第一回仲間外れは誰だ会議!   作:添牙いろは

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第二回 お前のカレーはまちがっている会議!

 海軍にはカレーが付き物である。だだっ広い海洋の上では曜日の感覚があやふやになるため、毎週末をカレーの日と定めたらしい。艦娘たちは、あと何回カレーを食べたら母港に帰れるのか――と指折り数えているという。

 そんなわけで、長期遠征ともなると繰り返し食卓にはカレーが並べられることとなる。だが、それでも皆を飽きさせることはない。何故なら、その奥深さは果てしなく、突き詰めれば突き詰めるほどに、美味しさは天井知らずである。ゆえに、腕に自信のある者は来るべきカレー曜日に向けて、日々切磋琢磨に努めているようだ。

 ならば。

 誰のカレーが最も美味しいか――それを競いたくなるのは、軍艦のサガというものなのだろう。いつしか年に一度のカレー大会と称し、腕によりをかけたカレーを持ち寄った試食会が開かれるようになっていた。

 さて、我が嫁・菊月も私のために日夜炊事場に立ち、調理に勤しんでいる身である。良い機会でもあるし、ここぞとばかりにその腕を奮いたいようだ。ところが、この大会は団体戦なのである。彼女 一隻(ひとり)であれば向かうところ敵はないが、例え秘書艦であっても例外は認められない。

 そこで私は、彼女と好みが合うよう――いわゆる『似た者同士』の艦を選んでみた。あくまで印象による基準ではあったが私の勘に概ね誤りはなく、彼女らはすぐに意気投合。レシピの制作は順調に進んでいった。

 しかし――

 なまじ打ち合わせの雰囲気が良かっただけに、誰もが場の雰囲気を壊すような提案を出すことができず――ついに迎えた大会の前日、最終確認のつもりで 一隻(ひとり)ひとりに明日の本番に懸念はないか尋ねてみたところ……彼女らは口々に『アイツのレシピは信用ならない。チームから外すべきだ』と言い出したのである。

 だが、そんなことをこの土壇場で言い出されても、今更エントリーを変えることもできない。

 日頃抱えてきたわだかまりを本番まで持って行かれても困る。苦肉の策として、私は彼女らを円卓の会議室に緊急招集した。そして、各々が納得できるカレーを持ち寄り徹底的に議論してもらうことで、後腐れをなくしてもらいたいと考えたのだ。

 いわば、カレー大会前哨戦である。

 

【挿絵表示】

 

 一堂に会した彼女たちの席の前に並ぶのは銀色に輝く小さなドームが六つ。計三六個。これは圧巻である。なお、私の分はない。この戦いに、提督の入る余地などないからな。決してハブられているわけではない。どうしても寂しくなってきたら、菊月に分けてもらうことにしよう。嫁だし。

 もう準備は整っている。時間が経つほどに料理も冷めていくし、早々に会議を始めた方が良いだろう。

 こんな時、真っ先に口火を切るのは例によって長月だった。

「カレーとはスパイスだけでは成り立たない。様々な具材を合わせて煮込む際に最も重要なのはハーモニー……そうだな?」

 皆一様に頷く。大抵のものは美味しく受け入れてくれるカレーという料理で、その味を乱すモノがあるのなら……それは逆に興味深い。

 これまで不快感を募らせてきた長月は、不調和の矛先を一つのドームに突き付ける。

「だが、こんなものを放り込んでカレー大会という晴れの舞台で勝てるとでも思ったか!?」

「ボクの!?」

 長月が真っ先に開いたのは、皐月の名札の貼られたボールだった。皆も続いて開いていくが……ふむ、別段妙なものが入っているようには見えない。なお、 一隻(ひとり)で六食分平らげるわけにもいかないので、一皿はミニミニサイズのクウォーターである。

「フン、鼻の利く者なら既に察しているだろうが……一口食べれば、この過ちに気づくだろうよ」

 まくし立てる長月の隣で何も言わないが、我が嫁・菊月は食べる前から何かに勘付いているようだ。さすが兼業主婦。伊達に台所に立っていない。

 それでも皆々掬って一口含んでみるが――

「ナニコレ!? 変な臭いする!」

 そう言いながらも暁は喉を通しているので、食べられないほど不味いことはないのだろう。とはいえ、今回出場するのはB級グルメ大賞ではない。鎮守府公認のカレー大会ともなれば、奇抜な風味はウケが悪いだろう。

 その正体に、三日月も気づいたようだ。

「これは……ウィンナーですね」

 燻製肉は、カレーを皿に持った後で乗せるのならともかく、一緒に煮込むと独特の匂いがカレーに移ってしまう。なるほど、長月が文句を言いたくなるのも頷ける。

 これに対する皐月の(げん)は――

「だって、トッピング禁止ってルールだし! この機を逃して、どうやってうちのウィンナーを食べきれって言うのさ!」

 どうやら、買い溜めすぎた冷凍肉を、ここぞとばかりに投入しようと画策していたようだ。戦いに私情を持ち込むとは……愚かな。

「フン、安物買いの銭失いとはこのことだな。どうせ、冷凍庫がウィンナーに占拠されて他の品が入らなくなっているのだろう? そんなことでは、後日別の割引品が現れても買い足すことも叶わない。まったく、戦力を見極めずに一極に集中させるからこうなるのだ」

「クッ……!」

 主婦月に指摘されては、皐月には返す言葉もない。私も……まあ、彼女とスーパーに行った際に、つい値引き商品を反射的に買おうとして咎められたものだからな。気持ちは解る。

 きっと皐月は、これまでしきりに自分の冷蔵庫の中身を使うよう主張していたのだろう。彼女の真意が明らかになり、その反応は一気にブーイングへと変わる。

「課金もせずに、溜め込むからすぐに上限いっぱいになっちゃうんですよ!」

「暁もソーセージは好きだけど……そんなに何本もは入らないわ!」

 これには皐月も反省して小さくなっているが――そんな中でも、非難に加わらない艦が 一隻(ひとり)いる。

 文月だ。

 俯いてまごつくばかりの戦友に、皐月は容赦なく飛び火させる。

「でも、文月だって『こういうのもアリなんですね~』って言ってたじゃないか!」

 艦隊中に広がる嫌な予感。それに釣られて、皆続々と文月の蓋を開け始めた。

 そして。

「貴様……これは、ベーコンか!?」

「カリカリに焼いて後から乗せればどれだけ美味しく食べられたことか……!」

 話の流れから、食べなくても解る。あの薄切り肉は、どうやらバラ肉ではないらしい。

「ちっ、違うのぉ~……これは安売りとかじゃなくてぇ……いいお肉をいただいたからぁ、大会に使って欲しいなぁ~……って!」

 善意が裏目に出るとはこのことか。いよいよ勿体ない話である。

 具材を知った上で、各自は食べ始めた。が、その面持ちは総じて暗く沈んでいる。

「まったく……とんでもない悪食をメンバーに混ぜてくれたものだな」

 嫁月からの視線が痛い。この様子では、一口分けてもらうことも叶わないだろう。

 だが……

 香りはともかく、言うほど不味くはないらしい。必要以上に落ち込んでいる 二隻(ふたり)の姉を慰めるため、三日月が律儀にもフォローを入れる。

「匂いには怪しげなものがありますが……こういうのは腐りかけが美味しい、と言いますし」

「腐ってないよ!?」

 まったくフォローになっていなかった。

 それどころか――

「――!」

 長月の琴線に触れてしまったようだ。何かに気づいたように両目を見開いている。

 ロクなことを思いついた気がしない。

「なるほど……ここでボクっ娘がこれ見よがしにウィンナーを持ってきた、ということは……」

 これには、菊月も何故か同調。

「ふぅむ……()()()()()()おかしくはない……か」

 いや、その理屈はおかしい。

「待って! 今回は文月ちゃん、()()()()だから()()()だよ!?」

 止めに入った暁の言い分も意味不明である。

「安心しろ! 私はノマカプも大好物だ!」

 何も安心できねぇ。

 最早、長月の興奮を止める術もなし。

「これはもう! 脱がして確認するしかなかろう!」

「一先ず協力するぞ、長月姉ェ! 他の 三隻(さんにん)も手伝え!」

  二隻(ふたり)は机を飛び越さん勢い――ではあったが、残念ながら円卓はカレーで埋め尽くされている。ので、ぐるりと円卓を回って金髪娘に襲いかかった!

 これに応戦側は、隣国の文月に援軍を求めるが――

「皐月ちゃんごめぇぇぇんっ」

 自分に要らぬ嫌疑が掛かる前に、皐月をガッシリ羽交い締め!

 これでもう、雌雄は決した。いや、みんな女子だけどな。艦()だし。

「チンコ食べてる時にウィンナーの話なんてしないでよぉ……」

「皆さん、作品投稿後の年齢制限は変更できないんですよ!?」

 次々と金髪娘に襲いかかる艦娘たち。やはり乱闘沙汰は避けられない、か。しかも、五対一とあれば、ひん剥かれるのは時間の問題だろう。男の私がこの場で傍観し続けるワケにはいかない。

 落ち着くまで外で待っているか――と、ドアノブに手をかけようとしたところ、金メッキの取っ手は独りでに逃げてゆく。音もなくスッと開いた扉の向こう側に、何やら見慣れぬ 艦影(ひとかげ)が……?

「提督、明らかにあの()がスパイっすー♪ カレーだけに」

 ゴッ!

「いったぁ! 普通にグーで殴られ――」

 パタン。

 何だかイラっとしたので、赤みを帯びたライトブラウンのボブカットに一発いてこましたところで、私は静かに扉を閉ざした。確かな手応えはあったが――多分幻覚、及び幻聴だろう。

 その間に――私が部屋を出るまでもなく、騒がしい物音は静まっていた。

 振り向けば、総員何事もなかったかのように元の配置に収まっている。

 但し――

 泣きべその文月は下半裸。

 皐月の上着は乱れており、下はニーソックスにスパッツ。

 残りの四名の頭には、見事なコブが四つ並んでいた。

 ……また入渠かよ。勘弁にしてくれ。

「とりあえず……文月に()()()()()()ことが確認できただけ僥倖としよう」

 疑惑の火付け役だった長月は、涙目になりながらも、何故かホッコリと頬を上気させている。どうやら、ひん剥かれた皐月が文月のスパッツを奪い取ったらしい。酷いことしやがる……。

「今度はボクから言わせてもらうからね!」

 面々を睨みつけて反撃の狼煙を上げる皐月だが――今回一番の被害者は、どう見ても文月だ。が、 本艦(ほんにん)に言うことがなければ、まあ良いのだろう。

「何やらずーっとお鍋でコトコト煮込んでいたけど、味見どころか、蓋を開くことすらしていない() 一隻(ひとり)いたよね?」

 つまり、何かを作っているには違いないが、何を作っているのか解らない、ということか……。そんな秘密主義ではチームの一員としては不安だろうな。

 そして、その沈黙の艦とは――

「三日月! キミは一体何を作っているんだい!?」

 皆の前で名指しで疑われても、彼女は動じることはない。

「カレーですよ。それも、とびっきり美味しいものを」

 どうやら確たる自信があるようだ。逆に、滔々とカレーについて語り始めている。

「そもそも、ベーコンだのウィンナーだの……姉さん方はお肉に頼り過ぎなのです。肉類を長期保存するには冷凍する必要がありますし、冷凍すれば、当然味も落ちます。ですから、野菜や果実を中心に、細かく刻んでスパイスと一緒に煮込んでいます」

 煮込んで……()()()……?

「――ってぇ、まだ完成してないのかよっ!?」

 長月が慌てて三日月ボールを引っ剥がした! その中から現れたのは、カレー皿――に乗ったデジタル時計。なお、律儀なことに、他の艦たちにもそれぞれタイマーを用意してあるようだ。計六つも。無駄に周到だ。無駄に。

「えーと……あと、五三分と四二秒……かしら?」

 それなら、先の他の艦の審議を進めておけばよいだろう。

 ……いや、違う!

「待て! 秒数が減っていない! これは、秒ではなく……分か!?」

 さすが主婦月。これがキッチンタイマーとは異なることを即座に見抜いたようだ。

 だとすると?

「四二分と……五三時間……だってェ!?」

 大会は明日だっつーてんだろ。完成させた分、皐月たちの方がまだマシだ。

 が――三日月の自信は崩れない。これも計算のうちだと言いたげである。

「なので、ここは一つ、司令官に時短していただこうかと」

 親指と人差し指で爽やかにリングを作っていやがるが……そんな都合のいいアイテム聞いたこともない。

「ほら、例えば 高速建造材(バーナー)とか――」

「バーナーはダメっ!」

 何やら暁のトラウマに触れたらしく、椅子から飛び上がって大絶叫!

「いくら煮えるのが待てないからって、あんなの持ち出したら寸胴ごと消し炭になっちゃうんだから! ナニが“高速 調理(クッキング)開始!”よ! ダメ、ゼッタイ!!」

 暁のヤツ……実際にやったことあるのか? やけに臨場感溢れる失敗談である。

「え、じゃあ…… 高速調理剤(あつりょくなべ)とか……そういうの!」

 あってたまるか。

 彼女の計画が綻びるに連れて、その表情も蒼白に染まってゆく。

「あ……あります! 煮物用時短アイテムはあるんです!」

 ありもしない謎アイテムの存在を必死に主張し続ける三日月だったが――それは菊月によって冷徹に遮られた。

「まぁ、仮にそんなものがあったとして――司令に課金などさせんよ。ゲーム的な優位性を金で買って、そこに何の意味がある。障害を乗り越えてこその……ゲームではないのか!?」

 そうは言っても、艦娘は総勢三〇〇隻近くいるのに、最大一〇〇隻では……。正直、もう切れる艦娘いません。

「なぁ……お前、旦那の財布を締め過ぎじゃないか?」

 一番財布の緩そうな長月に心配されるのも逆効果な気がするが。

「そうですよ! 鎮守府の運用に必要なこともありますし、せめて明石さんのアイテム屋くらいは――」

「それが一番ダメだ!」

 頑なに課金を阻止しようとする菊月。

 とはいえ、これはただケチ臭いということではなかった。

「も、もし書類一式なんて買われて……その……二人目なんて、作ったら……」

 嫁月は可愛らしいことに、照れて言葉を詰まらせている。

「あぁ~? 何だって~? 聞こえんなぁ~?」

「今夜は二人目作るの? 朝まで頑張っちゃうの?」

 嫁は長月・暁からのセクハラに真っ赤になって狼狽えている。

 可愛い。

 しかし、そこは私の見込んだ菊月だ。いつまでも攻め立てられるばかりではない。

「えぇい! 司令の妻は私 一隻(ひとり)で充分だということを教えてやる! そして思い知れ! 日々弛まず台所に立ち続けた家庭の味というものを!」

 凄いんだか凄くないんだか分からない凄み方だが……彼女の手料理が美味いのは、私自身がよく知っている。

 そしてそれは……各艦娘たちにもとくと伝わっているようだ。

「ほぉ、こいつはいいな!」

「わあぁ、いいかんじぃ❤」

 これまでの争いが嘘のように彼女らは舌鼓を打っている。

「フフン、結婚生活の中で改良を重ねてきているからな。辛さを抑えて味醂と砂糖で甘口にし……酒、醤油で味を整え煮汁が少なくなるまで煮込んだ……和風カレーだ!」

 私は味にうるさい方ではないと思うが、それでも菊月は少しでもこちらの好みに合致するよう、少しずつ調整に努めてくれてきた。今では、私の好物の一つとなっている。

 だが……気になることがあるとすれば――

「でもコレ、カレーじゃなくて肉じゃがだよね」

 皐月の一言で、皆の箸が止まってしまった。

「ちっ、違う! 何を聞いていたのだ。和風カレーだと言っているだろう!?」

 と、彼女は主張しているが。

「カレーを名乗るのなら、もう少し煮汁は残すべきだったのでは?」

 三日月の指摘はもっともだが、煮汁が云々言ってる時点で、もうカレーとは程遠い。

「あー……じゃあ、もういいよ、肉じゃがで。ナニ? お前ら肉じゃが嫌いなの?」

 何か逆ギレしだしたぞ。

 でも、可愛いから許す。

「そもそも、海軍にカレーが広まったのは先に肉じゃががあり、その材料と似通っているため在庫管理がしやすかった、という側面が大きい。即ち、海軍の歴史において肉じゃがはカレーの起源であり、事実上カレーと呼んでも差し支えないだろう。そして何より、そのレシピは我が故郷である舞鶴の海軍図書館に収められた海上調理の教本に記されている。つまり、肉じゃがもこの菊月も舞鶴を端としており、至高のカレーを目指して肉じゃがに行き着くのも自然な流れではないか!?」

 何か強引に話をまとめ出したぞ。

 だが……

 カチャリ、と再び背後の扉が開く。

 しかし、隙間から覗くその和傘は――!

「勝手に肉じゃが発祥の地を名乗られては、呉代表としては黙っていられませんね。東郷平八郎元帥がイギリス留学の際に食べたビーフシチューを日本でも手に入りやすい調味料に変えて作らせた、というのは有名な話ですが、そもそも舞鶴に着任されたのは明治三四年のこと。その一一年前、明治二三年の時点で呉の鎮守府に参謀長として就任されております。その際に牛肉とじゃがいもの甘煮を考案されておりまして、それこそが肉じゃがの原型であり――」

 パタン。

 話は尽きないが……怒らせたら怖いので、丁重にそっとフェードアウトさせていただいた。

 そもそも、東郷氏が帰国してから呉に着任する間ですら一〇年以上の空きがあるしな。その間に封印していた料理をここぞとばかりに復活させた――とも考え難い。

 まー……どこが発祥の地かは置いといて、肉じゃがは好きだぞ、私は。

 それは皆も同じのようだ。

 何のかんの言いながらも、御馳走様でした、と手を合わせている。

 きちんと完食した上で彼女らは――

「それはさておき、今回はカレー大会だろ。カレーでないとそもそも出場権がない」

「だから、本を正せば海上ではカレーではなく肉じゃがを振舞っていたものであり――」

「ウンウン、解ったよ。菊月の肉じゃがは美味しいしね。でも、今の海軍で出されるのはカレーだから、そろそろカレー大会の話に戻そうか?」

 皐月にも窘められて――美味しいと喜んでもらえたしな、嫁月は引き下がってくれた。

「仕方がない……だが、残るカレーは二つ。そのどちらかになるわけだが――」

 鼻のいい菊月は、既に何かに気づいているようだ。

「私の肉じゃががダメとなると……暁、貴艦のクロッシュからもスパイスの香りがしないぞ?」

 これはもう、ダメかもしれない。消去法を確定させるため――各自、暁のネームプレートの貼られた蓋を開ける。

 中から出てきたものは――菊月の肉じゃがよりはカレーに近い。

 だが。

 赤い。

 ひたすら赤い。

 かといって、唐辛子の赤さ――とも違うようだ。

「ロっ……ロロロロロシアン風カレーよっ!」

 赤かぶの赤さか。

「これ、ボルシチだよね」

「ああ、ボルシチだな」

 これも……ジャンル的に対象外、だろうな……。

 せめてカレー粉くらい使えよ、 二隻(ふたり)とも。

 しかし、カレーの方が余程ポピュラーだろうに。どこの誰からこんなマニアックなレシピを教わったのやら。

 カチャ。

 勝手に扉が開くのもこれで三度目か。いい加減建て付け直した方がいいんじゃないか?

 だが、視線を感じて廊下の方を覗き込んでみると――?

Большая(ボリショイ)  победа(パビエーダ)

 何やら銀髪の艦娘が両の人差し指を天井に向けて万歳している。

 彼女自体に見覚えはないが、彼女がかぶっている帽子については……?

 そこに――

 サっと似たような帽子が私の脇を滑り抜ける!

 そして来訪者の背後に素早く回り込むと、腰に両腕で掴みかかり――そのまま海老反りバックドロップ!

 だけでは済まず、さらに叩きつけた頭を引っこ抜いて逆サイドにもう一発!

 からの――……

 目を回して伸びている相手を掴んで頭上まで担ぎ上げ……跳躍!

 そして、そのまま全身を錐揉みさせながら落下――着地と同時にその脳天を床板に深々と突き刺した!!

「……ふぅ」

 やるべきことは終えた、と暁はパタンと扉を閉めた。

 帽子の件には……触れないでおこう。何かヤバイ雰囲気だったし。

 何事もなかったかのようにしずしずと席へと戻る暁の後ろで――空気を読めない(もの)が扉を再度開きやがった。

「いや、あの 二隻(ふたり)どー見ても姉妹艦――」

 暁は道半ばにして急速反転!

 そして、水平に掲げた右腕が不審艦の喉元を掻き斬らんと襲いかかる!

 ここは私も加勢しておこう。

 赤茶毛の襟首目掛けて右腕を振るい――前後からふたりで挟み込むっ!!

「ム……ムツキ・ジ・エンド……にゃしぃ~……」

 二本の腕に挟まれてプラプラしていた緑セーラーだったが、その拘束を緩めるとゴロンと床に転がった。勿論、首は繋がっている。我々とて、そこまで悪魔でも残虐でもない。

 ここで――パタン、と扉を閉める。

 しかし、こうも闖入者が絶えないようでは、鍵を掛けた方がいい気がしてくるぞ。

 さて。

 暁は席を外しすぎていたためか、反論の機会すら与えられず、会議としては既にボツ案として流されてしまっていた。いや、どう取り繕っても、彼女のボルシチはカレーとして認められることはなさそうだが。

「フ……ここで真打ちの登場、だな」

 残るカレーは長月のみ。

「うーむ……長月姉の……か」

 彼女の料理の腕前はよく知っているだけに、菊月は不安を隠せない。

「案ずるな、腐女子カレーに出る幕などなかろうよ」

「腐女子ゆーな!」

「腐ってるのはあたしたちじゃないもぅん!」

 むしろ、腐女子はあの九月 二隻(ふたり)組だろうに。

 それはさておき。

 最後の希望を懸けた銀のドームが開かれる……!

 だが――

「……? 何だ、コレは」

「カレー……みたいだけど……」

 深皿に注がれているのは、茶色のスープ。とはいえ、ボルシチなどではなく、確かにカレーのようだ。

 しかし、まるでポタージュであり、明らかに物足りない。

 それは――

「ねぇコレ、全然具が見えてないんだけど?」

 暁の指摘通り――具がない。

「私のカレーのように、完全に溶かした……わけでもなさそうですね」

「香辛料の味しかしないな。食べられなくはないが……酷く単調だ」

 これなら、最初の 二隻(ふたり)の方がまだマシだったのではないか?

 きっと、暁のボルシチもそれなりに美味だったのだろう。よくできた料理が二皿続いた後でコレは……あまり印象が良くない。

 だが、長月には秘策があるようだ。

「フ……カレーの旨味はな、結局のところ肉で決まるんだよ」

 ハーモニーはどうした。

「私の野菜カレーを全否定ですか」

 否定も何も、そもそも完成してないだろ。

「保存がナンだの、一発勝負の大会では些末事だ。何しろ、こっちはスペイン・イベリコ豚の 最高ランク(デ・ベジョータ)だぞ? 既に手配は済んでいるから、到着し次第、数時間煮込めば大会にも出せるだろう」

 それは心強い。あのブランド肉なら味もお墨付きだ。

 しかし……

「手続きを通していながら、何故現物が届いていない?」

 何しろ大会は明日である。菊月が訝しむのも無理はない。

 これについては、どうやら複雑な事情があるようだ。

「実は、まー……アレだ。最後の最後で難しい調整があってなー……」

 そう言って、長月は菊月に向けて手を差し出す。握手を求めているわけでもなさそうだが……?

「……その手は何だ?」

 これに対する姉の答えは端的だった。

「金だよ、金。今日の夕方までに振り込まないと――」

 これには、妹からも手が繰り出される。

 握り拳が。

 姉の眉間に向けて一直線に――!

 ズンガラドッシャン、とひっくり返った緑髪に、銀髪の妹からの罵倒の追撃!

「スカタンか貴様! 自分で買えもしない品をレシピに加えてどうする!?」

「うるせぇ!  石川島進水艦(江戸っ子)は宵越しの銭は持たねェんだよ!」

 東京生まれの艦は多くはないが……もし会うことがあったら金銭沙汰には注意しておこう。

「第一、これまでも毎月のように金をせびりやがって! 耳を揃えてそろそろ返せっ!」

「バカめっ、妹の財布は姉の財布、って古来より決まっているのを知らんのか!!」

 それはマズイ。私の財布すら巻き込まれてしまう。

 飛び起きて胸ぐらに掴みかかった長月に、菊月は果敢に応戦している。血飛沫を上げながら借金の取り立てが繰り広げられ――最早、カレー大会どころではない。

 そもそも、六名中、二名は具の選定を誤り、二名は未完成、残る二名に至ってはカレーですらない、というのはどういうことか。最早、誰のカレーが間違っているとか、それ以前の問題である

 カレーは余程場違いなモノを合わせなければ失敗することはない。その話し合いがどうしてこうも進まないのか!

 私は頭を抱える思いだったが――

 

 ガチャン!

「あーもー、貴女たち! いい加減にしなさーいっ!」

 今度の入室は、カチャリ、などという大人しいものではなかった。全力でかっ開かれた扉からズカズカと入り込んできたのは、カレー鍋を両手で抱えた……誰?

 会議参加者たちにも覚えがないようで、甲高い一喝にキョトンとしている。

「こんなことになると思ってたんだよ! ここはオネーチャンが作ったこのカレーを提出しときなさい。普通のカレーだけど、恥は掻かないはずだよ!」

 確かにコレには、妙な匂いはしない。

 それに、具も人参やらじゃが芋やら常識的なラインナップである。

 これらをカレールーで煮込んでいるのなら、普通のカレーなのだろう。

 どこに出しても恥ずかしくない、ごく、普通の。

 しかし――

 これまでいがみ合っていた彼女らの気持ちが、こんな時に限って一つに繋がる。

「心遣いはありがたいが――これを受け取ることはできない」

「何故なら、これは我々の問題だからな」

「やっぱり、ボクたちのカレーはボクたちで作らないと」

「何が入ってるか判んないもぅん……」

「暁たちのカレーはもっとこー……エレ()()ントじゃなきゃいけないのよ!」

「ここまで頑張ってきたのに、見ず知らずの艦に決められるのはちょっと……」

 彼女たちが感じているものは、私にも何となく共有されている。確かに、このカレーを出しておけば悪評をかぶることはないだろう。

 しかし、せっかくの大会なのである。良くも悪くも、自分たちの手で戦いたいのだろう。

「にゃ……にゃによぅ……。こんな時くらいオネーチャンを頼ってくれてもいいのに……約一名以外!」

 いやいや、いきなり出てきて姉を名乗られても。

 無言の圧力の前に、部外者は少しずつ部屋の外へと押し出されていく。

「ぅ、ぅぅ……そんなことゆーならいーもんいーもん! 私は私で勝手に草太艦隊作ってエントリーしてやるんだからーーー!! クソでも飲んでろっ! スカトロ野郎ーーーーー!!!」

 泣きながら退場していく謎の駆逐艦を尻目に、彼女らの絆はしっかりと繋がったようだ。

「いくらカレーといえど、いがみ合っていては調和も取れまい」

「うむ! 各自の良いところを寄せ合って、最高のカレーを作るのだ!」

「ボクの冷蔵庫も目一杯力を貸すよ!」

「あたしのカレーはまだまだ美味しくなるんだからね!」

「こんなところで挫けてたらレディーの名折れだわ!」

「今からでもきっと間に合うはずですよ……皆さん!」

 高校野球児ばりの円陣を組む彼女らは、全員優勝に向けて同じ心の水平線を臨んでいる。これならば、きっと万難を排して優勝を勝ち取ることができるだろう。

 もう何の不安もない。

 あとは――明日の大会を待つだけだ。

 

       ***

 

 そして当日――

 残念ながら、菊月チームは参加すらできていない。

 結局、カレー会議にて一致団結を見せたのはあの一瞬のみ。その先は喧々諤々と再びまとまることもなく――そのまま雲散霧消。誰 一隻(ひとり)として会場に現れなかったのである。

 もう二度とあんなヤツらと組んでたまるか! とマジギレする菊月を宥めている間に本戦は終了。途中経過は見ていないが、ちゃんと優勝チームは選定されているようだ。

 さて、ここからは私の仕事である。この優勝トロフィーは菊月に贈りたかったが……それは来年に期待しよう。

 優勝は……第六駆逐隊チーム、か。どうやら審査委員長の長門が辛いものが苦手だったため、最も甘口なレシピが選ばれたらしい。……誰だ、そんな舌に審査させたのは。

 壇上に揃った四隻に私は、錨の上にカレー皿の乗った金のトロフィーを差し出す。鎮守府カレークイーンの証である。

 面々を一様に眺めてみると……ふむ、彼女らも菊月とどことなく雰囲気が似ている。今回のメンツが合わないようなら、彼女らに声を掛けてみるのも良いかもしれない。

 茶髪の姉と、

 茶髪の妹と、

 何故か頭頂から流血している銀髪と――

 ……おや、貴艦はどこかで見たことがあるような……?

 

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