魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
「……いくら強大な力を持とうと、所詮は残留思念、か」
「これほどの魔法を使って『所詮』なのか!?」
2つの力の衝突は一瞬だったが、それだけで庭園の下層は修復不可能な傷を負うことになった。
「……彼は死んだのか?」
そのクロノの言葉に、フェイトとなのはが凍りつく。あまりの光景に、実感がなかったが、そうであるなら目の前の青年は『人殺し』になってしまうのだ。
「もともとあれは生きていないわけだが……残留思念じゃわかりにくかったか? なら、あれは幽霊で、悪霊で、執念で、未練だと言えば分るか?」
「つまり……意識だけがこの世に焼きついたようなもの、ってとこかしら?」
「いや、それはわかりにくくなってないか?」
科学者として幽霊などという言葉を認めたくなかったのかもしれない。
「なんとなく、わかった、と思う……」
「う、ん……大体」
あれが何かについては微妙なようであったが、とにかく殺したわけではないことは理解したようだ。
(まあ、今は生命を殺す気はもうないが、『アレ』は例外なんだよな)
かつて封印していた存在を滅ぼすのはマークの義務だ。だがそれをわざわざ言うつもりはない。
「とにかく、すぐ脱出しよう。これじゃあいつ崩壊してもおかしくない」
「その前にやっておきたいことがあるんだが……いいか?」
「それは……わかった。エイミィ、一応安全に帰れる限界時間を計算しといてくれ」
確かに、安全にはかえられない以上クロノの言葉に否はない。マークは黙って1本の杖を取り出し、アリシアの入ったガラスの前に立つ。
「……これってどうやって開けるんだ?」
「何をする気?」
「何って……」
「待て、おかしいぞ……通信がつながらない」
マークとしては一世一代の決心に水を差されて、冷たく返す。
「知らんよ、さっきの魔法で障害でも出たんだろ……いや、ある意味都合がいいかもしれないな」
「何を……」
「死者蘇生を行おうっていうんだ。今後のため、資料なんて残さない方がいいだろ?」
その言葉に、今度こそマーク以外のものが硬直する。その様子に満足しながらも、先ほどの質問の答えがないのにじれて『銀の剣』を取り出し、ガラス管を解体する。
「ほ、本気!? さっきあなたが言ったことよ!? 死者蘇生は未完成だって……」
「『エレシュキガル』に記載されていたものは、な。これは別だ」
そう言ってアリシアを横たえ、『オーム』の杖を掲げる。
「ま、さか……本当に……」
「そんなに期待されると、万が一があった時怖いじゃないか……この魔法実は初めて使うんだから、もう少し気楽にやらせてくれ」
言葉面は軽く聞こえるように言ってはいるが、その顔は、文字通り全身全霊。静かに、重々しく魔力が満ちていくのを、黙って見ているほかなかった。いや、それでも声をかけるものが居た。
「実験とかもやったことないの?」
「ああ、この杖は代えが効かないからな……試してみるなんてことができないんだ」
声をかけたのはフェイトだった。だがその顔に余裕はなく、どう話しかければマークの邪魔にならずに済むかを必死に探っていた。
「別の杖に術式を埋め込んだりすればよかったんじゃないの?」
「無理無理……この術式、俺程度じゃまったく理解できないからな」
クロノ達にはなぜ、この空間で、マークに声をかけられるのか理解できなかった。だが、フェイトにとっては、当然のこと。相方が『気楽にやりたい』と言ったのだ。なら、それを手伝うのはむしろ必然。
「知り合いが作ったものなの?」
「いや、誰が作ったのかなんて、記録に残ってない……ある程度予測はつくがな」
フェイトには、普段の会話を再現できないものかと必死で考えるが、考えれば考えるほどどんな話をすればいいのかわからなくなる。
「どこで手に入れたの?」
「知り合いの王女に譲ってもらった。……まあ、俺には使えなかったから今までとっていたんだけどな」
緊張のあまり、涙が出てくる。だが言葉を切ることはしない。
「じゃあ、どうして今……」
「一生使わないままじゃもったいないからな。思うところもあったし、これを機に……ってやつだ」
少し内容がずれたが、それにも気付けない。だが神聖さを増していく空間で、ジュエルシードを封印した『聖石』が起動する。
「……しくじったな。ちゃんと仕舞っとけばよかった」
かなり特殊だが、言い換えれば11個ものジュエルシードが融合した状態だ。この場に満ちた魔力に感化されたのもうなづける。
「封印は……」
不可能だ。なら、賭けるしかない。フェイトは聖石を握り、ただただ願う。
(まさか……封印できないからと、使うつもりか!?)
願う内容は一つ『この場がマークにとって最高の環境になるように』その願いによって空間がゆがむ。
(次元震も一切起こさず、この場が『変わる』のか!? そんなことが……!)
言葉にできない驚愕が、現実のものとなる。そうしてこの場は、正しく『祭壇』となる。そのことで無理な負荷が無くなったのか、異常なほどの空間の圧力がなくなる。
「これは……」
「本来この魔法を扱うべき場所……ってところかしら」
「やっぱり場所って重要だな。一気に楽になった」
やっと言葉を発せるようになったクロノとプレシアが意見を述べ、マークが自然に返す。それができるようになるほど、負荷が減ったのだ。
「結果オーライだな」
「あなたは……まあいい、ここがマークさんの故郷になるのか?」
クロノはマークのいいように呆れつつも、しっかり確認してデバイスに記録する。
「まあ、そうなるかな?……一応、これはあくまで重なってるだけだが」
「ここが、マークの……」
『…………』
そこへ何か声のような気配を感じた。
「な!?」
「軍隊!」
そこにいたのは、青髪の青年を先頭に置いた軍勢であった。しかも、その青年の持つ剣には尋常じゃない力が感じられる。
「影だよ……どちらかと言えば、俺らの方が、だが」
思わず杖を構えようとしたクロノ達をマークが止める。
「ああ、なるほど……あの時の幻影はこれだったんだな……」
「何を……いや、まさか……!」
「ああ、今俺たちは、『過去』とかさなっている」
蘇生を行っているマークは振り返ることができないが、そこに並んでいるだろう顔を思い浮かべるだけで涙が出そうになる。
「過去……じゃあ、あそこにいるのって」
「……ひょっとして、マーク?」
そう、その軍の中にはマークと瓜二つの存在がいたのだ。ただし、軍にいるにもかかわらず一切の武器も、防具すらつけず、民族衣装のような衣類しかまとっていなかったが……
『……!』
『…………!?』
「答える必要はない……まあ、答えようもないんだが」
確かに、彼らは何かしら訴えかけているようだが、その声が聞こえない。おそらく向こうも同じなのだろう。だが、何をしているのかはわかったようで、邪魔をしてくることもなかった。
そして、ついにマークの蘇生魔法が終わる。マークは蘇生の成功を確信し、かつての戦友たちに視線を向ける。だが、その結果は、かつての彼が知るままであった。マークが魔法を完成させた直後、振り返る直前、役目を終えたジュエルシードが世界を再びゆがめる。マークの瞳に映ったのは、もはや廃墟のような状況のプレシアの城であった。
「……わかっていたことだ」
かつてあの場にいたマークは、術者の顔を見ることがなかった。なら、その逆もしかりである。心が痛む、魂がきしみ、精神に亀裂が走る。
「マーク!?」
「マークさん!?」
そして、マークの意識は闇にのまれた。
次にマークが目覚めたのは、見覚えのある気がする無機質な部屋であった。
「……アースラか?」
自分がいる場所を認識し、そもそもなぜこうなったのかを思い返す。
(そうか……蘇生の後に倒れたのか)
なぜ倒れたのか、そんなことはわかりきっている。精神の限界を超える負荷がかかったのだ。
「……『オーム』を使うという事がどういうことなのか、わかっていても、耐えきれなかったのか?」
思わず自嘲するが、『オーム』は今までマークを支えてきた存在なのだから、これも必然と言える結果ともいえる。思わず涙が流れるが、マークはそれをぬぐう気にすらなれなかった。
「……一応ノックはしたのだけど、出直しましょうか?」
「……いえ、かまわない」
声をかけたのはリンディだ。おそらく、監視があったのだろう。目覚めたのを確認して脇目も振らずにやってきたのだろう、少し息が上がっていた。
「とりあえず……意識を失ったのは、魔力の過剰消費が原因だと思われるわ。まあ、あれほどの奇跡を起こしたのですから、その程度の代償なら安いもの、と言ったところかしら?」
「……そうか、ちゃんと成功したか」
「ええ、アリシアさんは今プレシア女史と共に精密検査を受けているわ」
成功の確信はあったのだが、こうして人から結果を聞くと安心する。精密検査と言っても、蘇生の魔法のデータを取るという側面もあるだろう。だが、蘇生に成功しても、何の悪影響もないとは限らないのだ。そういった意味では、必要不可欠な作業だろう。
「それで……あなたの使った杖なのだけど」
「わかっているさ。壊れたんだろ?」
リンディは静かにうなずき、その画像を出す。何とか杖の形を保っているが、その全体には微細なひびが入っているのが見て取れる。
「欠片もできうる限り回収してあるわ。ただ、破損がひどいから、ここに持ってくることはできなかったけど……」
「そうでしょうね……あれは、ロストロギアとして管理局に提出しよう。研究資料としての価値は計り知れないはずだ」
「……こっちの考えることなどお見通しってわけね?」
「まあ、いつの時代も人の求める物なんて、そう変わらないものだよ」
マークは、死者蘇生の持つ価値を誰よりも把握しているといっていいだろう。彼自身が、その魔法の存在に支えられて生きてきたのだから。
「そうね、私だって思うところが無いわけでもないくらいなんだから……」
「まあ、その代わりにフェイト達の減刑を求めるがな」
「それぐらいは許容範囲よ。上の方の人たちからすれば、『どんなことをしてでも術式を手に入れろ』なんて言う人が現れたって不思議じゃないでしょうからね」
マークも苦笑しながらその光景を思い浮かべる。実にありえそうなことだ。
「まあ、もう俺に死者蘇生はできないがな」
「……クロノから聞いたわ。『自分も死者の蘇生を夢想した』だったかしら? ……どうして彼女を蘇生したの?」
蘇生の術を持ちながら今まで使わずにいた、そして1回限りの蘇生を赤の他人のために使うなどその真意はなんなのかと。だが、マークの答えはリンディの想像とは全く違うものであった。
「……誰か1人を選べなかった。これからもそれは変わらなかっただろう」
「それならばいっそ……という事? そんなの……」
歪んでいるといえるだろう。自分の最も欲したものを持ちながら、それを使うことができず、死蔵することができなかった。
「使うことはできたが、使えなかった……だからずっと、想い続けることができたんだ」
もし、彼と、彼女と再び言葉を交わせたら、と。そんな夢をいつでも実現できる蘇生魔法の存在そのものが、マークを支えていた。
「……これから管理局は、蘇生技術の再現を目指すことになります。そのプロジェクトに、参加してもらえませんか?」
「やめとく……もう、諦めたから『オーム』を使ったんだ。もう、蘇生関係にはかかわらないよ」
マークの気力そのものがかなり落ち込んでいることを感じたリンディは、しばらくそっとしておくことにする。細かいことを後日話し合うことにし、リンディは退室した。
「ままならないわねぇ……」
マークは気付かなかったようだが、プレシアも精密検査を受けていた。その結果は、最悪。テスタロッサ家の面々にはまだ伝えられてはいないが、余命はよくて3か月と言ったところか。
「アリシアさんは問題なしっていうのが、せめてもの救いかしら?」
後日話し合う事ではあるが、ある程度プレシア減刑の『シナリオ』を考えておく必要もあるだろう。ほかにも、マークの持つ『質量兵器』について、『非殺傷設定』についても考えなければならない。
「死者蘇生のデータもまとめないといけないし……彼の持っていた結晶のこともあったわね」
あの11個のジュエルシードを内包した結晶は、現在仮称として『ジュエルオーブ』と名づけられた。あれの所有権についても話し合わなければならない。
「現在判明した彼のデータも……はぁ、しばらくまともに休めないわね……」
リンディの悲嘆にくれた言葉に返すものはなかった。