GS美神短編集   作:煩悩のふむふむ

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オヤジの尻は甘い

 

 迷惑をかける妖精達を何とかして欲しい。

 

 それが美神除霊事務所に入った依頼の内容だった。

 彼の魔神が暴れまわった影響はまだ色濃く、悪霊は細々としか姿を現さない。

 悪霊をしばいてぼろ儲けするGS(美神主観)にとってみれば面倒そうな仕事だが、暇つぶしとお金のために美神はその依頼を受けた。

 

 嫌な予感がする。自分は行かない。

 事務所のメンバーは霊感を働かせて口々に言った。

 メンバーは全員優れた霊能力者だ。予感が現実になる可能性は極めて高い。

 美神自身も霊感が面倒事になりそうだと訴えていたが、そこは「とにかく稼ぎたい!」という意志力で押さえこむ。そして面倒事だからこそ、メンバーを動員するしかない。

 横島達の意思は固かったが、そこは美神の交渉術。

 

 横島は妖精が等身大であるらしい事を伝えると百八十度意見を変えて、シロとタマモは肉と油揚げを条件に承諾し、おキヌは皆が行くのならと苦笑しながら頷いた。

 おキヌを除き、そろいも揃って欲の皮が突っ張った連中である。

 かくして、美神達は進んで虎口に突き進む。

 虎口よりも厳しく甘い、その穴の中へと。

 

 

 

 

 オヤジの尻は甘い

 

 

 

 

「綺麗な紅葉ですね」

 

 颯爽と走るコブラの助手席で、おキヌは赤と橙が彩る山を見て声を弾ませる。

 季節は秋。気候は穏やかで食べ物が美味しい季節。恐らく、日本人が一番好む季節ではないだろうか。

 

「紅葉が綺麗って……紅葉以外に何も無いじゃない」

 

 タマモは呆れたように辺りを見回して言った。

 見渡す限り、山、山、山。平地には畑と水田と果樹園がちらほらと存在している。

 道路はいつの間にか細くなったが、対向車など一台も来ないから思う存分スピードを出せる。しかし景色が変わらないから一向に進んだ気がしない。

 何をどう言おうと、ド田舎だ。都会暮らしにどっぷり嵌り込んだ狐は、自然の豊かさに感動する心を失ったらしい。

 

「見える土地が全て依頼主さんのものなんですよね! 凄いです!!」

 

「目に見える部分の全てでござるか!? とんでもない大地主でござるな!」

 

「はっ、こんなの一山いくらのモンよ」

 

「……目を引くものが無くてつまんない」

 

 おキヌとシロは目を輝かせているが、美神とタマモはうんざり顔だ。

 ちなみにここにいない横島は、座席の関係上からトランクの中で幻想の尻を追いかけている真っ最中だ。

 

 ほころびたアスファルトの道を走ること三十分。

 ようやく、ちらほらと家が見えてきた。

 一つ一つの家は大きいが、数は少ない。典型的な田舎の農村だ。

 依頼主の家近くまで来て、横島を除いて車を降りる。

 

「う~ん、依頼主の家はこの辺りのはずだけど……え?」

 

 美神は口をポカンと開けて、目の前の光景に絶句した。

 道路わきに柿の木がある。それは別に良い。柿は食欲の秋を彩る果実の代表格だ。

 問題は、歳が五十ほどの男が、木に『実って』いる事だ。

 上半身裸で、下半身は赤のフンドシのみ。

 無精髭の二重顎に、弛んだ腹。

 髪は薄くなっていて、脂ぎった頭皮がテカテカと光っていた。

 

 その姿は正に、オヤジ・オブ・オヤジ!!

 

 そんなオヤジが道端の木に実っている。たわわに実ったオヤジからは、柿の甘い香りが漂ってくる。一応、木には普通の柿も実っているようだった。

 数々の超常現象を体験してきた美神除霊事務所のメンバーだったが、これには開いた口が塞がらなかった。

 オヤジのなる木。

 世の中にこれほど嬉しくない木など、そうはないだろう。

 美神はオヤジを一瞥して目を細めた後、おキヌ達に向き直って微笑を浮かべる。おキヌらも微笑を返す。

 

「帰るわ」

「はい!」

 

 完全な意思疎通が行われ、踵を返す美神一行。

 そこに、

 

「お、お待ちくだされ~! 美神所長~!」

 

 今回の依頼主と思われる白髪の老人が駆け寄ってきて美神の足元にしがみつく。

 老人は目に涙をいっぱいに溜めて訴える。

 

「この状況を見て、どうして帰ろうなどと言いますか!」

 

「この状況を見て、どうして帰らないなんて選択肢があるのよ!」

 

 二つの主張が真っ向から対立する。

 互いの心情からすれば、どちらの主張もまったく正しい。

 まあ、仕事に来たのに帰ろうとする美神の方が可笑しいのは確かだろうが。

 

「このオヤジ妖精を何とかしてくだされい!」

 

「容姿端麗にして実力抜群!

 最高のGSと呼ばれるこの美神令子が、何が悲しくてオヤジ狩りをしなくちゃいけないのよ!?」

 

「いや、これはオヤジ狩りじゃなくてオヤジ退治だと拙者は思うでござる!」

 

「馬鹿犬は黙ってなさい」

 

「何だと、この女狐!」

 

「シロちゃんもタマモちゃんも喧嘩してる場合じゃないですよー!」

 

 おキヌが二人を仲裁した時だった。

 秋風が吹いたかと思うと、木に実っていたオヤジがボトリと地面に落ちた。

 オヤジはそのままむっくりと起き上がると、キョロキョロと辺りを見回して、美神達の姿を発見する。 

 くわっとオヤジの目が見開いたかと思うと、

 

「……ふっ! ふっ! ふっ!」

 

 オヤジが、駆ける。

 腹を揺らし、ケツを振り、タマ散る汗を弾きながら、美神に迫ってくる。

 尋常ならざる圧力。万の軍勢が迫ってきていると言っても過言ではないほどだ。

 

「この、やろうっての!?」

 

 襲い掛かられては戦わざるを得ない。

 美神は神通棍を構えて迎撃の態勢を整えた。

 

 オヤジは目を血走らせて美神に襲い掛かろうとしたが、三メートル程手前でいきなり止まる。

 突如後ろを向き、尻に食い込んでいる布地を横にずらし、そして、なんと、まさか!?

 

「俺の尻をほじろーー!!」

 

 尻を向けながら空中をすべる様に突っ込んできた!!

 

「き、きゃああああああ!!」

 

 絹を裂くような美神の悲鳴。そのまま腰を抜かして倒れこんでしまう。

 これで意外と純情で生娘な美神は、オヤジの尻が猛スピードで突っ込んでくる事に慣れていなかった。

 ケツ毛が異常に濃くて、致命的な部分が隠れていたのは不幸中の幸いだろう。

 

 ああ、美神の顔にオヤジの尻が着陸する―――

 

「俺の美神さんに、何すんじゃい~!!」

 

 車のトランクが勢いよく開き、中から横島が飛び出す。

 この男、一人トランクに隠れて災厄から逃れようとしていたようだ。

 

 さっと美神とオヤジの間に割って入った横島は、栄光の手を鉤爪型にしてオヤジをぶん殴った。

 悲鳴を上げず、空中に吹き飛ぶオヤジ。しかし、オヤジは小癪にも空中で身を捻り、体操選手さながらの着地をしてのける。

 ぶるんぶるんと震える腹の肉が、色々な意味で詐欺くさい。

 

「ええい、これでしまいじゃー!」

 

 間髪いれず、『爆』の文珠をオヤジに放り投げる。

 アスファルトを吹き飛ばすほどの大爆発が起こって、オヤジは爆煙の中へ消えてゆく。

 下級なら魔族すら打ち砕く文珠だ。通常レベルのオヤジではひとたまりもないだろう。

 

「あ、ありがと。横島クン……」

 

 僅かに顔を赤くした美神は、半ば無意識的に手を横島に出して、引っ張り起こしてもらおうとする。

 だが横島は美神の手を取らずに、呆然と美神を見つめて呟いた。

 

「美神さんがきゃー何て女っぽい悲鳴を……あの美神さんがきゃー、あの美神さんがきゃ~、あの美神さんが……あの美神さんがー!!」

 

「そう何度も連呼するなー!!」

 

「ぎゃー!!」

 

 怒りと羞恥心で顔を真っ赤にした美神が横島をボゴボゴと殴りつける。照れ隠しも入っているのが丸分かりだ。

 おキヌが「まーまー」と笑いながら二人の間に割って入る。いつものお約束な光景。

 タマモは毎度の騒ぎに、「これが天どんってやつね」と学習しながら二人のやり取りを見守っていた。

 

「とにかく依頼は終了ね……え?」

 

 爆心地に顔を向けたタマモの表情が曇る。

 濛々と立つ煙の中で、人影が立っていた。

 秋風が煙を吹き飛ばすと、そこには傷一つ無い、腕を組んで堂々と仁王立ちをしているオヤジの姿があった。

 

「食え、俺を! 俺の尻穴を舐めろ!!」

 

 無傷のオヤジは、再び後ろ向きになり軽快なステップワークを駆使しながら、お尻を振って迫ってくる。

 その光景は異様であり、悪夢を超えた悪夢だ。

 

「き、狐火!」

 

「霊波刀でござる!」

 

 尻をプリプリして迫ってくる親父に対して、シロは霊波刀を振り上げ、タマモは狐火を放つ。

 しかし、オヤジは本当に強かった。弛んだ腹は霊波刀を寄せ付けず、狐火は脂ぎった肌を焦げ付かせる事すらできない。

 どうやらこのオヤジは通常のオヤジではない。特別なオヤジのようだ。

 

「だったらネクロマンサーの笛で! 一体何が目的なのか、教えて下さい! オヤジさん!」

 

 軽やかな笛の音が鳴り響き、オヤジの心の底がおキヌに届いた。 

 

 ――――オヤジの尻は甘い尻。その香りはフローラル。尻の毛まで食べられる。ほじって舐めて極楽へ!

 

「いやあ~~~~~~~~~~~~!!」

 

「ああ! おキヌちゃんが精神汚染に!?」

 

 オヤジ賛歌をまともに浴びたおキヌが倒れる。

 倒れたおキヌを見て、オヤジの目がライオンに食われる小鹿のような光を帯びた。

 

「俺の尻を、食らえーーー!!!」

 

「な! 美神さんはともかく清純派のおキヌちゃんはダメだろうが!?」

 

 オヤジは食べやすいようにと心遣いで、手でお尻の割れ目をぱっくりと広げておキヌちゃんに飛びかかる。

 血相を変えた横島がおキヌちゃんを助けようと飛び掛ろうとするが、間に合わない。

 とうとうあのおキヌちゃんが汚れキャラの仲間入りか。

 

「横島クンを相手の尻に……シュウウウゥゥゥゥゥ!!」

 

 咄嗟の判断だった。

 美神は横島の背中を思い切り蹴飛ばして、オヤジに向けて突き飛ばした。

 スポッ――――という擬音が聞こえてきそうなほど綺麗に、あるいは無残に、横島の顔面はオヤジの尻に収まった。

 

「……ふう」

 

 尻の中でもがく横島を見たオヤジは、何ともイイ笑顔と幸せな吐息を漏らして、煙のように掻き消えていく。

 あれほどの頑強さを誇っていた親父が、尻に顔をうずめられただけで昇天するとは、一体どういう事だろう。

 

「うああああああ! オヤジの尻が~~!! 甘い、美味くて……うおおオオオォォォ!?」

 

「先生、先生! しっかりするでござる! 美味しいなら良かったでござろう!」

 

「良いわけあるかーーーー!!」

 

 シロは泣き叫ぶ横島に慰めると見せかけつつ、傷口に塩を塗りこんでいた、

 何が何だか分からないが、とにかくこれで依頼は終了だ。後はこの依頼主の老人に報酬を貰うだけ。

 ミッションコンプリート!

 泣き叫ぶ横島を尻目に、美神は満面の笑みを浮かべた。が、遠くから土煙をあげて走ってくる集団が目に入って青ざめた。

 

「み、美神殿! あ、あれを!?」

 

 シロが指差した方向には、またオヤジ達がいた。

 その数は十や二十ではきかない。恐らくは百を超えているだろう。

 その百人の褌オヤジが、全員後ろ向きで尻を振りながら迫ってくる。

 世界三景すら超えるだろう衝撃的かつミステリアスな光景は、とても文字で表せることなどできない。

 

「精霊石よ! 邪悪なるものを退けよ!!」

 

 美神は数億をするだろう精霊石を躊躇なくぶん投げる。

 確実に赤字になるが、もうそれどころではない危機に立たされてると理解したのだ。

 GSの切り札である精霊石が光を放つ。だが、

 

「う、嘘でしょ! 効果なしって……いえ、これはそれどころか……」

 

 精霊石の放つ光を浴びながらも、オヤジ達は構わず前進してくる。

 ダメージは皆無。それどころか、何だか血色良くなり、新陳代謝が向上したのか汗がより噴出しているようだった。

 

 尻の海に溺れて美神除霊事務所壊滅。

 最悪のバッドエンド(尻)が目前に迫る。

 

「こっちだ。ついてけさい!」

 

 老人に言われて、もはや思考停止に近い一同は老人に誘われるまま着いていった。

 

 オヤジ達の目を掻い潜り、何とか老人の家までたどり着く。

 一息を入れた美神達は、ようやく今回の依頼について詳しく話を聞く事になった。

 依頼主である老人の話によると、オヤジは『たんたんころりん』と呼ばれる存在らしい。

 柿を食べないでいると、柿を食べさせようと柿そのものがオヤジ化することがあるらしく、今年は異常に大量発生してしまったのだという。

 今回の依頼は、このたんたんころりんをどうにかするのが依頼の内容だった。

 依頼内容に、横島が切れた。

 

「ふ、ふざけんなこらー!! あれのどこが妖精じゃあー! 依頼内容が違うじゃねえか!」

 

「いえ、あれは本当に妖精なのです!」

 

 老人の答えに美神も頷く。

 

「……そうね。確かに妖怪というよりも、自然そのものが形を成した妖精というか精霊というか……まあ、それを妖怪と言って言えない事もないでしょうけど。いってみれば柿の精ね」

 

「自然がどうしてオヤジになるんすか!? 普通なら可愛い女の子になるのが筋でしょ!」

 

「アンタの常識を押し付けるんじゃない!!」

 

 パコンと美神が横島を叩いて黙らせる。

 しかし、叩かれた後でもグチグチと文句を言い続けていた。

 オヤジの尻に突っ込まされた恨みは骨髄までしみ込んでいるらしい。尻が本気で美味しかったのが、色々な意味で心にトラウマを刻み付けているようだ。

 

「奴らの肉体は柿の味で……特に尻は悲しいほど旨いですぞ~」

 

「止めてください! 聞きたくないですよー!」

 

 おキヌは耳を塞いでイヤイヤと首を振る。横島は先ほどの味を思い出したのか滝の様な涙を流している。

 オヤジ味の柿と、柿味のオヤジ。食べるとしたら、一体どちらがマシだろうか。

 美神はこの依頼の難度の高さを認識して、眉間にしわを寄せていた。

 

「なるほどね。これじゃあ精霊石も文珠もネクロマンサーの笛も狐火も霊波刀も効果ない訳だわ」

 

「どうしてでござるか?」

 

「アレらは言って見れば、自然そのものよ。祓ったり退治するような悪霊や物の怪じゃないわ。なにより本体は柿の木になっている実なわけだし」

 

「それじゃあ、どうやって退治するでござる?」

 

 美神が苦々しい顔をして黙ってしまう。

 横島もおキヌもタマモも、何も言いたくないようで口を貝のように閉ざしてしまった。シロだけはよく分かっていないようで、変わってしまった空気にキョロキョロとして困惑している。

 

「オヤジを退治する方法はたった一つですじゃ」

 

 老人の言葉に反応するものはいない。

 

「何だ、あるのではござらんか! それで倒す方法って何でござるか」

 

 ただシロだけが、老人の言葉に目を光らせて言葉を返す。

 隣にいた横島は「馬鹿!」と呟いていた。

 

「奴らを……食すこと。特に尻穴を」

 

「さあ、帰るわよ」

「その前に名物を買っていきましょうよ!」

「あ、それなら私は萩の月ってお菓子が食べて見たいです」

「拙者は牛タンが食べたいでござる!」

「油揚げはないかしら」

 

「おお、お待ちくだされ~!!」

 

 帰ろうと席を立った美神達の足元に、また老人はしがみつく。

 

「何が悲しくて、この天下の霊能力者である美神令子がオヤジ相手に奮闘しなくちゃいけないのよ!!」

 

「その天下の霊能力者がオヤジ相手から逃げ出すのですか!? やっぱりオヤジには勝てなかったよ、という訳ですか!?」

 

「怪しげな言い方をするなー!」

 

 げしげしと美神が足元にすがりつく老人を蹴るが、この老人も必死なようで手を離さない。

 

「う~ん、美神殿。本当にオヤジ妖精を倒す方法は尻を食べるしかないのでござるか?」

 

 シロの素朴な質問に、美神はあごに手を当てて考え込んだ。

 実体を持つものや、単純な悪霊なら霊力を込めた攻撃で基本は何とかなる。しかし、こういう類の怪異は力任せで何とかなるものではない。

 ある一定の手順や作法が必要になる。それがオヤジをかじる事なのだろう。

 だが、そこは最高のGSたる美神。何か思いついたらしく、ポンと手を叩いて笑みを浮かべた。

 

「う~ん……仕方ないわ。横島クン!」

 

「はいっす!」

 

「オヤジ百人を食べてきなさい」

 

「いやじゃあ! 何だその力技はー! あんた最高のGSなんだからもっと頭使うべきでしょー!?」

 

「だって面倒じゃない。一人食うのも百人食うのも同じよ。オヤジ食い百人切りを目指しなさい」

 

「悪魔か~~!!」

 

「いや、それは無理じゃ。一度オヤジに噛み付いたものは、もう一度噛み付いても意味がないからの」

 

「ああもう、厄介ね!」

 

 美神が苛立ってテーブルを叩く。横島はほっとした表情だ。

 あのオヤジ共を力技でどうにかするのは不可能だ。

 例え竜神でも魔神でも、あのオヤジを力で撃滅する事は不可能。倒す方法は齧るしかない。

 最強の柿妖精オヤジ、たんたんころりん。

 美神はしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、何かを思いついたようでニヤリと笑った。

 

「臭いは元から絶たないとね」

 

 正に邪笑と呼べる笑いを浮かべる美神に、『ああ、またこの人は手段を選ばずにせん滅するんだな』と事務所メンバーは微笑ましく笑みを浮かべる。

 老人だけが、ただはらはらしていた。

 

 数十分後、美神達は裏山に場所を移していた。

 その中でも、横島の服装が異彩を放っている。

 

「……美神さん、何すかこの格好は」

 

「いいじゃない。それなりに似合っているわよ!」

 

 モヒカンのカツラ。

 肩にはトゲトゲパッド。

 手には火炎放射器。

 何とも世紀末な格好をした横島がしぶい表情で立ち尽くしていた。

 

 シロは「せんせーかっくいーでござる!」と目を光らせている。

 タマモとおキヌちゃんは貧弱な世紀末男に笑いを隠せていなかった。

 

「あのオヤジ共の本体は柿なのよ。だったら、答えはシンプルよ。さあ、山一つ焼き払いなさい、横島クン!」

 

「……え~い! 後は野となれ野となれじゃあ~~! ヒャッハー! オヤジは消毒だ~!!」

 

 恨みはらさでおくべきか、と考えていた横島は意外とノリノリだ。

 世紀末な台詞をのたまいながら、手に持った無骨な機械から火炎を放射する――――直前に、

 

「何をやっとるん……かはぁ!!」

 

 心配になって様子を見に来た老人が何かを吐き出した。

 老人が唯一使える遠距離攻撃。 

 宙を飛ぶ入れ歯!

 

 入れ歯は見事な放物線を描き、横島の鼻に噛み付く。

 

「ひぃ~こんなんばっかし!」

 

 汚れ役を押し付けられて嘆く横島だが、あまりにも何時もの事なので特に心配されていない。

 シロとタマモは人類が歯を飛ばして攻撃できるという驚愕の事実に、互いに尻尾を丸めて震えている。

 老人はすぐに予備の入れ歯を懐から取り出して付けると、睨みつけてくる美神を逆に睨みつけた。

 

「何で邪魔するのよ。柿の妖精なんて、本体の柿の木が消滅すれば一網打尽! 山ごと焼き払えば依頼完了よ!」

 

「どういう発想ですか!? ゴーストスイーパーには常識というものが無いのですか!!」

 

「こんな非常識なオヤジ共相手に常識なんか邪魔なだけじゃない」

 

「報酬は出しませんぞ!」

 

「何でよ!」

 

「家のシロアリ退治をお願いして、柱ごとひっこぬくようなやり方で報酬がだせますか!?」

 

「ふふん、甘いわね。私の友……知り合いなんてマンション一つぶっ壊して更地にしたわ」

 

「それは誇れる事じゃありませんぞぅ!」

 

 老人はもう泣きそうだ。

 皺くちゃの顔が、更に皺くちゃになっていく。

 流石の美神も、ちょっとだけ罪悪感が湧き上がってきた。

 

「ああもう、分かったわよ! この方法だけは使いたくなかったんだけど……おキヌちゃん、タマモ、ちょっと耳を貸しなさい」

 

 どうやら美神はまだ何らかの手段を考えていたらしい。ごしょごしょとおキヌとタマモに耳打ちする。

 おキヌはどこぞの笛吹きの童話を思い出して苦笑して、タマモはその内容の悪辣さに全身が総毛だって思わず唾を飲み込んでしまう。

 

「あ、悪魔だわ。この人」

 

「違いますよ、美神さんです」

 

 ニコニコと苦笑するおキヌちゃんに、タマモは力無く笑うのであった。

 

 

 

 時は夕方。

 場所は件の農村から少し離れた、それなりに大きな町。

 授業が終わり、男子高校生達が町に放流される。

 まっすぐ帰宅する者や部活、バイトに行くものも多いが、解放感からか町で馬鹿をやりながら遊ぶのも多い。

 買い食い、ゲームセンター、カラオケ。ちょっと大胆な奴はナンパして振られるのを前提で楽しむ。

 

 この男子高校生も、そんなありふれた一人だった。

 綺麗で可愛くて都合のよい女の子でもいないかな~、などと馬鹿らしくも男なら一度は考える妄想に浸りながら町をぶらつく。

 

 ――――よし、あれが狙い目よ。

 

 どこからかそんな女性の声が聞こえたような気がして、辺りを見回してみる。

 すると、一体どうして気付かなかったのだろうか、目の前に一人の女が立っていた。

 まるで映画から飛び出てきたお姫様のような黄色のドレスを着て、妄想の世界から飛び出てきたような美女だ。

 

「お待ちしておりました。私をいただいてくる人」

 

「へ? あ、あの、俺には何が何だか……うわ!」

 

 美女はそっと寄り添ってくる。

 

 いきなりこれは何だ!?

 

 周りから怖い男でも出てこないか警戒するが、そんな様子は無い。それどころか、人っ子一人いない。

 つい先ほどまで賑わっていた通りだったはずなのに。

 疑問が頭を駆け抜けるが、美女から漂う香りに鼻孔をくすぐられて、頭に霞がかかったようになっていく。 

 まるで操られるが如く、美女の肩を抱いた。

 

 ぬたぁぬたぁ、めたぁめたぁ。

 

 掌に伝わってきた感触に、思わず言葉を失う。

 吸い付くような肌、という言葉があるが、これは粘りつくような肌だ。

 これが美女の肌か? まるで電車で油ギッシュなオヤジと触れ合ったような。

 

 ――――止めろ! 逃げろ、逃げるんだ!!

 

 男の本能が訴える。このままでは取り返しがつかなくなると――――――しかし。

 

「どうしたの? 私の肌、変かな?」

 

 くりんとした大きな瞳を向けられて、少し悲しそうな声が美女から漏れる。

 悲しきかな男の欲望は、本能を押しのけた。

 

「誰もいない所で、二人っきりで」

 

 美女は甘く囁きながら、路地裏を指差す。男は、一抹の不安を覚えながらも、こっくりと頷く。

 二人は寄り添うようにしながら、路地裏に消えていく。

 そして、

 

「ああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 魂を砕かれたような男の絶叫が、路地裏に木霊した。

 ご満悦なオヤジが路地裏からぴょ~んとスキップしながら出てきて、ゆっくりと消えていく。

 

 後に残るは、地面に横たわる哀れな若者。

 それを無慈悲に見下ろすは、甘栗色の髪の女。

 

「さあ、次行くわよ」

 

「流石に可哀想ですよぅ」

 

「私、もう柿食べられないかも」

 

 そう言って、彼女達は新たな獲物を探しに行くのだった。

 

 

 その日、おキヌの笛に誘導されたオヤジの群れは、タマモの幻術により姿を美女に変えて、町を襲った。

 方々から聞こえてくるは、男達の絶望の声。

 美味しい美味しい秋の味覚に、男達は泣きに鳴いた。

 

 百はいただろうオヤジ達は全身をむさぼられて消滅した。

 同時に、同じ数の純情な男達がその躯を大地に横たえることとなる。

 彼らは柿を見るたびに思い出すだろう。オヤジの、肉体を。

 彼らはオヤジを見るたびに思い出すだろう。その柿の甘さを。

 

 こうして、男達の尊い犠牲により、この騒ぎは終結――――

 

「あの、美神さん」

 

「なあに、おキヌちゃん?」

 

「あのオヤジさん妖精さんって、木に実っている柿を食べて欲しくて出てきたんですよね?

 だったら、オヤジさんじゃなくて本体の柿を食べても良かった気がするんですけど」

 

「……………………………………あっ」

 

 こうして、男達のまったくもって無駄な犠牲により、この騒動は終結したのであった。

 

 

 

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