転生者が夫になるとこうなる
草原を覆い尽くしていた白い雪が全て消え去ったおかげで、草原は本来の色にすっかり戻っていた。周囲に広がるのは相変わらず緑と蒼ばかりの光景だったから飽きていたんだけど、このまま目的地まで到着する事ができれば、俺はただ隣をゆっくりと進む荷馬車と一緒に散歩するだけで報酬を受け取る事ができる。
ネイリンゲンの周囲の草原には魔物などなかなか出没しないんだが、稀にゴブリンの群れやゴーレムに襲撃されて、商人や護衛の騎士たちが壊滅する事がある。
傭兵に金を出すつもりのない商人は一気に草原を駆け抜けて街に入ってしまうんだが、稀に傭兵を護衛に雇う用心深い商人もいるんだ。いつも引き受ける仕事は魔物の退治や盗賊団の殲滅ばかりだから、荷馬車を護衛するという依頼は久しぶりに引き受けたような気がする。
このまま散歩で終わってくれれば、俺は一度も引き金を引くことなく報酬を貰える。その報酬の半分はギルドの運営資金にして、残った半分の金で妻たちに何か買って行こうかな。もし余ったら、酒でも買っていくか。
そんなことを考えながらあくびをした俺は、伸びてきた真っ赤な顎鬚を左手で弄り始めた。そろそろ髭は剃った方が良いかもしれない。髭を伸ばすのは、もう少し年を取ってからにしよう。
まだ20歳なんだ。
俺は髭から手を離し、制服の内ポケットから懐中時計を取り出した。妻と結婚する前に、彼女とデートに行った際にプレゼントしてもらった大切な時計だ。毎晩ちゃんと手入れをしているから、まだ買ってもらった時のようにピカピカのままだ。
エミリアとエリスと結婚してから、もう2年が経過した。エミリアも20歳になり、エリスも21歳だ。
俺たちの結婚式の時、ギルドの仲間たちはみんなMG42を担いで祝いに来てくれた。式場からウエディングドレス姿の2人を連れて退場する時、仲間たちが一斉に持参したMG42を空に向けてぶっ放してくれたせいで、花の香りを打ち消さんばかりの火薬の臭いとマズルフラッシュが煌めく物騒な結婚式になっちまったけど、ギルドの仲間以外のみんなも大笑いしていた。
でも、出来るならばヒトラーの電動ノコギリの異名を持つ汎用機関銃を式場でぶっ放すのはやめて欲しかったなぁ・・・・・・。
「本当に魔物がいないんですねぇ・・・・・・」
「ええ。ネイリンゲンは平和な街ですよ」
「はっはっはっ。それに、最強の傭兵ギルドもありますからねぇ」
最強の傭兵ギルドかぁ・・・・・・。3年前はネイリンゲン最強の傭兵ギルドだったんだが、国王からも依頼を引き受けるようになってから、様々な場所でモリガンは最強の傭兵ギルドだと言われるようになった。
有名になったおかげで仕事が増えたのはいいんだけど、相変わらず俺たちから銃を買い取ろうとする馬鹿な商人たちが訪れてくる。もちろん断っているし、実力行使で俺たちから銃を奪い取ろうとする馬鹿な輩は全員返り討ちにしてきた。
「ん? ・・・・・・はっ、ハヤカワ卿! 魔物です!」
「え? 魔物ですか?」
懐中時計を眺めながらエミリアとデートした時のことを思い出してニヤニヤしていると、荷馬車を引く馬の手綱を握っていた商人が慌てて叫んだ。珍しいな。ネイリンゲンの近くに魔物が出たのか?
ちなみに、ハヤカワ卿というのは愛称だ。俺は平民なんだが何故かそう呼ばれている。
俺は懐中時計をポケットに戻し、右肩に担いでいたSaritch308ARを構えた。この7.62mm弾を発射するブルパップ式アサルトライフルは、3年前からずっと愛用している得物だ。7.62mm弾はアサルトライフルやLMGで使用される5.56mm弾よりも威力が高いから、魔物の硬い外殻も貫通する事ができる。反動(リコイル)も強烈だけど、その反動(リコイル)は強化された身体能力で全く気にならない。まるで5.56mm弾を使用するアサルトライフルで射撃するように撃つ事が可能だ。
銃身の下に搭載しているグレネードランチャーは、40mmグレネード弾を発射するポンプアクション式のチャイナレイク・グレネードランチャーから、43mmグレネード弾を発射するロシア製ポンプアクション式グレネードランチャーのGM-94に変更している。それ以外は特に変更していない。
セレクターレバーをフルオート射撃からセミオート射撃に切り替えた俺は、ドットサイトの後ろにブースターを展開してクライアントが指を指す方向にカーソルを合わせた。
クライアントが魔物だと言ったのは、巨大な二足歩行の怪物だった。全身を岩石のような外殻に覆われていて、外殻の隙間からは草が生えている。大きさは4mから5m程度だろう。
ゴーレムか。数は3体だな。
転生してきたばかりの頃を思い出す。確かあの時も3体のゴーレムと出くわして、レイジングブルで片付けてしまったんだ。そして、その後にエミリアと出会った。
距離は約300m程度。俺はまず中央を歩くゴーレムの頭に照準を合わせると、いつものようにトリガーを引いた。
当然ながら7.62mm弾はゴーレムの眉間に命中。岩石のような外殻をあっさりと打ち破り、破片を置き去りにして頭にめり込んだ弾丸は、ゴーレムの頭に運動エネルギーを全て叩き込んだ。
頭を揺らしながら崩れ落ちるゴーレム。俺は今度は右側にいるゴーレムに照準を合わせようとするけど、どうやらゴーレムたちは仲間をいきなり殺されて怒り狂ってしまったらしく、巨大な拳を振り回しながら咆哮した直後、足元の土と草を舞い上げながらいきなり全力疾走を始めた。
「く、来る・・・・・・! ハヤカワ卿、逃げましょう!」
「何を言ってるんですか。俺の仕事はあなたの護衛ですよ?」
そう言って後ろにいる商人に向かってにやりと笑った俺は、セレクターレバーをセミオート射撃からフルオート射撃に切り替え、銃身の右側についている伸縮式のナイフ形銃剣を展開してから走り出した。
走りながらドットサイトを覗き込み、7.62mm弾のフルオート射撃をぶっ放す。出来るならば頭にこの弾丸をお見舞いしてやりたかったところなんだけど、俺の弾丸はゴーレムの肩の辺りに着弾して血飛沫を上げるだけだった。そのままトリガーを引き続けてマガジンの中の弾丸を全てゴーレムの左肩に叩き込んだ俺は、肩を穴だらけにされて咆哮するゴーレムではなく、まだ無傷のゴーレムを狙う事にした。
あのゴーレムが怯んでいる間に、こっちを片付けさせてもらおう。
空になったマガジンを取り外し、新しいマガジンを取り付けてからコッキングレバーを引く。そして左手をグレネードランチャーのトリガーに伸ばし、目の前で拳を振り上げようとしているゴーレムに向かって、43mmグレネード弾をお見舞いした。
チューブマガジンの下に装着されている砲身から射出された43mmグレネード弾が、俺に向かって拳を叩き付けようとしていたゴーレムの喉元に飛び込んだ。外殻を突き破ったグレネード弾が爆発し、ゴーレムの喉を抉り取る。俺は空の薬莢をグレネードランチャーから排出しながら思い切りジャンプすると、落下しながら義足のブレードを展開する。
左足の脹脛の辺りに搭載されたカバーの中からスライドして出現したのは、サラマンダーの角を使って作られたブレードだった。先端部に行くにつれて真っ赤になっているブレードを、喉を押さえながら呻き声を上げるゴーレムに向けながら落下していく。
そして、そのブレードを展開したまま、がら空きになっているゴーレムのうなじを踏みつけた。
剣を弾くほど硬い外殻に覆われているにもかかわらず、サラマンダーの外殻はまるで雪にナイフを突き立てたかのようにあっさりと外殻を貫いた。俺はブレードを収納しながらうなじから飛び降り、残った最後のゴーレムへと向かって走り始める。
生き残ったゴーレムは穴だらけにされた左肩から右手を離し、俺に向かってその拳を振り回してきた。命中すれば騎士の隊列がまとめて吹っ飛ばされてしまいそうな威力がある剛腕へと、俺はそのまま突っ込んでいく。
「は、ハヤカワ卿! 危ない!」
荷馬車の上で、商人が叫ぶ。
大丈夫ですよ。こんな攻撃では、俺は死にませんから。
俺がそう思った直後、唸り声を発しながらゴーレムが振り回した剛腕が、俺の顔面に直撃した。
だが、全く痛みはなかった。普通の人間ならば頭を吹っ飛ばされている筈なんだが、俺の顔からは全く血が出ていない。
すると、俺を殴りつけたゴーレムが野太い絶叫を発しながら、俺から右手を離した。俺の顔面を粉々にする筈だった右手の拳の外殻は逆に粉砕されていて、鮮血が吹き上がっている。
粉々にされたのは俺の顔面ではなく、ゴーレムの拳だった。
「そんなパンチで俺を砕くつもりだったのか? ハハハッ、片腹どころか両方痛い。もはやただの腹痛だぜ」
そう言いながら無様なゴーレムを嘲笑った俺は、アサルトライフルを腰に下げ、右手の拳を握りしめた。少し右の拳に力を入れた瞬間、いきなり肌色の皮膚に覆われていた俺の右手が、まるで変異してしまった左腕のようにサラマンダーの赤黒い外殻に覆われ始める。
義足を移植し、サラマンダーの血液を体内に投与した俺の身体は、体内に残ったサラマンダーの血液の影響で変異してしまった。でも、3年間の間に俺はその残った血液による変異を利用した新しい能力を獲得していた。
体内にある俺の血液とサラマンダーの血液の比率を変動させることによって、自分の体の一部を意図的に変異させるという能力だ。例えば右腕の俺の血液の量を減らし、サラマンダーの血液を代わりに右腕に送り込むことによって、右腕をサラマンダーの堅牢な外殻で覆う事ができる。
しかもこの堅牢な外殻はさらに発達したらしく、12.7mm弾や40mmグレネード弾も弾き飛ばしてしまうほどの硬さになっている。
先ほどゴーレムの拳を粉々にしてやったのは、ゴーレムのパンチが直撃する直前に顔をサラマンダーの外殻で覆っていたからだ。さすがにガルちゃん並みの防御力はないけど、この外殻のおかげで防御力はかなり上がった。
「じゃあな、馬鹿」
俺は未だに唸り声を発しながら右手を押さえるゴーレムに向かって、外殻で覆った右手のパンチを叩き込んだ。ゴーレムよりも遥かに硬い外殻に覆われた右手は容易くゴーレムの外殻を貫通すると、そのままゴーレムの肉に突き刺さる。
その右手を強引に引き抜いた俺は、右手の外殻を解除して踵を返すと、前にミラが歌っていた子守唄を口ずさみながら荷馬車の方へと戻っていった。
ネイリンゲンはラトーニウス王国との国境の近くにあるオルトバルカ王国の小さな街で、周囲を草原に囲まれている。他の街や騎士団の拠点などは魔物に襲撃されるせいで周囲に防壁を建てているんだけど、この草原にはあまり魔物が出現しないため、他の街のように防壁はない。
田舎だけど、防壁に囲まれた他の街よりも開放的だ。だから俺は、この田舎が気に入っている。
何度も騎士団から王都に移り住まないかと誘われているんだが、ここが気に入っているから断っている。それに、ここにモリガンという最強の傭兵ギルドがあれば、隣国のラトーニウス王国への抑止力にもなるだろう。実際に、3年前のラトーニウス騎士団によるネイリンゲン侵攻の際は、俺たちが奴らを返り討ちにしている。
俺たちが住んでいる屋敷は、その小さな街から少し離れた草原に建っていた。周囲の草原に畑や飛行場が作られているけど、屋敷は特に3年前から変わっていない。俺とエミリアがオルトバルカ王国に逃げ込み、不動産屋から無料で購入した時とほぼ同じだ。
端末を取り出して装備をすべて解除し、俺は玄関のドアを開けて中へと入った。
(あ、力也さん。お帰りなさい)
「おう、ミラ。ただいま」
裏口のドアの方から歩いて来たのは、モリガンの黒い制服に身を包んだハーフエルフの少女だった。ハーフエルフの特徴である耳を隠すためのフードを下ろしているため、長い耳とセミロングの銀髪があらわになっている。いつも信也と一緒にいる彼女は、当然ながら3年前よりも大人びていた。
相変わらず信也の事が大好きなのは変わらないらしく、他のメンバーたちの前でもよくイチャイチャするから、それを目の当たりにする度にギュンターがブチギレしそうになっている。
彼女に挨拶をしてから階段を上り、3階にある自室へと向かう。そういえば、ミラと信也は数ヵ月前に王都までデートに行ってきたらしい。これをギュンターが知ったら本当に信也にロケットランチャーをお見舞いしかねないのであいつには教えないつもりだが、もしあの2人が結婚すると言い出したらギュンターはどうするつもりなんだろうな?
信也とミラが結婚すると言い出した時のことを真面目に考えながら階段を上がり続けて3階に辿り着いた俺は、かぶっていたフードを下ろしてから部屋のドアを開けた。
「――――ダーリンっ!!」
「うおぉッ!?」
ドアを開けた瞬間、蒼い髪の女性がいきなり部屋の中から飛び出してきた。回避すれば彼女が廊下の床に激突してしまうので、仕方なく回避せずに彼女を受け止める。そのまま彼女に床に押し倒され、後頭部と背中を床に叩き付ける羽目になった俺は、俺の上にのしかかっている彼女に苦笑いしながら「た、ただいま、エリス・・・・・・」と言った。
彼女は3年前から元々大人びていたせいなのか、あまり変わっていない。髪型も3年前と同じで、蒼くて長い髪の両側がお下げになっている。
俺たちの仲間になった時からエリスは変態だったんだが、結婚してからさらに変態になってしまった。でも、敵の転生者や魔物と戦う時は真面目になり、近代兵器と氷属性の魔術を自在に操って敵を瞬殺してくれる。
「全く、姉さんは・・・・・・」
「お、おう、エミリア。ただいま」
部屋の奥から腰に手を当てて歩いて来たのは、この異世界で初めてできた大切な仲間で、俺のもう1人の妻でもある蒼い髪の女性だった。
彼女も3年前からあまり変わっていないけど、3年前よりも大人びている。髪型は相変わらずポニーテールのままなんだけど、彼女にはその髪型が一番似合っているのかもしれない。
「ああ。お帰り。どうだった?」
「いつも通りさ。すぐ終わった」
俺にのしかかって匂いを嗅ぎ始めたエリスの頭を撫でながら、俺はもう1人の妻に言った。エリスが仲間になったばかりの頃は、俺がエリスに押し倒されているのを見ると顔を真っ赤にしてSMGのフルオート射撃をぶっ放されていたんだけど、エミリアはもう見慣れてしまったらしく、微笑みながらエリスに匂いを嗅がれている俺を見下ろしている。
エミリア、出来るならエリスを引き離してくれないかな? 部屋に入りたいんだが。
「んー・・・・・・。火薬の臭いがするわよ、ダーリン」
「当たり前だろ。撃ってきたんだからさ。・・・・・・ほら、そろそろ離してくれ」
「えぇ!? やだやだ! ダーリンから離れたくないのっ!」
しがみついたまま首を横に振るエリス。俺はちらりとエミリアを見上げてからため息をつくと、上にのしかかっている彼女を片手で抱きしめながら頭を撫でる。
「じゃあ離れなくていいから、せめて部屋の中に入れさせてくれ。いいだろ?」
「うん、分かった!」
やっとエリスが上から下りてくれた。左手で後頭部をさすりながら立ち上がると、すぐにエリスが今度は俺の右腕にしがみついてくる。
すると、後頭部をさすり折れた俺の左腕に、今度はエミリアが顔を赤くしながらしがみついてきた。そのまま腕を絡ませ、俺の肩に頭を寄せてくる。彼女も甘えたかったんだろうか?
そう思って彼女の顔を見下ろしていると、恥ずかしそうに顔を上げたエミリアが、俺の耳元に顔を寄せてから呟いた。
「わ、私も甘えさせてくれ。・・・・・・だっ、ダーリン・・・・・・」
「!?」
「!!」
え、エミリアが・・・・・・俺の事をダーリンって呼んでくれた・・・・・・!?
恥ずかしそうにエミリアが言ったのを聞いた俺とエリスは、思わず同時に顔を赤くしてしまった。