは少しの恐怖と嫌悪感をドルマゲスに対し抱いていた。

 

もし参加しても、どうせ囮にされるのがオチだろう。

もしかしたら他のスライムと一緒に自分を倒し経験値を手に入れるかもしれない。

そんな考えがスライムの中に渦巻いていた。

戦いを生業とする者の、スライムの扱いは得てしてそんなものなのだ。

 

だからスライムはガラの悪い戦士が自分をカス呼ばわりした時も『そんなものだよね』と思い、黙り込んだ。悲しいという気持ちと自分の弱さに対する無力感はある。だが『何かを言い返そう』なんて考えはこれっぽっちも生まれなかった。

 

なのにこの子供は自分を庇い、こんなにもガラの悪い大人に向かって言い返したのだ。

「……だけど」

子供が大人に勝てるはずがないよ。

自分を庇ってくれた子供がこの戦士に敗北し、笑われて、見下される。

そんな未来を想像したスライムは何故だが無性に嫌な気持ちになっていた。

 

しかし不安を抱えたスライムの前で、ガラの悪い戦士に喧嘩を売った少年。ドルマゲスは大人達を相手に決闘のルールを説明する。

「貴様らには私と変則ルールのポーカーで勝負してもらう」

凄くやる気である。

 

そんなドルマゲスに対し、ポーカーと聞いた戦士は『特殊ルール』という言葉に警戒と不満の色を露わにしていた。

そんな大人達ににドルマゲスは言う。

「このポーカーでは、全てのイカサマが認められる」

 

その場の空気が、凍り付いた。

 

 

……全てのイカサマが認められる!?

そのあんまりな内容にスライムはプルプルと身体を震わせた。

衝撃を受けた酒場の面々もドルマゲスの言葉を待っている。

ドルマゲスは言った。

「ただし、ゲームが終わる前にイカサマが見破られればその時点でバレた方、つまりイカサマを見抜かれた者の敗北となる」

 

……そうか、つまりイカサマのペナルティーをはっきりさせたんだ!

スライムは、ドルマゲスのルールになるほどと頷いた。

ゲームの勝敗とは別にイカサマを見破るかどうかを勝敗に噛ませる。

イカサマ防止策としては中々に良さそうなルールだと思えた。

 

「でも、ほんとうに大丈夫なの……?」

一見すると効果的かもしれない。が、このルールは相手の腕が良い場合、イカサマに気付けないままやられてしまう危険性をはらんでいる。

不安はぬぐいきれなかった。

 

だがそんなスライムの心配を知らないドルマゲスは、淡々と説明を続けていく。

「お互いのチップ……つまりライフとなるコインはそれぞれ12個。ゲーム参加料に一枚。交換に一枚、そして勝負のために一枚使うため、1ゲームに最低三枚のコインがいる」

 

……つまりコイン12枚をお互いに削り合い、ゼロになった方が負けなんだね。

スライムはそう理解する。

 

「そしてこれらのコインを全て失った時ゲームは決着。負けた方は相手に謝罪する。というのがこのゲームの基本ルールだ」

そう締めくくったドルマゲスの説明。

 

それ聞いたスライムは少しだけ安心を取り戻した。

この特殊ポーカーは、あくまでコインの奪い合い。賭けるモノも『謝罪』だけ。

最初こそイカサマ云々で不安を覚えたが、最後まで聞けば賭けの上限が決まった。しかもお金を駆けないルールである。

「これならきっとヒドイ事にはならないね」

スライムは嬉しそうに呟いた。

 

しかし『よかった、お金をかけるわけじゃないんだ!』と安心したスライムの前でドルマゲスはキッパリと言い放つ。

「そして最後に一つ、このゲームにおいて何より重要なルールを説明しよう。それは……この勝負に置いて、お互いのプレイヤーは『賭けるモノの上限を持たない』という点だ」

 

説明を聞いたスライムの顔から。感情と表情が抜け落ちた。

 

 

酒場のスライムが固まってしまうようなドルマゲスの発言。だが固まったのはスライムだけではない。

「「「「「「 ……!? 」」」」」」」

酒場の面々が衝撃に顔を歪めていく。

ライフであるコインは12枚。しかし賭けるモノの上限が無い。これの意味するところは一つである。

 

つまり賭けるコインの枚数を提示する時、追加で何を賭けようとかまわないということ。

 

それに気付き、酒場にいた誰もがドルマゲスに注目した。

酒場の空気が、たった13歳の子供を中心にして回り始めていく。

そんな中、ドルマゲスの両親を知る武闘家の男の胸中は『やめてくれ……!』の一念で現状を憂いていた。

 

先程ドルマゲスの話した特殊ルールは、コイン以外のどんなものでも……大げさな話を言えば『命』ですら賭けて良いというものだ。

 

もちろん勝敗はあくまでコインの枚数によって決まるので、賭けるモノについてはそれはプレイヤーの選択次第。

何事も無く終わらせるならば、コインだけを賭ければ良い話ではあった。

実際に『コイン以上の物を追加で賭ける時』はプレイヤーのどちらかが『勝ち負け以上の何か』を欲した時という事になるだろう。

 

……だがこのルール。このままだと本当の決闘になるぞっ!

流石にカードで命を賭けるような者はいないだろう。

だが、簡単に大金を賭ける事が可能なこのルール。このガラの悪い戦士は間違いなく金を賭けて来る。

 

武闘家が見るに、それはあまりにも危険な事だった。

 

……止めるべきだろうか。

武闘家は悩む。

だが両親を侮辱されたドルマゲスの怒りは正当なモノだ。しかも感情は完全にヒートアップしている。

あの激高具合では、今ここで止めても『また』がある可能性は限りなく高いだろう。

 

結局のところ、武闘家にできるのはただ見ている事だけだった。

 

 

 

一方ドルマゲスからポーカー勝負を挑まれたガラの悪い二人組の一人。男の戦士は、口のニヤつきを手で隠し、内心で歓声を上げていた。

 

……カモがネギしょって来たぜーっ!

戦士がそう考えた理由は非常にシンプル。この男にとってのポーカーとはイカサマのしやすい『楽に勝てる勝負』だったからだ。

 

真面目にルール通り戦うなんてバカのやる事。要は何をしようと勝てばいい。

イカサマというやつは、バレなきゃあイカサマではないのだ。

 

それがこの男達にとってのポーカー。

そのせい、と言うのもなんだが、戦士本人も仲間の盗賊もイカサマのテクニックは一流の域に達していた。

少なくともこんな十数歳かそこらの子供に負けるなんてありえない。

戦士の胸中はそういう自信に満ち溢れていた。

無論『イカサマを見破られれば即敗北」というルールは枷となる。

だがそれをふまえた上で、戦士の男は笑っていた。

 

……上限無し。いいじゃぁねえか。このガキの親は稼いでた。死んでそう経ってねえから、遺産もそこそあるだろう。

全部を奪っちまうと周りが煩いだろうが、こっちにも面子があるし。

そう、五分の一くらいなら奪ったって問題ねぇよな~。

 

そうなった時目の前の子供はどんな顔をするだろうか。と考えた戦士は『ククク』と意地汚い笑い声を上げ、相棒の盗賊を見た。

盗賊の方はただ頷くのみ。だが頷いたのならば問題は無い。向こうも理解しているのだ。

 

一見良さそうなルールだが、この決闘方法は完璧ではない、と。

 

……その穴をついて、絶望のどん底に叩き込んでやるぜ。

そう心に決めた戦士は肩をすくめてわざとらしく話し出す。

「おいおいお~い。このカスが、な~に熱くなってルール語ってんだぁ~? オレはその決闘とやらを『受けても良い』なんて一言だって喋ってねぇじゃあねーか」

 

戦士の言葉に酒場がざわつくが、ドルマゲスは何もしゃべらない。

そんなドルマゲスに戦士は盗賊を指さして高らかに言い放った。

「どーしても受けて欲しいってんならこっちの条件を一つ、飲んでもらうぜ~? その条件ってのはなぁ。……カードのディーラーを、コイツにやらせる事だぁ!!」

 

そう、戦士の出した条件とはカードのディーラーの指名。

そして指名されたのは、戦士の仲間の盗賊。

 

イカサマをする気だという事をまるで隠そうとしない条件だ。

その条件を聞いて真っ先に異を唱えたのは、あの武闘家の男だった。

 

 

……これはマズイ。非常に、マズイ!

そう考えて焦る武闘家は戦士に向けて食って掛かる。

「その条件待った! いいか、子供相手なんだぞ!? そんな条件を出すなんて何を考えているんだ!」

そう叫ぶ武闘家は気が付いていた。

この戦士が張った巧妙な罠。ルールの穴を着いた要求の『裏』。

 

……そう。ドルマゲスの言った特殊ルールには『イカサマを見破られた方の負け』としかない。つまりディーラーのイカサマを防ぎようがないのだ。

イカサマ部分を盗賊が担当するならば、戦士は普通にポーカーをするだけで良い。

 

普通に考えればドルマゲスの勝てる確率はゼロ。

 

だが、当の戦士はどこ吹く風。武闘家を相手にしようとはしなかった。

「ならばドルマゲス! 君だ! 今ならまだ間に合う、ルールを取り消すのだ! そもそもこんな勝負、やるべきではない! ……これは、自殺行為だ!」

叫び声に近い武闘家の懇願が酒場に響く。

 

その言葉で戦士の仕掛けた罠に気が付いたのだろう。酒場の客たちに騒々しさが広がっていく。

しかしそんな状況にもかかわらず、ドルマゲスは武闘家に笑いかけた。

 

「武闘家さん、心配してくれてありがとうございます。でも安心してください。『イカサマはアリ』と言ったのには理由があります。僕にとっての賭けはポーカーとは別の所にあるんです」

 

武闘家に敬意を払い、そう答えたドルマゲスは、戦士たちに向け『ディーラーのイカサマがばれた時は交代で』と条件を付ける。

これを否定すれば流石に逃げられると考えたのか、戦士の返事は了解の意を告げるものだった。

 

……そうか、ディーラーも含めた『二人のイカサマを見破れるかどうか』に賭けるつもりか。

武闘家はドルマゲスが二対一の勝負に挑むのだと理解した。

「しかし、しかしそれでも君が不利な事は変わらないじゃないか……!」

見破れなければカモ撃ちにされる。そう考えた武闘家にドルマゲスは平然と言う。

「武闘家さん。あなたの言う事はもっともです。ですが、こういった連中には『イカサマをするな』と言っても無駄だと僕は思うんです。それならばイカサマをアリにして、それを見破れるかに賭けた方が可能性がある……。 そうは思いませんか?」

「……ぬっ!」

子供の浅知恵と言っても良い、行き当たりばったりな言葉だ。しかしその内容は真っ向から否定のしにくい正論でもあった。

 

思わず言葉に詰まった武闘家を無視し、戦士の男がドルマゲスに喋る。

「それじゃあ早速はじめようや。……だがなぁ、生憎ポーカーは俺様の最も得意とするギャンブル。勝てるとは思わねぇ方が良いぜぇ?」

「……このルールではオープンザゲームの代わりに『決闘《デュエル》』と、そう言ってもらう」

会話のドッヂボール。

それぞれが言いたい事を言った二人は、テーブルに座り向かい合う。

 

「「決闘《デュエル》!!!」」

 

決闘のポーカーが幕を開けた。

 

 

先攻後攻のコイントス。

 

それによって決まった親は、表を当てた戦士だった。

戦士は先行側として、参加料のコインを一枚払う。

ドルマゲスもそれに合わせ、自分のコインを一枚手に取り支払った。

 

ポーカーは配られた五枚のカードを一度だけ、好きな枚数を交換して、相手よりいい役を揃えようとするゲームだ。

参加料を払った事によって、それぞれの手に五枚のカードが配られる。

 

「それじゃ、俺様は二枚チェンジするぜぇ」

そう言った戦士はチェンジ料としてコインを一枚払い、カードを二枚取り換えた。

「ガキィ、こういうのは最初が肝心。よーく考えて勝負した方が良いぜぇ」

地味なプレッシャーをかけていく戦士。それを無視したドルマゲスはチェンジ料を支払う。

「三枚チェンジだ」

そして渡された三枚のカード。その内容を確認したドルマゲスは、相手の戦士を睨み付けた。

 

「おーおー、怖い怖い。その面、さては何かいいカードを揃えやがったな? なら、ここは様子見でコインを一枚だけ賭けるぜぇ」

親の宣言。

ドルマゲスはその気になればここで『レイズ』と言い、さらに賭けるモノを追加する事が出来る。

だがドルマゲスは相手に合わせて賭ける『コール』を宣言。

親の賭ける枚数に合わせ、子であるドルマゲスはコインを一枚手に取って払う。

互いが払ったコインは三枚。この特殊ルールにおける最も小さい賭け。勝った方が六枚のコインを懐に入れる事となる勝負が成立した。

 

「よし……勝負だガキィ!」

お互いが手札を公開した。

 

ドルマゲスの手札は……。

「8と9のツーペア……!」

子供とは思えない気迫と共に、ドルマゲスが役を宣言する。

そこには赤一色のツーペアが並んでいた。

 

だが……。

「残念だったなぁ、ツーペア。ジャックとクイーン。俺様の勝ちだ」

同じ強さの役、ツーペア。しかしカードの強さで差が付き、戦士が勝利する。

勝利した戦士は笑いをかみ殺した。

「あーぶない危ない。もうちょっとで負けるとこだったぜぇ」

そう言った戦士は『で~は……』と、自分の腕を振り上げ。ドルマゲスと賭けたコインとの間に、まるで仕切りを作るように振り下ろす。

「クククククク」

袖が汚れるかもしれない、などとは微塵も考えず。戦士は腕全体を使ってコインを引き寄せる。

 

ドルマゲスのライフコイン。残り9枚。

 

 

だがドルマゲスは『ゼロじゃないなら安いもの』とでも言うように、あくまで冷静に次のゲームを促した。

「ネクストゲームだ」

「ネクストゲームじゃなく、ラストゲームになるかもなぁ?クククク」

そう言って笑った戦士は、脳内で勝利を確信していた。

 

……楽勝! ディーラーの仲間にイカサマをやらせているが、このガキはソレを見抜けてもいない!

勝ちだ! 勝ちだぜ、このゲーム!

見てろ~、このゲームでテメーの財産、取れるだけブン捕ってやるぜ!

 

すでに戦士の頭の中には、勝利の青写真が出来上がっていた。

 

 

だが勝利を確信した戦士とは裏腹に、イカサマ担当の盗賊は奇妙な違和感を覚えていた。

 

……何かがおかしい。

だがそれが何かが分からない。

自分のイカサマは完璧だった。と、盗賊は先程のゲームを評価した。

 

調子はすこぶる快調だ。衣服に潜ませたトランプによるカードのすり替えはもちろん、カードを切ったように見せるイカサマシャッフルにもミスは無い。

指先の感覚も完璧。どこにどのカードがあるのかも完全に把握できている。

先程の勝負だって盗賊がコントロールした通りの、8と9、JとQの勝負だった。

 

……なら、この違和感は何だ? 

何を見落としている?

そう考えた盗賊は思わずドルマゲスを見る。すると、盗賊の視線に気が付いたドルマゲスは微かに笑い、いかにも『イカサマやってません』と言いたげな体で、両腕の服の袖を肘までまくり上げた。

いわゆる『袖にカード隠してないよ』アピールである。

 

だがその行為が盗賊の疑念を加速させた。

……相手はこちらの視線の意味に、正確に気付いている。

『イカサマを疑われた』と思わなければあんなアピールはしないはずだ。

証拠は無い。しかし自分の完璧なテクニックに何か異物のようなものを混ぜられたという確信が盗賊にはあった。

……イカサマをしたとは思えない。あるとすれば下準備だ。

盗賊は、意を決して発言した。

 

「おい子供。まさか、……イカサマをしようとしているのか?」

この場で離すのは初。それはドルマゲスが初めて聞く盗賊の声だった。

だがドルマゲスに答える気配は無い。盗賊への返答は沈黙である。

しかしそれは盗賊にとって予想の出来た反応だった。

 

……そうだろうな。この質問への答えは『沈黙』。それが正しい答えだ。

向こうにとっては手の内をバラす必要が無い。

 

だから盗賊は戦士に向けて、確認するように目配せした。

 

 

一方、盗賊からのアイコンタクトを受け取った戦士は、盗賊の慎重さに少し呆れの感情を抱いていた。

盗賊の言いたいことは分かる。

何か違和感を察知したので、『イカサマを仕掛けてくるかもしれない』と警告したいのだろう。

 

……だがよぉ、このガキはそんなそぶりは欠片も見せなかったぜ?

慎重すぎる。一体何をビビってるんだ?

そんな不満が戦士の中で渦巻いていた。

 

……大体ノリが悪ぃんだよな。コイツはよぉ。

自分がさっき散々カス呼ばわりした時もこの盗賊は沈黙を保っていた。

そのことに『クソ良い子ちゃんが。オレより弱い上に空気も読めねえのか』と内心で盗賊を罵倒した戦士は、ゲームの参加料としてコインを放り投げる。

 

……アイツにはこのガキの遺産をふんだくる事は言えねえな。

今までやって来た野良ポーカーとは違う。子供の人生をぶち壊すような賭けだ。良い子ちゃんの相方にその事を話せば、向こうはこちらを裏切るだろう。

そう判断した戦士の男は『この盗賊とのコンビはここまでだな。分け前はやらん』と冷静に仲間を切って捨てる。

 

しかしそんな事を知らない盗賊はこちらが勝てるカードを手元へと配る。

手札はキングのスリーカード。戦士は指でさり気なく合図を送り、もう一枚キングを要求する。

「一枚チェンジだ……ん?」

だが、いい気になっていた戦士は目の前の子供。ドルマゲスの行動に疑問を持たされていた

 

既にお互いの場にカードは配られている。なのにドルマゲスは腕を組んだまま、一切動こうとしないのだ。

業を煮やした戦士は指摘する。

「どうしたクソガキィ、早くそのカードを見てチェンジするか降りるか、決断しねえか」

 

それに対する返事はアッサリしたものだった。

 

「カードは……このままでいい」

「えっ!?」

「ピギッ!?」

「なにっ!?」

ドルマゲスの言葉に武闘家が、スライムが、そして盗賊が驚きの声を上げた。

 

同様に驚き、口をあんぐりと開けた戦士は、確認するようにもう一度問う。

「あっと、その、今なんて言ったんだ? オイ。 聞き間違いだよなぁ? このままで良いと聞こえたが……」

「言葉通りだ。……このままでいい。この五枚のカードで勝負する」

 

ドルマゲスの言葉には一切の揺らぎが見られない。一切の迷いがないのだと、誰もが理解した。

それが戦士の神経を逆なでする。

戦士がテーブルを叩いた音が、やけに大きく酒場の中に響いた。

「分かっている! 俺様が聞いているのは、テメエはそのカードを見ていないだろうという事だ!」

「……このままでいい」

「なっ……ふざけるなよ! 答えろ! テメエはそのカードをめくってもいないのに、なぜ勝負できる……!」

しかし、返答は沈黙。

「答えろと言っていんだよだクソガキ!」

戦士の罵声にもドルマゲスは動じていなかった。

 

流れが変わりだしている。

 

周囲がそう感じ始めたその時、ドルマゲスは手元のコインを押し出した。

そして高らかに宣言する。

「先程払った参加料を除く残りのコイン、8枚全てを今、ここで賭ける!」

それは、まさか。とでも言うべき、残りコインの全賭け。

もしここで負ければゲームが決着するという。そういう賭けだった。

 

ドルマゲスは覚悟と決意のこもった瞳で戦士を見据えて言う。

「決闘者にとって最大の敵は己の心に潜む『恐怖』という魔物に他ならない。私は今ここで、その恐怖に勝つ! ここからは、ずっと私のターンだ……!」

それは決死の覚悟を込めたような、熱のある言葉だった。

 

しかしドルマゲスの言葉を聞いた戦士は、相手の大胆さを見て、逆に気持ちを落ち着かせていた。

「なぁるほどなぁ」

……このガキ、あまりの緊張感に頭がおかしくなったな?

やはりカスはカス。

 

そう確信した戦士は、カードを配る時に指示した盗賊へのサインを思い出し、その内容にほくそ笑む。

 

……コイツのカードはブタだ。

カードを見もしないという普通では考え付かない大胆な行動だったので一瞬焦ったが、なんてことはない。

これまでの発言は全て、自分の手札が何か知らない。という特殊な状況だからできたもの。

ブラフだ……!

 

つまりこの勝負は安パイ。敗北など万に一つもあり得ない。

「ククク」

……この俺様にハッタリなどかましやがって。降りるとでも思っているのか? このマヌケが!

そう考えて笑った戦士はこの賭けに乗ることを決めた。

 

「フッ、良いだろう」

……だが、このままじゃあ済まさねえ。

盗賊からチェンジしたカードを受け取った戦士、手札に揃った4枚のキングを見て、掛け金のつり上げを敢行する。

「俺様も同じ数、8枚でコールだ。しかしさらに! 先程手に入れた6個のコインをレイズする! 全部だ! 計15個!」

全賭け。そう、ドルマゲスに対抗する全賭けである。

 

その手持ちのコイン全てを押し出す行為に、思わず武闘家が絶叫した。

「な、何だとぉ!? オイ、ちょっと待て! ドルマゲスはすでに手持ちのコイン、8枚全部を賭けている。今そんな上乗せをされても、……もうこいつには賭けるチップが無い!」

「無いだってぇ? この勝負は賭けるモノの上限無しってぇルールじゃねえか。チップの代わりに賭けるものはあるだろうがよぉ」

「な、なにを賭けさせるつもりだ……?」

武闘家の質問。

それに答える代わりとして、戦士は自分のふくろからメモとペンを取り出し、ドルマゲスに差し出した。

「ま、ちょっとした証明のために一筆書いてくれりゃあ良いのさ。ソイツで大体の事は解決できる」

「だから何の事だと言っているのだ!」

業を煮やした武闘家の言葉に、戦士は気持ちよさそうな顔で笑い、言った。

「フフフ、死んだこのガキの両親が残した遺産。その五分の一をここで賭けてもらうんだよ」

 

この瞬間。

何の変哲も無いコインの価値が、ドルマゲスの両親が残した遺産、5分の1の価値にハネ上がった。

 

 

「なんという、なんという事だっ……!」

そんな状況を前にした武闘家の男は、目の前で繰り広げられる吊り上がりを信じられない気持ちで見つめていた。

……まさかここまで無茶な要求をしてくるとは! この戦士、確か名前を『サム』とか言ったか? くっ、なんて強欲な奴だ!

武闘家は思わず歯噛みする。

 

しかしそんな相手の要求をドルマゲスは受け入れていた。

「遺産の5分の1を私に賭けさせる。ということは貴様がそれだけの金をこのゲームに賭けるという事だな?」

ドルマゲスの問いに、戦士は不適に頷いた。

 

決定である。もう後戻りは許されない。

 

酒場の面々の胸中に『今、コイン一枚の価値はどれくらいなんだ? そしてこの勝負はどうなるんだ?』という緊張と疑問が渦巻き始める。

しかし、知人の子を見守る立場の武闘家は、自身が戦っているわけでもないのに不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

 

 

一方、遺産5分の1勝負を吹っ掛けた戦士はテンションがノリにノッていた。

隣ではカードを配り終えた盗賊が信じられないものを見るような目でこっちを見ているが、そんな事はどうでも良い。

どうせコイツとは今日ココでオサラバ。

今は目の前のガキが恐怖に震えればそれで良いのだ。

 

……さーあビビるぞぉ! どんどん自信を失うぞ……! 

その冷静な態度が崩れていくのが見える。

イカサマの準備をしていたかもしれない。という話だったがこのプレッシャーの中、果たしてソレができるか? この俺様に見破られずによぉ。 

この俺様にハッタリなぞかましやがって。そのポーカーフェイスをゲドゲドの恐怖面に変えてから敗北させねえと気が済まねえぜ。

 

そう考えた戦士は、外から見てもタダでは済まさない。という感情がモロバレな、クズっぷりに溢れた表情だった。

しかしその戦士のテンションをドルマゲスの一言が断ちにいく。

 

「良いだろう。私の両親の財産を賭けよう」

あくまで冷静な声音。そしてその言葉に戦士は動揺した。

「ぬぇっ……ハッ!?」

……ありえねえ!

 

戦士はまじまじとドルマゲスを見る。

……いくらヒートアップしてもここまで吹っ掛けられたら普通は冷静になる。いや、それどころかゾッとするはずだ。

なのにこのガキは一切の迷いもなく出した……! 両親を侮辱された事にキレて、この勝負を挑んできたガキが! 一切の迷いも無く、両親の遺産を賭けやがった!

 

「ど、ドルマゲス! それは君の両親が君のために残したものなんだぞ……!」

諫めようとする武闘家の声も震えている。

しかし言われたドルマゲスはあくまでで余裕の態度を崩さなかった。

 

……チイ。こうなるとここまでトントン拍子に来ていた事が不安になっちまう。

まさかとは思うが、もしかしたらイカサマに絶対の自信があるのかもしれない。

戦士の警戒心が急激に増していく。

 

そんな中、両親の遺産を賭けたドルマゲスは、

「勝手すぎるかな」

と困ったように言うと、カードを一枚だけ手に取り札を確認。そして確認した絵柄を下に向けて、ひらり、ひらりとカードの絵柄が周りに見えるよう、ゆっくりとひっくり返しはじめた。

 

……何だこいつは。何をやっているんだ……!?

見えた絵柄はスペードの7。だがこのゲーム、ポーカーにおいて一枚の絵柄が分かったとしても何かが変わるなどという事はありえない。

しかし、残りの4枚を確認するそぶりも無い。

なのに何度も何度も、伏せては返してを繰り返している。

 

ドルマゲスはただハートの3をクルクルと返していた。

 

そして戦士は驚愕する。

「……ん? ハートの3? ……ハートの3だと!? バカな!! そのカードはさっきまでスペードの7だったはずだ……!」

 

するとドルマゲスは、まるで本性を現すかのように、邪悪な笑みを浮かべて見せた。

「あえて言おう。ここからはずっと私のターンだ。とな」

そしてハートの3を伏せたドルマゲスは、再びカードの表を見せる。

そこには最初と同じ、スペードの7が描かれていた。

「なにーぃ!? 」

変化した!? バカな……変わった!

戦士は焦ったようにカードをガン見する。だが指摘を受けたドルマゲスは『見せるのはここまで』とでも言うように、手に持ったカードをテーブルに伏せ、次のカードへと指を置いた。

それは『何かした』という事を堂々とアピールする事に他ならない。

 

戦士は堂々とイカサマをされていた。

 

戦士の中で焦りが募る。

「おいクソガキ! 今何をしたんだ!」

「何をしたって? ふむ。何を言っているのか、よく分からないな……」

「今絵柄がっ……とっとっと、とぅっ!」

『絵柄が変わっただろう。このイカサマ野郎!』と、そう言いかけた戦士は自分の指摘が的外れな事に気付き、続く言葉を引っ込める。

 

そう、この特殊ルールのポーカーでは、イカサマの正体を見抜かない限りどんなイカサマも許されてしまうのだ。

自分がイカサマをされると思っていなかった戦士は、ショックを立て直そうと深呼吸を繰り返す。

 

……確かに俺たちは、カスカードをヤツの手札に送った!

賢者のような聖人だろうと、どんな分野の天才だろうと、配られたカードをコントロールするなんてことは絶対にできねえ!

という事はコイツ、コイツまさか、俺様が気づかぬ方法でカードのすり替えを……!

そうとしか考えられない。でなければこんな事が起こるはずがない。

 

焦りを隠せない戦士に向けて、ドルマゲスは肩をすくめてニヤリと笑う。

「そうだな。せっかくだ。ここからは貴様の質問にYESかNOで答えるとしよう。嘘偽りなくな」

「くっ、この野郎……!」

……バカにしてやがるぜ。さっきまで見下していたカスにバカにされるこの感覚。屈辱ったらねえぜ……!

 

しかし遺産の5分の1。その金額がいくらになるかは、賭けさせた戦士にもわからない。

賭けたものの大きさが『このまま勝負して本当に大丈夫だろうか』という不安、プレッシャーとなって戦士の心に食らいつく。

 

 

……い、いや、大丈夫だ。

イカサマを見抜けばその時点で俺様の勝利は確定する。

見抜けばいい! このガキのイカサマを見抜いてやればいいんだ……!

見てろ。テメエのイカサマを見破ってそこのガキびいきな武闘家に『サムの勝ちデース』とでも言わせてやる!

 

戦士が選択したのはイカサマの看破。果て無く続く破滅へのロード。

その視線はカードを取ろうとするドルマゲスの指先に注がれる.

 

 

 

ドルマゲスが、次のカードを確認した。

 

 

 

 

 




……やるぜ! このクソガキのイカサマで、ヤツの場のカードを全て変えられたら、こっちのイカサマが全部水の泡になっちまう!
その前にイカサマを見破るんだ! 今ここで負けたら、俺様の財布と人生はどうなる? だが、野郎のブタカードはあと4枚残ってる。ここを耐えれば、このガキにだって勝てるんだ!


……次回「戦士(社会的に)死す」。 デュエルスタンバイ!


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