GS美神短編集   作:煩悩のふむふむ

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占い狂想曲

 

 無機質なビル郡を、地平から頭を出した太陽が少しずつ赤く染め上げていく。

 鳥は囀り、朝が早い者は騒々しい目覚まし時計にイライラしながら起き出す。

 朝独特の身を切る寒さは、ジョギングを日課としている者にはたまらないだろう。

 喧騒、雑踏が生まれる前の静かな時間。

 そんな、静かな朝を、

 

「ウオーン! 今日の拙者は絶好調でござるよ~~~!!」

 

 狼のけたたましい遠吠えが響き渡った。

 

 

 

 脳を揺さぶる遠吠えで、ぱっちりと目が開いてしまった。

 あの馬鹿犬め。本当に碌な事をしない。

 

 気分爽快な目覚めとはほど遠い。

 昨日、遅くまでひのめをあやした疲れも取りきれていなかった。

 窓から外を見ると、地平線から太陽が姿を現していく。

 まだ朝早い。6時ぐらいかな。

 下の階からシロが叫んでいるのが聞こえる。

 一体何を騒いでいるのやら。まあどうせくだらないことだろうけど。

 

 シロがハイテンションなのはもう諦めがついているが、せめて早朝ぐらいは静かにしてほしいと結構切実に思う。

 まあ、いいや。

 まだまだ眠いし、このまま二度寝しよ。

 ゆっくりと瞼を閉じて、目の前が暗闇に包まれる。

 私を包み込んで暖めてくれる布団が堪らなく愛おしい。

 今だけなら油揚げですら、この布団の魅力に勝つことは出来ない。

 

 ああ、意識が遠のいていく。とう……のいて……い……

 

「うお~ん! うお~~ん!!」

 

 ……うるさい……………リテイク!

 

 薄く開けていた瞳を閉じ、目の前が暗闇に包まれる。

 私を包み込んで暖めてくれる布団が堪らなく愛おしい。

 今だけなら油揚げですら、この布団の魅力に勝つことは出来ない。

 

 少しずつ、意識が遠のいていく。

 とうの……いて……「わお~ん!! わおお~ん!!!」いけないじゃない!! あの馬鹿犬!!

 うああ、今の突っ込みで完全に眼が覚めちゃったよー。

 しょうがなく、私は布団を手放してさよならを言った。

 

 こうして私、タマモの一日が始まった。

 そう……今日という日が始まってしまったのだ……

 

 

 

 占い狂想曲

 

 

 

「おはようございます、タマモさん」

 

 部屋から出ると、人口幽霊一号が話しかけてくる。

 彼は多分、ここに住むメンバーの中で一番まともな存在だ。

 勿論、私を抜かしての話だけどね。

 

「おはよ、人口幽霊一号。美神さんやおキヌちゃんは?」

 

「オーナーはまだ寝ておられます。おキヌさんは皆さんの朝ごはんを作っているようです。タマモさんの好きな油揚げもありますよ」

 

 うん、良いこと聞いた。

 これでタマモは後三年戦える。

 

「シロさんの方はテレビを見て騒いでいますね」

 

「ふーん……それじゃあ少し文句でも言ってくるわ。気持ちよく人が眠っていたところを起こしてくれたお礼もしたいしね」

 

 手に狐火を生み出して人口幽霊に笑いかける。

 人口幽霊は「ほどほどにしてください」と疲れたように返事を返してきた。

 ……いつも苦労かけてごめんね。

 

 階段を下りて居間の方に行くと、人口幽霊が言っていたようにシロがテレビを見ていた。

 正直珍しい。こんな朝早くからシロが面白がる番組などあっただろうか。

 時代劇をやっている時間ではないし、肉系の料理番組でもやっているのだろうか。

 少し興味を引かれた私はシロが見ている番組に目を向ける。

 そこに映し出されていたのは……

 

「え~今日の運勢! 第三位は――――」

 

 占い番組だった。

 正直意外だ。占いなんかを気にするほどシロが乙女だったのだったとは。

 シロは私に気づくと、得意げにニヤニヤと笑みを浮かべる。

 いや~燃やしたくなる顔だわ。

 

「ようやく起きたでござるか。早起きは三文の得という諺を知らんようでござるな」

 

「あんたが早すぎるのよ、大体三文なんてたいした額じゃないじゃない」

 

「何を言うでござる! 早く起きれば、今日という素晴らしい一日を多く続けることができるのでござるからな!」

 

 なるほど、占いの結果はかなり良かったらしい。

 ここで、私はある疑問が湧いた。

 今、シロが見ている占いは血液型などではなく生年月日で判断するタイプの占いだ。

 当然だけど、この占いをするには必要なものがある。

 

「シロ……あんた自分の生年月日、知ってるの?」

 

「当然でござる。でなければ、占いなど出来ないでござるからな」

 

 普通に返されてしまった。

 よく分からないが、なにか悔しい。

 ……まあそんなことはともかく、私の疑問はより大きく膨らんだ。

 

「私たちにそんな設定あったけ?」

 

 思ったことがつい口に出てしまった。

 結構危険な台詞なので、言いたくなかったのに。

 私の質問にシロはふふふと不敵に笑う。

 

「拙者が登場した最初の巻の日付で判断したでござる」

 

 シロが取り出したのはGS美神のコミックだった。

 なるほど、私たちが初登場した時期を判断しているわけだ。

 まあ、確かに誕生日というのは間違っていないかな。

 

「拙者の登場は18巻の8月15日でござるからしし座でござるな。拙者にふさわしいカッコイイ星座でござる!」

 

 見れば確かにシロの生年月日から見た占いは星が五つと最高の表示がされている。

 少し考えれば、私達の初登場はコミックではなく週刊誌の方が最初だと思うのだけと、その辺りはきっと大人の事情なので仕方ないのだ。

 

「今日の拙者はサイコーなのでござるよ! 特に恋愛運が良いのでござる」

 

 窓を開けてセンセーと大きな声で吠えるシロ。近所迷惑なやつだ。近所から「お宅の犬が煩くて」なんて苦情もくるかもしれない。というか、ぜひ来てほしい。

 それにしても、こういう風に馬鹿正直に喜んでいるやつを見ると、からかいたくなるのは何故だろう。

 特にシロをからかうのは本当に楽しい。

 馬鹿な犬ほど可愛いってやつね。いや、別にシロが可愛いわけじゃないけど。

 

 それにしても、占いねぇ。

 占いを否定するわけでは無いが、こんなニュースが始まる前の占いなんてろくなものではないだろう。

 こういうのは局を変えれば結果なんてころころ変わるのだ。

 

 その場においてあったリモコンを取り、局を変える。

 「なにするでござる!」とこちらを睨みつけてくるが気にしない。

 ちょうど別な番組内で占いをやっている所だった。

 そして、番組内で表示されたシロの運勢は……

 

「見てみなさいよ。今日のあんたの運勢」

 

 テレビに映されていたのは、星マークが五つで最高の運勢という占で、星一つか二つ程度の運勢だった。

 十二個の星座の中でビリかその次ぐらいだろう。

 

「そんな~」

 

 尻尾をぺたんとたらして、しょんぼりとなるシロ。

 本当に喜怒哀楽が激しいやつだ。

 だから面白いのだけど。

 

「そうだ、タマモの運勢も見てみるでござるよ」

 

 落ち込んでいたかと思えば、すぐに元気になった。切り替えが早い。やっぱり馬鹿犬だ。

 シロは楽しそうにGS美神のコミックスを読み始めた。

 あたしが登場した巻の日付を確かめているのだろう。最終巻から確認しているのが、ちょっと悲しい。

 

 今更だけど、ものすごくやばい事をしているような……でも、原作でも似たようなことしているから大丈夫よね?

 お願いだから雷なんて落ちてこないでよ……落ちるのならシロにね。

 

 私がこの世界の危険性を考えていると、シロはコミックとテレビを見て、ふっふっふっと笑いを浮かべる。

 

「タマモの初登場は6月15日でふたご座だから……今日の運勢は最悪でござる! 悪運尽きたでござるな!!」

 

「あっそ」

 

 相も変わらず高いテンションのシロを軽く受け流す。

 いちいちこのテンションに付き合っていたら、それだけで疲れてしまう。

 朝からこの勢いに付き合わされる事の多い横島に少し同情だ。

 

「なんでも、今日は朝から何も食えず空腹に打ち震えることなる。しかも水難や火難やバナ難や……消化器に注意するとか……とにかくいっぱい悪いことが起きるらしいでござる!」

 

「はずれ。今日の朝食は油揚げよ。全然駄目ね、その占い。それに、私は胃腸が弱いわけじゃないわ」

 

 なんだかよく判らない占いがいくつかあったけど気にしない。

 「信じるものは救われるでござるよ」と言ってくるがそれも気にしない。

 何か使い方が間違っているような気もするし。

 

 とりあえずシロと話したので、次はおキヌちゃんに朝の挨拶をすることにする。

 ……ちょっとぐらい、つまみ食いができるかもね。

 

 ドアを開けて台所に向かう。

 そこには、いつもの巫女服にエプロンをつけたおキヌちゃんがいた。

 巫女服にエプロン……題して巫女ロン? それともエプ服?

 それなりに似合っていると思うけど、横島あたりが見たらどういう反応するのかしら。

 まあどうでもいいけど。

 おキヌちゃんはフライパンで目玉焼きを作っている真っ最中みたい。

 

「あっ、タマモちゃん。おはようございます」

 

「うん、おはよう。今日の朝ごはんにお揚げがあるって聞いたんだけど……」

 

「はい、特製なので楽しみにしててください……つまみ食いしちゃだめですよ」

 

 うっ……ばれてる。しかも釘まで刺されてしまった。まだ100回程度しかつまみ食いなんてしてないのに。

 

 おキヌちゃんは目玉焼きをじゅくじゅくと焼いている。

 個人的には目玉焼きは固目が好きだ。トマトケチャップをかけるとかなり良い。

 変だと思われるかもしれないが、これが九尾の狐の食べ方なのだ。だからきっとこれは由緒正しい。変な目で見られたくないからトマトケチャップを使わない人は、もっと堂々とするべきね、うん。

 

 それにしても、油揚げはとてもいい匂いだ。

 至高で究極な油揚げは、まるで特別な私に食べられるために生まれてきたかのように錯覚する。

 ……一枚くらい取っても大丈夫よね。どうせ後で食べるんだから今食べたって良いじゃない。

 そろり、そろりと油揚げに手を伸ばす。

 

「あっ! 駄目タマモちゃん!!」

 

 ばれちゃった。残念……って、あれれ?

 なんだかこっちに目玉焼きが飛んで……

 

「あ、熱ーい!!」

 

「た、大変! 手が滑っちゃって」

 

 うう、熱々の目玉焼きが頭に乗ってきた。

 火傷するぐらいじゃないけど、やっぱり熱い。髪も痛んじゃうかも。

 因果応報なのかな。まさか、わざとではないと思うけど。

 

「おキヌちゃん、ヒーリングをお願……いい!?」

 

「今助けるからね! タマモちゃん!!」

 

 私の目にとんでもない光景が飛び込んできた。

 おキヌちゃんが消火器を持って、私に構えていたのだ。

 

 消化器に注意するでござる!

 

 消化器じゃなくて消火器じゃない!

 心の中でビシッと突っ込みを入れる。

 うん、なかなかいい感じだ。

 横島やシロのボケに、心の中で密かな突っ込みを入れ続けていたら、私の属性は突っ込みに変化した。恥ずかしいので、心の中でしか言わないけど。いずれは美神に負けず劣らずの突っ込みをマスターすることになるだろう。鞭も使えるようになった方がいいのかな?

 

 そんなことを考えているうちに……

 

 ブシュウ!

 

「うきゃあ!」

 

 私は白くなった。

 

 

 

「うう~酷い目にあったわ……」

 

 私はリビングでぐったりとしていた。

 消火器に入っている白い粉のようなものをかけられて、全身が真っ白。

 おキヌちゃんが拭いてくれたけどまだまだ落ちていない。

 それにさっきの騒ぎで台所は無茶苦茶。油揚げがなくなってしまった。

 オキヌちゃんはまたご飯の作り直しをしなくちゃいけないし……とても悪い事をしてしまった。

 ……うう、最悪。

 

「先ほどの占いで、火傷に注意と、消火器に注意と言っていたのが当たったでござるな」

 

 いつのまにか側にいたシロが、満面の笑みでこちらにそんなことを言ってくる。

 あのシロに笑われるなんて、ううう、むかくつむかつく。

 

「……あんたさっき、消火器じゃなくて消化器って言ったでしょ!」

 

「タマモが勝手に勘違いしたのだろう。発音はまったく同じなのだから仕方ないでござるよ」

 

「これは小説なんだからちゃんと違いが分かるのよ!」

 

「それ以上言ったらダメでござる! メタ発言は危険でござる!」

 

「それをあんたが言うの!」

 

 いつもの口喧嘩が始まる。

 一日一回はやっているお約束とも言える行為だ。

 大抵は私が勝って、シロは悔しさに遠吠えをするのが原則だ。馬鹿犬に負ける頭なんてもっていないしね。

 しかし、今回の口喧嘩は押され気味だ。

 どうにも口が回らず、言葉に小気味良さが出てこない。

 

「もういいわ! 今日はもう一度寝る」

 

 起きててもいらいらする事ばっかり。

 さっさと寝るが吉だろうと判断する。

 大体、馬鹿犬の馬鹿声が無ければ私は今頃布団で寝ているはずなのだ。

 乱暴に一歩を踏み出して、

 

「はれ?」

 

 世界が逆転したかと思うと、

 

 ゴチン!

 

 後頭部に激烈な痛みが走る。

 うう~痛いよ。もう、何だっていうの!

 

「バナナを踏んで転んだのでござる……笑いの神が降りてきてるでござるな」

 

 そんな神いらない。

 それならどこぞの覗きの神様のほうがまだましだ。

 

 

 ―――なのね~~なのねーーなのなのね~

 

 

 前言撤回。

 やっぱりどっちも嫌だ。

 

 しかし、さっきから本当についてない。

 しかも、シロが見ていた占い通りのことが怒るのであたしのイライラに拍車を掛ける。

 

「タマモ……大丈夫でござるか? やはり今日の運勢は悪いんでござるな」

 

 からかった様子ではなく、ちょっと心配そうに声を掛けてくるシロ。なんだか調子が狂う。

 

「大丈夫。こんなの偶然よ。どうせチャンネル変えれば別な運勢に決まっているんだから」

 

「そうでござるな!」

 

 シロは勢い良く頷くと、リモコンを操作してテレビを付け、別なチャンネルに局を合わせる。

 ついさっきまで私の不幸を笑っていたとは思えない。

 まったく、馬鹿犬なんだから……もう。

 

 映し出されたテレビの画面内では、ちょうど占いコーナーが始まる所だった。

 

「ふふふ、あなたの一生を決める、闇の占いをはじめましょう……さて、今日のあなたの運勢は……」

 

 妙に雰囲気がある占い番組が始まった。

 黒いローブを纏って顔が見えない女の人がテレビに映し出されて、安そうな水晶に手をかざしている。

 なんだが非常に胡散臭い。だというのに当たりそうな気がする。

 大体、一生を決めるとか言っているのに、今日のあなたの運勢は、なんて言ってる時点で変なんだけど。

 まあともかく、私は新しく始まった占いを見ることにした。

 

 そして、結果は……

 

 今日一日生き延びることを考えましょう。

 

 そんなことを目標にしなければいけないような最悪に素敵な結果だった。

 具体的には怪我や病気に注意とか、赤ちゃんに注意しろとか、刀で切られるとか、銃で撃たれるとか、果てはミサイルに注意なんて占いもあった。

 こんな占いを出した奴は一体何を考えているのやら。

 こんなのあるわけない。あるわけない……よね?

 

「タ、タマモ……気をしっかり持つでござる。拙者がついているでござるよ!」

 

 顔面蒼白なシロが私を勇気付けてくれる。

 本当に鬱陶しい。鬱陶しいけど……まあ、ええと……その……悪い気はしない。この馬鹿犬め。

 

「大丈夫よ! こんな、朝の占いなんて気にすることなんかじゃないんだから!」

 

 私は元気よく席を立ち、右手と右足を前にだして歩き始める。

 右手と右足? あれ?

 

 かすかに手が汗ばんでいるのを感じる。まさか緊張してるの?

 第六感が何かに反応している。

 何!? 今度は何が来るの!?

 

 辺りを警戒していると、すぐ側にあったドアが突然開いた。

 

「きゃん!」

 

 開いてきたドアに、思い切り額を打ちつけ目の前に火花が散る。

 痛たたた……なんなのよ! 本当に!!

 ドアが開いた先を見ると、おキヌちゃんが心配そうにこっちを見ていた。

 

「ごめんなさい! 大丈夫、タマモちゃん」

 

 本当に申し訳なさそうなおキヌちゃん。

 まあ、私の不注意の所為もあったから怒らないけど。

 

「うん。大丈夫よ、おキヌちゃきゃあ!」

 

 またもや天と地がひっくり返った。

 

 ゴチン。

 

 本日二度めの良い音が、私の後頭部と床とのコラボレーションで響き渡る。

 

 う~頭が痛い。だから、なんで私がこんな目に合うのよ!

 それに何でバナナの皮が落ちてるの! 

 ここはキングコングの住処か!? 

 まったく、私はボケじゃなくて突っ込みを専門としているのに! どうしてバナナの皮で滑るなんて、お約束なボケを……って、違うわよ! 怒るポイントはそこじゃないわ!?

 

 お笑いキャラならおいしいと思うのだろうが、あいにく私はお笑いキャラではない。断じて違うのだ。

 まだ痛い後頭部をさすりながら、起き上がろうとすると……

 

 ヴヴヴヴウウ!

 

 妙な音と共に、私は自分の顔に何かがぺったりとはり付いているのを感じた。

 黒くてかてかと光っている「それ」は……ゴキブリと呼ばれる存在だった。

 

「!!」

 

 いきなりの事で私はまったく動けない。

 完全に硬直した私の顔を、ゴキブリはかさかさと動き回る……気持ち悪い!!

 

「シ、シロ。助け……」

 

 情けないことだが、私はシロに助けを求めた。

 うまく体は動かないから、体を揺すって振りほどくことは出来ない。

 手は動くが、いくらなんでも素手でゴキブリを鷲掴みするのは無理だ。

 

「任せるでござる!」

 

 力強く返事をしてくれるシロはとても頼もしく見えた。

 私の中のシロイメージがググッと上昇する。

 馬鹿犬から犬に昇格させてもいいかもしれない。

 

 私がシロを見直している間に、シロは得意そうに霊波刀を作り出し、そして……

 

「死ねぇぇぇぇーーーー!!!」

 

 全力で切りかかってきた。

 

「きゃあああ!!!」

 

 上段に構えた霊波刀を振り下ろしてくる。

 私は体を反らして、霊波刀をなんとか避けた。

 本気で殺す気か!

 

「タマモ! 何故避けるでござる!!」

 

「避けるに決まってんじゃないの!!」

 

 一瞬でもシロに期待した私が馬鹿だった。

 馬鹿犬・改に名称を変更してやる。

 ここはやはりおキヌちゃんだ。

 優しいおキヌちゃんなら、きっと紙かなんかでやさしくゴキブリを包んでくれるだろう。

 

「おキヌちゃん、ゴキブリをとって……えええええ!?」

 

 私のすぐ目の前を白刃が通り過ぎた。

 突如、おキヌちゃんは包丁を持ち出して切りかかってきたのだ。

 怖い! 普段が優しいだけにものすごく怖い!!

 というか包丁は本気でやめて! ギャグ属性すら殺す禁断の属性持ちなのに。

 

「おキヌちゃん、やめて! どうしちゃったの!? なんで、こんな!!」

 

「世界は崩壊の危機に直面してるの! お願いタマモちゃん、逃げないで!!」

 

「分かんない……分かんないよ、おキヌちゃん!!」

 

 一体おキヌちゃんはどうしてしまったんだろう。

 確かに少し天然なところはあったけど、間違いなく良識を持った人間だったはずだったのに。

 この事務所の空気に呑まれちゃったのかもしれない。

 

 おキヌちゃんとシロの気勢に押されたか、ゴキブリは激しく私の体を動き回る。

 いや~気持ち悪いよう。あんたも怖いならさっさと飛んで逃げなさいよ!

 

「タマモ、逃げちゃダメでござる!!」

 

「タマモちゃん。避けちゃダメ!」

 

「騒がしいわよ! あんた達!!」

 

 不機嫌だと一目でわかる顔で美神が起きてきた。

 寝起きで髪のセットなんてしてないのか、髪はかなりぼさぼさだ。横島や西条あたりが見たら泣くかもしれない。

 でも、今の私から見れば美神の不機嫌な顔も天使のように見えた。

 何故か、おキヌちゃんが顔を青くしてるのは気になるけど。

 

「美神さん! 助けて!」

 

 『あの』美神ならきっと私を助けてくれる。

 きっとゴキブリなんて素手で握り潰して食べてしまうに違いない。

 私にとって美神はそういう人間だった。

 ゴキブリを顔に貼り付けたまま、美神に向かって走り出す。

 

「止まりなさい!!タマモ!!」

 

 それは命令。

 圧倒的な圧力を持った命令だった。

 

 さ、さすが世界最高の霊能力者ね……

 信じられないほどの『力』が言葉に乗せられているわ。

 

「大丈夫! 言いたいことは分かってるわ。すぐそいつを○○してさらに×××、最後には△△△△してやるから」

 

 何!? 今のどういう意味!!

 放送禁止ワード!?

 

 美神は懐から何か黒光りするものを取り出す。

 あれは……ジャンボガン!

 戦車を一撃で吹き飛ばすほど威力をもった破壊銃!

 まさか、美神に某猫型ロボットと繋がりがあったなんて!? 未来と繋がりでもあるの!?

 

「ダァ~イ」

 

 そして美神は、どこか逝っちゃったイカレタ笑顔で、私に死の宣告を言いながら……

 

 その引き金を引いて、

 

 ギャアーーーー!!!

 

 体を貫かれた痛みの絶叫があたりに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

「冗談じゃないわよ! 本当に!!」

 

「うっ……悪かったわよ」

 

「悪かったわよ……で済むなら警察は要らないのよ!!」

 

「大丈夫よ、警察署長の弱みはしっかりと握っているわ!」

 

「そういう問題じゃな~い!!」

 

 なんとか銃弾を避けた私は、当然のように美神を怒鳴りつけていた。

 いきなり銃を撃ってきたのだから当然だ。

 美神もさすがに悪かったと思っているのか、バツが悪そうにしている。

 

 ちなみに、ゴキブリはコロリと死んでしまった。

 死因はショック死。

 世界最高のGSの、殺気混じりの霊波をまともに浴びたのだ。

 ひとたまりも無かっただろう。

 

「でも良かったです」

 

 にこにこ笑いながらおキヌちゃんがそんなことを言ってきた。

 

「何が良いの、おキヌちゃん!?」

 

「前に美神さんがゴキブリを見たとき、ミサイルの出前を頼んだことがあったんです。今回は銃を撃っただけですんで良かったです」

 

 朗らかな笑みを浮かべながらおキヌちゃんはそんなことを言った。

 

 ミサイルって……びゅ~んって飛んできてどか~んってなるやつだっけ?

 あははは、ミサイルって出前取れたんだ。

 知らなかったな~って、んなわけないでしょ! ビシッ!(←タマモ、心の突っ込み)

 うん、やっぱり美神除霊事務所は突っ込みの練習に最適……じゃな~い!!

 私が美神の所で生活しているのって確か、人間世界の常識を身に付ける為だったよね!

 間違っても突っ込みを覚えるためじゃないよね!? というか美神って本当に人間の常識を知ってるのかな!? 知ってても実践しているのかな!?

 うう、激しく自分の将来に不安を感じるわ。

 

 そうそう。

 さっきのギャアー! って叫び声は人口幽霊一号だから。

 家に大穴を開けられて、彼も可哀想に。後で魔法の薬オロナインを塗ってあげよ。

 

 とにかく、余りにも運が悪い。

 起きて一時間もしないうちに切られかけ、撃たれた。占い通りに。

 どうしよう……あの占い本当なんだ。

 

「タマモ~見るでござるよ」

 

 馬鹿犬・改が占い番組を見ろと言う。

 もう、見たくないのに……

 

「最悪の運勢になった貴方のラッキーアイテムは……」

 

 ラッキーアイテム!

 そうだ、たいていの占いでは不幸を避けるための幸運のアイテムがあるんだった。

 お願い、何か良いアイテムを教えて。

 

「今日のラッキーアイテムは……処女の生き血……!」

 

 うん、分かった。処女の生き血ね。

 さあて、何処に売っているのかな~って違~う!

 そんなの売っている所なんてあるわけないでしょ!

 あったとしても、絶対にその店つぶれる……というか捕まっちゃうでしょ!

 

 それ以前に、基本的に占いって女の子向けだよね!

 なんでこんな呪いの道具に使えそうなものをラッキーアイテムにするの!

 だいたい処女の生血なんてこの体にたっぷりと流れているわよ!

 

「タマモ……拙者の血、少しぐらいなら分けても……」

 

「タマモちゃん、私の血もたくさん持っていて」

 

「……気持ちだけ貰っておくわ」

 

 二人の優しさと天然のボケを丁重にお断りする。

 やはり、この二人はどこかずれている。

 いや、この事務所でずれていない奴なんか、私を除いていないのだけど。

 

美神はじっとテレビを見つめていた。睨んでいると言ってもいい。

今の占いに何か感じたのだろうか?

 

「この占いは日本有数の霊能力者である、小笠原エミさんの協力でお送りいたしております」

 

 ……小笠原エミ?

 

 どこかで聞いたことがあるような……無いような……う~ん……あっ!

 確か美神に匹敵するぐらいの底意地が悪くて、実力もあるGSじゃなかったっけ。

 横島も確か、美神の1.25倍(当社比)恐ろしいとかなんとか言ってたような気がする。

 

 その時点で、もう私の中の小笠原エミという人物は人類規格外存在だ。

 世界は広いと実感させられる。例え、私が全盛期の力を取り戻しても、絶対に人間と事を構えるなんてしないわ。

 しかし、日本屈指の霊能力者がこんな占い番組に協力しているとは。

 この占いの信憑性が思いっきり増してしまった。

 

 本当に今日一日不幸続きなのかな……

 

 心が鉛のように重くなる。

 まだ一日始まったばかりなのに

 

「タマモ、どうやらまだラッキーアイテムがあるようでござる!」

 

 弾かれたように顔を上げて私はテレビに見入った。

 今度こそ、まともなアイテムであることを信じて。

 

「ラッキーアイテムは……赤いバンダナ!!」

 

「赤い……」

「バンダナでござるか……」

「それって……」

 

 美神とオキヌちゃんとシロが声を上げ、何かを思い浮かべている。

 そういう私も、とある人物のことを思い浮かべる。

 きっと全員が同じ人物を思い浮かべていることだろう。

 

 この美神除霊事務のお笑い担当のセクハラ小僧。

 その頭に巻かれた彼のトレードマークである赤いバンダナ。

 

 う~ん……そうね。

 行動は早いほうがいいよね。

 

「それじゃ、私は行ってくるね」

 

 私の不幸を取り除くために、赤いバンダナを手に入れようと行動しなければ。

 確か今日は学校に行くと言っていたはず。

 でも、まだ朝早いから自分の部屋で寝ているだろう。どうせ遅刻寸前で駈けだすタイプだろうし。

 席を立ち、玄関に足を伸ばす。

 

「待つでござる! タマモ、いったい何処に行こうとしているのでござる!!」

 

「何処って……赤いバンダナの所よ」

 

「それは先生の所でござろう!!」

 

「……まあ、結果的にそうなるかもね」

 

「ダメでござる! ダメでござるー!」

 

 さっきまで馬鹿なりに私の身を案じていたのに……

 ふう、女の友情の儚さを感じるわ。

 

「シロ、あんた私がどうなってもいいってわけ?」

 

「それは~それは~!」

 

 悩んでる。

 きっと、男と女の友情を秤にかけてるのね。

 がんばれシロ。負けるなシロ。

 

 シロがぷすぷすと頭から煙を出し始めていたが、そのとき沈黙していた美神がその口を開いた。

 

「……私が赤いバンダナ買ってあげるわよ」

 

「えっ!」

 

 反射的に声が出てしまった。

 あの美神が、私に、プレゼントを?

 私は……いや、私だけでなくおキヌちゃんとシロも不審そうに美神の顔を覗き込む。

 

「な、なによ! 私がプレゼントなんてしちゃおかしいの!?」

 

「おかしいです」

「おかしいでござる」

「おかしいわ」

 

 見事に声が揃ったものだ。今、私たちの心は一つになっている。

 一糸乱れない私たちの言葉に、さしものの美神も心にダメージを負ったようだ。

 というか、おキヌちゃんの素直な一言が心にグサリと来たんだと思う。何だか今日のおキヌちゃんは黒い。

 美神は、最近部下が冷たくて……なんて電話に向かってぶつぶつ言っている。

 

 おー人事。おー人事

 

 でもどうしよう。

 これで美神がバンダナを買ってくれたら横島に会いに行く理由がなくなってしまう。

 

 困ったなあ……って、まって、いや、その、別に横島に会いたいわけじゃないんだからね!

 あっ……ちょっとまった! これじゃあ巷で話題のツンデレじゃない! ぜんぜん違うんだから……って、私は誰に説明してるのーー!?

 

 私はいつからボケもこなせる妖孤になったのだろう。

 クラスチェンジでもしてしまったのか。九尾ではなく、十尾にでもなったか。

 心の中で一人漫才を楽しんでいた私に、テレビから新たな言葉が飛び込んでくる。

 

「……できれば身近な人が身につけているバンダナが良いでしょう」

 

 グットタイミング!!

 これで私は横島のバンダナでなければダメになった。

 三人は恨めしそうにテレビを睨んでいる。

 

「と、言うわけで私はちょっと出てくるね」

 

 それだけ言うと、踵を返して玄関に向かって走り出す。

 なにやら後ろのほうで騒いでいるが気にしない。

 

 私は玄関を開けて、思いっきり外に飛び出して、

 

 ドン!

 

「きゃっ!」

 

「あらあら、タマモちゃん。大丈夫?」

 

「あーうー」

 

 誰かにぶつかった。

 美智恵とひのめだ。

 相変わらず、美神の母とは思えないほど若くて、大人の色気をムンムンと出している。

 ひのめも私のほうを見て、きゃっきゃっと笑っている。

 こういう時はとっても可愛いんだけど……遊び相手だけにはなりたくないものね。

 

「どうしたの、こんな朝早くに?」

 

「んーちょっと横島の所に……」

 

「あらあら、積極的ね」

 

 なんだか美智恵はにやにやとこちらを見て笑ってる。

 別に悪意は感じないのに不快な笑みだ。一体、なんだろう。

 

「それじゃあ、ひのめの世話はシロちゃんに頼みましょうか」

 

 よし! 赤ん坊の災厄はきっとこれで避けたわ。

 後はシロにがんばってもらおう。シロ、死なないでね。

 

「それじゃあね、ひのめ。シロとたっぷり遊んであげなさい」

 

「あーうー」

 

 ぺた。

 

 そして私は横島が住んでいるアパートに向かった。

 

 

 

「横島さんならいらっしゃりませんよ。もう学校に行ってます」

 

「なんで!?」

 

 ようやく着いたと思ったら居ないときた。本当に運がない。

 まだ朝早いのに。こんな時間に学校に行くほど、横島は模範生だったのか。

 

「何でも今日学校に行かないと卒業できなくなるらしくて……先生へのご機嫌取りのために早く学校に行ったみたいです」

 

 くっ、なんて事なの。

 普段しっかり勉強していないからこうなるのよ。

 しかし、この幸薄そうな娘ずいぶん胸が大きいわね。

 隣にいるのは貧乏神かしら……流石横島の隣人。普通じゃないわ。類は友を呼ぶって奴ね。

 ふう。何だか気が抜けて疲れちゃった。

 

 ぐう~

 

 お腹が何か食べたいと催促してくる。

 なにも食べずに出てきちゃったから、仕方ないのよ。

 

「嬢ちゃん。腹減らしてるやろ。これを食ったらどうや」

 

 隣に居た貧乏神が私に何か差し出した。何か妙なにおいがするけど食べ物のようだ。

 貧乏神に恵まれるというのはプライドに響くが背に腹は変えられない。腹が減っては戦はできずという諺もある。

 何かいやな予感がするが、私の鼻が毒物ではないと判断したので、それを食べることにした。

 

「ダ、ダメ!」

 

 胸の大きな女性が焦ったように大声を出した。

 だが、そのときにはもう口の中に入れてしまっていたのだ。

 はむはむ。

 私はハンバーガーを噛み締める。

 すると、今まで感じたことがないような不思議な感覚に襲われた。

 

 体がふわふわする。地に足が着かない。

 魂が肉体という牢獄を離れ、永遠の自由を手に入れた。

 大いなる荘厳な音楽が天上の世界から聞こえてくる。

 

 気がつけば私の周りには天使たちがいた。

 

――逝こう

―――――――逝こう

 

 天使たちが私に語りかけてくる。

 

 逝って……来ます……

 

「逝っちゃダメーーーー!!!」

 

 

 

 

「冗談じゃないわよ!!」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

「おかしいな~今度こそはと思ったんやけど……」

 

 私は……生き延びた。いや、ここは逃げ延びたと言おう。

 正直かなりやばかったと思う。

 天国の門に入る瞬間になんとか正気を取り戻し、元の世界に戻ろうとした私を、天使とか言う連中が追いかけてきたのだ。

 天罰覿面、天罰覿面と叫びながら聖書の角で殴りかかってきた天使達の顔を、私は生涯忘れないだろう。

 

「それで……今度はどんな材料を使ったの、貧ちゃん」

 

「基本はチーズ餡しめさばバーガーなんやけどな、ポーションとかいうのをしこんでみたんや。回復薬らしいからきっとうまくなると思うたんやけど……」

 

 駄目。

 あれだけは駄目。

 何であんな毒汁を……

 

「いや、ポーションがやばいって事は知っていたんやがな」

 

 確信犯!?

 まさか、確信犯なの!!

 

「マイナスにマイナスかけたらプラスになるかと思うて」

 

「貧ちゃん……料理は数学じゃないのよ。料理は金……じゃなくて愛よ!」

 

 胸の大きな女子高生が料理とはなんたらかんたら言い始めたけど、私にはまったく興味なし。

 もう、ぐずぐずなんてしていられなかった。

 早くしなければ本当に死んでしまう。

 私の足は自然と早くなって学校へと向かう。

 しかし、目の前には大量のバナナの皮と、転びそうになる金魚売りの姿が道いっぱいに広がっていた―――

 

 

 

 

「やっ、やっと着いた……」

 

 私はようやく横島の学校に着いた。

 ここまで来るのに、聞くも涙、語るも涙の艱難辛苦の物語があったのだが、長くなるので割合する。

 

 ここが学校ってところか。

 なんだか大きいところね。だいだらぼっちでもいるのかしら。

 それに何と言うか、盛りのついた雄の匂いに満ち満ちているわ。

 

 とにかく横島の匂いを辿っていけば辿りつけるだろう。

 私は横島の匂いを嗅ぎながら学校とやらの中に入った。

 

 うん、この教室ね。

 横島の匂いがするわ。それに人間じゃない匂いも混じってる。

 多分妖怪がいるわね。それも数種類。さすが横島のクラス。普通じゃないわ。

 

「おじゃましま~す」

 

 扉を開け、教室内に入る。私が来たことにより周りがずいぶん騒がしくなった。

 男たちが物凄い視線を向けてくる。ふふん、成熟して無くても傾国の美女の面目躍如って所かしら。

 

 横島は席について目を丸くして私を見ている。

 へえ~学生服の横島ってのもなんだか新鮮ねえ~

 こうやって改めてみると、結構普通の高校生だ。

 

「何しに来たんだよ、タマモ」

 

 むっ、何しに来たんだよとはずいぶんなご挨拶ね。

 こんな美少女が尋ねてきたんだから、そんな無愛想に対応しないでほしいわ。

 まあ変に愛想良く応対されても不気味だけれどね。

 とにかく、用件を果たそう。

 

「私は横島に会いに……」

 

 あ、違う違う。

 私は横島のバンダナを受け取りに来たんだった。

 なんだか今日はうっかりが多い。

 クールな私にうっかり属性なんて似合わないと思うけど、これはこれで新鮮なような……まあ、そんなことはどうでもいいか。

 早く、横島にバンダナを貰わないと……って、何! この怨念のような鬼気は!

 横島に向かって信じられないぐらいの殺気が向けられてる!!

 

「お、お前ら落ち着け! バイト先の同僚なだけだ!!」

 

「そのバイト先の同僚がなんでこんなところにくるんだ!!」

 

 横島の同級生達が騒ぎ立てる。何を勘違いしているのやら。

 しかし、さっきから女子の視線が痛い気がする。なんでだろう?

 

「知るかボケ! おいタマモ、一体なんで学校にきたんだ!」

 

「え~と……私ちょっと運が悪くて、赤いバンダナがラッキーアイテムらしいから」

 

「それで、俺のバンダナを取りに来たってわけか」

 

 なんだか横島はとっても疲れた顔をしている。

 いや……確かに運が悪いからって学校まで来れば疲れた顔もするかもしれない。

 でも、本当についてなかったのだからしょうがないのだと、私は自分を納得させた。

 

「そういうわけで、バンダナちょうだい」

 

「……ほらよ」

 

 横島は意外とあっさりと、私にバンダナを渡した。

 なんだろう。もう少し波乱があると思ってたのに

 一応、これで私の目的は達成されたわけだけど……なんか落ち着かないなあ。

 そうだ。

 

「ねえ、私も学校に居て良いかな」

 

「はあっ! 何でだよ!!」

 

 そこで聞き返してくるなんて……あ~もう、何で迷惑そうな顔をしてるのよ!

 まったく……どう答えよう。

 あれ? そもそも私は何で学校にいたいなんて言ったの?

 ……私に向けられる女子の視線がより一層強くなった気がするし。

 

 うわわ、何だか辺りの空気が可笑しい。

 早く何か言わないと!

 

「その……あんたと一緒なら私の不運も受け持ってくれそうじゃない」

 

「アホかー!! 俺は身代わり人形じゃないぞー!!」

 

「何よ! いっつも美神さんの身代わりになってるじゃない!」

 

「あれは、美神さんが勝手にやってることなんだよ!」

 

 この男は、そんなに私と一緒に居たくないのか!

 思わずそう言葉にしそうになって、必死に口をつぐむ。

 

「ふん、分かったわよ。私一人で不運なんて撃退してやるわ……後であんたの秘密にしているコレクション、美神さんに報告してやるから!」

 

 そう言ってやって踵を返す。

 ふん。こんな薄情男なんて、後で美神に折檻されればいいのだ。

 

「ちょっと待てやタマモ! 俺のコレクションのどれを……っ!? あ、待て。お前に尻に――――」

 

 言い訳を聞く耳なんて持つものか。

 暴力的に引き戸を開けて、私は全てを睨みつけながら、のっしのっしと学校を後にした。

 

 う~むかつく、むかつく、むかつく!

 

 消えない苛立ちを足に込めて、当ても無く町を歩きまわる。周りの人間が妙に幸せに見えて面白くない。

 何がこんなに腹立たしいのか、自分にも理解できないのがもどかしくて、それがまた苛立たしさを助長する。

 

 いつのまにか、公園に来ていた。

 近くにあったベンチに乱暴に腰掛ける。

 

 ぬちゃ!

 

 そんな嫌な音が、お尻から聞こえてきた。

 いや、まさか。いくらなんでもそんなベタなお約束があるわけ――――

 

 注意! ペンキ、塗り替え直後!!

 

 ――――あったよ~~!?

 

 うーベンチまで私を馬鹿にしてる!

 

 何が幸運のアイテムよ。

 このバンダナ燃やしてやろうか……そんな物騒な考えまで浮かんでくる。

 ……そんなことしないけど。

 く、どうしてこんなにイライラしなくちゃいけないのよ。

 

「お嬢ちゃん、機嫌が悪そうな顔してるね。どうだい、おみくじでも。ただで構わないよ」

 

 いきなり声を掛けられる。

 声のした方には、気弱そうなおじさんがいた。

 横にはおみくじの屋台がある。

 

 きっとリストラを受けて、占い師として第二の人生を歩もうとでもしているのかもしれない。

 でも、このおじさんはあまりに影が薄すぎて、濃いメンバーが集まるこの業界ではやっていけないだろうけど。

 

 うん、おみくじか。

 今日は正直、占い関係はまっぴらごめんなんだけど……ただっていうのは良いわね!

 お金お金のこの時代に、ただっていうのは心惹かれるものがあるわ。

 

「ふん。じゃあ、引かせてもらうわ」

 

 おみくじを引いた。どうせ凶が出る、とは思わない。

 ここまで運が悪かったのだ。いいかげん悪いことはもう続かないのではないわよね。

 そろそろと私の運勢が書いてある、包まっている紙を解いていく。

 おそるおそる見ると、そこには……

 

 災い―――

 

 ぐしゃり。

 

 いきなり災厄の言葉が出てきたので、思わず握りつぶしてしまった。続く言葉が何だったのかは分からないが、きっと碌なものではないだろう。

 まだしばらく私の災厄は続くようだ。

 

「あれ? おかしいな、悪いおみくじなんて入れてないのに……」

 

 そんな無責任な戯言を言いながら、おじさんが頭を捻っている。胸の中で、黒い炎が燃え上がる。

 化かしてやるか。女の幻でも見せて、街中でストリップでもさせてやれば、さぞ面白そうだ。うん、そうしよう。

 自分でも酷薄な笑みを浮かべていると理解しながら、手を伸ばして幻術を使おうとして、

 

「あっ……」

 

 手に巻いてある、赤いバンダナの姿が目に入る。黒い炎が、小さくなっていった。

 ……はあっ。やめやめ。こんな冴えないおじさんに幻術かけるほど、私は子供じゃないわよ、まったく。

 

 心が重い私は何の目的もなく、幽鬼のように公園内をさまよい歩く。

 ほんと、さっきから私は何をやっているのかしら。

 

「は……れ?」

 

 ぼけっと歩いていたら、急に天と地がひっくり返った。

 憎々しいぐらいに綺麗な青空が一瞬見えて……

 

「きゃっ!!」

 

 目の前で星が飛び散る。

 後頭部に走る、鈍い痛み。

 どうやら今度は空き缶を踏んづけて転んでしまったようだ。

 

 もう何回目かな……いい加減にしてよ!

 

 踏んづけた空き缶を思い切り蹴り飛ばしてやる。

 空き缶は天高く舞い上がり、曲線をひきながら地面に向かう。

 そして……

 

「あいてえ!!」

 

「だいじょぶですか、アニキ~」

 

 変な人に空き缶が当たった。

 変な三人組が、妙に長いズボンを引きずって近づいてくる。

 ひょっとしたらこの展開って……

 

「慰謝料払ってもらうぞアホンダラ!」

 

 うわ~なんてお約束な連中なの。

 今時リーゼントなんて……これはひょっとして天然記念物として保護すべき生物かも。

 しかも普通の体系とガリガリとふとっちょの三人組だ。

 狙ってやってんじゃない?

 

「さっさと慰謝料、一兆億円払ってもらおうか!! もしないなら、その体で払ってもらうぞ……ぐっふっふ」

 

「アニキ~鬼畜っす!!」

 

「アニキ~ロリコンっす!!」

 

「ぐふ、そんなに褒めるな」

 

 不良じゃなくて変態だった。しかも、こいつらバカなんだ。

 でも、バカとハサミ使いようって言うじゃない?

 普通ならこんなやつら相手にしないけど、今だけは別ね。

 鬱憤晴らしに付き合ってもらおう。

 

「はっ! 寝言は寝てから言ってよね!! ステレオタイプの馬鹿」

 

 あは、おもしろい。これだけのことで梅干もびっくりするぐらい真っ赤になってる。

 

「ふっ、俺を本気にさせるとは……伝統のステレオタイプを馬鹿にするとは許せん!」

 

 え、そっちに怒ってんの?

 お約束を大事にする、伝統ある人だったのか。これは悪い事をしたのかもしれない。

 

「線等印 江井! 選党院 美胃! 仕掛けるぞ!!」

 

「「合点承知の助!!」」

 

 うん。こいつらのキャラが分からない。分かる必要もないけど。

 どうせこの世界に良くいる、もの凄く特徴があるけど一話で消える脇役に過ぎない。

 今度はきちんとした正当防衛! さあ、こんがりと焼いてあげるわ!!

 

「食らいなさい! 狐火!!」

 

 ぷすん……

 

「えっ?」

 

 狐火が出ない。

 

 なんで……どうして!?

 必死に霊力を練り上げ、狐火を作ろうとしても、どうしてか狐火が作れない。

 そうこうしている間に、

 

「きゃあ!」

 

 のっぽでガリガリの奴に抱きかかえられてしまう。

 

「こ、こら! 放しなさい!!」

 

「ぐふふ! 美少女ゲットだぜ!!」

 

「さすがっす!目指せ151匹っす!」

 

「今はもっと多いらしいがな」

 

「よし、草むらに運ぶぞ!」

 

 え……ちょっと……なんなの! だから、放しなさいよ!!

 ふとっちょとがりがりに、手と足をぎっちり捕まれて、全然身動きが出来ない。

 

「いくら暴れても無駄だぞ! 線等印 江井の握力は67キロもあるからな」

 

 中途半端に凄い!

 微妙にリアルな数字が何か悲しいわ。どうせならきりの良い数で、65か70ぐらいにサバを読めばいいのに。

 なんとなく、そんな事を考える。ああ、ツッコミ体質が恨めしいわ。

 

 そんな、ちょびっとお馬鹿な事を考えている間に、人気のない茂みにつれこまれてしまう。

 手足はがっちり押さえられて動けない。

 

「ぐふふ、脱がしてやる。その白い純白ソックスを脱がして、隅々まで嗅いでやるぞ!」

 

 汚い手が私に近づいてくる。狐火は出せない。誰もいない。

 え、ちょっと……シャレにならないんだけど。このままじゃ本当に……やだ!!

 助けて! 横島!!

 

「ヨコシマンキッーク!!」

 

 突如、目の前にいたリーダー格の男が吹き飛ぶ。取り巻きの二人は、私を放して慌ててリーダーに駆け寄った。

 私を助けてくれたのは……うん、別に期待してたわけじゃなかったけど、予想通りだった。

 学生服で、上履きのままで、珍しくバンダナをしていない高校生――――横島がそこにいた。

 

「よ、よこ「貴様は!!」」」

 

 変態達の声で、私の震える声が遮られた。

 本気で空気を読んでほしい。普通、こういう場面ってヒロインとヒーローの語り合いが先に来ると思うんだけど。

 変態達は横島をじっと睨み続けている。

 

「道行く全てのお姉さんに声を掛けて、全てに振られ」

「警察に職務質問されること数知れず」

「不毛なナンパを繰り返す変態の星」

 

「超絶変態横島! 何故、貴様がここにいる」

 

「黙らんかー! いくら俺でもお前らみたいな変態に言われとうないわいー!」

 

「貴様こそ黙れ! 俺達はただ少女の匂いと靴下の臭いのギャップにエクスタシーを感じるだけだ。貴様のように乳や尻に欲情するような変態とは違うのだよ」

 

 変態共が、お互いに『アイツとは違うんだよ!』と言い合う。

 なんというか、凄く醜い言い争いね。第三者からすると、どっちもどっちだと言いたくなる。

 

「ええい、鬱陶しいわ! いい加減に、消えろやー! 文珠ー!!」

 

 横島が『爆』と刻まれた文珠を投げつけて、大爆発を起こす。

 爆発を食らって、変態三人組は「アイシャルリターン!!」と言いながら空へと旅立つ。

 また、どこか別な話で出てきたりするのかもしれない。その時は、おキヌちゃん辺りに絡んでもらえば需要があるかも。シロは駄目ね、健康的な感じでエロティックの欠片も無いし。美神は……ノーコメントで。

 

 そういえば、脇役の名前が分かって親分の名前が分からないってのは珍しいかもしれない。

 そんなどうでも良い所に突っ込みを入れてしまうのが、ツッコミを極めんとする私らしいと感じてしまう。

 

「あ~えらい目にあった。タマモもあんなやつら相手になんやってんだよ」

 

 迷惑そうな顔をして、横島が文句を言ってくる。

 

 うるさいわね。こっちにも都合があるのよ!

 

 そんな風に言い返してやろうと思って、出来なかった。

 喉も震えて、上手声が出ないし、心臓もバクバクしてる。

 立ち上がろうとしても、足が勝手に震えて立ち上がれない。

 

 何で、と思ったけど、答えは簡単だった。

 

 平気な顔をしていた。心の中でも、余裕のあるツッコミをしていた。

 九尾の狐としてのプライドが、私を気丈にさせてくれていたのだ。

 だけど、でも、本当は。とても、とても……

 

「え~と……タマモ、大丈夫か? まさか怖かったとか!」

 

 全然危機感が感じられない横島の顔を見て、私の感情は爆発した。

 

「大丈夫じゃないわよ! 変なのには絡まれるし、今日の運勢は最悪だし、あんたは優しくないし、変なものは食べちゃうし、狐火はでないし!!

 怖かったわよ! とても怖かった!! 悪い!? 九尾の狐が怖がって可笑しい!?」

 

 感情が止められない。

 怒りと嬉しさと戸惑いと寂しさと。

 その他もろもろの感情が堰を切ったかのように溢れ出した。

 横島の胸をポカポカと叩く。いや、実際はドカドカと叩いたと思う。

 こんな文句は理不尽だ。もう少し冷静にならないと。

 心のどこかで、そんな声が響くけど、駄目だった。言いたい事、全部を横島にぶつけたかった。

 

 ぶつけて、ぶつけて、ぶつけて……横島は全部受け止めてくれた。

 しばらくして、ようやく少し落ち着いたみたい。

 

「落ち着いたか?」

 

 何だか優しげな声の横島に、コクンと頷いてしまう。

 うう~こんな優しい声だすなんてずるいよぅ……

 

「狐火が出ない原因はこれだな」

 

 横島はそういって私に近づいてきて……

 

 さわさわ。

 

 お尻をさわってきた。

 

「きゃああああ!!!」

 

「ぐへっ!」

 

「な、なに考えてるの、横島!!」

 

 いきなりセクハラを働いてくるとは夢にも思っていなかった。

 ついにロリコンに目覚めたのかな?

 

「違うぞ! お前にこれが貼ってあったんだよ」

 

 そう言って横島が私に差し出したのは、ペンキに塗れた発火封じと書かれたお札だった。

 なるほど、確かにこの札が貼って合ったのなら狐火が出せないわけだ。

 多分、出るときにひのめに貼られたのね、赤ん坊に注意か、当たっちゃったわ。

 

「まったく、こんなことに気づかんなんて……」

 

 横島が呆れた目でこちらを見てる。

 

 くやしい。

 本当に今日の私はなにやってるの。

 やだ……何で涙なんて出てくるのよ……ばかぁ。

 

「う……ま、まあ普通に考えて、運が悪いってだけで守ってやれるかっつーの。俺だって忙しいんだからな。それにお前なら、大抵のことなら自分でなんとかすると思ったんだよ。ただ、お前に発火封じの札が張ってあるのを気付いたから、万が一を考えて見にきたんだ……だから……あ~~」

 

 横島は理路整然と答えてきた。

 横島の言っていることを反芻して、ようやく私の頭に冷静さが戻ってくる。

 確かに「私、今日は運が悪いの。守って!」なんて言って助けてくれる人間なんてそうそういないだろう。

 向こうにだって色々予定があるのだから当然だ。

 特に横島は卒業がかかった大事なときなのだから。

 でも、横島はそんな大変な中、私の万が一を心配してここまで来てくれたのだ。上履きのままで、息を切らして。

 

「あううぅ!」

 

 恥ずかしい、嬉しい、情けない。

 顔がものすごく熱い。顔を上に上げられない。横島の顔が見られない。

 

「つーか、幻術使えばよかったと思うんだが……」

 

 幻術!

 そう、私には幻術があったじゃない!

 なんで私はそのことに気づかなかったの!?

 うう、今日の私は本当にどうかしてるわ。

 

「……発火封じのお札も取ったんだからもう大丈夫だろ。俺は学校に戻るからな……念のため文珠も渡しておくぞ」

 

 横島は私の手に文珠を握らせると、踵を返して学校に戻ろうとする。

 うん……仕方ないよね。

 これだけ私のことを見守ってくれただけで十分。これ以上迷惑かけたくない。

 もっと私自身しっかりしなくちゃ。

 でも、最後に……

 

「横島……助けてくれてありがとう。本当に嬉しかったから……」

 

 今、私はきっとトマトのように赤い顔をしているだろう。あまり見られたい顔ではない。

 でも、お礼を言わなくちゃ。

 私は自分でも少し震えていると分かる声で、小さく「ありがとう」と言った。

 

「っ!」

 

 あれ、どうしたんだろ。

 私の顔を見て、横島は固まってしまった。

 あ~とか、う~とか唸りながら頭を掻く。

 どうしたのかな?

 

 横島はしばらく頭を抱え、何やら悶々としていた。

 でも、なんだか覚悟を決めたみたいで、決意に満ちた目で見て鞄を目の前に差し出してくる。

 

「鞄の中にはいったらどうだ」

 

 どういう意味だろう。

 なんで私が横島の鞄に入らなければいけないの?

 

「鞄の中で大人しくしてるんなら、守ってやらんわけでもない……」

 

 横島は頬をぽりぽりとかいて、若干恥ずかしそうにそんなことを言ってきた。

 

 ははぁ~ん、なるほど。やっぱり女の武器は強力ってわけか。

 なんだかとっても嬉しい。いつもは横島の顔なんて馬鹿顔に見えたけど、今は可愛く見える。

 それに、私の胸もポカポカして暖かくて、とても心地いい。とても幸せ、かも。

 

 でも、このまま横島の言うとおりじゃ面白くないじゃない。

 私は姿を狐へと変えると、鞄ではなく、横島の学生服の中へ入り込んだ。

 あっ、驚いてる驚いてる……えへへ。そうそう、もっと驚きなさい。

 

「な、何してんだ、タマモ!?」

 

「どうせ入るんならこっちのほうが良いわ。横島もこっちのほうが暖かくていいでしょ」

 

 横島の服の中はちょっと窮屈だけど、なんだかとても落ち着く。

 まったく、妙なフェロモンでも出しているんじゃないでしょうね。

 

「だ、駄目だ駄目だ駄目だ!」

 

 拒絶しているみたいだけど……ふふ、口ではそんなこと言っても、心臓はドキドキと早く動いているわよ。

 さあ、九尾の狐の力を思い知りなさい!

 

「きゅ~ん」

 

 どうする~アイ○ル~

 

 今流行りCMでやっていた動作を真似る。

 あ、でもあれって確か犬だったような……まあ気にしない気にしない。

 

「ぐ、ぐおーーー!俺に獣娘属性はないんじゃ~!!」

 

 な、なんだか変な悶えかたをしてる……

 今の私は狐形態なんだけど……まさかこれでもOKなんていわないでしょうね。

 ああ、でもやっぱりこいつと居ると楽しいわ。

 そして、シロもおキヌちゃんも美神もいたらもっと楽しい。

 孤高に生きるのが狐なら、私は駄目な狐になっちゃったかもしれない。けど、面白さに勝るものなんてないのだ。

 

 ぐう~

 

 う~こんな時にお腹がなるなんて~

 心の中で結構恥ずかしくてクサイ台詞を言ってたのに。

 結構大きな音がしたから横島にも聞こえちゃってるみたい。

 うう、恥ずかしい……

 

「食うか? 油揚げ。油揚げだけだからな。他のは食うなよ! 絶対食うなよ!!」

 

 横島は鞄の中からお弁当箱を取り出す。お弁当箱からはおいしそうな匂いとおキヌちゃんの匂い。

 オキヌちゃんの手作り弁当だ。

 一体いつの間にお弁当なんて渡したのかな。意外とおキヌちゃんって素早いのかもしれない。

 

 横島はお弁当の中から油揚げを取り出して、私の眼前に差し出した。

 人間の手から直接食べるなんて狐らしくない気がするけど……まあ仕方ないよね。

 腹が減っては、戦はできないのよ。

 横島の持っていた油揚げにぱくりと噛み付く。ついでにウインナーもいただく。

 

「こらー! 絶対に食うなって言っただろうがー!」

 

 うんうん、分かってるわ。

 芸人の『絶対やめろ』は振りって奴なんでしょ。

 私も人間の文化に溶け込めたものね。

 

 う~ん、それにしてもやっぱり油揚げは美味しい!

 五臓六腑に染み渡るわ……なんだか親父くさいかも。

 でも良かった。今日は一日何にも食べてなかったからお腹が空いてたのよね。

 チーズなんとかってやつは食べ物じゃなかったし。

 

 妖力もどんどん回復していく。

 回復していく。

 回復して……

 

 ポン!

 

 何が起こったのか分からなかった。

 ビックリした横島の顔が目の前にある。

 横島の息が私の唇に吹きかかる。

 強い横島の匂い。

 

 さらに、とても……

 

「痛い、痛い~!」

 

「どわ~! 何で人型になるんじゃあ~!!」

 

 今の私と横島の状況を簡単に説明すると、学生服に二人入っている状態。

 しかも向かい合わせだ。ほんの少し唇を突き出せばキスしほうだい。

 ……どんなバカップルだと突っ込まれること、間違いない状態。

 学生服は、もう壊れる限界ぎりぎりだ。

 

「早く、狐になれーー!!」

 

 言われなくても分かっているわよ!

 横島の体が信じられないくらい密着してて、とても痛いんだから。

 うう、横島の体って意外と硬いのね。

 でもそれほどゴツゴツしてなくて……こんなに横島を感じるの始めてかも……うあー何考えてるの~!

 

 浮かんでくる煩悩を、頭を振って打ち払う。

 早く狐形体にならないと色々な意味でやばい。

 もし、こんなところを誰かに見られたら……

 

「先生……女狐……ずいぶんと楽しそうでござるな?」

 

 背筋が凍りつくぐらい底冷えした声が、背後から聞こえてきた。

 横島も顔面蒼白。きっと私も同じような顔をしてるに違いない。

 ぎぎぎと錆付いた鉄のようになってしまった首を、なんとか後ろに向ける。

 

「丁稚と居候の分際で、いちゃいちゃと、いちゃいちゃと、いちゃいちゃと!」

 

「ふふ、お腹を空かしていると思って、タマモちゃんが好きな油揚げをいっぱい持ってきたんだけど……ふふふふふふふふふ」

 

 鬼が三人いました。

 やばい、本当にやばい。

 みんな目が逝っちゃってる。しかも、何故だか焦げてるし。あ、発火封じが私に張られたから、ひのめが暴走したのかも。

 きっと、人口幽霊一号は「ぬわーーっっ!!」とでも言いながら焼けてしまったのだろう。

 でも、今はそんなことを心配してる場合じゃない。

 

 先の展開が完璧に読めてしまう。

 今の私はきっと高レベルのプレコグ(予知能力者)だ。

 ハルマゲドン、ラグナロク、終末の日。

 やばそうな単語が私の脳内を駆け巡る。

 私は何とかこの状況を少しでも改善しようと、横島の制服から逃げようと動く。

 

「ば、馬鹿! 動くな……二つのコリッとした感触が~~~!!!!」

 

 二つのコリッとした感触?

 

 えっ、まさか私、乳首が立って……ひゃあああああ!!

 

 バン!

 

 という音と共に、私は横島の胸の中から解放された。

 私が全力で暴れたために、学生服が耐え切れず壊れてしまったようだ。

 ばらばらと学生服のボタンが地面に転がる。

 横島の嘆く声が聞こえてくる。

 

「まだローンが二年残ってるのに~!」

 

……とても悪いと思うけど、今この三人から目を離すことなどできない。

 世界最高の霊能力者。世界でも数人しかいないネクロマンサー、希少な女の人狼。

 あははは、改めて見るとそうそうたるメンバーね。

 これから、このメンバーが……

 

「「「キシャーーー!!!」」」

 

「「三人ともキシャー化したーーーー!?」」

 

「破魔札乱舞ぅぅぅーーー!!」

「霊さん達、やっちゃってください!!」

「血に飢えた霊波刀を食らうでござるぅぅーーー!!」

「誤解じゃー! 誤解なんじゃーー!!」

 

 本当に今日はなんて日なの。

 運が悪いにも程があるわ。

 それなのに、何で私は……

 

「タマモーー!! この状況、どうすりゃいいんじゃー!」

「逃げるのよ! どこまでも、果てまでも、地の底まで!」

 

 なんで私は笑ってるんだろう。

 間違いなく今日は占いの通り最悪の一日だ。

 それなのにどうして……こんなにも幸せを感じるのか。

 

「小僧、相変わらずのんきで楽しそうじゃな」

「イエス・ドクター・カオス」

「お前らの目は節穴かー!」

 

 ちょっと考えれば簡単だ。

 私は楽しいから笑っている。

 でも、何で楽しいの?

 

「おたくら……相変わらず馬鹿ばっかりやってるワケ」

「みんな~楽しそう~」

 

 どこからともなく集まってくる、極楽なメンバー達。

 そっか。

 きっと皆がいるからだ。

 こんな連中がいるんだから、楽しくないわけがない。

 

「うあああああ!! 卒業! 卒業が~!!」

「大丈夫よ! きっと私がなんとかしてあげるから!!」

 

 たとえ、どんな災いが来ようと、私はきっと笑っていられる。

 だって、皆がいれば災いなんて災いじゃなくなるのだから。

 きっと皆がいればすべては極楽。

 

「責任取れタマモ~!」

「あら、責任とっていいの?」

「ちょっと待て! なんかニュアンスが変だぞ!!」

 

 ふと、ポケットの中に入ってたおみくじを思い出す。

 もう、こんな物どうでもいいわ。

 ぐしゃぐしゃになったおみくじを空へと飛ばす。

 災厄があろうと私には関係ない。

 何があっても私は毎日を楽しむ……ううん、楽しめるのだから!

 

「さあ、今日もがんばるわよ、横島!」

「がんばるも何も、生きるか死ぬかの瀬戸際だろうが~!」

「別にいつものことじゃない」

「言われてみれば確かに……納得できる自分がいやじゃ~~~!!」

 

 抱腹絶倒、奇奇怪怪。

 破壊音と叫び声を町に響かし、極楽な連中は今日も行く。

 

「こんな毎日はいやじゃー!!」

「何言ってるの! 横島が……皆がいれば毎日が極楽よ!!」

 

 

 爆音と悲鳴が木霊する青空の中、ひらひらとおみくじが空を舞う。

 そこには、こう書かれていた。

 

 災い転じて福となる、と。

 

 

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