「ヴェールヌイ1、ダウン・・・・・・!」
「なっ・・・・・・!?」
レーダーを見ていた乗組員の報告を聞いた瞬間、僕は目を見開きながらレーダーが設置されている方を振り向いていた。青白く光るレーダーには相変わらず無数の敵機が映っているけど、その中で奮戦している直掩部隊の中には、確かに先ほどまで何機も敵を撃墜していた彼女のF-22の反応はない。
ヴェールヌイ1。それは確かに、ミラのコールサインだ。聞き間違いではない。
ミラが撃墜された・・・・・・? 脱出は出来たんだろうか? レーダー担当の乗組員は報告していなかったけど・・・・・・。
まさか・・・・・・ミラが落とされるなんて・・・・・・!
「緊急脱出(ベイルアウト)は・・・・・・?」
自分の声は、先ほどよりも弱々しくなっていた。やはり今の僕は、ミラが撃墜されたという報告を聞いてかなり動揺しているんだろう。移植したばかりの義手だけではなく、左腕まで痙攣しているようだった。
そんな状態で、僕はレーダー担当の乗組員に問い掛ける。他の部隊からの報告の嵐の中で、その乗組員は残念そうに俯いてから、静かに首を横に振った。
緊急脱出(ベイルアウト)は確認できず――――。
そんな・・・・・・。
「ミラ・・・・・・・・・」
やっぱり、君をこの戦いに連れてこなければよかった。
この戦いに参加させなければ、彼女は撃墜されることはなかった。戦力は落ちてしまうだろうけど、この戦いが終われば彼女の元に帰る事ができると思って奮戦する事ができたかもしれない。
どうして彼女が海の藻屑にならなければならない? ミサイルや機銃の攻撃を受け、燃え盛るコクピットの中で死ななければならない?
どうしてだよ、ミラ・・・・・・。
僕は君の事が大好きだった。優しくて元気なミラが大好きだ。兄さんたちが結婚した時は、兄さんたちをお祝いしながら、いつか僕たちも結婚できるだろうかって考えたこともあった。君と結婚して、一緒に子育てもしてみたかった。
ミラと一緒に幸せになりたかった。なのに・・・・・・。
「ノースカロライナ、被弾!」
乗組員からの報告。この空母の隣を航行していたアーレイ・バーク級駆逐艦『ノースカロライナ』に、対艦ミサイルが直撃したんだ。機関部に致命傷を負ったらしく、ノースカロライナの航行速度が徐々に遅くなっていく。
ノースカロライナに衝突しないように、後ろを航行していたヨークタウンが進路を変更する。損傷のせいで艦隊について行く事ができなくなったノースカロライナは、徐々に艦隊から離脱しながらも対空戦闘を続けているようだった。
駆逐艦を救助に向かわせるべきだろうか? 何とか艦隊を密集させながら対空戦闘を続けていれば敵を迎撃することは出来るだろうけど、駆逐艦が救助のために艦隊から離れるのはかなりの痛手だ。
でも、ノースカロライナの乗組員を見捨てるわけにはいかない。それに、サウスダコタが離れても、艦隊の先頭ではまだタイコンデロガ級巡洋艦『ペンシルバニア』が奮戦している。先ほどの空母を狙ったハープーンミサイルの集中砲火も、ペンシルバニアの対空砲火のおかげで何とか撃墜する事ができた。
「ノースカロライナの状況は!?」
「左舷煙突付近に対艦ミサイルが被弾。対空火器は健在ですが、艦内では火災が続いている模様です! その火災で機関部にも被害が出ている模様!」
危険だ。ミサイルが誘爆する恐れがある・・・・・・。それに、あの航行速度では敵に狙われてしまう恐れがある。
「サウスダコタを救助に向かわせてくれ! ノースカロライナの乗組員には、対空戦闘を中断して速やかに退去するように通告!」
「了解!」
「敵攻撃隊が対艦ミサイルを発射! 狙いは再び本艦です!」
駆逐艦に味方の救助を指示した直後の事だった。今度はこの空母に、またしても敵の対艦ミサイルが接近しているようだった。
でも、残存の直掩部隊の活躍のおかげで、突破してきた攻撃機の数はたった2機だけだった。レーダーの方を見てみると、攻撃機から放たれたミサイルの反応が早くも表示されているようだ。数は4発。サウスダコタは救助のため艦隊から離れているけど、残った艦艇の対空砲火でも撃墜できる筈だ。
「シースパローミサイル、迎撃用意! 目標、トラックナンバー01から04!!」
「了解! シースパロー、斉射(サルヴォー)ッ!!」
空母の左舷にあるミサイルランチャーから、4発のシースパローミサイルが発射される。レーダーに表示された青い4つの反応を見つめながら、僕は撃墜に成功してくれることを祈っていた。
もし撃墜に失敗した場合は、今度はCIWSで迎撃することになる。
レーダーの中で、赤い反応と青い反応がついに激突した。今頃は南ラトーニウス海の上で、ミサイル同士が激突したことによって生まれた爆風が暴れ回っていることだろう。
何とか撃墜には成功したみたいだ・・・・・・。安心しながらレーダーから目を離そうとしたその時、その赤と青の反応が激突した地点の中から、赤い反応がまだこちらに向かって直進してくるのが見えて、僕はぎょっとした。
確かに、ミサイルの撃墜には成功した。でも、どうやら1発だけ撃ち漏らしてしまったらしい。
「と、トラックナンバー02、撃墜ならず!」
「CIWS、迎撃始め! ECM展開ッ!!」
大慌てで副長がCIWSでの迎撃とECMの展開を指示する。
でも、レーダーに表示されている敵の対艦ミサイルの反応はなかなか消滅しない。CIWSが必死に20mm弾を連射してミサイルを撃墜しようと奮闘しているようだけど、その20mm弾はなかなか命中していないらしく、ミサイルは既に800mまで接近していた。
おそらく、もう迎撃は不可能だ。このままでは空母に直撃する。
レーダーを睨みつけていた副長や、CICで他の艦に指示を出していた乗組員たちの顔が一斉に青くなる。今からこの空母に、敵の放った強烈な対艦ミサイルが高速で飛び込んで来るんだ。しかももう迎撃は不可能。当然ながら回避もできない。
せめて格納庫と機関部には命中しないように祈りながら、僕も顔を青くしつつ叫ぶ。
「総員、衝撃に備えろぉッ!! 来るぞぉッ!!」
手すりや目の前のパネルの淵に大慌てで掴まる乗組員たち。僕も義手を痙攣させながら、必死に目の前にあった手すりに掴まる。
その直後、ついに空母が揺れた。
凄まじい爆音に、金属が千切れ飛ぶ轟音が混ざり合う。その爆音と爆風は激震へと変貌すると、駆逐艦や巡洋艦よりも巨大なエセックス級空母の船体を大きく揺らして大暴れすると、あとは爆炎に暴れる役目を任せたかのように立ち去っていった。
手すりにはしっかりと掴まっていた筈なのに、僕は床に叩き付けられていた。硬い床に肩と頭を叩き付けたせいで、頭にかぶっていた軍帽とメガネが目の前のパネルの下に吹っ飛んでいく。他の乗組員たちも座席から転がり落ち、壁や床に身体を叩き付けて呻き声を上げていた。
「そ、損害は・・・・・・!?」
「左舷に被弾した模様。し、浸水が発生しています・・・・・・!」
「隔壁閉鎖! 排水作業急げ!」
「格納庫と機関部への損害は?」
「ありません」
何とか格納庫と機関部は損傷せずに済んだようだ。これならば航空部隊が着艦してきても大丈夫だろうし、航行速度も変化はないだろう。
再び安心しながらレーダーから目を離す。先ほど床に落としてしまった軍帽をパネルの下から引っ張り出し、埃を払いながらメガネをかけ直そうとしていると、またしてもレーダーを見つめていた乗組員が顔を青くしながら絶叫した。
「――――てっ、敵機直上ッ!!」
「なっ・・・・・・!?」
敵が真上にいる!?
まさか、今の攻撃を迎撃している間に、別の攻撃機が真上に回り込んでいたのか!?
僕はCICの扉を開け、艦橋の外へと飛び出してから空母の真上を見上げた。乗組員からの報告は本当だったらしく、航空部隊が必死に奏でる爆音をかき消すようにエンジンの音を響き渡らせながら、蒼空の中から1機のF-35が、主翼の下にハープーンミサイルをぶら下げたまま垂直に急降下してくる!
拙い・・・・・・! また迎撃に失敗したら、今度こそ甲板に大穴が開き、格納庫が爆炎に包まれる! そうなったら弾薬や艦載機の燃料に引火して、この空母は火達磨になってしまう!
「迎撃! 何としても叩き落とせッ!!」
『敵機、ハープーンを発射! 距離が近すぎます! 迎撃が間に合いませんッ!!』
必死に足掻くように空母に搭載されているCIWSのガトリング砲が火を噴くけど、天空から急降下してくる敵機とハープーンミサイルには命中していない。2本の白煙を引き連れた対艦ミサイルが、どんどん空母へと向かって急降下してくる。
回避できない。2発も対艦ミサイルを叩き込まれたら、この空母は大爆発を引き起こして轟沈する事だろう。
乗組員たちに海に飛び込むように指示を出すべきだろう。そう思って耳元についている小型の無線機に手を伸ばした。このままここに残っていたら、この空母と運命を共にする羽目になる。
でも、そうなれば僕もあの世でミラに会えるのか。
――――会いたいな。彼女に。
あの元気なハーフエルフの彼女に。
再会できたら、今度こそいっぱいなでなでしてあげよう。なでなでしてあげると、彼女は耳を動かしながら喜んでくれるんだ。
ミラ・・・・・・。
微笑む彼女の顔を思い浮かべながら目を閉じようとしたその時だった。
艦首の方向から飛来した無数の機銃の弾丸が、空母に飛び込もうとしていた2発のハープーンミサイルの胴体に喰らい付き始めたんだ。胴体に何度も穴をあけられる音を立てていたハープーンミサイルが粉々に弾け飛び、艦橋の頭上で2つの爆炎が暴れ回る。
誰かが撃墜してくれた・・・・・・?
両手で頭を守りながら、僕は爆風で一時的に赤く染まった蒼空を見上げた。
すると、爆炎の向こうからエンジンの音が聞こえてきた。直掩部隊が発艦する時もCICの中にまで聞こえてきた勇ましいF-22のエンジン音。そのエンジンの音が、少しずつこちらに近付いてきている。
高速で急降下している対艦ミサイルを戦闘機の機銃で撃墜するほどの技術を持つパイロットが乗っているんだろう。助けてくれたパイロットに敬礼でもしようと思いながらしばらくその爆炎を見つめていると、その爆炎の中から、ついにミサイルを撃墜してくれたF-22が、ハープーンミサイルの残した爆炎を纏いながら
姿を現した。
その
しかもキャノピーのガラスには血がついているし、左側のブースターからは黒煙を吹き出している。まるでゾンビのような状態の機体だ。
でも、あのボロボロのF-22がこの空母を救ってくれたんだ。僕は軍帽をかぶり直してから、甲板の上を艦尾へと向かって通過していくF-22に敬礼をする。
その時、コクピットの中にいるパイロットの顔が見えた。小さな破片が刺さっているせいで血まみれだったけど、そのパイロットの顔には見覚えがあった。
HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)の下から少しだけ覗く綺麗な銀髪と長い耳。ボロボロのF-22のコクピットで機体を操っていたその女性のパイロットは、空母が無事だったのを見て安心したように微笑みながら僕に敬礼をすると、まだ炎を纏ったままのF-22をいきなり急上昇させた。
その時、主翼に描かれていたモリガンのエンブレムが見えた。
「ミラ・・・・・・?」
今のF-22は・・・・・・まさか、ミラの機体?
彼女は撃墜された筈じゃなかったのか・・・・・・!?
「無事だったんだ・・・・・・!」
怪我をしていたようだけど、彼女は生きていた。
安心した僕は、彼女のF-22が上昇して、先ほど空母に向かってミサイルを撃ってきたF-35の背後に回り込み、機銃で敵機を穴だらけにするのを敬礼しながら見守っていた。
炎を纏いながら生還した彼女のF-22は、まるで不死鳥(フェニックス)のようだった。
F-35が生み出した爆炎を突き破り、私は再び直掩部隊が奮戦している空域へと舞い戻る。
先ほどの対空ミサイルの流れ弾で機体がかなり損傷してしまっている。何とか飛行できているけど、無理矢理旋回しようとすると機体が墜落しそうになってしまうし、片方のエンジンは機能を停止してしまっているから速度はかなり落ちている。
残った武装はサイドワインダーに搭載されている2発の対空ミサイルと機銃のみ。しかも、敵の航空部隊はまだ400機も残っている。
それでも、戦わなきゃいけない。
機体はもうボロボロで、私の身体も血まみれだけど、戦わなければ仲間たちが死んでしまう。それに、シンも死んでしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
大好きなシンが死んでしまうのは嫌だ。
だから、私はまだ戦う。
(・・・・・・こちらヴェールヌイ1、戦線に復帰します)
『た、隊長!? 無事だったんですか!?』
(まだ戦えるわよ。・・・・・・みんなは大丈夫?)
『はい! お供します、隊長!』
仲間たちはまだ無事なようだった。
機銃だけでドッグファイトを続ける味方のF-22とPAK-FAを見てにやりと笑った私は、目の前を通過したF-35の背後へと回り込むと、機銃の弾丸を何発もエンジンの中に放り込んでやった。やがてエンジンから煙が噴き出し始め、エンジンの付け根から小さな火柱が吹き上がる。
そのまま火球になったF-35。私は操縦桿を引きながら、続けざまにF-15の背後に回り込み、カーソルを覗き込む。
私が戻ったことを知った敵機が、ボロボロになっているF-22に止めを刺そうと後ろに回り込んで来る。私は敵が照準を合わせている間に目の前のF-15を穴だらけにして撃墜すると、フットペダルからわざと足を離し、機首を持ち上げて機体を失速させた。
猛烈な風が機体を後方へと連れ去ろうとする。ただでさえ損傷のせいで飛行するのが難しいのに、無茶な動きをしたせいでF-22が空中分解しそうになる。
纏っていた爆炎が荒れ狂う。
そのまま操縦桿を引き続け、私は逆さまの状態でF-22の機首を後方に回り込んでいた敵のSu-37へと向けた。
李風さんたちの航空部隊との模擬戦で身に着けた、クルビットと呼ばれる技術だった。いきなり後ろを取った筈の敵機に機首を向けられて、Su-37のキャノピーの向こうにいる敵のパイロットが慌てふためくのが見える。
(・・・・・・バイバイ)
容赦なく機銃の発射スイッチを押す。Su-37のキャノピーに大穴が開き、ガラスの破片と一緒に肉片や千切れ飛んだ腕の破片が舞い散る。
火達磨と化したSu-37に先を譲るように回避した私は、そのままフットペダルを踏み込んで再び加速すると、味方のPAK-FAをミサイルで撃墜した直後のSu-47に頭上から襲い掛かった。
機銃でSu-47を機首からエンジンまで穴だらけにしてあっさり撃墜し、そのまま爆炎を突き破ってその向こうにいたMiG-31の背後に回り込む。
慌てて振り切ろうとする敵機だったけど、私がミサイルの発射スイッチを押す方が早かった。
(――――フォックス2)
サイドワインダーから対空ミサイルを発射する。真っ白な煙を吐き出しながら放たれたミサイルは急旋回をする直前だったMiG-31のブースターの間に喰らい付くと、そのまま主翼を引き千切り、生み出した爆炎で敵機を呑み込んだ。
私はまだ戦える。シンのために、まだ飛べる。
いつの間にか、私は音響魔術で子守唄を口ずさんでいた。
幼少の頃に、よくお母さんが歌ってくれていた子守唄。私もお兄ちゃんも、この子守唄が大好きだった。
モリガンのみんなも気に入っているみたいで、よくこの子守唄を口ずさんでいる。
何で歌い出したのかは分からない。でも、きっと戦っている皆もこの子守唄を気に入ってくれる筈。
だから私は、血まみれになってF-22の操縦をしながら、子守唄を歌い始めた。
コクピットに電子音が響き渡る。敵にロックオンされているという警告を意味する電子音だったけど、私は落ち着いたまま操縦桿を倒していた。
何機も仲間の戦闘機を撃ち落とした私に復讐しようとしているのか、敵のF-35が背後から空対空ミサイルを放ってくる。でも、そのミサイルは私のF-22に近付いてくるにつれて、奇妙な動きをしながら脇へと逸れていく。
ミサイルが命中しなかったのは、きっとこの機体が纏っている炎のせいね。きっとこの炎のせいで、敵のミサイルは正確に突っ込んで来れなかったんだと思う。
再びフットペダルから足を離し、失速しながら急旋回。敵がミサイルが外れたことに驚いている間に背後に回り込み、お返しに機銃で穴だらけにして撃墜する。
でも、まだまだ敵は残っていた。
(・・・・・・行くよ)
私は敵の群れを睨みつけると、フットペダルを踏み込んだ。
信じられない光景だった。機体は火達磨になり、片方のエンジンは機能を停止し、主翼にはミサイルの破片が突き刺さったままで、ウェポン・ベイのハッチが剥がれ落ちたままの状態のボロボロのたった1機のF-22に、我々の航空部隊が圧倒されていた。
既にあの機体に50機以上は撃墜されている。背後を取ろうとしてもクルビットで逆にコクピットを狙い撃ちにされるし、ミサイルはあの纏っている炎にホーミングを妨害されてしまうため、使い物にならない。
機銃で撃ち落とすしかないんだが、そのために接近した仲間は全員返り討ちに遭っている。
信じられない。あんな損傷で、こんな戦果をあげられるなんて。
「なんてこった・・・・・・!
キャノピーの向こうでまた味方の戦闘機を撃墜した