魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
それは魔王戦から一月も経とうとした頃だったか、マークは久々にリンディと一対一で話し合うことになっていた。
それも万に一もフェイト達に聞かれないよう、アースラの艦長室にこもって話し合うというほど徹底している。
「そんな奴らほっとけばいい……とは流石に言えないな」
「わかってもらえて何よりだわ」
思わず本音が出たマークを一目で睨みつけるリンディであったが、それもすぐに疲れ切ったため息に変わる。それだけ今回の問題は根が深いものであった。
「そうは言ってもな……今回は一人の死者も出さなかったんだろ? ならそれで最上の結果じゃないか」
「被害者にとってはそうはいかないってことよ。それなりの数の局員が被害にあってるし、何よりベテランどころが再起不能になってるから……」
その問題とは、守護騎士たちの襲撃事件のことだ。
今回の闇の書はその多くの魔力を魔獣などから蒐集していたが、それでも魔道師からの蒐集が無かったわけではない。そして、その蒐集を行った魔道師の半分以上がランクダウン、もしくはリンカーコアに致命的な欠損を抱え引退せざるを得なくなった者が居たのだ。
「軍人であるなら、任務中の怪我は自己責任だろうに……」
「一応管理局の補償はあるのよ?」
マークの突き放した発言をリンディが苦笑しながら訂正するが、とてもじゃないがマークに納得できるものではなかった。
「あのなぁ、これはそういう問題じゃないだろ? 確かに職務を全うした軍人に補償は必要だろう。まあ今回は全うしたと言えるか疑問も残るが……」
リンディはマークの物言いに反発を覚えるも、辺境施設の警備についていた被害者たちが賊になすすべもなく倒されたことを考えると、何も言えなくなってしまう。
結果として施設に手を出されることは無かったが、成果を出さなければ役目を果たしていないと言われても反論できないのだ。
「戦場に立つのならば、その命を賭けてしかるべきだろう? それにもかかわらず、魔力を失っただけで泣き言なんざ片腹痛いわ。その程度で文句を言うぐらいなら、最初から軍人なんてなるなって話だ」
侮蔑というべきか、心底見下した様子のマークを見ると、一瞬被害者の弁護をしている自分を含めた局員の多くがいかに低い意識しか持っていないかのようにすら感じられたが、そもそも世界観からして違うのだから、そこまでの覚悟を持たなかったからと言って被害者を悪く言うのも間違いだと思う。
「本来であるなら、警備には十分な実力は持っていた人たちよ? 今回の襲撃者が想定以上の実力を持っていたのだから、負けてしまったからと言って悪く言うのは……」
「だから、負けたのが悪いって言ってるんじゃないって。……いや、警備をしていた以上、不審者にやられたことを悪くないというわけじゃないぞ。ただ、負けたにもかかわらず命があるだけ儲けものなのに、いつまでも文句を垂れ流しているのが馬鹿らしいんだ」
確かに、歴代の闇の書の被害者はそのほとんどが亡くなっている。それを思えば、魔力を失っただけで五体満足で生きているのだからはるかにマシな方だろう。
だが、それは歴代の被害者と比べた話で、当代の被害が無かったことにはならない。被害者に『命があることを感謝しろ』などと言うのは、まさに火に油を注ぐようなことだ。しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、さらに畳み掛けるかのように、マークは主張を続ける。
「大体、管理局が決めた処分に納得しないで、更なる罰をって主張しているなんて、人の話を聞く気があるのか疑問だな。被害者でも加害者でもない第三者が様々な要素を鑑みて、それで妥当だと判断した結論なんだぞ?」
「まあ、闇の書の過去の所業を考えれば……」
「それがそもそもおかしいんだって。闇の書なんてただの道具だろ? なんで過去の持ち主のやったことまで持ち出すんだよ」
「それは……」
「当代はやむに已まれず蒐集を行ったことになっている。それで納得できないなら、そいつらに魔王をどうにかさせればいい」
「……マーク君、あなた弱者の気持ちがわからないってよく言われたでしょ」
公式では、蒐集は魔王の封印のためという事になっており、魔王の脅威を思えばこの程度の被害は仕方がないというのが管理局の見解だ。しかし、より多数を救うため小数を切り捨てるというのは正しい判断かもしれないが、切り捨てられる少数が納得することは決してないのだ。
それでもなお納得しろというマークの言葉は、強者からの押し付けに他ならないだろう。
「……悪かったな。どうせ俺は人の心まで理解できない半端ものだよ」
「あ……」
あまりに被害者のことを考えないマークへのちょっとした皮肉であった言葉は、想像をはるかに超える効果をたたき出してしまう。
普段はさほど気にしていないとはいえ、やはりマークは竜であるのだ。よっぽど特殊な条件下でなければ人にでは届かない力を持つ以上、どうしたってその考え方は圧倒的強者のものになってしまう。
「ごめんなさい。流石に言い過ぎたわ」
「構わん、事実だ……一応気をつけてはいたんだがな」
そう言って表面上は平静を保つマークであったが、やはり堪えているらしい。リンディもこれ以上余計な話はせずに本題に入る。
「それで今回マーク君にこの話をしたのは、貴方の技能を提供してもらいたかったからなの……どんな技能なのかは言わずともわかるでしょう?」
「……ああ、リンカーコアの再生か」
そう、マークは魔王戦の直前に自身のリンカーコアの再生……正しくは再創造とも呼べる修復を行っていた。その技能を用いればこの問題を、被害者の実損を無くしことではやてに対する反感を無くすことができるのではないかとリンディは考えていたのだ。だが現実はそう優しくは無かった。
「無理だな」
「え、なんで!?」
「エーギルが無い」
より正確に言うならば、赤の他人に使うような、と頭に付けるべきだろう。マークのエーギルとは、竜の力を封じた竜石と同義だ。自身のコアの再生に、フェイトの手足の創造、さらに竜化に使用しただけでその力はほとんど使い尽くしている。
もちろんほかに竜石が無いわけでないが、その数は有限。余分など欠片だってありはしないのだ。
「ランクはいまいちわからないが、ロイド隊の中央値のコアを作るとして……そうだな、一つ作るのに五人もいれば可能だが?」
「……本末転倒よ」
それは五人の生贄があればBランクのコアが作れるという、意味のない情報。マークもリンディを諦めさせるために言ったのだろう、その目にはほんのわずかなやる気も感じられなかった。
「本題がこの話だというなら、これで終わりだな」
「ええ……」
期待していたものが全く役に立たなかったことに肩を落とすリンディであったが、ふと別の可能性を思いつく。
「ねえ、そのエーギルを取るのって人からじゃないといけないの?」
「いや、別にその辺に生えてる草からだって取れるぞ。効率を考えなければな」
エーギルは生命力とほぼ同義であるため、命ある全ての存在が宿している。ただしその量は己の意思を持つ者ほど多く、より強大な精神・より強力な肉体を持つ者、例えば竜や英雄と呼ばれるものならばそれこそ数万人分のエーギルを持つことになる。
「それじゃあ害獣……人の害になる獣を狩ることでエーギルを……」
「何百匹狩らせるつもりだ? そんなことに時間をかけるくらいなら無限書庫にこもった方がまだましだ」
マークの故郷の情報があるかもしれないほぼ唯一の場所ではあるが、探索が得意ではないマークでは一人でこもっても成果が出る可能性は限りなく低い。そのような無駄とも呼べる時間を過ごした方がましだと言うという事は、たとえエーギルがあったとしても被害者を治すつもりが無いのだろう。
「そう……」
「リンディの考えることもわからなくもないが……わざわざそいつらを戦場に戻す必要はないだろ? このまま引退させてやれって」
リンディはその言葉を聞いて、ようやくマークの真意を知る。要はこの男、せっかく五体満足で戦いから身を引く機会ができたのだから、無事なうちに戦場を去れと言いたいのだ。わざわざ危険地帯に戻って来るなと言っているのだ。
もちろんこれはリンディがマークの発言から感じたことであり、実際の考えとは違うかもしれないが、それでも命があってよかったと考えていることだけは間違いないと思う。
「まあ、その分からず屋どもが引き下がらずに何かしらの行為を続けるようなら、ハヤテの所に届く前に俺の方へ誘導してくれ」
「……了解」
これは典型的な『他人に厳しく、身内に甘いタイプ』なのかとリンディは結論付けたところで、今回の話し合いを今度こそ終了した。
「ちょっと! それ、どういう事なん!?」
「どういうって、言葉通りの意味だよ」
はやての叫びにも目の前の銀髪の青年は平然とした態度を崩さず、淡々とした答えを返すのみであった。
本来であればはやての声に守護騎士たちが駆け付けたであろうが、ここではそのような事が起こることはありえない。ここは本来他者が入り込めるような場所ではなく、現状唯一の例外がはやての目の前にいる青年であった。
「リインフォースの代行を辞めるって……本気なん?」
「本気だよ」
そう、ここははやての心の内側。かつて魔王に追いやられた場所であったが、今は青年が夜天の書の欠片を管理する特殊な場所となっていた。
「はっきり言って、僕がいつまでもここにいるのははやてにとって良い事ではないんだよ。一つの肉体に二つの魂が宿るなんて、この世の理に背く事象なんだから」
「その言い分はわからなくもないけど……それがどうして代行を辞めることにつながるん?」
「あのね……これでも僕は世間から見れば魔王の残滓なんだよ?」
「……」
青年の言葉に、はやては何の反論もできずに黙り込むことしかできなかった。はやてを救う手助けをし、リインフォースから主を託された青年は、どれほど善行を積もうが魔王の内にあったという事は変えられない。
「あなたやって魔王の被害者やろ!? それに、この世界であなたのことを知ってる人なんて……!」
はやては自身の言葉がすべて出尽くす前に、青年のことを知っているだろう唯一の存在のことを思いだす。
「そうだね、マークは僕がかつてやったことを全て知っているよ。……だから、例えばここにある欠片で夜天の書を新たに作ったとしても、そこに宿ることはできない」
「そんな……」
かつて青年は、自身の弱さを元凶に魔王の封印を解き放ってしまった。それにより不幸になった人たちのことを思えば、今更どのような顔をしてマークの前に出られるというのだろうか。
この事実は、はやてに命の恩人の一人を消滅させるか、あるいはマークに差し出すかの二択を強いるものとなりのしかかる。はやては未だ幼いとはいえ、この青年をかくまう事がどれほどの危険をリンディ達に強いることになるかぐらいはわかってしまったのだ。
「欠片は全てまとめてあるから、後はこの世界の魔導師か……難しいようならマークに頼めばなんとかしてくれると思う。魔道書型にして外に出して、それから新しい管制人格を作るのがベストかな?」
黙ったままのはやてに今後の最適解を示す青年であったが、はやての理想がわからないほど鈍くは無かった。
『十年後に再び現れるだろう闇の書を回収し、リインフォースを取り戻す』
それまで新しい管理者を作る気などなかったし、青年についても現状を維持して後年に新たな器でも作るつもりであったのだろう。
だが、それを行うにははやての精神は幼く、今だって青年の影響を受け続けている。この状況が長く続けば、最悪はやての精神が青年に同化してしまう可能性もある。
「流石に今日明日でいきなり同化することはないけど、知識の一部はもう流れているみたいだし、数年以内に境目がなくなると思うね」
知識ならまだいいが主義思想・性格性質まで同化してしまったら、人生の期間・濃度の問題で確実に青年が上位の同化が起こるだろう。
「……それでも、時間が無いわけやない。魔王だって何とかなったんやし、今回だって……!」
「基本的に僕を救おうとして、それに同意してくれる人はいないと思うよ?」
マークにとってはもちろん、管理局や守護騎士にしたって魔王は敵だ。いくらはやてを救ったとはいえ、青年の味方をするような変わり者はそうはいないだろう。
(シグナム達は……私が言えば手伝ってはくれるやろうけど、積極的に動いてはくれへんやろな)
はやてのために、独断で蒐集を行うなんてことも辞さない気質の持ち主だ。場合によっては、嫌いなマークに頭を下げてでも青年の処分を頼みかねない。
(なのはちゃん達なら……)
相談することはできるかもしれないが、打開策が出てくる確率は低いだろう。むしろ相談することで他の人たちにばれる確率の方が高く、容易に相談するのも二の足を踏んでしまう。
そうして青年を救う手段を模索し始めたはやてをおいて、青年は自身の活動を極限まで遅滞させる。気休め程度だが、こんなことでもしないよりは同化を押さえられるのだ。
(場合によっては、ちょっと強引な手段も考えておかないといけないかな)
それは守護騎士たちが主を救うためのとった思考と非常に似通った考えであることに、青年はまだ気が付いていなかった。
「父さま、一応闇の書の被害者の方たちと話はつけてきましたよ」
「そうか、どうだった?」
ところ変わって本局では、グレアムとその使い魔であるリーゼ姉妹が忙しく動き回っていた。
「はい、思っていた以上に過激派と穏便派に綺麗に分けられましたね……前回の被害者の筆頭であるハラオウンが主の擁護に動いているというのは、やはりかなり影響しているみたいですね」
「そうか」
少しおざなりな返事を返すグレアムであったが、こちらも上層部の中でも比較的話の分かる面子への連絡を行っている。その内容は、やはり今注目の竜と魔王についてであった。
「将来を期待された若い魔導師の中にもいくらかランクを落とした子もいましたが、こうまで反応が分かれると少し複雑ですね」
「エリートコースからは間違いなく外れることになるからな……そんな時こそ、その人の本質がわかるというものだ」
期待していたものが過激派に行ってしまったり、そうでない者が穏健派に来たりといくつか予想外な事態もあったが、何とか形になりつつあった。
それというのも、少しでもマークたちの味方を作るための工作であった。
「敵が目の前にいた方が、味方を作りやすいですしね。ロッテが見に行ったロイド隊の方はどうなってるのかしら」
「ああ、先ほど報告にきてすぐに出て行ったよ。……こちらは再訓練後から動くことになりそうだな」
現状、マーク達とかかわった数少ない部隊のうちの一つである。うまく使えば、本人が駆け回ることなく本局スタッフに好印象を植え付けることができるだろう。
印象操作に派手に動いていると思われたくないので少数で働きかけているのだが、これでいくらか落ち着くことができるようになるだろう。
「ロッテは『猫の手だって借りたい』と言っていたがね」
「……地球のことわざでしたか? 確かエイミィが通信で言っていた覚えがあります」
魔王戦直後の書類地獄の時の話である。
「死者蘇生プロジェクトチームや、技術部の方でも動いてもらっているからな。聖王教会の方からも、マーク君との会談をという声があるらしいが……」
「そちらはさすがに上で止まっているらしいですね。魔王の問題だけで手いっぱいみたいですから」
「元々ミッドに移住する予定もあったとの話で、地上本部の方からも情報を求める声があるようだ」
「……」
元々歴戦の勇士として顧問官という立場にあるため様々な所から相談がきているグレアムであったが、その相談内容はいつの間にか使い魔であるリーゼアリアの想定を超えたところまで来ているらしかった。
こうして報告をしている最中であってもグレアムは端末から目を離せないぐらいだ。
「難しいことかもしれないが、これはチャンスでもある」
そんな中、改めてグレアムは目的をリーゼアリアに伝える。
「できるだけあの子たちに手を出しにくくなるように、複雑に糸を絡めよう。安全に、自由にあの子たちが生きていけるように……」
それは、はやてを生け贄にしようとした贖罪であった。クロノがグレアムたちを見逃し求めたものであった。
だが、そんな暗い空気を紛らわすかのような陽気な声で、グレアムは他の話を始める。
「そうそう、クローベル統幕議長殿からも護衛の話がきていたな」
「……勧めていたのは父さまでしたよね? 彼の護衛があれば、真竜と対等な話ができるかもしれないって。おかげでアルザスに視察に行くことになると、スケジュール調整係が嘆いていましたよ?」
武装局員の再訓練計画も見直しの必要ができたそうですしと続けられ、さすがのグレアムも少しことを急ぎ過ぎたかとひきつった笑いを見せた。