GS美神短編集   作:煩悩のふむふむ

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世界で一番○○なGS

 ちらちらと舞い落ちる雪を見ながら、美神は溜息をついた。

 いつもの女王様オーラが鳴りを潜め、物憂げな女性を思わせる。

 

 こんな姿は見せられない。誰も居なくて助かった。

 

 ガラスに映る覇気のない自分の姿を見て、美神は心底そう思う。

 そう、事務所には誰も居ない。休日の真昼間だが、今日は仕事が無いからこなくて良いと言ってあるので、バイトの横島がいないのは当然だ。

 しかし居候であるおキヌちゃんとシロとタマモも居なかった。

 三人はおキヌの友達の家に行ったのだ。

 どうして向ったのか。それには当然理由がある。

 

 今日は2月14日。そう、2月14日だ。2月14日なのだ!

 

 いわゆる、バレンタインデー。

 男も女も笑いあり涙ありの、お祭りめいた一日だ。

 お菓子会社の陰謀とか、本来はそういう風習ではなかったとか、色々と文句あるけれども、何を言ってもどうにもならない。

 もはや、国民的な催しのようになってしまった。

 めんどくさいと、美神は心底思う。

 

「美神さんも一緒にチョコ作りましょうよ。横島さん、喜びますよ」

 

 おキヌちゃんはそう言って美神をイベントに誘った。

 元々お世話好きなおキヌちゃんだから、大切な人に好意を伝えるイベントと聞いて素直に喜んでいる。

 可愛い子だと、美神は思う。だからこそ、バレンタインは自分に似合わないとも分かった。

 

「こんな処女趣味全開のイベントに天下の美神令子が参加で出来るわけがないでしょ! まして、横島君へなんて!!」

 

 一応、まだ相手が西条ならば、親しい相手でもあるし兄のようなものだから、付き合いとして渡すことも出来る。これでも美神は社会人で成人しているのだから。しかし。

 

(でも、横島君には――――どんな顔して渡したらいいのかわかんない)

 

 美神は、どうしようもなく奥手で子供だった。

 

「皆で渡せば恥ずかしくないですって」

 

 苦笑しながらおキヌちゃんは言った。

 やはり付き合いが長いだけあって、美神の気質なんて当にお見通しだ。

 大勢に埋もれて届ければ、そこまで恥ずかしくはないだろう。

 それは美神にも分かる。だけど、

 

 ――――私のチョコが大勢の中に埋もれて横島君に届くなんて嫌だ。私は美神令子なのだ。

 

 バカだと思う。彼にとって、特別じゃないと満足できない。

 もし特別になりたかったら、可愛い手作りチョコを作って、綺麗にラッピングして、二人きりで渡さなければならない。

 

 ――――そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょ! 私は美神令子なのよ!!

 

 特別じゃないと不満なのに、特別だと恥ずかしくて嫌だ。

 困ったものだと、美神は自虐的に笑う。

 結局、おキヌ達はチョコ作りに学友の下に向い、美神はただ一人事務所で悶々としているわけだ。

 

「はあ、お酒でも飲んで忘れちゃおうかしら」

 

 お酒を飲んで嫌なことを忘れてしまおう。そして、さっさと日付を進めてしまおう。

 駄目人間の発想だった。基本的に、美神は駄目人間なのだ。

 

 台所で冷蔵庫を開けて、ワインを取り出す。すると、あるものが目に入った。

 そこには生クリームやナッツやココアパウダーなど、チョコ作りの材料が包まれている。

 美神がおキヌやシロの為に大量に取り寄せた、最高級の材料だ。

 

 まさか材料を忘れていったのか。いや、これは恐らく余りだろう。

 

「酒の肴に甘いものが合う……事もあるらしいから……その」

 

 誰が居るわけでもないのに、まるで言い訳するように材料を出して厨房に立つ。

 素面では作れると思えず、酒を飲みながらチョコ作りを始めた。

 これで料理は得意だから、意識しなくても勝手に手は動いてくれる。

 

 度数の強いワインを喉に流す。

 体は熱くなって、頭はぼうっとした。夢のように、取り留めなく何かが浮かんでくる。

 

 バカで、アホで、エロで、自給255円で戦う割とどうしようもない、でも時々格好良い、年下の男の子。一緒にバカをやって、戦って、笑って、泣いて。

 多くの思い出がパラパラと流れていく。

 彼は、ずっと私のところに居るのだ――――と思っていた。でも。

 

「私の、横島君」

 

 ふと声が漏れて、自分の声に驚く。そこで美神は我に返る。

 気づけば目の前にはハート型のチョコレートが出来上がっており、さらに『横島君LOVE』の文字まで彫られていた。

 呆然とする。いくら酒を飲んで気分が可笑しくなったとしても、まさかこんなトンでもない一品を無意識に作り上げるとは。ずっと横島の事ばかり考えていたからだろう。

 あまりの事で美神は真っ赤になった。ハート型にLOVEの文字。こんな物を見られたら、見られた相手を殺す自信がある――――

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 目が合って、思わず声が出た。

 一体いつからそこに居たのだろう。タマモがじっと美神を見つめていた。

 タマモの目が、つつーとチョコの方に向う。そこに彫られている横島君LOVEの文字。

 お互いに笑い合う。笑顔とは本来攻撃的なものである、との言葉は誰が言ったのだろうか。

 

「バカ犬ーー!! 美神さんがーー!!」

 

「殺(シャー)!」

 

 タマモが台所から飛び出す。美神は夜叉となってタマモを追う。

 追いつかれたら殺される。追いついたら殺す。

 生死をかけた鬼ごっこ。

 だが、もしもタマモが逃げ切れたのなら、美神は社会的に死ぬだろう。

 二人は対等だった。

 

「あっ!?」

 

 逃げてたタマモが足を縺れさせて転んでしまう。

 そこに、美神がどこからとも無く取りだしたハンマーを振り下ろす。

 凄まじい音と共に床が粉砕されて、タマモは潰れる。

 

「ふっ幻術よ!」

 

 少し離れたところで、窓に足をかけたタマモは勝ち誇るように笑っていた。

 そのまま、タマモは自由の空へ跳躍する――――

 

 ゴォーン!!

 

 鈍く重い音と共に、タマモの目に火花が散ってたたらを踏む。何かが降って来て、頭に当たった。

 ぐわんぐわんする頭を押さえ、振ってきた物を見てタマモは悲鳴を上げる。

 

「な、何でタライが!?」

 

「ミサイルから浮幽霊まで取り揃えているのが美神除霊事務所だからよ」

 

 背後から聞こえてきた声にタマモは納得したくないのに納得して、次の瞬間戦慄し、必死に振り返る。

 そこには100トンと書かれたマジカルハンマーを振り下ろす美神の姿があった。

 

「はあ、はあ、危なかった!」

 

 大きなたんこぶを作り気絶したタマモを見下ろして、美神は冷や汗をぬぐった。

 マジカルハンマーのお陰で記憶は失うだろうから、何とか美神の尊厳は守られたと言ってよい。安堵しながら台所に戻る。

 そこで、美神は凍りついた。

 

「う、嘘よ。どうして、何で無いの!?」

 

 横島君LOVEなハート型チョコレートが無い。確かに置いたはずなのに。

 一体どこに言ったのだろう。

 

「オーナー、こちらをご覧ください」

 

 事態を見守っていた人口幽霊一号が声を掛けて、事務所内に備え付けられた監視カメラの映像を映し出した。

 美神がタマモを追いかけて台所から抜け出した後、すぐにシロが台所に現れる。

 シロは冷蔵庫を開けてチョコの材料を取り出しながら、何らかの文句を言っていた。

 

「ふむ、おキヌ殿の予想は外れたみたいでござるな。厨房に美神殿がいる可能性が高いから、そうしたら触れずに帰ってこい……との事でござったが。まあ、何よりでござる。

 まったく、少し材料を食べただけで無くなるとは……それに拙者のせいだけではないでござる。タマモや弓殿が作るのに失敗したからこんな事に」

 

 どうやらシロとタマモはトラブルがあって材料がなくなってしまったため、あまった材料を取りにきたらしい。

 そこで、シロは気づく。まな板の上に、ハート型のチョコが置かれているのを。

 

「おおーこれは凄いでござるな! 完璧でござる。よし、見本として持ち帰らねば!」

 

 そう言ってシロは美神のチョコが汚れないようにラップをすると、材料と共に紙袋に入れ外に持って出て行った。

 

「あのバカ犬がーー!!」

 

 流し台に拳骨をぶつけて凹ませる。

 どこに跳んでいくか分からないシロが、あのチョコを持っている。

 シロは美神が作ったとは気づいていないようだが、おキヌや弓は普通に気づくはずだ。

 

 あの年頃の娘達が、こんな美味しい話題に食いつかないはずが無い。

 このまま放置すれば、明日にでも六道女学院に噂が流れ、ともすれば冥子にまで伝わり世界に発信されるだろう。

 一刻の猶予も無かった。

 このまま走ってもまず追いつけない。逃げる人狼を捕まえるというのは、並大抵の苦労ではないのだ。

 だから、美神は手段を選ぶつもりは無かった。

 早々に取り戻さなければ。

 

 ダダダダダダ。

 快音を響かせながらシロが走る。だが、すぐに歩行者信号につかまってしまう。

 それを何度も繰り返して、シロははてと首を傾げた。

 

「さっきから随分と信号につかまるでござるな」

 

 いつもなら一回つかまれば、しばらくはつかまる事は無い。

 人狼の超感覚が何かを訴える。何か可笑しい。どこか違和感がある。

 シロは野生の肉食動物が周囲を警戒するように、尻尾を立てて周囲を警戒する。

 

 そして、違和感を見つけた。

 

 真横に、皿に置かれた骨付き肉が落ちている。

 罠か。いやしかし。この肉は良いものだ。だが。

 

「ああ、やっぱり我慢できないでござる!!」

 

 ぴょ~んと、シロは肉に飛びついた。それは彼女の師匠を彷彿させる。

 この弟子ありて、あの師匠ありだ。

 シロは肉にかぶり付いた。その時だ。

 

「イタダキダァーー!!」

 

 突如わいて来た雑魚幽霊が、シロが持っていた紙袋を奪い取って飛んでいく。

 シロは舌打ちをして、すぐに後を追った。霊は空へ逃げて飛び続けたが、シロは壁を走り、前を行く雑魚幽霊を追いすがる。

 人気の無い廃ビルでようやく追いついた。

 

「返すでござる!」

 

 追いついたら霊波刀を一閃。

 それで終わりだ。

 

「うう、一本7万円の高級線香で成仏したかった……」

 

 随分とバブリーな事をのたまいながら、雑魚霊は極楽に送られた。

 

 紙袋を取り戻したシロは、やれやれと頭を振った。

 一体何が起こっているのやら。先の信号機から、どうにも嫌な予感が止まらない。

 どうも何か邪魔されているような気がする。

 

 まあ信号機を操るなど出来るはずが――――いや待て。

 居るではないか、公的権力を操れる人が。

 居るではないか、雑魚霊すら札束で叩く女が。

 居るではないか、目的の為に手段を選ばない人が。

 

 もし、あの人に狙われているとしたら!?

 

 凄まじい悪寒がシロの背に走った。

 廃ビルで追いつけた? 違う! ここに誘い込まれたのだ!!

 

 慌てて周囲を見渡す。

 そして柱にあるものが何個も付けられていた。それは。

 

 C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4C4。

 

 一体どうして自分がこんなに目に合っているのか、シロには見当がつかない。

 しかし、これだけは言える。

 

「ここまでするのでござるかーー!! 美神殿ーー!!」

 

 白熱と閃光の中で、シロは突っ込みを入れていた。

 

 

 

 

「ま、こんな所ね。やっぱりお金は最強だわ」

 

 美神は未だに粉塵舞う元ビルを尻目に、ハードボイルド風に笑った。

 破壊されたビルに足を踏み入れると、シロがピクピクと痙攣している。美神はニコリと笑って、マジカルハンマーをゴツンとぶつける。これで、全て忘れることだろう。美神の女に狙われて、無事に済んだものはいないのだ。

 

 だがここで、美神は困惑する。紙袋が見当たらない。

 爆発に巻き込まれて壊れた可能性は非常に高いが、美神の霊感が訴える。まだ、終わってはいないと。

 未だに粉塵が酷く、視界が利かない。

 むせながら、美神はチョコを探した。そうして、見つける。

 チョコの入った紙袋。そして、そのすぐ傍に居る女を。

 美神は思わずうめいた。

 

 バカな、どうしてコイツがここに居るのだ!?

 

 そこにいたのは、GS美神において、美神を超える災厄と恐怖を振りまく代名詞。

 

「ふえ~ん、せっかくお気に入りのワンピ~スで散歩してたのに~」

 

 難易度絶望級。

 今にも泣きそうな冥子の足元にあるチョコを取得せよ。

 

 思わず気が遠くなる。

 美神はありとあらゆる策謀を持って、戦いに赴くが、それすらも叩き潰す破壊神が六道冥子その人なのだ。

 だが、美神もここで諦めるわけにはいかない。

 幸い、視界はまだ悪い。ばれないように、こっそりと後ろから近づいていく。

 紙袋を取ったら、すぐに逃げれば大丈夫なはずだ。

 

「麦わら帽子もボロボロになっちゃった~うう~お母様なおせるかな~」

 

 ほつれた帽子を手にして、とうとう冥子の涙が目じりに溜まり始める。

 爆発寸前だ。美神も、冥子に負けないぐらい泣きそうになりながら、ばれないように必死に手を伸ばす。

 気分は、猛犬の足元にあるボールを取ろうとする小学生だ。

 あと少し、あと少しで手が届く――――届いた!

 

 その時だった。

 

「くちゅん!」

 

 ビリビリ!!

 

 冥子の可愛らしいくしゃみの音と、何かが破れる音が響く。

 爆発でボロボロになった麦わら帽子を、くしゃみの勢いで破ってしまう破滅の音だ。

 

「ふえ~ん!!」

 

「ふざけんな~~!!」

 

 ギリギリでチョコは取れたが、ぷっつんの巻き込まれた美神は空の彼方へ飛んでいった――

 

 

 

 よろよろと、美神はボロボロになりながらも夜の街を歩いていた。その手には、チョコレートが握られている。

 ようやく手元に戻った横島君LOVEチョコレート。チョコには傷一つ無い。

 

 あのプッツンに巻き込まれながらも、美神はその身を盾としてチョコを守りきったのだ

 だが、美神はどうして守りきってしまったのだと後悔していた。

 どうせ渡せるわけではないし、こんなものがあってもトラブルになるだけだ。

 壊したほうが安全だ。だが、

 

「くぅ……壊せないわよ」

 

 泣きそうな声で言った。

 どうしてハート型で作ってしまったのか悔やんでしまう。これを叩き割るというのは、こちらのハートが叩き割られるようなものだ。

 のこされた選択肢は一つ。自分で食べるぐらいだろう。

 非常に寂しい気もするが、それが一番安全だ。

 とぼとぼと事務所への岐路につく。

 そこで、美神は見た。

 

「はーい、チョコレートですよ」

 

「よっしゃーー!! 

 

「そんなに喜んでくれると嬉しいですねー」

 

 横島が、見たことも無い綺麗なお姉さんからチョコを貰おうとしていた。

 それも、とても幸せな表情で。

 

 私がこんな思いでチョコを作って守ったのに、名も知らない女のチョコ一つで喜んでいる。

 

 その瞬間、美神は溜まり溜まったものが溢れて、完全に切れた。

 

 『あの時は』まだ諦めがついた。

 彼女は命を懸けて、横島を愛した。横島は、彼女の為に男の顔になった。

 仕方ないと思わせるものを秘めていた。

 

 だが!

 こんな少し顔だけが良い様な女に、こいつは渡せない!

 

「横島君!」

 

 地獄のそこから絞り上げたような声で美神が横島を呼ぶ。

 横島が振り返ると、凄まじい威圧感を持つ美神が俯きながら走ってくる。

 彼女を知る者なら、これがどれほど恐怖を与えるか言うまでも無いだろう。

 

「ひい! なんや分からんけどすいませんでしたー!!」

 

「いいから、これを受け取りなさい!」

 

 そうして美神が渡したのは、ラップされた横島君LOVEチョコレート。

 

 だが、横島は微動だにしない。

 彼の心を占めていたのは、嬉しさとか困惑とかじゃなかった。

 正確には、飛んで跳ねて泣きたいほどの喜びがあるのだが、今はそれどころじゃない自体が発生しているのだ。

 

「あ……えと、勘違いです、美神さん」

 

「何が勘違いなのよ! あんなポッと出の女にデレデレして!!」

 

「……これ、チョコレートを受け取れない男を見つけたら笑って、その後に慰めてチョコを渡すっていう悪趣味な番組なんすよ」

 

 番組、ばんぐみ、バングミ?

 分けの分からない言葉が美神の頭でリフレインする。

 よく周りを見渡して見れば、いるのは横島にチョコを渡そうとしていた女だけではない。数台のカメラやら集音マイクがこちらに向けられていた。

 

 なるほど、そういう事か。

 美神は冷静に考える。まず、数台のカメラを破壊するのに2秒。

 周囲の人間を殴り倒して気絶させるのに5秒。

 何でもありなオカルトパワーで記憶を消すのに1分という所か。

 

 さあ、蹂躙を始めよう。

 

 魔王のごとき圧力を持って美神は一歩を踏み出す。

 横島は恐怖でガチガチと歯を打ち鳴らしながら、絶望の言葉を美神に送る。

 

「美神さんが何を考えてるのか分かるんですけど、これ生放送なんで……その」

 

 生放送?

 なまほうそう?

 それってなあに、おいしいの?

 

 現実逃避する美神の虚ろな目に飛び込んできたのは、何台ものカメラ。

 カメラが向けられる方向は、横島君LOVEと書かれたハート型チョコレートと、自分自身。

 それが、全国の茶の間に流れている。

 

「や、やああああああああああああああああああああああああ! 見ないでええええええええええええええええええええ!」

 

 今まで生きてきて感じた恥ずかしさの、その全てを足しても足りないほどの羞恥が美神を襲った。急いで逃げようと思ったが、あまりの恥ずかしさに足から力が抜けて、蹲ってしまう。

 そんな美神の様子を、カメラは残酷に写し続けた。

 これだけ美人で、勝気で傲慢そうに見える大人の女性が、手弱女の如くへたり込んでいる。

 最高だった。一体コレでどれほど視聴率が取れるかと、スタッフはへたり込む美神を見て舌なめずりをする。

 

 その時だった。

 横島が、泣き崩れる美神よりもさらに姿勢を低くして、土下座のような体勢を作る。

 そして、

 

「お願いします美神さん! どうか俺と結婚してください!!」

 

 平身低頭に、なんとも情けなく横島は美神にプロポーズをした。

 全員が呆然とする。

 チョコを送られただけでプロポーズするなど、いくら何でも早すぎる。

 いや、するにしても土下座しながらプロポーズってありえないだろ。

 

 そんな視線を感じた横島は、なんとも得意そうに笑って見せた。

 

「ふっふっふっ、美神さんが俺にチョコを渡してくれた理由は分かってます。前日に何度も何度も何度も何度もチョコを催促する俺を、哀れんでくれたんでしょう! だったら、その哀れみに乗じて一発やることは不可能じゃない。いや、結婚すれば毎夜毎夜あのけしからんボディは俺のものだーー!!」

 

 カメラマンもレポーターも呆れた様子で横島を見た。

 こんなにも情けないプロポーズを始めてみる。しかも動機が体のことばかりだ。

 蔑みの視線に晒された横島は、ふっと邪悪な笑みを浮かべた。

 

「美神さんと一緒にいて、乳尻太ももを掴み取れるなら、俺何でもするんだよーー!!」

 

 駄目だ、この男。こんな可愛い女性に相応しくない。

 誰もがそう思った。だが、

 

「ふ……ん。いいわよ、特別だからね……け、結婚して……あげる」

 

 美神は、ことのほか冷静に横島のプロポーズを受け入れた。

 先ほどまで羞恥の極地にいた美神だったが、横島がいつものようにバカでアホな事を言い出したから冷静になれたのだ。実はそれが横島の狙いでもあったのだが。

 

 そして、冷静になった美神は思った。

 

 『やはりこいつは私のものだ。だったら、まあ、結婚しても良いだろう』

 

 こんな時まで意地っ張りでツンツンしたままなのが美神令子という女性だ。

 きょとんしたのはプロポーズした横島のほうである。

 こう言えば美神は調子を取り戻して『誰があんたと結婚するかー!!』と殴ってきていつものように落ちが出来上がる。そう思っていたのだ。

 だが、美神は横島のプロポーズを受け入れてしまった。何が起こっているのか分からなかった。

 

「え? いや……あれ」

 

「何ぼけっとした顔してるの。この美神令子が一緒になって良いと許可したのよ。それ相応の顔があるでしょうが」

 

 自信満々に美神が言うが、横島はまだポカンとしていた。

 これが現実だと脳が認識しないらしい。

 

 そんな横島の様子に美神は不安になってくる。まさか、ただの冗談だったのでは。やはり、おキヌちゃんやシロといった素直で可愛い女の子の方がよいのでは。

 ――――やだ、やめて。お願い、冗談だったなんて言わないで。

 美神の瞳に恐怖が混じる。

 それを見た横島は、ついにこれを現実と認識して、完全に弾けた。

 

「おおおおおーーーー!! つ、ついにこの乳と尻と太ももが俺のもんになるのかーー!!」

 

「……それとこれとは話が別よ」

 

「何でじゃーー!!」

 

「結婚した程度で私の肌に触れられると思ったら大間違いよ!」

 

「結婚した程度って、じゃあどの程度なら良いって言うんすかーー!!」

 

「そりゃあ、横島君の生殺与奪は貰ってー、あと財産権にー」

 

「夫に何を求めてるんじゃ、あんたはー!!」

 

 いつものようにふざけ合う。

 

 だが、そこで美神は気づく。

 目の前に居るのは、いつもの情けない横島の姿。しかし、その目にあるのは煩悩の他に美神令子を守り、共にあろうとする強い意志が込められている。

 美神のプライドを守る為に、美神令子そのものの為に、横島は狙ってバカを演じたのだ。

 それで、美神は理解した。自分の大きくて、それでいてちっぽけなプライドと心は、きっと横島によって支えられているのだと。辛くて悲しい時、密かに横島が慰めてくれていたのだと。

 彼に会えてよかった。彼が傍に居てくれてよかった。

 

「あり……と。愛……し……から」

 

 プライドを少し溶かして、横島の耳元で声をかすれさせて言う。

 横島は、感じる吐息とおっぱいの感触に、もう幸せのあまり滂沱の涙を流していた。

 

 そのころ、巫女や狼や狐がテレビの前で固まっていたり、呪術師は馬鹿笑いして、公務員は泡をふいてたり、母親は鼻血をぶっ放してたりするが。

 美神のバレンタインは結婚という形で幕を閉じる。

 

 こうして、『世界最高のGS』とうたわれた美神は、『世界で一番意地っ張りで可愛いGS』として世に一層知れ渡るのであった。

 

 

 

 

 




 エイプリルフールにバレンタインデーのお話を投稿するという暴挙! 季節感完全無視! いいじゃない、書きたかったんだから! 多分、ここで投稿しないとまたお蔵入りにするし。
 短編はネタ被りが一番の恐怖ですが、バレンタインネタはたくさんありすぎるので、逆に意識しなくてすみますね。

 最後の締めは夢落ちから爆発落ちまで色々と考えてGSっぽくしようと思いましたが、結局ただひたすら美神の可愛さを突き詰めました。正直、横島が格好良すぎな気もしましたが、美神さんの本気ピンチならこれぐらいしてくれる……はず。だって可愛いし。
 歳を取ってから分かる美神さんの可愛さ。愛でるのも苛めるのも楽しい。
 後はおキヌちゃんですが、彼女はどうしても色物なネタばかり思い浮かぶ……黒キヌ。

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