魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

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第24話 「死と誓い」

「とりあえず良かったな」

「ええ、ちょっとやり残したことがあったのよ。それをやり遂げなければ、死んでも死にきれないわ」

 

 一時は意識不明にまで陥ったプレシアであったが、何とか持ち直し一晩が過ぎた。意識が戻るまでずっと母を見守っていた娘たちも、しばらく前に安心したのか夢の中だ。

 

「それは危なかったな。俺としても、死ぬときは何の心残りもなく笑って逝ってもらいたかったからな」

「安心しなさい。最初からそのつもりよ」

 

 もしフェイト達がこの会話を、プレシアが死ぬことを前提とした会話を聞いたら怒るか悲しんだかもしれない。だが悲しいかな、二人の中では、否、この件に携わった人たちは近いうちにその時が来ることは仕方がないと受け入れていた。

 

「で? その心残りはなんだ?」

「……あの子たちがいるときに話した方がいい気がするのよ。それが今後のためになるのかはともかくとして、ね」

「ふん、それまで持てばいいがな……それで、ここまで容体が急変したのはどうしてだ? この手の病はゆっくりと進行していくものだと思っていたが」

 

 マークのこの質問は、医学に詳しくないが故の質問だったつもりなのだが、この場にいた医師には『聞いていた話と違う!』という糾弾に聞こえたようだ。そのせいか顔を青くさせながらもこれ以上の不興を買わないように必死にマークの問いに答える。

 

「は、はい……私たちとしましても、今回の件は異常と考えます。前回の検査から考えるとここまでの急激な病状の進行は意味が分かりません……ここまで来ると突然変異か、よく似ているだけの全く違う病気だと言われてもおかしくないレベルです」

「ああ、それについては私に心当たりがあるわ」

 

 久しく感じていなかった畏怖を感じ自然といらだっていたマークを見て、もはや蒼白になってきた医師をかばうかのようにプレシアが声をかける。

 

「少し内密の話がしたいの、出て行ってもらえる?」

「し、しかし……」

「バイタルチェックはしているのでしょう? 急変したら戻ってくればいいでしょ」

「……わかりました、失礼します」

 

 そのまま逃げるように退室する医師を見送る。

 

「さすがにやり過ぎよ」

「最近居心地のいいところに居たからな……それで、原因はなんなんだ?」

「……」

 

 思わず沈黙してしまったプレシアだが、今更なかったことにもできないと開き直る。

 

「初めに言っておくけど、この事は想定していたわ。私が望んだからこうなったの」

「……前置きのようにも聞こえるが、それは答えを言っているようなものだな」

 

 ここまで聞いてわからないはずがない。間違いなくマークの回復魔法の影響だろう。

 

「……ええ、そうよ」

「知っていてあの時話さなかったというのは業腹だが、まあいい。詳しいことを話せ」

「わたしの体力が回復して、同時に病巣部も元気になったというだけよ」

 

 聞いたことがある人もいるかもしれないが、一般的に若いほうが癌などの病気は進行が早い。それは癌も宿主の一部であり、細胞分裂の速さなどが影響してくるからだ。

 

「怪我の治癒は身体の活性化によって行われるから、それが影響して病気が一気に進行したのでしょうね」

「……詳しい理屈はさっぱりだが、俺の扱う回復魔法は病気に対して逆効果だったわけだな?」

「それだけわかれば十分よ」

 

 マークは一瞬苦い顔をするが、それをすぐに引っ込める。なんにせよプレシアはこの結果を自分で選んだのだ。ならばそれに文句をつける気はない。文句をつける気はないのだが……

 

「まったく、勝手な奴だ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 つい出てきた憎まれ口も、プレシアは柳に風とばかりに受け流す。

 

「体力の回復がなければ外に出られたか微妙な所だったし、後悔はしてないわ」

「それならいい。あの子たちにもそれは伝えてやれよ」

「言われるまでもないわ」

 

 娘たちに『自分たちのために無理をさせてしまった』などと思わせないためにも、ここはしっかり言い含めておく必要がある。プレシアの意識は、すでに自分の死後に対して向かっていた。

 

「……今更頑張りすぎるなよ? 中途半端になれば未練になるからな」

「問題ないわ。私がやらないといけないのはあと一つ二つだけよ。それは問題なく終わると確信しているもの」

「そうかい」

 

 そこまで話してマークは席を立つ。なぜ病状が一気に悪化したのか知ることもできたし、二人だけで話しておきたいこともなくなったからだ。

 

「もう行くの?」

「ああ、後はフェイト達がいるときに、だろ?」

 

 プレシアにも、マークに聞きたいことはもう何もない。蘇生の真意も聞くことができたし、この男がどのような性格をしているのかも簡単にだが理解できたからだ。後は要求を突き付けるのみ。と、そこへ予想より早く今回の主役たちが登場した。

 

「おかあさん……」

「母さん……」

「(なんだか感じるものがあったみたいでね、連れてきたんだ)」

 

 後ろについてきていたクロノがマークに耳打ちする。親子だからだろうか、フェイト達もプレシアの決意が伝わったのかもしれない。

 

「……仕切り直す必要がなくなったわね。これから話すことは遺言と思ってちょうだい。もちろん聞いて行ってくれるわよね?」

「おかあさん!」

「……いいだろう」

 

 プレシアが娘たちをなだめるのを見ながら、マークもプレシアとの最後の話を始める。

 

「まずは、心残りについてかしらね。この子たちをおいて逝かなければならないのは、もう死んでも死にきれない思いなのよ……だから、あなたに託したい」

「……わかった。神竜ナーガの名に懸け、フェイト・テスタロッサとアリシア・テスタロッサを守ると誓おう」

 

 それはマークにとって最上の誓いだ。プレシアたちはナーガの名を知らないがそこに込められた決意は感じられた。

 

「だが今更じゃないか? もともと俺の行動は……」

「あなたの口から聞きたかったのよ。疑っているわけではないわ」

 

 今更そんなことを言わされるなんて不本意だ、と言わんばかりのマークに対して、言葉にして欲しかったと言うプレシア。つい最近、自身の言葉が足りないことを感じたマークに反論の余地はなかった。

 

「とにかく、あなたがそう言ってくれるなら心配はいらないでしょうね」

 

 言質を取れたからか露骨に安心するプレシアに、さすがのマークも水を差すようなまねはしなかった。

 

「もう一つ、よければ『テスタロッサ』と名乗ってもらえないかしら?」

「母さん!?」

 

 フェイトがことさらに驚くが、名字が無いと不便でしょう、とだけ付け足す。確かにいつか適当なものを、と思っていたが中々いいものも思いつかなかったマークは黙って頷く。

 

「なんだったら義母とでも呼んでやろうか?」

「マーク!?」

「なかなか魅力的な提案ね」

「母さんまで!?」

 

 実際のところ、マークはそのよう呼び方をするつもりはなかった。

 

(あと5年もすれば話は別だが……いや、フェイトにその気がなければ意味がないか)

 

 今義母と呼べば、間違いなく兄妹の扱いになるだろうからそれは避けたかった。

 

「まあ、それはさすがに冗談として、次はなんだ?」

「あら残念……そうね、これはアリシアとフェイトに……私と同じような間違いは犯さないでちょうだい。私のように過去にとらわれることなく、ちゃんと未来を見て生きてほしいの」

「……うん、わかった」

「必ず……」

 

 2人が本当にこの言葉の意味を理解できたのかは、まだわからない。だが、しっかりと伝えたし、マークもいる。思ったよりもおせっかいで優しい親子もいる。これなら娘たちが多少どころか、大幅に道を間違えそうになってもちゃんと正してくれるだろう。

 

「俺も一つ聞いておきたいことがある」

「何かしら?」

 

 もう話すこともなくなってきた中、マークが唐突に声を上げる。それはマークにとって重要な事で、プレシアが最後に語ろうと思っていたことだ。

 

「あんたは幸せだったか?」

「……ふん、何を言っているの?」

 

 マークも知っているように、まだ幼い娘を亡くし、只々その蘇生にすべてをかけて生きてきた。その結果は、新しくできた娘に八つ当たりをして、やっと願いがかなったと思ったらもうこの命は風前の灯と言う。

 

「決まっているでしょう、私は今幸せよ」

 

 だが今は娘たちが居て、それを託せる人がいる。それだけですべてが報われる思いであった。

 

「そいつは重畳」

 

 マークにもそれは伝わったのだろう。そして、それが聞けたのならもうここには用はない。そのまま止める間もなく立ち去ってしまった。

 

「……行っちゃったね」

「聞くことを聞いて満足したのでしょう。それでも……」

 

 あの去り方は『ここに用が無い』と言うより『ここに自分は必要ない』と思っているように見えたのは気のせいであろうか。

 

(どちらにしろ私の出る幕ではないわね……)

 

 それからしばらく、親子で今までと変わりない会話をしたり、今後のことを言い聞かせて娘たちを泣かせたりしながらゆっくりとした時間を過ごしたプレシアたちであった。

 

 プレシアが亡くなったのは、それから二日後の昼であった。娘たちに見送られたその顔は、今までになく穏やかであったそうだ。

 

 

「まだミッドチルダには戻れないから、埋葬は庭園で行われたんだけど……なんで来なかったの?」

「話すことはもうないし、未練なく逝ったんだろ? なら、俺は必要ないさ」

「フェイトさんたちを託されたんでしょう?」

 

 ならそばにいてあげるべきだと言うリンディにマークは持論を述べる。

 

「そばにいるだけが守るという事ではない。ちゃんと自分なりに受け止めなければいけない事だ」

「まだ子供なのよ!?」

「だからこそ学ばなければならないだろう!」

 

 怒鳴り返してしまったマークだが、すぐバツが悪そうに冷静を装い言葉を続ける。

 

「……自分なりの答えを得なければ、何もわからない俺らの言葉は届かないだろう」

「……これでも夫を亡くしている身です。あの子たちの苦しみは……」

「言い直そう。あの子たちは『俺らがその苦しみを理解できる』事が理解できないだろう」

「……」

 

 いくらマークたちが『わかる』と言っても、フェイト達が信じられなければ意味がない。

 

「ある程度落ちつけば、あの子たちから話しかけてくるだろう」

「……そのまま閉じこもってしまう可能性は考えないの?」

「その時はちゃんと引っ張り出すさ。だが信じて待つのが先だろう?」

 

 リンディには、その物言いは確信を秘めているように感じた。

 

「……すごいわね」

「慣れているだけだ」

 

 戦災孤児など腐るほど見てきた、そう付け足すマークに唖然とする。

 

「そこはともかく、あのプレシアの娘たちだぞ? そう簡単にダメになるものか」

 

 方法は褒められたものじゃなかったかもしれないが、絶望の淵から這い上がるだけの意思を持った人物であったのは確かだ。

 

「ふう……私は甘いのかしらね」

「何を基準にすればいいのかわからないから、何とも言えないな……だが、何事もバランスだろ?」

 

 今回はマークが厳しく、リンディが優しく接することでバランスが取れるだろう、というマークにはもはや苦笑するしかない。

 

「どちらにしろ、注意して見守っていかなければならないのは変わらないさ」

 

 そう言ってこの場を離れるマークであったが、本心ではフェイトとアリシアが心配でたまらなかった。親しいもの、愛しいものの『死』によって変わってしまった存在を知っているからだ。

 

(下手に理解を示して反発されるのも問題だが……そろそろちゃんと話すべきかな?)

 

 リンディに怒られたのをいい機会と思うべきか、などと思いつつフェイト達の部屋へと向かった。

 

 

「あ、マーク!」

「やっときたね、おにいさん?」

「……思ったよりも元気そうで安心したよ」

 

 部屋の隅でわかりやすく怒りを示すアルフは言わずもがな、フェイトもアリシアもお怒りのようだった。

 

「もう! なんでこなかったの!」

「いろいろ話しておきたいこととかあったのに……」

「えっと、ごめん」

 

 どうやらしっかり考える時間を、と思ったのがいけなかったらしい。考える時間を作った結果がこれなのだと思いたいところでもあるが……

 

「よろしい!」

「……ちゃんと整理はついたみたいだな」

「うん、やっぱり悲しかったけど、母さんともしっかり話したことだったから」

 

 そう言って笑って見せることができる2人は、やはり強いのだろう。そう認識を新たにしたマークに、アリシア達は宣言する。

 

「わたしはね、おいしゃさんをめざすの。おかあさんみたいな人たちを1人でも多くなおせるようにね」

「わたしはまだ具体的に決められたわけじゃないけど……道を踏み外しそうになった人たちを助けられるような人になりたい。もっと別の道だってあるんだよって、そう言ってあげられるように」

 

 それを聞いたマークはこの上なく安堵する。この様子なら閉じこもることも、道を違えることもないだろうと。

 

「その言葉、確かに聞き届けたよ。俺もできる限り協力する」

 

 もっとも、具体的に何をすればいいのかはリンディに相談することになるだろう。ほとぼりが冷めるまで地球で暮らすことが、遠回りになるかもしれない。

 

(この子たちは、それすらも糧にしそうだがな)

 

 その強い瞳を心強く思ったマークは、この子たちの味方であることを誇らしく思った。

 

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