作品の更新に期間が空いてしまい申し訳ありません。作者である私の頭ではほぼほぼ作品の最後は決まっていまして、それを序盤のペースで更新していくとあっという間に終わってしまい、書いている私自身が「長く書いていきたいなあ」と思っているのも相まってつまらないと思ったんです。めんどくさがっているのは否定しませんが。
さておき、今後の更新はなるだけ読み応えのあるよう内容も文章量も盛りだくさんにする努力をしていきますのでお楽しみいただけると幸いです。
それでは本編どうぞ。
とうとうその日がやってきた。サービス終了は二週間先だけど、艦娘を現実世界に連れていくことは出来るようになった、らしい。まだ試していないから分からないけど、運営からの電文によれば今回のメンテナンスで可能になったとのことだ。
サービス終了に時間があるのは予定が詰まっている人のためだろうと通知を見た提督の多くが察した。しかしヘタレには関係なかった。大学の履修登録が完了して講義も始まっているものの、例にもれず今回のメンテナンスが完了したのは夕方だからだ。そのため日付が変わる前にパソコンの前でスタンバイ出来た。
「この日がとうとう、来ちゃったな……」
パソコンの前で碇ゲンドウのポーズでヘタレは難しい顔をしていた。
『何よ、今から考え直します?』
「そうしようかな……」
『ちょっと!?』
思った以上に頼りない返答に夕張は悲鳴のような声をあげた。
『ここにきてそんな反応はホントやめてよね!?』
夕張からしてもかなり覚悟を決めていたし、それ以上にヘタレは決意を固めていると踏んでいた。なのに根本から考え直すような素振りをされて焦ってしまう。
「俺だってここまで来て迷いたくねえよ……。だから聞かないでくれ、考え直したくなっちまうから」
迷いたくない、考え直したくなる、名前通りのヘタレみたいな言葉ばかりが口に出る。そんな態度を見てさすがの夕張も文句を言おうとする。
『…………』
しかし飲み込んだ。弱気な発言とは裏腹に彼の眼は強い意思を示していた。決定したことを変更する気なんてなさそうだ。
『(考え直したくなる、とはよく言ったものね)』
緊張していることは間違いないだろう。真剣そのもので混じり気がない、余裕すらうかがえない。
アニメキャラの眼にあるようなハイライト、光は刃物のように鋭い。視線の先にあるのはパソコンで、見つめているのは夕張だ。
その両目を閉じて息を吸い、静かに吐いた。
「覚悟完了。準備はいいか、夕張」
先ほどと同じ面持ちでヘタレは問いかけた。今度は言葉も先ほどとは真逆だ。
『準備も覚悟もとっくに決まってます』
微笑むという優しい表情ではない、緊張でいっぱいいっぱいという感じでもない。安い挑発に乗ってやるとか、上等だとかそんな雰囲気だ。
「んじゃ、始めようか」
俺は夕張に、夕張は俺に手を伸ばす。互いの手がパソコンの画面に触れ、手に力を込める。電子世界と現実世界にそれぞれの手が交差し、決して手が離れないように指を強く絡めた。
「行くぞ!」
立ち上がる勢いで一気に引っ張り出そうと試みる。
「『!?』」
肘まで引っ張りだした途端、急激に重くなった。さっきまではほとんど何も感じなかったのに’人間一人分の重さ’を持ち上げているみたいだ。それだけじゃない、パソコンの画面が強い光を放っている。プラグは挿したままだからバッテリーが切れることはないはずだけど、明らかに何かが起こっている。
(これは……放電か!?)
バチバチという音と共に棘みたいな光の糸が暴れまわる。テレビやドラマはおろか、最近はアニメですら見ない光景に思わず一瞬だけ動きが止まりかけた。
だがしかし、ここが踏ん張りどころだ。
「ぐぬおぉお!!」
夕張の手を両手で掴んで、足の土踏まずも地面に付くくらいその場に踏ん張る。高校の部活を引退してからまるで運動もしなかったインドア野郎の腕は悲鳴をあげる。それでも背筋を伸ばして、胸を張って、出せるだけの力を振り絞る。
『う、うぅう!!』
顔を真っ赤にしている俺の手を、夕張もまた顔を真っ赤にしながら両手で掴む。彼女の華奢な身体のどこにこんな力があるのかというくらいの力強さだ。
2人がお互いをしっかりと捕まえていたためか離れることはない。夕張の身体がどんどん現実世界(こちら側)へと出てくる。頭が完全に出て、首、肩、胸と順調に出てくる。
(いい加減腕力が持たねえ……、くそったれが!)
後退することで無理やり夕張の身体をこちら側に引っ張った。
『き、きっつい……!』
夕張の腕も限界が近いのか、思わず弱音が口をつく。しかし腰まで引っ張ることができ、残りは半分くらいだろうか。
「ちょっと我慢してくれよお!」
『え!?』
両腕を夕張の腰に回して胴の部分にしっかりと固定する。パソコンに背を向けた形で、全身の力で引き抜くんだ。
つま先に全体重を乗せ、ふくらはぎの筋肉を浮き上がらせ、膝で支えて太ももに力を込める。
少しでも前に進むため
目指す未来に向かうため
見つけた答えに届くために
がむしゃらに先へ行く。
『「いっけええ!!」』
クラウチングスタートの陸上選手がスタートダッシュをするがごとく、一気に膝を伸ばして前方に力強く跳んだ。着地する途中で抱えている重さが消えたのを感じた。
夕張を完全に現実世界へ連れ出した直後、俺は家の壁に顔面強打した。狭い部屋で全力ジャンプをしたのだから当然の結果だ。そのため『艦娘が現実世界にやってくる』という奇跡に対して痛みに悶えるというかっこ悪いことになっている。
「~~~~っ!」
良い感じに入ってしまって痛みがじんじん響く。うずくまって額を抑える様はなんとも情けないものだ。
小学生以来感じていないタイプの痛みで、誰かに見られていたらあまりに恥ずかしい。
「あ”!」
ここまで思考が進んで自分の部屋を見渡す。そこには
「痛い……どこか打ったかしら……」
そこには一人の美少女がいた。
琥珀色の瞳は神秘的で、思わず引き込まれるその美しさは呼吸を忘れさせる。
髪は銀に少し緑が混じったような色で、後ろ髪は胸元よりも少し上のあたりまである。
その胸は慎ましいもので大きすぎず小さすぎず、ちょうど手にすっぽり収まるくらいの大きさだ。華奢な身体だが決して不健康な様子はない。
うなじから背中にかけてのラインが非常に綺麗で、全体的なスタイルも相まって芸術品を思わせた。触ったら壊れてしまいそうな儚さは近づくことすら躊躇わせる。
彼女のいるところだけが、彼女の存在だけが異世界から来たものだと言われても信じてしまいそうな現実離れした光景は、まともな思考をすることを許さない。
「提督……?」
夕張が声をかけてくれなければ永遠に眺めていたのではないか、本気でそう思った。
「……夕張……だよな?」
立ち上がって確認をする。目の前にいるのはまさしく彼女、『夕張』だった。画面の中にいたときの姿がそっくりそのまま存在していた。二次元のキャラが三次元に現れたというのにどうしてだか違和感がない。「夕張が現実世界にいたら」という仮定の話が現実となっている。
「その声と顔、提督で間違いなさそうね」
安堵したような声色と表情で夕張が言った。
鼓膜を震わせる音はまさしく彼女の声で、頬がにやけるくらい酔いしれてしまう音は実に良い。ずっと聞いていたくなると思わせる感動が体中で暴れまわる。彼女の口が発する言葉に溺死することが出来たらそれすらも至上の喜びとしてしまうのではないだろうか。自分が発する言葉で彼女の声を遮ることがおこがましいとさえ思ってしまう、さながら天使のようだと言っても過言ではないだろう。
「あ」
視線を夕張の首から下に移してまともな思考を取り戻した。一瞬だけ停止こそしたもののすぐに活動を再開して部屋にあるタンスからめぼしい服を探す。
「え、あの、どうしたのよていと……」
気配からして俺に近づこうとしたのだろう、でも声が途切れたことからして気付いたんだ。
自分が服どころか髪留めのリボンすら身に着けていないことに。
「な、な……」
「叫ばないでくれよ夕張、隣の人短気だから壁ドンされちゃうから」
昇天する寸前から正気に戻ったからかこれ以上ないくらい冷静に注意する。
適当に女性でも問題なさそうな服を選んで着てもらった。普通のシャツと短パンで大事なところは隠してもらった。リボンは持ち合わせていなかったので髪留めで代用してもらっている。何よりも全裸でいられたら俺のほうが持たない。
普通の服を着たことによって人間臭さが出たからか、少し慣れてきたからか今は通常の精神状態になった。
「艦娘を現実へ連れてくるのがこんなに大変だとは思わなかったけど、何とか成功したみたいだな」
腕を軽く動かしてみても特に問題なさそうだ。今の感じからして明日の朝には筋肉痛になってそうだけど。
「迂闊だったわ……、こっちに来るとき服までデータから変換されない可能性考えてなかった……」
服を着るだけの時間があったことで夕張も落ち着いたようだ。夕張が小柄なためか服は少しぶかぶかだ。短パンが紐で絞るタイプなのでずり落ちることはない。
一段落して改めて向かい合った。
「改めまして。俺が、えっと、鎮守府の提督でヘタレだ」
わざわざ改まったものの何を言うべきか分からずコミュ障を発動してしまった。緊張した様子の俺を見て夕張は笑った。
「なーに緊張してるんですか。私は兵装実験軽巡、夕張です」
彼女は目の前にいる。夢でも幻でもない、確かに触れる距離に存在しているんだ。自分の手を彼女の頬に添え、頭を撫で、全身を嘗め回すように観察する。
(どう見ても人間としか思えない)
確かに感じる体温、柔らかい肌、サラサラの髪、どう観察しても人間の美少女だった。
「ちょっと、くすぐったいんですけどっ」
触り放題のところへさすがにストップが入った。
「悪い悪い、本当にデータから人間になったんだなって実感してさ」
言い訳みたいに弁解する。が、夕張はすでに俺を見ていなかった。
使っていたパソコンだ。つられて俺もパソコンを見てみると、画面は真っ黒になっていた。
「!?」
適当にキーを打ち込んでみてもマウスを動かしてみても反応がない。
(さっきので壊れたのか!?)
あまり気は進まないが電源ボタンを押してみる。
「つきましたね」
数秒後には起動したことを確認して安堵した。プラグのほうを確認してみたけどちゃんと刺さっている。
さっきの放電のせいだろうか。とにかく艦これにログインしてみる。すると
「……バグ、じゃないよな」
いつもの執務室、出撃や編成などのメニュー、変わり映えしない家具、これといっておかしな点はない。
ただ一つ
「秘書官がいない……」
艦娘が誰も表示されていないことを除いて、だ。
編成画面に行ってみると、夕張だけにしていたからか第一艦隊は誰もいなかった。他の艦隊を見てみると遠征中であるものの残っている。
どうやら夕張だけが俺の鎮守府からいなくなったらしい。どのソートで確認しても夕張の名前は見当たらない。
艦娘が現実世界にやってきた。ヘタレ個人が調べてみたところ夕張は完全に人間であり、データであったことそのものが信じられない。
お互いに疲れて夕張は布団で眠り、ヘタレはパソコンで情報をひたすらに集めていた。自分以外にどれだけの人が現実世界へ艦娘を呼んだのか、呼んだときはどんな状態だったのか、などなど。それというのも夕張を引っ張り出すときのことで気になったことがあるのだ。
(もし連れ出すときに必ずああなるのか?だとすると、俺以上にパワーがない人はどうなる?)
インドア派とはいえ男子大学生、しかも元運動部だ。運動不足の社会人よりは筋力がある。そんな彼が全力を出してようやくなのだから、なかなかのパワーを要することは想像に難くない。『提督にヘタレよりも筋力がなく、艦娘に夕張よりもパワーがなかったら』ということを考えるとおかしなことになる。
(一部の提督は連れ出したくても連れ出せないことになる。そんなシステムを運営が導入するのか?)
艦これ運営はそういうタイプではない。ではどういうことなのか、ということを考えて条件のことを思い出す。
『艦娘のレベルが90以上』、つまり90以上であれば何とかなると言うことなんだろうか。
(どちらにしても、これから調べて使えそうな情報集めないとどうにもならないか)
ぐっすりと眠っている夕張の髪を撫でながら思う。指先から感じる彼女の体温と肌の柔らかさが現実であることを噛み締めて、再びパソコンに向き直った。少しでも有益な何かを得るために。
あんなこといいな、出来たらいいな、とこの作中で起きてほしい事象などありましたらコメントお願いしますなんでも島風。