真っ暗で冷たいこの空間はもう見飽きた。
まるで夜の海に放り込まれたような冷たさと暗さに包まれながら、俺は必死に手足を伸ばした。もしかしたら、何かに掴まってこの空間から逃れられるかもしれない。それに、この空間は異次元空間などではないのかもしれない。
もしかしたら出られるかもしれない。もしここから出る事ができたら、真っ先にあの調子に乗っている魔王をぶち殺してやろう。いや、手足を千切って痛めつけてから、あいつの目の前で妻たちを痛めつけてやるんだ。きっとあいつが一番苦しむのは、自分の大切な妻たちが苦しんでいる姿を見せつけられることだろう。
何が魔王だ。封印されるのは俺ではなく、お前の方がお似合いだ。
「くそったれ・・・・・・! ん・・・・・・?」
暗闇の中で足掻いていると、ポケットに入れておいた筈の俺の端末がいきなり着信音を発した。オルゴールの旋律のような優しい着信音。この端末は転生者にステータスを与えたり、能力や武器を生産する事ができる端末なんだが、携帯電話のように通話する機能はない。
その携帯電話が着信音を発したんだ。俺はおかしいと思いながらポケットの中の端末を取り出し、画面をタッチした。
暗闇を端末の画面の蒼白い光が照らし出す。光源となった画面に映し出されたのは見慣れたメニューの群れではなく、俺よりも幼い1人の少女の顔だった。彼女は遊びに行く時にように楽しそうに笑いながら、闇の中に放り込まれた俺の顔を見つめている。
『――――やっほー、お兄ちゃん!』
「り、輪廻・・・・・・!」
彼女の名は天城輪廻(あまぎりんね)。俺よりも3つ年下の妹だ。魔王を倒した時は一緒に戦ってくれた俺の仲間であり、この異世界に一番最初に転生した転生者なんだが、あの戦いの後から行方が分からなくなっていた。
俺の傍らからいなくなった筈の妹が、端末には搭載されていない筈の機能を使って、画面の向こうから俺の顔を見つめていたんだ。
楽しそうな笑顔は昔と変わらない。昔から輪廻はこんな笑顔を浮かべている明るい少女だった。だが、可愛らしい妹の笑顔を見つめ返しても、何故か恐怖がどんどん膨れ上がっているような気がする。家族の顔だというのに、全く安心しないんだ。
『魔王に負けちゃったんだね、お兄ちゃんは』
「り、輪廻・・・・・・どこにいるんだ? なあ、俺をここから出してくれ。そうしたらお前がくれたチートを使って、あの魔王を――――」
『残念だけど、そこから出してあげるのは私でも無理かなー。普通の封印だったら術式とか魔法陣を書き換えて出してあげられるんだけど、もうお兄ちゃんはあの世界にいないからねぇ・・・・・・』
「は・・・・・・?」
嘘だろ・・・・・・? ここから出られない・・・・・・?
「ふ、ふざけるなよ・・・・・・。輪廻、お前は―――――この端末を作った天才だろうが! この異世界を発見した一番最初の転生者だろうがッ!! 簡単だろ!?」
『異世界を発見できたのは偶然だよぉ。まあ、私はお兄ちゃんの妹なんだから天才なんだけどね』
こいつならば俺を異次元空間から引っ張り出す事は可能な筈だ。転生者たちが使っているあの端末を開発したのはこいつだし、俺の端末でチートが使えるように改造してくれたのもこの妹だ。だから、俺を異次元空間から解放することも出来る筈なんだ。
だが、輪廻は笑いながら俺を見ているだけだ。反論しているうちに、やがて妹の楽しそうな笑顔が、まるで滑稽なことをしている愚か者を見下しているような冷笑へと変貌したような気がして、俺はぞっとしてしまう。
『可哀想にねぇ・・・・・・。お兄ちゃんはチートのおかげで死ぬ事ができないから、お腹がペコペコになっても死ねないよ? それに、自殺しようとしても再生しちゃうからね。あ、チートはお兄ちゃんの端末では解除できないよ?』
「な、なに・・・・・・!?」
『私なら解除できるんだけどね』
ここから出られない・・・・・・?
俺は一生この真っ暗な空間をさまようのか? しかも、チートのせいで死ぬ事ができない・・・・・・?
嫌だ。
こんな世界をさまようのは嫌だ・・・・・・!
「た、頼む・・・・・・助けてくれ・・・・・・! 輪廻、ここから出してくれ!!」
『だから無理だって』
「じゃあ、せめてチートを解除してくれ・・・・・・! お願いだぁ・・・・・・」
チートさえ解除してもらえば、死ねるだろう。
画面の向こうの輪廻が腕を組みながら考え始める。俺は彼女が首を縦に振ってくれるようにと祈りながら、妹の顔を見つめ続けた。
『――――やだ』
「・・・・・・え?」
な、なんで拒否するんだよ・・・・・・?
この世界から出られない上に死ねないって事だぞ!?
『だって、お兄ちゃんが苦しそうにしてるのを見るのが楽しいんだもん』
「なっ・・・・・・!?」
『だからぁ、もっと苦しんで? その真っ暗な世界をずっとさまよう姿を見守ってるから』
「い、嫌だ・・・・・・輪廻、お願いだ・・・・・・!」
端末を両手で掴み、俺は必死にお願いする。
すると輪廻はさっきの冷笑を浮かべながら懇願する俺の顔を見つめ、その冷笑を一番最初に浮かべていたあの楽しそうな笑顔へと変貌させた。
そして、無邪気な聞き慣れたいつもの声で、俺を闇の中へと突き放した。
『――――大好きだよ、お兄ちゃんっ♪』
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
必死に絶叫したんだけど、俺を助けてくれる事ができる彼女は、もう端末の画面には映っていなかった。
潮風からは、もう血と火薬の臭いはしなくなっていた。
ファルリュー島の戦いは、凄まじい激戦だった。10000名以上の守備隊に戦いを挑んだたった260名の海兵隊が、何人も犠牲になりながらも勝利したんだ。
作戦に参加したメンバーは総勢で420名。負傷したのはその中で76名で、戦死者は直掩部隊や駆逐艦の乗組員を含めると189名。海兵隊の隊員たちも100人以上も犠牲になっている。
だが、敵の守備隊は全滅した。捕虜は0名で負傷者も0名。戦死者は勇者以外全員だ。
穴だらけになった強襲揚陸艦『エンタープライズ』の甲板の上には、傷だらけになったヘリたちが鎮座している。そのヘリの周囲で作業を行う兵士たちもみんなボロボロだ。中には顔や腕に包帯を巻かれ、血で赤黒くなった迷彩服に身を包んだままヘリへの補給作業や整備を手伝っている海兵隊の兵士もいる。
だが、あの傷は上陸して負傷した他の奴らに比べればまだまだ軽傷といえる。医療室のベッドで横になり、待機していた治療魔術師(ヒーラー)たちの治療を受けている奴らの中には、手足や目を失った奴らが何人もいる。
俺の隣のコンテナの上に腰を下ろし、身体中に包帯を巻かれた状態で海原を見つめるハーフエルフの大男も、同じく片目を失っている。血まみれになった包帯で左目を覆っているギュンターは、先ほど海兵隊員が持って来てくれたウォッカを飲み干すと、コップを傍らに置いてからため息をついた。
「・・・・・・何とか生き残れたぜ、旦那」
「おう」
「これで俺もパパだ。・・・・・・カレンは泣いちまうかもしれねえが」
そう言いながら、ギュンターはそっと左目を覆っている包帯に触れる。失った左目を覆っているその包帯はまだ血で湿っていたらしい。彼の浅黒くて太い指先が、ほんの少しだけ血で紅くなった。
その瞬間、血の臭いが消え去った筈の潮風から、また少しだけ血の臭いがした。
俺たちが勇者と戦っている間、ギュンターと数名の海兵隊員たちは凄まじい数の敵兵たちと戦い続け、残っていた戦車と敵の増援部隊を全て返り討ちにした。こいつと一緒に戦った海兵隊の転生者から聞いたんだが、ギュンターは被弾しても倒れずに奮戦し、敵兵を何人も薙ぎ倒し続けていたらしい。
こいつが被弾した回数は10回以上。レベルの高い転生者からそんなに攻撃を叩き込まれれば俺でも戦死しているような重傷だ。だがギュンターは片目を失っている状態で奮戦し、そんなに撃たれても倒れることはなかった。
ハーフエルフは全ての種族の中で一番屈強な種族だと言われているが、ギュンターはハーフエルフの中でも特にタフな男なのかもしれない。
「でもよ、これで子供たちを平和な世界に送り出せるんだ・・・・・・。そうだよな、旦那・・・・・・?」
「ああ・・・・・・」
「だから、俺は満足だ・・・・・・」
勇者はもう異次元空間から出てくることはないだろう。あんな狂った転生者は、永遠に真っ暗な世界をさまよっていればいい。
この世界は俺たちのものじゃない。
だから、俺たちはこの世界を支配するべきではない。支配するなんて馬鹿げている。
この世界は、この世界の人々のものだ。だから俺たちは彼らに力を貸すだけでいいんだ。
「・・・・・・お前も目を失っちまったか」
「ああ。・・・・・・けどよ、これでもう子供たちが何かを失うことのない世界になったなら・・・・・・これでいい」
勇者たちのせいで、俺たちは大切なものを失った。奴らに復讐を果たしたが、俺たちは奴らに奪われたものを失ったままだ。奴らからも同じように奪ってやっただけなんだ。
だが、もう子供たちは奪われることはない。平和になった世界で生きていく事ができる。
「そうだな。・・・・・・俺も送り出す準備をしておくか」
「おう、それが良いぜ。旦那の子供たちが一番年上になるからな」
もしギュンターの子供が大きくなったら、俺たちの子供たちからすれば妹のような存在になるんだろうか。
俺たちはもう十分に返り血まみれになった。子供たちは俺たちのように血まみれになることはないだろう。
タクヤやラウラが成長していくのを想像しながら、俺は戦友と共に海原を見つめ続けていた。
エイナ・ドルレアンの分厚い防壁が夕日を遮っているせいで、ネイリンゲンの犠牲者たちが埋葬された墓地のある場所だけは真っ暗になっていた。壁の近くに用意された墓地だから、日光もあまり当たらない。昼間でも薄暗い、不気味な墓地だ。
だが、俺たちは犠牲なった人々を絶対に忘れない。もし日の光が当たらないというのならば、俺たちが彼らを照らし出そう。俺には敵を蹂躙するための炎があるのだから。
エンタープライズから傷だらけのヘリでラトーニウス王国の上空を通過した俺は、そのままヘリのパイロットにエイナ・ドルレアンに寄ってくれるようにお願いしていた。真っ先に王都の家に帰り、子供たちを抱き締めてあげたいところだが、まず先に勇者の犠牲になった人々に報告するのが先だ。
あなたたちの仇は取った。だから、どうか安心して眠ってくれと。
無数の墓石が鎮座する墓地へと妻たちと共に足を踏み入れた俺は、ランタンで墓地を照らし出しながら、防壁の隅の方にある墓石へと向かって歩き始めた。
確か、あの墓石だ。あの墓石の下に、サラとピエールが眠っているんだ。
その墓石に2人の名前が刻まれているのを確認した俺は、涙を流したくなるのを堪えながらゆっくりと膝をついた。ランタンを傍らに置き、まだ血の臭いのする右手で墓石に刻まれている2人の名前をなぞる。
終わったぞ、2人とも・・・・・・。
お前たちの仇は、俺たちが取った。
だから、安心してくれ。もうお前たちを苦しめた奴らはいない。俺たちがお前たちの仇を取った。奴らから全て奪い去ってやった。
未練はあるかもしれないが、どうか成仏してくれ・・・・・・。
持参した花束を墓前にそっと置き、立ち上がってからエミリアとエリスとフィオナの3人と一緒に手を合わせる。俺たちは涙を流すのは我慢していたんだが、目を瞑りながら手を合わせていると、傍らから幼い嗚咽が聞こえてきた。
おそらく、フィオナは我慢できなかったんだろう。彼女はサラと仲が良かった。仕事が無い日や休日は彼女と一緒に遊んだり、買い物に行っていたからな。
静かに目を開けた俺は、まだ目を瞑って手を合わせながら涙を流しているフィオナの小さな頭の上にそっと手を置いた。
彼らはこれで成仏してくれるだろうか?
「――――行こう、力也」
「ああ・・・・・・」
持参したランタンを拾い上げようと思ったが、俺は手を伸ばしかけたところですぐに引っ込めた。成仏するのならばこんな薄暗い場所から成仏するのではなく、ランタンの明かりで照らされながら成仏した方がいいだろう。
このランタンは、送り火代わりに置いて行こう・・・・・・。
涙をハンカチで拭い去ったフィオナが踵を返す。俺は彼女を見守っていたエリスに向かって頷くと、2人の墓石に向かって敬礼をしてから、俺も踵を返した。
真っ赤に照らされたエイナ・ドルレアンのまるで昔のヨーロッパのような街並みへと向かって歩いていく。今頃、ギュンターはカレンの元へと戻っている頃だろうか? 片目を失った夫の顔を見たカレンは、きっと泣いてしまうだろう。
でも、あいつは立派に戦った。そして生還したんだ。だから、出来るだけ泣かないでくれ。傷だらけの夫を、微笑んで出迎えてやってくれ。
夕日に照らされた街に向かってそう祈りながら歩いていると、墓地の隅に立っている1本の木の傍らに、いつの間にかランタンを手にした男性が立っているのが見えた。穴の開いた帽子をかぶった中年の男性だ。
「スティーブンさん・・・・・・?」
「え?」
「ほら、あの屋敷まで案内してくれたおじさんだよ」
「・・・・・・ああ、あの時のおじさんか」
俺とエミリアはあのおじさんを知っている。
この異世界に転生してから一番最初に出会ったこの世界の人だ。転生してきたばかりだった俺を、草原から街まで荷馬車に乗せて送ってくれた優しいおじさんなんだ。
その後はネイリンゲンで再び出会い、知り合いの人が経営する不動産屋まで俺たちを案内してくれた。確かその不動産屋の人もネイリンゲンにいた筈だから、その人の墓参りに来ていたんだろうか?
「ん? 君たちは・・・・・・」
木の傍らに立っているスティーブンさんを見つめていると、ランタンを手にしたまま木を見上げていたスティーブンさんが俺たちに気付いた。あれからもう7年も経っているから、あの時ネイリンゲンで幽霊屋敷まで案内した少年と少女だと気付かないかもしれないと思っていたんだけど、どうやらスティーブンさんは俺たちだと気付いたらしく、少し驚いてから微笑み始めた。
7年も経っているというのに、スティーブンさんは全く変わっていなかった。あの時と同じ帽子をかぶり、俺を荷馬車に乗せてくれた時と同じように笑っている。
「確か、リキヤ君とエミリアちゃんだったかな? 立派な大人になったなぁ」
「お久しぶりです。・・・・・・あの、墓参り・・・ですか?」
「ああ・・・・・・。ジャックの奴も犠牲になっちまったからな。それに――――」
悲しみを微笑みで打ち消そうと抗いながら、スティーブンさんは傍らに立っている木の幹に触れた。
「――――ここに墓地ができる前から、この木の下に俺の大切な人が眠ってるんだよ。・・・・・・彼女に顔を見せに来たんだ」
「スティーブンさん・・・・・・」
だからこの木をずっと見つめていたのか・・・・・・。
彼女ということは、奥さんか恋人がこの木の下に埋葬されているんだろうか?
「・・・・・・君たちも成長したものだ。あの時は何だか頼りなさそうだったんだが、今では世界最強の傭兵ギルドか・・・・・・」
た、頼りないって思ってたのかよ・・・・・・。
いきなり昔の話題に変えられるとは思っていなかった俺は、頼りないという単語を聞いて苦笑いを浮かべた。ちらりと隣を見てみると、あの時から一緒にいるエミリアも苦笑いを浮かべている。
確かに俺は頼りなかったかもしれねえが、エミリアは立派だったじゃないか。
「・・・・・・これからも、頑張ってくれよ」
「はい。・・・・・・では、俺たちはこれで」
「うむ」
知り合いの墓参りにきたスティーブンさんに別れを告げ、俺は今度こそ踵を返し、墓地の出口へと向かって歩き出す。
勇者との戦いは終わった。だから早く子供たちの所に戻らなければならなかった。
墓地の外に停めてある馬車に彼らが乗り込み、エイナ・ドルレアンを後にするために門へと向かって走り出したのを確認した私は、涙を拭い去ってから帽子を取り、ため息をついた。
彼はやってくれた。2人目の魔王として――――俺たちの仇も、取ってくれた。
かつて俺からあらゆるものを奪っていったあの忌々しい勇者を倒してくれたのだ。ネイリンゲンで散って行った者たちだけではなく、かつてあの勇者に倒された者たちの仇も取ってくれた。
やはり、彼ならばやってくれた。だからこそ俺は、彼をこの異世界へと誘ったのだ。
――――
ポケットの中に手を突っ込み、中に入っていた物を取り出す。ポケットの中に入っていたのは古びた赤黒い懐中時計と、同じく古びた端末の2つだけだ。
端末は力也が持っていた転生者の端末と比べると古いタイプの端末だ。全くアップデートされることもなかった最初期のタイプで、生産できる銃も旧式のものばかりだった。
だがかつて俺はその銃を使い、この懐中時計をプレゼントしてくれた最愛の彼女と共に戦った。2人で生き残り、この世界で幸せになるために、目の前に立ちふさがった者たちをひたすら葬り続けた。
そして、いつの間にか俺は『魔王』と呼ばれるようになった。
魔王は勇者に倒され、彼女も殺されてしまった。
この木の下には、俺の大切な人が眠っている。かつてこの懐中時計を俺にプレゼントしてくれた、凛々しくて心優しい1人の少女だ。
俺は懐中時計を握りしめると、古びた端末の画面をタッチし、愛用していたベルギー製のリボルバーを装備した。かつて彼女と共にこの世界を旅していた時に、常に俺の腰のホルスターに収まっていた俺の相棒だ。
リボルバーのナガンM1895。サプレッサーを装着する事ができる、変わったリボルバーだった。カスタマイズもあの時から全く変わっていない。銃口に装着されたサプレッサーだけだ。
勇者は
俺たちの仇は彼が取ってくれた。だから俺は、そろそろ彼女の元へと行かなければならない。ずっと一人ぼっちにしていたからな。
俺はそっと木の幹に手を当てた。今から俺も、この懐中時計をプレゼントしてくれた彼女の元へと行くのだ。
「―――――エミリア」
やっと君の所に行ける。
あの憎たらしい勇者は、もう1人の
待っててくれ。今、俺も行くから・・・・・・。
ナガンM1895の銃口を首筋に押し当てながら、俺は涙を流していた。
かつて彼女と旅をしていた俺は、勇者にすべてを奪われてからは、端末の能力で姿を変え、スティーブンという偽名を使って商人のふりをして世界中をさまよっていた。いったいいつまでさまよえばいいのかといつも思っていた。
だが、彼が来てくれた。
彼ならばあの勇者を倒してくれるかもしれない。彼に俺たちの仇を託すことにした俺は、彼を殺した車上荒らしを射殺し、彼に端末の存在を教えた。きっと彼の持っている端末は俺の端末よりも最新型だ。更に強力な能力が生産できるだろうし、彼が持つ殺意ならば勇者を倒してくれるかもしれないと思った。だから俺は、彼に託したんだ。
そして彼は、勇者を倒した。
勇者め、ざまあみろ。もう1人の
「ありがとう、速河力也―――――」
全て、彼のおかげだ。
彼のおかげで、俺たちは解放された。
ありがとう――――。
「――――――エミリアを・・・・・・幸せにしてやれよ」
最後にそう言った俺は、リボルバーのトリガーを引いた。
王都の門を潜る前に血まみれの迷彩服からいつもの紳士のような格好に着替えた俺は、同じく着替えを済ませた妻たちと共に、国王がこの王都に用意してくれた家の前に立っていた。
もう暗くなってしまった。ガルちゃんはちゃんと子供たちの面倒を見てくれていただろうか? 子供たちはちゃんと俺たちの事を待っていてくれるだろうか?
家の門を潜る前に、俺は懐からラウラが書いてくれた似顔絵を取り出した。端の方が少しだけ血で紅くなっているけど、それ以外はあまり汚れていない。
この似顔絵のおかげで、戦い抜く事ができたのかもしれない。
この絵が、子供たちの所に帰らなければならないという決意を守ってくれた。そして、俺たちの命も守ってくれた。
似顔絵をポケットの中にしまった俺は、シルクハットを取り、咳払いをしてから妻たちの方をちらりと見た。一緒についてきたフィオナが微笑み、エリスも彼女の頭を撫でながら微笑む。
そして、あの時から一緒に戦ってくれているエミリアが俺の手を握ってくれた。俺も彼女の手をぎゅっと握り返し、彼女の顔を見つめながら微笑む。
「帰ってきたな」
「ああ」
「たくさん可愛がってあげないとねっ」
『なんだか、楽しみですっ』
あの子たちを寂しがらせてしまったからな。
ちゃんと約束したとおりに、子供たちを狩りに連れて行ってあげよう。
エミリアと手を繋いだまま、家の門を潜って玄関のドアへと向かって歩く。
俺たちは勇者に色んなものを奪われた。そして、奴らからもいろんなものを奪ってやった。
これでもう、子供たちが何かを奪われるようなことはない。もうあの勇者はいないのだ。だから俺たちは、親として子供たちをこの平和な世界へと送り出してあげよう。
次の物語の主人公は、子供たちなのだから。
俺とエミリアは玄関のドアへと手を伸ばし、一緒にドアを開けた。
「――――ただいま」
第十三章 完
最終章へ続く