コツ、コツ、と絨毯のうえを歩く足音が、とあるドアの前で止まった。
「こちらです」
「はいはい。ありがとうね」
僕がそう返すと、先導していた女性が露骨に表情を変える。
「中に元帥閣下がいらっしゃいます。そのような言動はなされないように」
「ん。了解だよ」
「…………………………」
小さくため息を吐いて、彼女はドアをたたく。
「……なんだ?」
奥から聞こえてくる重みのある声。
年期と威厳を感じさせる、低くてゆったりとした声だ。
「お客様をお連れしました」
「そうか。中に。きみは通常の業務に戻りなさい」
「はい……では、中へどうぞ」
彼女はゆっくりと扉を開け、僕を促す。
「失礼します」
広々とした執務室。その奥にある豪奢な机についたしわの濃い人物が目に入った。そんな彼に敬礼して、一歩中に足を進めた。
「では、失礼いたします」
案内役の女性は、最後にそう言ってドアを閉めた。
「それで。いったい何の御用でしょうか、元帥閣下」
「貴様ぁっ! 元帥閣下に向かってなんだその態度は!!!」
そう言われて、僕と元帥のほかにもう一人いることに気づいた。
どこかこちらを見下すような視線の男だった。
階級は……中将殿か。
軍服につけられた勲章が、まるで見られたがっているかのようにきらきらと輝いている。
「はあ。申し訳ありません」
「いい。気にするな。最低限の礼儀以上を求めるつもりはない」
「っち。元帥殿のご厚意に感謝しろ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げると、中将殿は鼻を鳴らして僕を見る。その目の奥に侮蔑の色が見える。なんだか知れないが優越感に浸っているのか、口元には嘲りが浮かんでいた。
「大佐」
「なんでしょう」
「きみのところの鎮守府についてなのだがな」
「はい」
「これはここにいる中将からの報告によって発覚したことだが……きみのところは、ほかの鎮守府と比べるとかなり進撃数が少ないと聞いた」
「はあ」
ちらりと中将に目をやる。
……ふむ。そんなことか。
「まして、無理に進撃する必要はないと艦娘たちに命じていると。そのことについて弁明はあるかね」
「……そう言われましても、全くその通りなので弁明もなにもないですが」
「……貴様には海軍の誇りはないのか! 我々は一刻も早く海の平和を取り戻さなければならん! にもかかわらず貴様は怖気づいている」
「しかし、艦娘たちを無駄に轟沈させてしまうような出撃は避けるべきかと」
「何を言うかと思えば……しょせん奴らは兵器だろうが。弾薬と燃料、鋼材、ボーキサイトに資材があればいくらでも作られる存在ではないか」
……いくらでも、か。
「いくらでも、ですか?」
「そうだ。いくらでも替えが効く。沈んでしまったところで、まったく損はないではないか」
「なるほど。ところで元帥閣下、こちらの方は?」
「ああ。そういえば伝えていなかったな。彼は松下中将だ」
「松下中将……」
記憶の中で、少し引っかかった。たしか……タカ派の、いわゆるブラック鎮守府を治める提督だったはずだ。
「……ん……?」
そんなことを考えていると、ふと元帥殿の視線が僕を見ていることに気がついた。くすりと小さく笑みを浮かべている。
そういうことか。
「元帥殿、発言をしてもよろしいでしょうか」
「かまわん」
許可をもらい、そのうえで中将のほうに顔を向ける。
「中将殿、先ほどあなたは艦娘を『兵器』とおっしゃいましたね」
「はっ。そんなことは当たり前のことだろう」
彼にとっては当然のことだったのだろう。
そんなことを聞くなんて馬鹿か、と言わんばかりの口調だ。
「僕はそうは思いません。彼女たちには思考する頭脳があり、感情があります。だからこそ彼女たちは『兵器』ではなく『兵士』と考えるべきだと私は思います」
「なにを言うかと思えば……いくらでも作ることができる存在を『兵士』とは言わんよ。あれは単なる機械だ。頭脳があろうが感情があろうが消耗品と変わらん」
「ふふっ」
「何がおかしいっ!!!」
彼の言葉に思わず笑ってしまうと、彼は僕の胸倉をつかんでくる。
「いえ……すいません。あまりにバカらしくて……」
「きっ、きさま……」
「やめないか」
「ですがっ!」
「やめろと言っている」
二度目の忠告に、彼はようやく手を放す。
しかし、その顔は憤怒にまみれていた。
「んっ、と……『いくらでも作れる』とおっしゃいましたが……それはどうしてですか?」
「補給として鎮守府には十分な資材をもらっているではないか」
「いえ、そうですけど……そもそもその資材はどこから来ているのですか?」
「そんなことは関係ない!」
「関係ない? そんなことはありませんよ。はっきり言いましょう。我々が保有する資材は他国の鉱山から輸入しているものがほとんどです。その他国も鉱山を掘り起こし、そして鉱石を発掘しているわけです」
日本が保有する鉱山資源はあまりにも少ない。
だからこそ、他国からの輸入に頼っている。
「それがどうした? まさか輸出を止められるとでも? 鉱石を輸出する代わりに我々はその国に泊地を作り、艦娘を派遣し深海棲艦に対する警備をしている。そんなことは起こりえんだろう」
「
そう。決して無限ではない、有限だ。
そんなぎりぎりの状況の中で、僕たちは戦わなければならない。
「にもかかわらず。あなたはいくらでも作れると? はっきり言いましょう。僕は別に艦娘に情があるから轟沈させないわけではありません。あなた方のように轟沈させてすぐに沈めてしまうような運営は無駄だから轟沈させていないのです」
「はっ! よりにもよって無駄などとぬかすか。た、たしかに資材を無駄にしているかもしれんが、それと同じぐらい我々は功績を残している。貴様のような腰抜けとは違う!」
「たしかにな……中将はたしかにかなりの深海棲艦を討伐している。お前のところの実績とは段違いだ。それについての弁明はあるか?」
「それについては弁明は難しいですね。そもそも、中将殿や元帥閣下とは軍人としての勤務年数が違いますから、比べることすら無意味かと」
「たしかにな……鎮守府勤務してたしか……二年だったか?」
「はい」
「なるほど」
納得したのか小さく頷く元帥とは対照的に、中将は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「貴様、それでも帝国海軍の軍人か!? 一刻も早く海を取り戻さなければならないのだぞ! 貴様のようなふぬけがいるから、深海棲艦がいなくならんのだ!」
「そう言われましても、今現在の段階で深海棲艦を滅ぼすことは不可能でしょう?」
「――なに?」
僕の言葉に、中将どころか元帥閣下までが鋭い目つきで僕をにらむ。
「貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「もちろんですが。そう思う理由を説明する必要がありますか?」
「き、きき、貴様……腑抜けにもほどがあるぞぉっ!! 閣下、このような者の話を聞く必要はありません! 今すぐ処刑を!!」
目を血走らせ、鬼の形相で中将は叫ぶ。怒りのあまり、くちから唾が飛んでいた。
「大佐。そう結論付けた理由を述べよ。ただし、もし納得できなければ、軍法会議など抜きにして射殺する」
「は。もし納得できなければ、そうしていただいて構いません」
威圧を強める元帥に向かって、僕も言葉を返す。
こんなことでひるむような腑抜けでは、僕はない。
「よかろう。説明を」
「では、説明させていただきます」
そこで一度言葉を切る。
「そもそも、深海棲艦の本拠地はいったいどこにあるのですか?」
「なに?」
「ですから、深海棲艦の本拠地です。我々が今いる大本営、もしくは国の首都のような場所がどこにあるのか、です」
「そ、それは……」
中将は露骨に顔をしかめた。
おいおい。こんなことで取り乱されても困るんだが……
「元帥閣下。地図をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ」
執務室の壁に張られた世界地図を取り外し、それを彼のいる机に広げて見せる。
「今のところ陸地から離れれば離れるほど、深海棲艦が強くなっているのがわかっています。そう考えると、深海棲艦の本拠地はそれぞれの大陸の陸地から離れた海域にあるのでは、と考えられます」
日本海や太平洋のど真ん中あたりを指さしていくと、
「ふむ。続けろ」
元帥閣下は先を促す。
「っ………………」
一方、中将はだんだんと顔が青ざめてきていた。
「正直、これすらも予測ですから確実ではありません。はっきり言ってここが判明しないかぎり、極端な攻勢はあまり効果的ではありません。先ほどいった通り、轟沈を繰り返すような出撃はこちらの資源を消費しつつづけると、どんどんこちらを不利にしてくのと同義です」
「それは……」
「…………くっ……」
「ですが、さらに問題なことがあります」
「……これ以上、か?」
「はい……」
僕が頷くと、静かに元帥は目を閉じた。
「もし、仮に拠点を見つけることができたとして、そこを攻撃する手段がありません」
「……は? 大佐、それはいったいどういう意味かね」
あっけにとられる元帥と中将。
「よく考えてください。彼らは深海棲艦、なのですよ?」
僕がそういうと、中将はきっとにらんでくる。
「貴様、もったいぶらずにはっきりと言え!」
「ま、まさか……」
「元帥閣下、もしや……わかったのですか?」
「大佐、お前が言いたいのは彼らが本拠にしているだろう深海最深部に攻撃する兵器がない、ということか?」
「はい。その通りです」
「そ、れは……」
「太平洋を例に出しますと、最も深いであろう地点は約11000mと言われています。まあ、こんな深い地点にはいないでしょうが、そこに攻撃するためには、水中に攻撃する手段がなければいけません」
「その深度に攻撃を仕掛けるには、爆雷のような兵器が必要です。しかし、それを行える技術力を、我々は持っていません。仮にあったとしても、そこまでの深さに到達するまでに、深海棲艦側から迎撃を受けてしまうでしょう」
「そして、さらに言うと、その拠点に攻撃を仕掛けるためには、その地点に安全に行ける手段を構築しなければなりません。鎮守府からまっすぐそこに進むのは、そこに行くまでの間に深海棲艦の攻勢を受けるでしょう」
「それを防ぐためには、海の真ん中に水上拠点を作る、もしくは高高度からの降下などの手段もありますが、そのどちらも現実的ではありません」
「たしかに、な……」
ぎこちなく、それでいてしっかりと頷いてみせる元帥に対して、中将の顔からは生気が抜け落ちていた。
「端的に申し上げますと、今の時点で我々ができることは、深海棲艦からの侵攻を防ぎしっかりとした防衛線を築きつつ、我々の科学技術が発展し深海に攻撃が可能になるまで、こちらの――艦娘たちの練度を上げることが重要だと考えています」
「そうか。だからこそ君は――」
「はい。練度を上げることを第一として、轟沈の可能性を下げつつ海域の攻略を進めています」
「しかし、大攻勢もあるだろう?」
大攻勢というのは、ある特定の時期に発生する深海棲艦の大量発生だ。ある地点に姫級と呼ばれる大型深海棲艦とそれを中心にした深海棲艦の群れが発生する。
「あれはおそらく、深海棲艦側も予期していないイレギュラーではないでしょうか? 我々がイベントと呼んでいるのは、第二次世界大戦時の大きな作戦が行われた地点にて発生しています。あれは……そうですね……言葉にすると難しいですが、戦争で失われた命たちの怨念が集まったものではないかと。単純に、そういった負の感情に深海棲艦が寄っているのではないでしょうか」
「ふっ。怨念、か。さっきまで科学技術の話をやっていたのに急にオカルトになったな?」
「今は艦娘がいて妖精さんがいますからね。オカルト的な視点も必要でしょう。艦娘の中には実際に陰陽道を使う者もいますし」
「たしかにな」
笑いつつ元帥は頷き、そしてまじめな顔に戻って中将を見やる。
「さて、中将――」
「――はい」
つい数分前までの威勢のよい表情はなくなり力の抜けた中将が、返答する。
「今聞いた話に関しては外部に漏らすことを禁ずる。今の話は、はっきり言ってしまうと、日本海軍の根本を瓦解させかねん」
「っ、はい」
「しかし、だ。今後のことを考えると、轟沈をそもそも減らさねばならないことは自明だな?」
「……は。はい……」
「そのためにも、我々上の人間が行動をもって示さねばならん。そこで、だ。まず、中将の鎮守府から舵取りをせんか?」
「それは――つまり……私にやめろ、と?」
「いや、違う。要は、今までの運営から切り替えろ、と言っている」
「し、しかし……それをすれば……その、私は今まで艦娘たちの忠告を無視して轟沈を命令させてきました。それを撤回すれば――反乱のきっかけになりかねないかと思います。でしたら、私を左遷、もしくは処刑することで、彼女たちの溜飲を下げるべきではないかと……」
「大佐。どう思う?」
「そう、ですね……これに関しては、はっきりとした最善策があるとは言えません。ですが――今まで私が艦娘たちと接してきてわかったことがあります」
「それは――なんだね?」
「彼女たちは、優しい心の持ち主が多くいますが、それ以上に日本のために戦うことを是としています。ですから、しっかりと説明し、これからのことを伝えれば理解してくれるのではないかと。これについてはあくまで僕の主観ですが」
「そうか」
「まず、彼女たちを軍人として考え、そしてそれに沿った行動をするだけでも、彼女たちの印象は劇的に変わるかと」
「軍人としてか」
「別に年頃の女の子として扱えとは言いません。それによって起こるのは、僕たち提督側が彼女たちに情を持ち続けることにつながります。軍人であり、命令する側である僕たちは、いつか彼女たちに死ねと命じなければならない立場です。それができない運営もまたするべきではありません。あくまで軍人として必要な職務とその職務に対して過不足のない褒章を与える。彼女たちは『兵士』です。士気が高ければ、それだけ力を発揮してくれるでしょう」
「なるほどな……よし。中将よ」
「はい」
「我々、日本帝国海軍は岐路に立っているといってもいい。その先頭に立ち、これからの海軍を支えるつもりはあるか? 艦娘たちにののしられようとも、国のために専心誠意謝罪し、それでもなお、国のために戦う覚悟はあるか?」
「っ、はい。私は……これからも国のために戦う所存です」
生気のなかった顔が一転して、真剣な表情でそう告げる中将。
「では、君に任務を与える。今から所属する鎮守府に戻り、そして改善を図り給え」
「はっ!」
姿勢正しい敬礼をして、そのまま彼は執務室を出ていく。
そして、ここにいるのは元帥と、僕だけ。
「これでよろしかったですか?」
「ああ。最近タカ派の行動が目に余ったからな」
「元帥殿も人が悪いですね。何も事前に説明せずに急に呼び出すなんて。大淀に業務を引き継ぐのは大変だったんですよ?」
「まあ、君ならしっかりこちらの意図を察してくれると思っていたわい。まあ、これでほかの連中もおとなしくなるだろう。これからも監視は必要だろうがね。さっき君が言っていたように、情を持ちすぎて色に狂いすぎる提督もまたいるからな」
「まあ、男と女ですからね。軍人であっても恋愛はするでしょう。それもまた力になると思いますよ」
「くはは。お前が言うと説得力がないな?」
「僕は国に忠を誓った身ですから、恋愛にうつつを抜かす気はありませんよ」
エロ爺みたいな視線でニヤニヤと笑う元帥が、僕の左手を見る。
「そういう割には、指輪はせんのだな? あれは恋愛は抜きにしたとしても、艦娘の力の限界を超えさせてくれるものだぞ?」
「それは……そうなのですが。結婚、と冠しているいる以上なかなか……」
「くはは、初心よのう。いや若い。恋愛にうつつを抜かせんと言いつつ、初心なだけか。わしが若いころは、いろいろな艦娘たちに言い寄られていたがな?」
そういわれてしまうと何とも返事がしづらい。僕も男だ。欲はある。それでも、それを律しなければ……
と、それよりもさっさと話を変えてしまおう。
そう思って話を切り出す。
「元帥殿も相変わらずですね。親艦娘派なのにタカ派の連中とも親交が厚い」
親艦娘派とは言っているが、あくまで艦娘を人として見ているというだけだ。別段、色に狂っているわけでもない。ただ人として兵士として彼女たちと接している。
「これでも海軍のトップだ。自分の意志で軍を――ひいては国を動かすわけにはいかん。そうするためにはそれなりの理由がなければならんからな」
じっと僕を見る元帥の目は深く、それでいて清らかな光で満ちていた。
「感服いたします」
「はっ。お前に言われるとむずがゆいわ。さて、とりあえず今日は戻っていいぞ。これからも鎮守府を頼む」
「はっ! ……いま、今日は、とおっしゃいましたか?」
「まあ、そのうちまた呼ぶことになるだろうからな」
「……わかりました。嫌な予感もしますが、これで失礼します」
この一週間後、昇進の知らせを受け、任命式のために大本営に向かうことに
なるのだった。