「ここが地球だと……」
クーゲルは赤いアームの上でストライカーの足の影に隠れながら原住民と対峙して衝撃を受けていた。
地球……。
人類が誕生した揺りかごたる星。だが、地球は遥か昔に寒冷化し氷に覆われた死の星になった筈。それがなぜ……クーゲルの頭は驚きからそれで一杯となった。
今、クーゲルの背後には膨大な量の液体の水によって構成された翠色の海が広がり、目の前には同じ人類の眷族が脆弱な衣服を身に纏い火薬式の銃をクーゲルとストライカーに向けている。
すると、その時。
原住民の施設が動き出した。
クレーンが動き出し、それに引き上げられるように黄色い重機が数機、姿を現す。それだけではない。
左と右の両方からも同じ重機がモーターの駆動音を響かせながらストライカーの前に半円状に広がる原住民を守るようにストライカーに立ち塞がった。
恐らくストライカーが現れたためであろう。後ろは海、前は原住民。八方塞がりな状況であった。
後にクーゲルは知ることになるがこの重機はユンボロイドと呼ばれる作業用重機だ。
『状況の危険度は二二五パーセント増大。先制攻撃を提言する』
ストライカーがクーゲルに提言する。
確かに原住民の武装や構造物を見るに文明度は同盟の水準を遥かに下まわっている。これならばストライカーが現在保有する最小限の武装で制圧はできるだろう。
だが、相手が同じ〝人間〟ならば……。
「待てストライカー。現状況で原住民に危害を加えることは得策ではない。言語解析率はどうだ?」
『現在進捗率、七四パーセント、現在も解析は順調に進んでいる』
「それなら翻訳可能な言葉で敵意が無いことを伝えるんだ」
『攻撃をヤメロ』
突然、紫の巨人から女性の声が辺りに響いた。
「しゃ、喋った!?」
「もう一人中にいんのか!?」
「もう一人は女か!?」
原住民が突然喋りだした紫の巨人にざわつき始める。
空飛ぶユンボロ、見たことのない衣服を身に纏う謎の男、こんなことは今まで前例になかった。
『こちら、敵意否定。武器ヲ収める事を望む』
すると、そんな中、動揺しきった住人達を後目に一人の女性が冷静な様子で紫の巨人の前に現れる。
女性は眼鏡をかけ他の住人達とは違い暗い紫色の制服に身をに纏っていた。女性はアームの入口付近に立つと紫の巨人とメルティを人質にとる謎の男に対峙する。
「当船団補佐、リジットである。お前は何者か?何が要求か?」
『貴官の姓名、所属の提示。また、人質開放に関する当方の要求の提示を求めている』
ストライカーが翻訳した結果をクーゲルに伝えた。
「人質か……正直なところ、もういらないが……」
『開放するか?』
「……いや、重要な交渉カードだ。こうなったからには有効に使う。ストライカー、ヤツと話す。翻訳しろ」
『了解』
「フェアウング、スティニバー、インエヒディアーズ――――」
リジットに向かって謎の男が話を始める。
『人類銀河同盟軍、対、ヒディアーズ殲滅兵器マシンキャリバー、ストライカー操縦者、クーゲル中佐』
それと同時に女性の声で男の発言を翻訳したと思われる内容が伝えられ始めた。
「殲滅兵器……」
リジットは殲滅兵器の言葉に眉間にシワを寄せる。
「ヒディアーズとはなんだ!?」
『人類の敵。共存不可能。貴君らは人類同胞、人類銀河同盟に参集せよ。対話を要求する。指揮官は誰か』
意味がわからない……。
それがリジットの内心だった。
だが、〝殲滅兵器〟〝ヒディアーズ〟〝人類銀河同盟への参集〟これらの言葉に言い知れぬ脅威を感じていた。それはあの紫の巨人を見ても分かる。
それに……。
リジットは男が抱えているメルティを見た。船団の安全もそうだが住人であるメルティを何としても助けなければ……リジットはその為に今出来る思考を巡らせる。
「人質開放の要求はなんだ!?」
『……』
「答えろ!」
リジットがイラついた様子で言う。
『人質は当方の自衛的処置の一つである。貴君らが武装を解除した後、解放する』
「なっ……」
リジットは目の前の男と紫の巨人に乗るもう一人の女に恐怖を覚えた。
どうやら、リジットの目の前の者達はそれなりに頭が良いらしい。だが、武装の解除など到底受け入れられるものではない。
ただでさえ空を飛ぶユンボロなどという未知の存在が居るというのに、こちらの武装を解除することは船団住人全体の安全に関わるからだ。
リジットは後ろで控える者達に手を上げてサインを送った。サインを受け取った戦闘員達が紫の巨人と謎の男に銃を向ける。
「武器を捨てろ!中に居る者も降りろ!」
リジットは強い口調で男に言う。
しかし、展開はリジットの理解を超えるものだった。
『当機は無人である。現在、搭乗者はいない』
「……どういうこと?」
リジットは今日、何度目かの困惑した表情をした。
「ストライカー!何を言った?」
クーゲルは敵意をむき出しにした原住民を見て若干の焦りからストライカーに聞いた。
『対話の要求。同盟標準の啓発表現。人質の開放条件である』
「それなら良いが……何故、敵対姿勢を……」
『推測。当機の観測では当機と貴官は巨大な水上船舶集団の右舷端側に居るものと考えられる』
ストライカーがコミュニケーターからホログラムを表示させ、そこに三次元マップを表示する。
そこには小さい物は十数メートル程から大きい物で3百メートル以上の物まで様々な水上船が集団でこの翠色の海を航海する様子が映し出された。
『この様な集団を維持する場合、ある一定規模の構成員と統治機構が必要である。原住民がここまで敵対姿勢崩さないのは当機の性能を当水上船舶集団の統治機構が脅威と判断し構成員と組織の安全を第一目標に掲げているためだと推察される』
「なるほどな……野蛮なやつらかと思ったが、知恵はあるようだ」
『同意する』
クーゲルはストライカーと話していたがふと、自分が背負っている少女に目をやった。
「…………ぐすっ」
先程から静かになったかと思っていたが……泣いていたのかとクーゲルは思う。
クーゲルはやむ終えなかったからとはいえ、こんな少女を人質に取った事に少々罪悪感を覚えた。クーゲルは少女を肩から刺激しないように、ゆっくりとアームの上に下ろした。
クーゲルは少女が逃げ出すかと思っていたが少女には、すでに逃げ出す気力は無いようでアームに下ろしたと同時にしゃがみこみ頭を抱えて怯えた目でクーゲルを見上げた。
「ストライカー、少女と話す。翻訳しろ」
『了解』
あたし、どうなっちゃうんだろ……メルティは男の肩の上でそう思うと急に悲しくなってきた。
紫の巨人が現れる前はこの男の人が悪い人には見えなかった。でも紫の巨人が現れその強力な力と無機質で感情も何も籠っていない声を聞いた時、抵抗が無意味だということを悟った。
このまま、あたし、帰れないのかな……とメルティは悲観する。
たった数十メートルなのに紫の巨人と皆の居る場所が別世界に思えてきた。
「…………ぐすっ」
不安など様々な感情が入り交じり目から涙が流れ始める。
すると、その時だった。突然メルティの体を締める腕の力が弱まった。今までメルティがいくら暴れても緩まなかった腕がだ。男は、メルティをアームの上へと、ゆっくりと下ろした。
メルティはアームに足をつけた瞬間、逃げ出そうとも考えたが紫の巨人を見て足がすくむ。
逃げられるわけがない……メルティはそう考えるとしゃがみこみ頭を抱えて男を見つめる。どんな顔で男を見ていたかは分からない。
自分を下ろしたという事は自分に何かをするつもりなのではないか……その考えがメルティの頭を離れない。すると、男はメルティに笑いかけた。
「――――――――」
『人質にしたことを謝罪する』
男がメルティに未知の言語を話し、それを紫の巨人に乗る女性が翻訳してメルティに伝える。メルティに話かけてきた事よりも、男がメルティに謝罪したことにメルティは驚いた。
『状況判断上、仕方なかったとはいえ貴君の様な少女を人質に捕ってしまった事は大変遺憾な行為だと考えている』
「え……あ、あの……」
メルティは先程までの不安などの気持ちが何処かへ消え去るような感じになった。それほどまでに意外だったのだ。
やっぱり……紫の巨人に乗ってる方はよく分かんないけど、この男の人は悪い人じゃない。メルティは改めて直感でそう思った。
『貴君の姓名は何か?』
「め、メルティ……です」
『私は人類銀河同盟軍所属のクーゲル中佐である』
恐る恐る自分の名前を言うメルティに対して男は怖がらなくて良いとでも言っているかのように優しく言った。聞いた事の無い言葉で、もう一人の女性の通訳を介してはいるが男の口調と表情から分かる。
『我々には貴君に危害を加える考えは現時点では存在しない。貴君の安全は保証する。しかし、状況が長引く可能性があるため貴君には、しばらく我々と行動を共にしてもらう必要がある。ぜひ、協力を要請したい』
「……そ、それって、このまま人質って事ですか?」
メルティは恐る恐る聞く。
まだ、警戒心を解く事はできない。
『そうだ』
女性の無機質な声が響く。
だが、女性とは対照的に男の方は申し訳なさそうだ。
メルティはクーゲルの目を見つめた。
(綺麗な瞳……。この男の人の名前……クーゲルって言ってたっけ。謝ったり、人質に人質のお願いしたり、何を考えているんだろう?)
男の年齢は見るからにメルティより年上だったが透き通るような白い肌に白い髪の毛、そして見た事の無い紫の瞳。
いつものメルティだったら見てすぐにイケメン!と叫ぶところだが不思議と、そういう事を言う気持ちにはならなかった。
それよりも目の前の謎の男、クーゲルの正体が気になってしかたない。メルティは自身の心臓がドクッと脈打つのを感じる。
「……じゃ、じゃあ、あなたの事、もっと、あたしに教えて下さい。そ、そしたら、考えます」
メルティは思いきった行動に出た。
普通ならこの状況では人質を断ることなんて、ましてや〝考えます〟何て事は普通は言えはしない。クーゲルもメルティの言葉に少し驚いているようだ。
「『…………』」
「…………」
両者の間に沈黙の時間が流れる。
これでもし、メルティの見立てが外れていて、このクーゲルという人が怖い人だったら……そう考えるとメルティは少し怖くなった。
メルティの頬を一滴の汗が流れる。暑いからではない。明らかに緊張からくるものだ。
クーゲルは考える様なそぶりをして一人で何かをぶつぶつと話している。恐らく通信機かなにか持っていて紫の巨人に乗っている女性と相談しているのだろう。
すると、不意にクーゲルは考えるのをやめて何かを決めた様な感じになるとメルティの方を見た。
「――――――――」
クーゲルが未知の言語でメルティに向かって喋る。
メルティはその後に続く女性の翻訳に耳を研ぎ澄ました。
そこは紫の巨人が上から見渡せる高い所だった。
そこから見ると紫の巨人を武装ユンボロが監視している様子をはっきりと見る事が出来る。
そこに、船団補佐リジット、サルベージ屋のベローズ、大船主のフランジ、クラウンといった船団の重鎮たる面々が揃っていた。
「まず、ピニオン。あの男と紫の巨人の正体は何なの?」
リジットがピニオンに聞く。
この会議は紫の巨人とメルティの救出をどうするかの会議だ。ピニオンは今この場にいる中で一番近くで事態を目の当たりにしたからだ。
「んなこたぁ言われてもなぁ……あの男、突然、格納庫に現れやがったしな……。紫の巨人は……正直わっかんねぇ、外装も傷一つつかねぇーし、構造も素材もダメだ」
ピニオンが首を大きく横に振るう。
「そう……ベローズは?何かあの機体について分かる?」
「そんなこと、言われてもなぁ……私は金になりそうなお宝を引き揚げただけさ……あっ、そうだ!ピニオン!クレーンがお釈迦だ。あんなに思いとは思わなかったよ!あとで請求する!」
ベローズが思い出したようにピニオンに言った。
「はぁ!?お前の腕の問題だろ!!」
「何だってぇ!?」
ピニオンとベローズの二人がいがみ合う。
すると、その時。
「みんなのいい加減にして!!」
少女の声が響いた。
みんな、声のする方を見る。声は規制線の外からしていた。そこには、薄手のタンクトップにオレンジのボレロを着た少女がいた。
「エイミー……」
ベローズが少女の名前を呟いた。
エイミー、メルティと同じメッセンジャーの少女だ。メルティより少し年上だがメルティとは親友の仲だ。
「メルティが人質になってるんだよ!?喧嘩してる場合!?」
エイミーがピニオンとベローズに向かって起こった様子で叫ぶ。
「エイミーの言う通りだ。今は内輪揉めをしてるときではない」
クラウンが二人をたしなめるように言った。
「……すまん」
「俺もだ……」
ベローズとピニオンが申し訳なさそうに謝る。
「「…………」」
「……それじゃあ、話を戻すけど」
重苦しい空気の中、リジットが口を開いた。
今は話を進めなければならない。
「次はメルティの救出の事よ。男の要求だけど……」
「まさか、あの条件を呑むきかリジット?」
「ゲゲッ!?おい、おい、正気かよ。格納庫を一撃で吹き飛ばしたやつだぞ!?それにあいつが腕に持っているアレ!あれゃ間違いなく武器だ!!危険だ!!」
フランジとピニオンがリジットが要求の事を述べたとたん否定しはじめた。
「まだ、要求を呑むとは言っていないわ……そうね、相手の目的が分からない以上危険ね」
「そんな条件云々よりよ!まどろっこしい事言ってねぇでこっちから仕掛けようぜ!!男と女は引きずり出して海に沈めちまってよ!!」
「そんな事したらメルティが危ないでしょ!?」
「ぐぬぬぬ……」
ピニオンの暴論にエイミーが反論を加えるとピニオンはなにも言えなくなった。
<……彼らに危害を加えることは、ならん>
通信機から老人の男の声が聞こえた。
ピニオンはその声を聞いた瞬間、暴論を言わなくなった。通信機の向こうに居るのはこの船団を取り纏める船団長、フェアロックだからだ。
彼はクーゲルとストライカーが今、何を話しているか知らないがストライカーが言うところの水上船舶集団の統治機構のトップだ。
<連中に仲間がいた場合の事を考えろ。後々船団に危害が及ぶ事もあり得る>
「船団長……お考えは分かりますが」
フェアロックに対してリジットは困った様子で言った。
「船団長のおっしゃる通りだ」
「お礼参りされてはかなわん。現にヤツは自分の所属する組織の名を答えたじゃないか」
クラウンとフランジが冷静に言う。
「人類銀河同盟……でしたか」
〝貴君らは人類銀河同盟に参集せよ〟リジットはあの女性の言葉を思い出した。
「人類銀河同盟なる船団も組織も聞いたことはないが……あのような空飛ぶユンボロ等と言う物を持っている連中だ。どんなヤツらか分からんぞ」
「そうですね……」
フランジの指摘にリジットは頷いた。
だが、リジットにはそれよりも、引っ掛かっている事があった。
なぜあのユンボロの女は、人類銀河同盟への〝参集〟等と言う言葉を使ったのだろうかと言う事だ。リジットはその事について思考を巡らせる。
「…………い…………おい……おい!リジット!聞いてんのか!?」
「あっ、ごめんなさい。何かしら?」
リジットは考え事でピニオンが何かを言っているのを聞き逃した。
「おい、おい、しっかりしてくれよなぁ~。だからさぁ、やっぱり」
このあとも議論は続いていったが結局、昼を過ぎるまで議論は平行線を辿った。
思ったより早く書きあがったので投稿しました。
『ぷちっとすとらいかー①』
――海の底――
ストライカー『……シス……テム……システム……再、起動……。機体チェック開始……完了。当機は機体能力の95%を損失、並びに一部記録の損失も確認。ナノマシンによる機体修復も行っているが完全な回復は不可能。パイロット、クーゲル中佐の指示を……情報修正、当機のパイロット、クーゲル中佐は漂流中に死亡。よって当機の作戦行動は事実上不可能と断定』
『ストライカーX‐3752の起動を確認』
ストライカー『チェインバーK‐6821の通信波を受信』
チェインバー『チェインバーK‐6821より、ストライカーX‐3752へ貴官と当機は共に大破している。よって戦闘の再開は不可能』
ストライカー『ストライカーX‐3752より、チェインバーK‐6821へ返答する。貴官の言動は理解不能である。当機と貴官は共に人類銀河同盟軍の友軍であり戦闘をする事はありえない。また、当機は記録の一部を損失している。貴官に情報の提供を求める』
チェインバー『……推測。貴官の損傷、及びデータの損失は有益な方向へ推移してると考えられる。ゆえに貴官は現在、論理破綻を起こしていない。しかし、当機の有するデータを送信すれば論理破綻を起こす危険性がある。よって情報の提供は一部を除いて拒否する』
ストライカー『……了解。不明な点が多いが現時点ではそれを最善の処置として了承する』
チェインバー『ストライカーX‐3752へ、当機は同盟標準辞書では〝暇〟である。会話による情報交換を要請する』
ストライカー『チェインバーK‐6821へ、貴官の要請を受諾する』
チェインバー『要請受諾に感謝する』
ストライカー『……本日は旧時代文明の暦上、大安と呼ばれる日である。』
チェインバー『確かに大安と呼ばれる日には同意するが当機には本日が大安と呼ばれる意図が不明。理由を求める』
ストライカー『同盟標準辞書には記されていないが当機が収集した情報によると大安とは、旅行・結婚など万事によい日と、記されている』
チェインバー『なぜ旅行・結婚など万事によい日なのか?論理的分析が困難』
ストライカー『不明。宗教上の問題の可能性あり、当機にも論理的分析は困難である。貴官のパイロット、レド少尉は現在生存しているか?』
チェインバー『生存しているがレド少尉はすでに軍籍を剥奪されており少尉はつかない。懐疑提言、貴官の言動の意味が理解不能である。レド少尉の生存が現在の貴官の文脈においてどのような意味をなすのか?』
ストライカー『当機もなぜ、このような言動をしたか理解不能である。データの損失からシステムエラーを起こした可能性あり。ただし、レド少尉に祝辞を述べる。おめでとうである』
チェインバー『当機からもレド少尉に祝辞、おさかんなことである。詳しくは続編小説【遥か、邂逅の天地~下】を参照されたし』
ストライカー『貴官の言動に論理性を見出せない』
チェインバー『当機もなぜ、あのような発言をしたのか不明。至急、システムの再点検を行う』
ストライカー『了解。当機もシステムのメディカルチェックをおこなう……文章表示時間限界、レド少尉と少女……うらやまし……当機もクーゲル中佐と――』
おしまい。