魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

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第53話 「邂逅」

 一言で簡潔に述べると、すずかたちの鍛錬は『失敗』した。マークの用意したプランにすずかたちはついて行けなかったのだ。

 まず最初に新しい手足に慣れていないフェイトが脱落し、次にあまり体を動かすのが得意ではないというなのはがギブアップした。アリサもそれなりに頑張ったが、そもそも体を鍛える目的もないので途中でやめてしまい、最後まで残ったすずかは全行程の三分の一程度終わったころにマークが止めた。

 

「これって、訓練を受けた兵士をさらに鍛えるためのマニュアルなんじゃないの?」

 

 というのが、途中から鍛錬の様子を見た忍の意見であったが、一応このマニュアルを作った人物の趣味が『新兵の訓練』だったことから、その可能性は低いとマークは思っている。

 それでもできなかったことを根性でやれというほど無情ではなく、いくつかの無茶な項目を抜いたプランを、さらに学校などに通うことを前提にさらに削り整えることになった。

 

「やっぱり俺には人材育成とか無理だな」

「そう簡単に諦めるな。一度請け負ったからには最後までやり遂げろ」

 

 訓練の翌日、ある書類を提出するために管理局の廊下を歩く中、何か悟ったかのように情けないことを言うマークに、クロノは半ば呆れつつも忠告する。

 そりゃ放り出すつもりはないけどさ……等と言い訳するマークであったが、プランの修正のためにと取り寄せた教導資料のあまりの多さにクロノもさすがに同情の色を見せる。

 

「一応リーゼ達にも声をかけてみるか? まあ武装局員の再訓練が行われるという事で、時間が取れたとしても本当にわずかになってしまうだろうけど」

「それも魅力的だが、先にキョウヤと話してみる。後は数日様子を見ながら調整して、それでもだめならアドバイスをもらおう」

 

 クロノの師でもあるリーゼ姉妹であったが、彼女らは管理局でも有数の実力者であるらしい。魔王という規格外の存在が認知されてから再訓練計画が持ち上がるまでの間に、耳の早い者たちから教導の依頼が山のように来ているらしい。

 先日グレアムに報告に行ったときクロノが聞いた話では、それこそ猫の手だって借りたいと言っていたとか何とか……

 

「まあ、スズカの訓練についてははまだ五年間という時間があるからいい。問題はこっちの方だ」

「……そうだったな」

 

 そう言いながら、マークはとある窓口に目的の書類を提出する。受付の女性はその内容を確認し驚きつつも、機械的に書類を処理してマークに新しい書類を渡した。

 

「……また別の所へ行かなきゃならないのか」

「仕方無いだろ、管理局というのは大きな組織なんだ。一か所で何でもかんでも処理できるはずがないだろ?」

「それもわかるが、面倒なことに変わりはない」

 

 盛大に愚痴を言うマークを諌めるクロノであったが、内心ではあっちに行ってこっちに行ってというのに辟易としているのに変わりはない。

 

「それはともかく……これで正式に局員になったわけだが」

「実感が無いな。技術士官とかいう役職になるんだったか?」

 

 そう、本日マークたちが本局に来たのは、正式にマークが局員として所属するための書類の提出と、マークのために創られた特殊な部署への配置及び研究室の貸与というイベントのためだ。

 それも技術士官という言葉の通り、所属直後から三等陸尉なる階級が与えられているという厚遇である。

 

「多くの権利を与えるための階級という事だが、当然権利には義務も付きまとう。要はあなたにしがらみというものを作らせたいんだろう」

「そういう事は思っていても口にしないもんだぞ、クロノ。……まあ、『プロジェクトF』関係の技術は医療に応用が利くようだし、ある程度の技術提供は当然の事だろう」

 

 お互いに利用し、利用される存在というのが納得できないのかクロノの口調にとげが見えるのを今度はマークが咎める。マークの感想としては、クロノはなかなか理解があるように見えて潔癖だったり、融通が利かないように見えたら、意外と話せるという良くわからない部分がある。

 むしろ、利益で動く関係の方がわかりやすくて有難かったりするのだが……

 

「とにかく、エーギル関係のものでなければ大抵の技術は提供しよう。もちろん公開が危険だと思ったものについてはその限りではないし、リンディにも声をかける」

「そこら辺の見極めは信用している。……さてあとは制服を受け取って、魔導師ランク認定試験の申し込みと、研究室の使用許可証、『プロジェクトF』の研究許可と資料の請求、アースラからの個人転移許可申請と……」

「もういい、聞きたくない……」

 

 正式な局員となったことで、今まで見逃されていた申請やら許可やらが山のように必要となったことを嘆くマークであった。

 

 

「ここがお兄ちゃんの研究所になるところ?」

「ああ、そうだな。……たしか『生命の研究をするにあたり、不測の事態が起こった時隔離しやすいように辺境の施設を使用するのが決まり』らしいぞ」

 

 後日、新しい年を迎えてしまったころにすべての申請・許可がようやく済み、研究所へ顔を出すことになったのだが、今回はこれにアリシアが同行することになった。というのも、アリシアが目指すのは『医者』であるため、この研究が為になるのではないかと頼みこまれたのだ。

 実際研究に参加させるのは別として、施設を見ることぐらい問題はないだろうと二人で研究所に行くことになったのだが、ここでマークは自分の考えが甘かったことを思い知らされることになった。

 

「辺境での研究というのは別にどうでもいい……今まで『ヴァロール島』みたいな人の手の入っていないところでの研究が無かったわけじゃないからな」

 

 それに比べれば、この場所が昔、違法研究者の根城であったことや、旧式の機材しかないことなど全く問題にならない。いや、機材については旧式以前の問題なのだが、それも含めそれ以上の問題があった。

 

「……人がいないね」

「……つい最近まで、放棄されていたらしいからな。今回俺が使用することになって、無理やり体裁を整えたらしい」

 

 そう、この施設の案内ができる人材がいないのだ。ただでさえマークの知識がミッドのものに追いついていないため、設備の多くが用途不明でこれでは研究のしようが無かった。

 

「とりあえず中央の管理室に行ってみようか?」

「管制室の方が正しいんじゃないかな?」

「……」

 

 地球に住むことになり、多くの同世代と接するようになって言葉がより流暢になったアリシアの言葉に、マークは答える術を持たなかった。

 そして流石は元違法研究者の根城というべきか、通路に案内板などがあるはずもなく、数十分もの間通路を行ったり来たりする羽目になるのであった。

 

 

「いや、なかなか楽しませてもらったよ」

「……誰だよ、アンタ」

 

 やっとのことで中央の管制室までたどり着いたマークたちを、謎の紫髪の男が迎えた。その男の顔には笑顔が張り付いていたが、鋭い金の瞳を持つ目は決して笑っておらず、興味深いものを観察するかのような冷たさを宿しており、アリシアは思わずマークの背に隠れてしまう。

 もっとも、ある一定以上の才覚を持つ研究者には共通した視線でもあるため、マークはさほど気にすることもなかったが……

 

「おっと、これは失礼……わたしは人体に対する研究を主にしている流れ者でね、ジェイルと呼んでくれたまえ」

「ふーん……そう言えば、『プロジェクトF』の発案者もジェイルという名前だったと記憶しているが、何か関係があるのかな?」

「おや、よく知っているね……だが、残念ながら私からは何とも言えないね。クローニング技術など、詳細はともかくとして誰でも知っていることだし、この技術を用いて何かをしようという考えは、それこそ新暦前から星の数ほど提案されていたことだろうさ」

 

 プレシアの研究資料から原案を考えた人物の名を知っていたマークが視線に力を込めるが、ジェイルと名乗る男は飄々と受け流す。

 ここでマークが何かしらの確認を取っていれば何かが変わったかもしれないが、あいにくとマークは正式に局員になったばかりで、局員としての教育すら受けていない。一応嘱託の試験を受けたときにある程度の知識は学んでいるが、それを実践で生かせるほどミッドの常識に明るくなかった。

 

「それで、なぜアンタはここにいるんだ? 案内や先任がいるとは聞いてなかったが」

「個人的な興味だよ。それとも趣味というべきかな? 少し耳の良いものなら、君がこの世界で何を為したか知らない者はいないからね」

 

 つまりマークが死者蘇生を為したことを知って、この機会に会いに来たという事だろう。先程も述べたように、ここは辺境である。それも違法研究者が根城にできる程度に管理局から離れており、さらにマークが研究する内容のこともあり、常駐のスタッフは置かないことも納得させている。

 ジェイルがそう言った事情を知るのであれば、管理局のそれなりに偉い人である可能性が高いか、とマークが結論付ける。それと同時にジェイルも何を思ったのか、ある提案をしてきた。

 

「しかし、君はこの世界の技術には疎いのだろう? それなのに一人の案内人もいないとは……よければ機材の用途だけでも説明しようじゃないか」

「む……それは助かるが、いいのか?」

「かまわないよ」

「なら、頼む」

 

 ジェイルの顔には変わらぬ笑顔が張り付いていたが、よく見ると頬が紅潮しているようにも見える。マークにはそれが英雄を目前にした新兵のように見え、何となくその提案を受け入れてしまう。

 ちょっとアリシアに腕をつねられてしまったが、後日改めてどこかの局員に案内を頼むのは気が引けたし、何よりこの男が何を求めてここに来たのかしっかり見極めたいという思いもある。

 

 

「……そしてこれが細胞の成長促進に使われる培養液の活性化を行う設備になるね。現在では治癒術式の検証に使われる人と同じ構成をした肉塊を作るのに使用されることが多いが、部位欠損……腕などを失った者に移植する腕を作ったりするのに使用されている」

「なるほど……実験動物の次の段階か……全く、人というものの業は深いな」

「否定できないね……竜である貴方には不快な話だったかな?」

「いや、昔は不治の病と呼ばれていたものが様々な試行錯誤によって決して危険な病ではなくなった例を知っている以上、このような話で不快になることはない」

 

 その試行錯誤をしている段階で死んだ人も大勢いることを知るマークにとって、自身にとって優先順位の低いものでの実験は、気持ちのいいものでこそないが不快と言って切り捨てられるものではないこともよくわかっていた。

 ただアリシアにはまだそう言ったことが理解できるはずもなく、殺すために生き物を作るかの話は、それはもう不快そうな表情を浮かべていた。

 

「ふむ……お嬢さんには少し刺激の強い話だったようだね」

「……」

 

 ジェイルに話しかけられ顔をそむけるアリシアであったが、そこには嫌悪以外の感情も確かに見て取れた。それは羨望か嫉妬か、あるいは自分に対する怒りかもしれない。自分がまだ理解できない世界に当然のように立つ二人に対する感情は、アリシアには整理しきれるものではなかった。

 

「大雑把ではあるが、機材の説明はこんなものかな? これ以上詳しく説明していたら、日を跨いだって終わらないだろうしね」

「十分さ。そもそも俺は紙の上で理論を作っていたタイプの術者だ。取扱説明書でも見てなんとかするさ」

 

 どの機材で何ができるのかだけでも知っていれば、さほど困ることはないだろうというマークの自信は、ジェイルから見ても自身の能力を過信する愚か者には見えなかった。

 その姿を確認して目的は果たしたかのように踵を返すジェイルであったが、最後にふと思い出したかのようにマークに問いかける。

 

「そう言えば、君はどのような目的をもってこの研究を行うことにしたんだい?」

「ん? 一言でいえばフェイトの治療のためだが……」

「いやそうではなく、『プロジェクトF』のような生命に関する研究のそもそもの始まりはなんだったんだい?」

「……」

 

 マークがこの世界に来る前に求めていたのは死者蘇生だ。それもかつての友ともう一度会いたいという願いから生まれたものだが、実はもう一つ、死者蘇生の前に追究したものがあった。

 

『不老不死』

 

 友が死ぬ前に、死に別れる前に、もっと、ずっと、共にありたいという願い。もっとも研究が完成する前に友はその命を終えたし、何より不死など望んでいなかったことをマークは知っていたため、その話を誰かにしたことは無かった。

 後年、何の因果か擬似的な不老不死を実現させる技術を得たマークであったが、その技術を本気で使おうと思ったことは無かった。

 そして、そんなマークの心の奥底でくすぶる思いを表層まで浮き上がらせるような問いかけをする者もまた、かつて無い事であった。

 

「……人は、脆すぎる。最初はわずかな薬から始まり、治癒魔法などの医術を学んでいたら、自然とここまで来てしまったというだけの話だ」

「なるほど」

 

 マークの答えにジェイルはただ頷き、あるべきところへと帰っていった。

 

 

「それで、今話題の天竜様とやらはいかがでしたか?」

「ふむ、最初は多少警戒していたようだが、案内をしているうちにそこまでの警戒は感じなくなってね……相当なお人よしかな、あれは」

 

 ジェイルがあるべきところへと帰ったところで、当然のように出迎えた女性……いや、少女は、真っ先に目標との接触について尋ねる。

 尋ねられたジェイルは、軽くかつて自分のすみかであった場所で出会った男について考える。その時はこれが孤高の存在とされた竜の実態かと失望したものだが、人としてあるのならこれも当然のことかと考えなおした。だがそれでも、マークはジェイルの予想した存在とはかけ離れていた。

 

「個体として最強とされる竜の力に加え、人の英知と技巧を持つ存在……そんな夢のような生命だと思っていたんだが、これは当てが外れたね」

「実態は竜と人から、長所も短所も受け継いだ極端な存在……というところでしょうか?」

「……そう考えるのが妥当かな」

 

 そんな不安定な存在、期待外れもいいところだとも思ったジェイルであったが、それでもある点から、ただマークを不安定な存在と切り捨てることはできなかった。

 

「数千年にも及ぶ経験……か」

「はい、自称ではありますが、二千年から五千年ほどの期間を生きてきたという話でしたね」

 

 そう、マークがジェイルの真意を探ろうとした時の目は、ジェイルの知るなによりも深かった。ジェイルがその過去を尋ねたときににじみ出た気配は、人の身ではたどり着けないと思えるほど濃い何かがあった。

 だからこそ惜しいと思う。もしこの存在が、もっと、もっと純粋な存在だったらどれほどのものになったかと思うと……

 

「……試してみようか」

 

 その日より、彼の研究所で新たな生命が誕生したことを知る者は、彼とその隣にいた女性だけであった。

 

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