イカサマを見抜くことにゲームの比重が移った事を誰もが理解していたのだろう。
決闘観戦者達のテンションは決闘者達を追いかけるように白熱する。
しかしその決闘を間近で見ていた戦士の仲間、盗賊の男は自分のしたことに深い後悔を感じていた。
……とんでもない事に手を貸してしまった。
まさか子供から金を、それも遺産を奪おうとするなどとは思わなかった盗賊は、外道に落ちた戦士を見て失望と苦悩にさいなまれる。
盗賊から見た戦士はレベル・ステータスが数段上の、しかし頼れる仲間だった。
だからこそこれまで組んできたし、野良ポーカーの安いルートでイカサマもやってきたのだ。
……しかし今日のコレは許容できん。
盗賊が仕掛けたイカサマは完璧に決まっている。普通ならドルマゲスに勝ち目のない勝負なのだ。
現状妙な事になってはいるが、本来なら許されないゲームだと盗賊は感じていた。
……謝罪しなくては。
許してもらえるかは分からない。しかし謝らなくてはいけないだろう。
同時に盗賊は思う。
……このまま戦士が勝つようなことがあればこの戦士を自分の手でどうにかしよう。
返り討ちに合う確率は高い。だが、もうこうなっては仕方がない。
「運命が決まるまであと少し、か」
そう呟いた盗賊は、懐のアサシンダガーを思い起こし静かに覚悟を決めていた。
●
そんな盗賊を置いて、酒場の中は盛り上がりを見せる。
緊迫するテーブル。そして周囲を取り囲む観客。
その中心で良くも悪くも覚悟を決めた戦士は、ドルマゲスがカードを手に取った様を穴が開くほど見つめていた。
……カードを見た! 確認しやがったぞ!
戦士はドルマゲスのイカサマを見破るため全神経を集中。
ステータスにモノを言わせた観察眼で、相手の動きを補足する。
……しかし、まだ確認しただけだ。何かをした様子は無い。
よ、よ~し。だったら先手を打ってやるぜ。このガキにこれ以上好き勝手させてたまるか!
そう考えた戦士は、プレッシャーをかけるためドルマゲスへと話しかける。
「クソガキ。まさか今からイカサマをする気じゃねえよなぁ……?」
注意して見てるぞ。という意を含ませた戦士の言葉。それに対して少しだけカードを伏せたドルマゲスは簡潔な答えを述べた」
「I DO、I DO、I DO、いる、いる」
「何ッ!?」
イカサマをしている。だと……!?
盗賊はその答えに驚愕する。
……もうしている? いや、おかしなことは起こって無い。まだ何も起きてはいない。そのはずだ……!
しかしこのガキは今、イカサマをしているとぬかしやがった!
……いや、騙されるな。先程『質問には正直に答える』などとと言ってはいたが、所詮はガキの戯言。
……大体このガキは『YESかNOで答える』と言っておきながら『I DO、いる』と答えたんだぞ? 嘘をついているとしか思えねぇ……!
しかし戦士の勘は目の前の子供が真実を述べていると警鐘を鳴らしていた。
『そんなわけない』という思いと、『もしかしたら』と考えてしまう勘の警告。
戦士は完全に翻弄されていた。
だが戦士の決断は早かった。戦士は自らの勘に従い『ドルマゲスがイカサマをした』という事にして動き出す。
「イカサマを……クソガキ、テメエ、カードに何か細工したな!」
「NO、NO、NO、NO 、NO……NO!」
「いっ!?」
細工ではないのか……?
とりあえずの思い付きを言って速攻で切って落とされた戦士。しかし、よくよく考えれば『カードへの細工をする機会は無い』ということは戦士にも理解する事が出来た。
このゲームのディーラーは盗賊なのだ。
どのカードが配られるか分からない状況でカードに細工するやつがいるわけがない。
戦士の息が荒くなっていく。
「イカサマをしているのは分かってんだ! 言え! どんなイカサマをしやがったんだ!」
正直に答えると言ったドルマゲスの言葉に飛びつくように、戦士は指をさして怒鳴り散らす。
それは『大声で言えばビビッて喋るかもしれない」と無意識に考えた行動。
しかしドルマゲスの反応はシンプルだった。
「……。…………」
片肘を突いたまま黙するのみ。
戦士は思わず歯噛みした。
……反応なしだ! クソ、完璧にポーカーフェイスしてやがる。そうか、嘘はつかないと言っても必ず答えるとは限らないのか……あたりまえだ……!
もはやその動揺は隠せない。そんな戦士にドルマゲスは語る。
「どうやら気が散っている様だな。しかしほら、よく言うだろ?『バレなきゃあ、イカサマじゃないんだぜ』とな」
「バレねえならイカサマじゃねえだと……? くっ、くきく~ぅ! よくもぬけぬけとと聞いたようなセリフを……! 誰に向かって言ってやがる! さあ、カードを引けクソガキィ! テメエの面歪ませて全財産奪い取ってやるぅ!」
「……フッ。さて、続けようか」
コインの枚数を見れば買っているのは戦士。だが場の流れは完全に逆転しきっていた。
ドルマゲスは二枚目を裏返し、その絵柄を戦士に見せる。
カードの絵柄はハートの4。
先程のカードがハートの3だった事を考えれば未だ役は無いという事になる。
しかし戦士の内心は優れなかった。
……同じ絵柄のカード! それも連番かよ……!
戦士の持つキングのフォアカードより強い役に、ストレートフラッシュというものがある。
それは同じ絵柄の連番が5つ揃う事によって成立する役。
盗賊のイカサマは完璧なはず。それなのに戦士より強い役が揃うなど、普通はありえない事だ。しかしハートの3と4が揃った事で、その可能性が生まれ始めている。
……もし5、6、7と連続で出たら。いや、1、2、5という事もあるっ……。
そんな不安を戦士はぬぐえないでいた。
絵柄の分かっていないカードは残り3枚。
ドルマゲスが2枚目をテーブルに置き、3枚目のカードに手を置いて引く。
戦士は脂汗を流しながらその様子を見守っていた。
……暴いてやる。暴いてやるぅ~! イカサマを~ぉ、暴いてやるぅう!!
一挙一動に集中する。
……指先でつまんで引いたぁ! カードの絵柄はスペードの4だ! このままならストレートフラッシュは無い……!
そして最初と同じように『ひっくり返しては伏せて』を繰り返し始めたぞ……。
これをイカサマの兆候と考えた戦士はひたすらカードを追いかける。
……しかしまだカードの絵柄は変化していない。以前カスカードだ。
カードは以前そのまま。もう一度伏せて、ひっくり返す……おかしなところは無い。絵柄はまだスペードの4のはず。
だがそれは『はず」という淡い可能性だった。
……しかし変わったぁ!?
ハートの5だ……!
「なにーぃ!? 違うカードだぁ……!!」
次の瞬間、戦士はスペードがない事に衝撃を受けていた。
酒場が歓声に包まれる。
しかしそんな周りの観客とは違い、戦士の心は衝撃に包まれていた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」
もはやその呼吸は息苦しさを帯び始めている。
……分からない~ぃ、イカサマが分からない……!
このガキが手に取ったカードは最後の最後まで何かされた様子は無かった。
それなのに変化した。
……何故なんだ! 何故なんだよ~ぉ!!
人が変わったような戦士。そんな相手に対し、ドルマゲスは指をさして啖呵を切る。
「やっつけてやるぜ!……えーと なんだっけ」
よくよく考えればガラの悪い連中は名乗ってすらいなかった。
「や、やかましい! そ、その袖をまくったことが怪しい! その袖をまくった時からイカサマを始めたぁ! ぇー、どけぇ! テメエの座席と周りを調べさせてもらう!」
戦士に慌てた声でそう言われ、ドルマゲスは『やれやれ』とでも言いたげな顔で席を立つ。
戦士がドルマゲスの座っていた席。そして周囲を確認し、困惑する。
息使いが荒い。
「く、くそ~、分からんっ。分からんが……その袖まくりがイカサマの正体だ! そうだろう!」
「NO、NO、NO、NO」
「ぅえっ!」
完全に神頼み。そんな当てずっぽうの指摘をドルマゲスは撥ね付ける。
『流石にそれは無理がある』誰もが心の中でそうツッコんでいると、戦士は『ならば』と机の方、ドルマゲスの座っていた座席の周りに手を向けた。
「イカサマをしているのは、このへんだな!」
「NO、NO、NO、NO」
「周りの誰かをイカサマに使っているな!?」
「NO、NO、NO、NO」
指摘への返答は全てが『NO』。焦りに耐えられなくなった戦士は両手でテーブルを叩きつけた。
「仕込んだろ! クソガキィ……!」
「YES、YES、YES、YES、YES」
……ぬぅあ、チックショ~っ!
一度言えば済む事をこれみよがしに連呼。しかもイカサマを認めるその内容に、戦士の顔が苛立ち歪む。
……うぁあぁぁ俺は、俺は確実に仕込みを決めたんだ。俺は相手のカードをカスまみれのブタにしたんだぞぉ。しかし、何で仕込みと違うカードが来るんだぁ……!
どことなく老けたような印象へと変わっていく戦士。
そんな戦士に驚きながらも、ドルマゲスは手加減しなかった。
「さあ、そろそろ確認は良いだろう。早く座れよ」
「い、良いだろう。テメーみたいなガキが、俺様に勝てるわけがねえぜ……」
そう答えた戦士はひたすら自分に言い聞かせる。
……俺の手札は強いんだ。負けるはずがない。精神力だって。百戦錬磨の無敵だ……!
イカサマの達人は、人生の達人だ! これしきでダメージを受けてたまるか……!
……いくらさっきのイカサマがあったとしても……残り全部をオレに気付かれづすり替える事が出来るのか?
ズバリ、できるわけがねぇっ!
……まだやれる。きっとイカサマも見抜けるはずだぜ!
現実逃避気味にそう考える戦士に、しかしドルマゲスは言った。
「……ああ、そうそう。そういえば私のレイズの権利が、まだ済んでいなかったな」
「……ぇぇ?」
戦士の身体が、拒絶するようにビクリと跳ねた。
周囲の人々も驚きの声を上げる。
そして『嘘だろ!?』と言いたげに、戦士がイヤイヤ問いかけた。
「ルㇽㇽㇽㇽ、レイズだとぉ!? もう賭けるものはなっ……」
しかし最後まで言わせない。
戦士の言葉を遮るように、ドルマゲスは二重線を引いて訂正したメモを突きつけた。
それは先程ドルマゲスが書いた『遺産の五分の一を賭ける』という証明書。
自分が書かせた、しかし訂正されたそのメモを前に、戦士の心は読むことを拒絶する。
しかしドルマゲスが声に出して言った。
「レイズするのは……両親から受け継いだ財産。全てだ!」
「なぁに~~ぃ!?」
戦士にとってはまさに絶望のレイズ……!
戦士の絶叫が酒場の中で響き渡る。
そんな中、事態を見守っていた武闘家酷く狼狽してドルマゲスを見た。
「全財産だと!! ドルマゲス、それは君の両親が残した全てじゃないか!」
しかし『全てを賭ける』と言ったドルマゲスはあくまで落ち着いている。
「私は両親の尊厳を守るためにこの決闘を仕掛けました。だから両親は自分達の残した遺産全てを賭けられても私に文句は言わないはずです。だが、名も知らぬ決闘者よ。貴様にもこのレイズに見合ったものを賭けてもらうぞ……!」
しかし戦士の精神は既に決闘できる状態ではない。
「あぁ、ぁぁぁぁぁ……っ!」
動揺でバランスを崩し、椅子から転げ落ちた戦士は『自分が勝つビジョン』というものを完全に見失っていた。
「フハッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……!」
戦士の呼吸が苦しく繰り返される。
周りの人々はドルマゲスの勝利を予感し、手に汗握って成り行きを見守っていた。
「さあ賭けると! 今ここで! ハッキリ言葉に出して言ってもらおう! 今すぐに!」
「うぅぅぅわぁぁあぁぁぁぁ……!」
戦士はかつてないほど追い込まれている。
今の戦士にあるのは、なけなしのプライドだけ。汗だくになりながら立ち上がった戦士は、内心で自分を叱咤した。
……いぃへへへへへ。言ってやるぅ~……言ってやるぞー!
きぃぃいひひひひひ。言ってやるー! 俺様が負けるはずがねえんだ! 受けてやるぅ! コールしてやるぅ~~!!
コール……コール……コール、コール、コール、コォォォォォォル……!
……コールと言うぞーぉぉぉお~……!
まるで助走をするように心の中で『コール」を連呼した戦士は、心を決めて口を開く。
「……コー……」
しかし言葉が続かない。
それでも引けない荒くれ戦士は、何とかして『コール』の一言を絞り出そうとさらに必死になっていった。
「ぐっ、ぬ、うぅっ。コココ、コココ……ゴホッ! ぅあっ、あぉ、ふぐぅっ……お、お……あ~ぉ~、ココッコ……」
……だ、ダメだ~っ。恐ろしい、声が……でない! ビビっちまって、声が出ない……!
戦士は自身の心が悲鳴を上げていると理解した。
「コ、コ、コ……」
息が、息ができない……!
しかしなんとか言葉を絞り出そうと戦士は息を吐き続ける……。
だが無理なモノはどうしても無理。
やがて酸欠状態に突入した戦士はゆっくりとその意識を暗転させた。
●
そんな戦士の変化に真っ先に反応したのは武闘家の男だった。
武闘家はこの展開に驚きを隠せず、声を震わせる。
「この男、白目をむいているぞ……! 立ったまま、気を失っている!」
……最初とは大きな違いだ。まさかこんな結末が待っていたとは。
武闘家はドルマゲスの実力に末恐ろしさを感じ背筋を震わせた。
そんな戦士の様子を見て、ドルマゲスは静かに目を閉じる。
「あまりの緊張で気を失ったな……。心の中でこいつは賭けを降りた。負けを認めたから、意識を失ったというわけか」
そし言い終えたドルマゲスは、ホッと一息つき、勝利に胸をなでおろした。
決着がついた事は誰の目にも明らか。
決闘の勝者はドルマゲス。戦士は決闘の続行不可による反則負けである。
そんな中、『もうカードを確認しても良いだろう』と判断した盗賊は、戦士のカードを裏返すと周りの目に見えるように広げて確認した。
その手札を見た武闘家が恐ろしげに声を上げる。
「ふぉ、フォアカード……! コイツの手はキングのフォアカードだ! ドルマゲス、君の手は何だったんだ!?」
そう聞いたドルマゲスはただ肩をすくめて座っていた椅子にもたれかかる。
今更自分で見る気は無いらしい。
そう判断した盗賊は先程と同じようにカードを確認し、動揺しながらも『やはり……』と、納得の声を漏らす。
そしてその呟きを掻き消すように周囲が驚きの声を上げた。
「「「「配られていたのは、ブタだーーーー!!!」」」」
そう、手札の内容は役無しのブタ。
ドルマゲスは最初から勝ち目のないゲームをしていたのだった。
「ど、ドルマゲス、君は、ブタのカードにあそこまで賭けたのか!?」
武闘家はそう言いつつ、ある事に気付く。
……いや、だが先程のハートの3、4、5が、ドルマゲスがイカサマで入れ替えたカードが無い!?
先程ドルマゲスが確認したカードのあった場所。そこにあるのはスペードとダイヤとクローバー。しかも7、9、2とバラバラのカードだった。
……これは一体どういう事だ? まさか、ドルマゲスはカードをさらに入れ替えて元に戻したのか? ……しかし何のために!?
疑問の付きない武闘家は『ハートのカードはどこにいったのか』と、ドルマゲスに聞いてみる。
その答えをこの酒場で聞いた者が忘れることは無いだろう。
ドルマゲスは満足そうに言い切った。
「最強決闘者の決闘は全て必然。ドローカードさえもデュエリストが創造する……つまりはそういう事ですよ」
「待てドルマゲス!? 何のことだ! まるで意味がわからんぞ!」
それは酒場にいた者達、ほぼ全員の意見が一致する。
例外は一人と一匹。
カードを配った盗賊と、角度が良かったためドルマゲスのやった事が見えていたスライムだけだった。
●
盗賊は思う。
……やはり自分のイカサマは完ぺきだった。
場に裏返されたカードはすべて自分がコントロールしたそのままの状態。配ったはずのカードは実際に配られていた状態だ。
つまりさきほど現れたハートのカードは、『ドルマゲスが書き換えた事で作られた手札』だったのだと盗賊は確信する。
すり替えた様子は無かった。ならばそれが真実なのだ。
そう考えた盗賊が思い出したのは、最初のツーペア勝負。
……あの時自分は違和感を感じたが……今思えばそれはマークの違いだったのだろう。
と、盗賊は思い返す。
赤一色だったあの手札は本来スペードが1枚、つまり黒のカードが混じっているはずの手札だったのだ。
……数字が変わって無かったので気づけなかったな。
あの時、この子供は『カードの書き換え』とやらが周囲の人間。そして相手の戦士に気付かれるかどうか試していたのだろう。
そしてこの場にいる誰もが気づかなかった。
「そうか。あの時点で勝敗は決していたのか……」
ドルマゲスにとっての賭けとは『最初のツーペアがおかしいと思われるかどうか』その一点だったのだ。
……しかし、カードの書き換えとは。まったく、とんでもないヤツがいたもんだ。
真の決闘者とやらが何か分からないが、『真の』と言うくらいだ。似たようなことを何度かやって来たのだろうか?
少なくとも自分が知る『イカサマ』という概念をブッチギリで超絶した存在であるという事は疑いようが無い。
……もし許してもらえたら部下にでもなるか。……なんて、無理に決まってるな。
謝ったらオサラバ。それが取るべき行動だろう。
……しかし『子供に謝る』というのはどうにも勝手が難しい。
ドルマゲスの苛烈とも言える実行力と胆力。そこに確かなカリスマを見た盗賊は、居心地の悪さに頭をかきながら謝るタイミングをうかがっていた。
●
一方、背丈の低さが幸いしドルマゲスかカードを書き換える場面を目撃することのできたスライムは、ドルマゲスにある種の恐怖。そして畏怖を覚えていた。
魔物とは魔力に近しい存在だ。
このスライムはその中でも魔力の動きに敏感な個体だったため、良くも悪くもドルマゲスの特異性がハッキリと理解できていた。
今回使われたトリックの種はスライムにもなじみのある魔力の動きが目立っていた。
……きっと、あの人間の子供が使ったのはレミーラの魔法だよ。
明かり魔法。そんな魔法がどうしてこんな結果を引き起こしたのかスライムには分からない。
ただ確かな事は、ドルマゲスがレミーラを無詠唱で使い、カードの書き換えと言うイカサマを行ったという事だった。
スライムは見慣れたはずの呪文にある種の底知れなさを感じ、プルリと体を震わせる。
スライムにとってのドルマゲスは、確かに賢者の末裔の弟子だった。
●
そんな一人と一匹を置いて、場の興奮は続いていく。
その中心にいたドルマゲスは大人達に頭を撫でられ、もみくちゃにされながらも、今回の手ごたえに十二分すぎるほどの満足感を得ていた。
酒場で笑うドルマゲスは、先ほどの使ったレミーラトリックを思い出す。
スライムの見抜けなかったレミーラの使い方。それはドルマゲスの記憶にある『テレビ画面』などの仕組み、『光の三原色』を応用したものだった。
『赤・青・緑・の三色を決められた明るさで組み合わせれば、この世のすべての色を表現する事が出来る』
それが、『光の三原色』の内容である。
この原理は光を作り出すレミーラと相性が良く、光量を調節する事でかなりの応用が効くという事実をドルマゲスは見つけていた。
光の無い状態である黒の再現は不可能だが、それ以外の色に関しては訓練次第でかなり自由自在になる。
そう考えたドルマゲスはこれまで光の芸で小金を稼ぎ、裸の女性を師匠に見せる事で、その技能を向上。日々訓練を重ねていたのだ。
……とはいえ、今日の勝負は流石にヒヤヒヤさせられたよ。
今回の決闘で使ったレミーラ。その行使にドルマゲスはミリ単位のコントロール精度を要求されていた。
まず部屋の明るさに合わせてレミーラの光量を調整。
相手に見抜かれないようカードを書き換えるため、元の絵柄を薄い光で覆い、そこからさらに新しい光の膜で上書き。ある程度白くなったところで、それらしい色が出るようレミーラを重ねていく。
それがカード上書きの理屈だった。
その作業をできる限りの早さでこなす事を強いられていたのだ。
疲弊するのはある意味当然とも言える。
もちろんドルマゲスには自信があった。
それどころか勝負前には『手札のカード全てを一度に上書きできる』という思い込みすらあった。
しかし、実際にやってみるとコントロールは難しく、1枚1枚慎重に行うのがやっと。と言う有様。おまけにこの疲れ具合である。
ドルマゲスはその事について自分の過信を猛省した。
……まだ、訓練が足りなかったな。
手札を振るオープンすれば確実に負けていた。その事が本当に恐ろしい。
ドルマゲスから見た先程の決闘は首の皮一枚。ギリギリの勝負だった。
……しかしプレッシャーをかけるためにジョジョネタを使ったのだが……まさか本当にブタだったとは。
配られていた札の内容を思い、ドルマゲスは深い息を吐く。
知っていたらさぞかしゾッとしただろう。
レミーラのコントロールをミスした可能性だってある。
……カードを確認しないのは正解だったか。
その事を『良かった』と思うドルマゲスの前で、気絶した戦士に水がかけられる。
誰がかけたのかは分からないが、戦士は気絶から覚醒するしかないらしい。
戸惑うように首を振って起き上がった戦士は、自分の敗北を悟り、その顔色を豹変させていた。
●
気絶から目が覚めた戦士の様子を武闘家の男は冷めた目で見つめていた。
自業自得だな……サムよ。
何故か頭の中で『サムの負けデース』という言葉が聞こえて来る。
しかしその幻聴を無視した武闘家は戦士の状態に注目した。
……汗だくで土気色だ。眼差しもどこを見ているのか、虚ろな様子。
……無理もあるまい。
よりによって自慢のイカサマ中に反撃を喰らい、見下していた子供にイカサマで上をいかれたのだ。
イカサマ師としての自信と誇りが崩れ散ったのだろう。最初に合ったガラの悪い迫力も消し飛んでいる。
……さぞショックだろうな。
しかし同情はしない。というよりはできない。
子供から大金を巻き上げようとした戦士は、もうギャンブルの神様に見放されていたのだろう。
そう考えた武闘家の前で、戦士に追い打ちがかけられる。
賭けの勝者。ドルマゲスが戦士に話しかけていた。
●
子供の形をした絶望。
戦士にとってのドルマゲスは、そうとしか言えない存在になっていた。
「さてと、後は君の支払いだけだな」
そう切り出したドルマゲスを前に、戦士は嫌な予感を全身で感じていた。
……ドギーィ!?
戦士の心が再び悲鳴を上げる。
脂汗と冷や汗がセットになって止まらない。
「ゆ、許してくれ! 両親の尊厳は取り戻しただろう! あなた様がカスだっていう評判もこれでサッパリ消え去るじゃぁねえか!」
いつの間にか『カス』や『クソガキ』というドルマゲスの呼び方が『あなた様』に変化している。
「ゆ、許して。ね、ね、ね!」
土下座姿勢で懇願する戦士は、縋りつくように繰り返していた。
しかし現実は無慈悲。
「許すか許さないか、正直に答えさせてもらうとしよう。NO、NO、NO、NO 、NO……NO!」
「ヒエぇ~ぇぇぇ……!」
この時、酒場の人々は『良いリアクションするなあ』と戦士の事をちょっとだけ褒めた。
だが『許さん!』と言われた戦士は、賭けの負け分を思い出し、絶望に震えてドルマゲスから後さずる。
「こ、これで許してくれえぇぇぇえ!」
そう言って自分の財布を投げた戦士は悲鳴を上げながら酒場から逃げていく。
その姿は誰がどう見ても敗北者だった。
●
そうして外へと逃げていく戦士。
そんな戦士を見た武闘家の男が『いいのか?』とドルマゲスに聞くと、ドルマゲスは肩をすくめて戦士の財布を軽く振った。
「これ以上を求めたらあなたに止められそうですし。……両親にも悪いかもしれませんしね」
そう言って笑うドルマゲスに、武闘家はただただ苦笑を返す。
ドルマゲスの両親を知る武闘家は呆れたように、死んだ二人の性格を思い出していた。
……あの二人なら追いかけて心を折りに行っただろうな。
そういう意味で見れば、ドルマゲスは二人の血を色濃く引いているのかもしれない。
……この子の中の両親には美しいままでいてもらおう。
財布の中身を確認し『おお、6000ゴールドも入っている!』と盛り上がったドルマゲスを見て、武闘家はそんな感想を抱いたのだった。
そんな時だった。
ドルマゲスの手にポン! と、もう一つ財布が乗せられる。
武闘家とドルマゲス。そして酒場の面々がその財布を出した人物、盗賊の方を見る。
が、盗賊は既に出口の方へと歩きだしていた。
「すまなかったな」
振り返らずにそう言って去っていく盗賊と、困惑するドルマゲス。
武闘家はそんなドルマゲスにただ一言。
「受け取ってやれ」
と口にした。
その一言で踏ん切りがついたのだろう。一度頷き、2つの財布を懐に入れたドルマゲスは、やり切ったような顔で酒場を後にする。
主役達のいなくなった酒場にはただ、決闘の余韻だけが残されていた。
●
……しかし凄い子だったわね。
ドルマゲスが去っていった直後。閉じた扉に目を向けていた酒場の女主人は、先程まで行われていた決闘を思い返し、ドルマゲスの可能性について考えていた。
……魔法の才能は無い。という話だったけど、勝負強さは天性の者があるわね。先程の大勝負の様子から見て自分の技量と訓練の密度を支えにして戦うタイプかしら。
身体の出来上がって無い子供でありながら、底の見えないポテンシャルがある事をハッキリと感じさせる。そういう子供だった。
……由緒あるこの酒場を決闘場にしたのはどうかと思うけど。まあ、私も楽しんでいたし、良しとしましょ。
しかしそう考えた女主人は『でも』と付け加え、言葉を漏らす。
「あの子、仲間を探しに来たんじゃなかったっけ……?」
決闘して満足して帰ったけど、それで良かったのだろうか?
女主人のその疑問は至極もっともなものだった。
●
その頃、街を歩いていたドルマゲスは、背後からついてくる一匹の魔物に気付きその足を止めていた。
振り返れば酒場にいたスライムがそこにいる。
周りの後期の視線を気にしながらも、自分の意思で突いてきた様だった。
スライムはなかまになりたそうにこちらをみている。
その事を見て取ったドルマゲスはスライムの方へと歩み寄る。
しかし、そんなドルマゲスを見たスライムは慌てた様子で後さずっていた。
「プルプル……。ぼく、わるいスライムじゃないよ……。わるいスライムじゃないよ……!」
必死のアピールである。
スライムは戦士を敗北のプレッシャーだけで気絶させたドルマゲスに、実はものすごく怯えていた。
本能的な恐怖とも呼ぶべき感情を前に、目の前の子供を敵に回したくないと心底感じていたのだ。
そんなスライムを見てドルマゲスは混乱する。
……バカな!? 自分が何をした?
そうドルマゲスは自問するがそれらしい答えはまるで出ない。
おかしなことは何もなかった。怯えられる理由は無いはずなのだ。
……しかしまあ、分からないなら仕方ないか。
気にしてもしょうがない。
そう考えたドルマゲスは幼稚園の先生が園児にそうするように、膝を折ってスライムと目線を近づけた。
威圧感を与えないための動作である。
そんなドルマゲスの気遣いに気付いたスライムは驚き、意を決してドルマゲスの方へ歩み寄る。
そして名前を聞かれたスライムは、おっかなびっくりしながらも『スラぼう』と自分の名前を口にしたのだった。
『スラぼう』
由緒正しき? 仲間スライムの名前。テリ1などの最初の仲間の名前としても登場。
ドラクエ8ではリストラ状態だったのでここで登場してもらいました。
しゃくねつ、マダンテ、まぶしいひかり……過去作から持ってこれそうな特技に夢が広がります。